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立法会

【香港】もうひとつの香港は可能だ--左翼は情勢判断を見誤るべからず

20160904hk

もうひとつの香港は可能だ
 

左翼は情勢判断を見誤るべからず


區龍宇

 

原文は無国界社運(Borderless movement)に掲載された

社会運動圏内に一種の意見がある。それは、今回の選挙は工党、街坊工友服務処(以下、街工)、社会民主連線(以下、社民連)の三党派が後退して総得票率も減少したので、民主主義左翼が後退したことを意味し、政治情勢の悪化を反映した、という意見である。木を見て森を見ないとはこのことである。

 


三党派の後退の原因は惰性にあり

 

三党派の後退はもちろん残念なことではある。香港で労働者運動に従事する汎民主派の党派は工党[職工会連盟]と街工だけである。労働は社会の基礎であるが、そうであるがゆえに支配階級は意識的に労働者人民を貶めようとする。だからこそ左翼は多少なりとも労働者を代表する候補者を支持しなければならないのである。両党の後退は喜ばしいことではない。社民連は労働組合の基礎はないが、2011年に(右派が)分裂して以降、その路線は比較的明確になり、中道左派となった。相対的に言えば支持に値するが、この党もまた後退した。

 

しかしこの三党派の後退は、民主主義左翼の後退を代表するものではなく、ましてや情勢が悪化したといえるものでは全くない。その良し悪しは相半ばというところだろう。

 

まず次の点をしっかりと認識しなければならない。今回の選挙は、これまでの慣例と大きく異なり、香港政治の地殻変動という状況のもとで行われたということである。地殻変動とは何を意味しているのか。それは雨傘運動を経て、中国と香港の関係に大きな変化が起こったということである。中国共産党の独裁と香港人の自治権は水と油の関係になった。民主的返還論(基本法の枠組みの下での普通選挙実施)は完全に破たんした。情勢は民主派に新しい方向性を迫っている。歴史は雨傘運動において「命運自主」という名スローガンを召喚したが、それは偶然ではない。ゆえに、改めて民主自決を発展させることは必然である。投票した有権者の五分の一がこの方向性(自決)を提起した候補者を支持したことは、変化を求める意識が小さくないことを反映している。

 


蔡教授を信じると大変なことになる

 

工党、街工、社民連の三党派の後退の理由は、まずこの大局を軽視したことにある。2012年以降、私はこの三党派の友人たちと交流するなかで、大局の変化に注意するよう何度も促してきた。香港人は焦慮を迫られているのだから、政治化とオルタナティブの模索は必然である。だが民衆が左転換するのか右転換するのかはまだ不明であり、それは左翼がどう取り組むのかにかかっている。もし左翼が新しい方向性を提起することに間に合わなければ、そして排外主義的本土主義者に対抗しなければ、左翼を含む民主派全体は取り残され、ひいては敗北するだろう。従来の路線(基本法の枠組みの下での普通選挙実施)はすでに死んでいる、民主自決の方針を提起することでのみ、香港人を政治的困惑の局面から連れ出すことが可能になる、と(原注1)。

 

しかし残念なことに、三党派の指導者は期せずして同じ類の主張をしている。つまり、排外主義本土派は恐れるに足らず、無視するのが上策である、と。彼らは、自決という要求は流行の一種に過ぎない、あるいは、これまでの主張がダメなら、別な主張を言ってみようという程度の窮余の策に過ぎないと考えている。だが彼らは、二〇世紀の世界の反植民地主義運動は、すべて民族あるいは民主的自決という結果につながっていること、国民会議を招集して憲法を制定しなおすという運動につながっているということを完全に忘れている。香港の反植民地運動や自主を求める運動だけがどうしてそのような歴史の例外となり得るというのか。

 

次のような意見もある。自決も結構だが、それはスローガンだけのものだ、と。否!このスローガンは、数百年における世界の民主革命の歴史を継承しているのだ!民主主義革命の常識を知らないものだけが、自決という主張に対して、そのような平板な考えをもつことができるのだ。もちろん、それも歴史的脈絡があってのことだ。つまり香港人には反植民地闘争の歴史がなく、また海外の運動を学ぶこともなかったことから、政治認識が不足しており、情勢の変化においてなすすべがなかったのである(原注2)

 

もちろん歴史は参考になるだけで、人間は歴史を作ることができる。もし民主自決がオルタナティブでないというのであれば、別の新しい方策を発明することもできる。しかし工党と街工は何ら新しい政治的見解を示さなかった。情勢の変化を無視するこのような状態は一般的に「惰性」と呼ばれるし、流行りの言葉でいえば「経路依存性」と言われる。明らかに大局が変化しているにもかかわらず、従来のしきたりを重んじ、すべてそれに従う。

 

蔡子強[香港大学政治行政学の上級講師で政治コメンテーター]は汎民主派政党に対して、若者票に力を割かなくてもいい、新しい主張を提起しなくてもいい、これまで通りの活動をしていればいいとアドバイスしてきた。民主党はこの「ご高見」を受け入れ、選挙結果もまずますであった。なぜなら保守の中産階級に支持基盤があったからだ。しかし工党と街工は労働者市民に依拠しており、断じてそのような保守中産階級に迎合する「ご高見」を受けいれてはならない!だが彼らはそれを受け入れて大きな代償を支払うことになった。社民連はそれよりもマシであった。選挙が始まるまでに主張を転換し、自決に似たような主張を提起した。しかし転換が遅かったことから守勢とならざるをえなかった(三党の後退は、もちろん汎民主派の多くの政党が選挙区で競合したことにもある。私自身も新界西選挙区では当日までどの候補に投票しようか迷ったほどである)。

 


ニューフェイス当選の背後にある意義

 

幸いにも今回の選挙では民主自決派(朱凱迪、小麗、衆志)が立候補し、多少なりとも排外主義本土派以外の選択肢を有権者に提起することができた。この三人が当選する一方、排外主義本土派のイデオローグであった三人のゴロツキ政治屋が落選したことは、「もうひとつの香港は可能だ!」「命運自主の香港、排外主義のない香港は可能だ!」という素朴な願望を持つ相当数の有権者を体現している。

 

排外主義ではないということは、民主的多元主義を受け入れ、中国大陸からの新移民を歓迎することとイコールではない。しかし少なくとも新移民反対を掲げる排外主義本土派とは大いに異なる。自決に賛成するということも、多くの事柄を熟慮する知識をもっていることとイコールではない。しかし工党と街工が奉じ続けている「選挙制度改革の手順のやり直し」に比べればずっとましである。総じて、三人の民主自決派の当選は、政治的綱引きにおいて、民主派の陣地の一部を奪い返し、排外主義的本土派の大勝を阻止した[排外主義本土派からも新人三人が当選した]。逆に、もし三人の民主自決派が当選していなければ、オルタナティブを模索しようとしていた多くの有権者、特に青年世代が、排外主義本土派に回収されてしまっていただろう。それこそ情勢の急激な悪化となったであろう。

 

なかには、世代交代という事情もあり、有権者は新人を好んだのであって、自決の主張など関係ない、という見方もある。このような考え方にはもちろん一定の根拠はあるが、もしそれが全てであるかのように言うのであれば、工党、街工、社民連はそれぞれ新人も候補者として立候補させていたにもかかわらず当選できなかったのはなぜなのか。[民主自決派と排外主義本土派という新興勢力に投じた]22%の有権者のおそらく一定の割合が、多少なりとも自らの政治的判断で投票したことは想像に難くない。雨傘運動を経て、政治情勢は確実に変化しており、民主派を支持する民衆は確実にオルタナティブを欲しており、確実にさらなる政治化と急進化を遂げている。世代交代という理由をあげて変化を求める有権者の願望を否定することができるのか。そもそも世代交代と変化を求めることは対立するのだろうか。

 

また別の意見として、当選した三人の民主自決派はどれも中途半端なものだ、という意見がある。たとえば何某の綱領は排外主義本土派に甘いとか、何某のこの立場は左翼ではないので彼らの当選は特に喜ばしいことでもない、等々である。そして「情勢は悲観的にならざるを得ない」と結論付ける。だがこのような意見は、三人の新人のこれまでの主張や実戦が、排外主義本土派とは全く区別されるものであることを見ていない。より重要なことは、その背景としてさらに多くの民衆がふたたび模索を始めているということだ。惟工新聞[ウェブメディア]が香港のベテラン左翼活動家である阿英に行ったインタビューのなかで、彼はこう述べている「少なくともこの選挙は、香港人に思考することを、ひいてはその政治理念を実践することさえも迫りました。」(原注3)左翼はこの決定的な時期において、消極的な批判に終わるのか、あるいは積極的に参加して大衆を勝ち取るのかが問われている。

 

発展途上という観点が必要

 

当選した三人の新人の不足については、私は「変化を求める 2016年立法会選挙の結果についての初見」のなかでも指摘した。「政治分岐は始まったばかりであるということだ。今後それがどのように発展するのかという変数は極めて大きいし、直線的に発展するかどうかはもっとわからない。とりわけ民主自決派の多くは、スタートしたばかりであり、政治主張および経験は極めて不足している。極右本土派の攻撃の中で、基盤を確立し、流れに抗して、新しい民主勢力を鍛え上げることができるかどうかは、いまだ未知数である。だが真の民主派は、手をこまねいて傍観しているだけであってはならない。闘争に身を投じ、民主勢力の世代交代を促さなければならない。

 

民主主義左翼として、われわれは次の三つの立脚点を持たなければならない。

 

ひとつは、発展途上という観点である。工党、街工、社民連、あるいは朱凱迪、小麗、衆志に対してもすべて今後の発展を期待するというスタンスである。一歩前進すれば、とりもなおさず一つの功徳として、われわれはその発展に尽くす価値がある、ということである。逆に後退すれば批判すべきであるが、それは後ろ向きの批判であってはならない。

 

第二に、民主的教育という観点である。生まれ持ってすべてを理解している人などいない。誰もが学習を通じて会得するのだ。

 

第三は、団結可能な一切の勢力は団結すべし、という観点である。

 

労働者民主派にしろ、中道左派にしろ、あるいは青年世代の民主自決派にしろ、セクト主義を克服し、思考を一新し、路線を転換し、大局を把握し、強大な連合に向けて徐々に進むことで、独裁と排外主義本土派に対抗すべきである。それができなければ、地獄への道へとまっしぐらである。

 

左翼の観点についていえば、さらに多方面にわたり、ここで書き尽くせるものではない。たとえば左翼は代議制選挙についてどう考えるのかについて、阿英のコメントを再度紹介したい。「もし純粋に議席獲得のためだけに選挙にかかわると、その団体は逆に選挙に縛られてしまい、全く逆の結果になってしまうだろう」。このコメントは三人の青年自決派にも同じように当てはまる。今回の選挙がさならる思考を促すことを期待したい。

 

2016926

 

(原注1)私は2012年初めから常に警鐘を鳴らしてきた。当時の論文を参照してほしい。「香港のあり方をめぐる右翼と左翼『香港ポリス論』批判」左翼21[『香港雨傘運動』柘植書房、2015年に収録]

 

(原注2)「雨傘運動の意義と展望」参照[『香港雨傘運動』柘植書房、2015年に収録]

 

(原注3)「労働NGO14年 『雇用関係がつづくということは、労働者がつねに犠牲にさらされるということでもある』」

【香港】分裂ばかりで連合できなければ将来は死あるのみ

20160904hk01

分裂ばかりで連合できなければ将来は死あるのみ
 

區龍宇

 
[本論考は香港紙「明報」2016年9月11日の日曜版付録に掲載された

終わったばかりの選挙をめぐって最も多用された用語は「味噌もくそも一緒に道連れ」であろう。民主派が重複して立候補し「分散化」したことをめぐって、それぞれが攻撃し合あう事態になった。たしかに、そのような泥試合がなければ、民主派の成績はさらに理想的なものとなっただろう。

 


道同じといえども、相為(あいとも)に謀(はか)らず

 

冷静な分析をすれば、たしかに民主派のなかでの分岐は存在していた。たとえば民主自決という主張[選挙制度改革は香港人が決める]と、選挙制度改革手続きのやり直しという主張[選挙制度改革は基本法に定められた手順に従って行う、つまり最終的な権限は中央政府にある]にはたしかに違いがある。真の分岐が存在するのであれば、それぞれ立候補することには、少なくとも一定の理由があるだろう。従来どおりの香港民主化の道筋はすでに断たれているが、新しい道筋はいまだ未定である、という厳しい状況で混乱が生じるのは必然ともいえる。

 

問題は、多くの候補者や政党の綱領に実質的な違いがないにもかかわらず、事前に合同することもできず、逆にそれぞれの主張に終始して同じ選挙区から立候補したということにある。中道右派の民主党、民主民生共進会、公民党がまさにそうである。中道左派の四つのグループも多かれ少なかれそうである。

 

汎民主派[既成の民主派政党]は分散化の原因を比例代表制のせいにしている。しかしそれは根本的な原因ではない。なぜなら分散化は政党だけに限った問題ではないからだ。社会運動を見てみよ。もっと分散化している。20年ほど前、香港では住宅局と水道局の公務員労働組合が民営化に抵抗した。しかし一つの部門に20以上もの組合が乱立していて、どうして闘争に勝利などできるだろうか!今日、政党も社会運動も同じ状況にある。これで専制[中国政府]に抵抗するなどできるだろうか。

 

 

選挙運動が民主化運動を押しのける

 

私は雨傘運動についての一連の総括文章のなかで、なぜ香港人が一般的に政治能力が不足しているのかという分析を試みたことがある。「まず香港人は長年の植民地支配にもかかわらず、それに対する抵抗を欠いてきたことがあげられる。戦後において土着の大衆に根ざした反植民地闘争は存在しなかった。イギリス植民地主義者に反抗することがなかった香港人が、中国への返還の過渡期において民主的政治能力を鍛え上げ、イギリスと中国の支配者から最大限の民主主義を勝ち取ることができなかったのは自然なことである。それゆえ、返還後、中国共産党に自治を奪われていくことも運命づけられていたとも言える。」[『香港雨傘運動』72頁]

 

汎民主派政党からはこんな反論がでるかもしれない。「われわれの二つの普通選挙運動[行政長官選挙と議会選挙]こそ、専制に反対しているのであり、植民地主義と闘っているではないか」。

 

そうではない。二つの普通選挙運動は、真の民主化運動には程遠いものである。民主化を実現するには政治の最高権力機構を徹底して民主化する必要がある。だが二つの普選運動の対象である行政長官と立法会のいずれも最高権力機構ではないのだ。最高権力は中国の中央政府が握っているのだから。だが汎民主派は真の民主化を目指してはいない。だからそれは反植民地闘争と言えるものではないのである。

 

幸運なことに香港人は反植民地闘争を経ずに選挙権を獲得した。しかし汎民主派政党は、この利点を利用して真の民主化運動を発展させるのではなく、議席の獲得だけに専念したのである。その結果、議席だけに執着し、議席のためなら原則を犠牲にして野合または分裂する一群の政治屋を各世代につくりだすことになった。選挙のたびごとに民主化から遠ざかっていった。希望は徐々に禍根に変わっていった。民主化運動の内容は恐ろしく貧相になった。民主と自由、人権と法治を口々に叫ぶが、それは無内容となり、主権在民すら俎上に上らなくなった。政治屋はごろごろいたが、民主化の闘士は姿を消した。これでは中国政府に抗うことなどできようもなく、必然的に終始ばらばらのままとなったのである。

 

 

集団的自己萎縮化

 

しかし彼らの妥協主義は、香港の主人となる準備が全くなかった当時の香港人の意識を反映したものでもあった。これはある一つのエピソードからもはっきりと見て取れる。1991年に行われた最初の立法会の直接選挙において、香港民主同盟[のちの民主党]が6・4天安門事件による追い風を受けて議席を席巻して得意満面となっていた[定数60のうち、18議席が直接選挙枠に充てられ、港同盟の12議席を含む民主派が17議席を獲得した]。そして李柱銘[弁護士出身の港同盟のリーダー]を筆頭に、香港総督府に対して行政局への参加を要求した。それに対して「権力を奪おうとしている」として世論から大々的に批判されたのである。

 

李は不満げに自己弁護した。「選挙に勝利したのだから、民主主義の慣例に従えば、政権に参加するのが当然ではないか!」。しかし当時の有権者はある番組の視聴者の声[phone-in]でこう批判した。「あんたに投票したのは、われわれの声を政府に聞いてもらいたかったからであり、あんたに権力をとらせるためではない!」。これが当時の有権者の意識であった。今日から振り返れば、笑うに笑えないエピソードである。

 

新しい世代が、上の世代と自分自身が抱える植民地の歴史を真剣に総括することなしに、香港人の解放闘争を指導しようと考えるのであれば、無邪気にもほどがあるだろう。実際に、新しい世代の多くが、自決や独立など、新しいネーミングをよどみなく暗唱してはいるが、いずれも内容的に乏しいのである。

 

 

「独立後、一切は現状維持」?

 

ある独立派のフェイスブックにこんな質問が書き込まれた。「独立派はどのような青写真を示せば、最も支持を得ることができるだろうか。 公共住宅の増設だろうか、福祉政策の充実だろうか。」答えはそのいずれでもなかった。「香港は独立した翌日にこう宣言するのだ。市民の生活方式は現状維持、一切は不変である、と。」 馬脚をあらわにした。つまり、偉大な大香港国は、その国名を除いて、現在の香港とまったく変るところがないというのだ。大資本による独占、貧富の格差、高齢者はくず紙拾いで糊口をしのぐ!このような香港国を、搾取にあえぐ庶民や高額な学費ローンに苦しむ青年たちが支持する理由があるだろうか?

 

汎民主派の学者は香港独立派と社会民主連線を、急進派という同じカテゴリーに区分する。しかし社民連の「急進」は、中道左派の急進主義である。前述の独立派は「急進的保守主義」であり、その従兄にあたるのが他でもないアメリカのトランプなのであり、同じ急進派でも全く違うのである。

 

 

香港版「ハンガーゲーム」

 

右翼独立派は、自分たちは新しく、そして急進的だと考えているようだが、実際にはそのイデオロギーは古い上にも古く、保守の上にも保守であり、汎民主派の保守主義がどんどんと右へとシフトしてきたことの結果にすぎない。彼らは古い汎民主派と同じく、植民地主義の遺産を継承している。党派間では互いに泥試合を展開しているが、しかしその社会経済政策においては、高度に同質化しているのである。

 

香港の植民地主義の制度的特質は、政治における権威主義(行政主導と呼ばれる)、経済における大資本のなすがままの独占(自由放任と呼ばれる)である。たしかに香港は特殊である。イギリス植民地から中国の植民地となったこの170年、政治と経済の制度には変化がなかったのだから! それは「超安定構造」などとも呼ばれているのだ! この170年の間、世界経済システムには大きな変化が訪れた。自由貿易は一変して関税戦争へ、そして世界大戦へと至った。その後は、国家が関与するケインズ主義、福祉国家へと移り変わった。そして1980年代初頭からはさらに新自由主義へと転換した。だが香港の政治経済制度には何ら変化も起こったことはなかったのである。

 

これまで変化が起こらなかったのは、このような制度が植民地宗主国にとっては最も理想的だったからである。

 

1、イギリスはアヘンの自由貿易で大いに潤った。中国政府は香港への自由投資で、中国資本が香港株式市場の時価総額の六割を占めるまでになった。香港でカネ儲けの兆しがあれば、大挙して投資をたたみかけ、すこしでも変化の風を感じれば、いつでも自由に投資を引き揚げる。このような自由放任で誰が一番得をするのか、はっきりしている。

 

2、宗主国は表面的には自由貿易をうたうが、実際には行政権を盾にして、土地の囲い込みと独占をおこない、自分の利益を確保しようとしてきた。政府調達では、高値にもかかわらず、必ず「宗主国」のモノが購入された。香港返還の前はイギリス製、そして今では中国製にとってかわったにすぎない。

 

右翼の香港独立派は、植民地主義の政治経済制度すべてを、永遠にそのままにするというのである! 汎民主派政党の主張もそれと大して変わりはない。しかし、まさにその自由放任が、香港人の民主共同体の誕生を阻害しているのであり、命運自主[雨傘運動で叫ばれたスローガンで「運命は自分で決める」という意味がある]を困難にしてもいるのである。「自由放任」のもとで、中下層の民衆は支配者によって引き起こされる底辺に向けた競争に駆り立てられる。まさに映画「ハンガーゲーム」のようである。民衆が互いに「スタートラインにつく前から勝負をつける」、「生まれる前から勝負をつける」というような状況では、民主共同体など存在しようもない。

 

 

植民地主義の害毒を総括し、

香港人の民主共同体を建設しよう

 

幸いにも若い世代は、その親の世代とは大いに異なっている。皇后埠頭の保存運動から雨傘運動にいたるすべてにおいて、文化と個性の発展を大いに重視する姿勢を明確にしており、非難の泥仕合に巻き込まれることを忌諱している。だが青年の素朴な理想は、新しい民主主義の理論で武装される必要があるし、それ以上に植民地主義的遺産の総括を必要とする。そうしてはじめて、新しい綱領の上に分散化を克服し、すべての民主的勢力の連合によって、専制に対する一致団結した抵抗が可能になる。

 

2016910

 

【香港】変化を求める――2016年の立法会選挙についての初見


変化を求める――2016年の立法会選挙についての初見


區龍宇

 

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【解説】9月4日に行われた第六回立法会選挙(定数70)は、建制派(政府与党)が40議席、非建制派が30議席を獲得した。直接選挙区での得票率が40%余りの建制派が議席の多数を獲得できるのは、定数35の職能選挙区が存在するからである。
 2014年8月末、中国全人代は職能性選挙区を含む選挙制度を従来通り実施することを決定。それに反発したのが同年秋からの雨傘運動であった。雨傘運動は英植民地時代からつづく支配層に有利な職能制選挙区を廃止し、全議席を普通選挙で選出することを訴えたが実現しなかった(もう一つの要求は行政長官の直接選挙)。当初、非建制派は、雨傘運動以降の混迷から苦戦が予想された。
 しかし中国政府に批判的な書籍を発行・販売する香港の書店主ら5人が中国国内で失踪し、今年6月におよそ8カ月ぶりにそのうちの一人が香港に戻って記者会見を開き、共産党中央の特別捜査チームに秘密裏に拘束・監禁され、国内顧客のリスト提供など捜査に協力することを条件に、一時的に香港帰還を許されたことを明らかにしたことで、中国政府およびその意向を組む建制派への批判が高まり、非建制派が重要議案の否決に必要な三分の一の議席を確保した。
 この非建制派には従来の民主派だけでなく、2014年秋の雨傘運動以降、若年層をふくめた広がりを見せた本土派なども含まれる。
 本土派とは「香港こそが本土だ」というナショナリストで、中国からの移民を排斥する排外主義や反共主義などが特徴で、香港独立を主張するグループもいる。この本土派の候補者6名が、香港独立の主張などを理由に立候補資格を取り消されるなど、これまでにない当局の警戒ぶりが報じられた。本土派の著名候補者などは落選したが新人3名が当選した。
 一方、それら排外的本土派とはことなる「民主自決派」として、
劉小麗(雨傘運動のときから街頭で小麗民主教室を開いてきた香港専上学院講師)、朱凱迪(高速鉄道建設による立ち退きに反対した菜園村運動のアクティビスト)、羅冠聡(雨傘運動をけん引した大学生連合会の中心的メンバーの一人。同じく雨傘運動をけん引した学民思潮の黄之鋒や周庭らと結成した政治団体「香港衆志」から立候補した)の三人が、既成の民主派政党(汎民主派)が突破することのできなかった基本法の枠組みを乗り越える香港の将来を主張し、初当選を果たした。中国政府が香港に介入する余地を保障した香港基本法の枠組みでの改革に拘泥した汎民主派の多くは得票数を減らした。
 この區龍宇氏の論考は投票日翌日に書かれ、ウェブメディア「立場新聞STAND NEWS」に掲載された。[ ]は訳注。(H)

 



2016年立法会選挙の結果は、変化を求める声を示している。それは、さらなる政治化、二極化、世代交代という三つの状況から見てとれる。三つの傾向は、逆に選挙結果を説明するものでもあり、今後の発展にも影響するものである。


 

さらなる政治化、さらなる嫌中

 

長年にわたって香港人は「政治に冷めている」と言われ、香港返還[1997年7月1日]までの投票率はずっと低いままであった。1995年の立法会選挙[返還前における最後の選挙]では直接投票の選挙区での投票率は35.79にとどまっていたが、返還後は急上昇した。しかし返還後の選挙の投票率は興味深い数字を示している。第一回、第三回、第五回の選挙の投票率は相対的に高く、第二回、第四回の投票率は低く、まるでバネの反動のようである。

 

1998年 投票率53.29% 投票人数1,489,707

2000年 投票率43.57% 投票人数1,331,080

2004年 投票率55.64% 投票人数1,784,406

2008年 投票率45.20% 投票人数1,524,249

2012年 投票率53.05% 投票人数1,838,722

2016年 投票率58.28% 投票人数2,202,283

 

1998年の投票率が高いのは、返還直後だからである。2004年は23条立法化問題があった[基本法23条の治安維持条項の立法化問題が社会不安を高めた]。2012年は愛国教育反対運動の高まりが影響した。逆にいえば、もし中国政府と香港政府が香港人の逆鱗に触れるようなことをしなければ、第二回、第四回の選挙と同じように投票率は4割台に落ち込んでいただろう。しかし愛国教育反対運動の後、中国政府は、香港人を懲らしめるという政策に変更したため、香港人の危機感は高まった。

それゆえ今回の選挙では、従来見られたような反動が見られず、逆に投票率はさらに高まる結果となった。情勢が人々をそのように追いやったのであり、香港人はいやおうなく政治化し、今回の選挙の投票率は史上最高を記録した。直接選挙区において建制派の得票率が40.6%にとどまったことは、2012年の42.7%をさらに下回る結果となった。これは、民衆が中国政府によるさらなる強硬策に対して首を垂れるのではなく、逆に民衆の抵抗と変化を求める心理を刺激したことを物語っている。


 

変化を求める心理が新しい勢力を誕生させた

 

この種の政治化は同時に二極化でもある。ひとつの極は建制派[政府与党]である。そしてもう一方の極は急浮上した自決派および本物と偽物の香港独立派であり、この勢力は22.2%の得票率を獲得した。この新興勢力のせいで、選挙制度改革のやり直しを主張してきた汎民主派[既成の民主派政党]は、まともにこの影響を受けることになった。これまでは汎民主派が一方の極であったが、現在は中道に押しやられた。図を参照してほしい。

 

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だが、この新しい勢力をどのように位置づけるのかをハッキリとさせておく必要があるだろう。ある汎民主派の学者は、これらを「本土自決派」とひとまとめにくくっている。つまり劉小麗、朱凱迪、香港衆志と、実際には全く異なる質の熱血公民および青年新政を同じ一つの鍋に入れてしまっている。そしてそれとは別に人民力量・社会民主連線連合を「急進民主派」として位置付けているのである。このような分類は極めて奇妙というほかない。

 

これはたんなる名称だけの問題ではなく、重大な分析的価値を持つ議論である。中国と香港という立場を基準に区別することは、二極化の一つのレベルにすぎない。しかしさらに第二のレベルの二極化があることを無視することはできない。つまり社会的、経済的立場における二極化である。つまり国際的に言われるところの左右の二極化である。この区別に従えば、建制派は右翼あるいは極右に位置する。汎民主派はといえば、それぞれ中道左派から中道右派のあいだに位置づけられるだろう。そして今回の選挙の注目点としては、はじめて右派・極右の排外的本土派の政治団体が選挙に立候補し当選を果たしたことである。

 

 

移民排斥の感情

 

熱血公民および青年新政は、その排外主義、反移民、反労働人権の主張から、一般的な政治常識からいえば、右翼ひいては極右(もしも移民に対して暴力を用いたり、「わが民族ではない」など主張すれば)であり、右翼本土派あるいは排外主義本土派と呼ばなければならない。「選民起義」[今回の選挙に向けて結成された選挙・政党情報を発信する団体で區氏も参加している]ではこれらの政治団体の労働、環境、地域、女性などの政策を比較した。その結果、これら右翼本土派は表面的には中国政府と対抗する主張をしているが、社会経済問題においては、建制派とおなじく、ときにはそれ以上に保守であった。そもそも極右とは、一種の急進的保守主義でもある。つまり急進的かどうかだけを判断基準として、その社会経済的政策におけるウルトラ保守の立場を無視する、社民連と熱血公民の違いさえもわからず、敵同士を同じ分類にしてしまうという判断に陥ってしまったのである。

 

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   が議会の新興勢力


この図の分類については、細かい個所については異なる評価があるだろう。しかし大まかに言って、新興勢力はひとつではなく二つ、左の一つと右の一つであることは疑いをもたない。前出の汎民主派の学者は「専制VS民主」「政府VS民間」という香港ではおなじみの二分法に拘泥しており、情勢を正しくとらえきれていない。左右の立場を組み込んだ分析によって、自決派の香港独立右翼あるいは極右の登場が、現代香港政治情勢の急激な変化を代表することを理解することができるのである。この新右翼の登場のすべての背後に中国共産党の影をみることができることは否定しがたい事実である。

しかるに、もしそれによって、香港人の中に確実に反共主義と反移民思想という一種の右翼的主張が存在することを理解しなければ、それはさらに危険なことである。危険という意味は、[右翼的主張の]攻撃対象は中国からの移民にむけられたものであり、民主主義にとっての真の人民の敵である中国共産党を見逃してしまっているからである。しかも客観的には、[右翼/極右の主張が]この人民の敵に香港の自治権を粉砕するための最高の口実を与えてしまっている。

 

今回の選挙では、移民排斥を主張せず、多少なりとも中道左派といえる三つの若い民主自決派が登場した。また社民連・人民力量連合はなんとか間に合って装いを改めることができた[社民連には反共右翼排外主義者がいたが分裂した]。この四つの勢力の社会経済政策は主流の汎民主派[公民党、民主党]とそれほどの違いはない。しかし、中国と香港の関係について新たな展望を提起しているがゆえに、新たなオルタナティブを模索しながら、移民排斥にも反対する旧来の民主派支持の有権者からの票を集めたことで、客観的には右翼候補者やそれを支持する有権者によるさらなる世論のさらなる右傾化を押しとどめることができた。

 

排外的本土派はあわせても7%の得票率(15万2180票)であったが、民主自決派は15.2%(32万9141票)を獲得した(どちらも落選候補の票を含む)。朱凱迪は8万票以上の高得票で当選し、香港の民主化運動がまだまだ健在であることを改めて示した。

 

両極の新興勢力が22.2%の得票率を獲得したことは、当然にも主流の汎民主派を圧迫した。しかしなぜ中道右派の民主党が比較的影響を受けず、逆に中道左派の労働者民主派(とくに工党)が比較的影響を受けたのだろうか[工党=労働党は、労働運動出身のベテラン議員、李卓人らが2011年に結党。今回の選挙では新人一人を含む4人が立候補したが李氏をはじめ3人が落選し、議席を1に減らした]。

考えられるひとつの理由は、安定を求める上層の中産階級の有権者は、これまでもずっと民主党の票田であったが、工党、街坊工友服務処[80年代から労働者街で地域運動や労働運動などを行い、90年代からは立法議員選挙にも参加。今回の選挙ではベテラン議員の梁耀忠は議席を守ったが、区議から転戦した新人は落選した]は、おもに中下層の中道派、あるいは中道左派を支持する有権者が支持基盤である。しかし今回、これらの有権者のなかにも変革を求める心理が起こったことで、労働者民主派の保守的な政治主張[選挙制度改革のやり直し]には関心を持たなくなり、加えて若い有権者を引き付けることができなかったことから、支持率が下がったのは自然の成り行きであった。

 

しかし指摘しておかなければならないことは、前述の政治分岐は始まったばかりであるということだ。今後それがどのように発展するのかという変数は極めて大きいし、直線的に発展するかどうかはもっとわからない。とりわけ民主自決派の多くは、スタートしたばかりであり、政治主張および経験は極めて不足している。極右本土派の攻撃の中で、基盤を確立し、流れに抗して、新しい民主勢力を鍛え上げることができるかどうかは、いまだ未知数である。だが真の民主派は、手をこまねいて傍観しているだけであってはならない。闘争に身を投じ、民主勢力の世代交代を促さなければならない。

 

 

世代交代を拒むことはできない

 

左右の政治化というほかに、第三の要素がある。それは世代交代という作用である。多くの有権者、とくに青年の有権者らが、既成の顔触れに嫌気をさしていたことは想像に難くない。道理で、ベテランの民主派候補者の結果が芳しくなかったわけである(芳しくないのは、当選しなかったことではなく、その主張があまりにひどかったことである)。他方、雨傘運動を押し出した新しい世代は、たとえ雨傘運動後の困惑があったとしても、かれらは戦後の香港において初めて真に大衆的で抵抗の意思を持った大運動の誕生を促したのであり、それは嫌気がさしていた有権者に新しい希望をもたらしたのである。

 

もちろん、さらに第四の要素がある。それは中国共産党が巨大なリソース資源を持ち出して、舞台の下でさまざまな卑怯な手段で介入者がその代理人を育成し、火に油を注いで扇動するなどの陰謀を企てたことであるが、それについては後日あらためて述べる。

 

2016年9月5日

【香港】日曜には二つの民主派に投票しよう そして投票後は闘いを継続しよう

日曜には二つの民主派に投票しよう
そして投票後は闘いを継続しよう

區龍宇


原文

まず問わなければならないのは次のことである。民主派にとって、今回の選挙における最大の目標は何か。議席の三分の一を確保して拒否権を維持することだろうか。この目標は、すでに汎民主派自身によって破棄されている。汎民主派の政党間では同じような立場であるにもかかわらず、いくつにも分裂して互いに票を奪い合っているからだ。よりひどいことに、この5-6年のあいだに、政治情勢は悪化しているにもかかわらず、全くなすすべがなく、勢力再編のチャンスをみすみす極右排外主義に奪われていることだ。雨傘運動ののちも、依然として「選挙改革のやり直し」という主張にとどまり続けることで、有権者の極右排外主義政党への支持を逆側から後押ししている。候補者乱立のなかでは票割などできるはずもない。三分の一の議席を確保できるかどうかは誰にもわからない。それは依然として目標とすべきだが、すでに現実的な目標ではなくなっている。


◎ 民主自決派に票を投じよう

まして、香港の自治を守る防衛戦の戦場は、すでに議会だけに限定されてはない。中国共産党はこれまでの過渡期のあいだに、「暗(ひそ)かに陳倉に渡り」[三六計の第八計で、囮で敵を正面に引き付けておき背後から急襲する計略]、背後で闇勢力を組織してきたが、それがいま「収穫期」を迎えているのである。汎民主派が拒否権を確保して基本法二三条の立法化[治安維持法]を阻止できたとしても、中国政府が闇の勢力をつかって香港自治を亡きものにすることを阻止することは出来ないだろう。政治的に極右排外主義を圧倒することもできないだろう。周永勤の選挙からの撤退[政府与党の自由党の候補者だが、同じ選挙区から立候補している中国派の有力候補と競合することなどから、立候補を取り下げるように脅迫を受けた。テレビ討論会で立候補取り下げを突如表明した]および極右排外主義への支持の高まりはそれらの格好の証拠である。

強敵に対峙する民主派の支持者は、新しい力に票を投じることで、主流の汎民主派に比べて相対的に事態の急変にも対応しようとする新しい勢力を社会的に押し上げることが必要である。雨傘運動後から今回の選挙までの期間に、汎民主派の抱える問題が暴露されたことで、民主自決派の登場が促進された。facebook「選民起義」が昨日発表した政党採点(※)は、各政党のマニフェストおよび実践についての評価を行っている。読者はそこから、四つの政党・候補者の主張が極めて似通っていることを理解できるだろう。人民力量・社民連連合、朱凱迪、小麗民主教室、そして香港衆志の四つが、程度の濃淡はあれ、すべて民主自決を主張している。

この四つの候補者のマニフェストを詳細に検討すると、それぞれの政治主張には弱点がないわけではない。だが少なくともこれらの候補者は大局の変化には比較的敏感であり、民主化運動にも新しい思考が必要であることを理解している。また労働、環境、文化、コミュニティなどの主張において、労働者民衆の利益に寄り添っており、支持することができる。人民力量・社民連連合以外の三つの候補者には経験不足という批判もある。しかしそれは今後の学習と発展の中で克服可能である。議会内にこのような新しい勢力が登場することで、事態の推移に鈍くなった主流の汎民主派を刺激することもできるだろう。

人民力量・社民連連合については若干のコメントつけておくことが有益である。人民力量の陳偉業[民主党を離党して2006年に社民連結成に参加。2011年に離党して人民力量を結成]は、連合結成の際に、人民力量は中道左派であり、社民連の立場とほとんど同じであると表明した。2008年に(当時のメンバーの)蕭若元は「真の民主主義右派を建設しよう」という文章を公開し、労働組合を批判していた。労働組合が「自由な交渉を破壊する」からだという。そのころこの勢力は中道右派であった。さらに遡れば、社民連結党の3人の立役者[陳偉業、梁国雄、黄毓民]は、主張もバラバラで政治的分類が困難であった。だが数年が経過して、社民連は三つに分裂して、その一つである人民力量は、極右からの批判にさらされる一方で、自身も分裂を重ね、陳偉業はフェードアウトして勢いがそがれた。こういう事情から立場の変更を迫られたのではないだろうか。

人民力量・社民連連合は社民連の勢力が強いので、人民力量が再度右転換することをけん制することができるかもしれない。もちろん将来その立場を変化させないとは言えないが、それら一切は相対的なものである。いずれにしても、なすすべもなく事態のなすがままの主流の汎民主派に比べると、人民力量・社民連連合は、少なくとも、その気概を有権者に示すことができている。

かりに人民力量・社民連連合が、選挙において競合するのではなく、もっと前から他の三つの民主自決派と協力関係を構築していれば、影響力はさらに拡大したであろう。これについては選挙後に期待するしかない。

以上が、まずは一票を投じることができる勢力である。


◎ 労働者に根ざした汎民主派

次に一票を投じることができるのは、労働者を組織している汎民主派政党(organised labor pan-democrats)だろう。

民主派の分散化は、香港人が一般的にもっている弱点の反映に過ぎない。社会に蔓延する強固な個人競争主義が組織化を困難にさせている。偉大な運動であった雨傘運動の傘でさえも、重大な弱点を覆い隠すことはできなかった。つまり高度の非組織化である。それゆえ運動内部の右翼挑発分子から指導部が攻撃を受けてもそれに対処することができなかった。民主化運動は、労働者民衆の参加なくしては成功しない。そして組織がなくてはもっと成功しない。工党(HKCTUが支持母体)と街坊工友服務処(略称「街工」)は、指導者の政治水準は合格とは言えず、その思考方法は20年前そのままというのが深刻な問題である。

しかし民主派はその組織と指導者とを分けて考えることを理解しなければならない。この二つの労働者組織のメンバーと幹部は、長年にわたって労働組合の組織化に従事してきたのであり、最も報われない活動のための力を注いできたのであり、しかし長期的な展望にたてば極めて重要な活動でもある。このことは知られるべきである。Facebook「選民起義」でもこの点を評価に加えている。民主自決派の政治評価は労働者民主派よりも高くなっている。しかし労働者民主派の労働に関するマニフェストと実践のポイントは、民主自決派よりも高い得点を獲得している。

現在でも「必要な時にはストライキ、罷市、同盟休校が必要だ」と主張し、ストライキの威力を理解している汎民主派もいるが、平時において労働組合の組織化に力を注ぐことなく、危機の時にだけ労働組合に対してストライキを呼びかけるだけでは、労働者大衆をまるで命令すれば動くかのような奴隷と同じように考えていることにはならないだろうか。しかも蕭若元のような政治家は労働組合を敵視さえしているのだ。

だから投票するのであれば、はなから労働者を見下しているような上流プチブル階層の汎民主派ではなく、労働者の組織化に力を注いでいる労働者に根ざした汎民主派に投票すべきである。

これが次に投票すべき候補者である。

この二つの勢力[民主自決派と労働者民主派]にはそれぞれ長所がある。民主自決派は政治的水準では賞賛すべきものがあるが、労働組合の基盤がない。労働者民主派は労働組合の基盤はあるが(強弱の違いはあるが)、政治的水準はそれほどでもない。もしこの両者が相互に学び合うことができれば、かなりの水準でお互いを補う会うこともできるだろう。しかしそのためには、主流の気風である個人競争主義を克服する必要があるだろう。

Facebook「選民起義」の評価のなかで、もう一点注目するとすれば、高得点のトップ3(人民力量・社民連連合、街工、工党)も満点の過半数にしか達しなかったことである。比較的支持に値するような候補者でさえも獲得点数はそう高くはない。古い民主化運動は死んだが、新しい民主化運動はいまだ生まれていない。しかも強敵の進行は増すばかりである。民主派を支持する有権者は闘いつつ進むしかない。新しい政治勢力へ投票を終えた後は、さらに大きな闘争の準備を進めるべきである。闘争を通じてのみ、健全な力をもつ勢力が生み出されるのである。

2016年9月1日

【香港】9月の選挙では三つの勢力に投票するな

9月の選挙では三つの勢力に投票するな

區龍宇


原文

9月の選挙は候補者乱立の混戦模様である。民主派を支援する有権者は誰もが戸惑っている。だが少し分析すれば、すくなくともどの候補者への投票を除外すればいいのかがわかり、選択肢の幅は大きく狭めることができる。

1、建制派(親中派)には投票するな。

これに説明は不要だろう。


次に、汎民主派の研究者の中には、今回の選挙では戦術的な投票をすべきだと主張しながら、政党については、たんに建制派といわゆる非建制派の二つにしか区別していないという問題がある。もし仮にそのようなあいまいな区分しかしないのであれば、民主派を支持する有権者は王維基への投票を検討すべきだということになるではないか。この候補者は、労働者の権利に敵対し、真の民主主義に反対する大金持ちの候補者である。あるいは排外主義的暴力を扇動する偽の本土派もおなじく民主派としてひとくくりにしている。このような区別は、民主派を支持する有権者にとって全く望ましいものではない。それゆえ建制派には投票しないだけでなく、次の二つの勢力にも投票してはならない。


2、極右排外主義には投票するな。

民主派を支持する有権者は、熱普城[熱血公民、普羅政治学苑=黄毓民、城邦派=陳雲の三つの排外主義右派勢力の総称]あるいは本土民主前線に投じてはならない。「本土派」を名乗る勢力もあるが、もしそうであるなら、地元文化の保護運動に真剣にとりくんだ朱凱迪やコミュニティでの民主化運動を推進した小麗民主教室[どちらも民主自決派の候補者]と、「本土派」を自称する右翼排外主義とをどのように区別すればいいのだろうか。

「急進民主派」を名乗る勢力もあるが、いい加減にしてほしい。「急進」的「民主派」とは、その語のもつ元来の意味でいうなら、それは熱普城が憎むべき左翼のことを指す(原注1)。かりに香港で一般的に行われている分類にしたがったとしても、「急進」、「民主」という分類では、社民連と熱普城を区別することはできない。そのような分類方法は百害あって一利なしである。

熱普城と本土民主前線のもつ排外主義、個人崇拝、政治の宗教化、権威主義、多元的民主主義への敵対、ころころ変わる主張、若者を暴動に扇動しながら自らは傍観する等々の特徴は、いずれも明確に極右主義の性質であるが、アメリカのトランプですらこれほどひどくはないだろう。極右の特徴は、民主主義に対する殲滅という理念である。それにも関わらず「民主派」を名乗る?そのような行為は、客観的に中国政府や香港政府による民主化運動に対する破壊を手助けするものである。それは実際には歪曲化された建制派である。そんな勢力に投票してはならない!

名正しからざれば則ち言順(したが)わず、言順わざれば則ち事成らず[論語]。名称を明確にしなければ、有権者はあいまいなまま間違った投票を行い、それによって不要な打撃を招くことになるだろう。つまり最初に戻って考えると、これら極右排外主義の存在が意味するところは、「建制VS非建制」という汎民主派の研究者による区分が百害あって一利なしであることを改めて明らかにしているのである。

もうひとつの本土派といわれる政治勢力に「青年新政」がある。しかし実際にはその主張に何ら新しいものがあるわけではなく、旧態依然の保守的な排外主義と右翼ポピュリズムである。かれらのいう「香港民族主義」は、「新移民[返還以降の中国大陸からの移民]は、広東語と繁体字、または英語を理解していることを証明する試験に合格しなければ市民権を得ることはできない」と主張している! 青年新政の指導者の祖母は80歳の客家だが、青年新政が目指す香港国家が樹立された暁には、その祖母は香港の市民権を失うことになるだろうという冗談もあるほどだ。


3、「軟弱な汎民主派」には投票するな。

いわゆる「軟弱な汎民主派」とは以下のような特徴を持っている。

1)かつての最大の汎民主派の政党であり、長い歴史を持っているがゆえに、とっくに成仏して役立たずの専門業種[弁護士など]の政治家集団となってしまい、選挙のことしか考えられない。民衆や民主化運動などは選挙の手段にすぎない。

2)妥協主義が骨髄にまで浸透している。朝廷[中国政府]による帰順の呼びかけに心中うれしくてたまらなく、それになびいてしまう。いまはなびかなくても次はなびく。臨時立法会への参加や密室協議など、これまでの事件は偶然の産物ではない。

3)妥協主義がマニフェストに表現されている。つまり基本法という鳥かごの枠内での普通選挙にのみ参加し、あえて冒険を冒そうとしない。妥協主義が階級属性にも表現されている。つまり上層プチブルの立場で、支配者と民衆のあいだでバランスをとり、そこから利益を得ようとするが、実際には一方に偏っている。このようなプチブル政党は、一貫して労働者の権利を蔑んでおり、一貫して民営化には積極的で、一貫して大企業に傾斜した主張をしてきた。このような政党が口では「庶民のため」といったところで、それを信じることができるだろうか。

4)香港は8・31通達[香港ではすぐに普通選挙は実施しないという中国政府が2014年8月31日に出した通達]を経過し、雨傘運動を経過し、5人の書店主の違法な拘束[中国政府に不利な書籍を出版・販売していた香港の書店主が中国当局に拘束された事件]を経過したというのに、いまだ「普通選挙実施のための手続きを再度やりなおす」というのんきな主張をしているのだ! 

有権者諸君は「自決権」「香港独立」「国内自決権」「基本法の永続」などの新しい政治主張に同意する必要はない。だが8・31通達が出されたことで、従来のやり方[手続きのやり直し]では先が見えてしまっている。専制主義者[中国政府]はとっくに香港人の自治権を絞め殺す決意を固めているのに、まだ跪いて普通選挙を賜ろうとし、中国共産党が設定した鳥かごの手続き[基本法にのっとった普通選挙実施のための手続き]に沿ってものごとを進めようとしている。ふたたび中国共産党にもてあそばれる[手続きに沿って普通選挙実施が拒否される]のが関の山である。このような「民主派」を「建制民主派」と呼ばずして何と呼べばよいのか。


多くの汎民主派政党には、上記のような特徴を少なくとも一つか二つは持っている。だが、これらすべての特徴を備えているのはそう多くないはずである[民主党だけ]。汎民主派候補の乱立局面において、つぶし合いを避け、最もふがいない汎民主派政党に懲罰を与え、民主化運動のブラッシュアップを促進させるために、「軟弱な民主派」には投票すべきではない。そのような政党に投票しないことが、大局にとって最も望ましいことである。

9月には以上の三つの勢力に投票しないことこそ、民主派を支持する有権者の第一の戒律となる。

2016年8月18日


原注1:香港の主流メディアで使われている分類方法ではなく、歴史的および国際的基準に照らし合わせた分類。歴史的および国際的基準でいえば、香港で「左派」と呼ばれる中国派勢力(香港共産党)は、実際には極右派であり、どのような意義においても「左」の要素を持ち合わせていない。

【香港】立法会選挙まで一か月 ~ 民主自決派と本土派

hk201607

94日に投開票が行われる香港立法会選挙が揺れている。


候補者受付は71629日の期間に行われたが、直前の714日に選管委員長が突如として立候補予定者に「確認書」への署名を求めた。

確認書は、香港基本法に定められている、香港は中国の一部である、基本法を順守する、香港は高度の自治と中央政府の直轄であること、などを立候補者が認めることを求めている。

この確認書は、直接的には2014年秋の雨傘運動ののちに社会勢力化した「本土派」(香港独立派)の立候補を拒否する口実である。本土派のなかには、立候補するために「確認書」への署名を行った立候補予定者もいたが、署名を拒否するものもいた。しかし結局は署名したものをふくめ香港民族党、民主進歩党、本土民主前線、保守党などの候補者6名が立候補を認められなかった。

2月に行われた補選で本土派の本土民主前線の梁天琦(香港大学大学院生、25歳)が予想を大きく上回り15%の得票率で惜敗したことに、中国政府が大きな危機感を持ち、9月の選挙では香港独立を掲げる本土派の立候補を阻止しようとしたとも考えられる。

雨傘運動を担った民主派からも、選管の「確認書」は政治主張によって立候補を認めない非民主的な手続きだという批判が上がり、民主派は、従来の汎民主派も、そして雨傘運動後に登場した民主自決派も一致団結してこの確認書への署名を拒否するとともに、本土派の立候補が認められなかったことに対しても、汎民主派(工党、公民党、民主党、公共専業聯盟、街工、民協、教協、人民力量、社会民主連線、社工復興運動)と民主自決派(香港衆志、朱凱廸、劉小麗)のそれぞれが連名で、民主主義擁護の立場から中国政府の意向を色濃く反映した選挙管理委員会の決定を批判している。

8
2日に選管が開いた選挙説明会は、汎民主派、民主自決派、本土派の候補者らが会場内で抗議の声を上げ、壇上を占拠しようとしたり、会場で抗議の横断幕を掲げたりと大荒れに荒れた。メディアでは立候補が認められなかった一人、本土民主前線の梁天琦に注目が集まっている。

しかし選挙説明会で、最終的に説明会を中止(時間を繰り上げて終了)に追いやることに成功したのは、最初に壇上に駆け上った香港衆志(Demosisto)の羅冠聡であり、「香港自決」のプラカードを掲げた朱凱廸であり、多数の警官に囲まれて会場から排除されながらも最後まで政治的選別反対を訴え続けた劉小麗ら「香港自決」のプラカードを掲げた民主自決派の若い候補者たちの奮闘によるものだ。

在香港のメディアをふくめ多くのメディアは、本土派の動向のみを報道している。これは中国政府の世論操作にとっても都合のいい報道ぶりといえなくもない。つまり問題の核心を批判する民主自決派ではなく、ほとんど中身のない主張しか持たない排外的本土派のみが取り上げられることになるからだ。

以下は、「確認書」を巡る本土派の立場を批判した選民決起(今回の選挙にあわせて作られた民主自決派のひとつ)の文章、そして2月はじめの旧暦正月に発生した暴動における梁天琦の言動を批判した區龍宇の文章を翻訳紹介する。

本土派の立候補を認めない選挙管理委員会の政治的選別を批判した民主自決派の声明も追って翻訳紹介したい。(早野)


「確認書」は妖魔鏡 本土派は朝令暮改

《選民起義》政制組

原文


選挙管理委員会の確認書が、候補者に対して香港基本法を擁護するよう求めているが、明らかに香港独立派の立候補を拒否するためではないか。このような要求は、選管がまちがいなく中国政府の手先であることを暴露したにすぎない。しかし外国でも違憲行為という認定はあるが、「違憲言論」という表現など見たことなどない!中国政府自身の違憲行為には枚挙にいとまがない。たとえば1976年の四人組打倒は明らかにクーデーターであり、明らかに憲法違反であるが、現在の中国政府は共和国を救った英雄行為と考えている。

他方、中国政府は「違憲言論」を理由に言論の自由を弾圧しているが、その禍はいま香港にまで蔓延しようとしている。「違憲言論」という罪状で香港独立派を弾圧しようとしているのだ。どこの文明世界で「違憲言論」なる罪が成立するというのだ!どんな憲法でもどんな法律でも、その行為を追及するのであって、言論を追するものではない。たとえば上映中の映画館で「火事だ!」とウソの危険を大声で叫ぶというような、直接的に人々を扇動するような危険なものではなく、一般的な政治的見解であるのなら、それが香港独立であろうと、自由に発表できるべきである。そこにはもちろん政府打倒という主張も含まれるべきである。

実際、19世紀以降、欧州の多くで「革命」を主張する左翼あるいは右翼の政党が存在し、支配階級もその革命的言論を尊重せざるを得ず、その主張をもって「違憲」であるとは言えなくなっていた。イギリス植民地下の香港においても、1970年代以降は、内外の圧力によってこの自由主義の原則に従わざるを得なくなり、香港独立団体や左翼革命団体を認めることになった。イギリスさえも認めたことを、中国政府は認めることができないのである。

ましてや、憲法がまず制限するのは市民ではなく政府権力に対してである!主権在民!独裁者よ、中国政府よ、公安どもよ、そして香港行政長官よ、君たちは至る所で基本法が香港に付与している自治権に違反した行為を重ねているではないか。君たちこそが法廷に送られなければならない!

ところで、確認書は香港政府の醜悪さを映し出しただけではない。それはまたもう一つ別の妖魔をも映し出している。その妖魔とは本土派(※)である!本土派は次々に立候補を申請しており、次々に確認書に署名している。その一方で、多くの汎民主派政党の立候補予定者は確認書への署名を拒否している。極めて興味深い対比である。

本土派の言論を分析することに時間を費やすのは無駄であることは、これまでと変わらない。常に言うことが変わるからだ。しかしただ一人、陳雲[城邦派の学者]の主張は一貫している。それは「基本法はいいものである」「基本法が永遠に続くように」という体制派とおなじような主張のことである。かれは早くから著書『城邦論』(ポリス論)のなかで、特別行政長官でさえも香港からの推薦によってえらばれることなどを挙げて、基本法が香港に極めて高い高度の自治を付与していると主張していた。

しかしその主張はまったく取るに足らない!中国では省長は省人民大会[省議会]での選挙を経たのちに就任するのであり、副省長でさえも中央政府が委任するのではない。陳雲は基本法に対する根本的な批判を行ってはいない。それはポリス論がいっけん急進的な主張であるかにみえるが、実際には中央政府にとって都合のいいものであることを物語っている。

基本法は香港人による自治権に違反していることは、誰もが知っている。

基本法の第8章では、基本法の解釈権と改正権は中央政府にあるとされており、香港人の権利を奪うものである。

同法18条においては、中央政府はいつでも香港における緊急事態を宣言することができ、中国本土の法律を香港において実施することができるとされている。「まず香港政府に諮問したのちに」という穏健な規定でさえも無視できるのである。これは香港の自治権の消滅と同じである。

第4章の普通選挙に関する条項は、秩序ある漸進で実現すると明記されているが、具体的な期日はなく、その結果、中国政府は無期限にそれを延期することができる。

このような基本法を、永続させる必要があるのか? 国師[陳雲のあだ名:訳注]の主張がこれどほ奇妙奇天烈にもかかわらず、「全民衆による憲法制定」という別のアイデアを提起している黄毓民と熱血公民[前者は普羅政治学院という一人会派の本土派の立法議員、後者は雨傘運動で社会化した排外的本土派の団体:訳注]は、陳雲の当選を支援することに何ら矛盾も感じていないとは、なんたるでたらめ! 三者はさらに選挙管理委員会の「確認書」に署名をして、基本法を擁護することに同意しているのだ。さんざん主張してきた「建国」はどうなったのか? 永遠のご都合主義である。ライバル[民主派]の主張はすべて否定しながら、移り気な自分たちの立場はすべて肯定する。完全に終わってる。

2016728

※訳注:原文では熱・普・城=熱血公民、普羅政治学苑、城邦派の三つの本土派団体の総称だが、ここでは便宜上、「本土派」と翻訳する。本土派のなかでも香港民族党など確認書を提出していない団体もある。




洪秀全をまとった梁天琦

區龍宇
2016219

原文

中国大陸はすでにある種の局面に突入している。魯迅のいうところの「机をひとつ動かすとか、ストーブをひとつ取りかえるのですら、血をみなければ済まない」である。時代は革命を呼んでいる(原注1)。香港もそこから無縁であることは難しいだろう。

しかし革命にもいろんな種類がある。民主主義革命もあれば、別な朝廷の誕生を繰り返すだけの義和団式の革命もある。


◎ 民主主義革命なのか義和団式の革命なのか?

汎民主派は革命と聞くだけで席を立つ。しかし実際のところ、かれらの教義の教祖であるジョン・ロックも人民に革命権があることに賛成していたことを忘れているようだ。アメリカの独立宣言でもこの点が強調されている。西欧のほとんどすべての代議制民主主義はすべて革命を経たものである。一部のリベラリストは、イギリスの1688年の無血の「名誉革命」をよく話題にするのだが、1640年の流血の清教徒革命については語ろうとしないのは不誠実と言える。1640年の革命がなければ1688年の革命がどうして起こりえただろうか。

民主主義革命の核心は、独裁を民主平等の制度に替えることであり、その逆ではない。だが梁天琦は革命を高く掲げてはいるが、それは民主主義革命ではなく、洪秀全や義和団式の革命なのである。それは民主主義をもたらすのではなく、独裁と暴力の循環をもたらすだけである。

◎「死ぬくらいなら共産主義のほうがまし」

梁は「抵抗無限界」論を新たに解釈してこう述べている。「いかなる代償もいとわない」と(原注2)。「節を曲げるくらいなら玉砕を選ぶ」ということか、ははは! いかにも武闘派らしい。だがそれは民主主義革命の路線なのか。そうではない。冷戦がピークだったころ、両陣営の支配階級は「節を曲げるくらいなら玉砕を選ぶ」の戦略、つまりMAD mutually assured destruction(相互確証破壊)という、最終的に全滅することさえ厭わない核兵器戦略である。だが西側の左翼および平和運動(哲学者ラッセルをふくむ)は核兵器に反対し、better red than dead(核兵器で死ぬくらいなら共産主義のほうがまし)というスローガンを掲げた。核戦争は人類と文明をすべて破壊する。そのような代償を払うことはできない。愚か者だけがそのような代償を厭わない。(原注3)

さらに気がかりなのは、「節を曲げるくらいなら玉砕を選ぶ」と叫んでおきながら、大衆がそれに呼応したときに、一番最初に逃げ出したのが当の本人であったということである。いったいどういうことなのか。黄台仰がまさにそのような行動をとったのでなかったか[本土民主派前線スポークスパーソンの黄台仰は29日未明に同組織が呼びかけた旺角行動での警察との衝突直前にこのスローガンを叫んで行方をくらまし、後日友人宅に潜伏しているところを逮捕された]。

梁と黄は別人であるが、諸君ら本土民主前線は、その時々で主張が違い、結局のところどれを信じればいいのだ(原注4)。Talk is cheap(言うは易し)というふうに、口だけなら何とでもいえるということを諸君ら自身がよくわかっている。

◎ 対等の暴力は、暴力を以て暴力に代えるだけ

梁は、彼らの限度が「警察に対して対等の武力を用いる」ことだと説明する。まったくおかしな言いぐさである。警察が持っているのは棍棒とピストルだけではない。その後ろには解放軍の戦車と機関銃が待ち構えているのである。諸君らに聞きたい。そのような兵器を準備して戦争を発動しようとでもいうのか? もしもそうなら、そうとはっきりと言うべきだろう。もしそうでないとすれば、単なるホラ話にすぎない。あるいは諸君らはこういうかもしれない。そのように明言することは得策ではない、と。

だが本当にそうであろうか。革命派はそうであってはならない。軍事的準備はもちろん公に語ることは難しい。だが政治的には、革命派は軍事的手段を採用することを公然と説明することができるし、また説明しなければならない。孫文もそうであったし、キューバのカストロとゲバラもそうである。旧正月の露天商の営業にかこつけるゲスの極みなどもってのほかではないか。

◎ 暴力の乱用を阻止する革命家

梁の問題は、革命を暴力と同一視していることである。洪秀全[清末の太平天国の乱の指導者]や義和団の「革命」だけだそのような考えに一致することがわからないらしい。西欧の民主主義革命家も武力で独裁者を駆逐することを畏れなかったし、英リチャード一世と仏ルイ十六世はともに断頭台に送った。しかし民主主義革命における武装闘争は、無原則とは無縁であり、対等の武力を云々するものでもなかった。それとは全く逆に以下の原則を堅持した。


1、武力は目的ではなく、あくまで手段であった。手段であるので、最高原則ではなく、さらに重要な原則、つまり民主主義の趣旨に符合するかどうかが、その運用の可否の判断材料となった。重要なのは、「対等な武力」が必要なのではなく、それで目的を達成することができるかどうかである。

2、武力を手段とする場合も、それは非常用手段であり、その巨大な副作用、つまり敵を破壊するが、往々にして自らも破壊される。ひどい場合には、敵は無傷で自分だけが被害を受けることもある。それゆえ民主主義革命は暴力を賞賛あるいは崇拝することは絶対になく、一時的で必要な場合――特に自衛――のみの手段であると見なしてきた。

3、いわゆる「一時的」については、十分な根拠が必要であり、それは理性的に証明されなければならず、大声や攻撃的な主張に依拠してはならない。

4、民主主義革命は武力を用いた自衛の原則を根本から否定するものではないが、それを万能薬とはみなさず、時と場合を考えて用いる。武力は特殊な情勢下においてのみ使用することが考慮される。

5、大衆の一時の衝動は、自衛の際に過度に武力が用いられることはよくあることだが、よくあることとそれを承認することは同じではない。

以上のことから、結論は以下のようになるだろう。

1、革命と武装闘争は同じではない

2、武装闘争はただ特殊な状況においてのみ、限定的に使用すべきであり、洪秀全や義和団を模倣するのでない限り「武装闘争に限界はない」あるいは「対等の暴力」ということであってはならない。洪秀全や義和団のような輩は、武力を用いる際には限界を設定せず、その赴くがままに任せるのだが、それは報復することでうっぷんを晴らす心理に他ならない。そのような「革命」は暴力を以て暴力に代えるだけである。

梁天琦はさらにこんな発言をしている。警察に対して対等の武力を用いるかどうかは民衆がきめる、と。これほど狡猾な発言もないだろう。

私はこの発言を聞いて全く逆の立場にたったロシアの革命家、トロツキーを思い出した。19177月、すでに帝政は打倒されていたが、人民は「平和、パン、土地、憲法制定議会」を要求していた。臨時政府が絶望的な対独戦争を継続したこともあり、ある日、臨時政府の農業大臣、チェルノフが街頭で民衆に取り囲まれ殴打され、彼を殺せという声が上がった。その場にいあわせたトロツキーは声を上げて飛び出した。彼は「民衆が決めること」と叫んだのだろうか。同じくその場に居合わせた彼の政敵、スハーノフは次のように描写している。

「見わたすかぎり、群衆は激昂していた。……トロツキーが演説をはじめても、群衆は静まらなかった。もしだれかが挑発者が、この瞬間、この付近のどこかで一発発砲したら、それこそ恐るべき流血の惨事がおこったろう。彼らはトロツキーもろとも、われわれ全部を八つ裂きにしてしまったろう。かれはこういった。『…諸君は、革命を脅かす危険の報道を聞くやいなや、ただちにここへ駆けつけてきた。…だが、なぜ諸君は諸君自身の目的を傷つけなくてはならないのか? なぜ諸君はでたらめに個人につまらぬ暴力をくわえて、諸君の記録をくもらせ、汚さなくてはならぬのか?諸君はすべて革命への献身をしめしてきた。諸君は一人のこらず革命のために生命をすてる用意ができている。わたくしはそれを知っている。同志、きみの手をわたくしにあたえよ!』……ついに、トロツキーは群衆にむかってチェルノフに暴力がくわえられることをのぞむものは、ハッキリ手をあげよ、といった。手は一本もあがらなかった。しーんと静まりかえっているなかで、彼はいまは半ば気を失っているチェルノフの腕をとって、王宮のなかへつれこんだ。」(原注5)

これこそ革命家とエセ革命家との違いである。

(原注
1)中国の知識分子の一部は、かつては絶対的非暴力の信者であったが、現在『革命にもどる――中国の大転換を前にした激論』という本が出版されており、そこでは革命が主張されており、情勢と気分の変化が始まっていることを反映している。

(原注2)「梁天琦:抗争抱「対等武力」原則 楊岳橋:堅持非暴力 理解旺角抗争者」、立場新聞。


(原注3)雨傘運動の期間中、右派は「共産主義になるくらいなら死んだほうがましだ」とヤジを飛ばしていた。厳密に言えば、特定の状況下においては、二つの悪い選択肢がある場合、より損害が少ない方をえらぶのだが、それよりも別の解決にむけた正しい選択肢をえらぶことのほうが多いのである。前者を選ぶからといって後者を否定することはできない。しかしこの時のディスカッションでは「いかなる犠牲もいとわない」論の危険性が明らかにされたといえる。

原注4)旧正月の旺角での警察と民衆に関しては、筆者の「禍根北京種、磚頭為誰飛?」を参照[未訳]。

(原注5)「武裝的先知-先知三部曲」、伊薩克・多伊徹、中央編訳社、第一冊、1998302-3頁。

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