虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

東電解体

【報告】4.27 「緊急院内集会 福島原発事故に関する公開質疑~事態の見通しと対応策~」

kokkai 政府側は事故を収束させる展望を持ちえていない
 
 四月二七日、衆院第一議員会館で「緊急院内集会 福島原発事故に関する公開質疑~事態の見通しと対応策」が開催された。主催は超党派の国会議員有志(呼びかけ議員:石田三示衆院議員[民主党]、稲見哲男衆院議員[民主党]、服部良一衆院議員[彩民党]、山崎誠衆院議員[民主党]、川田龍平参院議員[みんなの党]、平山誠参院議員[民主党])。

 反原発運動団体、反戦運動、労働運動、市民運動・社会運動グループやNGO組織が広範に集まった「福島原発事故緊急会議」が全面的に協力し、環境NGOや国際協力NGOらによって作られた「脱原発・新しいエネルギー政策を実現する会(eシフト)」も賛同団体となった。

 「福島原発事故緊急会議」の討論の中で準備されたこの日の院内集会の目標は、「超党派の国会議員と市民が共同し、政府の対策本部、原子力安全委員会、原子力安全・保安院に対し、情報の完全公開を求め、原発危機がさらに悪化する可能性と、その場合の避難対策について問いただす公開討論の場を設ける」(呼びかけ文より)ことにあった。

 そのために「海外への提供情報」「原子力発電所の現状について、各号機ごとに、温度、圧力、水位など事故発生当時からの現在までの時系列データ」「放出放射能について」「事故拡大の防止対策」などの資料提出を求めた。また福島原発の現状について水素爆発・水蒸気爆発の可能性、装荷燃料や使用済核燃料貯蔵プール内の燃料の再臨界の可能性、圧力容器。格納容器の破損の可能性、そして「大規模な爆発や再臨界のなど最悪の事態を想定した避難計画」がどのように立てられているかについての質問書を事前に原子力災害対策本部長、原子力安全委員長、原子力安全・保安院長あてに提出した。



 四月二七日の院内集会には平日(水曜日)の午後一時という時間帯にもかかわらず二五〇人が参加し、主催者側が用意した資料が足りなくなった。国会議員の参加者は当日、福島に出向いたたため参加できなくなった稲見議員を除く呼びかけ議員の全員、さらに福島みずほ社民党党首、柳田和己、永江孝子、石橋通宏、篠原孝、杉本和己、京野きみこ、平山泰朗(いずれも民主党)の各議員が参加した。専門的知識を持つ脱原発派のアドバイザーとして、槌田敦さん(元名城大教授)、山崎久隆さん(たんぽぽ舎)、崎山比早子さん(高木学校)、澤井正子さん(原子力資料情報室)が参加した。

 政府側からの参加者は前川之則(経産省原子力安全保安院原子力防災課長)、氏原拓(経産省安全保安院原子力発電安全審査課課長補佐)、田辺国治(原子力安全委員会原子力被災者生活支援チーム)ほか一人の計四人。

 しかしあらかじめ政府側に求めていた資料の提出が当日の午前中にようやく届くなど、その対応はきわめて不十分なものであり、とうてい主催者側の要請に応える姿勢ではなかった。また提出していた質問への回答についても「わからない」という回答がめだった。しかし「さらなる水素爆発・水蒸気爆発」あるいは「再臨界」の可能性についても「その可能性はきわめて少ない」と言いながら、完全には否定できないという対応であり、要は政府・安全保安院、原子力安全委員会としても福島第一原発1~4号基の事故収束の展望について確実なことが言えないという現実が明らかになったというべきだろう。

 さらに今回の院内集会で問いただす主要目的だった事故のいっそうの拡大に際しての住民避難対策についても、十分な回答を準備できていないことも示された。この点と関連して、原子力災害対策本部が福島県の学校での被曝基準を年間二〇ミリシーベルトとしたことについて、原子力安全委員会が助言を行っていたこと、大人と子どもの基準を区別しないことについては国際原子力委員会(IAEA)や国際放射線防護委員会(ICRP)も大人と子どもを分けていないとして正当化したことに批判が集中した。アドバイザーの崎山比早子さんは、こうした回答に対して「本来被告席に座る人たちが、ベクレルの基準を押し付けることがおかしい」と厳しく批判した。

 また海洋への放射能汚染については原子力安全・保安院では把握していないことも明らかにされた。今後、さらに政府側の真摯な対応と対策を明らかにさせるための院内集会を持つことを主催者側は準備している。

(K)

原発のない世界を求めるのなら、資本主義システムに挑戦しなければならない ―園良太さんとのインタビュー

tepco protest(東電前アクション 右端が園良太さん)

  以下のインタビューは、仏NPA(反資本主義新党)の週刊機関紙「トゥテタ・ヌー」の依頼で、三月一八日以後東京電力の責任を追及する「東電前アクション」を呼びかけてきた園良太さん(フリーター全般労組組合員、沖縄を踏みにじるな!緊急アクション)に対して、「かけはし」編集部の国富建治が4月23日の東電アクションの後に「たんぽぽ舎」で行ったもの。このインタビューは「トゥテタ・ヌー」とともに「インターナショナルビューポイント」四月号のサイトにも掲載されている。(K)


 
International Viewpoint

  • Tout est a nous!(NPA)

  • 「TEPCO(東京電力)は、チェルノブイリのような原発事故は日本では起こり得ない。日本の原子力技術は傑出したものだからだ、と説明してきました」と園良太は語った。彼は29歳、ラディカルな平和運動活動家でフリーター全般労組の組合員でもある。3月11日の巨大地震と津波により福島の原発惨事が起きて以来、東電本社前の抗議行動を呼びかけた彼のイニシアティブは、とりわけ若い世代の間に大きな共感を引き起こした。(「インターナショナル・ビューポイント」編集部によるまえがき)


    ――東電への直接の抗議行動を呼びかけた動機は、おもにどういうものだったのでしょうか。


     震災・津波の翌日、一部の反原発グループが東京の東電ビル前で抗議行動を組織しましたが、そこに集まった活動家は20人足らずでした。それ以後一週間にわたり東電前の抗議行動を呼びかけるイニシアティブは見られませんでした。その間、大衆的な不安と怒りを「鎮静化」させるとともに、最悪の被害から回復するために「日本は団結しよう」といったたぐいのナショナリスト的心情をかきたてる一連の大規模なメディア・キャンペーンが行われていました。民主党政権と支配階級は、日本の歴代政権が追求してきた原子力開発政策を批判する民衆の声を封じ込めようとしたのです。


      私は、こうした惨事を引き起こした東電の責任を直接的に糾弾すべきだと考えました。東電は「チェルノブイリのような原発事故は日本では起こり得ない。日本の原子力技術は傑出したものだからだ」と説明してきたのです。私は東電がその責任を逃れようとするのを許すことができませんでした。  


    ――東電本社前での直接抗議行動の呼びかけへの人びとの反応はどうでしたか。


     私が呼びかけを始めてから最初の一週間ぐらいは、私と一緒に東電前に毎夕集まる人の数は十人程度でした。しかし人びとは、東電側が福島原発で本当に起きている企業にとって不都合な事実を隠していることをますます知るようになりました。人びとは、自分たちが東電に騙されてきたことをはっきり理解するようになったのです。


     破滅的震災の二週間後には、数百人の人びとが東電前の私たちの行動に加わり、「原発はいらない!」と叫んで東電に抗議するようになりました。かれらは、原発を止めるよう求める民衆の行動がなければ、悲惨な原発事故がさらに起こると考えています。なにせ日本には54基もの原発があり、その多くは地震と津波による被害を受けやすい海岸地帯に位置しているのですから。


     多くの海外メディアが私たちの行動を報告しましたが、日本のメディアは報道しませんでした。私は、日本の大新聞やTV局の多くは、大企業や政府に支配されているのだと思います。


    ――私は、あなたたちの東電への抗議行動は、若い世代の原発反対のデモへの参加を確実に刺激したと思います。


     私は4月10日に東京西部の高円寺で行われた反原発デモに参加しました。そこには1万5千人が参加しましたが、その多くは若者でした。


     参加者の多くにとっては、それはあらゆるデモというものへの初めての参加体験でした。私はいつもこうした大電力資本と政府が引き起こした犯罪的な人道的惨劇に抗議して、自ら決起するよう若者たちに強調してきました。多くの参加者たちはツイッターのような新しい社会的ネットワークを通じて、このデモを知りました。


     いま私たちは、6月11日に日本中で「原発反対100万人アクション」を行うプランをたてています。その日は地震・津波・原発惨事が起きてからちょうど三カ月後にあたります。


     もちろん私たちは原発を止め、三重の惨害――地震、津波、原発事故――の被災者に対して、東電と政府がかれらの責任において全面的補償をするよう求める全国的ネットワークを作りたいと思います。しかし私は、私たちの抗議はそうした要求を超えて進むべきだと思います。


     フクシマの後でも、日本政府と資本家たちは原発開発構想を放棄していません。かれらは依然として原発輸出を拡大しようとしています。私はそれはシステムの問題、つまり資本主義システムの問題だと思います。


     原発のない世界を求めようとするのなら、私たちは資本主義システムに挑戦しなければなりません。

    【報告】チェルノブイリ25年デモ(芝公園)に4500人

    4242 4月24日、東京・芝公園で「チェルノブイリ原発事故から25年 くり返すな! 原発震災 つくろう! 脱原発社会」の集会が原発とめよう!東京ネットワークの主催で開かれ、4500人が集まった。

     司会の伴英幸さん(原子力資料情報室)が「本日の集会とデモは一日も早く原発を止め、脱原発の社会を実現するために開催した。福島第一原発1~4号機が爆発し、放射能を撒き散らしている。東京でも通常の二〇倍に達している。福島原発は今なお危うい状況にある。原子炉を冷却し続けないとダメだがその能力を確保しているとは言いがたい。冷却水は蒸発したり漏れたりしている。この段階で大きな余震が起きて冷却機能が失われればよりいっそう大きな事故につながる可能性もある」と警告した。

     次にチェルノブイリ事故の被災者であり、汚染地帯で活動する社会団体「ラジーミチ」のパーヴェル・ヴドヴィチェンコさんが次のような報告を行った。



     「チェルノブイリと福島は共通性がある。福島原発事故に耐え忍んでいることに驚嘆しているし、同情している。1986年以前の地方を思い出す。そこは清らかに散歩ができ、野菜を食べていた。そうした以外の生活が来るとは思いもよらなかった。私は180キロメートル離れた所に住んでいたが多くの物を奪った。孫たちは新鮮なミルクを飲むことができない。肉や魚を買うことが出来ない。汚染のない物を買うために200キロメートルも車で行くしかない。医者の検診を恐れる。被曝が分かると恐ろしいからだ。こうした事態が何十年も続くだろう。孫やひ孫の世代にも続く。悲しい十字架を背負っているようだ。チェルノブイリと福島を永遠の警告として残して下さい。核の災いがやってくるのを許さないで下さい」。




     続いて福島現地報告が行われた。最初に、大熊町住民の大賀あや子さんが「福島第一原発が創業から40年ということで、廃炉アクションを昨年から組織して廃炉を実現するようにさまざまな行動を準備してきた。3月11日の地震で電気がすべてストップした。そのためラジオで原発がストップしたことをようやく知り、なんとかつながった携帯電話で非常用ディーゼルが全部止まったことを知った。どうしようもなく逃げるしかなかった。そして爆発があり、原発事故はますますひどくなっていった。20キロ避難、30キロ退避の指示が出され、住民は宙ぶらりんにされた。私は二週間かけて東京に来た。今は廃炉アクションの緊急声明を出したり、福島の運動のサポートをしている」と悔しさをにじませながら語った。

     福島復興会議の中手聖一さんは「私は飯舘村にいた。福島の七六%の土地が危険な状態で、そこに住む160万人が放置されている。約30万人の子どもがいる。そこは汚染管理区域と同じ放射線のレベルだ。子どもたちを助けるのか見殺しにするのか、が問われている。文科省は子どもたちを移動させなくてよいという決定を下した。この決定をなんとしても撤回させようと一晩悩んだ。自分は福島でやれることをやると決めた。首都圏の皆さん、力を合わせて子どもたちを守ってほしい」と訴えた。

     福島の老朽原発を考える会の阪上武さんは「政府は年間20シーベルトという高い放射能を押しつけようとしている。この線量は18歳以下の労働が禁じられている線量の六倍だ。これは労災の認定線量でもある。三春町では校庭での活動を控えていた。国は子どもたちを外に出してよいとした。こんなひどい国のやり方を撤回させなければならない。私たちは国会内で国と交渉を継続している。ネット署名を行っている」と報告した。

     たんぽぽ舎の山崎隆久さんが福島の低レベル線量被曝はイラクの劣化ウラン弾、広島の被爆と同じだと指摘し、4月26日、5月1日、東電抗議・申し入れ行動、4月27日の緊急院内集会の行動への参加を呼びかけた。プルトニウムなんていらないよ!東京の高木章次さんが「浜岡原発では福島原発事故を受けて、砂丘と原発の間に一二メートルの防波壁を二、三年かけて作ると発表した。直下型大地震が起きるとされる原発の真上に立つ浜岡原発が大事故を起こせば日本は終わりだ。すぐに三基を運転停止しろ。中部電力は夏のピーク時に三基止めても80万kw余ると発表している。また中越地震で被害を起こした柏崎・刈羽原発も止めろ。東電は17基すべての原発を止めろ」と力強く訴えた。

    4241 最後に集会決議を採択し、東京電力前を通り、日比谷公園に向けたデモを行った。集会が終わるころにもデモ参加者が訪れていた。デモには子ども連れや外国人、労働組合、市民団体、若者から高齢者までさまざまな人たちが参加した。東電前では「原発を止めろ、福島原発震災の責任をとれ」とシュプレヒコールをくり返して東電の責任を厳しく追及した。次は5月27日(金)、午後六時から集会とデモが日比谷野外音楽堂で予定されている。参加を。(M)

    【案内】≪チェルノブイリ原発事故から25年≫くり返すな! 原発震災 つくろう! 脱原発社会 4.24集会&デモ

    【転載・転送歓迎】
    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

       チェルノブイリ原発事故から25年
         くり返すな! 原発震災
         つくろう! 脱原発社会
           4.24集会&デモ

    ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

    ◎日時:4月24日(日)集合14:00 集会14:30 デモ出発15:30

    ◎場所:東京・芝公園23号地(東京タワー下・地下鉄三田線「御成門駅」5分)
     地図:http://www.tokyotower.co.jp/333/09_access/index_02.html

    ※文京区民センターから変更となりました。

    ◎デモコース:経産省別館前→中部電力東京支社前→東電本社前→銀座数寄屋橋交差点(ソニービル前)→東京駅前→常盤橋公園で流れ解散(東京駅先)

    ※雨天決行 参加費無料

    ◎内容

    海外ゲスト…ロシアから パーベル・ヴドヴィチェンコさん

    福島の現状報告 澤井正子さん(原子力資料情報室)
    福島現地報告  大賀あや子さん(大熊町住民)

    ★どなたでも参加できます。プラカードや横断幕、楽器などいろいろ工夫して参加してください。

    ◎主催:原発とめよう!東京ネットワーク

    ▽連絡先:プルトニウムなんていらないよ!東京03-5225-7213(AIR内)/大地を守る会03-3402-8841/原子力資料情報室03-3357-3800/日本消費者連盟03-5155-4765/たんぽぽ舎03-3238-9035▽住所:〒169-0051東京都新宿区西早稲田1-9-19-207日本消費者連盟気付

     郵便振替口座:「原発とめよう!東京ネットワーク」00170-0-159426

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    【報告】 4.10 「浜岡原発すぐ止めて!市民集会とデモ」に2500人

    410 4月10日、東京港区の芝公園で「浜岡原発すぐ止めて! 市民集会とデモ」が開催された。主催は浜岡原発すぐ止めて!実行委員会。

     東日本大震災によって深刻極まる原発災害が引き起こされてから1カ月、被害がさらに拡大し、多くの住民が避難を余儀なくされ、放射能汚染が人びとの健康・生活・生命を脅かすものであることが衝撃的に明らかにされた。それは原発建設をウソとごまかし、脅しによって進めてきた歴代政府、東電などの電力企業、御用学者。マスコミなどの犯罪性が人びとに明らかにされていく過程でもあった。

     この日の集会・デモは3月27日のデモを倍する2500人が参加し、政府や東電の責任を厳しく追及した。
     
     東海地震の震源域の真上に位置する静岡県御前崎市の浜岡原発は、東関東大地震によって、今も制御不能による「チェルノブイリ」に匹敵する危機が進行している福島第一原発と同様の、あるいはそれ以上の危険性が指摘されている。2007年9月には約1000年に一度の周期でマグニチュード9の超巨大地震が発生していることが学術調査で確認されている。しかし中部電力の計算はM8・5以上の地震は起こり得ないという想定に基づいている。

    東海地震、東南海地震、南海地震の三連動型地震の可能性も指摘する中で。もし東海地震が起きた場合、津波による原子炉破壊、放射能飛散による被害は福島第一原発事故よりもさらに大きなものになると警告されている。集会では、浜岡原発の即時停止、原発によらないエネルギー政策への転換が強く訴えられ、さらに東日本大震災被災者への支援が呼びかけられた。ドイツ文学翻訳家の池田香代子さんとともに菜の花を手に登壇した、大学に入ったばかりの若者も同級生とともに原発を今すぐやめさせよう、と行動している、と語った。
     
    410 2デモは、経済産業省、中部電力東京支社前、東電本社前で「原発やめろ!」の声を上げ、歴代政府、電力企業の原発推進政策を厳しく糾弾した。4月24日にはチェルノブイリ原発事故二五年にあたって「くり返すな!原発事故 つくろう!脱原発社会」集会とデモが、同じ芝公園23号地で開催される、さらにこの日を倍する結集をかちとろう!(K)












     なおこの日、東京・高円寺で行われた反原発デモには、若者たちを先頭に15000人が大結集し、高円寺の町が反原発の声によって席巻される画期的な闘いとなった。




    福島が示したこと―原発は核の破局を意味する

    fukushima errorインターナショナル・ビューポイント オンライン・マガジン: IV434 - March 2011


    福島が示したこと―原発は核の破局を意味する

    http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2027

    ダニエロ・タヌロ

     起こったことは完全に予測可能だった。それはいまだもう一つの核の大「事故」のレベルである。この文章を書いている時点では、福島がチェルノブイリに類似した惨事の局面に入っているかどうかは定かではないが、悲しいことにそうした方向に展開しているように見える。しかしそれが大惨事に発展するかいなかにかかわらず、われわれは、再びテクノロジーが100%安全であることなどありえないという証拠に直面しているのだ。


    その危険は恐るべきものであるので、結論は明白だ。核エネルギーを放棄すること、しかもできるだけ速やかに放棄することが緊急の課題なのだ。ここに書くことは、福島の教訓についての最初の学習である。それは終わりなき成長という資本主義モデルへのオルナタティブに関する真に社会的な討論を必要とする、きわめて根本的な社会的・政治的問題を提起している。

    危険なテクノロジー

     1957年のウインドスケール(訳注:1957年10月10日に、英国ウインドスケールのプトニウム1号炉で起きた放射性物質大量排出事故)、一九七九年のスリーマイル島、1986年のチェルノブイリ、1999年の東海村、そして現在の福島。原子力発電の事故のリストは拡大し続けている。違った道に進むことなどありえないし、なぜそうなったのかを理解するには核物理学博士になる必要などない。

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    【報告】3.27反原発緊急デモに1200人の結集

     3月27日、東京・銀座で反原発デモが開催された。この日のデモは首都圏の反原発市民団体が呼びかける「再処理とめたい!首都圏市民のつどい」が主催したもの。首都圏では3月11日以後で最も規模の大きい行動となった。デモ出発地点の水谷橋公園にはのぼり、横断幕などを持った市民が続々と結集し狭い公園敷地から路上にあふれた。午後二時にデモが出発してからも参加者が詰めかけ、デモの列は1200人に膨れ上がった。


     
     数寄屋橋交差点を通り、内幸町の東京電力本社前ではデモ隊が立ち止り、「東電はウソをつくな」「責任を取れ」「被曝労働をさせるな」などの怒りの声が渦巻いた。

     デモ解散地点の日比谷公園内ではたんぽぽ舎の柳田真さんの司会で、集会が行われた。最初に今回の地震・津波で亡くなった人びとを追悼しで黙祷した後、最初に福島第一原発の立地自治体である大熊町の住民で避難先の栃木県から参加した方が発言。避難を強制され、郷土を奪われた現地の住民の怒りを語った。たんぽぽ舎副代表の山崎久隆さんは、政府・東電とも、柏崎刈羽を襲った地震のレベルでも福島第一原発は耐えられないことを知っていた、と語り「想定外」というウソを暴きだした。山崎さんは、今すぐやらなければならないこととして今動いている原発をただちに止めること、とりわけ浜岡原発を止めなければならない、と怒りを込めて訴えた。

     続いて福島老朽原発を考える会の坂上さんは、放射能汚染が広がっていること、チェルノブイリの強制移住地の六倍のセシウム137が検出されていることをお指摘し、食品汚染の基準を緩和しようとしている政府の策動を批判した。さらに脱原発東電株主運動の木村結さん、東電前での抗議活動を続けてきた「新宿ど真ん中デモ」の園良太さん、ふぇみん婦人民主クラブの山口さん、浜岡原発停止を政府に求める意見書を市議会で採択させた清瀬市議の布施さん、プトニウムなんていらないよ!東京の高木章次さん、原発核燃とめよう会、ストップ原発・核燃意見広告の会、ピースアンドピースの斎藤美智子さん、映像作家の荒川さん、チェルノブイリこども基金、と発言が続いた。

     発言の中では、マスメデイア、御用学者の「安全」宣伝に怒りが集中した。

     地震・津波・原発災害被災者への支援活動に全力をあげるとともに、浜岡をはじめとする稼働中の原発の即時停止を勝ち取り、脱原発社会へ大きく舵を取ろう。(K)


    ▲"FUKUSHIMAは警告する"
    3月25日、ドイツ各地で反原発同時行動 警察発表で25万人の結集
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