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【解説】 1997年7月の香港返還以降、政治・経済における中国政府の影響力が増していることに香港市民は常に敏感に反応してきた。近年では2003年に締結され、その後何度も拡大緩和されてきた中国・香港間の経済連携協定によって、モノやサービスの貿易だけでなく、大陸からの香港への個人旅行の解禁などを含む人の移動が香港社会にさまざまな影響を及ぼしている。最近では中国からの投機マネーによる香港不動産のバブルにともなう物価上昇、香港で出生した子には香港の永住権が取得できるという最高裁の判決によって多数の中国人妊産婦が香港に押し寄せるなど、香港では「嫌中」デマゴギーが社会に広まりつつある。香港嶺南大学の陳雲が昨年11月に出版した『香港ポリス論』では、このような「嫌中」世論に便乗する形で、香港の自治権の更なる拡大を訴えた。中国の民主化ではなく、中国から独立したポリス(ギリシャ語の都市国家)としての香港を目指すことで香港の自治権を守ること訴えた『香港ポリス論』は香港市民にも一定程度浸透している。以下は香港の左翼アクティビストのネットワーク「左翼21」が1月29日に主催した青年キャンプでの発言をもとに書かれた報告。香港・先駆社のウェブサイトより訳出した。小見出しは訳者がつけた。(H)



香港のあり方をめぐる右翼と左翼:『香港ポリス論』批判

区龍宇

◎ 意識的な排外主義には意識的に対抗すべし

孔慶東(訳注:北京大学の教授、悪口で知られる)が「一部の」香港人は(殖民主義者の)イヌだ、と口汚く罵った事件をはじめ、その他一連の事件は、中国と香港のインターネット上で熾烈な議論に発展した。同地域の人間すべてが悪人であるかのような考えには当然のごとく反対である。「香港人はイヌだ」であろうと「中国人こそイナゴだ」であろうと(訳注:先の孔慶東の発言に対して、香港のインターネット上では、大陸から香港にやってくるパワフルな中国人らを揶揄したこのような応酬があった)、あるいは陳雲のように、中国大陸の人々はすべて「全体主義政府を信奉している」とか中国からの新移民はすべて「中国共産党思想に汚染された人」(原注1)という考えはすべて、事実無根あるいは科学的根拠のない主張であり、純粋な差別思想に他ならない。

だが庶民が一時的にそういった感情を持ったとしても、持続はしないし、その影響もそう深刻なものにはならない。そのような考えに対しては批判すべきだが、厳しく批判するほどのことでもないだろう。われわれは、そのような主張をする庶民に対しては、批判すべきは不当な行為そのものに対してであり、人そのものへの批判をすべきではないし、ましてやその地域すべての人をひとまとめに考えるべきでない、と指摘すればいいだけである。


しかし陳雲のように意識的、そして綱領的に中国からの新移民を排斥する主張に対しては異なる対応が必要である。彼は「中国の人間は公民・民主主義の意識に欠ける」から「中国が急速に民主化すれば、ファシスト軍国主義に突入する可能性があり、香港を蹂躙し絞め殺すかもしれない」(原注2)と考えている。このような差別的な考えが、「香港の自治権擁護」という外套に包まれて主張されているのである。だからこそとりわけ真剣に向き合わなければならないのである。


◎ すべての中国人が全体主義の政府を信奉している?


陳雲はすべての中国人が「全体主義の政府を信奉している」と主張しているが、まずこれが事実ではない。この様な主張に対しては、中国共産党の独裁に対して中国では誰も抵抗したことはないのか、民主主義のために闘ってきた人はいないのか、と問いたださなければならない。

もしそういう事例があるのであれば、民主主義を求める闘いが勝利したか否かに関わらず、陳雲の主張の前提が根本的に誤っていることが証明される。陳雲は1989年の壮烈な民主化運動を完全に忘れている。自分自身も積極的に支持していたにも関わらず、である。269頁に及ぶ彼の著書のなかで、89年民主化運動に言及した箇所はほとんどないが、それは偶然ではなく、意図的に歴史を無視しているからだろう。


中国人はすべて「全体主義の政府を信奉している」とさげすんでいるこの著書に果たしてどれほどの学術的あるいは政治的価値があるのかは推して知るべしである。89年民主化運動が敗北してから現在までの20年間、民主化を求める声は押さえつけられてはきたが、それは大敗北の後の消沈状態なのであって、中国の民衆が本質的に民主化を追求しなくなったということでは全くない。(原注3)

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