虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

民主化

6・4天安門事件:香港と中国を貫く民主化支援こそが重要

20130604hk
 ▲15万にが参加した今年の6・4天安門事件追悼集会(香港)

1989年の中国民主化運動は、6月4日未明に人民解放軍の戦車によって押しつぶされた。香港ではこの民主化運動を支援する運動が広がり、毎年追悼の集会やデモが行われ、今年も15万人が6・4天安門事件を追悼する集会に参加した。中国国内では依然としてこの民主化運動を記念する行事や活動家は厳しく弾圧されている。1997年に香港がイギリスから中国に返還されてからこれまでに、経済的、そして政治的なつながりが強化されてきた一方、香港の社会において「嫌中」感情を利用した右翼的民主化運動論が頭をもたげている。以下は、それを厳しく批判した論考である。(H)

右翼的香港本土主義は香港を損ねるだけだ
6・4天安門事件24周年を前に


区龍宇


まもなく6月4日が訪れようとしているが、街頭で大量に配布されている『熱血時報』を含むいわゆる香港本土主義者らが6・4記念日に対する反対攻撃をしかけている。このようなプロパガンダは89年民主化運動を支援した世代には必ずしも大きな影響を与えるとはいえないが、ポスト89年世代に対しては未知数であることから、その主張の是非についてはっきりとさせておく必要がある。


◆ 右翼的香港本土主義者らの間違い


彼らの文章の特徴は、感情的な八つ当たりと非理性的な分析につきる。その主張は以下の数点にまとめることができる。


1)香港の主要な危険は中国大陸化である。大陸化とは汚職の作風であり、大陸の人間が香港のリソース(資源)を奪うということも意味する。香港本土主義を高く掲げ、大陸人を排斥せよ。

2)中国民主化支援は愛(中)国的精神であり、それは香港人の利益にはそぐわない。

3)香港人は香港人という身分である。香港人の唯一の利益とは香港の現有自治を守ることである。中国人と香港人は無関係である。中国のことは忘れよう。

4)中国の民主化と香港の民主化は互いに対立する。香港人はどちらかの二者択一しかできない。

5)中国大陸の人間はみんな独裁体制の支持者であるか、民主主義を実現できない人々である。民主化が実現したとしてもファシズムになるだけだ。(陳雲の『香港ポリス論』を見よ ※訳注リンク参照)


これらの主張は、すべて間違っている。


中国から押し寄せる妊産婦〔※訳注リンク参照〕や粉ミルク買占め問題〔安全性が高い香港に大陸から買占めに来た:訳注〕など、中国と香港の人々をめぐる矛盾が浮かび上がっているが、香港民衆の生活に関する問題については、適切な措置を講じることで問題を緩和することは難しいことではないし、実際に多少なりとも緩和してきている。ごく部分的な矛盾を、調和不能な対立に無制限に拡大すべきではない。


◆ 6月4日を記念するいくつかの理由


もちろん、上記の表面的な矛盾は、さらに深い矛盾(対立)の屈折的反射である。それは香港と中国大陸の人民の対立ではなく、中国共産党の専制支配と香港市民の間の対立である。中国共産党の腐敗支配は一切の社会領域において腐敗をもたらし、中国大陸の多くの人々は香港を緊急の「非常口」としてみなしている。問題は、香港は「非常口」としてはあまりに狭すぎて、無期限かつ無制限にその任に堪えることができないことである。それゆえ長期的に問題を解決するためには病根を絶つ必要がある。その病根とは中国大陸の人々ではなく、専制支配者と官僚資本主義である。


その病根は中国大陸だけに特有のものではない。香港の高級官僚や大富豪の多くも反民主主義的であり、政治と財界は癒着している。腐敗が中国大陸に特有のものであるかのように言うのは事実に反する。多くの人々が知っているように、香港社会も数十年前はおなじように腐敗していた。カネが最優先される社会で、かつ民主主義がなく、社会運動が抑圧された社会では、腐敗の一切の病根が存在する。問題の根本は、まさに民主主義を通じて大陸の専制と腐敗(そして香港におけるその盟友)を一掃しなければならないということにある。それゆえ、今後われわれは「中国大陸化」という不正確な言葉で腐敗を表現してはならない。


いわゆる香港本土主義者は、中国大陸の民主化支援と6・4天安門事件の記念を一律に「愛(中)国」から出発するものであると考え、「われわれは香港人であり中国大陸人ではない」ことを理由に「愛国」に反対している。しかし彼らの論拠はそもそも成り立たない。〔毎年6・4追悼集会を開催する〕香港市民支援愛国民主運動連合会〔以下、民主運動連合会〕はもちろん愛国の旗幟を鮮明にしているが、6・4記念活動の参加者すべてが愛国の二文字を断固掲げることに賛成しているとは限らない。また愛国を自認している参加者でもそれが唯一重要な動機であるとも限らない。より多くの参加者は素朴な人権と民主主義の精神から6・4記念活動に参加しているのである。もちろん、真の民主主義者は「愛国」という、良く解釈されるが実際にははっきりとせず、また専制支配者と右翼によって極限にまで濫用されるこの概念を極力使うべきではない。主流民主派はこのことについてあまりに総括が足りない。


しかし、いかなる民主派でも、もし民主運動連合会の愛国スローガンに不満があるのであれば、そこから分裂して、より鮮明な記念活動を行うことは可能である。ある一つの事柄が間違っているからといって、活動そのものさえも放棄してしまうような間抜けはいない。しかし「熱血時報」は後ろ向きの批判ばかりで、なんら積極的な提案をすることもしない。唯一の積極的なスローガンといえば「悲しみにさよならし、香港を守ろう」であろうか。問題は、なぜ「香港を守ろう」という立場では、6・4天安門事件を記念することができないのか、ということである。両者は必然的に対立するのか。この問いに対して、彼らは永遠にその道理をはっきりとさせることはできないだろう。


◆ 香港人という身分は必ず中国人という身分を排斥しないといけないのか?


近年、香港では一種の香港人優越感と香港人身分アイデンティティが見られる。それは香港の人権や法治が比較的良いことが要因としてある。だがいわゆる香港本土主義者はその裏返しとして中国大陸の人民を蔑視し、中国大陸の人すべてが専制支配の支持者だと考える。しかし彼らは故意につぎの事を忘れようとしている。それは、香港人がひろく民主主義に覚醒したのは、まさに中国大陸における89年民主化運動の賜物であったということである。89年民主化運動は敗北したが、それはまた香港人に対して民主主義の教育という貴重な役割をも果たした。それまでは政治に対する冷ややかな態度が香港全体を覆っていたのである。現在、中国大陸の人民を軽蔑する香港人がいるとすれば、それは忘恩負義のそしりを免れず、中国と香港の歴史的、民主的紐帯を断絶することを企てることに他ならない。香港人自身をみわたしても、政治的立場はさまざまであり、民主派もいれば強固な反民主派もいる。


だから、地域身分だけで敵と味方を決め付けるのは根本的に誤っている。民族や地域だけを基準に人間の上下を決めたり、民族や地域が他の一切の価値(民主主義、人権、公平性)を凌駕すると考える人間は、絶対に真の民主主義者ではなく、右翼、ひいてはファシストである。いわゆる香港本土主義者は「愛(中)国」を嘲笑するが、彼ら自身の「愛香港」という主張も、実のところ極端で狭隘な排外主義なのである。

世界には中国人だけではなく、少なくとも二種類の人間が存在する。専制支配者とプロレタリア民衆である。前者は民主主義を敵視し、後者は民主主義を必要とし、またその実現のために長年たたかっている。89年民主化運動は突如として天から降ってわいたわけではない。それは中国の労働者人民によるいく度かの民主的抵抗のピークであった。歴史的にみれば、中国大陸と香港の民主化運動はともに切磋琢磨してきた。現在はただ香港の特殊的条件によって一時的に先を進んでいるに過ぎない。夜郎自大になるのではなく、文化的な柔軟性を利用して中国大陸の民主化を促進させるべきである。もちろんわれわれは香港の特殊性を考慮に入れねばならないが、香港の自主自立意識を、香港と中国の人民が共同で民主化のために奮闘するという健全な方向に誘導しなければならない。


◆ 主流民主派も変わらなければならない


右翼的香港本土主義は「河川は井戸を侵さない(互いの領分を侵さない)」論〔主流民主派の主張で、河川は中国、井戸は香港を意味する。一国二制度の根拠でもある:訳注〕の変形バージョンに過ぎず、それはどれだけ中国共産党を批判していても、客観的には中国共産党を利することになっている。香港でも「互いの領分を侵さない」論への支持者は少なくない。なぜならそれによって中国政府から香港への干渉を回避できると考えるからである。しかしちょっと考えれば分かるように、実際には中国政府は日々、香港の大小さまざまな政策や法律に干渉しているのである。

今日、中国共産党が香港人による香港自治を尊重すると考えるのはあまりに楽観的過ぎる。香港人がどれだけ「極めて優秀な人種」(陳雲)であっても、香港人の民主的力量だけに依拠するのであれば、短期的には可能かもしれないが、長期的に同時に二つの政府(香港政府とそのボスである中国政府)に対抗することは不可能である。香港人には二つの道しかない。中国大陸の人民と共同で民主化のために奮闘するか、それとも座して奴隷となるかの道である。長期的には中間の道は存在しない。翻って、むやみやたらに中国大陸のプロレタリア民衆を排斥することは、香港の自治権を消滅させる近道なのである。


右翼的香港本土主義者は「中国大陸が民主化しないと香港の民主主義は守れない」という民主派の主張に対して、「香港人のことを無能だと見なしている証拠だ」と批判する。確かにこの民主派の主張は正確とはいえない。中国大陸の民主化を支持する友人たちは次のような別な言い方をするほうがいいだろう。「香港と中国の民主化運動は相互に促進しあおう。団結は一挙両得、分裂は互いを損ね合う」。


2013年5月29日


※訳注『香港ポリス論』とその批判はこちら
・香港のあり方をめぐる右翼と左翼:『香港ポリス論』批判
 http://monsoon.doorblog.jp/archives/53604248.html


中国:派閥闘争の後塵に現れる「中国の特色ある資本主義」における階級闘争~全人代が終わって

20120305

毎春の政治ショーと揶揄される中国の全国人民代表大会が、この一年の総括と向こう一年の政治方針が記された政治報告を了承して3月14日に閉幕した。党指導部トップの交代が行われる18回党大会を半年後に控えた全人代だけに国内外から注目された。

閉幕の翌日3月15日、中国内外に大きなニュースが伝えられた。秋の党大会で党指導部トップの政治局常任委員会入りに注目が集まっていた重慶市書記の薄煕来がその職を解任されたというニュースだ。

薄煕来は重慶市のトップである書記に就任していらい、汚職撲滅・都市開発・就業支援・革命歌唱和などを特徴とする「重慶モデル」を実践し注目を集めてきた。しかし薄煕来の腹心で「重慶モデル」の功臣とみられていた副市長の王立軍が、全人代の開幕直前の2月初め、アメリカ大使館に逃亡し、その後身柄を中国政府に拘束された。ボスである薄煕来からスケープゴートとして切り捨てられることに抗議したものとみられる。

参考:重慶モデルの破たん (2012年2月9日)

薄煕来に対してはその後、目立った処分もなく、北京で開かれた全人代に重慶市のトップとして参加し、記者からの質問にも「解任されるというのは根も葉もないうわさだ」と答えていた。

温家宝首相は全人代閉幕後の14日に記者会見を行った。重慶市の王立軍副市長の米国総領事館駆け込み騒動についての質問に次のように答えていた。「重慶市の政府と住民はこれまで改革に多大な努力を払い、目覚しい成果を収めてきた。しかし現在の党委員会と政府は今回の一件からしっかりと教訓をくみ取り、反省する必要がある。」

そして3月15日の薄煕来の更迭のニュースである。その背景には党内部の派閥闘争があることは間違いない。薄煕来は失脚した。だが「重慶モデル」は「目覚ましい成果を収めてきた」と評価されたままである。だがこの「重慶モデル」は、中国政府がすすめてきた国有企業の民営化や都市開発に伴う農地収用などによって労働者農民の既得権を徹底してたたきつぶした荒廃地のうえに打ち立てられた中国の特色ある資本主義のモデルの一つに他ならない。

去年、そして今年の全人代では黄奇帆市長は「この三年、土地収用を理由とした陳情が行われたことはない」と平然と言い放っている。だが昨年の全人代閉幕直後の4月1日には重慶の失地農民(土地収用などで農地を失った農民)ら1000人が黄奇帆・重慶市長の罷免要求を重慶市人民代表大会事務局に提出している。2010年1月には中央政府に陳情をおこなった失地農民が重慶市公安当局にひどい暴力的弾圧されるというニュースも伝えられている。

農民だけではない。1990年代末から2000年代にかけて中国全土で国有企業の改革と称する民営化が進められ、無数の労働者が街頭に投げ出された。なかでも重慶は重点的に攻撃を受けた地区と言われている。2000年代中頃からいくつもの闘争が伝えられている。04年には重慶3403工廠の労働者三千人が民営化反対の決議を上げた闘争をはじめ、05年には重慶嘉陵化工廠、重慶特殊鋼鉄工廠における反民営化闘争が伝えられている。

09年には重慶嘉陵グループのストライキ、重慶渝運グループの陳情闘争、10年には重慶〓江での過労死を発端にしたストライキ闘争などが伝えられている。(〓は基の字の「土」が「糸」)だがそのほとんどで闘争は厳しい状況を逆転させることができなかった。

こうして農民を農地から引き剥がし、労働者を工場から叩き出した跡地を利用して進められたのが「重慶モデル」の目玉といわれる廉価な公共住宅の建設である。2週間にわたる全人代の会期中、北京だけでなく全国各地で治安維持のためにありとあらゆる暴力装置が動員され、官僚と資本家の独裁に抗する民衆の抗議の声を封じ込めようとした。

しかし暴政に抗う民衆の怒りを押しとどめる続けることはできない。温家宝首相の記者会見での「重慶市…の党委員会と政府は…反省する必要がある」発言および薄煕来の更迭は、単に党内派閥闘争を反映しているだけでなく、官僚的に歪曲された形であるにしても農民の、労働者の怒りを反映したものである。

「重慶モデル」に社会主義の幻想を抱き「北京コンセンサス」に行き詰まる資本主義のオルタナティブを重ね合わせてきた一部の知識人の夢は儚くもはじけた。そこに現れた現実は、グローバル資本主義と独裁体制の業火に抗う階級闘争の地平である。その地平は国境を越えてグローバルにつながっている。(H)

【第四インター声明】シリア民衆革命に連帯を アサド体制を打倒せよ!

声明
シリア民衆革命に連帯を アサド体制を打倒せよ!

第四インターナショナル国際委員会
 
imagesCAWQS165 シリア民衆は、血まみれの腐敗した専制の弾圧の下で幾十年も生きてきた。息子のバッシャールが後を継いだ前独裁者ハフェズ・アル・アサドの家族の盾の下で、バース党が権力を独占してきた。

 アラブ地域の革命の始まりの後、この政権は革命のプロセスから逃れられるだろうと思った人もいるかもしれない。グローバル帝国主義とイスラエル国への抵抗という見せかけと、弾圧機構の強さがその理由である。

 しかし民衆の決起は、こうした信念を無価値なものにした。一年後の今、シリアの大衆は街頭に進出し、日常となった虐殺を前にしながら英雄的かつ平和的に地歩を固めてきた。権力によるこの弾圧は、一万人以上の死者、数万人におよぶ負傷者と行方不明者、拷問による死の危険にさらされながら拘留されている人々を作り出している。拷問と殺人のセンターとなった病院に、負傷者を運びこむことはできない。弾圧部隊は、すべての民衆的抵抗を粉砕するという決意をもって、全国、とりわけ犠牲の町となったホムスで、幾百もの住居や公共のビル、そして全地域を破壊してきた。

 ロシア、中国、イランの政府は、恥ずべきことにバッシャール・アル・アサドの側に立ち、プーチンはアサド政権への軍事的支援を保障している。しかし、それと並行した米国、欧州諸国、トルコ、カタールとサウジ王制の策謀に対して、第四インターナショナルはシリアへのあらゆる類の軍事的介入に反対することを確認する。そうした軍事介入は、ここに挙げた世界と地域の諸国の自己利益を強めることを目的にしたものであり、シリア民衆にとってはいっそうの破局的事態をもたらすことになる。

 決起したシリアの民衆は、その英雄的なプロセスの中で、自由と社会的公正という目的に向かって下部からの組織化を進め、行動を調整し、闘争の手段を発展させてきた。かれらは、シリアの政権と一部の湾岸諸国が進める、あらゆる宗派的分裂の策動を拒否してきた。

 恐るべき虐殺に直面しているシリア民衆は、闘いを持続している。全世界の民衆は、この血まみれの体制を最後的に解体する闘いへの連帯を、確認しなければならない。われわれは諸国政府の外交的策謀に、いかなる信頼も置かない。これまでシリア民衆の支援への訴えに余りにも小さな応答しかしてこなかった労働者運動、民主運動に、この連帯を真のものにすることがかかっている。シリアの左翼活動家勢力は、民衆の自己組織化の発展のために、政治的・社会的平等に基づく新しいシリアを可能にさせる、民主主義的で社会的で政教分離で反帝国主義的なオルタナティブのために、この蜂起に参加している。第四インターナショナルは、この闘いを支援するために可能なあらゆることを行う。

盗賊と人殺しの体制を打倒せよ!
バッシャールは出ていけ!
シリア民衆革命万歳!

二〇一二年二月二九日、アムステルダムにて

中国:重慶モデルの破たん

bo_wang
薄煕来(左)と王立軍

汚職・暴力団追放と共産党精神の高揚を掲げ、格差縮小にむけた経済成長を目指すといわれる「重慶モデル」の発祥地、重慶市の副市長兼公安局長の王立軍が、その職を解任され、数日後の2月8日、「療養」を理由に成都にあるアメリカ領事館に24時間「滞在」し、その後、身柄を国家安全局に拘束されるという事件が起こった。

「重慶モデル」は、今秋に予定されている18回党大会で、最高指導部である党中央政治局常務委員会入りを取り沙汰されていた重慶市共産党委員会書記の薄煕来が、前大会直後の2007年12月に商務部大臣から重慶市に転任して以来すすめられてきた政策で、新左派とよばれる民族左派の知識人らが「格差を広げてきたアメリカモデルに対抗する中国モデルの核心的政策」として絶賛してきたものだ。

今回拘束された王立軍は、08年6月に薄煕来がかつて省長を務めた遼寧省の錦州市公安局長から重慶市公安局副局長に抜てきされ、暴力団やそれとつながっていた警察内部の責任者などに大なたを振るった「打黒」(暴力団弾圧政策)の陣頭指揮者であった。「打黒」政策は「重慶モデル」の象徴的政策のひとつで、超法規的な弾圧をふくめて広く実施された。

王立軍によって2009年8月までに1500人の暴力団構成員と50人の汚職役人が逮捕された。逮捕者には重慶市の司法局長や高等裁判所副所長もふくまれる。司法局長の文強が処刑された2010年7月、薄煕来は勝利宣言を行い、王立軍はその最大の功労者と言われた。

その王立軍が今回アメリカ領事館に逃げ込んだ。2月9日、王立軍によるとされる2月3日付の「公開状」がインターネットを駆け巡った。

「薄煕来の『唱紅打黒』(革命を称え暴力団を取り締まる)政策は、政治局常務委員になるためのパフォーマンスである。……彼は私を含む部下にありとあらゆる事をやらせた。従わない者がいればすぐに卑劣な方法で処分した。……彼こそが最大の暴力団の親玉である。薄煕来は清廉潔白で売っているが、実際にはどん欲でいやらしく、親族に荒稼ぎさせ、それ驚くべき金額に上る……。」

薄煕来は中国東北部の遼寧省の省長在任中に国有企業のリストラという国策を強力に進めた。2002年3月、遼寧省の中堅都市の遼陽市にある遼陽鉄合金工場でリストラに抗議する労働者らが複数の工場と連帯してストライキを打った。だが「国家転覆罪」でスト指導者の姚福信が7年、肖雲良が4年の懲役という弾圧を受けた。

遼陽鉄合金労働者の闘争の敗北は、その後の国有企業の民営化をさらに促進した。グローバル資本主義の大国としてのし上がった中国は、労働者階級の犠牲の上に成立したといえる。遼陽鉄合金労働者に対する弾圧の最高責任者の一人であった薄煕来が進める「重慶モデル」が、格差縮小の経済成長や調和ある社会をめざすなど、冗談にもほどがある。

【参考】 ・2002年春の中国国有企業労働者のたたかい
      ・姚福信と肖雲良を釈放せよ

「重慶モデル」の冗談のなかでも極めつけは「唱紅歌」(共産党賛歌を歌う運動)である。「唱紅歌」運動を「文化大革命の復古主義」と評する論評もあるが、この運動が中国共産党90周年の2011年7月1日にむけた全国規模での愛党・愛国運動の牽引役となったことを考えると、グローバル資本主義化にともなう社会的動揺を、党への忠誠心と愛国心の発揚によって覆い隠そうとするきわめて現代的なものだといえるだろう。


建党90周年の前日に行われた重慶での「唱紅歌」大会

このような「重慶モデル」を高く評価したり、指導部の傾向の違いに希望を見出してきた民族左派知識人たちには、民主主義と労働者階級に対する徹底した自己批判が求められる。

今後、王立軍事件を巡るさまざまな報道や憶測が流されるだろう。2月中旬には習近平国家副主席の訪米が予定されている。習近平は今秋の党大会で引退予定の胡錦濤を継いで中国共産党中央委員会総書記という8000万党員のトップに就任すると言われている。指導部交代にともなう党内闘争についての報道や噂も絶えないだろう。

階級闘争は、どの時代でも支配体制内の権力闘争や外国からの干渉と無縁ではありえない。しかしそれは支配体制内の権力闘争の一方の側につくということではあり得ないし、外国からの干渉に無批判に便乗したり瞬間的に反発するということではない。

中国における民主主義の実現と労働者の解放をめざす勢力のたたかいは長く厳しい局面にある。資本のグローバル化と中国労働者階級の苦難に満ちたたたかいが、労働者の国境を超えた闘争をつなげるだろう。(H)

「重慶モデル」の実態については、こちらの現地ルポも参考になる

・日刊べリタ:中国経済開発・ある断面:高効率農業と農的生活のはざまで
 上 
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201202021153174
 中 http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201202051301010
 下 http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201202081154413

マルクス、中国版ツイッターの実名登録の義務化を批判する

higateMarx


【解説】報道・言論の自由が制限される中、中国の人々は「微博」(ウェイボー)と呼ばれる中国版のツイッターでさまざまな情報を発信している。すでに3億人を上回るユーザーがウェイボーを利用しており、政府批判なども盛んに行われている。昨年のアラブの春ではインターネットを通じた政府批判が政権打倒の一翼を担った。今秋に最高指導部の交代が予定される党大会を前に中国政府はバーチャル空間での言論にも神経を尖らせている。巨額の費用と人員を投入しインターネットへの監視を強めている。昨年末には北京、天津、上海、広州、深センの5市でウェイボーユーザーの実名登録の義務化を発表した。以下はマルクスの新聞の自由の主張を用いてこの政策を批判した空想インタビューの翻訳。原文はこちら http://www.yadian.cc/weekly/list.asp?id=109776 (H)


+ + + + +


マルクス、中国版ツイッターの実名登録の義務化を批判する
思寧


C&K通信社2011年12月20日(思寧 記者) 中国版ツイッターのミニブログ「微博」(ウェイボー)の実名登録を義務付ける《北京市ミニブログ発展管理に関する若干の規定》が発表され、インターネット各界では大変な話題になっています。今日はイギリス・ロンドンのハイゲート墓地でマルクス氏の亡霊に、ウェイボー実名登録義務化について伺います。


記者:マルクスさん、初めまして。C&K通信社の思寧と申します。北京の政府が2011年12月17日に発表したウェイボー実名登録の義務化についてのご意見をお伺いしたいと思います。


マルクス:ウェイボーとは何のことじゃ? わしが生きていたときには聞いたこともなかったがな。


記者:ウェイボー(微博)とはミニブログのことです。誰でもインターネットという通信手段を通じて140字以内の短い情報や自分の意見を発信することができる媒体です。あなたが活躍していた時代にもあった新聞を、いまでは誰でも手軽に出版できるようになった、といえば理解していただけるでしょうか。


マルクス:ほぉ、誰でも自分の新聞を発行できるのか。それはまことにすばらしい!報道出版の自由に関しては、当時わしは個々人の自由な発展を目標に掲げておったが、報道や出版の自由に関しては実現を果たしたということじゃな。で、そのウェイボーの実名登録の義務化とは?


記者:ウェイボーの実名登録義務化の規定によれば、政府が指定した機関に個人情報を申告して実名で登録しなければ、ウェイボーで文章を発表できない、というものです。


マルクス:ん? つまり匿名で政府批判をする文章は発表できないということかな?それではまるでわしが生きていた時代に、フランス政府が起草し、秩序党がより厳しく修正したブルジョアジーの出版法とまったく同じではないか。このブルジョア出版法では「新聞に発表する記事はすべて筆者の署名を必要とする」と規定していた。1850年、わしは『新ライン新聞 政治経済論評』に発表した論評でこのようなブルジョアジーの報道独裁イデオロギーを批判した。「新聞が匿名だった間、新聞は無数無名な世論の機関と見えた。だから、それは国家における第三の権力だった。ところが、各論説に署名がついたことで、新聞は多少とも有名な個人の寄稿の単なる寄せ集めに過ぎなくなってしまった。どの論説も広告に堕落した。それまでは、新聞は社会世論の通貨として流通していた。それが今ではかなり不確実な約束手形になってしまったのである。その信憑性と流通度は、振出人の信用だけでなく裏書人の信用にも左右されるからである。」(『フランスにおける階級闘争 1848年から1850年まで』)


記者:報道の匿名性が体現していた社会世論による監督権を主張されていたのですね。ですが北京の政府は、ウェイボーの実名登録の義務化政策はマルクス主義を防衛するためである、と言っているのです。

マルクス:ウェイボーの実名登録義務化はマルクス主義を防衛するためとな?


記者:ええそうなんです。中国の憲法ではマルクス主義を指導的な思想として規定しています。ウェイボー実名登録の義務化規定の第一条では、いかなる組織または個人であってもミニブログを違法に利用して憲法が規定する基本原則に違反する情報を製作、複製、発表、宣伝してはならないとしています。つまり、ウェイボーに流す情報は憲法で定められているマルクス主義の指導的思想に違反してはならないということなのです。


マルクス:マルクス主義に対する批判はまかりならんと? 君たちの中国共産党の毛沢東前主席はこういっているではないか。「わが国では、マルクス主義はすでに大多数の人から指導思想とみとめられているが、それなら、批判をくわえてはいけないのか、と。もちろん、批判してもよい。マルクス主義は科学的真理であり、批判をおそれない。マルクス主義が批判をおそれたり、批判によってたおされたりするようなら、マルクス主義はなんの役にも立ちはしない。」(『人民内部の矛盾を正しく処理する問題について』より) 実名登録の義務化規定の第一条からして、毛沢東思想にも一致していないではないか。(※訳注)


記者:ではマルクス主義にも一致していないと?


マルクス:わしの新聞の自由に関する観念は明確じゃよ。新聞の匿名とは、社会世論の監督権を行使する手段だということじゃ。わが友エンゲルスもこう言っておる。「なんびとも、あらかじめ政府の承認をえずに、自由に自分の意見を発表することができるという権利--すなわち出版の自由である。」(『イギリスの状態 イギリスの憲法』より) ウェイボーの実名登録の義務化は、わしやエンゲルスの新聞の自由に関する概念からも逸脱している。それは「憲法が規定する基本原則」すなわちマルクス主義に反しているのではないだろうか?


記者:なるほど、ウェイボーの実名義務化の規定は、それ自身の第一条にさえ反する禁令なのですね。


マルクス:そうじゃ。もし北京の政府がウェイボーの実名義務化の政策がマルクス主義だというのなら、わしは彼らにこういうしかないの。「私が知っているのは、ただ、私は決してマルクス主義者ではないということだ。」(「エンゲルスからコンラート・シュミットへの手紙 1890年8月5日」より)


※訳注:毛沢東はこのように述べて中国共産党への批判を奨励する「百花斉放百家争鳴」を始めたが、批判が余りに大きかったことからすぐに批判を封じる「反右派闘争」という名の粛清を展開することになる。


1989年の「北京の春」と労働者の闘争

25la6p6
1989年春 天安門広場前の労働者の応援部隊 


6月4日、「北京の春」と呼ばれた巨大な民主化運動に対する血の弾圧である「六・四 天安門事件」から22年目を迎える。中国では、自由主義派知識人や人権弁護士、芸術家やジャーナリストなど、民主化を求める人々への弾圧はさらに厳しさを増している。チベット、ウィグル、そして内モンゴルなど民族自治区域でも民族の尊厳や自治を求める動きに対する厳しい弾圧が行われている。22年前の「北京の春」に対する名誉回復を求める動きは中国内外でも活発であり、5月29日には香港で2000人が民主化を要求するデモに参加し、6月4日には大きな集会が行われる。

 

「1989年 北京の春」については学生や知識人の運動であるかのような紹介も見られる。しかし民主化運動の高揚とともに労働者民主主義を求める労働者の全国的な組織化の萌芽が見られたこと、そして「天安門事件」後には、労働者がもっとも厳しい弾圧を受けたことは、記憶されておくべきだろう。労働者に対する徹底した弾圧があってはじめて、「天安門事件」後の20年に及ぶ資本主義化政策を強力に推し進めることができたのである。


以下に紹介するのは、香港を拠点にして中国労働者の動きを伝える「労工世界網」が昨年出版した「現代中国労働者の民主化闘争 1989~2009」というパンフレットからの抜粋である。同パンフレットは「北京の春」における労働者の闘争と、「天安門事件」後に進められた国有企業改革における労働者の抵抗を紹介している。

 


『現代中国労働者の民主化闘争 1989~2009』

 區龍宇、白瑞雪 共著 労工世界網

・まえがき

・社会の「主人」から被雇用者への没落

・一九八九年の社会的状況★

・民主化運動に参加した労働者階級★

・反民営化闘争

・官製労組を労働者のための労組に変えた:鄭州製紙工場労働者の闘い(2000年)

・工場を跨いだ連合:遼陽鉄合金工場労働者の闘い(2002年)

・独立した組織を:大慶油田の闘い(2002年)

・社会主義思想は死なず:重慶3043工場労働者の闘い(2004年)

・国有企業の労働者は減少したが、潜在力は依然として強力である

・農民工たちの抵抗

・結び

今回紹介するのは★印の二章。小見出しは適宜、訳者が入れた。(H)

 


続きを読む
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

「最新トラックバック」は提供を終了しました。
  • ライブドアブログ