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選挙

【香港】分裂ばかりで連合できなければ将来は死あるのみ

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分裂ばかりで連合できなければ将来は死あるのみ
 

區龍宇

 
[本論考は香港紙「明報」2016年9月11日の日曜版付録に掲載された

終わったばかりの選挙をめぐって最も多用された用語は「味噌もくそも一緒に道連れ」であろう。民主派が重複して立候補し「分散化」したことをめぐって、それぞれが攻撃し合あう事態になった。たしかに、そのような泥試合がなければ、民主派の成績はさらに理想的なものとなっただろう。

 


道同じといえども、相為(あいとも)に謀(はか)らず

 

冷静な分析をすれば、たしかに民主派のなかでの分岐は存在していた。たとえば民主自決という主張[選挙制度改革は香港人が決める]と、選挙制度改革手続きのやり直しという主張[選挙制度改革は基本法に定められた手順に従って行う、つまり最終的な権限は中央政府にある]にはたしかに違いがある。真の分岐が存在するのであれば、それぞれ立候補することには、少なくとも一定の理由があるだろう。従来どおりの香港民主化の道筋はすでに断たれているが、新しい道筋はいまだ未定である、という厳しい状況で混乱が生じるのは必然ともいえる。

 

問題は、多くの候補者や政党の綱領に実質的な違いがないにもかかわらず、事前に合同することもできず、逆にそれぞれの主張に終始して同じ選挙区から立候補したということにある。中道右派の民主党、民主民生共進会、公民党がまさにそうである。中道左派の四つのグループも多かれ少なかれそうである。

 

汎民主派[既成の民主派政党]は分散化の原因を比例代表制のせいにしている。しかしそれは根本的な原因ではない。なぜなら分散化は政党だけに限った問題ではないからだ。社会運動を見てみよ。もっと分散化している。20年ほど前、香港では住宅局と水道局の公務員労働組合が民営化に抵抗した。しかし一つの部門に20以上もの組合が乱立していて、どうして闘争に勝利などできるだろうか!今日、政党も社会運動も同じ状況にある。これで専制[中国政府]に抵抗するなどできるだろうか。

 

 

選挙運動が民主化運動を押しのける

 

私は雨傘運動についての一連の総括文章のなかで、なぜ香港人が一般的に政治能力が不足しているのかという分析を試みたことがある。「まず香港人は長年の植民地支配にもかかわらず、それに対する抵抗を欠いてきたことがあげられる。戦後において土着の大衆に根ざした反植民地闘争は存在しなかった。イギリス植民地主義者に反抗することがなかった香港人が、中国への返還の過渡期において民主的政治能力を鍛え上げ、イギリスと中国の支配者から最大限の民主主義を勝ち取ることができなかったのは自然なことである。それゆえ、返還後、中国共産党に自治を奪われていくことも運命づけられていたとも言える。」[『香港雨傘運動』72頁]

 

汎民主派政党からはこんな反論がでるかもしれない。「われわれの二つの普通選挙運動[行政長官選挙と議会選挙]こそ、専制に反対しているのであり、植民地主義と闘っているではないか」。

 

そうではない。二つの普通選挙運動は、真の民主化運動には程遠いものである。民主化を実現するには政治の最高権力機構を徹底して民主化する必要がある。だが二つの普選運動の対象である行政長官と立法会のいずれも最高権力機構ではないのだ。最高権力は中国の中央政府が握っているのだから。だが汎民主派は真の民主化を目指してはいない。だからそれは反植民地闘争と言えるものではないのである。

 

幸運なことに香港人は反植民地闘争を経ずに選挙権を獲得した。しかし汎民主派政党は、この利点を利用して真の民主化運動を発展させるのではなく、議席の獲得だけに専念したのである。その結果、議席だけに執着し、議席のためなら原則を犠牲にして野合または分裂する一群の政治屋を各世代につくりだすことになった。選挙のたびごとに民主化から遠ざかっていった。希望は徐々に禍根に変わっていった。民主化運動の内容は恐ろしく貧相になった。民主と自由、人権と法治を口々に叫ぶが、それは無内容となり、主権在民すら俎上に上らなくなった。政治屋はごろごろいたが、民主化の闘士は姿を消した。これでは中国政府に抗うことなどできようもなく、必然的に終始ばらばらのままとなったのである。

 

 

集団的自己萎縮化

 

しかし彼らの妥協主義は、香港の主人となる準備が全くなかった当時の香港人の意識を反映したものでもあった。これはある一つのエピソードからもはっきりと見て取れる。1991年に行われた最初の立法会の直接選挙において、香港民主同盟[のちの民主党]が6・4天安門事件による追い風を受けて議席を席巻して得意満面となっていた[定数60のうち、18議席が直接選挙枠に充てられ、港同盟の12議席を含む民主派が17議席を獲得した]。そして李柱銘[弁護士出身の港同盟のリーダー]を筆頭に、香港総督府に対して行政局への参加を要求した。それに対して「権力を奪おうとしている」として世論から大々的に批判されたのである。

 

李は不満げに自己弁護した。「選挙に勝利したのだから、民主主義の慣例に従えば、政権に参加するのが当然ではないか!」。しかし当時の有権者はある番組の視聴者の声[phone-in]でこう批判した。「あんたに投票したのは、われわれの声を政府に聞いてもらいたかったからであり、あんたに権力をとらせるためではない!」。これが当時の有権者の意識であった。今日から振り返れば、笑うに笑えないエピソードである。

 

新しい世代が、上の世代と自分自身が抱える植民地の歴史を真剣に総括することなしに、香港人の解放闘争を指導しようと考えるのであれば、無邪気にもほどがあるだろう。実際に、新しい世代の多くが、自決や独立など、新しいネーミングをよどみなく暗唱してはいるが、いずれも内容的に乏しいのである。

 

 

「独立後、一切は現状維持」?

 

ある独立派のフェイスブックにこんな質問が書き込まれた。「独立派はどのような青写真を示せば、最も支持を得ることができるだろうか。 公共住宅の増設だろうか、福祉政策の充実だろうか。」答えはそのいずれでもなかった。「香港は独立した翌日にこう宣言するのだ。市民の生活方式は現状維持、一切は不変である、と。」 馬脚をあらわにした。つまり、偉大な大香港国は、その国名を除いて、現在の香港とまったく変るところがないというのだ。大資本による独占、貧富の格差、高齢者はくず紙拾いで糊口をしのぐ!このような香港国を、搾取にあえぐ庶民や高額な学費ローンに苦しむ青年たちが支持する理由があるだろうか?

 

汎民主派の学者は香港独立派と社会民主連線を、急進派という同じカテゴリーに区分する。しかし社民連の「急進」は、中道左派の急進主義である。前述の独立派は「急進的保守主義」であり、その従兄にあたるのが他でもないアメリカのトランプなのであり、同じ急進派でも全く違うのである。

 

 

香港版「ハンガーゲーム」

 

右翼独立派は、自分たちは新しく、そして急進的だと考えているようだが、実際にはそのイデオロギーは古い上にも古く、保守の上にも保守であり、汎民主派の保守主義がどんどんと右へとシフトしてきたことの結果にすぎない。彼らは古い汎民主派と同じく、植民地主義の遺産を継承している。党派間では互いに泥試合を展開しているが、しかしその社会経済政策においては、高度に同質化しているのである。

 

香港の植民地主義の制度的特質は、政治における権威主義(行政主導と呼ばれる)、経済における大資本のなすがままの独占(自由放任と呼ばれる)である。たしかに香港は特殊である。イギリス植民地から中国の植民地となったこの170年、政治と経済の制度には変化がなかったのだから! それは「超安定構造」などとも呼ばれているのだ! この170年の間、世界経済システムには大きな変化が訪れた。自由貿易は一変して関税戦争へ、そして世界大戦へと至った。その後は、国家が関与するケインズ主義、福祉国家へと移り変わった。そして1980年代初頭からはさらに新自由主義へと転換した。だが香港の政治経済制度には何ら変化も起こったことはなかったのである。

 

これまで変化が起こらなかったのは、このような制度が植民地宗主国にとっては最も理想的だったからである。

 

1、イギリスはアヘンの自由貿易で大いに潤った。中国政府は香港への自由投資で、中国資本が香港株式市場の時価総額の六割を占めるまでになった。香港でカネ儲けの兆しがあれば、大挙して投資をたたみかけ、すこしでも変化の風を感じれば、いつでも自由に投資を引き揚げる。このような自由放任で誰が一番得をするのか、はっきりしている。

 

2、宗主国は表面的には自由貿易をうたうが、実際には行政権を盾にして、土地の囲い込みと独占をおこない、自分の利益を確保しようとしてきた。政府調達では、高値にもかかわらず、必ず「宗主国」のモノが購入された。香港返還の前はイギリス製、そして今では中国製にとってかわったにすぎない。

 

右翼の香港独立派は、植民地主義の政治経済制度すべてを、永遠にそのままにするというのである! 汎民主派政党の主張もそれと大して変わりはない。しかし、まさにその自由放任が、香港人の民主共同体の誕生を阻害しているのであり、命運自主[雨傘運動で叫ばれたスローガンで「運命は自分で決める」という意味がある]を困難にしてもいるのである。「自由放任」のもとで、中下層の民衆は支配者によって引き起こされる底辺に向けた競争に駆り立てられる。まさに映画「ハンガーゲーム」のようである。民衆が互いに「スタートラインにつく前から勝負をつける」、「生まれる前から勝負をつける」というような状況では、民主共同体など存在しようもない。

 

 

植民地主義の害毒を総括し、

香港人の民主共同体を建設しよう

 

幸いにも若い世代は、その親の世代とは大いに異なっている。皇后埠頭の保存運動から雨傘運動にいたるすべてにおいて、文化と個性の発展を大いに重視する姿勢を明確にしており、非難の泥仕合に巻き込まれることを忌諱している。だが青年の素朴な理想は、新しい民主主義の理論で武装される必要があるし、それ以上に植民地主義的遺産の総括を必要とする。そうしてはじめて、新しい綱領の上に分散化を克服し、すべての民主的勢力の連合によって、専制に対する一致団結した抵抗が可能になる。

 

2016910

 

【香港】行政長官選挙結果に対する声明

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▲開票場前で抗議する香港市民

3月25日、香港行政のトップである行政長官選挙で親中派の梁振英が選出された。投票権を有するのは、選挙委員1200人のみで、今回投票したのは1132人。梁は当選に必要な過半数を上回る689票を得た。

同じ親中派で途中まで本命と見られていた香港行政のナンバー2の政務長官、唐英年は285票にとどまった。当初は唐候補の当選が確実視されていたが、過去のスキャンダルが噴出。「香港人による香港統治」を掲げる中国共産党にとって香港市民から嫌悪される候補者の当選は望ましくないという判断から、共産党が梁候補にてこ入れしたとも言われている。直接選挙を主張する民主党の何俊仁主席も立候補したが76票にとどまった。


行政長官の任期は五年。業界団体などから選ばれた1200人の選挙委員会の投票で過半数を得た候補者が選出される。行政長官選挙への立候補には、この選挙委員会メンバー150人の推薦が必要。行政長官は選挙委員会による間接選挙といわれるが、業界によって選挙委員会選挙の一票の格差の開きは大きく、産業界、金融界、そして親中派に有利な結果になるという批判がある。行政長官は中国全人代常務委員会の批准で任命・罷免される。


中国全人代は2017年の選挙で行政長官の直接選挙に言及している。直接選挙の早期実施について、民主党は将来的直接選挙が実現するよう中国政府から確約をとるという立場に後退した。


よりラディカルな民主派は、いますぐにでも直接選挙を実施すべきという立場。現行の行政長官の選出方法は間接選挙ともいいがたい、一部の利害関係者のみが参加する「内輪」の似非選挙であると批判し、投票ボイコットを選挙委員に呼びかけると共に、市民に対して抗議やデモなどの行動を呼びかけた。数千人の市民らが開票会場での抗議行動やデモに参加した。


23日、24日に香港大学が実施したインターネットなどを使った模擬投票では香港市民22万2990人が投票し、得票率は梁振英候補17.8%、唐英年16.3%、何俊仁11.4%で拮抗したが、54・6%もの投票者は「白票」を投じ、「内輪」選挙の結果と実際の市民らの意識との隔たりを浮き彫りにした。


以下は、香港の左翼ネットワークである左翼21の声明の翻訳。(H)



経済的平等を実現しよう!直接選挙を実施せよ!
香港行政長官選挙結果に対する声明


左翼21 2012年3月25日 
原文 


今日、「内輪」の選挙という批判のなか、梁振英が行政長官に選出された。誰が当選したとしても、この選挙は人々が参加することのできる真の選挙などではない。このような選挙は、最初から最後まで、特権階級のドタバタ劇に過ぎないからだ。


いわゆる「唐梁の争い」といわれる今回の選挙だが、両氏は異なる利害にあるそれぞれの資本家グループを代表しているに過ぎず、どちらも労働者民衆からの搾取によって成立している。それゆえどちらか一方の勝利に歓喜の声をあげることがあってはならないし、当選後には労働者民衆の利益となる政治を行うと期待することなど論外である。両候補者は、この醜悪なドタバタ劇に出演し相互に攻撃しあっているが、自らの利益集団に少しでも多くの分け前を確保することだけが目的であり、700万香港市民の未来は脇へ追いやられている。我々の頭上にのしかかる権力は、彼らのうちのどちらが当選したところで消え去るものではない。


当選した候補の選挙公約に対する不釣合いなまでの幻想をおしまいにする時がきた。労働時間規制には全く触れることなく、また長年社会的論争のあった団体交渉権についてもその影さえ見い出すことはできない。次期行政長官は労働者人民に対して何ら公約を提示せず、口約束をする勇気すらなかったことを見ておくべきだろう。滑稽なことに、梁振英は当選の見込みが高まったとみると、立法会選挙(日本の国会選挙に相当)における法人票の廃止など、進歩的と見られた一部の公約を取り消した。誠実さをアピールしてきた唐英年も自宅違法建築疑惑でデタラメが明らかになった。風見鶏と化したエリート権力者と親中派の醜悪な振る舞いからも、この一部の利害関係者だけが参加できる似非選挙が、まさに中国共産党独裁政権に尻尾を振るこれら恥知らずどものために設定されたものだということは明らかである。


この数ヶ月の間、主流メディアは市民を対象に支持率の調査を実施してきた。しかし、一部の利害関係者らだけが投票できる選挙の支持率のアンケートなど、似非選挙の実態を覆い隠すイメージ作り以外に何ら実質的な意味はない。さらに問題なのは、一部の権力エリートたちは、候補者が市民から高く支持されているというイメージ戦略にこの調査結果を利用していることだ。その目的は特権支配の合法性を維持強化するためである。われわれは、このような民意調査やそれを悪用することに批判し警戒しなければならない。


われわれは、人は生まれながらにして平等であり、経済的地位や職業の違いによって政治的権利に差別があってはならないと考える。似非選挙の問題点は、資本家や業界人だけに投票権があるとものだ。これは下層民衆へのあからさまな差別であり、プロレタリアートを二等公民と見なすものだ。この様な不公正は終わらせなければならない!


一点、言っておくべきことは、われわれの直接選挙という要求はひとつの前提に過ぎない。直接選挙によって平等な社会がすぐにでも実現するとは思っていない。経済的な平等が実現できなければ、政治権力の平等は絵に描いた餅だからだ。世界各地のブルジョア民主国家で巻き起こったオキュパイ運動は、ブルジョア民主主義では富の再分配を保障することもできず、貪欲な資本家を抑制することさえもできないことを明らかにした。財閥政治のもとで、政府の政策は大資本によって操られ、政権はブルジョアジーの玩具と化している。それゆえ、われわれは直接選挙だけでなく、経済制度の根本的な変革を追求しなければならない。政治的な民主主義を実現するとともに、労働者階級を搾取する経済制度を廃止することがわれわれの理念である。


この恥ずべき選挙の結果は、これからの未来の一連の闘争の開始を指し示しすものである。香港の特権エリートによる抑圧はますます激しくなり、政治的弾圧も続くだろう。だが生ある限り屈服はしない。政治弾圧の風雨はわれわれの勇気を奮い立たせるだけである。奴隷か解放か、独裁か自由か、われわれは二つに一つの選択を迫られている。われわれの身は、中国共産党独裁政権と香港の権力エリートが押しつけた鉄鎖に縛られている。それはわれわれ自らの力で打ち砕くしかないのだ!


経済的平等を実現しよう!直接選挙を実施せよ!すべての権力を人民に!

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