虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

3.11

【アジ連公開講座】〔宮城報告〕復興の名の下で何が起きているのか

アジア連帯講座・公開講座

〔宮城報告〕
復興の名の下で何が起きているのか

 
報告:
日野正美さん(電気通信産業労働組合)
 
高橋喜一さん(電通労組)



●日時:2013年1月26日(土)/午後6時30分

●場所:文京シビックセンター(障害者会館3階C会議室)〔地下鉄三田線春日駅下車〕 

●主催:アジア連帯講座(http://monsoon.doorblog.jp/
 
 電通労組は、2011年3月11日の東日本大震災、福島原発事故以降、家屋損壊で移転や、福島県の緊急時避難準備区域をはじめ日常的被ばくの環境の中に生活を強いられる組合員・家族も抱えながら被災地の組合として「希望を持てる復興と生活再建に取り組もう!」のスローガンを掲げ、救援活動やボランティア活動を取り組んできました。

 NTTに対しては、救援最優先、内部留保の解除や、過労や被ばくの労働者の健康等の権利尊守を要求して闘っています。

 さらに、この間の取り組みを通して政府の復旧復興政策が被災地住民の地域コミュニティを基本とした復旧、復興ではなく、企業活動を重視した特区構想など新自由主義的復興を批判してきました。それは宮城県の村井知事が進める「宮城県方式復興策」(高台移転・職住分離、建設制限、復興増税、水産業特区、原発不問等)であり、大企業が大儲けの「除染・廃炉ビジネス」などです。まさに大震災を利用した社会を上から変えようとする「惨事便乗型復興」でしかなく、「住民一人ひとりが主体」となる復旧・復興とはほど遠いのです。

 住居、医療・福祉・教育、水産業と農業、雇用など、最優先されるべき被災地の生活再建が進んでいません。湾岸改修や被災学校の復旧、鉄道再建等の交通インフラ、被災家屋の修理など大きな課題に被災地は直面しつづけています。

 電通労組の「2011年 年頭アピール」(
http://www.dentu-rouso.or.jp/)で「大地震、巨大津波、人災として原発事故の複合災害とどう向き合い、被災地、被災者、原発避難者と寄り添い、経済復興ではなく人間復興を目指し『脱原発社会実現』に向けて労働者が、労働組合が、何を、誰となすべきかが問われているのです」と問いかけています。
 
JPG 講座では日野さんから「復興の名の下で何が起きているのか」(『季刊ピープルズ・プラン』第58号)を報告していただき、「震災便乗型や規制緩和の復興に反対する被災者の『民意』に応え、自ら望む復興を果たそうという被災者の声と繋がりながら支えていく取り組み」について共に考えていきたいと思います。

 高橋さんからは、「宮城、福島の被災地から学ぶスタディーツアー」(四・28~30)、宮城全労協(ニュース―復興交付金配分の波紋/労働局への申し入れ/最賃審議会に意見書/「災害廃棄物」処理の現状/
http://www.ne.jp/asahi/miyagi/zenroukyou/)の取り組み、現地状況などを報告していただきます。

 ぜひご参加ください。


写真は犠牲になった子どもたちを追悼する鯉のぼり(2012.4.28 東松島市大曲地区/宮城、福島の被災地から学ぶスタディーツアー)






フランスの反原発の現段階


▲3月11日、リヨンとアビニョンを結ぶ230㌔を6万人で人間の鎖

1年後のフクシマ――そしてフランスはどうか?



ミシェル・レヴィ、ヴァンサン・ガイ



 福島の原発災害から一年がたった。原子力発電の廃止を求める大規模な動員が組織されている。

 原子力エネルギーの歴史においては、フクシマ以前・以後が区切られることになるだろう。チェルノブイリ事故の後、西側の原子力ロビーは防衛線を見いだした。事故はソ連邦システムに典型的な、不十分で非効率な官僚的運営がもたらしたものだ、という理由付けだ。「そんな事故はわれわれの国々では起こりえない」というのだ。

 日本の民間産業の技術の粋をつくした原発で事故が起きた今、こうした主張はどのようになっているのだろうか。今年一月末以後、日本で運転中の原発はわずか三基になっているが、電力不足など起きてはいない。この「擬似脱原発」的モデルは(津波の結果だという点はさておいても)望ましいことではない。なぜならその急速な供給回復には大規模な化石燃料への依存が必要だったからだ。しかしそれは、フランスがその最前線に立っている一部の諸国で見られるような原子力エネルギー中毒が、まさに不治の病であることをも示しているのだ。

 この状況は、エネルギー部門の多国籍企業がわれわれに押し付けているウソと危険なジレンマを、明らかにしている。「最も汚染のひどい」化石燃料(石炭、沖合油田、タールサンド、シェールガス)への大規模な依存は、原子力エネルギー放棄の代わりとなる解決策ではないのであり、「きれいな」放射能による死か、地球温暖化によるゆるやかな窒息死かの二者択一的選択をする必要など、われわれにはないのだ。



原子力エネルギーは安全ではありえない



 一年前、メディアは、安全よりも利益に関心を持つ東京電力(TEPCO)の無責任、事故への備えのなさ、ウソについて、原子力産業の統制に責任のある諸機関や政府当局・地方自治体の積極的な共謀と合わせて、焦点化していった。こうした事実は論議の余地なく本当のことだ。しかしこの側面についてのみ強調しすぎれば、もっと重要なことを見落とすことになりそうだ。危険は、原子力エネルギーにとって固有のものなのである。

「ヒューマン・エラー」、内部的機能不全、地震、飛行機事故、爆弾攻撃、あるいは予見しえない事件が引き起こすもう一つのチェルノブイリやフクシマは、遅かれ早かれ起きるだろう。ジャン・ジョーレス(訳注一)の言い方を借りれば、雲が嵐を伴うように原子力は破局を伴う、と言うことができる。われわれは、仏大統領選挙の主要候補がこの問題を取り扱うやり方の中で、そのことにいっそうの不快感をおぼえるのだ。

欧州エコロジー―緑の党と社会党との破滅的な合意は、原子力の廃絶に関して緑の党がその目的のためにあいまいな形であっても交渉しえずに屈服し、二〇二五年までに原発の比率を七五%から五〇%に減らすだけに終わったことを明らかにした。したがって、緑の党の大統領選候補エヴァ・ジョリーが、支持の反響を得られなかったことに誰が驚くだろうか。フランス共産党においても現状維持の立場が支配的である。かれらの逆行的立場は、左翼戦線(訳注二)の意思表明をマヒさせるものなっている。

サルコジ(大統領)とベッソン(エネルギー担当相)のUMP(国民運動連合)やその同僚たちは、原子力産業に働く労働者たちをおじけづかせるために、社会党が多くの原発を閉鎖したいと思っている、と信じるふりをしている。実際のところこれは、社会党の立場についての、そして原子力産業労働者の状況との関係での、二重のごまかしなのだ。原子力産業の労働者は、他の労働者と同様に、不安定な下請雇用であり、職業病に苦しんでいる。原発の廃止に伴う新たな雇用創出については、この問題に関するさまざまな報告についてサルコジやオランド(社会党の大統領選候補者)が何も言わないにもかかわらず、可能なのである。われわれが見ていることは、それとは全く逆に、そもそも当初、耐用期限三〇年で設計された原子炉の耐用年数を四〇年に延長しようという無謀な試みである。



二一の原子炉をただちに廃炉にすべきだ



原発の耐用年数の問題は今や最重要の課題になっており、われわれの要求は、すでに三〇年間運転してきた原子炉の廃炉である。現在なお運転し続けているが即座に廃炉にすべき原発は二一基あり、それ以外の二一基も二〇一七年には耐用期限年数に到達する。こうした要求は、原発を一〇年で廃止せよというNPA(反資本主義新党)の提案、ならびに現在進行中の原発プロジェクトを中止せよという提案との完全な一貫性を持っている。

こうした要求は、反核運動の中で広範な支持を得る必要がある。三月一一日にリヨンとアヴィニョンの間で組織される人間の鎖は、この理由から言っても失敗させてはならない。それは、フランスで最も原発の多い地域で数万人を組織することを意味している。しかし日本での原発災害から一年後の日になされる一日行動だけでは、原子力ロビーを退却させるには不十分であり、われわれは、人間の鎖、デモ、核廃棄物を運搬する列車の阻止などさらなる行動について検討しておくべきである。原子力を止めるために、ともに原発を阻止する行動に立ちあがろう。



二〇一二年三月六日



(訳注一)二〇世紀初頭のフランス社会党の指導者。第二インターナショナルの中では「修正主義」の立場に立っていたが、第一次大戦に反対し右翼によって暗殺された。

(訳注二)共産党と仏社会党から分かれた左翼党との選挙ブロック。左翼党のメランションが左翼戦線の大統領候補になっている。 
 

▼ミシェル・レヴィはブラジル出身の哲学者・社会学者であり、フランスの反資本主義新党(NPA)ならびに第四インターナショナルのメンバー。彼はアムステルダムのIIREの特別研究員であり、フランス国立科学研究センター(CNRS)の前主任研究員である。彼には『チェ・ゲバラのマルクス主義』、『マルクス主義と解放の神学』、『父なる祖国か母なる大地か』、『ラテンアメリカにおける宗教と政治』など多数の著書がある。邦訳書に『若きマルクスの革命理論』(山内昶訳 福村出版、一九七四年)、『世界変革の政治哲学』(山本博史訳、つげ書房新社、一九九九年)がある。彼は「国際エコ社会主義宣言」の共同起草者であり(ジョエル・コーヴェルとともに)、二〇〇七年にパリで開かれた「第一回国際エコ社会主義会議」の組織者の一人でもある。ヴァンサン・ガイは仏NPAのメンバー。
 

(「インターナショナル・ビューポイント」2012年四月号)


▲1977年7月、フランス東中部クレイ=マルヴイルでの
抗議側に死者が出た6万人の高速増殖炉建設計画反対闘争

【報告】 3.11 東京で三つのアクション

touden三月一一日、東日本大震災・福島第一原発事故から一周年にあたり、東京でもさまざまな行動が取り組まれた。

午前一一時から、〈フクシマ事故から一年、「もう原発はいらない!」3・11東電前【大】アクション!〉が東電前アクション!の呼びかけによって行われ、一三〇余人が参加した。ロイターをはじめ海外のメディアがたくさん取材に訪れた。

 呼びかけ人が「①東電は加害者としての責任をとことんとれ②もう原発を動かすな③企業としての生き延びるための見苦しい算盤勘定をやめろ」と行動の趣旨を述べた。尼崎でJR西が引き起こした尼崎事故の責任追及やアスベスト問題と闘っている仲間が「京都では昨日六〇〇〇人で集会を成功させ、大阪でも一万人集会を行っている。大飯原発の再稼働を許さない」と訴え、これから郡山の集会に参加することを表明した。たんぽぽ舎は「原発は安い電力料金ですむという神話を逆手にとって電力料金を値上げしようとしている。こんなウソがあるか。事故の責任をとれ」と迫った。

 福島事故緊急会議の木村さんは「大飯原発3・4号機のストレステストを行った。三月一三日に第五回の原子力安全委員会があり、さまざまな問題が指摘されているにも関わらず、稼働しても安全であると結論を出すだろう。これを認めない傍聴活動をしよう」と呼びかけた。

 イタリア人の反原発活動家のアンジェロさんが「世界中の目があなたたち見ている。怒って下さい。これは人間の問題だ」と訴えた。江東区竪川での野宿者強制排除と闘う仲間が経過の報告と支援を訴えた。また、もんじゅの仕事についたことのある原発労働者が四次下請けで働き、正規職員の半分の給料であった劣悪な条件を述べ、当時から原発を解体しなければならないと闘ってきたことを報告し、参加者から大きな拍手を受けた。新潟市からやってきた仲間から東電柏崎・刈羽原発を動かすなの訴えなどがあった。

 鳴り物や歌での訴えなどさまざまな工夫に満ちた行動が午後一時頃まで行われた。東電柏崎・刈羽原発が三月二六日に定期検査に入り、原発が止まる。残るは北海道の泊原発のみになり、これも四月末には定期検査に入るということで、原発ゼロの日が近づく。再稼働阻止のために3・26に東電前アクションを行うと呼びかけがあり、全体で確認して行動を終え、次の行動へ参加した。

demo 午後二時から、日比谷公園中幸門に集まり、「3・11東京大行進~追悼と脱原発への誓いを新たに~」が首都圏反原発連合の呼びかけで行われ、一万人以上が参加した。

 首都圏反原発連合、3・11再稼働反対!全国アクション、さよなら一〇〇〇万人署名運動、いわきアクションママの会、ドイツ緑の党の連邦議員、中沢新一さんなどの発言が行われた。ステファノ・トドラさんが追悼の歌を披露し、東日本大地震の行った午後二時四六分に一分間の黙祷を行い、犠牲者の追悼を行った。午後三時からデモが出発したが、一時間経ってもまだ最後尾のデモが出発できず、日比谷を一周してきたデモ隊と合流する程の人の集まりであった。外国人の参加や若者・女性の参加も目立った。

kokkaki 原発ゼロ!国会囲もうヒューマンチェーンが午後四時:社会文化会館前集合、午後五時、五時四五分:開会「人間の鎖」、午後六時:首相官邸前アクション(3・11再稼働反対!全国アクション主催)という予定であったが、国会包囲行動は一時間遅れで二回にわたってヒューマンチェーンを成功させた。そして、その後首相官邸前に集まり、原発立地の福島からハイロアクション福島原発四〇年実行委、脱原発福島ネットワーク、浜岡、四国・伊方、佐賀・玄海、北海道・泊の各闘う団体と、3・11再稼働反対!全国アクションが「再稼働をするな。原発をゼロにしろ」という要請書を総理大臣宛に提出した。すべての行動が東電への怒り、再稼働ねらう政府への抗議の声に満ち溢れていた。

(M)
 

【報告】 原発いらない!3・11福島県大集会

郡山+060 3月11日、「東日本大震災・福島原発事故1周年 原発いらない!3・11福島県大集会~安心して暮らせる福島をとりもどそう~」(主催・実行委員会)が郡山市開成山野球場が行なわれ、 16000人が集まった。

 集会の冒頭はオープニング・コンサートから始まり、日音協、和合亮一作の詩の朗読から始まった。

 続いて加藤登紀子さん(歌手)が脱原発をアピールしながら震災直後に作った「今どこにいますか」などを熱唱。さらに「私たちが今被っていることは人災であり、人類が歩んできた文明の限界であり、文明災と言っていい。使用済み核燃料の行き先は地球のどこにもない。今すぐに原発を止めなければならない」と訴えた。



原発全廃を実現しよう



 本集会は「開会のことば」を竹中柳一さん(実行委員会委員長)が行い、集会が「大きな変革の始まりとなることを」と強調した。

 清水修二さん(福島大学副学長)が呼びかけ人代表あいさつを行い、「電力不足や地域経済の打撃を理由にした再稼働の動きが急速に高まっている気配があります。県民の気持は一つです。『原発いらない』。痛恨の思いをこめた叫びです。ともに前進しましょう」と発言した。

 連帯のあいさつを大江健三郎さん(作家)から行なわれ、「私たちに求められていることは何か。原発の事故をなくすことだ。この国の原発をすべて廃止すればできます。私たちの子どもたちが放射能の被害が絶対になくなるわけです。原発の電力がなくなればどうなるのかと、すでに政府、産業界、マスコミの一部までが脅迫している。しかし人間らしく生きていけるかどうかの問題であり、倫理的責任を重んじることだ。民主主義にもとづいて市民一人一人がどのように抵抗していくかだ。原発全廃を実現しよう」とアピールした。

 原正夫郡山市長からのメッセージ紹介。

 県民の訴えでは、山形県米沢に小学生を避難させている福島市の母親が「米沢はマスクもいらない。放射能を気にすることもなく外で遊べる。でも福島のほうが楽しかったと子どもが時おり寂しそうな顔をします。私たちは福島第一原子力事故がなければ福島を離れることはありませんでした。子どもを守りたいと米沢に来たこと、それでも福島が好きだということ、その気持は変わりません」とアピール。

 二本松市で有機農業を営んでいる農民は、「有機農業者への打撃は深刻です。耕したくても耕せない農民の分までこの苦しみと向き合う。経営転化、離農する人たちも出ている。センセーショナルに報道されるたびに、福島県民が加害者であるような対応に怒りをもっています。マスコミが追及すべきは電力会社であり、原発を国策として押し進めてきた国ではないか。原発を推進してきたアメリカのいいなり、大企業中心の日本あり方を今変えなくていつ変えるのでしょうか。『がんばろう日本』ではなく『変えよう日本』であり、今日はその転換点にしていこう」と糾弾した。

 さらに相馬市の漁業者、飯舘村出身で福島市に避難している農民、警戒区域の県立富岡高校から郡山市のあさか開成高校に転校した高校生から発言があった。



実行委の訴え



 東日本大震災が発生した14時46分に参加者全体で黙祷を行なった。

 小渕真理さん(アウシュヴィッツ平和博物館館長)が集会宣言を提案し、全体で採択した。とりわけ宣言は、「首都圏の皆さんに訴えます」で「福島原発は東京電力の原発です。首都圏の反映をささえるエネルギーを供給してきたのです。その福島原発は、私たちの力で何としてでも全て廃炉に追い込みます。しかしまだ、東京電力には新潟の原発があります。青森の原発も建設途上にあります。原子力発電の興廃の鍵を握っているのは、電源立地地域だけではありません。電力を大量に消費する大都市住民の『生き方』が正面から問われているのです」と問題提起している。

 また、実行委員会は、「私たちは次のことを訴えます」で「●福島県では原子力発電は将来にわたり行なわず、福島県を自然エネルギー等再生可能エネルギーの研究・開発拠点とすること。●放射能によって奪われた福島県の安全・安心を国と東京電力の責任で実現すること。特に子どもたちを放射能から守ること。●原発事故に伴うすべての賠償の実現と、県民の生活と雇用の保証を実現すること」を要求している。

 最後に片岡正彦さん(弁護士)が「閉会のことば」を行い集会を終了し、参加者はデモに移り、脱原発をアピールしていった。

(Y)
 

転載【反天連声明】国家による死者の簒奪を許すな!天皇出席の3.11「東日本大震災追悼式」に反対する

ten1ten2【反天連声明】国家による死者の簒奪を許すな!
天皇出席の3.11「東日本大震災追悼式」に反対する


 2012年2月1日
 反天皇制運動連絡会(http://hanten-2.blogspot.com/

 1月20日、政府は「東日本大震災1周年追悼式」を開催することを閣議決定し、内閣府に「追悼式準備室」を設置した。報道によれば、「追悼式」の会場は東京都の国立劇場で、1500名の規模。「地震発生時刻の午後2時46分に1分間の黙祷をささげる」「実行委員長を務める野田佳彦首相の式辞や、天皇陛下のお言葉、岩手、宮城、福島3県から招く遺族代表のあいさつなどを予定している」という。

 1年前のこの日、筆舌に尽くしがたい惨事が東北を中心とする人びとを襲った。それまでの生活は一瞬にして破壊され、たくさんの命が失われた。それを目の当たりにした人びとにとって、また、そういった人びとに直接繋がる人びとにとって、この日が特別の意味をもつことは当然であり、失われた命に思いを寄せ、その死を悼むことはあたりまえの感情である。だが、国家が「追悼式」において果そうとしていることは、国家がそういった人びとの感情をすくい取り、さまざまな人の持つ多様な思いを、ある種の政治方向へと集約していくことにほかならない。だからこそ私たちは、国家による「追悼式」をけっして許すことは
できない。

 野田首相は、1月24日の施政方針演説で次のように述べている。「大震災の発災から1年を迎える、来る3月11日には、政府主催で追悼式を執り行います。犠牲者のみ霊に対する最大の供養は、被災地が一日も早く復興を果たすことに他なりません。……東日本各地の被災地の苦難の日々に寄り添いながら、全ての日本人が力を合わせて、『復興を通じた日本再生』という歴史の一ページを共に作り上げていこうではありませんか」。

 「犠牲者のみ霊に対する最大の供養」が「復興」であるという。これは、例年、8月15日に天皇出席のもとで行なわれる「全国戦没者追悼式」における、国家による死者の「追悼」の論理とそっくりである。私たちは、毎年、「全国戦没者追悼式」への反対行動に取り組んでいるが、それは、戦争の死者を生み出した責任の主体に他ならぬ日本国家が、その死者を「戦後日本の繁栄」をもたらした存在として顕彰することによって意味づける儀式であるからだ。そこに決定的に欠落しているのは、その死をもたらした戦争に対する反省の意識である。国家がなすべきことは、戦争の死者を褒め称えることではない。被害者(戦場に駆り出された兵士たち、空襲や原爆投下などによるおびただしい死
者、そして日本の植民地支配と侵略戦争によって生み出された他民族の被害当事者と遺族たち)にたいして責任を認めて、謝罪と補償(恩給などというものではなく!)を行うことである。

 この8.15と同様の政治が、3.11においても起動されようとしている。そして8.15において隠蔽されるものが国家の戦争責任であるとすれば、3.11において隠蔽されるものは国家の「原発責任」とでも言うべきものである。

 野田の演説において、地震・津波災害と原発事故災害とは、たんに並列されているだけである。地震・津波の被害をあれほどに拡大させてしまった責任は国にもあるはずだが、それ自体は「自然災害」ではあろう。しかし、それによって起こされた原発事故は100%の人災である。国家的なプロジェクトとして原発を推進し続けた国に、事故の根本的な責任があることは明白である。自然災害はおさまれば確かに暮らしは再建され「復興」に向かうはずだ。しかし、現在進行形の原発事故は、決して旧に復することのできない深い傷を、日々刻み続けている。

 原発政策をそのままにした「復興」などありえない。野田もこの演説で「元に戻すのではなく、新しい日本を作り出すという挑戦」が「今を生きる日本人の歴史的な使命」であるなどと述べている。だがそれは、「自然災害に強い持続可能な国づくり・地域づくりを実現するため、災害対策全般を見直し、抜本的に強化」することであり、「原発事故の原因を徹底的に究明し、その教訓を踏まえた新たな原子力安全行政を確立」することでしかない。こんなことは、従来の原発推進路線においてすら、タテマエとしては掲げられてきたことではないのか。

 このふたつの災害を切り離して前者のみを語ることは、その責任を負っている国家にとっては、決して許されることではないはずだ。「追悼式」において、死者の死はもっぱら今後の「復興」にのみ結びつけて語られ、いまなお原発事故の被害を受け続けている人びとをも含めて、被災一般・苦難一般へと問題は解消され、それを乗り越えて「復興に向けて頑張ろう」というメッセージへと「国民的」な動員が果たされる。野田の演説にも見られる「全ての日本人」「日本再生」といった言葉は、多数の被災した在日外国人を排除するだけではない。被災者のおかれているさまざまな苦難の差異を消し去り、あやしげな「共同性」に囲い込み、挙国一致で頑張ろうと忍耐を求める国家の論理なのだ。

 さらに、国家によって「追悼」されるのは、個々の固有の名を持つ死者ではありえない。儀礼的な空間の中で、具体的な個々の死者は、集合的に追悼されるべき単一の死者=「犠牲者」なるものに統合されてしまう。その抽象的な死者に対して、国家のタクトにしたがって、「国民的」行事として一斉黙祷がなされる。それはあくまで、儀式を主宰する国家の政治目的のための「追悼」なのだ。それはそのとき、さまざまな場所で、自らの思いにおいて個別の死者を悼んでいるだろうすべての人びとの行為をも、否応なく国家行事の側に呑み込み、その一部としてしまう。それが、国家による死者の簒奪でなくて何であろうか。

 この儀式において、天皇の「おことば」は中心的な位置を占めるだろう。天皇は、昨年の震災直後にビデオメッセージを発し、また、被災地を慰問して回った。そこで天皇が果した役割は、被災者の苦難にたいして、その悲しみや怒りを、「慰撫」し「沈静化」させることであった。そのパフォーマンスは、マスコミなどで「ありがたく、おやさしい」ものとして宣伝され続けた。しかし、天皇とは憲法で規定された国家を象徴する機関である。そのような存在として天皇は、震災と原発事故が露出させた戦後日本国家の責任を隠蔽し、再び旧来の秩序へと回帰させていく役割を、精力的に担ったのだ。それこそが天皇の「任務」なのであり、3.11の「追悼式」において天皇が果すのも、そのような役割であるはずだ。

 国家がなさねばならないことは別にある。震災と原発事故の被災者の生存権を守り、被害に対する補償や支援をし、さらには被害の一層の拡大を防止するためにあらゆる手立てが尽くされなければならない。そして、これまでの成長優先社会の価値観からの転換がなされなければならない。しかし、政府が行おうとしている方向性は逆だ。原発問題一つとっても、老朽原発の寿命の延長を可能にし、インチキな「ストレステスト」を強行して無理やり再稼働に進もうとしているではないか。それは、「復興」されようとしている社会が3.11以前と同じ社会であること、そこにおいて利益を享受していた者たちの社会であることを物語ってしまっている。この点で私たちは、国家による「追悼式」への抗議の声を、3.11というこの日においてこそ、反原発という課題に合流させていかなければならない。

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【報告】10.29 アジ連公開講座「広がる放射能汚染 緩められる基準にNO!」

jpg 10月29日、アジア連帯講座は、「広がる放射能汚染 緩められる基準にNO!」というテーマで講師に松丸健二さん(原発いらない!千葉)、福島いわきの仲間を迎えて公開講座を文京シビックセンターで行った。

 講座開催にあたってアジ連の仲間は、「放射能汚染とどう向き合うのか」という観点から次のように問題提起した。


 「原発事故によって大量の放射能がばら撒かれた。私たちの力ではなくすことはできないが、現実に合わせて基準のほうがどんどん緩められ高められている。さらに下水処理場やゴミ焼却場から出る放射能汚染の汚泥だ。東京でも中央防波堤埋め立て処分場には、下水処理場から出た汚泥、ごみ焼却場から出た焼却灰で放射性物質が含まれていたものが、集められている。首都圏の各地で焼却場の周りに仮置きをしていたりして大量に存在している」。


 「これらの問題をどのように考えたらいいのか。福島原発事故は、いまだに放射能を出し続けている。大量にばら撒かれたので、食品だけではなく、身の回りに存在している。原発をやめることは当然だが、同時に放射能汚染問題についてどう向き合うのか。ともに考えていこう」。


 福島県いわきの仲間は、放射汚染の拡大と労働者の被曝問題をクローズアップし、低線量被曝の切捨てを止めさせようとアピールした。(要旨別掲)


 松丸さんは、「福島第一原発事故を被曝問題から考える」というテーマから①核技術②核災害③被曝問題④放射能を少なくする食生活⑤原発再稼働阻止――について報告した。(要旨別掲)



●福島県いわきの仲間の発言


 東京電力は福島第一原発を廃炉にするために、貫通した格納容器を塞ぎ、
そこに水を入れ水棺にすると言っている。仮に出来たと仮定して、私は現在の福島原発とりわけ第一原発地震の地震に対する安全性が心配だ。福島第一原発の近くには双葉断層という長い断層がある。東京電力は双葉断層について動く可能性の在る部分を短く評価している。


 福島県の浜通り地方は3月11日に海側を震源とする地震に遭い、その1カ月後には動かないと評価されていた湯ノ岳断層が動き、内陸型地震が発生した。3月11日の地震は最大震度7を宮城県で計測し、4月11日の地震は、福島県浜通・中通り等で震度6弱を記録し地表に長い断層が出現した。東京電力が動かないと評価した双葉断層が動く可能性が出て来たのではないか。双葉断層が東京電力の予測を外れて動いた時、福島原発はどうなるのか? このことが心配だ。


 今日、明日終わる事故ではない。私たちは3月11日に生活が変わった。世の中が変わってしまった。いまだに放射能が出続けている。あと30年以上続く、原発事故収束を見ることができないかもしれないとみんな思っている。そういう長い展望でやろうとしている。


 みんなそれぞれに不安を持っている。地元に残っている人達もそうです。それらの不安が復興のためということで切り捨てられようとしている。街、通学路だけ除染したらいいのではないかとなってしまっている。人が生きるとは、どういうことなのか。田舎ですから、土と親しみ、山に行ってキノコを採ったり、海に行って魚釣りをしたりしてきた。それは自分の幼いころの思い出とか、みんな繋がっている。これからはそういうことができない。


 いったい人がそこで生活していくことを、どのように考えているのか。矮小化されて考えられている。農産物の補償があっても、農民と漁民だけだ。廃棄物問題で弁護団の調査が入った。家庭菜園をやってきた人はいっぱいます。その作物の補償とかはどうなるのか。いろんな材料費だってある。これらが一切投げ捨てられている。


 ある農家の農作業を行っているのは高齢者だ。お爺さんの楽しみは、時折訪れる孫に「爺ちゃんの作った作物はうめーだろ。爺ちゃんが丹精して農薬を使わないで育てているからだぞ」と言って食べさせることだった。ところが今回の原発の事故で放射能が怖くて、自慢の野菜を孫に食べさせることができなくなった。このようなこと至るところで起きている。


 だから場当たりじゃなくて、どういうふうに汚染されているのか。詳細なデータが調査されなければならない。住民が自主的にそのデータに基づいて計画を作ってやっていかないと、どうにもならない。どこかの科学者が基準値を作るという話ではない。根本的な民主主義をどうするのか。そういう社会体制の問題だ。政府は県民の不安の声に動かされて国の責任で除染する基準を下げる報道があるが、基本は低線量被曝を切り捨てる方向で動いている。我慢しなさいと簡単に言うけど、誰が我慢するのか。その人に我慢を押しつけていいのか。少なくとも健康管理手帳を配布し、ちゃんと健康診断し、医療補償して、そういう体制を作る事が大事だ。


 福島原発の震災被曝者援護法を作ろうという動きがある。広島、長崎では、かえってそれが原爆被害者を切り捨てる役割を果した。その基準値をどうするのか。法律をどうするのか。誰でも使えるようにする必要がある。大きな全国的な運動が繋がってやっていく必要がある。全港湾の仲間たちは、放射能汚染のレンガを横浜の埋め立てに使おうとしたところ止めさせた。現場の労働者、市民が団結して止めさせた。そういうことが大事だと思う。

 


●松丸報告


 福島第一原発事故と他の核災害


 被曝のいろんな基準は、広島・長崎の、その後の調査とかで作られています。広島・長崎の場合は、ウランとプルトニウムの違いがありますけども、瞬間的に放射線が飛び核爆発、核分裂したウランやプルトニウムが死の灰になって、拡散して、被曝をもたらした。時間的には「短時間」です。

 チェルノブイリの場合は、原因が核暴走ということで、核爆発に近い。ウラン燃料が核暴走して破裂し、中性子の減速材として使われていた黒鉛ブロックの火災が起きた。この火災による高熱で死の灰、核分裂生成物が、高い大気層まで上昇したため、広範囲に放射能が飛んだ。


 福島では、メルトダウン後に水素爆発が起きました。水素爆発で建屋が破壊されるまでは、ヨウ素やセシウムなどが内部に充満。排気塔までのルートにはフィルターが付いているので、多くの放射能は外部には出ていなかったが、水素爆発によって撒き散らかされた。建屋が吹き飛んだ後は、除々に放射能が漏出し続けている。福島では3つの原子炉がメルトダウン。チェルノブイリ事故では一つだった。


 チェルノブイリと較べて、日本政府の発表は、確か7分の1とかの放射能しか放出していないんじゃないかというものでした。それに対してスウェーデン研究機関は、その三倍ぐらい出ているのではないかと発表している。幅があって、どちらが正しいのかという判断は置いておいて、私はチェルノブイリより低めの可能性があると考えています。


 さらにチェルノブイリの場合は、大陸の真ん中で起きて、人間の住んでい
る地域としては広い地域が汚染された。福島の場合は、海岸沿いに立地しており、大部分が海へ。一九%が日本列島に降り注いで、二%が日本以外の陸地に降り注いだと言っている。海の汚染、魚の汚染状況は、なかなか報道されてはいないのですが、陸に関してはチェルノブイリと比較すれば、少ないかもしれない。



 「チェルノブイリ原発のあるブリピャチ川流域の土壌は粘土鉱物が少なく、事故前より、セシウム137の作物への移行が大きいことが知られていた」(今中哲二『「チェルノブイリ」を見つめなおす』原子力資料情報室刊)


 今中哲二さんは小出裕章さんの同僚で、京都大学原子炉実験所の助教をやっている方です。五年前に原子力資料情報室が発行した今中さんのパンフレットによれば、チェルノブイリ原発周辺の多くは、セシウムが食品に移行しやすい土壌だということです。


 福島県二本松市の旧小沢町の米の予備検査で、基準ぎりぎりの500ベクレルが検出された。その後の調査では、高い値の出た小沢町の田んぼは、山からの湧き水を利用しているので、砂の比率が高くてセシウムを吸着する粘土質が少ないため、稲に移行したんじゃないかと考えられています。セシウムは水溶性です。(他の田んぼよりカリウムの施肥が少ないため、稲がセシウムを大量に吸い上げたことも考えられる。)


 福島第一原発後、数百キロ離れた地域の野菜やお茶などが汚染されていることがわかりました。有機農法を続けてきた三里塚にも放射能が流れてきました。柳川秀夫さんは、畑の周囲に植えていたお茶の木を切り倒してしまったと聞きました。


 東峰のワンパックのホームページを見たら、
 「畑の土の放射線量の結果がきました 2011.10.20 Thursday
 たんぽぽ舎の放射能汚染食品測定室に検体を出していました、べじたぶるんの3軒の農家の土の測定結果がきました。どれも放射性セシウムの値です。


 ピポカの畑(成田市新田)    101Bq/kg
 三つ豆ファームの畑(山武市)  90Bq/kg
 南実の音の畑(成田市伊能)  104Bq/kg


でした。空間線量から予想される数値としてだいたい予想の範囲内の数値だと思います。


 ピポカベジタブルの新米(成田市新田産合鴨除草米コシヒカリ)についても


 玄米3Bq/kg


 白米検出せず (検出限界は5Bq/kgですが、時間をかけより精度を上げて測定していただきました。) 

という結果でした。」http://blog.vegetablen.main.jp/?eid=1309996


 意外に日本の土はセシウムを吸着し、野菜などに移行しにくい。筑波山のふもと、茨城県石岡市に有機農業が盛んな地域があるんですが、40年ほど有機農業を続けている魚住道郎さんという方がいらっしゃいます。3・11以降に行われた講演会で、「土の力はすごい」、「土が強いと野菜にセシウムが移行しにくい」という言い方をしているそうです。


 おそらくチェルノブイリとは違いがあるのだろうと思います。政府は、このことをわかっていたのか、3・11直後、土が1キログラム当たり5000ベクレムを超える農地では、作付けをさせなかった。一キロ当たり500ベクレルのセシウムとストロンチウムが作物に10分の1が移行するかもしないので、500ベクレムという基準を作ったという見方があるようです。


 土壌の質が違うので、輸入食品の基準は370ベクレムなのに、それより高い500ベクレムとしたのは、日本の土の状況を知っていて決めたのか、チェルノブイリと較べてその基準を作ったのか、というのはよくわかりませんが、それに近いデータが出ているのではないかと感じています。現在、流通ルートの食品の線量を中心にした測定されていますが、その作物が収穫された農地の土がどれぐらい汚染されているのか、ということがほとんど発表されていません。

国や福島県は、今後のこともあるのでしょうから、どのぐらいの汚染の土地だったら、どれぐらいの放射能が、どういう作物にどういう土壌だったら、どのくらい移行するかという調査をし、発表するべきです。事故は早春でしたから、これから作付けを始めようと準備していた時期だったろうと思います。ちょうど一年間の農業のサイクルを考えれば、調査の材料として必要だし、農業の再建のためにも取り組むべきではないかと思っています。


 先々週、ベラルーシのベラルド研究所の副所長、ウラジーミル・バベンコさんが出版社の招きで来日しました。東京と福島での講演会や記者会見の様子が動画サイトで閲覧できます。福島の市民測定所と交流などもしています。


 べラルド研究所は、国の研究機関ではなくて、海外からのカンパで作っている研究所です。設立がチェルノブイリから四年後。住民は測定器もないし、どこも調べられなかった。そういうところに放置されていて、それを知った海外の人たちがカンパをし、地元で子どもたちを被ばくから守る行動を続ける人たちを支えていこうということでできた研究所です。


 この研究所がやっている活動は、自分たちで測定器を作り、食品測定器、環境測定器、体内被曝を測るホールボディカウンターを開発している。ベラルーシもウクライナも、独立したあと、民主化の力が強いので、住民の要求が高まり、18歳未満の子どもたちのために被曝をなるべくさせないためにという法律ができて、予算措置も行い、日本より厳しい食品の基準値も作りましたが、チェルノブイリ事故から20年以上たってしまえば、その対象となっていた18歳未満の子どもたちはみな成人してしまい、ベラルーシ政府は「今の子どもたち」への予算をカットしたそうです


 日本では、政府が新しい基準値を作るまでに市民が自主的に対応していかないと、現実の被曝、子どもたちの被曝は抑えられない。事故直後、放射性ヨウ素が甲状腺に溜まり、甲状腺がんが増えることが指摘されました。甲状腺がんは、被ばくから発症するまで3年~4年。他のがんと比較すると早く発症することがチェルノブイリの経験でわかっています。


 ベラルーシでは、風土病としてヨウ素欠乏症があったそうです。ヨウ素は昆布やわかめなどの海藻に多く含有されています。日本列島は太平洋という大きな池の真ん中なので、海藻を摂取しているのでヨウ素欠乏による風土病はないのではないかと思います。ベラルーシでは、保健政策としてヨウ素のサプリメントを飲ませていたそうです。ベラルーシの人々は日常的に体内のヨウ素が欠乏しているので、チェルノブイリの事故の後、余計にヨウ素を甲状腺に溜めやすかった。

 バベンコさんは、平均的な日本人はヨウ素を多く含む海藻を食べているので、放射性ヨウ素をとりくむ率は低いだろう。チェルノブイリと同じような被害にはならないだろう。不安はたぶんあるんですが、結果を勝手に予測していいのかわからないが、だいぶチェルノブイリ、ベラルーシと日本は、違うだろうと発言していました。


 バベンコさんはストロンチウムについての話もしていました。体内でカルシウムが不足していると、生物はカルシウムと間違えストロンチウムを取り込んでしまうという性質があります。カルシウムは普段から取らなくてはならない。なるべくカルシウムを取って、体に充足させておけば、ストロンチウムを食べてしまっても、それを蓄積しにくい。


 産地で食物を選ぶことは、防衛行動として当然なことだとは思いますが、測定できる場所が増えてきていますから、どういう土だったらそこでの収穫物にセシウムが移行するか予測できるかもしれない。データを積み重ねれば、この畑にはこういう野菜を作付けすれば、セシウムが移行しにくい。あるいは、この畑では、肥料としてカリウムが少ないため、作物が放射性セシウムを取り込みやすいとかの判断もできるようになるのではないか。今の段階としては、そうしたデータが増えて対応方法がわかるまでは、防衛行動としてなるべく放射能を体の中に溜め込まないようなことも必要だと考えます。


 被災地、福島はただでさえ放射線の外部被曝が高いところで、学校給食などの地産地消は危険性を指摘する人も多くいますが、次の段階について考えていかなくてはいけないのではないかと思います。


 再稼働の問題が運動としては課題となっています


 経産省としては、電力需要が高まる来年の夏前に照準を定めているようです。やらせ問題で九州電力と佐賀県知事の関係が問題となっていますが、プルサーマルを最初に始めたところが佐賀県の玄海原発で、その次が愛媛県の伊方2号炉。浜岡は始める前に地震の関係で取りやめた。福島4号炉でプルサーマルが始まった。佐賀のように電力会社と自治体との関係が強いところから再稼動が始まるのではないかと感じています。


 原子力安全・保安院を推進機関である経産省から離して、環境省の下に原子力安全庁を作る。その設立が2012年4月。私は4月に原子力安全庁が設立してから再稼働がはじまると思うので、この原子力安全庁というものが、どういうことをやろうとしているのか、原子力安全庁ができるまでに保安院がどう変わっていくのか。原子力安全委員会も統合されるわけだから、どうなっていくのかということを監視、チェックをしていく必要があります。


 原子力安全庁の設立に向けた環境大臣のアドバイザーに、原子力資料情報室の共同代表の伴さんや環境エネルギー政策研究所の飯田代表とかが、有識者として加わると報じられていますが、安全庁が再稼働を前提にするような設置の仕方で準備されるのであれば、そういう方々はアドバイザーを辞め、開かれた場所で議論すべきだろうと思っています。


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【案内】7.29 文科省前行動~区域外避難者・「自主」避難者にも正当な賠償を!

※拡散希望!
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文科省前行動~区域外避難者・「自主」避難者にも正当な賠償を!
 7月29日(金)文部科学省旧館前 12:00集合
http://www.foejapan.org/energy/news/evt_110729.html
 12:00~13:15(予定)
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原子力損害賠償紛争審査会に私たちの声を届けるため、緊急行動として、7月29日、第12回の原子力損害賠償紛争審査会の会場となる文科省旧館の前でアピール(横断幕、マイクアピール、チラシ撒き)を行います。行動には福島と首都圏から「自主」避難された方が参加します。また、そのあと、紛争審査会の会議を傍聴します。

■趣旨
7月29日(金)に行われる原子力損害賠償紛争審査会において、福島原発事故における東電の補償について、中間指針(案)が提示されます。ここで避難区域外からの「自主」避難者に対する賠償が盛り込まれない可能性が高まっています。

水素爆発の恐怖から避難せざるを得なかった…家の中が放射線管理区域状態でとても子育てができる環境ではない…私たちが実施した意見書や、紛争審査会に提出した意見書には、避難せざるを得ない状況、二重生活、二重ローン、かさむ交通費、退職による収入減から生活は苦しく、補償が是非とも必要な実状が綴られています。また、避難したくてもできないでいる多くの人も、補償により道を切り開きたいと望んでいます。

※審査会宛意見:「私たちの声をきいて下さい!」
http://www.foejapan.org/energy/news/pdf/110715_1.pdf
※「自主避難でアンケート実施」
http://www.foejapan.org/energy/news/p110725.html

7月15日に行われた紛争審査会事務局との交渉では、避難者からこうした実状が訴えられ、意見書と合わせて「自主」避難者への賠償を求める要請書を提出しました。
http://www.foejapan.org/energy/news/110715.html
http://www.foejapan.org/energy/news/110715_2.html

しかし、紛争審査会は今、これを受け入れない方向で中間指針を出そうとしています。私たちは、事故後の状況、また汚染が深刻な広がりをみせている現状に鑑み、自主避難を余儀なくされた方々の声を直接、審査会に届けるため、今回の要請行動を実施します。

緊急行動として、会場となる文科省旧館の前でアピール(横断幕、マイクアピール、チラシ撒き)を行いたいと思います。行動には福島と首都圏から「自主」避難された方が参加します。

■行動に参加してください!
ぜひ、みなさま、ご参加下さい! 29日、12:00に文科省旧館前にご参集ください。プラカードなどで、「自主避難にも補償を!」とアピールしてください。

■紛争審査会は13:00~16:00に文科省旧館にて行われます。審査会の傍聴まで希望される場合は、申込みが必要です。7月28日(木曜日)14時までに、氏名、所属機関及び連絡先を文科省FAX(03-6734-4659)またはE-mail(genshi@mext.go.jp)にてご登録下さい。」)
傍聴においても、プラカードなどで、意見をアピールしてください。

■当日はさよなら原発全国署名の提出・保安院交渉が参議院議員会館B107であります.行動後、そちらに合流することもできます。

呼びかけ団体(7月26日現在)
福島老朽原発を考える会
国際環境NGO FoE Japan
プルトニウムなんていらないよ!東京

■問い合わせ先:
国際環境NGO FoE Japan 満田夏花(みつた・かんな)携帯:090-6142-1807

※署名にご協力いただいた皆様のうち、関連情報の受信を希望された方々にbcc
にてお送りいたします。今後の受信を希望されない方は、恐れ入りますが、本メー
ルへの返信にてご連絡ください
--
国際環境NGO FoE Japan
  〒171-0014 東京都豊島区池袋3-30-8-1F
  Tel: 03-6907-7217  Fax: 03-6907-7219
  Web:
http://www.FoEJapan.org  

【福島第一原発】再臨界・メルトアウト・チャイナシンドローム...もはや収拾不能状態だ

福島第一原発の事故は、もはや収拾不能のカタストロフィー状況に入っている。

■4号機で再臨界トラブルか

6月14日午前1時過ぎ、東京電力が提供する福島第一原発の外側の様子を24時間動画配信する「ふくいちライブカメラ」は、突如発光し、キノコ雲状に爆発して大量に白い煙が発煙する4号機の様子をとらえている。同様の現象は午前4時台まで断続的に繰り返され、6月19日の21時以降にも起こっている。


▲6月14日の4号機(左端)1分7秒あたりで閃光が走り、
2分過ぎからキノコ雲状に白煙が広がり強い発光が発生している
(20倍速)

インターネット上では、14日のこの現象の発生直後から「大きな再臨界が起こったのではないか」という疑念が取り沙汰されたが、東京電力は当初は問い合わせに「同日は濃霧が出ていて、光っているのは作業用のライトが反射しているからではないか」などと説明していた(作業用ライトならば不安定かつ断続的に閃光が走ったり、地上部分から太陽のように光ったりするものだろうか)。しかし、一方で原子力保安院は電話での問い合わせに「同日、夜中は作業していない」と説明しており、ちぐはぐな対応を示していた。あるいは「福島第一原発での作業に従事している」と称する者はツイッター上で「米軍の無人機の光のようです」などとしていた(赤外線で撮影する無人機が投光などするはずがない)。

そして、東京電力は19日になって、ようやく「4号機の原子炉建屋上部にあり、機器を水に漬けて保管している『ピット』という場所の水位が低下、水による放射線遮蔽効果がなくなり、露出した機器から強い放射線が出ている可能性が高い」とする見解を示した。しかし、発光現象や大量の発煙について一切説明しないこんな発表は、そのまま額面通り受け取れるものではないだろう。

私たちは、4号機で起こっていたことは、やはりそれなりの規模の再臨界ではないかと考える。東電の発表によっても、漏出しているのは「放射性物質」ではなく「強い放射線」である。すなわち、X線や中性子線などが直線状に放射されているということである。これは1999年に起こったJCOにおける臨界事故と同様の現象である。

おそらく、機器を水につけて保管する「ピット」内の機器の一部や使用済み燃料プールの核物質が余震か降雨の影響で高温で再臨界を起こしながら溶け落ち、床上の格納容器から漏れている高濃度汚染水に触れた際に急激に冷やされ、核分裂反応による発光と水蒸気爆発による発煙が繰り返された、というのが真相に近いのではないだろうか(そもそも4号機は、使用済み燃料プールの放射性物質の分析などは行われておらず、秘密のベールに包まれている)。東電の19日の発表などは「あの時点ではそのように考えていた」とするアリバイのためにするものとしか考えられない。そしてまた、「メルトダウン」のときのように、二ヵ月後に真相を発表するのだろうか。

JCO臨界事故においても、放射線がどれくらいの距離まで飛んでいたのか判明していない。もしくは発表されていない。今回も一体何キロまで放射線が飛んでいるのか、政府も東電もJCO事故のとき同様、即座に調査して発表しようともしていない。これによって数年後どこかで白血病などを発症しても、政府・東電は「事故との因果関係が分からない」などとして補償から逃げ回るだろうことは想像に難くない。しかし、このように原発事故の被害は、想像をはるかに超えて様々な形で拡大し続けている。

■「フクイチ」はもはや収拾不能だ

福島第一原発の1~3号機は、燃料棒のメルトダウン(炉心溶融)からメルトスルー(溶融貫通)状態にあると発表されている。しかし、小出裕章京都大学原子炉実験所助教など少なくない専門家が、すでに格納容器の底を貫通して建屋のコンクリート部分に落ちていると指摘している。すなわち、いわゆる「メルトアウト」状態にあるとということだ。もはや、この状態では上から水をかけようがホウ素をかけようが、あまり意味をなさず下へ下へとめり込んでいく「チャイナシンドローム」状態を止めることは不可能だろう。

高温を発して地下へ潜っていく溶けた燃料の塊を回収することなどできない。東電の榎本聡明顧問は4月8日の段階で毎日新聞の取材に「原子炉を冷却し、廃炉に不可欠な核燃料の取り出しに着手するまでに約十年かかる」と語っている。菅首相は「来年1月までの冷温停止」などと語っているが、実現不可能なことはとっくに分かっているだろう。

あと十年!もしくはそれ以上、ひたすら上から水をかけ続けるしかない現在のような状態が続くのである。そして、時折地中で小規模・中規模の水蒸気爆発を繰り返しながらあらゆる放射性物質を放出しつくすまで、ほとんど手をこまねいて見ているしかないのである。たとえ「石棺化」したとしても、地下から漏出する放射性物質を止めることも不可能だろう。もはや「フクイチ」は、収拾不能状態にあると考えるしかない。

614そして、放射能被害は加速度的に広がり、深刻さを増している。14日の発光・発煙現象から約1時間後には茨城各地の測定値が跳ね上がっている(左図)。以降、マスメディアの「各地の放射能測定地」の発表でも放射線量の上昇が伝えられているが、私たちの独自の調査でも17日の品川で地上1mの空中線量が前の週の約二倍の0.14μmv(マイクロシーベルト)、18日の新宿ではそのまた二倍近くの0.22~0.24μmvの数値が出ている。この数値が続けば確実に年間被曝許容量とされる1ミリシーベルトを確実に超える数値である。福島市の「20ミリシーベルト」問題は、すでに東日本で生活するすべての人々にとって、我が身の問題なのである。

また、放射能汚染の「ホットスポット」として報道されている千葉県柏市では児童公園が使用できなくなる場所も出てきている。農作物への被害や漁業への被害も拡大の一途をたどっている。遅かれ早かれ東日本全域が、人間が安心して食べ・働き・生活できる環境ではなくなるだろう。政府と東電は、もはや福島第一原発の事故は収拾不能であることを認め、それを前提とした今後十年の被害予測データを作成し公表しろ! そして、東日本で生活するすべての人々の「避難する権利」を保障し、避難を希望する者には海外への避難も含めて補償することを開始するべきだ。根拠のない「ただちに影響はない」などの「安心メッセージ」で避難する権利を奪うことはもはや許されない。

■原発再稼動阻止!来年夏までの実質「脱原発」状態を実現させよう

この福島のカタストロフィー状況をもってしても、日本政府は原発推進政策に固執している。13カ月に一度、停止させて点検することが義務付けられている原発を二度と動かさなければ、来年の夏までには実質的に「脱原発」状態が実現するのである。日本政府と各電力資本は、この実質「脱原発」状態となることをなりふり構わず阻止しようとするだろう。

6月18日には、海江田経産相は「すべての原発の安全を確認した」などとして、現在点検によって停止している原発の再稼働を原発立地自治体に要請した。

「原発の安全」なるものが一日や二日の検査で確認されるものなのか。原子力安全委員会が「安全指針」の抜本的な見直しをこれから開始しようとしているそのときに、「全原発の安全が確認された」など、拙速以前の原発延命のためのタワゴトとしか言いようがない。

たとえば、「もう限界原発」と地元で言われている佐賀県の玄海原発の1号機は運転開始から36年が経ち深刻な老朽化が問題視されているが、老朽化の問題が小手先の対策でクリアするわけがないことは誰にでも想像がつくことだ。しかし、政府は九州電力重役の息子である古川康知事に狙いを定めて、26日にプルサーマル導入の時と同様に反対派住民を排除して県民数人だけを招いた説明会を行い、再稼働を強行しようとしている。

このような政府の攻撃は、各原発立地自治体に加えられるだろう。反原発運動は、地元住民と連帯して各自治体知事や首長へのメール・FAXでの要請・反対の意思表示を集中させるなど、全国的な運動としての展開をさらに強めなければならない。そして、来年夏までの実質「脱原発」状態をなにがなんでも実現させよう。

■停止させた原発のさらなる安全確保の徹底を

原発を停止させたから、と安心するわけにはいかない。福島第一原発の4号機は点検停止中による燃料棒を抜いた状態で被災して、今回のシビア・アクシデントを起こしている。

浜岡原発の3、4号機の原子炉は、福島第一原発の1~4号機と同じ米資本GE社製のBWRマークI型なのである。そして、「フクイチ」の原子炉群が津波が到達する前に地震でダウンしていたということは、すでに東電も保安院も認める周知の事実だ。

したがって、菅首相の要請で停止された浜岡原発の原子炉の周囲に危険な機器や4号機にあるとされているMOX燃料などが撤去されているか、調査し報告されなければならない。そして、反原発運動は、そのように要求する必要があるだろう。

「フクイチ」は、原発が一度ダウンしたら手のつけられない怪物であることをあらためて世界に示すことになった。言うまでもなく、「100%安全な原発」などありえない。アメリカでは4月28日に、アラバマ州ブラウンズフェリー原発の原子炉3基が竜巻の影響で外部電源を失い、自動停止する事態に陥った。この6月14日にも、ネブラスカ州のフォートカルフーン原発は、洪水によって施設の周囲が水没して、使用済み核燃料プールの水温が上昇するなど、危機一髪的な状況が続いている。こういう積み重ねが、「チェルノブイリ」や「フクイチ」で起こったような大惨事に至るのである。そして、原発がある限り、「フクシマ」のような事故は確実に繰り返されるのである。

世界のどこにも原発はあってはならない!そして、反原発運動は、もはや絶対に勝利しなければならない人類の生存闘争なのだ。

(F)


【関連記事】

【福島第一原発】「警戒区域」半径20キロでは狭すぎる-政府はあらゆる情報を開示しろ!(2011.04.22)

【福島第一原発】「警戒区域」半径20キロでは狭すぎる-政府はあらゆる情報を開示しろ!

■放射能は「伝染病」ではない 福島県民差別を許すな

各メディアですでに報じられているが、すでに震災や津波、そして福島第一原発の大事故によって福島県外に避難している福島の人々に対する「被曝者差別」ともいうべき事態が広がっている。船橋ではある子どもが「福島から来た」と言った途端に子どもたちが一斉に逃げ出す、あるいは茨城県つくば市は福島からの転入者に放射能検査を要求する、または福島ナンバーをみたら罵声を浴びせたり、車体に落書きするなどの悪質な事例も起きているという。


図:想定される警戒区域など


これらの事態は、放射能・放射性物質に関する知識の無理解からくる予断と偏見に基づく差別行為だ。しかし、原発が事故を起こして放射能が漏れているという時点でこのような事態は充分予測可能な事柄であり、放射能の最低限の基礎知識について積極的に広報することを怠った政府に最大の責任がある。政府は、放射能・放射性物質についての正しい知識を積極的に広報しろ!


ある意味常識的なことだが、やはり何度でもそしてあらゆる場所で指摘する必要があるだろう。放射能は人から人に感染するものではない。もちろん大量被曝した衣服から被曝するということは論理的にはあり得なくはないが、実際問題として福島第一原発の周囲数キロを何日も徘徊して、着の身着のままで避難してくる人や防護服で移転する人はいないのだから、転入者の普段着から被曝などはありえない。あるいは、たとえ第一原発の周囲を数日歩いて着の身着のままであったとしても、すぐシャワー浴びて着替えればいいだけのことである(衣服類は廃棄するべきだが)。


また、被曝地の人や動物の亡骸も除染は必要だろうが、逆に言えば拭いたり洗ったりして除染すればよい。これは生きている人や動物についても同様だ。これらは、放射能が人から人へ「伝染」するという偏見に対しての知識であり、内部被曝はまた別の事柄だ。しかし、内部被曝した人や動物が放射能を発して他者を被曝させるというものではない(食さないかぎりにおいて)。


この程度の最低限の知識も積極的に広報しない政府の怠慢は重大な過誤である。原発事故への怒りを福島県民への差別にすり替えようとでもしているのだろうか。私たちは、この作られる「新しい差別」の蔓延を絶対に阻止しなければならない。


■「警戒区域」は半径20キロでは済まない


4月21日、日本政府菅政権は、災害対策基本法に基づいて、福島第一原発から半径20キロをほぼ強制的に人を立ち退かせ、立ち入りを制限する「警戒区域」に指定することを発表した。住民も含めて立ち退きを拒否する者や立ち入ろうとする者への罰則が付されるという点は同意しないが、遅きに失したとは言え、止むを得ざる措置だと考える。しかし、「半径20キロ」ではすでに報じられている放射能の拡散状況から考えても範囲が狭すぎるし、いまだ政府は今回の大事故を過小評価することに汲々としているようにしか考えられない。


3月20日には、福島第一原発の北西約40キロの飯館村で採取した雑草の葉から1キログラム当たりヨウ素254万ベクレル、セシウム265万ベクレルを検出したと文部科学省が発表した。これは、甘いとされるいまの日本のセシウム基準値ですら野菜で500ベクレル、チェルノブイリ事故を経験したウクライナでは40ベクレルであり、いかに飯館村で検出された数字が異常なものか分かるだろう。


また、杓子定規に同心円で「福島原発から○キロ」などと「警戒-避難区域」を指定することにあまり意味をなさないことは、この飯館村の事例であきらかだろう。もちろん一定の基準としては必要な側面もあるが、私たちは少なくとも(基本的に)半径40キロの「警戒区域」化と風向きや地形、気象に応じた柔軟な対応が必要だと考える。


福島市の市立第一小学校では、福島県の発表で空間線量3.4マイクロシーベルト、大気中放射能濃度5.066ベクレル、土壌放射能14,743ベクレルが検出されているhttp://www.pref.fukushima.jp/j/schoolairsoil.pdf。政府は「空間線量3.8マイクロシーベルト/時未満の学校では、通常通りに校舎や校庭を利用するとの考えを政府の原子力災害対策本部が示し、安全委が了承した」としているがとんでもないことである。これは年間被曝量をどんなに少なく見積もっても40ミリシーベルト、日常的な食べる飲むなども勘案すれば実際は100ミリシーベルトを超える値である(たんぽぽ舎『地震と原発事故情報 その47』参考)。100ミリシーベルトの年間被曝量とは、大人でも人体に影響がでるレベルである。


一方すでに3.8マイクロシーベルトを超える数値が出ている福島市内の幼稚園・小中学校は13校に上るという。それらの学校では体育や遊戯、遠足などの「屋外活動」を制限し、学校によっては「屋外活動」を1時間に制限するという「対策」をとるということが報じられている。


しかしもはや、「屋外活動」を制限すればやり過ごせるレベルではない!最低限かつ緊急の措置として、政府は福島市内全域と年間被曝量100ミリシーベルトを超える地域の妊婦、乳児から18歳の子どもたち全員を県外に避難・疎開させなければならない。あるいは家族ごとの避難を希望されれば最大限サポートし、経済的あるいは精神的な支援体制を早急に取り組まなければならない。この事態を放置することは、もはや未必の大虐殺だ!


日本政府は4月12日、福島の事故が、国際原子力事象評価尺度(INES)の暫定評価をチェルノブイリと並ぶ最悪の「レベル7」であることを公式に認めた。しかし、一方では「福島の放射能漏れの量は現在、チェルノブイリの10分の1未満」などとしている。そもそも、その放射能漏れの量をどのように算出しているのか必ずしもあきらかではなく、正確な数字かどうかも検証するすべもない。オーストリアの気象地球力学中央研究所の調査によれば、福島での事故以降一日平均5千兆~5京ベクレルの放射性セシウムが蒸気となって放出されているとしている。チェルノブイリは10日間に放出された量は8.5京ベクレルである。福島では一ヶ月以上に渡って、少なくとも三つの原子炉が放射能をだだ漏れさせ続けているのである。これは人類が初めて体験する未曾有の大量放射能漏れ事故なのだ。


そして、内閣府はこの「レベル7」の発表を受けて15日、「チェルノブイリ事故と福島原発事故の比較」を公表したhttp://www.kantei.go.jp/saigai/senmonka_g3.html 。 それによると、チェルノブイリでは「(事故発生から)3週間以内に28名が亡くなっている。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない」あるいは「清掃作業に従事した方」や「周辺住民」に健康への被害はまったくなかったとしている。そして、そのチェルノブイリより放射能漏れの程度が低い福島では、健康被害などありえないという論法だ。


こんな文書を怒りなしに読むことができるだろうか!チェルノブイリでは、いまも広範囲に渡って甲状腺がんや白血病などを発病させ死んでいく人々が後を絶たない状況である。死者は累計して最も低く見積もって数千人、現地の専門家によっては最終的に700万人に健康被害を及ぼすだろうとしている。ベラルーシで治療経験を持つ菅谷昭松本市長によると「15歳未満の甲状腺がんというのは100万人に一人か二人しかならないのが普通です。ところがチェルノブイリ事故の汚染地では、それが100倍から130倍に跳ね上がった」と証言している(週刊現代4月30日号)。


日本政府にとっては、これらの健康被害はなかったことにされているのだ。これは数年後に健康被害が露見しても、「原発事故との因果関係は認められない」などとして逃げ切る布石である。そうして日本政府・菅政権は打つべき対策を打たずに、事故の責任と補償問題から逃げることばかりを考えているのである。絶対に許すことはできない。


年間被曝量100ミリシーベルトを超える地域はすべて「警戒区域」に指定するべきだ。いま時点の放射能測定値だけで物事を考えるのはナンセンス極まりないやり方だろう。なぜなら、福島原発はいまこの瞬間にも放射能・放射性物質を漏らし続け、しかもいつ止められるか目途もたっていない状態なのだ(東京電力が17日に発表した福島第1原発の原子炉を「冷温停止状態」にするまで6~9カ月程度かかるとする工程表などは超楽観的な希望的観測にすぎない)。


たとえば、福島市水道局は「環境放射能測定結果」を県発表として公開しているが、他県のどの水道局の同様の発表と比べてもおざなりなもので、数値を示さず、ただ「政府基準を下回っている」とだけ発表している。しかし、セシウムの基準値はウクライナの2ベクレルに対して、日本はその100倍の200ベクレルに設定されている。放射性ヨウ素ならばWHO基準の1キロの水で1ベクレルに対して、日本の基準値はなんと300ベクレルなのである。


日本政府の恣意的で手前勝手な基準値を信用していたら、命がいくつあっても足りない! 福島市水道局は「放射能測定結果」を数値で表せ!また、各地の水道局もただ「不検出」とする表記で済ませているが、まったく放射性物質が「検出」されなかったのか、政府の基準値以上は「検出」されなかったのか不明なケースが多い。このような公共の安全に関わる重大事項はすべて、数値で表記しなければならない。


重ねて言おう。福島第一原発から(基本的に)半径40キロ、そして福島市と年間被曝量100ミリシーベルトを超える地域はすべて「警戒区域」に指定しろ! 早急に妊婦・乳幼児から18歳までの子どもたちを緊急避難させろ!


■「警戒区域」に罰則はいらない


ただし、「警戒区域」で立ち退きを拒否する者や立ち入ろうとする者への罰則が付されるというのは行き過ぎであり、治安維持や防犯を名目にした別の意図を疑わせるものだ。また、住民たちへの説明が「警戒区域」を指定する前日というのも、地元を軽視した拙速かつ乱暴極まりないやり方だと言わざるを得ない。


長く居住していた故郷への愛着から立ち退きを拒否する住民やどうしても必要なものを取りに帰ろうとする者、飼育してきた牛や豚などの様子を一目見ようとする者がいるであろうことは想像に難くないだろう。こういう人々をも「処罰」をちらつかせて立ち退かせるのは、あまりに道義にもとるというものだ。そもそも、この原発事故は政府の歴史的な原発推進政策の結果もたらされたものではないか! その政策の被害者に対して「故郷に戻ったら逮捕」などと恫喝するような施策はあまりに間違っている。必要なのは、正確な情報の伝達と退去の必要性を粘り強く訴えることだ。


また、福島原発から20キロ圏内で放射能を測定するNGOや事実を報道しようとするジャーナリスト、被災した動物の救出活動をすすめているアニマル・ライツ(動物解放運動)の活動家たちも、見つけ次第叩き出し、場合によっては検挙するということだろうか。これでは、福島原発周囲20キロを秘密のベールに覆い隠し、政府が真偽の確かめようのない情報を一方的に流すということになるだろう。


政府・菅政権は情報遮断につながる「警戒区域」の処罰方針を撤回しろ!必要なのは、安全に留意するための「注意喚起」だ。そして、民衆は民衆自身の手によって、この原発大事故の真相や被害状況を調査する権利がある。また、被災して徘徊する動物や畜産用の牛や豚を可能な限り保護して飼い主の元へ戻す努力をする必要もあるだろう。動物たちもまた被災者たちの心の友であり、かけがえのない財産なのであり、その動物たちが人間の引き起こした人災で何らの救いの手も差し伸べられないなどということも絶対に許されない。


■政府はあらゆるリスクを正確にあきらかにしろ


東京電力が17日に発表した「工程表」によれば、福島第一原発の原子炉を「冷温停止状態」にするまで6~9カ月程度かかるとしている。こんなものは、すべて自分のイメージどおりにコトが進み、かつすべて順調に作業が進んだ場合、ということを前提とした超楽観的な希望的観測にすぎない。実際は、余震や落雷、台風、なにより現場の作業が長期間維持できるのかなど、様々な不確定要素があまりに多すぎて、楽観的に考えることなど出来ない。


経済産業省原子力安全・保安院は、18日の内閣府原子力安全委員会で、初めて燃料棒の溶融を公式に認め、報告した。保安院は1~3号機で「燃料ペレットの溶融が起きている」として、「溶けた制御棒と燃料ペレットが、下にたまった水で冷やされ、水面付近で再び固まっている」としている。


しかし、東電自身が「6~9カ月程度」としている燃料棒の冷却期間中に何かのトラブルで下に落ちた燃料棒の冷却が不能になった場合、コンクリートを突き抜けて地下水脈に達して水蒸気爆発を起こす可能性や、あるいは圧力容器内の温度が上がり、燃料棒が大量に溶けて、容器の中で水素爆発が起こす可能性もいまだ決して低くないように思える。そして、一つ爆発すれば、もはや冷却作業は完全に不能になり、1~3号機と1~4号機の燃料プールの七つすべてが爆発することになるのである。


このような事態に至れば、もはや日本のどこにも逃げる場所などないが、政府はこの最悪の事態の可能性があるのかないのか、あるとすれば何%の可能性なのか、すべてあきらかにして最大限の避難態勢を構築するべきである。


それには原子炉の冷却作業の完全な情報公開が必要だ。よほどのことがないかぎり、ある日突然前触れもなく原子炉が爆発することはないだろうから、真実をあきらかにした上でパニックを回避する避難方法をシミュレーションし、すべての市民にヨウ素剤を無料配布し、原子炉爆発の危機が100%去るまで市民の避難態勢を構築・確立するべきだろう。


あるいは、数パーセントでも爆発の可能性があるのならば、海外への避難を希望する者のために各国に協力を要請し、海外での受け入れ態勢を早急に構築して、子どもたちと希望者から順次避難させなくてはならない。そして、避難時の生活補償・賃金保障・就労補償の緊急支援措置を制定する必要があるだろう。


これはもはや、絶望的な状況における絶望的な提案でしかないが、それでも政府が民衆の運命を秘密にして「神のみぞ知る」などとする態度は許すわけにはいかない。そして、一人でも生存させるための可能性を、政府も、そして社会運動も追求していかなければならない。


■浜岡原発を今すぐ止めろ! 菅は政治判断を!


最後に詳細は稿をあらためるが、気象庁が関東・甲信越地方も含めて震度7前後の地震の可能性に言及しているなかで、浜岡原発がいまだ稼動していることは戦慄すべき事柄である。浜岡がもし地震でダウンしたら、「発電所から風下方向の70キロメートルまでの範囲の人全員が全身被曝によって死亡し,110キロメートルの範囲の人の半分がやはり全身に浴びた放射線や放射能によって死亡する」(『大地震によって浜岡原発全体で事故が起こったら』上澤千尋-子力資料情報室 浜岡訴訟資料からhttp://www.stop-hamaoka.com/higaiyosoku.htm)という大惨事に至る可能性も指摘されている。この浜岡原発を今すぐ止めることは、日本社会運動全体の焦眉の課題だ!


 浜岡原発を今すぐ止める大運動を早急にさらに大きくつくりだそう!
 菅首相は"政治主導"によって浜岡原発の即時停止を政治判断せよ!


(F)

現地報告:津波・原発災害を受けたいわき市の今

311 4月3日、東京・御茶ノ水の総評会館で「緊急報告『福島原発震災―“いわき”からの報告』」が開催された。主催は原子力資料情報室。日曜日の夜、しかも緊急の開催だったにもかかわらず総評会館の大会議室は満席となった。メインの報告者は翌日の経産省申し入れをかねて、この日上京したいわき市議会議員の佐藤和良さん。佐藤さんは脱原発福島ネットワークの世話人でもある。

 最初に司会をつとめた原子力資料情報室の沢井正子さんが、大震災・津波に直撃された福島第一原発の事故状況の概要と現状を報告した。つづいて佐藤和良いわき市議の報告に移った。

 「明日、経産省に福島第一、第二原発10基すべての廃炉と被害の全額補償を求めて申し入れ」を行う、と切り出した佐藤さんは、自分の叔母さんも行方不明だという。「事故を起こさないために20年以上にわたって脱原発福島ネットワークの活動を行ってきたが、ついにこんなことになってしまった。私たちの非力さを自覚し、皆さんにお詫びしなければならない」と語った佐藤さんは悲痛な表情を浮かべた。
 
 「いわきの放射線線量は1.2~1.3マイクロシーベルトで、東京の100倍に達する。いわき市の沿岸部は空襲を受けたような惨状だ。いわき市34万人の市民のうち約三分の一が自主的に避難したのではないか。私の住む町内でも、夜間に電気についている家はまばらだ。原発爆発・放射能漏れの後、マスコミも一斉にいわきから逃げてしまった。社会機能はマヒし、市内は100%断水した。水が届き始めたのは3月18日以後だ。この非常事態の中でこそ地域力が問われる。つね日ごろの地域活動が機能しているところが頑張れるということが明らかになった」。

 「避難所に2万人が生活しているが、物資が届かない。対策本部と地域の現実がかみああっていない。避難所にはプライバシーがなく、いさかいが絶えない。私の生まれた第二原発立地の楢葉町の人びとは、もう戻れないと思いつめている。いま第一原発は冷却機能の回復以前のところでさまざまな障害が発生しており、事態は長期化するだろう。放射能線量の高い数値もあって日常的に住民のストレスが強まっている」。

 「4月7日に、新学期で学校が再開することになるが私の属する市議会の会派では二カ月間の休校を提案している。教育委員会に市議会会派として休校措置と各学校への放射線線量測定器の導入を求めたが、学校は予定通り再開する、線量測定器の導入は検討するが各校長の『裁量』に委ねるという回答だった。いつもは教育委員会が何でも自分たちで決め、各学校の裁量など認めないのに、こういうことに関しては無責任だ」。
 
 このように語った佐藤さんは、「3.11前とその後ではまったく異なる新しい世界に入った。それは現実としての廃炉の中で被曝に日常として向き合わねばならないということだ。そこから逃れることはできない。海洋汚染も含めて絶望の中でどう生きていくか、ということなのだ」と訴えた。

「第一原発立地の双葉町は戦争中に陸軍飛行場のあったところだ。その土地を西武の堤一族が買い占め、原発用地として売り渡した。こうして国策につき従っていった時の犠牲の大きさを今実感している」「福島原発で作られる電気はすべて首都圏に送られ、福島県内では一切使用されない。首都圏の人びとは福島からの電力はあてにしてはならない。これから電力利用はすべて地域分散型で行うことが必要だ。東京電力はこの期に及んで福島原発7・8号基の建設計画を提出している。なんということか」。

佐藤さんは最後に、「『福島第一・第二原発の十基をすべて廃炉に。原発をなくせ』と要求して首相官邸を十万人で包囲するような闘いが必要だ。いま全原発を止めずしていつ止めるのか」と呼びかけた。

放射能被害に心身・生活を日々脅かされている原爆震災被災地からのこの痛切なアピールを受け止め、行動に移していくことが私たちの緊急の課題である。(K)

東日本大震災と自衛隊の救援活動を考える

jdf●災害有事=「史上最大の作戦」
 
 東日本大震災にあたり、自衛隊は「史上最大の作戦」を発動した。3月11日菅政権が災害出動を発令した自衛隊の動員規模は5万人。それだけで阪神淡路大震災の際のピーク時の1万9千人をはるかに上回った。

しかし被害の規模がほぼ明らかになった翌12日に、菅首相は動員規模を倍の十万人にすることを要請、北澤防衛相は13日の防衛省対策会議で「救助の手を差し伸べることができるのはわれわれ自衛隊しかいない。全軍を視野に入れて十万人態勢を築いてほしい」と指示を下した。この十万人態勢に伴って、防衛省は従来の災害対策動員では陸海空それぞれ別の指揮系統に置かれていたのを、陸自東北方面総監に指揮を一元化。さらに3月14日には即応予備自衛官と予備自衛官にも招集命令を出すことを決定、3月23日には即応予備自衛官一六〇人の「編成完結式」が宮城県の陸自多賀城駐屯地で行われ、被災地に出動した。予備自衛官の招集・出動は初めてである。
 
3月15日には、菅内閣の緊急災害対策会議本部の会議で被災地への食料・水などの支援物資輸送に関して、地域ごとに陸自駐屯地や空自基地に物資を集積し、輸送を自衛隊によって一元管理することになった。

こうして動員された自衛隊員の規模は3月26日段階で陸海空合わせて約10万7千人で、実に三自衛隊実員総数約23万人の半数近くに及ぶ。「災統合任務部隊」(JTF―TH)と名付けられ、新たに編成された動員部隊は、ヘリ約200機、固定翼機約300機、艦艇五〇隻に達する。

陸自の動員部隊は北海道から九州までに及び、空自の輸送拠点は宮城県の空自松島基地だけではなく岩手県の花巻空港、福島空港といった民間空港にも置かれた。また海外派兵の先遣部隊でもある陸自中央即応集団は、福島第一原発に配置されている。自衛隊員は、救援、食料・物資の輸送、瓦礫の除去、遺体の捜索、搬送だけではなく福島第一原発への放水作業という特殊任務にも従事した。

大震災で機能が崩壊した被災地自治体の行政機能を自衛隊が「肩代わり」する光景が各地で見られる。ある自衛隊幹部は、この自衛隊の活動について「侵攻してくる敵か、災害か、の違いはあるが、態勢は『有事』と全く同じ」と語ったという(「朝日」3月27日)。
 
●米軍の「お友だち作戦」
 
東日本大震災にあたっての自衛隊の「有事」出動は、同時に「日米共同作戦」としても展開されている。ゲーツ米国防長官は大震災が発生した翌日の3月12日には、ルース駐日大使と電話会談を行い「日本政府の依頼にはすべて応じたい」と伝え、ただちに米韓軍事演習に向かっていた空母ロナルド・レーガンを随伴艦チャンセラーズビルなど三隻とともに三陸沖に向かわせた。横須賀基地からは巡洋艦カウペンスなどイージス艦七隻が急派された。八戸沖には佐世保基地の強襲揚陸艦エセックス、揚陸艦四隻が派遣され、海兵隊員計3000人を乗せ、救援物資を運搬した。揚陸艦トーテュガは苫小牧で陸自隊員273人と車両93両を乗せ、青森県の大湊港に上陸用舟艇で上陸させた。国内で米艦艇が陸自部隊を輸送したのは初めてのことである。

沖縄の第三一海兵遠征軍も強襲揚陸艦エセックスで東北沖に展開しており、普天間基地や岩国基地からは輸送機で連日の物資輸送作戦が行われている。

「オペレーション・トモダチ」(お友だち作戦)と名付けけられたこの作戦には米第七艦隊の艦艇20隻、航空機140機、兵員1万2千人が参加している。そして陸自仙台基地に置かれた「日米共同調整所」において3月14日以後、朝夕二回自衛隊幹部と米第三一海兵遠征軍の将校とが綿密な作戦会議を行っている。自衛隊と米軍との共同救援作戦は、こうして東日本大震災被災者救援を契機に、「有事」に対応する実戦的対応としていっそうの深化を遂げているの。それは例年展開されてきた「防災」名目の化学戦を想定した「対テロ」作戦訓練を実際の出動を通じて決定的にレベルアップする役割を果たしている。

さらに米国にとっては、福島第一原発事故は核戦争に対処する独自の意義を持っている。北朝鮮の核実験の際に放射能を測定した空軍の大気収集機「コンスタント・フェニックス」が派遣され、無人機グローバルホーク、U2偵察機、情報収集衛星などの活動と組み合わせながら、福島第一原発災害での放射能飛散への情報収集につとめていることは「日本側発表の事故情報への不信感が背景にある」と報じられている(「毎日新聞」3月20日)。
 

●自衛隊の救援活動とわれわれの立場
 
それでは、東日本大震災救援活動における日米の軍事的共同作戦の飛躍的強化に対して、どのように考えるべきなのだろうか。

われわれは第一に、この戦後最大規模の地震・津波・原発事故が複合した大惨事という緊急的情勢において、菅政権が持てるあらゆる手段を総動員して被災者の救援、原発災害の拡大の防止、生活再建に総力を上げるよう訴える。そして、国家的手段・資源の総力での動員には、自衛隊が持つ専門的な組織的能力を被災者救援のために全面的かつ効果的に活用することも含まれる。被災者の救援、食料・生活物資の支援、原発被害の拡大防止という緊急優先課題のために、当面、自衛隊が果たす役割を民間組織や自治体によって代替するのは不可能だからである。

もちろん労働者・民衆は独自の立場から被災者・避難民の支援と、生活再建にむけた活動を全力で展開していかなければならない。福島第一原発事故の災害が拡大することを避けるためのあらゆる方途についても住民の立場に立つ信頼しうる専門家の知見に基づく提案の実行を求め、被曝の脅威にさらされる原発作業員や住民の安全と権利を防衛するだろう。

その際われわれは自衛隊による住民支援活動に反対しないどころか、自衛隊が被災者救援のために、その持てる組織的・技術的能力を救援のために最も効果的に発揮することを求めるだろう。必要に応じて自衛隊員の活動の個々の実践的側面に「協力」していくこともありうる。この局面において、「反自衛隊」の立場から自衛隊の被災者救援活動に反対することは誤りであり、最も困難な状況に直面している人びとの理解を得ることはできない。その際われわれは、自衛隊に対する原則的な批判の立場を変えることはない。自衛隊がブルジョア国家の「暴力装置」としての本質を持っているという規定についてもなんら棚上げする必要はない。

われわれは自衛隊による救援活動の範囲と任務、期間についての正確な情報の公開を求めるとともに、自衛隊あるいは米軍が、住民あるいは支援の人びとの独自の自主的な活動に不当な妨害、敵対をすることのないよう求め、監視し、妨害に対してはきっぱりと抗議する。

「隊を敵とし、兵を友とせよ」という反軍闘争における基本的立場はここでも貫かれる。われわれは危険な業務にたずさわる自衛隊兵士の発言権・団結権、その安全や不当かつ危険な命令への「拒否権」も防衛する。同時にわれわれは「有事」を口実にした労働者・市民の政治的・社会的諸権利を奪い去ろうとする企図を容認しない。

「かけはし」四月四日号に掲載された福島県いわき市の仲間の報告の中で、全港湾労組小名浜支部の活動が紹介されていた。チャーター船による自衛隊の救援物資の荷役作業から全港湾組合員を排除しようという動きに対し、反戦平和の立場を取る全港湾労組はそうした権利はく奪の目論見を拒否し、組合員を動員・配置して自衛隊救援物資の荷役をやり遂げたことが報告されていた。これは一つの重要な闘いである。
 
●軍事作戦としての救援活動
 

その上で、第二にわれわれが確認すべきは、自衛隊と米軍によって組織された大規模・緊密な「共同救援作戦」は、昨年一二月に閣議決定された新防衛計画大綱で明らかにされた、グローバルな危機に対応する日米間のより実践的な共同作戦態勢の構築、そのための国内体制構築の具体的一環である、ということをはっきりと意識することである。

新防衛計画大綱の「V 防衛力の在り方」の「1 防衛力の役割 (1)実効的な抑止及び対処」では「ア 周辺海空域の安全確保」「イ 島嶼部に対する攻撃への対応」「ウ サイバー攻撃への対応」「エ ゲリラや特殊部隊による攻撃への対応」「オ 弾道ミサイル攻撃への対応」「カ 複合事態への対応」と一連の「有事」における軍事的対応が続き、その最後は「キ 大規模・特殊災害への対応」でしめくくられている。すなわち自衛隊にとって空前の規模の今回の「災害救援作戦」の展開は、「ア」から「カ」に至る軍事作戦と決して切り離すことのできないものであることを忘れてはならない。

そして災害救援における緊密な日米共同作戦もまた、グローバルな「日米軍事一体化」の一環であり、それをより実戦的にレベルアップした活動が現に展開されていることに注意すべきである。われわれは二〇〇四年一二月のスマトラ沖大地震以後、国際的救援活動の軍事化が米国が主導する「対テロ」戦争戦略の一環としての性格を強め、米軍と一体となった自衛隊の海外派遣にはずみがつけられていると述べてきた。陸自中央即応部隊を派遣した昨年のハイチ大地震もその典型的な例であった。

そしてまた今回の日米共同による救援軍事作戦の中で、あらためて「日米同盟の意義」があからさまな形で人びとに印象づけられようとしていることを、われわれは厳しく批判する。米海兵隊当局者は「この支援活動で、普天間飛行場の位置が災害対策に決定的に重要であることがはっきりした」と語った。米政府によって日米間の震災救援協力の調整役に任命されたのは、「沖縄はゆすりの名人」という差別に満ちた暴言で米国務省日本部長の職を解かれた元沖縄米総領事メアである。

沖縄の人びとの闘いを踏みにじり、救援活動を沖縄での新基地建設を正当化するために利用しようとするこうした意図を、われわれは怒りを込めて糾弾する。
 

●自衛隊の装備・編成は「救援活動」には適さない
 

「日本は一つのチーム」「日本は強い国」「がんばろう日本」というメッセージが社団法人・ACジャパン(公共広告機構)のCMを通じて、くりかえし垂れ流されている。「国民の公共意識の涵養」を主眼に設立されたACジャパンによるキャンペーンは、東日本大震災の惨劇で被害にあった人びとを支援しようという人びとの意識を利用しながら「日本国民の団結」を促し、空前の原発事故をもたらした歴代政府と東電の責任追及をそらそうという思惑に貫かれたものである。

「国難」を打開するための民主党と自公野党の「救国・大連立内閣」の動きが加速する中で、「日米同盟」と自衛隊の果たす役割の重要性という宣伝がさらに強化されようとしている。

先述したように、われわれは政府が、あらゆる持てる国家的資源・組織を有効に動員して被災者救援活動にあたることを求める。その中には現にある自衛隊の能力の緊急活用もふくまれる。

しかしそのことは同時に自衛隊の根本的性格の問題をあらためて俎上に載せることになる。国家の「暴力装置」としての自衛隊は、軍事組織=戦争と治安弾圧のための組織であり、その装備・編成において「災害救援」を本務とするものではないことは阪神淡路大震災での活動の中で、自衛隊幹部からも公然と語られた。

F4やF15戦闘機、最新鋭のイージス艦搭載兵器や潜水艦、弾道弾迎撃ミサイルなどの正面装備は、十万人を動員した救援作戦においては無用の長物以外の何物でもない。それは、「日米同盟の深化」に対応した「動的防衛力」の構築という軍事戦略・編成・装備、在沖・在日米軍基地、さらには日米安保そのものへの本格的批判をあらためて多くの人びとに提起する基盤を作り上げるし、また労働者・市民はその課題を積極的に提起していかなければならない。

自衛隊の解体と国際的・国内的な恒常的災害救援専門組織の建設をふくめて、われわれは広範な論議を開始すべき時である。(K)

福島が示したこと―原発は核の破局を意味する

fukushima errorインターナショナル・ビューポイント オンライン・マガジン: IV434 - March 2011


福島が示したこと―原発は核の破局を意味する

http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2027

ダニエロ・タヌロ

 起こったことは完全に予測可能だった。それはいまだもう一つの核の大「事故」のレベルである。この文章を書いている時点では、福島がチェルノブイリに類似した惨事の局面に入っているかどうかは定かではないが、悲しいことにそうした方向に展開しているように見える。しかしそれが大惨事に発展するかいなかにかかわらず、われわれは、再びテクノロジーが100%安全であることなどありえないという証拠に直面しているのだ。


その危険は恐るべきものであるので、結論は明白だ。核エネルギーを放棄すること、しかもできるだけ速やかに放棄することが緊急の課題なのだ。ここに書くことは、福島の教訓についての最初の学習である。それは終わりなき成長という資本主義モデルへのオルナタティブに関する真に社会的な討論を必要とする、きわめて根本的な社会的・政治的問題を提起している。

危険なテクノロジー

 1957年のウインドスケール(訳注:1957年10月10日に、英国ウインドスケールのプトニウム1号炉で起きた放射性物質大量排出事故)、一九七九年のスリーマイル島、1986年のチェルノブイリ、1999年の東海村、そして現在の福島。原子力発電の事故のリストは拡大し続けている。違った道に進むことなどありえないし、なぜそうなったのかを理解するには核物理学博士になる必要などない。

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