虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

反貧困

【報告】10月20日、竪川で芋煮会

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 10月20日(土)竪川河川敷公園で芋煮会がおこなわれ、40人ほどの人々が集まった。

 この芋煮会はこの数年、江東区による竪川の野宿者排除が激しさを増して以降、毎年秋に行われてきた。今回で3回目。


 竪川では09年より始まった公園改修工事に伴い、野宿者の排除が行われてきた。特に昨年暮れから今年始めにかけておこなわれた行政代執行では代執行の指定地域外へ引っ越した仲間に対しては不当不法な暴力が行われ、引っ越しを予定しながらも残っていた1名の仲間に対しては、行政代執行が行われ、体調を崩したその仲間を救急車で他区の病院に運んだ後、路上に放置した。

 その後、江東区は公園を封鎖し、「野宿者が占拠しているため公園が使えなくなっている」などというデマ宣伝を行ってきたが、効果が無いと見ると、話し合いに応じてきた。

 これまで江東区との話し合いは3回を数え、地道に行われてきたが、4回目の話し合いの日程を調整中に突然、江東区が話し合いの打ち切りを、通告してきた。

 そして10月11日、テントの仲間たちに、「弁明機会付与通知書」が配布された。これは行政代執行を行うにあたり、弁明の機会を与えるという形式的なもの、この配布により、江東区が竪川の仲間に対して2回目の行政代執行を行うつもりである事が判明する。1年間に同じ場所に2回も代執行を行うとは前代未聞である。

 この事を知って、芋煮会には多くの仲間が参加した。みんなで野菜を切り準備した芋煮を食べながら、参加者が発言。経産省前テントからの仲間や、渋谷のじれん、竪川弾圧救援会、国土交通省による排除と闘う荒川の仲間、などが江東区の非道を多くの人々に伝え、仲間のテントを守るための大きな陣形を作っていこうと話し合った。

 後片付けを終えお開きとなった後、仲間のテント一部の引っ越しが行われた。引っ越し先は「副堤」、竪川河川敷公園は元々河川を暗渠にして、その上に公園が作られている。かつて河川であった時には堤防の外に避難路として幅3メートルほどの土地が確保されていた、それが副堤である。今は避難路の必要性が無くなったため、隣接する民家や企業が、物置をおいたり、植木をおいたり、中には家を増築していたりする。所有は都で、江東区が管理している。今回の代執行の対象地からは外れている。

 竪川の仲間たちは、強制排除ではなく、あくまで話し合いでの解決を望んでいる。そのために、対象地からの引っ越しを選択したのだが、江東区はあくまで強制排除を敢行する構えである。

 25日には公園内に残ったテントに対しての除却命令に職員40名、公安警察5名という陣容でやってきた。除却命令の期日は10月31日、この日までに出て行かないと、「代執行令書」が出され、行政代執行が行われる。

 幅堤に引っ越した小屋には警告書を貼っていった。11月1日までに撤去しろという内容だ。なぜ警告書を貼るのか?どういう事なのか?と聞くと、「河川法に基づく監督行為である」と江東区土木部、それではそれ以外の地域住民による「利用」に対してはなぜ「監督行為」を行わないのか?。

 竪川現地は今、きわめて緊迫した状況におかれているが、同時に野宿の仲間に心を寄せ共に闘おうという仲間の輪も広がりつつある。

 11月7日には江東区役所へ向けてのデモも予定されている。多くの仲間の結集を。(板)

 

 

 


江東区による竪川河川敷公園の野宿の小屋に対する2度目の行政代執行を許さない 

11.7 江東区役所包囲デモ 
午前11時 東陽町公園集合(東西線東陽町下車)、 11時半 集会、 12時デモ出発

報告:10.13-14 IMF・世界銀行東京総会への対抗アクション

DSCN3099 10月13日、IMF・世銀東京総会反対行動実行委員会は、都心厳戒態勢に抗して水谷橋公園から「IMF・世界銀行東京総会への対抗デモ」を行い、300人が参加した。

 IMF(国際通貨基金)・世界銀行の年次総会が10月12日~一四日、東京(有楽町・国際フォーラム、帝国ホテル、ホテルオークラ)で行われる。世界約180カ国から財務大臣、財務官僚、中央銀行総裁をはじめ、業界関係者、NGOなど2万人が集まる。会議は、世界経済危機の延命のために各国に対して緊縮財政計画と増税を強要し、「金貸し集団」として太ってきた。新自由主義路線(規制緩和、民営化、社会保障費の削減、非正規雇用の拡大など)の強化によって経済格差、貧困増大を促進していく「談合」を繰り広げようというのだ。こんな支配者たちの会議に対して闘う世界の民衆は「IMF・世界銀行による経済支配は、もうたくさんだ!IMF・世界銀行は、1%の金持ち(グローバル金融資本)の代理人!」「もう、たくさんだ! 我慢も限界だ!」と叫び、グローバルなうねりを作り出しつつある。対抗デモは、世界の仲間たちと結びつきながら総会会場を包囲していった。



生存を脅かすIMF・世銀はいらない!



 デモの出発前の打ち合わせでは、稲垣豊さん(ATTACジャパン)からアピールが行われ、「IMF・世界銀行の年次総会は、当初、エジプトで開催される予定だったが、昨年からのアラブの春とエジプト民衆によるバラク独裁体制打倒の闘いがあり、開催できなくなった。この事態が総会の本質を象徴している。IMF・世銀は、これまで各国の軍事独裁政権を支え、自民党政権も支えてきた。城島財務相は、会議でビルマ支援再開、アフリカ支援を表明した。アメリカのビルマ支援の流れに乗ったものだ。ビルマやアフリカを食い物にする経済支配の強化を許してはならない。すでにビルマでアジア商業的農業会議が行われたが、農民たちはヤンゴンの会場前にテントを張り『多国籍資本が支配する農業はNO!』を突きつけた。さらにエクアドルに続きアフリカでも債務帳消し運動があり、チュニジアは、債務支払い拒否の取り組みを行っている。チュニジアでは来年三月、世界社会フォーラムが開催される。世界的な労働者民衆運動のネットワークでパートナーシップを示していこう」と呼びかけた。

 「持たざる者」の国際連帯行動の原隆さんは、「No more IMF―IMF・世銀による経済支配は、もうたくさんだ!『持たざる者』の国際連帯行動アピール」を読み上げ、「私たちが望むのは、貧困や失業を拡大する競争社会じゃない。私たちが望むのは、誰も虐げられない人間らしく生きられる公正・平等で連帯に基づいた社会だ。生存を脅かすIMF・世銀はいらない!原発もいらない!沖縄の米軍基地もいらない!」と強調した。

 デモに移り、有楽町付近では会場の国際フォーラムにむけて「IMF・世界銀行はいらない!新自由主義路線反対!国境超えてIMF・世界銀行の横暴をやめさせるぞ!」とシュプレヒコールをたたきつけた。
 
 

10.14対抗フォーラム



 10月14日、「対抗フォーラム」(呼びかけ・「持たざる者」の国際連帯行動実行委員会)が水道橋・たんぽぽ舎で行われた。

 実行委は、「昨日の対抗デモは、300人の参加で成功した。搾取と貧困の元凶であるIMF・世銀に抗議するグローバルノイズ、ミュージシャンたちも参加し、会議会場に向けて抗議のシュプレヒコールを行った。外国メディア、銀座の外国人たちにも注目された。今後も民衆の世界的なネットワークでIMF・世銀を包囲していこう」と発言した。

 小倉利丸さん(富山大学教員)から対抗フォーラムとしての提起が行われ、とりわけ今後の反IMF・世銀運動の方向性について次のような問題意識を提起した。

 「グローバル資本主義の深刻な危機が続いている。どの国も財政危機にあり、経済成長は限界だ。現在の国民国家、市場を中心とする資本主義システムでは、危機を乗り越えるための処方箋は出せない。この局面は、われわれが次のシステムを考えるチャンスでもある。問題は、次の経済システムは何かだ。かつては社会主義、共産主義だと言えばまとまっていたが、今はまとまらない。ところがこれは日本限定の状況かもしれない。ヨーロッパでは社会民主主義、新自由主義の経験のうえで、再度コミュニズムをまじめに考えなおすべきだと、かなり多くの左翼知識人が議論し始めている。僕も真剣に考えるべきだと思っている」。

 「世界社会フォーラムは、もう一つの世界は可能だというスローガンを掲げた。フォーラムで多様な議論を交わされたが、もう一つの世界が具体化するだろうという期待があったが、かならずしもそうはならなかった。二〇世紀型社会主義、共産主義の議論は長く行われてきて、その中から私たち組むべきものが多いにあるのではないか。躊躇することなく議論していくことは重要であり、党派的なイデオロギーに回収されないような、新しい考え方の中で再生できるかどうか試みていく価値があるだろう」と呼びかけた。

 さらに小倉さんは、第三世界の知識人の議論の場としてサウス・サウス・フォーラムを紹介し、「先進国の枠組みで作られた社会保障、低所得者層対策への配分は、第三世界の搾取によって成り立ってきたものだと指摘する。だからケインズ主義、新自由主義システムを選択することはできないと結論づけている。第三の選択肢を探す議論が行われている。この論議も注目していきたい」と述べた。

 小倉さんの提起後、質疑応答が行われた。「ビルマにおける土地強奪に反対するグローバル連帯のよびかけ」、稲葉奈々子さん(茨城大学准教授)からのメッセージ「返済できない債務を負う『先進国』―反グローバリズム運動を問い直すために」が紹介された。
 
(Y)
 

IMF・世界銀行年次総会に抗議の声を!10.13対抗デモへ

10.13 IMF/世界銀行総会対抗デモ
10月13日(土)正午
東京・水谷橋公園(東京メトロ有楽町線銀座一丁目駅下車)
主催:実行委

biz1 10月12日から14日までの日程でIMF(国際通貨基金)・世界銀行の年次総会が東京国際フォーラムや帝国ホテルをメイン会場にして開催される。

 IMF・世界銀行とは何か。東京で開催される今年の年次総会にあたって作られた公式サイトから引用しよう。まずIMFである。

 「IMFの基本的な使命は国際システムの安定性を確保することであり、この安定性の確保は、3つの方法により行われます。すなわち、世界及び加盟国の経済状況を把握すること、国際収支が悪化した国に融資を行うこと、加盟国に対して事実支援を提供することです」。

「サーベイランス:IMFは国際金融システム、加盟国の金融・経済政策を監視しています。IMFは各国、地域、グローバルなベースで、経済活動を把握し、加盟国と定期的に協議を行い、マクロ経済政策・金融政策面のアドバイスを行っています」。

 「技術支援:主として低・中所得国による自国経済の効果的運営を支援するため、IMFは、制度の改善、適切なマクロ経済政策・金融政策・構造政策の立案に関する技術的な指導と研修を提供しています」。

 「融資:IMFは、対外支払いに困難が生じており、妥当な条件で十分な資金調達先を見つけることができない国に対して、融資を提供しています。この資金支援は、各国が外貨準備の再構築、自国通貨の安定化、輸入の支払い(これらすべては経済成長を再開するための必要条件である)によって、マクロ経済の安定性を回復するのを助けることを意図したものです。またIMFは、低所得国の経済発展・貧困削減を助けるため、これらの国に譲許的融資を提供しています」。

 次に世界銀行である。

 「文字通り『世界の銀行』として、開発途上国の貧困削減への努力を支援することを目的にしています。途上国の持続的成長や生活水準の向上につながる事業に対して、融資による支援や政策アドバイスを行っています」。



 しかしこの自己宣伝を信じる人は、そう多くはいまい。実際のところIMFや世界銀行が、グローバルな金融資本主義の司令塔として各国に新自由主義政策を強制し、債務危機を口実に「構造調整政策」を導入してさまざまな民衆支援策を解体し、「途上国」の債務奴隷化と、市場競争原理による貧困・格差を拡大してきた張本人であることは、今や多くの人びとが知ることである。

 「加盟国が経済危機に陥った場合、常にIMFが最初に介入します。/ある国の財政が火の車になり、支払いを続けられなくなった途端、IMFは財政消防隊に変身します。ところが、この消防隊は実は放火魔で、構造調整政策という(SAPs)という扇で火を煽るのです」「借り手の国の経済政策は、いまやIMFとそのウルトラ自由主義経済専門家の支配下に置かれることになります。こうして新しい形の植民地支配ができあがります。もはや以前のように、占領軍や行政官をその国に駐在させる必要はありません。なぜなら、債務があるというただそれだけで、債権者に依存し続けなければならない状況ができあがってしまったのですから」(ダミアン・ミレー、エリック・トゥサン『世界の貧困をなくすための50の質問』、大倉純子訳、つげ書房新社刊)。

 そして今や、この債務危機・債務奴隷化の波が、途上国から欧州など先進資本主義国にも押し寄せ、失業・賃下げ・年金改悪・社会福祉の切り捨てによる社会全体の解体と貧困をもたらしていることはギリシャ危機などで周知の事実である。金融資本による過剰貸付の野放図な強制、債務返済の不履行、債務危機の発生と金融資本の救済、そのための「緊縮政策」による労働者民衆への犠牲の強制と労働者の社会的諸権利の解体――こうした構図を強制したのはIMF・欧州委員会・欧州中央銀行から成る「トロイカ」だった。

 IMF専務理事のクリスチーヌ・ラガルドは今年、トロイカによる過酷な「緊縮政策」の強制に対して闘うギリシャと労働者民衆を嘲りながら「私は、3人で1つの椅子を分かち合い、教育を得ようと切実に熱望しつつも日に2時間しか教育を受けていないニジェール小さな村の子どもたちのことのほうを、もっとたくさん考えている」と言い放った。しかしアフリカのニジェールの子どもたちにそうした状況をもたらしたものこそ、IMFが長期にわたって強制してきた構造調整政策であることを彼女が知らないはずはない。

 民主主義・人権を破壊し、貧困と差別、グローバル資本の新たな植民地支配をもたらした元凶である金融資本の総本山、IMF・世界銀行に対して、途上国の人びとも先進資本主義国の労働者・民衆も闘いに立ち上がっている。

 チュニジア、エジプトの労働者・市民が切り開いた「アラブ革命」、そしてスペインの「怒れる者たち」の広場占拠の闘い、ギリシャのゼネストと職場占拠・街頭決起、そしてウィスコンシンからウォール街にいたる米国の「オキュパイ」運動の急速な拡大は、グローバル金融資本に対する怒りの世界的・同時的拡大を示している。

 自らの闘いとしてこのIMF・世銀総会への抗議の意思を表明し、世界の人びととの連帯を求めていこうではないか。



 IMF・世銀総会が東京で開催されるのは、1964年以来、48年ぶりである。

IMF・世界銀行年次総会準備事務局長である財務省の仲浩史は同年次総会のサイトで東京開催の意味について次のように語っている。

「東京での開催は一九六四年以来、2度目となります。1度目の総会は、同じ年に開かれた東京オリンピックと共に、日本を世界へとアピールする舞台となり、戦後からの『再出発』の原動力となりました。/そして半世紀たった今、日本が再び国際通貨基金・世界銀行年次総会の開催地として立候補したのは、もう一度『再出発』を実現したい、という思いからでした。/大震災から力強く復興するこの国の姿を、世界のみなさまに見ていただくために……」。

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そして10月9日から始まる多くのIMF・世銀総会関連企画の中には10月9日、10日に仙台で開催される「防災と開発に関連する仙台会合」が含まれている。ここでは「災害に強い社会を構築して持続可能な開発を支えていく」という観点からのパネルディスカッションが企画している。しかしこの企画においては、被災者の生活再建をなおざりにした資本主導の「復興」の問題点が排除されているばかりか、何よりも現在、さらに深刻化している福島原発災害の問題が完全に切り捨てられている。原発事故の惨状と被害の実態を語らずに、どのようにして「災害からの復興の教訓」など語られるのか!

われわれはこのような問題を改めて前面に押し出しながら、貧困、失業と飢餓、差別と権利破壊、環境破壊を押し付けるグローバル資本主義の司令塔であるIMF・世界銀行年次総会に抗議の意思を示そう。

10月13日正午、東京・水谷橋公園(東京メトロ有楽町線銀座一丁目駅下車)に結集しよう。(K)
 

【報告】8月11日、貧しい人々の存在を覆い隠すな・亀戸デモ

P8118699 8月11日、公園のリニューアルの陰で貧しい人々の存在を覆い隠すな・亀戸デモが行われた。 10時から亀戸駅近くの文泉公園で行われた集会では、山谷労働者福祉会館の仲間が発言した。同日、8月11日、竪川河川敷公園のB工区に五渡庭園という日本庭園がオープンしたが、それに伴って8月6日には公園に鋼板フェンスが設置され、公園内の通行が遮断され、野宿の仲間のテントが隔離される形となった。
 
 公園の改修は地域住民のためとされてきたが、改修されたB工区(五渡庭園)は全ての入り口に鉄製のゲートが設置され、朝10時から、夕方4時までしか開けないとの事で、公園の他のエリアも夜間は閉じるという。工事が終了したのに公園の封鎖は解かれていないのだ。
 
 野宿の人たちを排除するために公園の改修が行われている。差別の鋼板を撤去して公園封鎖を止めろと訴えた。
 
 6日の鋼板フェンス設置を受けての緊急の呼びかけにも関わらず、40人の仲間が結集し、亀戸一周のデモに出発した。デモ中にはこの日のために用意したビラを沿道で撒いたが、注目度は高く、次々と受け取られていく。
 
 解散地では三鷹や、立川など遠方より駆けつけてくれた仲間の発言を受け、亀戸駅に移動し、情宣を行った。
 
 午後からは月1回行っている「竪川カフェ」今回は先月好評だった南條直子「山谷への回廊」写真展をもう一度行った。ゲストは七十年代に山谷の活動に関わっていたという救援連絡センターの宇賀神さん。
 
 仲間たちが交流していると、五渡庭園を見に行った仲間が戻ってきて「コイが死んでるぞ!」と報告。この日は開園の式典があり、子供たちによるコイの放流があって、数百匹のコイが庭園の中の池に放流されたが、それがほとんど死んでしまっており、放流した子供たちがショックで泣いているという。
 
 かつて水道屋さんで働いていた仲間によると、打ち立てのコンクリートの池にすぐに魚などを放流しては死んでしまうという事だ。その仲間の見立てによると浄水施設も、「ありゃ、かなり業者にボラレてるな。」との事である。
 
 五渡庭園を夜間封鎖する事の根拠を江東区土木部は「コイがいるから」としていたのであるが、そのコイが死んでしまったのだ。逆に言うと公園を封鎖するためにはこの日にコイを池に入れる必要があったのだ。
 
 竪川河川敷公園は首都高小松川線の下に河川を暗渠にして埋め立てた約4キロに及ぶ細長い公園で、地域住民の通勤通学路であり、散歩道となっていた。それがスカイツリーに来た海外の観光客を呼び込もうと、グロテスクな、まるで「昔のアメリカ映画に出てきたトンデモな日本」のような日本庭園へと改修された姿はあまりにも痛々しいだけではなく、地域住民のニーズにも全く合致していないはずだ。
 
 そして、仲間たちが今まで利用していた五の橋の脇にあるトイレ(野宿の仲間が毎日清掃していた)も秋以降に3ヶ月かけて改修工事が行われる予定であるという。
 
 江東区とは6月以降3回にわたって話し合いが続けられ今も続いているが、区は野宿者排除の姿勢を全く崩していない。

(板)

8月4日~5日、山谷夏祭り2012が盛況

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 8月4日から5日の2日間、台東区の玉姫公園で山谷夏祭りが行われ、多くの労働者、支援者でにぎわった。
 
 4日昼に山谷労働者福祉会館に集まった仲間たちは、打ち合わせを済ますと物資を玉姫公園に運び込む。盆踊りのやぐらを建て、舞台や祭壇、屋台の準備に汗を流す。同時に共同炊事の準備も進められる。
 
 4時半に共同炊事が始まり、ひとさじの会のお坊さんたちが無くなった仲間たちの写真の飾られた祭壇でお経を上げ、追悼を行う。
 
 ステージでは山谷争議団の仲間が、開会の挨拶を行った。東京の東部地域ではスカイツリー開業に伴う再開発によって、野宿の仲間のテントの排除が激しさを増し、それとともにこの間少年たちのテントや、野宿者に対する襲撃が激増している。 また生活保護制度や受給者に対する攻撃も激しさを増している。このような中、貧乏人同士が分断される事を許さず多くの仲間と結びついて夏祭りを成功させようと訴えた。
 
 そして今回の夏祭りの呼びかけが遅れた事について説明した。 この間、山谷争議団、山谷労働者福祉会館活動委員会が中心的に関わっている取り組みの中で、その呼びかけによって参加した者による別の参加者に対しての深刻な性暴力事件が発生した。今も解決とはほど遠い状態にある。
 
 そのような中、夏祭り実行委員会の呼びかけを発する事に大きな躊躇があり、討論を重ねてきた。
 
 この数年、夏祭りや、越年の取り組みの中で、力の強い者も弱い者も、若者も年寄りも性別による差別も無く、誰もが安心して参加できるようにと「セーファースペース」の取り組みを行って来たが、我々の差別に対する取り組みが全く十分ではなかった事を改めて突きつけられる形となった。
 
 今回の夏祭りではその事をふまえて、より取り組みを強化していかなければならない。実行委員会でも、この問題に多くの時間を割いて討論してきた。参加した仲間たちにも共に誰もが安心して参加できる夏祭りを作っていこうと呼びかけた。
 
 続いて乾杯で祭りがスタート。ステージではカラオケの他、缶カラ三線やギターで懐メロなどを歌ってくれる岡大介さん、ホーンも入った総勢十数名のバンドでいつも盛り上げてくれる真っ黒毛BOX、ニューヨークのハーレムと大阪を拠点に演奏活動を続けるswingMASAさんがかけつけてくれた。
 
 ステージの合間には、この間被曝労働の問題に取り組んでいる山谷労働者福祉会館のなすびさん、2月9日の江東区抗議行動で弾圧された仲間、アフガニスタンで無くなった写真家・南條直子さんがかつて山谷て撮っていた写真を集めた写真集「山谷への回廊」の編・著者である織田忍さん、立川で野宿者支援の活動を行っているサンキューハウスの仲間、今年屋台で初参加の学生「ゆとり全共闘」、などの仲間が発言した。 会場では「山谷への回廊」の写真展も行われ、好評であった。
 
 屋台はビール(第3の)が100円であとは全て50円に設定され、祭りに先立って行われたアルミ缶の買い取りではアルミ缶10個で夏祭り限定の地域通貨「50ワッショイ」と交換された他、1キロ100円での買い取りも行われた。アルミ缶の相場は北京オリンピックの頃を頂点として下がり続け現在は1キロ80円ほど昨年は約110円であったので大幅な値下がりである。くわえてこの数年はアルミ缶の持ち去り禁止条例が各区で作られたり、強化されたりして、野宿の仲間の生活の糧が奪い取られようとしている。
 
 祭りの最後は2日間とも盆踊り、やぐらの上では和太鼓ならぬジャンベ(アフリカの太鼓)が打ち鳴らされ、なぜだか異様に盛り上がる。
 
 2日間の祭りを終えた仲間たちはその日のうちに公園からの撤収作業を終えた。
 
 今後の野宿の仲間の排除との闘いに注目を。                (板)

【報告】美竹公園、渋谷区地下駐車場からの野宿者排除を許さない 7.7緊急デモ

P7077692 七月七日、渋谷で野宿者の排除に反対する緊急デモが行われ、約百二十名が参加した。


 デモに先立ち、午後五時から宮下公園の原宿側で行われた集会では、まず、渋谷のじれんの仲間が発言にたち、六月十一日、渋谷区が美竹公園、区役所地下駐車場、区庁舎前トイレの三カ所を封鎖した、のじれんが毎週土曜日に共同炊事を行っている美竹公園、聖公会野宿者支援活動・渋谷が毎週金曜日に炊き出しを行っている渋谷区地下駐車場という野宿者へ炊き出しの場所を奪い取るという挙に出た渋谷区を激しく批判した。


 美竹公園では区が二年前の宮下公園と同じく行政代執行の手続きに入っており、代執行を行う前に弁明の機会を与えるという弁明機会通知書を、これも二年前と同じく区役所内にこっそりと掲示しており、これはさすがに批判の声が大きく、後になって美竹公園の仲間に渡された。


 渋谷では「渋谷ヒカリエ」が開業するなど都市再開発の動きが進んでおり、東急グループと、東京都が中心になって、二年後には大掛かりな工事も始まる予定であるという。


 のじれんの仲間は「今日は七夕ですが、織り姫と彦星は天の川で分断されていた、我々持たざる者は分断を突破して闘おう!。」と発言を結び、会場は微妙な拍手に包まれた。


 続いて二年前に宮下公園から排除され、今回美竹公園からの排除に直面している仲間が「出来る限り、抵抗したいと思います。」と力強く決意表明した。


 続いて聖公会野宿者支援活動・渋谷の仲間が発言。区の地下駐車場は「ちかちゅう」と呼ばれ、二十年ぐらい前から、役所の業務の終わった夜六時半から朝の五時半ぐらいまで野宿の仲間が寝る事の出来る貴重な場所であった。聖公会は七年半ほど前より、毎週金曜日に炊き出しを行っており、二年前に排除の動きがあった時には仲間とともに抵抗して撤回させた。


 今回は朝五時半にみんなが起きて、掃除をして出て行った後にこっそりと誰も知らないうちに封鎖が行われた。経理課長は「元々寝ては行けない場所なので、寝ている人にいう必要はない。」と発言したという。「こんな事が許されて良いのか!」と訴えた。


 地下駐車場で寝ていた仲間は、「こんな毎日雨が降っている時に、狙い撃ちにしたように追い出しをするなんて。」と声を詰まらせた。


 続いて連帯発言として、みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会、山谷労働者福祉会館、竪川の仲間、夜回り三鷹が発言し、デモに出発。区役所前、美竹公園を通り、神宮通り公園まで雨の中を力一杯デモを行った。


 終了後はのじれんは宮下公園で共同炊事を行った。七月十一日には渋谷区に抗議申し入れ行動が行われる予定。(正午、区庁舎・時計塔集合)          (板)

報告 3月4日、竪川・春のビンボー祭り

tate1 3月4日、江東区によって封鎖されている竪川河川敷公園多目的広場において、竪川・春のビンボー祭りが行われ、のべ150人ほどの人が参加した。祭りに先立ってはチンドン・チームが駅前ビラをまきながら駅前まで練り歩き地域に祭りを宣伝。 


 12時に開会式が行われ、実行委員会の仲間よりこの間の経過が説明された。6年間に渡って仲間たちの生活空間を守ってきた闘い、そして昨年末に江東区が五の橋のたもとに対して行政代執行の手続きに入って以降、工事の終わったA工区への引っ越し、1月27日の江東区土木部による公園封鎖、そして2月8日、五の橋に残っていたAさんへの行政代執行による強制排除、救急車に乗せられて連れ去られたAさんは病院を出た後、雪の降り始めた路上に放置された、にも関わらず区はAさんは生活保護を取ったと、うその発表を行った。そして翌日、区へと抗議行動に行った仲間が逮捕される。


 区は公園を封鎖している理由を「利用者の安全」のためだとしているが、危険な事は何もない、暴力を行使しているのは区の方だ。と発言を締めくくった。


 そして、竪川の仲間の「これより開催します!」との宣言で祭りが始まった。


 はずは牛スジのスープと炊きたてのご飯で腹ごしらえ。その後、各地から集まった参加者がマイクを握って発言、地元で20年以上活動する江東区に夜間中学を作る会、経産省前テントからは2名がギターを持って参加し、イムジン河の替え歌で福島への思いを歌う、続いて山谷争議団の仲間が3月11日に福島出の反原発集会に参加しようと呼びかけた。模索舎からは本の屋台の出店。


 ディストピア東京は東京都安全安心条例による「不振者狩り」状況に対して問題提起。2・9竪川弾圧救援会は逮捕された仲間が保護房に入れられ、食事の際にもハシなども使えずにいた事、そして逮捕理由の器物破損ではなく、威力業務妨害で起訴された事を報告、裁判闘争への支援を訴えた。


 祭りのメインイベントは餅つき、子供連れの人も多く、盛り上がる。


 ここでブースの紹介、竪川と連帯する関西有志の仲間はチヂミを出店「長居公園味です」、持たざる者の仲間はTシャツの店を、あすじゃの仲間は揚げたてのえびせん、フリーター全般労組は労働相談、ロカ・キッチンはケーキの店を。


 渋谷のじれん、三多摩野宿者ネットワーク、荒川堀切の仲間、甘酒の店を出したカミイカ・ナイト、代々木公園テント村と参加者は実に多彩であった。


 ステージではモンゴルの独特の発声を使っての歌、荒川の野宿者Kさんの歌、プロの歌手・魅酒健太郎さんなど多彩な出演者。映像ブースではこの間の竪川の反排除の闘いが流されている。


 祭りの最後はテントは命の砦と書かれた神輿を担いで会場を練り歩き一日を締めくくった。


 6年間に渡って仲間たちの生活空間を守ってきた竪川の闘いは、きわめて厳しい局面にたたされている。公園の封鎖は今も続き、仲間たちの話し合いの要求に対しても、区は一方的に排除を迫っている。行政代執行の危機は未だ去ってはいない。


 東京スカイツリーの開業を控えてその周辺の墨田区、江東区などでは野宿者のテントや排除や、炊き出しへの圧力が強まっている中、竪川の闘いはその流れにあらがう象徴的な闘いとなっている。


 竪川への再度の行政代執行を許さない闘いに支援を。


(板)

報告 2月25日、竪川デモ

tate2 二月二十五日、竪川河川敷公園の野宿者排除に反対する亀戸一周デモが行われた。


十一時から亀戸駅近くの文泉公園で行われた集会ではまず実行委の仲間が発言。一月二十一日に行政代執行をかけられていた五の橋のたもとから工事の終わったA工区多目的広場へと移動してから一ヶ月の動きを振り返る。二十七日には江東区による公園のフェンス封鎖が行われ、二月八日日には一人で五の橋のたもとに残っていたAさんの小屋に対して行政代執行による強制排除が行われ、翌日の抗議行動では一名に支援者が逮捕されている。


 代執行によって持っていったAさんの荷物だが、代執行前には「とりにくれば返す」と言っていた、水辺と緑の課・荒木課長は「代執行にかかった費用を払わないと返さない。」と言い出したが、弁護士が電話すると「返す」と言ったり「検討中」と言ってみたりと、はっきりしない。


 移動した仲間のテントにはすぐに警告書が貼られ、その後、指示書も3回貼られている。年末からの動きを見ると3回、警告書が貼られた後、最後の警告書の撤去期限の翌日に、弁明機会通知書が出されて、行政代執行の動きが始まっていったので、再度の代執行という事態も十分に考えられる。「行政代執行を許さず、闘おう。」と発言を結んだ。


 続いて竪川現地の仲間が小屋を守り抜いて闘っている現状と、再度の代執行を許さない決意を表明し、竪川とともに追い出しと闘う荒川の仲間、野宿者六名が参加した三多摩の仲間が発言。


 続いて各団体から連帯の発言、争議団連絡会議、経産省前テントの仲間、宮下公園のナイキ公園化に対して国賠を闘う仲間、2・9竪川弾圧救援会、竪川と連帯する関西有志の仲間が発言。


 最後に竪川の「長老」が発言してデモに出発。


 参加者約五十人は竪川周辺の亀戸を一周し、地域に「野宿者排除反対」を訴えた。


 この間仲間たちは区役所前の他、駅前など地域でもビラ撒きを行っているが、そのビラを受け取った地域住民も今回のデモに参加した。


 八日の代執行後には戻ってきたAさんのテント(仲間が再建した)に近所の主婦が訪れ「心配していたのよ!また合えて良かったわ。」と話していたのが印象的であった。 キャットフードを差し入れていたが、猫を飼っているAさんの所には猫好きの近所の人たちがよく訪れているとの事。


 区は区民からの苦情を野宿者排除の口実にしたり、野宿者がいると危険などとして公園の封鎖を正当化しているが、竪川に十五年も住むAさん初め、地域住民とは顔見知りであったり、散歩に来る人と立ち話をしたりするような関係性が作られていたのである。


 それが、区による野宿者排除が進むにつれ、少年たちの襲撃なども頻発するようになっていったのである。


 江東区に対して「再度の行政代執行を許さない!」という声を大きく広げていこう。


                                     (板)

報告:2.22江東区長はウソをつくな!小屋を返せ!仲間を返せ!集会・デモ

tate3 2月22日、江東区による二・八竪川河川敷公園の一軒の小屋に対する行政代執行の強行、Aさんに対する暴力排除に抗議する集会(東陽公園)と江東区役所包囲デモが行われ、61人が参加した。呼びかけたのは、竪川河川敷野宿者有志、山谷争議団、山谷労働者福祉会館活動委員会。

 江東区は、竪川河川敷公園で生活している野宿者たちの人権や居住権を破壊する暴挙を立て続けに強行した。行政代執行による小屋を破壊し、Aさんを排除しつくした。さらにテント村の周りにフェンスを張り立ち入り禁止処置にした。仲間たちは、区に対して繰り返し話し合いを求めてきたが拒否し、あげくのはてに暴力ガードマン、国家権力を使って弾圧してきた。なんとその理由が「住民の安全」だというのだ。

 区は、このような暴挙を行っていながら、「江東区報」(2・1)で「区では、一日も早く正常な公園利用を確保できるよう、今後とも警察関係機関とも連携しながら、不法占拠者に対し園内不法設置物の撤去と園内からの退去を強く求めていきます」などと居直ってきた。野宿者の生存権を否定する区を許してはならない。区長山崎孝明は謝罪しろ。国・行政の野宿者排除・排斥政策の強化を跳ね返していこう。



 集会は主催者アピールから始まり、「2・8竪川河川敷公園行政代執行から二週間。区は、Aさんの同意なしに小屋を破壊撤去し、病院に強制入院させ、フォローすることもしなかった。この強制排除を1日たりとも忘れることはできない。生活と生存権を奪われた仲間たちとともに江東区に抗議し、テント村を守る闘いを取り組んでいこう。仲間の生活と命は、仲間自身で守り抜く」と訴えた。

 竪川河川敷野宿者有志は、行政代執行時の様子を報告し、「ほんとに悔しい。暴力の賜物だ。両手両足を掴み、引きずられた。これ以上の暴力と差別をやめてくれ」と糾弾した。

 続いて竪川の仲間は、1月17日のフェンスを貼られた様子を報告し、「絶対に区には負けない」と発言。

 さらに渋谷の仲間、荒川河川敷で暮らす仲間たち、争議団連絡会、二・九竪川弾圧救援会(声明別掲)から発言が続いた。

 集会終了後、江東区役所に向けてデモに移った。すでに区役所前には機動隊バス四台が駐車中し、機動隊、公安政治警察が百人以上が弾圧シフトで対応してきた。デモ隊は、区役所前で「山崎区長は謝罪しろ!生存権をかちとるぞ!命の砦・竪川テント村を守りぬくぞ!」とシュプレヒコールを行った。(Y)

 

 

2.9 竪川弾圧救援会

http://solfeb9.wordpress.com/



 江東区・警視庁による竪川野宿支援者への弾圧にかんする救援会声明

 

 2月9日、江東区役所内で、前日の竪川で強行された行政代執行への抗議行動が闘われ、その渦中で、支援者のAさんが不当にも逮捕されました。

 新聞・テレビニュースなどでは、Aさんが区役所内のガラスを割り、器物損壊の現行犯で拘束され、逮捕されたと、単なる「暴力事件」のように報じられています。

 しかし、今回の事態の全責任は江東区にあります。

 当日の抗議行動は、前日の行政代執行の理不尽なやり方に抗議した正当な申し入れ行動でした。

 江東区土木部・水辺と緑の課は、2月9日に現地で団交を行うと約束しておきながら、抜き打ち的に代執行を強行、大勢の区職員と警備員が、当事者および支援者を暴力的に排除して、小屋を破壊するという暴挙に出たのです。さらに九日に予定されていた団交は直前になって拒否されました。

 9日の江東区役所への抗議行動は、こうした経緯の中で緊急に呼びかけられたもので、だまし討ち的な代執行と団交拒否の釈明を求めるために土木部に赴きました。ところが多数の職員が立ちはだかり、面会を拒否した上に、「退去警告」を繰り返し、まるで「不法侵入者」を追い払うかのように暴力的に排除したのです。

 さかのぼること1月27日には、竪川のテント村に、多数の区職員、警備員、警察官が押し寄せ、フェンスを張って通行禁止にするという暴挙にでました。この際も、抗議する当事者、支援者が引きずりだされるなど、暴行が加えられました。

話し合いを拒否し、恫喝と問答無用の暴力で、竪川の住人の生きる権利、生活拠点を一方的に奪う江東区こそが弾劾され処罰されるべきです。

 逮捕されたAさんは、深川署に留置されましたが、その夜中に突然、原宿分室に移送されました。人権を無視した警察の対応に抗議したことでAさんは、何と「保護室」(保護房)に叩き込まれました。

 保護房でのAさんの生活は、枕もふとんも与えられず、トイレはむき出し、食事も手づかみ、蛍光灯が24時間ついていて満足に眠れない、洗面、歯磨き、ペンの使用も認められない、本や新聞の差し入れもだめ、さらには、ひげ剃りや喫煙、体操さえもできないという、非人道的な状況を強制されています。

 「保護」どころか、拷問以外の何ものでもない、深川署および原宿分室の不当な処遇はただちにやめさせなければなりません。そして、Aさんを一日も早く取り戻すために、救援を呼びかけます。

 江東区土木部への抗議を! Aさんを保護房に閉じ込め不当な処遇を続ける原宿署、取り調べを担当する深川署への抗議を集中してください。

 救援カンパをお願いします。



 2012年2月14日





【カンパ振込先】

●ゆうちょ銀行

振替口座 00140‐2-750198 口座名称:ミンナノキュー

※ 通信欄に「2.9竪川」とご記入ください



●他銀行からの振込の場合: 019(ゼロイチキュウ)店 当座 0750198

※銀行振込の場合、振替用紙のように通信欄がないためメッセージが添付できません。メールアドレス:

 solfeb9@gmail.com の方へ入金次第を連絡していただければと思います。



【抗議先】



江東区・土木部 水辺と緑の課

電話: 03-3647-2538

FAX: 03-3647-9287



深川署

電話: 03-3641-0110(代表)



原宿署

電話:03-3408-0110(代表)
 

【報告】竪川公園の野宿者排除を許さない!2.1江東区役所包囲デモ

tate4 2月1日、竪川河川敷公園の野宿者排除に対して江東区役所包囲デモが行われた。

 11時より東陽公園で行われた集会ではまず実行委の仲間がこの間の経過を説明する。昨年12月に江東区が竪川河川敷公園の五の橋付近に住む仲間たちに対して「弁明機会通知書」を突きつけ、行政大執行の手続きが始まったこと、その場所はA工区の工事に伴ってA工区に住む仲間たちが区によって集められた場所であること、1月21日に仲間たちはその場所から不本意ながらも出ていき、工事の終わった所にある「多目的広場」に避難したこと、そして今、その場所で区との緊迫した攻防が続いていること、五の橋には体の悪い仲間1名の小屋が残っており、その中魔に対して区は「大執行令書」を出したこと、などが報告された。

 多目的広場では23日にさっそく、江東区土木部水辺と緑の課が荒木課長に率いられてやってきて、威圧をしている。話し合いを求める仲間の声にはいっさい声を傾けることもなく「お前達と話すことは何もない。」と言い放った。

 27日には公園を封鎖するフェンスを設置しに土木、業者、そしてガードマンが導入され、抗議する仲間達を暴力的に排除し、フェンス設置工事が強行された。

 その際、何人もの仲間がガードマンと土木の暴力によってけがを負っている。そしてその際ガードマンは排除の直前、胸につけた社名のワッペンをベリベリと剥がし、暴行に及んでいる。

 しかし、この明らかな警備業法違反行為の一部始終はビデオ画像に記録され、ネットに流されている。(山谷労働者福祉会館ブログ参照)

 フェンスを張られたことによって、竪川のほとんどの仲間が従事しているアルミ缶集めのための自転車やリヤカーが公園の中に持ち込めないなどの事態が生じている。

 そして今も竪川現地では強制排除の危機が続いている。

 続いて竪川の仲間が「団結してがんばろう!」「みなさん遠くからありがとう」と一人づつ発言。

 次に宮下公園のナイキ公園化に伴う行政大執行、美竹公園脇の東京都児童館での耐震工事工事を名目とした排除などと闘ってきた渋谷・のじ連の発言。三多摩からは夜回り三鷹、立川サンキュウハウスの仲間が発言。

 江東区で生まれ育ったという女性は「地域住民として子供の頃から遊んでいた竪川河川敷公園が、金儲けのための公園になることに反対です。」と発言。

 次に反原発戦線から経産省前テントから駆けつけた仲間とたんぽぽ舎が発言。たんぽぽ舎の仲間は山谷の越年に支援を呼びかけ、全国からたくさんのカンパが集まったことを報告し、「みなさんの闘いは全国の人が支持しています。」と発言した。

 続いて荒川堀切で国土交通省による排除と闘っている仲間、21日から支援に来て常駐体制をとっている関西の仲間の発言を受けて、江東区役所に向けたデモに出発した。

 平日にも関わらず100人近くの結集。大阪の仲間たちの見事なパーカッションの演奏もあって道行く人々から大いに注目されるデモとなった。歩道でもたくさんの人々がビラを受け取り、アパートの窓から手を振る姿も確認できた。

 しかし、江東区役所ではどういうつもりなのか、そろいのジャンパーを着た職員がスクラムを組み、緊張した面もちで出迎える。

 区役所前ではいっそう大きな声で「排除反対!」「区は話し合いに応じろ!」「暴力をやめろ!」とシュプレヒコールを行った。

 デモの後は区役所前で情宣活動を行い、この日の行動を終えた。                

(板)

*竪川河川敷公園強制排除続報*


 
 竪川河川敷公園の行政代執行による野宿者のテント強制排除の動きは緊迫した状況が未だ続いている。

 先週21日夜に行政代執行攻撃をかけられてきた五の橋のたもとからの移動を仲間達は行った。22日の「野宿者強制排除と襲撃を許さない江東デモ」の報告でも簡単に書いたが、これは工事のすでに終わったA工区と、間もなく工事の終するB工区をつなぐ場所である五の橋のたもとに対してかけられてきた「行政代執行」の手続きが進行する中で、強制的な、そして暴力的な排除から逃れるために、その範囲から出て行かざるを得なかったという事である。

 仲間達にとってはこれは全く不本意で納得のいかないものであった。五の橋のたもとに十数軒のテントが集められたのは江東区の指示であったからである。江東区土木部水辺と緑の課はそのために川を埋め立てて移転地を造成したのであった。しかし、今回の行政代執行にあたって区は「許可無く占有している」などとして言っているのである。しかも「話し合いを行う」「強制的な手段は取らない」と言っていたのは区の方なのである。

 しかし、このままでは強制的に排除されてしまうという中で、仲間達は工事の支障となっている五の橋のたもとから出て行く決断をしたのであった。区がこの事によって今一度、約束通り、話し合いでの解決の道に立ち戻ると信じて。

 しかし、その期待は見事に裏切られた。仲間達が避難したA工区の「多目的広場」には翌日から水辺と緑の課が、A 課長に率いられて登場し、「お前達とは何も話す事が無い!」と威圧し、恫喝をしている。警察権力も同行し、仲間達が少しでも挑発に乗れば介入する構えである。

 そして、27日には公園を分断するフェンスを張り巡らしたのである。その理由を「公園利用者の安全」などとするデタラメぶり。この時の混乱では社名などをテープで隠したガードマン(警備業法違反では?)や作業員の暴力で数人がけがをさせられている。そして「2月3日までに撤去しろ」と「指示書」をテントに張り、新たにここでも行政代執行の動きに出てきているのである。

 五の橋での「行政代執行」の「除去命令」に不本意ながらも従った仲間達がどこかに「避難」しなければならないのは当たり前ではないか。
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 そして、公園を歩いて見れば分かるが、仲間達が避難出来る場所は公園の中で「多目的広場」意外には無いのである。区はC工区ヘ移れと言うがB工区の工事が終わればC工区の工事が始まるのであり、そもそもC工区には元々住む仲間、B工区から移転させられた仲間達が住んでおり、五の橋の仲間達が移転出来る場所的な余裕は無いのである。

 人を人とも思わない江東区のやり方に怒りや疑問の声がわき上がり、連日、たくさんの人々が支援に訪れている。

 江東区へ抗議の声をぶつけるために緊急にデモが計画されている。平日ではあるが多くの仲間の参加を。そして江東区に抗議の声を!。                  

(板)

*江東区役所抗議デモ 
  2月1日(水)11時東陽公園(東西線東陽町下車)11時デモ出発

【報告】1.22 野宿者強制排除と襲撃を許さない江東デモ

tate5 一月二十二日、野宿者強制排除と襲撃を許さない江東デモが行われた。これは江東・竪川河川敷公園の野宿者に対して江東区が行政代執行による強制排除の動きに出てきた事に対して急遽呼びかけられたもの。


 あいにくの雨の中、会場の文泉公園には全国から約二百人の参加者が集まり、この問題への関心の高さをうかがわせた。


 山谷で作ってきた弁当を食べて腹ごしらえをした後、十一時から集会は始まった。まず始めに実行委の仲間より、基調報告。六年間に渡って追い出しと闘ってきた竪川の仲間の闘いの経過、そして昨年末より江東区が行政代執行攻撃をかけてきた事、さらに前日夜の出来事についての報告が行われた。


 公園を民間企業の管理するスポーツ施設などを中心としたものに変えるという工事が始まり、二〇一〇年十月、公園を三つに分けた工区のうち最初に工事の始まったA工区のでテント生活を送る仲間たちが江東区土木部水辺と緑の課によってA工区のはずれ、五の橋のたもとの川を埋め立てて区が造成した一画に集められた事、その際、A工区の工事が終わった後には「話し合いを行う」「強制的な排除は行わない」と区が約束していた事。


 それが工事が進展するにつれ、追い出しが激しくなり、A工区の工事が終わり、B工区の工事が進む中で、A工区と、B工区をつなぐ場所である五の橋のたもとの仲間たちが、集住する場所に対して昨年末ついに区は行政代執行の攻撃をかけてきたのだ。


 十二月二十二日に「弁明機会通知書」が出され、それに対して仲間たちは一月五日、「弁明書」を提出、十二日には十八日を期限とする「除却命令」が出され、そして二十日には「戒告書」が出され、いよいよ「代執行」が秒読み段階に入ってきた。


 そのような中でデモの前日夜、まさに敵の虚をつく形でテントの移動が行われた。仲間の追い出しを行うガードマンの通報によって事態を知った水辺と緑の課の課長が一一〇番で警察を呼んだ時には、すでに仲間たちは降りしきる雨の中、工事の終わったA工区の中で唯一空いている「多目的広場」の片隅に九軒のテントを移動し終え、お茶を飲んで休憩をしているところであった。


 パトカーや自転車で次々に集まってくる警察官たちは二十人ほどが集まり部隊を組むと警棒を抜いて威圧しながら「こんな所にテントを建てるな」と迫ってくるが、仲間たちは「命を守るテントだ!」「警察官にそんな権限は無い、都市公園法を知っているのか?」と返す。何も言えなくなる警官隊。


 すると今度は私服の公安が「責任者は誰だ!」と何回も(三十回ぐらい)繰り返しながら体をぶつけたり、傘を仲間の頭にぶつけるなどの挑発行為に出てきた、見ると警官隊はこちらが何かすればすぐにでも襲いかかってくる体制である。なるほどこらが噂に聞く「転び公妨(公務執行妨害)」というやつか、仲間たちは努めて冷静にこの哀れで滑稽な公安を笑い飛ばし、挑発に乗る事は無く一切の介入をさせなかった。


 結局、なす術を無くした権力は少し離れたところに下がり威圧するだけという状態になった。そこへ今度は四名のガードマンと共に水辺と緑の課の職員がやってきた。


 「ここはテントを建ててはイケナイところです」などと一種懸命に言っているが、近づくと酒臭い、おそらくどこかで飲んでいたところを課長に電話で呼び出され現場に寄越されたのだろう。「酒臭いぞ!」と言うと「いや、飲んでない」などと言うが、目がうつろである。一緒に来たガードマンの中でも、寝ている仲間の小屋を揺すぶるなど、一番悪質なやつが、「プライベートなんだから飲んでったっていいんだよ!」などと怒鳴る。「えっプライベートなの、公務じゃないの」すると職員はあわてて「公務です、飲んでません!」どっちなんだよ!と、全然不甲斐ない。


 「そっちが代執行で出て行けって言うから引っ越してるんじゃないか。」「来週以降ちゃんと話し合いをやろうぜ。」結局、職員も引き上げざるをえず、警官隊もばつが悪そうに解散していった。というのが二十一日夜の出来事であった。警官隊の登場から撤退までの所要時間は約一時間ぐらいか?。


 基調の次は竪川の仲間たちの発言。「月曜日からの役所との攻防に、みなさんご支援を!」「これからも応援よろしく!」「オレは最後の1人になっても闘うぞ!」「ホームレスと差別されるけど、生きる権利は平等だ!」一人一人がその思いを表明する。


 続いて江東区内で頻発する少年たちによる野宿者襲撃についての報告。昨年十二月十一日に大島小松川公園で少年たちによって襲撃を受けた野宿の仲間が肋骨三本を折る重傷を負った事件は大きく報道されたが、それだけではなく、区内では少年たちによる襲撃が冷えている、竪川でも少年三人が仲間の小屋に可燃物を投げ、小屋が全焼するという事件が昨年十一月に起っている。


 区による野宿者排除の動きが強まるにつれ、襲撃も増えてきているが、江東区は全く有効な手を打ってこなかったばかりか、「工事によって野宿者をゼロにする」と明言している。


 次に、竪川と同じく排除の攻撃にさらされている荒川・堀切橋付近の仲間たちの「竪川の仲間と一緒に闘っていく」という発言を受けて亀戸一周のデモに出発。


 太鼓を叩きながらのデモに道行く人々も大いに注目し、雨中のデモにも関わらず、歩道で撒くビラを多くの人々が手に取っていく。


 竪川の五の橋付近を通るときにはひときわ大きく「追い出しをやめろ!」と声を上げ、亀戸駅前で、流れ解散となった。


 解散後は竪川の新しくテントを建てた場所に移動して交流会。静岡、名古屋、横浜・寿町、そして前夜の闘いにも合流した大阪の仲間。そして東京からは夜回り三鷹、三多摩野宿者人権ネットワーク、渋谷・のじれんの仲間が発言した。


 多くの仲間に支えられて竪川の闘いは新たな局面を迎えている。引っ越しによってひとまずは行政代執行を回避したが、新たな移転地でも行政代執行がかけられないとも限らない。また悪質なガードマンを使った嫌がらせのエスカレートも懸念される。


 さらに多くの人々の注目と支援が決定的に重要である。


(板)

【報告】佐藤さん虐殺27ヵ年山岡さん虐殺26ヵ年 1.9日雇全協反失業総決起集会

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 一月九日、山谷・玉姫公園において今年も全国各地で越年闘争を闘い抜いた日雇、野宿の労働者たち、そして支援の仲間が一堂に会して日雇全協反失業総決起集会が行われた。


 まず、司会の仲間が天皇主義右翼・国粋会金町一家のテロに倒れた映画監督の佐藤さん、佐藤さんを引き継いで映画を完成させた直後にやはり金町一家の凶弾に倒れた山谷争議団の中心的な活動家であった山岡さんの事を紹介し、二人に黙祷を捧げ、集会は始まった。


 まず最初に連帯の発言、争議団連絡会議、被曝労働問題プロジェクト、新宿ど真ん中デモ、差別排外主義と闘う連絡会、いわき自由労組。いわき自由労組の桂さんは震災後の首切りの中で雇用調整助成金を利用して首切りを撤回させていった闘いや小名浜港の約五十人の日雇の仲間が八月まで全く仕事がなかった事などを報告し、さらに原発問題にも触れ、中卒で就職した会社が原発関連の会社ではなかったにもかかわらず、福島原発の仕事に無理矢理行かされ自殺してしまった事件などを紹介し、「三月十一日に福島で行われるオール県民での集会に皆さんぜひ来てください」と参加を呼びかけた。


 続いて都内での野宿者支援を行う各団体からのアピール三多摩野宿者人権ネットワークの仲間は三多摩でも越年を闘った事、昨年、アルミ缶の持ち去り禁止条例対する抗議デモを七十人の参加で勝ち取った事などを報告した。


 夜回り三鷹の仲間はアルミ缶をみんなで拾って集め、売ったお金を仙台夜回りグループにカンパした取り組みを紹介した。


 渋谷・野自連は渋谷・宮下公園の私企業であるナイキに対する売り飛ばしと、その過程での行政代執行による野宿者排除について報告し、竪川、荒川で現在行われている排除にたいする闘いへの連帯を表明した。


 続いて山谷労働者福祉会館の仲間が、荒川河川敷と江東区竪川河川敷公園での野宿者排除について発言し、竪川のA工区に現在残っている十六軒に対して十二月二十二日に弁明機会付与通知がなされ、一月末か、二月初めにも行政代執行が行われるかもしれないという緊迫した状況にあるとして、強制排除をやめさせるための闘いへの支援を訴え、一月二十二日に予定されている「野宿者強制排除と襲撃を許さない江東デモ」(午前十一時、亀戸駅徒歩五分の文泉公園集合)への参加を呼びかけた。


 寿の越冬に参加した神奈川県央共闘の発言の後、今年結成三〇周年を迎えた、日雇全協各支部の発言に移る。


 釜日労の仲間は二〇〇二年に施行された時限立法であるホームレス自立支援法が今年十年目の期限を迎える中で、排除条項など作り直し延長すべきと発言。


 名古屋・笹島日雇労組の仲間の発言、寿日労の仲間の越年報告に続いて山谷争議団の仲間が発言。「今年は派遣村をやらなかったが、山谷の越年には若い仲間が一杯集まってきた、飯場からでて来た仲間もいる。」そんな仲間たちと闘い抜いた一週間を振り返り、二十二日の亀戸デモへの結集を呼びかけた。


 続いて山谷地域を一周するデモを闘い、城北労働福祉会館で交流会を行い、一日の行動を終えた。竪川の最新情報は山谷会館ブログ http//san-ya.st.webry.info                (板)

【報告】2011-2012 山谷越年越冬闘争

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 12月29日から1月4日の早朝まで山谷越年越冬闘争が行われた。28日には山谷労働者福祉会館で越年突入前夜集会が行われ、毎年山谷の越年ために多くのカンパを集めてくれるたんぽぽ舎の人々を始め多くの労働者、支援者が集まって、越年闘争についての最終的な打ち合わせを行い、その後浅草、上野、江東区竪川でのパトロールを行った。


 29日正午に会館に集まった仲間たちは物資を城北労働福祉センターへと運び込み、三里塚から切り出してきた竹を使ってテントを設営、同時に夕食の準備を始め、越年闘争が始まった。


 実行委員会で決まった今越冬のスローガンは「仲間の命は仲間で守ろう!奪い返そう!生きるために!」この間、都内では野宿者のテントに対する排除が激しさを増している事から生きる権利を奪い返そうと考えられた。


 09年に行われた渋谷・宮下公園の行政代執行に続いて年末に江東区が区内の竪川河川敷公園で行政代執行の手続に入った。首都高・小松川線の下2.5キロに渡って広がる竪川河川敷公園には二十年ほど前からテントで野宿生活を送る仲間が多くいる場所であったが、六年ほど前から公園の改修工事が計画され、それに伴う野宿者のテントに対する排除が行われてきた。改修工事は公園の中にカヌー・カヤック場などの有料のスポーツ施設を作り民間委託するというもので、公共の物である公園を企業に売り飛ばすという意味では宮下公園のナイキ公園化とも通底する問題をはらむ。


 竪川の仲間たちは区・緑と水辺の課との交渉や、区役所前でのビラ撒き、地域デモなど様々な闘いを展開して来たが、09年より工事が始まった。


 工事は公園を3つに分けた工区の内、A工区から始まり、そこに住んでいた仲間たちは代替地を要求、B工区かC工区へ移れという区に対し、あくまでA工区内での移転を求めた。その結果B工区と隣接するA工区の端、五の橋のたもとに二十人ほどの人々が暮らす事となった。


 工事は現在A工区が終了し、B工区へと移っている。区の用意した代替地だが、仲間たちがここから出て行かなければA工区とB工区がつながらない、工事の進展とともに区の追い出しが激しさを増してきた。当初は話し合いで、と区の側も言っていたはずなのにである。水辺と緑の課の課長が仲間たちのところへ来て、差別的な言辞を吐き、怒鳴り散らすという事もあった。


 そしてそのような行政による排除の動きに伴って江東区周辺では少年たちの野宿者襲撃が頻発するようになっていった。竪川でも五の橋の上からテントに物が投げ落とされたり、テントが放火され全焼するといった一歩間違えれば命に関わるような事件も起きていた。


 仲間たちは江東区の土木部水辺と緑の課、教育委員会、人権推進課などと交渉を行ったが、警察沙汰になるとかケガ人が出るなどのはっきりした被害が出ないと動けない。などと、不真面目な対応であった。果ては「野宿者が通行人を襲ったという情報もある。」などと根も葉もない事を言い出す始末。


 そんな中、「はっきりとした被害」が出てしまう。12月11日深夜、都立大島小松川公園で野宿者の男性が小中学生と見られる五人の少年に襲撃され肋骨三本を骨折する重傷を負うという事件が発生したのだ。


 直ちに仲間たちは江東区宛の公開質問状を提出し、21日には区の上記三部門との交渉を行った。


 この交渉の中で水辺と緑の課は強引な追い出しはしない。と発言していたのだが、翌22日には竪川A工区の仲間に対して14日間の弁明機会を与えるという江東区長・山崎孝明名義の弁明機会付与通知書なる物が届けられた、これは行政代執行にあたって弁明機会を与えるというもので、この後、除却命令が出され、期間内に自主的に撤去がなされない場合、戒告書が出され、その後、代執行令通知書が出され、行政代執行が行われる。


 これまでの令から考えて1月末から2月の初旬が、代執行の山場と見られている。竪川の仲間たちはこのあまりにも誠意の無いデタラメなやり方に憤慨し、断固として闘う事を決めている。何しろ、区が用意した移転地なのだ。話し合いで、と言っていたのは水辺と緑の課の方なのだ。


 越年期間中、1月2日には竪川で、フィールドワークと餅つき大会が行われ、多くの労働者や支援者が集まり、問題や怒りを共有するとともに交流を深めていった。


 荒川堀切橋付近の河川敷でも国土交通省によるテント排除が行われている。ここは多いときでは約五十軒のテントがあったところで古くからの山谷労働者が多く住む、隅田川など他のところで追い出されて移ってきた人も多い、昨年八月突然工事計画が発表され、十月までに出て行けと住んでいる仲間たちは迫られた。工事は河川敷にアシなどの植物を生やす自然再生工事だという、人工河川の荒川で自然再生とは片腹痛いが、情報公開で調べた工事計画の中で満潮時にアシなどに水が浸るように掘り下げればホームレスが住めなくなる。などという記述があり、自然再生というのは口実で野宿の仲間の追い出しのための工事であった事が明らかとなった。


 昨年、河川事務所で行われた交渉でも国土交通省はアシについての説明に終始し、「アシの事は考えるけど住んでいる人間の事は考えないのか。」という仲間の声に「そうです。」と答えている。


 すでに工事が行われ、多くの仲間が施設に入ったり、他の地域へと移っていったが、数人の仲間が「最後までどかないよ!。」とがんばっている。


 荒川では越年闘争に先立って12月24日に餅つき大会が行われ、多くの仲間の結集で団結を深めた。


 山谷争議団の分裂による現在「東京・山谷日雇労働組合」を名乗る人々の暴力により、玉姫公園での越冬が困難になって以降、この15年ほど越年の拠点となっている城北労働福祉センター前の路上は毎週の共同炊事の拠点でもあるが、ここも、都内各地の炊き出し現場と同様に中止を迫られている。日雇労働者の町、山谷も再開発の進展とともに野宿者や炊き出しへの圧力が強まっている。


 センター前での越年は 三里塚からの野菜や屠場労組からのカンパの肉をつかって朝夕の二食を作る他、隅田公園や上野公園そして東京都の山谷越年対策であるなぎさ寮での餅つきの他、夜には上野などでのパトロールを行った。


 また、毎年越年で公演を行ってくれる劇団「水族館劇場」ユニット「さすらい姉妹」もまた今年も31日山谷センター前、3日上野公園と芝居を見せてくれた。そして三日夜には経済産業省前で座り込みを行っている人々がセンター前を訪れ、エールの交換を行うなど、野宿の仲間の生きるための闘いから持たざる者、排除されたものの連帯の広がりが感じられる越年でもあった。


 一週間の越年闘争を終え、四日の早朝に撤収した後は生活保護の集団申請を行った。越年期の闘いが終わっても上野での夜間パトロール越冬闘争は春まで続く、そして竪川の代執行など野宿者排除との闘いは正念場を迎えている。五日には弁明機会の期限を迎え竪川の仲間を中心に江東区役所への弁明書提出行動が行われた。この日を期限と指定してきた当人である区長が逃亡したために全く事情の分かっていない様子の総務課に手渡たさざるをえなかったが、区役所前でのビラ配布なども含めて仲間たちはこの日の行動をやりきった。


 竪川と荒川の排除の情報は逐次山谷労働者福祉会館のブログにアップされる。 今後の闘いへの注目と支援を。                          


(板)

【報告】11・3「持たざる者」の国際連帯行動

113 十一月三日、渋谷区恵比寿公園において「持たざる者」の国際連帯行動が行われ、約百人が参加した。

 二時から始まった集会では最初に実行委員会の仲間が発言し、ウォール街占拠の闘いなどに連帯し十月十五日に「怒れる者たち」の世界同時アクションを三百人の結集で行った事を報告し、アラブ・中東での独裁者を打倒する闘いや、ウォール街占拠闘争などの少数の金持ちが多数の人々を搾取する社会に対する全世界の闘いと連帯し、格差社会に対する闘い、そして反原発の闘いを闘っていこうと訴え、集会が始まった。


 続いて、福島原発の事故以降、東京電力前での闘いによって首都圏での反原発の闘いを牽引してきた東電前アクションの仲間が発言にたち、三月以降の闘いを振り返り、労働者が被曝にさらされていると考えられる、東京都の下水道局や、清掃局などに情報の開示を求めている事を報告。十一月六日行う東電前アクションとしては初めて行うデモへの参加を呼びかけた。


 次に経済産業省前で座り込みを続ける仲間がテントを張って五十五日目の闘いを報告。


 続いて福島原発緊急会議・被曝労働プロジェクトの仲間が重層的な差別構造、下請け構造に支えられた被曝労働があって原発が存在してきた事を明らかにし、この間非正規労働者を多く組織している労働組合などと連携して闘ってきた事、「被曝労働を考えるネットワーク」の結成が準備されている事などを報告した。


 続いて江東区・竪川河川敷公園、荒川・堀切橋でのテント排除と闘う仲間が登場し、公共地は貧困との闘いに必要だ、ともに奪い返そう!と訴えた。竪川では二〇〇九年より一部有料のスポーツ公園としてリニューアルするとして工事が行われてきたが、当初「野宿者排除はしない。」として当事者とも何度も話し合いが行われ、テントの仲間も工事区域からは移動するなどしてきたが、工事の進展とともに江東区・水辺と緑の課は態度を硬化させ、課長がテントの仲間を怒鳴りつけるなど、排除の動きが激化してきている。そしてそれに伴って、高校生らによる襲撃なども繰り返され、放火によってテント小屋が一軒全焼するという事態にまでなっている。


 荒川河川敷の堀切橋付近は古くからの山谷労働者がこの二十年ほどテントを建てて暮らしてきた。国土交通省は八月、現在ここに暮らす約五十名に対して「十月から工事を開始するので9月末までに退去せよ。」と一方的に通告してきた。工事とはアシなど水辺の植物を生やす自然公園にする。というもので、野宿者排除のために考えられたとしか言えない代物。交渉では工事にあたって「住んでいる人の事は念頭においておりません」『アシの事は考えているけど人間の事は考えていないという事か?』「そうです」など排除の意図を全く隠さない態度であった。現在、工事が始まり、テントの横を重機が行き交い、たまりかねて出て行った仲間のテントを見つけるとユンボなどでこれ見よがしに破壊すると行った事が行われているが、約二十名ほどが残ってがんばっている。(詳しくは山谷労働者福祉会館活動ブログなどを参照)


 続いてAPFS労働組合の仲間が震災以降、不当解雇や自宅待機、賃金不払いなど外国人からの相談が殺到した事を報告、十六年も働いていた職場を解雇されたミャンマー人、労災でけがをしたエチオピア人が支援を訴えた。


 さらに、争議団連絡会議、差別排外主義に反対する連絡会がアピールを行った。


 最後に実行委員会の仲間から不当弾圧で逮捕されていた神奈川学校事務職員労組の仲間が前日に全員奪還された事が報告された。


 格差社会反対や、反原発を訴え恵比寿から渋谷を一周するデモを行った。解散地は美竹公園ここは渋谷・のじれんの炊き出し拠点(毎週土曜日)であり、隣接する東京都児童会館の軒下は以前より多くの人々が雨露をしのぐ野宿スポットであったが、十一月一日、東京都福祉保険局は耐震工事を名目に全面封鎖した。


 夜にはスペースたんぽぽへ場所を移し「原発震災下の<生存権>を問う」をテーマに屋内集会を行った。  

                             (板)

【ギリシャ】自称救済者によって搾り取られ破壊された国

インターナショナル・ビューポイント オンラインマガジン : IV441 - October 2011

【ギリシャ】

 
自称救済者によって搾り取られ破壊された国
http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2335
 
ソニア・ミトラリア
 
 2011年10月1日、「抵抗の連合」が組織した「欧州反緊縮政策」ロンドン会議の開会セッションで行われたこの発言は、参加者のスタンディング・オベーションで迎えられた。(「インターナショナル・ビューポイント」編集部)
 
 私は、この国を救済すると称する者、すなわち国際通貨基金(IMF)、欧州中央銀行、欧州委員会によって搾り取られ、破壊された国であるギリシャからやってきました。「メモランダ」という名で知られている四つのショック療法が採択され、適用され、何よりもそれが失敗に終わった後、現在適用されている五番目のものは最も乱暴で、非人間的なものであり、ギリシャはもはや私たちが知っていた国ではなくなっています。今や日没とともに街頭は空っぽとなり、レストランは客を求めて絶望的になっており、荒れ果てた商店街にある店舗は廃墟と化しています。


▲10月19日から48時間の全土ゼネスト-国会包囲闘争に起ちあがった労働者・失業者たち
 
 この変化の原因は、次に述べるような事実と数字に示されています。賃金取得者と年金生活者はすでに三〇%から五〇%、場合によってはそれ以上の購買力を失いました。その結果、約三〇%の店舗と三五%のガソリンスタンドが永遠に閉店となりました。失業率は来年にはおそらく三〇%になるでしょう。病院とベッドの数は四〇%以下となるでしょう。数日前、ギリシャ国家は子どもたちに教科書を与えることができなくなり、子どもたちはコピーするよう求められている、などなどです。簡単に言えば今や飢餓、そう飢餓が大都市で見られるようになっており、ストレスと絶望に襲われた農村では自殺が増えています。

 しかしギリシャ人は絶望しているだけではありません。人びとは戦闘的になり、抵抗し、闘ってもいます。とりわけ2011年5月末に「アガナクティスメニ」運動、ギリシャの「怒れる者」たちの運動が登場しました。「われわれには借りがない、われわれは何も売らない、われわれは払わない」、「奴らはみんな出ていけ」という二つのスローガンを掲げた急進化した群衆が、数百のギリシャの都市の広場を占拠したのです。
 

 しかし気をつけなければならないのは、「メモランダ」の野放図な緊縮政策の時期にギリシャで抵抗するのは、たやすくはないということです。第一に、恐ろしく、体系的で、非人間的な弾圧のためです。それから課題の重要さゆえにギリシャは現在、世界的テストケースになっています。それは公的債務の大規模な危機の中で、構造調整政策に対する民衆の抵抗能力が試される、まさしくグローバルな実験室なのです。すなわち、頂点にいる者であれ底辺にいる者であれ、すべての人びとの目が、今や最もシニカルな新自由主義のグローバルなモルモット(実験動物)になるという不幸を背負ったこの欧州の小国に注がれています。その結果、ほんのわずかな実際的要求を勝ち取ったとしても、政府の打倒、まさしく革命ということになるのです!

 私たちが、このまったく前例のない情勢から汲み取る教訓とは、昨日よりも今日になれば民族ブルジョアジーの内部での救済策はなくなってしまうということです。諸国の政府とトップにいる者たちの神聖同盟に直面する中で、底辺の人びとの抵抗の調整とネットワーク化は、成功へのあらゆる希望の必要条件なのです! 簡単に言えば、ギリシャの実験が、悪名高いトロイカ、すなわちIMF、欧州中央銀行、欧州委員会というわれわれの死刑執行人たちの利益にならないようにするためには、私たちは可能な限り速やかに私たちの勢力を結集し、底辺の者たちの「神聖同盟」を築かなければなりません!
 

 私が創立メンバーの一人である公共債務監査国際委員会ギリシャ・イニシアチブによって、債務と緊縮措置に反対する第一回国際会議が五月初旬にアテネで組織されたのは偶然の一致ではありません。この第一回国際会議の成功は、喜ばしくも私たちを驚かせましたが、実際には二重の意味でその兆しがありました。第一は、そのほんの二週間後に、ギリシャの怒れる者たちの運動がアテネのシンタグマ広場を占拠し、政治的・社会的場に爆発的に登場したことです。そして、公共債務の問題が今日のすべての重要な問題の根っこにあるということがますます鮮明になっていったというだけでなく、公共債務監査の要求を軸に独立した動員を行うことが完全に可能であるために、それは真の民衆的要求に合致したのです!

 私は、公共債務監査委員会ギリシャ・イニシアチブの経験から引き出されるこの教訓が、ギリシャだけに有効なものであるとはもはや考えません。それは、金融市場、トロイカ、資本に攻撃された他のすべての国にとっても有効です。公共債務の監査は、一見したところ割の悪い活動であり、人を引き付けるものではなく、専門家の仕事であるかのように見えるかもしれませんが、実際には二つの条件があれば多くの人びとを刺激し、動員しうるものなのです。第一は、それが制度的機構から完全に独立し、居住地域や労働・学業の場から結集した市民たちに支持されていることです。次に、債務の不正きわまる部分を明確にして帳消しにし、支払わないということです!

 アテネで開催された緊縮措置と債務に反対する第一回国際会議から五カ月後の今、私たちは達成された成果を測定できます。ギリシャ・イニシアチブは、ヨーロッパのほとんどすべて、南欧と北欧、東欧と西欧で、高く評価されています。この情勢がわれわれすべてに強いている課題は明確です。公共債務監査に関するこうした運動とキャンペーンは、すみやかに合流し、ネットワークを結成すべきです。誰にとっても遅すぎるようになる前に、行動をより効果的なものとし、民衆の期待に応えるためにそうすべきなのです。

 この課題とは、まさしくCADTMが行ってきたことでした。私もそのメンバーであるCADTM(第三世界債務帳消し委員会)は、専門的分野と幾つかの欧州諸国での闘争の分野――南の貧しい人びとと共にした二〇年間の闘いの成果――を結びつけてきました。ギリシャならびに他の諸国での債務と緊縮政策に対する運動の発展におけるCADTMの貢献は、これまでも現在でもきわめて重要です。しかし、金持ちと貧乏人との間の生死をかけた本物の戦争という情勢が投げかけている新しい挑戦に応えるためには、CADTMや、債務と緊縮政策に対して勇敢に闘っている他の組織以上のものが必要なのです。私たちは、もっと多くの活動家勢力、もっと多くの綱領的発展、とりわけもっと多くの国境を超えた協力を必要としています。



 私は最後に、私の常々考えていることをお話ししたいと思います。自立的組織あるいは自主的組織、そして債務と緊縮政策に反対する女性たちの闘いについてです。賃金所得者と社会のすべての人びとに対する現在の新自由主義的攻撃の第一の犠牲者が女性であるのは、彼女たちがまずはじめに一まとめに解雇されるからだけではないのです。それはおもに、この攻撃、すなわち公共サービスの民営化と破壊が、昨日までは国家が引き受けていた家庭内の公益的仕事を、女性たちに強制的に押し付けるという結果をもたらすからです。

 つまり今や女性たちは、以前は保育園、病院、高齢者用ホスピス、失業基金、精神治療施設、さらに社会保障が提供していたサービスを、家族の中で私的に提供するように求められているのです。そしてそれは完全に無償労働です! さらにそれは他者の忠実な奴隷としてのみ女性を受けいれる、いわゆる「女性の天性」なるものによって家庭・家族の下へ強制的に戻すイデオロギー的パッケージの中に収められています。つまり私たち女性が保持している幾つかの権利への正面攻撃と結びついた、最もあさましい家父長制への回帰なのです。

 私の結論は定言的(カテゴリカル)なものになります。なぜ女性は債務と緊縮政策に反対する闘いを独立的に組織する必要があるのか。そうしなければ、彼女たちに代わって闘う者などいないからです。

 どうもありがとう。



▼ソニア・ミトラリアはギリシャのフェミニスト活動家でCADTMギリシャのメンバー。


(「インターナショナルビューポイント」11年10月号)

【報告】ウォール街占拠-世界と連帯して 10.15「『怒れる者たち』の世界同時行動に連帯を!」デモ

1015 1
10・15「怒れる者たち」の世界同時行動に連帯を!

貧困と格差をなくそう! 生きる権利を取り戻せ!

我々はモノではないぞ! デモと広場の自由を!
 
  10月15日、東京・新宿柏木公園で、「『怒れる者たち』の世界同時行動に連帯を!」の集会とデモが10・15 「怒れる者たち」の国際連帯行動実行委員会の呼びかけで行われ、三〇〇人を超える仲間たちが参加した。この日の昼のニュースで、ウォール街では占拠していた公園を清掃と称して排除しようとしたのに対して、証券街の道路に繰り出したデモ隊と警察が激しく衝突し逮捕者が出ている、と報じていた。こうした緊張した状況の中で、新宿ほか、日比谷、六本木でも同趣旨の行動が取り組まれた。

 最初に、公園に集まった様々な仲間たちに、国際連帯行動実行委員会の仲間が以下の呼びかけの趣旨を述べた。
 
 世界中で、貧困に、格差に、圧制に、抑圧に、排除に、差別に、そして新自由主義の暴力に、「もう、たくさんだ!」「資本家、金持ちどもの非道を止めろ!」「世直しを!変革を!」と怒りの声が、今日10月15日「怒れる者たち」の世界同時行動として連なる様々なアクションが、国境を越えて70カ国以上、1600都市以上で行われる。

1015 2 この行動の発信元は、この五月、スペインのマドリッド広場を長期間にわたって占拠し、スペイン全土へと広がった社会運動「本当の民主主義を今すぐに!」(Democracia Real YA!)が、10月15日に、「グローバル・チェンジ」を合言葉に、国境を越えて怒れる者たちが一斉に街頭や広場を埋め尽くそうと、世界中へ発信されたもの。

 この発信に、ニューヨーク「ウォール街占拠」の闘いがリンクして、世界同時行動は一気に広まっている。こうした民衆の決起は、年頭のチュニジア、エジプト革命を発火点に、欧州へ、アメリカへ、全世界へと波及してきた。

 この燎原の火はまた、タハリールやマドリッドのように、無数の広場=民衆の解放区を創出した。一方、日本では3.11以降、反原発デモのうねりを「治安の脅威」だと弾圧が横行している。そもそも日本のデモは、警察権力によって長い間、理不尽に弾圧され、多くの者が不当に逮捕され、多くの広場=解放区の創出が圧殺されてきた。

 しかし、もういいかげん我慢も限界だ! 3.11から七カ月、生存権がないがしろにされ、人間の尊厳が踏みにじられてきた現実! 異議申し立ての叫びを封殺してきたのは誰だ! 今こそ反撃の闘いを、いたるところに無数につくりだすときだ。

 格差社会を強制終了! 生きる権利を再起動! 怒れる者たちはつながろう!
 
 次に、参加団体の持たざる者の国際連帯行動を代表して山谷労働者福祉会館のなすびさんが訴えた。

 なすびさんは「先進国の首脳や金持ちたちの談合の場・ダボス会議に、民衆運動が世界社会フォーラムを組織し、対抗アクションを起こした。二〇〇三年に、声なき者の世界会議が秋の世界同時行動を呼びかけ、それに呼応して日本でも毎年11月3日に、集会・デモを行ってきた」と運動の経過を報告した。「その後日本での反貧困運動が起こったが、格差問題の訴えが不充分だった。ウォールストリートの運動は反格差社会を訴えている。ごく一部の者が富を持ち、社会を動かしている。儲けている者がいる。あれをなんとかしろ! 格差を根本的にひっくり返す闘いだ。もうひとつの目的は占拠である。公共とは何かを問うている」。

 「日本でも野宿者が公園から排除されている。震災避難民たちが仮設に追いやられている問題と共通している。そして、被曝労働をしている者たちがいる。彼らは他に仕事がないので自分の命を切り売りして生活している。その労働に日雇い労働者がかり出されている。彼らと共につながるメッセージを送りたい」。

 次に、野自連の仲間が「一三年間、渋谷区の児童館前の敷地を共同炊事や寝場所として使ってきた。都は東日本大地震を受けて児童館の耐震工事をするということで、一〇月から来年一月まで閉鎖すると、事前に交渉する約束を守らず、排除してきた。来週月曜日、団交と児童館包囲のデモを行う、参加を」と訴え、さらに「野宿者は占拠という形で命をながらえている。ナイキのために宮下公園を改装するということで、排除の代執行が行われた。怒り、反対の声を敵に正確に分からせるための行動を起こそう。私たちのための世の中をつくっていく」と呼びかけた。

 福島原発事故緊急会議の仲間が11月11日午後六時~七時半、再稼働をさせないための経産省包囲アクションへの参加呼びかけを行った。9月23日新宿デモで不当逮捕された園さんが逮捕に抗議するアピールと三年前の日比谷派遣村のような大衆的なアクションを反原発運動でも起こそうと訴えた。

 参加者は新宿駅をぐるりと回るデモを元気に行い、たくさんの行き交う人々にアピールした。このデモで逮捕者こそださなかったが、警察はデモ隊と同数の機動隊と私服公安警察を大量に配置し、デモを威嚇する不当な警備を行った。デモによる表現の自由を規制した。こうした憲法違反の警備こそ「法律違反」だ。闘いの発展は抑えようがない。より大衆的な広がりをつくろう!

(M)
 

【イギリスの暴動】イギリスの新自由主義は、自ら播いた種を刈り取っている

インターナショナル・ビューポイント オンラインマガジン : IV439 - August 2011

イギリスの新自由主義は、自ら播いた種を刈り取っている
http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2238


テリー・コンウェイ、ビリー・カーチス



 デービッド・キャメロンの保守党が主導する英国の連合政権の最初の一年は、緊縮政策、不平等の拡大、幾百万人もの人びとの急速な貧困化、メディア、警察、政治家たちの腐敗、公共サービスの破壊を特徴としている。その第二年目は大規模な産業労働者の行動、英国の諸都市の最も貧しい部分における、失うものをほとんど持たない人びとによる国家との公然たる激突を特徴とすることになる。8月初旬にイギリス全土で起きた暴動の持つ重大な意味がそこにある。
 
london's bunning 直接の原因は警察による二つの行為にあった。第一のものは、8月5日に起こった武装警察官によるマーク・ダガンの殺害と、その後の彼の家族への対応であった。警察は家族を訪問してマークの死を知らせることさえ怠ったのである。

 8月7日には、地域の警察署の外で正当な怒りに満ちたデモが行われた。警察は外に出て説明することすら拒否した。暴動を爆発させたのはこうした警察のやり方であり、その後の報道ではこうした事実は実質的に省かれてしまっている。この目撃証言がはっきりする中で、警察は16歳の少女を警棒で殴った。このビデオクリップは警察の行為の暴力性をはっきり表現するものである。こうした警察の攻撃が、地域社会の怒りの激発を引き起こすのは実質的に不可避だった。

 英国の他の地域からの報告も同様の事態が起こったことを物語っている。それぞれに違いはあってもテーマは共通している。たとえばロンドン東部のハックニーとウエストミッドランズのバーミンガムのように。

 一日中どんな時でも、若者たちが街頭にいるだけで止められて身体捜索を受けるという悪名高い権力行使が拡大している、と報告されている。それは黒人社会では深い憎悪の対象となっている。とりわけ全般的にターゲットになっている黒人の若者にとってそうだ。黒人は白人に比べて26倍もの頻度で停止を命じられ、身体捜索を受けている。

 いつもと違い、警察苦情処理独立委員会はマーク・ダガン事件について速やかな動きを見せた。独立委員会は、当初の弾道調査リポートによれば彼は警察官に発砲しなかったとする報告を8月9日に行い、警察は自衛のために行動したというメディアで広がっている噂をウソだと述べた。しかしこの事件に関して正義が実行されるだろうということに、誰も確信を持っていない。警察の手にかかった死亡事件については長い歴史があるが、一人の警官も起訴されたことがないのだ。

 警察への信頼の欠如が黒人コミュニティーの中でとりわけ強い――それには当然の物質的理由がある――中で、ここ数年の出来事が不穏な空気をさらに激化させてきた。2009年4月1日、ロンドンのG20抗議行動において、警察が新聞売り子のイアン・トムリンソンを殺した事件、昨年の学生デモで障がい者の学生活動家ジョディー・マッキンタイヤーが警棒で乱打された事件は、長きにわたって黒人コミュニティーに対して実行されてきたものの気付かれることのなかった警察の暴力のイメージを、多くの家庭にも知らせることになった。

 新自由主義の臆病者たちは、ねぐらに戻っている。マーク・ダガンが住んでいた地域であるハリンゲイでは、地区自治体当局の4100万ポンド(6700万米ドル)の支出カットは、地区の青年たちへの支援を荒廃させた。こうしたことは都心の低所得者地域のほとんどで共通のパターンである。若者への支援対策費はキャメロンの緊縮戦略で最初に打撃を受ける部門の一つである。同時に政府が、63万人の若者たちに一六歳以後も中等教育あるいはそれ以上の教育を受ける経済的可能性を与える教育手当を廃止したこと、そして大学生の授業料を三倍化したことは、不満、怒り、そして誰も若者世代に起きていることに配慮していないという感覚を増大させた。こうしたことは、ここ数日間にわたって爆発した圧力釜を作り出した諸要因の一部にすぎない。

 先月、トットナム(訳注:マーク・ダガン射殺事件が起きたロンドン北部の地区)選出の国会議員デービッド・ラミーは彼の選挙区で失業率が10%上がっている状況に対処する行動を政府に要求した。ここでは現在1万514人が職を探している。地域の住民はインタビューに答えて、20代後半の数千人もの人々が職を見つけられていないと語った。したがってデザイナーブランドもののスポーツウエアや携帯電話、高級なTVやMP3プレーヤーを売る店が、そうした商品を買うだけのカネを稼げないことを知っている人々によって略奪を受けたのは驚きではない。

 資本家は二つのことをいっしょにできない。彼らは一方でステータスや達成感を得るためにはそうした商品が必要だと語り、他方では、彼らが提供する職のほとんどは人々が生き延びるためだけの飢餓賃金しか払わない短期契約なのである。

 対照的に大金持ちは、その境遇にそれほどよい思い出を持っているわけではない。8月8日、高額所得者委員会は、フィナンシャルタイムズが発表する100銘柄株価指数に入っている企業の経営者たちの受け取る年間平均年金が約17万5000ポンド(28万5000米ドル)だと報告した。英国の平均年金はわずか5680ポンド(9550米ドル)であり、政府は勤労民衆をさらに貧しくすることを望んでいる。同時に彼らは年間15万ポンド(24万5000米ドル)以上の所得に課される50%の最高税率を支払う30万人の人びとに巨額のカネを引き渡そうと必死になっているのだ。ロンドン市長のボリス・ジョンソンは、そうした高率課税の廃止を呼びかけ、彼の大金持ちの親友であるジョージ・オズボーン蔵相はこの税制をやめてしまいたいと述べた。

 多くの人々が彼らこそ本当の略奪者であり、本物の犯罪者だと強調しているのは不思議なことではない。昨日の「ガーディアン」紙に掲載された一通の手紙は述べている。「暴徒たちは銀行家がこの国でやっていることを路上でやっているだけだ。銀行家と違い、暴徒たちが罰せられることは疑いないだろう」。

 労働党左派の国会議員ジョン・マクドネルは同じ紙面で書いている。「われわれは、あらゆる手段を通じてできるだけひったくるという倫理によって、グロテスクなまでに不平等な社会を作り出してきたこの30年間に播いた種を刈り取っているのだ。略奪者の社会は、国会議員とその経費、銀行家とそのボーナス、課税逃れの企業、嫌がらせを常とするジャーナリスト、わいろを受け取る警官、そして今や疎外された少年グループたちがチャンスをつかみ取っている状態を作り出したのだ……」。

 こうしたことは、JDスポーツから100ポンドのトレーナーを奪い取った十代の少年たちの心には浮かんでこなかったかもしれない。彼らが知っていることは、富と特権を持ち、その権力を幾百万人もの人びとを貧しいままにさせておくために使っている連中が向こうにいるということだ。暴動は破壊的な怒りと言葉にならない抗議の発作的表現だが、声を奪われた人びとが自らの主張を聞かせる方法の一つである。

 われわれは、マーク・ダガンの死以来、街頭で起きた出来事を、市民的自由をさらに押しつぶし、抗議の権利を攻撃するために利用しようとする試みに抵抗しなければならない。イギリス本土の街頭で以前よりもさらに広範に、警官に対してゴム弾が支給されている。われわれは、北アイルランドでその使用がいかに殺人的なものになり得たかを知っている。放水銃はここでは使用されたことはなかった。軍隊への導入は依然として論議中だが、通告後二四時間でいまや警察はそれを使用することができるようになる。

 「抵抗の連合」、そしてとりわけ「支出削減に反対する黒人活動家(BARAC)」などの支出削減に反対する組織が、自らの声を人々に伝え、この騒動の真の原因や、黒人コミュニティーに未来を与え、若者たちに新しい希望を与えるために実行することが必要な政策を語ることはきわめて積極的な意味を持つ。来るべき数カ月のうちに、労働組合やラディカル左派は彼らの主張を伝え、保守党―自民党連合政権の攻撃に対する巻き返しを開始しなければならない。



▼テリー・コンウェイは「インターナショナルビューポイント」の編集部員で「ソーシャリスト・レジスタンス」(第四インターナショナル・イギリス支部)の指導部。ビリー・カーチスはイギリスにおける「ソーシャリスト・レジスタンス」の支持者。

(「インターナショナルビューポイント」2011年8月号)

【報告】 2011山谷夏祭り

san 八月六日(土)、七日(日)の両日、山谷夏祭りが行われ、会場の玉姫公園には多くの労働者や支援者が集まった。


 実行委員会で決まった今年のスローガンは「なに!節電だ?もともとおらとこ電気がねえ」サブスローガンは「貧乏人を殺すな!命を守ろう!」。


 六日、午前中から作業に汗を流す、山谷労働者福祉会館から物資を運び出し、公園では盆踊りのヤグラや、ステージなどの設営、屋台の準備が行われた。屋台は年々参加団体が増え、多彩になってきた。また、祭りに先立ってはアルミ缶の買い取りと、ワッショイ券(屋台券)との交換も行われ好評だった。


 四時半からは共同炊事が行われ祭りがスタートした。共同炊事と平行して毎年会場内に設けられている祭壇の前で追悼も行われた。昨年に続き、ひとさじの会のお坊さんがお経を上げ亡くなった仲間を追悼する。


 山谷争議団の仲間が開会の挨拶にたち、震災後の厳しい状況の中、力を合わせて闘い、生き抜いていこうと訴え、乾杯を行った。今年もウーロンハイは無料だ。七日には山谷労働者福祉会館のなすびさんが被ばく労働自己防衛マニュアルを作った事を報告し、福島原発の現状について「とても人間が入って作業する状況には無い」として原発の仕事に行くな!と訴えた。


 ステージは一日目はカラオケ、そして今年で三回目の登場となった、真黒家ぼっくす(まっくろけぼっくす)ホーンも入った総勢十名のバンドでアリランなどを演奏、会場内は一気に盛り上がる。続いてもう何回も夏祭りに参加してくれている岡大介さん。缶カラ三線やギターで懐メロや、復興節などを熱唱。


 翌七日のステージは盛りだくさん、最初はジンタラムータ、映画「山谷やられたらやりかえせ」の音楽も担当した大隈亘さんを中心としたグループ、東欧のロマ(ジプシー)の職人の労働歌や、相馬盆歌などの被災地の民謡などを披露した。


 つづいてマサさん、夏祭りでは常連の女性サックス奏者、ニューヨークのハーレムを拠点に演奏活動を展開している。次にさっちゃんバンド、立川テント村のビラ撒き弾圧事件の当事者でもあるさっちゃんを中心としたバンド、最近では反原発運動の現場でもおなじみだ。途中でマサさんも加わっての演奏。最後は前日に続いて岡大介さんが登場。


 ステージの後は盆踊り、今年は事前に練習会も行い、気合いも入っている。七日はさっちゃんがシャンベ(ラテン・パーカッションの一種)をたたいて盛り上げる。


 この間、山谷・浅草周辺では東京スカイツリーの建設とそれに伴う観光化によって野宿者の排除が激しさを増している。各区ではアルミ缶の持ち去り禁止条例が強化され、野宿者の生活の糧が奪われつつある。また、江東区では竪川河川敷公園の再開発に伴うテント排除との闘いが煮詰まりつつある。


 また、毎週日曜日の共同炊事は多くの人々、特に米などの食材を提供してくれる農家のカンパによって支えられているが、今回の震災によってこの秋以降の食材の確保に赤信号が灯っている。


 さらに、震災に起因する企業倒産や、非正規切りは被災地だけでなく全国で起きており、職を失う人々が今後も増える事が予想される。そのような中で生活保護法改悪の動きが現実味を帯びてきている。


 この秋以降の野宿者戦線の闘いに注目を、そして支援を。


(板)

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