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行政長官

【香港】3月の行政長官選挙にラディカル左派が参戦

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 左上から時計回りで葉劉淑儀、曽俊華、林鄭月娥、胡国興

 
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 行政長官選挙への参戦を表明した社民連の梁国雄・立法議員。
 「市民推薦で立候補できる普通選挙を実現しよう」(2月8日)



【解説】

昨年末、梁振英・香港行政長官は326日に行われる行政長官選抜選挙に立候補しないことを表明し、親中派のなかで後継者争いが加速している。現在、行政長官選挙への立候補を表明しているのは林鄭月娥(キャリー・ラム、前政務官で雨傘運動と前面で対立)、曽俊華(ジョン・ツァン、前財政官、親自由主義経済の信奉者)、葉劉淑儀(レジーナ・イップ、元保安局長、現立法議員で治安立法を狙う)、胡国興(元高等裁判所判事)、そしてラディカル左派の社会民主連線の梁国雄などである。

 

香港の行政長官選挙は職能別に選出された1200人の選挙委員による間接選挙。その間接選挙に立候補する候補者資格を取得するには、214日から31日までの期間に150名以上の選挙委員の推薦を受ける必要がある。昨年末に行われた選挙委員を選ぶ選挙で民主派の議席は、前回(2011年)の200余りから今回327議席に拡大した。本番の行政長官選挙では過半数(600票)の支持が必要となるので、民主派が当選する可能性はない。

 

社民連の梁国雄は、28日に民主自決派の議員らとともにマニフェストを発表し、有権者1%の推薦で立候補できるとする国際標準の要求を掲げる民主派運動組織のプロジェクトにコミットしている。このプロジェクトは正式な選挙制度の枠外であり、かりに有権者1%の支持を得たからといって、正式な候補者資格を得られるわけではないが、9割以上もの有権者が行政長官選挙では選挙権がない現行制度の欺瞞を暴露することは可能である。

以下は香港の民主自決派を支援する區龍宇による論考である。職能別で選ばれた委員らによる間接選挙は実際には中国政府による選抜選挙でしかないが、目標を明確にしたうえで選抜選挙にかかわることは全く無意味ではないと主張している。原文はこちら(早野)

 

 + + + + +

皇帝[中国政府]の欽定で指名される黄大仙[行政長官]

行政長官の選抜選挙 その1


區龍宇
 


結局のところ誰が中央で誰が黄大仙人なのか? 聖旨が誤って伝えられているのか、それとも皇帝の真の詔なのか? 媚びて寵愛を争い、権謀術数的取引に事欠かないリアルなドラマは、この二〇年間テレビを席巻してきたフィクションの宮廷ドラマよりも面白い。

 


「腐敗官僚には反対するが、皇帝には反対しない」?

 

私はゴーゴリの『検察官』を思い出さずにはいられない。ストーリは、検察官が視察に派遣されてくると聞いた市長は[かねてよりの腐敗した市政のせいで]大いに慌て、たまたまその町に滞在していた博徒をその検察官だと勘違い、盛大な接待や付け届けを行い、あげくのはてには自分の娘も検察官に差し出してしまい、これで出世間違いなし、という淡いロシアンドリームを抱くのだが、そこに本物の検察官がやってきて、市長はじめ町のお偉いさん方一同ぽかんとするほかなかった、という内容だ。作者は、専制主義における人間の恥ずべき醜さを余すことなく風刺している。

 

あるいは、何人かの古くからの汎民主派(既成の民主派)はこの喜劇をご存知ないからか、同じように腐臭のする出し物を目の当たりにしているが、そのペテン性を暴露するどころか、逆にそのペテン劇に加担して、より少ない悪を支持するべきだと主張し、林鄭月娥(キャリー・ラム)ではなく、曽俊華(ジョン・ツァン)を支持せよという。しかしいわゆる「抗西環論」(西環は中国政府の香港出先機関である中央政府駐香港特区連絡弁公室がある場所)は、せいぜいのところ「腐敗官僚には反対するが、皇帝には反対しない」といった封建的忠臣ドラマの再演にすぎない。曽俊華が西環に反対するというのも、皇帝に忠誠心を示すためであり、治安維持条項の基本法二三条の立法化を進めるという点では、林鄭以上に中国政府に忠誠を誓っている。それに対して民主党の主席は批判するどころか、逆に擁護する始末だ。いったいこの党は民主派なのか、それとも「腐敗官僚には反対するが、皇帝には反対しない」派なのか、はっきりしているのではないか。

 

選挙ではなく選抜

 

初心を忘れるべからず。行政長官と議会の普通選挙の実現は、最低限の民主的要求である。世界では二〇世紀初頭に民主化運動の圧力によって各地で実現されていった。香港に目をやれば、二一世紀だというのに普通選挙は永遠に延期されているのだ! 職能別選挙制度が普通選挙の代りだという主張は、まったくの「魚目混珠」(魚の目玉を真珠に混ぜる=ニセモノ)にすぎない! 三〇年前には査良鏞が職能別選挙制度を次のように擁護していた。「政治的権利は社会的貢献に応じて分配すべきであり、大企業のトップはもっとも貢献していることから多くの権利を享受できる。一般市民の貢献は少ないので、権利も少ない」(大意)。彼らは次のことを忘れている。建設労働者がおらず、清掃労働者がいなければ、どれだけカネがあっても家も建たず、ゴミの処理にも困るだろう。勤労者に対するこのようなあからさまな差別的選抜制度は、真の民主派であれば、本来は受容も参加もしてはならない。受容し参加することは、民主主義を裏切り、支配者の酒池肉林の宴に加わるということである。

 

汎民主派の若手論客の區諾軒がウェブメディア『端』に書いた文章で曽俊華を擁護していないことは良いことである。だが「よりまし論」が間違いではないこと、そしてその論拠としてアメリカ左翼の中心的論客であるノーム・チョムスキーを引き合いに出し、彼もアメリカ大統領選挙では「よりまし論」としてトランプではなくヒラリーを支持したではないか、と主張する。しかしそれは間違いだ。アメリカ大統領選挙は普通選挙だからだ。良いも悪いも人民が権限を付与したものである。だが香港の行政長官「選挙」は、九割以上の有権者を排除するという前提で行われるものであり、専制政治のオブラートにすぎないのだ。

 

民主党はあるいはこう反論するかもしれない。ああ、道徳的高みに立った実効性のない主張になんの意味があるのか、と。その主張の前半部は正しいが、結論は正しくない。正しくは、民主政治においては道徳[正論]を説く必要があるが、道徳を説くにしても実効性がなければならない、である。世間の圧倒的大部分の政治は権謀術数と陰謀であり、民主派が道徳を説くことによってのみ、政治に対する人々の信頼を回復することができるのであり、そうしてこそ民主化運動に闘争的精神を注入することができるのだ。これが最大の実効性である。

 

行政長官制度廃止のための行政長官選挙を

 

二〇一一年に行政長官選挙に参戦した民主党の何俊仁を、社民連がこっぴどく批判したという古い対立を持ち出して、今回社民連の梁国雄が行政長官選挙に参戦するとは道徳もクソもあったものではないと批判するむきもある。確かに当時の社民連の声明の内容は水準の低いもので、道理を説かずに批判に終始していた。職能別選挙の本質はファシズムであり、原則的には参戦すべきではない。ただそれが抗議と真の民主主義のカンパニアであることを明確にした場合を除くという条件付きで。私は昨年末の「鶏毛有用、却非令箭」(一票の価値は伝家の宝刀ではないが紙クズというわけでもない)という文章のなかで、もし抗議の意味を込めて、そして「行政主導の廃止、立法主導と普通選挙による全権の議会の実現」というマニフェストの宣伝のためのみ限定して行政長官選挙[の候補者に選ばれる予備選挙]に参戦することは可能だと表明している。今日の民主化運動の最大の弱点は、目標が何なのかさえはっきりとしていないことである。もし何俊仁が二〇一一年にこのような立場で行政長官選挙に参戦したのであれば、それは必ずしも間違いだとは言えない。

 

もう一つ特別な状況として、かつて支配者が、職能別選挙は一時的なものであり、すぐに普通選挙に転換することを約束したということがある。そのような約束のもとで汎民主派が一時的に[選抜選挙という]状況を受容したことは、情状酌量の余地がないでもない。しかし約束はとっくに「鏡花水月」(絵に描いた餅)となってしまっており、汎民主派の漸進戦術は、三十年たってもなにも実現されていない!民主派はもっと早く「ちゃぶ台返し」をしていてもよかったのである。行政長官「選挙」は、無頼政権が香港における総監督官を「選抜」するために精密に設計された制度である。古くからの汎民主派は「選抜」を「選挙」だとみなしているが、何と愚かなことだろうか。

 

梁国雄の欠点や誤りを指摘する意見もある。だが民主派諸氏には、腐ったリンゴのなかからよりましなものを選ぶのではなく、どうか歴史の正しい側に立つよう、勤労市民の権利の側に立つように要請する。梁国雄のマニフェストの欠点という主張については、別な論考で考えを述べるつもりである。

 

區諾軒の文章の良いところは、今日の古くからの汎民主派がどれだけ徹底的に専制体制に取り込まれているかを明らかにした点である。彼曰く「市民が候補者を推薦することに対する嫌悪、社会運動活動家による曽俊華への反対に対する反感は、すでに私の許容範囲を超えたものになっている」。かわいそうな區諾軒よ、いっそのこと「棄暗投明」(反動勢力と手を切って正しい側に移行)してはどうだろうか? 何故にそのような投降派の隊列で苦悶するのだ。「要留清白在人間」(困難を恐れることなく、清く正しい姿でこの世にいつづけよう)ではないか(訳注)。


二〇一七年二月八日


 

(訳注)

于謙(明の政治家、1398―1457)が12歳の時に詠んだの詩「詠石灰」の最後の句。

 

・詠石灰

 千鎚万鑿出深山

 烈火焚焼若等閑

 粉骨砕身渾不怕

 要留清白在人間

 

・石灰を詠ず

 千鎚万鑿(せんついばんさく)  深山(しんざん)より出()

 烈火の焚焼(ふんしょう)    等閑(とうかん)の若(ごと)

 粉骨砕身(ふんこつさいしん)  渾(すべ)て怕(おそ)れず

 要(かなら)ず清白(せいはく)を留めて 人間(じんかん)に在()らしめん

 

(現代語訳)

・石灰を詠む

 叩かれ穿たれて 山の奥から掘りだされる

 炎に焼かれるが 気にしない

 粉骨砕身も   恐れることなく

 清く正しい姿で この世にいつづけようではないか

 

こちらのサイトを参照しました

【香港】梁振英の当選に寄せて(2012年3月)

【解説】現在の梁振英行政長官は、2013年3月に、親中派の経済人などが多数を占める800名の選挙委員会によって選出された。中国政府は2017年に予定されている行政長官選挙では「一人一票の普通選挙を実施する」と約束していたが、ふたを開けてみると一人一票には違いないが、候補者は親中派が多数を占める選挙委員会の過半数の推薦を得た者2~3名に限定する、というシロモノだった。

これは早くから指摘されていたことであり、先駆社をふくむ香港のラディカル派は、香港返還以前からこの問題を指摘しており、前回の行政長官選挙(2012年)際にも警告を発してきた。中国共産党の支配的影響下にある選挙委員会の欺瞞性を告発し、選挙権・被選挙権ともに民主的な選挙制度の実現を訴えてきた。

一方、主流民主派は、香港返還以前も以後も、選挙委員会の枠組みは維持しつつ、立候補条件の緩和という要求を掲げ続けてきたが、真の民主的選挙の実現にはなんら力を発揮することができていない。

以下は、前回の行政長官選挙が行われた2012年3月25日に書かれた先駆社の林致良同志による論考である。2年以上前の論考だが、現在の状況を理解するための参考にしてほしい。

なお2012年当時すでにいくつかの論評を翻訳・紹介している。
行政長官選挙結果に対する声明(2012年3月)
真の普通選挙実施で中国による統治を一掃しよう(2012年7月)


末尾に【訳者による解説】として1997年香港返還後の行政長官選挙の経過をつけた。(H)


=====


梁振英の当選によせて(2012年3月)

林 致良

原文


これほどでたらめで、醜悪で、けがれにけがれた小集団による特区行政長官選挙という醜いお芝居はついに千秋楽を迎えた。梁振英は過半数の選挙委員の支持を得て行政長官に就任した。[1200票の過半数689票]

今回の行政長官選挙は、これまでと同じように基本法の制度下における非民主的選挙制度の産物であり、平等な政治的権利を香港人に享受させず、少数の特権者とブルジョアジーが大多数の人民に対して赤裸々な専制を確保する専制上の産物である。そうであるがゆえに、人民は選挙の結果に拘束されずに、この特権階級の支配に反対し続ける権利を持っているのである。


● 党人以上の党人

自分は共産党員ではないと天に誓って宣言したこの「党人」は、過去20数年のあいだほとんどの香港人から歓迎されず、逆に不安がられてきた政客であり、近年になってイメージチェンジを行い、民意を理解する勤勉な政治家というイメージを作り上げてきただけにすぎない。もし彼が本当に党員でなかったとしても、70年代末にはすでに北京の権力中枢の目にかなって、緊密な関係を維持してきた経歴には変わりがなく、今後も忠実に北京の権力中枢の意志に沿って働くに過ぎない。官僚と大資本家の特権を香港民衆が揺るがすことは許さず、香港で真の民主政治を実現することも許さないだろう。

彼は唐英年[候補者の一人]以上に「ボス」たちに忠実であり、北京の意向を汲むことにも長け、中国共産党の官僚資本家の利益への奉仕と香港ブルジョアジーの利益への奉仕の間においては、意識的に前者の利益を貫徹するであろう(もちろん両方のブルジョア階級の間には矛盾がないとは言えないが、全国人民を搾取するという点においては共同の利益を有しており、根本的な矛盾があるわけではない。両者の間の分岐は二次的な問題と言える)。


● 彼は誰のために考え誰のために働くのか

この「党人」は表面上はそれぞれの利益集団から距離をとり、選挙の当初は庶民の友を演出していたが、その骨格はまごうことなき中国共産党官僚と大資本家の忠実なしもべである。

それは、彼が今後も「にわか庶民派」をつづけ、細微な民衆生活の改善によって有権者の支持を得ることで、富豪独裁の長期的な安定を実現する可能性を排除するものではない。しかし、不動産資本など独占資本の根本利益および北京官僚の権威に抵触する事項については、かれは決して容易には譲歩しないだろうし、彼自身も自らの主人が誰なのかをはっきりとわかっている。最近の報道では、彼がその任期中に国家安全法の制定に尽力するだろうと言われているが、それは根拠のないことではないだろう。労働者民衆は彼の任期である今後五年のあいだ巨大な挑戦に直面することになるだろう。


● 基本法では真の普通選挙は永遠に実現しない

今回の行政長官選挙が最後の制限選挙であり、2017年には普通選挙が実施されると考える人もいる。

いや、喜ぶのは早すぎる!

基本法第45条の第2項は次のように定めている。「行政長官の選出方法は、香港特別行政区の実情および順を追って漸進するという原則に基ついて規定し、最終的目標は広範な代表性をもつ指名委員会が民主的手続きを踏んで指名したのちに普通選挙で選出されることである」。非常に長い文章であり、「最終目標」だけを見ても長くてわかりづらい。しかしそこで表現されている中心的考えは「指名委員会が……指名したのちに普通選挙で選出」するということである。

普通選挙―――これは民主主義政治制度といえる。しかしその前に「指名委員会が指名したのちに」という制限を加えることで、まったく別なものになってしまうのである。上等のスープでも、たった一杯の臭い油を入れるだけで、もう口にすることもできなくなってしまうのである。選ぶのは君たちが選びなさい、ただし選択肢はこちらが提示する、ということだ。つまり、結局はいつまでたっても選挙の自由を享受できないということである。香港人は「指名委員会」によってふるいにかけられた「腐ったリンゴ」から自由に選ぶことができるに過ぎないのだ。

かつて中国共産党によって一方的に制定された基本法のこの条項は、あらかじめ香港人に着けられた緊箍児[孫悟空の頭に着けられている金の輪]であり、それによって香港人を飼いならそうとするものだ。

普通選挙で選出された権力機関によって、基本法を民主的に制定しなおし、指名委員会などの悪法規定を削除してはじめて、名実ともに民主的自治といえるのだ。

何俊仁[候補者の一人]のような主流民主派は、立候補あるいは指名条件の緩和を求めるだけであり、極度に穏健で軟弱な要求でしかない。それは主流民主派が民主主義政治を実現するという断固とした決意を喪失していることをあらためて表現するものである。


● 社会経済の制度の全面的改革が必要

プロレタリア大衆がこの運命を変えようとするならば、自分自身の力にのみ依拠した長期的な闘争が必要で、しかも闘争目標は普通選挙の実現のみに限定してはならないだろう。2017年に一人一票による被選挙権を含む自由な選挙が実施されたとしても、ブルジョアジーによる民生資源の独占状況が変わらないままであれば、民衆の生活には本当の変化が訪れることはないだろう。このような社会経済領域における不平等は、名目上の政治的平等を見た目はいいが役に立たないモノにしてしまうだろう。そして多党制民主政治をブルジョアジーの支配に陥れるだろう。英米が最たる例である。そこでは民主主義普通選挙が実施されて久しいが、共和党であれ民主党であれ、あるいは保守党であれ労働党であれ、いずれも「小さな政府、大きな市場」という新自由主義の反民衆的政策を実施し、労働者大衆はいぜんとしてブルジョアジーに搾取される賃奴隷のままなのだ。

それゆえ、民主主義普通選挙および労働時間規制などの改良的措置は何としても必要ではあり、それらは民衆の利益に完全に合致してはいるが、人民の闘争目標はそれだけに限定するべきではない。当初から資本主義の搾取と国家的抑圧の廃止という遠大な目標を確立すべきであり、政治と社会経済の領域において人民が主人公となる社会の実現によって、道は切り開かれるのである。そのために、社会的解放を目標とするプロレタリア大衆の左翼政党の建設によって、ブルジョア選挙政治を迎え撃ち、政治経済の民主化に向けた決定的な勢力となるよう大衆を導かなければならない。

2012年3月25日

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【訳者による解説】

香港は1997年7月1日にイギリスから中国に返還された。イギリス植民地時代の行政のトップはイギリス女王が任命した香港総督であったが、返還後の初代行政長官は中国政府が組織した香港人から構成される選挙委員会によって選出された。

最初の選挙は、返還前年の96年に中国政府が組織した選挙委員会400人から50人(12.5%)以上の推薦を得た候補者3名によって争われた。投票権を持つのは400名の選挙委員である。96年11月15日に行われた選挙で、董建華が320票を獲得して初代行政長官に就任した。任期は5年。

2002年3月24日に行われた第二回選挙は、選挙委員会が800人に拡大されたが、現職の董建華行政長官以外には候補者となる条件(選挙委員100人=12.5%以上の推薦)をクリアできず、董一人が候補者として762票を獲得して行政長官に再任された。

しかし董は2003年に中国政府の意向を受けて治安条例を制定しようとしたが、香港民衆の巨大な反対を受ける。その後も民衆の批判にさらされ続け任期満了から2年も前倒しの2005年3月に辞職した。同年6月の補選では3名が立候補を宣言したが、民主党党首を含む2名は途中で離脱を表明し、行政長官代行の曽蔭権が無投票で返還後二代目の行政長官に選出された。

2007年の第三回香港特別区行政長官選挙では、800人の選挙委員から100人(12.5%)以上の支持を得ることが候補者になれる条件とされ2名が候補者としてノミネートされ、800人の選挙委員による投票で、曽蔭権が649票を得票して行政長官に再選された(対抗馬の梁家傑は123票)。

2012年の第四回行政長官選挙では1200人に増加した選挙委員の150人(12.5%)以上の支持を得ることが候補者になれる条件とされ民主派1名を含む3名が候補者としてノミネートされ、梁振英(689票)、唐英年(285票)、何俊仁(76票)で、梁振英が行政長官に選ばれた。

2017年に予定されている第五回行政長官選挙では、1200人の選挙委員(親中派が圧倒的過半数を占めると予想される)の過半数の支持を得た2ないし3人を候補者としてノミネートし、そこから香港の全有権者が一人一票で行政長官を選出する。

つまり普通選挙といっても、親中派の意向に沿った2~3人の候補者のなかから一人を選ぶという「偽りの普通選挙」である。現在オキュパイ・セントラル運動に参加する香港の人々はこのような「偽りの普通選挙」ではなく、有権者の1%の支持を得るだけで立候補できるように条件を変更するよう要求している。

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