虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

反排外主義

【案内】排外主義をうつ!7.28討論集会& 『靖国中毒』上映

排外主義をうつ!7.28討論集会& 『靖国中毒』上映

 排外主義が市民権を獲得しつつあることへの不安感を、私たちはここ数年実感させられている。その排外主義は、権力の中枢から、「市民社会」と呼ばれる公共の場、市井の人々の間で、さまざまに自己主張している。

 朝鮮学校への暴力的な攻撃、学校や職場で強要される「日の丸・君が代」、自民党などが出した憲法草案の思想、入国管理・外国人登録法の強化と改悪、排除の論理で肥え太る資本、排外主義と戦争、戦争の歴史認識とその歴史認識を歪める「靖国」、デモ中に出くわす右翼の暴力、反天皇制や反「靖国」を掲げた途端に表現の自由を奪われる現実、等々。さまざまな現実があるのだ。

 深刻で今日的なこの「排外主義」の問題について、多岐にわたる視点と切り口から議論を重ね、克服可能な課題に転化していくための一歩を踏み出したい。さまざまな領域で活動する実行委呼びかけ団体を中心に、5分間スピーチの形で問題提起し、全体討論につなげていく。

 1部のDVD『靖国中毒』上映と2部の討論集会、併せてご参集ください。そして、ぜひ議論に加わってください。

◆2012年7月28日(土)
◆日本キリスト教会館4F
(地下鉄東西線早稲田駅3b番、2番出口から徒歩5分)

1部 『靖国中毒』上映
15:15開場、15:30~16:30

2部 討論会
17:15開場、17:30~20:00
問題提起:右翼、ネット上での言論、ナショナリズム、憲法改悪、「日の丸・君が代」、思想・信条の自由、表現の自由への侵害等々、できるだけ多くの視点と切り口から、さまざまな領域で活動するグループ・個人による
*1部、2部それぞれ300円(入れ替え制)
主催:排外主義と天皇制を問う8.15反「靖国」行動実行委員会
   

呼びかけ団体:アジア連帯講座、沖縄を踏みにじるな!緊急アクション実行委員会、キリスト教事業所連帯合同労働組合、国連・憲法問題研究会、市民の意見30の会・東京、女性と天皇制研究会、スペース21、立川自衛隊監視テント村、日韓民衆連帯全国ネットワーク、命どぅ宝ネットワーク、反安保実行委員会、「反改憲」運動通信、反天皇制運動連絡会、「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会、「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会、ピープルズ・プラン研究所、靖国・天皇制問題情報センター、琉球センター・どぅたっち、連帯社、労働運動活動者評議会
賛同団体:争議団連絡会議

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苦情申出書

 6月19日、私たち反天皇制運動の実行委員会は、4月29日のデモ警備のありかたについて、反「昭和の日」集会実行委員会の名前で、東京都公安委員会に対して苦情申出書提出を行いました。

 私たち実行委委員会は、今年に入り、2.11反「紀元節」、4. 29反「昭和の日」行動の一環として、警察によるデモ参加者の撮影や、前後左右から圧縮する等の威嚇・妨害行為、右翼への情報提供疑惑に対して是正を要求する行動を継続しています。

 今回の苦情申出書は、主に警察によるデモ参加者の写真・ ビデオ撮影の違法性について訴えるものでした。その後、警察による右翼団体への私たちのデモに関する情報提供の疑惑についても、審査の要求をする文書を追加することとしました。

 今回の苦情申出書提出により、 公安委員会から担当の警察部署に対し調査と回答が要求され、回答がでたところで公安委員会から実行委へ通知がきます。

回答は9月頃とのことです。

 私たちは、今年も例年どおり8.15反「靖国」 行動を準備しています。
 今年のテーマは「排外主義と天皇制を問う」です。

 今回の苦情申出は、デモくらい自由にしたい、 それくらい民主国家の前提でしょう!?と、要求しているにすぎません。

 しかし、それすらが危うい事態となっているのが今の日本社会です。
 基本的人権ともいえる思想・信条の自由と、そのための表現手段の一つであるデモの自由は、沢山の人の手で守っていくしかありません。
 実行委は行動を続けます。どうか、今年も8.15行動にはお集まりください。

 以下、6月19日付けで提出した「苦情申出書」です。 追加文書は近日中に提出予定です。
 警察がどのように調査し報告を出すのか、ご注目ください。

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苦情申出書

2012年5月31日
東京都公安委員会御中

 2012年4月29日に、 新宿区早稲田において開催された集会ならびにその後に実施されたデモ行動に対する、警視庁戸塚警察署・警視庁新宿警察署の警備課と、警視庁警備部および警視庁公安部による規制に関して、警察法第79条に基づき苦情申出を行う。

1、苦情申出人の氏名

植民地支配と日米安保を問う反『昭和の日』集会 実行委員会
実行委員 

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2、苦情申出の原因たる職務執行の日時、場所とその概要について

 年月日:2012年4月29日

 時間: 集会開催 同日13時~16時
     デモ行動 同日16時~17時

 当該の行動のうち、「植民地支配と日米安保を問う反『昭和の日』集会」は、東京都新宿区西早稲田の「日本キリスト教会館」会議室において開催された。その後に実施されたデモ行動は、前記集会会場から出発し、早稲田通りから明治通り、大久保通りを経由して新宿区大久保の西大久保公園まで実施された。

 同日の行動には、子どもや老人も参加していた。そして、このことは、申出人らが事前に戸塚警察署に赴いて、デモに伴う道路使用許可申請を提出した際に、警備担当者らに対し明確に述べており、警備担当者も知るところであった。

 それにもかかわらず、当日の警察官による警備は厳しいものであり、デモ行動への参加者は、行動の最初から最後まで警察官の強い規制に身をさらされ、その思想・信条に基づいた表現が制約された。これに加え、警察官は、指揮官車両や歩道上から、参加者の顔や全身の写真や動画を撮影し続けた。

3、苦情申出の原因たる職務執行による不利益と、 これにかかわる警察職員の執務の問題点について

 この日の苦情申出人らの行動に対し、「警備」 の名目のもとに警察官が行った職務執行は、日本国憲法に基づく個人の自由や権利を著しく損なうものであって許されない。

 この4月29日の集会とデモ行動を主催した、 同集会実行委員会は、集会およびデモ行動に先立ち、別紙の内容の要請書を、警視庁警備部長、警視庁戸塚警察署長、警視庁新宿警察署長に対して提出している。
 これに記載されている、2月11日に実施された「2.11反『紀元節』行動」は、4月29日に実施された「植民地支配と日米安保を問う反『昭和の日』集会」と、主催者や参加者の多くを共通するものである。さらに、2月11日の行動と4月29日の行動は、集会の開催場所やデモ行動のコースもまた、同じ場所とコースで実施された。

 2月11日の行動は、別紙要請書に記載されているように、右翼団体による激しい騒音と暴力にさらされるものであった。2月11日に生起した事実は、すでに日も過ぎており、今回の苦情申立てとは異なるものではあるが、内容において密接に関連性があるのでこれについて述べる。

 この2月11日には、明治通りの上下車線の歩道側には、多数の右翼の街宣車が、あらかじめ警察の指示があったように並べられ、「死ね」「殺せ」「日本から出て行け」などの脅迫が大音量で流され、右翼団体の構成員が、あちこちからデモ行動の参加者に飛びかかってきた。警察官らは、こうした右翼の暴行を十分に抑止せず、むしろ危険にさらされているデモ行動への参加者に対し、厳しい抑制を伴う警備を実施したのである。

 このような脅迫や暴力は、これまでにも形を変えて繰り返されているものである。申出人ら2月11日の行動の主催者は、集会やデモ行動への参加者の安全を最優先させる目的で、本来は広く公開するべき集会や行動のための宣伝活動も控え、デモのコースについても事前に公表しなかった。それにもかかわらず、直前に決定された2月11日当日の行動のタイムスケジュールは右翼団体に流されており、右翼による激しい暴力を前提とした警察官による重警備体制によって、当日の行動は著しく損なわれた。別紙要請書は、こうした事実経過を踏まえたものである。

 今回の4月29日の行動に際しては、 前記2月11日のような危険で不当な事態が生起しないことはもちろん、当日の行動においては、正しく基本的人権を行使し、その意思を表現することができねばならないと、申出人ら主催者は考えた。この意志を明確にするべく、集会と行動に先だち、警備担当者らに対し、要請書を手交し、読み上げたものである。

 別紙要請書に記載されている、1~4の項目は、いずれも要請としては極めてささやかなものであると申出人は考える。

 個人の肖像権は、常に尊重されねばならないものである。街角や建物などに近年はビデオカメラが多数設置されているが、その内容を一般人が開示したり利用したりすることは許されていない。これは警察官においても同様である。デモなどの行動を、犯罪捜査などの特別な理由もなくただ撮影することは、自由な政治行動や意思表示を犯罪と同一視することである。それは、個人の自由や権利を損ない、委縮させることにつながるものであって、そのようなことのないよう、警察官の職務執行においても抑制的でなくてはならない。しかし、今回の行動においては、事前に要請を行っており、当日の状況においても何らこれが必要な状況ではないにもかかわらず、警備の指揮官車両や、歩道上の多数の公安警察官らにより、放恣な写真やビデオ撮影がなされ、参加者らからの抗議によってもこれは是正されることがなかった。

 前記2月11日のような状況は、集会やデモ行動への参加者はもちろん、警備担当の警察官ら自身をも危険にさらすものでもある。今回の4月29日の行動に対しては、そのことが警備担当者においてある程度は周知されたのか、集会とデモ行動を行っている場所と時間においては、右翼団体らの直接的な襲撃は小さいものであった。

 しかし、こうした状況が起きなかったわけではない。デモ行動の終了後になって、あたかも警察官らの警備と交代するように、右翼団体の構成員らが参加者に対して襲撃をかけてきた。これにより、参加者は蹴られたり殴られたりしたが、大きな怪我や被害がなかったのは、極めて幸運なことであった。また、集会を開催した日本キリスト教団の敷地内には、右翼団体らが5台もの街宣車で押し掛け、集会の会場を提供したことに対して脅迫行為を行った。前記集会の開催中にも、右翼団体らは、会場の最寄駅周辺で、参加者らを脅迫するような行動を展開したという。

 これらは、右翼団体に情報提供がなされていたことを疑わせるに足る事情である。もしも、こうした暴力的な右翼団体に、公安部などの警察官が何らかの形で事前に情報を流していたとしたら、それは司法警察員として決して許されることではない。このような暴力的な事態はもちろん、そのような事態が生起することを予期していながら、むしろそれを助長するような動きを、警察関係者が行うようなことは、犯罪的ですらあろう。

 今回4月29日には、 前記2月11日のような事態は生起しなかったが、以上のように、憲法上の権利や自由が十分に保障された状況とはほど遠いものであった。それは、警察による適法な警備がなされていなかったことに他ならないと考える。これらについて、適切な調査と改善がなされることを求める。

 以上、苦情を申出るものである。

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別紙

警視庁警備部長 殿
警視庁戸塚警察署長 殿
警視庁新宿警察署長 殿

反「昭和の日」実行委員会

 私たち反「昭和の日」実行委員会は、4月29日、「 植民地支配と日米安保を問う反『昭和の日』集会とデモ」を行うにあたり、これまでの実行委員会が主催したデモの経験を踏まえ、4月29日当日の貴職による警備について、申し入れます。
 去る2月11日の2.11反「紀元節」行動においても、デモ申請の際に憲法・法律に基づきデモ警備に関する要望を口頭で伝えていました。しかし実際は、警察による違法な写真・ビデオ撮影や、集会会場前からデモ解散地点にいたるまでの公安警察による参加者の監視が多数みうけられました。また、デモ参加者を圧縮や暴言などの行為で威嚇し続けるなど、実行委員会からの事前の要請の多くは無視された形でした。
 それだけでなく、暴力的な妨害行動を行う右翼に、デモコースや出発時間、解散地点等々の情報を流さないよう、これまでの同様の経験に基づき、あえて要請もしていましたが、デモ行進は事前にデモコース上で待ち構えていた右翼による暴力的な妨害により、危険きわまりないものとなりました。情報は流されたと判断するしかありません。およそ表現の自由を認める法治国家とは言えない事態です。
 以上のような経緯から、3月2日付けで、各位へ2.11反「紀元節」行動への警備のあり方について公開質問状を送付し、警視庁戸塚警察署には4人の実行委および関係者が同公開質問状を持って申し入れしましたが、いずれからも真摯な対応はなされていません。
 私たちはこのような事態を繰り返すことなく、思想・信条の自由、表現の自由という権利を街頭で安全に行使していくために、またそのことを前提に集まってくる参加者の安全を守るために、再度、貴職に対し、以下を強く要請します。

1.集会会場付近での参加者の監視行動や、デモ時、 デモ参加者の写真やビデオ撮影を行わないこと。デモ隊前後の警察車両からビデオ撮影をしないこと。肖像権侵害は違法行為であるとの認識を周知徹底すること。

2.機動隊の指揮官車を、デモ宣伝カーの前につけないこと
 デモを指揮するのは警察ではないという認識を周知徹底すること。指揮官車はデモを監視しているようにしか受け取れない。

3.右翼のデモ参加者に対する威嚇・妨害行為に対して、 警察は便宜をはからないこと。
・右翼に実行委員会のいかなる情報も流さないこと。
・右翼の街宣車をデモコースに配置させないこと。

4. デモ参加者への規制および大音量でデモの示威行為を妨害しないこと
 早く歩くように指示したり、デモの後ろから押したりしないこと。不当に左右から挟み込んだり圧縮しないこと。また、大音量によるデモ行進の告知をしないこと。デモ行進は一目瞭然であって告知は不要であり、大音量のアナウンスはデモの示威行為を妨害している。

以上

排外主義と天皇制を問う8.15反「靖国」行動実行委員会 呼びかけ文

 民主党政権は、なりふりかまわぬ原発再稼働へと進み、社会保障の切り捨て・消費税増税、国民共通番号制、普天間基地の辺野古「移設」の再確認、「中国脅威論」を口実とした日米共同作戦体制の強化などを進めていこうとしている。



このような政治状況は、改憲問題をふたたび表面化せざるをえない。今年の憲法記念日を前に、自民党やみんなの党、たちあがれ日本があいついで改憲案を提出した。いずれも天皇元首化、「国旗・国歌」の明確化、首相に権限を集中する緊急事態対処などをうたったものだ。

 こうした国家主義的な改憲案にある中心的な思想が、「国民主権の縮小と立憲主義の否定」であることは間違いない。そして、それらは、現代日本の政治・経済・社会の場面全てを覆う閉塞感を打破するものとして打ち上げられているのだ。

 こうした政治的なムードのなかで、右翼・排外主義者が力を得る状況が目だっている。この間浮上していることだけでも、石原都知事呼びかけによる尖閣購入問題、八重山「つくる会教科書」採択問題、那覇市の「第32軍司令部壕」説明板からの「慰安婦」削除問題、北海道小中学校の「アイヌ副読本」記述改ざん、韓国人写真家による元「慰安婦」写真展の中止などあいついだ。日本政府による、ソウルやアメリカの「慰安婦の碑」撤去要請は、一方で軍事協力を拡大させている李明博政権との関係にさえ、影響を与えている。

 これら一連の事態が明らかにしているのは、近代日本の侵略・植民地支配の歴史が生み出したさまざまな問題について、事実を否定し、是非を転倒させていく歴史修正主義の潮流が、この社会のメインストリームに定着させられてしまったという事実である。自民党が今国会に提出を目論んでいるという「国旗損壊罪」も、そうした風潮に乗っていることは間違いない。

 それは、決して一部右派政治家・排外主義者たちだけのものではない。すでに、この社会における根強い基盤とさえいえる状況だ。そしてそれは、現実政治・社会に対する「うっぷんばらし」としての石原や橋下のポピュリズムに対する支持とも連動しているだろう。私たちの反天皇制運動の課題とは、そのような基盤を解体していくことに他ならない。

 こうした状況のなかで、日本の戦争責任・植民地支配責任の追及、そして反天皇制の声を挙げていくことへのバッシングは、年々厳しいものとなっている。集会の会場に対する右翼の嫌がらせは、会場管理者に対して集会使用への忌避感を募らせる。右翼による暴力的なデモへの破壊と、それを利用した権力の介入も深刻さを増している。暴力によるデモ破壊を公言し続けている在特会は、靖国周辺での「騒乱」を理由に8月15日の「反日デモ」を許可しないよう、東京都公安委員会に求める署名活動をはじめた。

 現実の問題として、表現の自由、思想・信条の自由が、著しく侵害され始めていると言わざるを得ない。このことが、反天皇制運動の課題としても強く主張されなければならない。そしてこういう時代状況だからこそ、私たちは、あたりまえの声をあたりまえに上げていく8・15行動に今年も取り組んでいきたいと考える。

 かつての戦争を美化し、戦争の死者を顕彰する靖国神社の歴史認識は、跋扈する歴史修正主義の思想的バックボーンのひとつであり、また、当日天皇出席のもとで九段で開かれる「全国戦没者追悼式」も、戦争の死者のおかげで「戦後の平和」がもたらされたとする儀式である。それは、死者たちを生み出した国家の責任を解除するばかりでなく、今後も「お国のための死」を尊いものとして受け入れさせていこうというイデオロギーにほかならない。

    今年の春、心臓の手術を行ったアキヒト天皇は、「病後をおして」政府主催の3.11追悼式典に出席して「おことば」を述べ、その後もイギリス訪問や山口全国植樹祭に出席するなど活発に動いている。それは、アキヒト・ミチコ天皇制の「ラストスパート」をさえ思わせる。この11月には沖縄・糸満で「豊かな海づくり大会」の開催=天皇の沖縄訪問が計画されているが、アキヒト・ミチコは沖縄にとくに関心が深いと言われている。かれらの沖縄訪問が、これまでもそうであったように、米軍基地問題をはじめとする日本の沖縄に対する「植民地」的支配の矛盾を糊塗し、沖縄の人たちを「慰撫」する政治的なパフォーマンスとなることは間違いない。それはまた、「復帰40年」を機に、沖縄の人たちの新たな「皇民化」=「国民化」を推し進めることで、この地の人たちの抵抗を押さえつけていく役割を果すだろう。

 確実に近づくアキヒト「Xデー」をも射程に入れつつ、アキヒト天皇制の「総決算」と闘う反天皇制運動を作り出していこう。

【呼びかけ団体】
アジア連帯講座
沖縄を踏みにじるな!緊急アクション実行委員会
キリスト教事業所連帯合同労働組合
国連・憲法問題研究会
市民の意見30の会・東京
女性と天皇制研究会
スペース21
立川自衛隊監視テント村
日韓民衆連帯全国ネットワーク
命どぅ宝ネットワーク
反安保実行委員会
「反改憲」運動通信
反天皇制運動連絡会
「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会
「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会
ピープルズ・プラン研究所
靖国・天皇制問題情報センター
琉球センター・どぅたっち
連帯社
労働運動活動者評議会

【賛同団体】
争議団連絡会議
 

転載【反天連声明】国家による死者の簒奪を許すな!天皇出席の3.11「東日本大震災追悼式」に反対する

ten1ten2【反天連声明】国家による死者の簒奪を許すな!
天皇出席の3.11「東日本大震災追悼式」に反対する


 2012年2月1日
 反天皇制運動連絡会(http://hanten-2.blogspot.com/

 1月20日、政府は「東日本大震災1周年追悼式」を開催することを閣議決定し、内閣府に「追悼式準備室」を設置した。報道によれば、「追悼式」の会場は東京都の国立劇場で、1500名の規模。「地震発生時刻の午後2時46分に1分間の黙祷をささげる」「実行委員長を務める野田佳彦首相の式辞や、天皇陛下のお言葉、岩手、宮城、福島3県から招く遺族代表のあいさつなどを予定している」という。

 1年前のこの日、筆舌に尽くしがたい惨事が東北を中心とする人びとを襲った。それまでの生活は一瞬にして破壊され、たくさんの命が失われた。それを目の当たりにした人びとにとって、また、そういった人びとに直接繋がる人びとにとって、この日が特別の意味をもつことは当然であり、失われた命に思いを寄せ、その死を悼むことはあたりまえの感情である。だが、国家が「追悼式」において果そうとしていることは、国家がそういった人びとの感情をすくい取り、さまざまな人の持つ多様な思いを、ある種の政治方向へと集約していくことにほかならない。だからこそ私たちは、国家による「追悼式」をけっして許すことは
できない。

 野田首相は、1月24日の施政方針演説で次のように述べている。「大震災の発災から1年を迎える、来る3月11日には、政府主催で追悼式を執り行います。犠牲者のみ霊に対する最大の供養は、被災地が一日も早く復興を果たすことに他なりません。……東日本各地の被災地の苦難の日々に寄り添いながら、全ての日本人が力を合わせて、『復興を通じた日本再生』という歴史の一ページを共に作り上げていこうではありませんか」。

 「犠牲者のみ霊に対する最大の供養」が「復興」であるという。これは、例年、8月15日に天皇出席のもとで行なわれる「全国戦没者追悼式」における、国家による死者の「追悼」の論理とそっくりである。私たちは、毎年、「全国戦没者追悼式」への反対行動に取り組んでいるが、それは、戦争の死者を生み出した責任の主体に他ならぬ日本国家が、その死者を「戦後日本の繁栄」をもたらした存在として顕彰することによって意味づける儀式であるからだ。そこに決定的に欠落しているのは、その死をもたらした戦争に対する反省の意識である。国家がなすべきことは、戦争の死者を褒め称えることではない。被害者(戦場に駆り出された兵士たち、空襲や原爆投下などによるおびただしい死
者、そして日本の植民地支配と侵略戦争によって生み出された他民族の被害当事者と遺族たち)にたいして責任を認めて、謝罪と補償(恩給などというものではなく!)を行うことである。

 この8.15と同様の政治が、3.11においても起動されようとしている。そして8.15において隠蔽されるものが国家の戦争責任であるとすれば、3.11において隠蔽されるものは国家の「原発責任」とでも言うべきものである。

 野田の演説において、地震・津波災害と原発事故災害とは、たんに並列されているだけである。地震・津波の被害をあれほどに拡大させてしまった責任は国にもあるはずだが、それ自体は「自然災害」ではあろう。しかし、それによって起こされた原発事故は100%の人災である。国家的なプロジェクトとして原発を推進し続けた国に、事故の根本的な責任があることは明白である。自然災害はおさまれば確かに暮らしは再建され「復興」に向かうはずだ。しかし、現在進行形の原発事故は、決して旧に復することのできない深い傷を、日々刻み続けている。

 原発政策をそのままにした「復興」などありえない。野田もこの演説で「元に戻すのではなく、新しい日本を作り出すという挑戦」が「今を生きる日本人の歴史的な使命」であるなどと述べている。だがそれは、「自然災害に強い持続可能な国づくり・地域づくりを実現するため、災害対策全般を見直し、抜本的に強化」することであり、「原発事故の原因を徹底的に究明し、その教訓を踏まえた新たな原子力安全行政を確立」することでしかない。こんなことは、従来の原発推進路線においてすら、タテマエとしては掲げられてきたことではないのか。

 このふたつの災害を切り離して前者のみを語ることは、その責任を負っている国家にとっては、決して許されることではないはずだ。「追悼式」において、死者の死はもっぱら今後の「復興」にのみ結びつけて語られ、いまなお原発事故の被害を受け続けている人びとをも含めて、被災一般・苦難一般へと問題は解消され、それを乗り越えて「復興に向けて頑張ろう」というメッセージへと「国民的」な動員が果たされる。野田の演説にも見られる「全ての日本人」「日本再生」といった言葉は、多数の被災した在日外国人を排除するだけではない。被災者のおかれているさまざまな苦難の差異を消し去り、あやしげな「共同性」に囲い込み、挙国一致で頑張ろうと忍耐を求める国家の論理なのだ。

 さらに、国家によって「追悼」されるのは、個々の固有の名を持つ死者ではありえない。儀礼的な空間の中で、具体的な個々の死者は、集合的に追悼されるべき単一の死者=「犠牲者」なるものに統合されてしまう。その抽象的な死者に対して、国家のタクトにしたがって、「国民的」行事として一斉黙祷がなされる。それはあくまで、儀式を主宰する国家の政治目的のための「追悼」なのだ。それはそのとき、さまざまな場所で、自らの思いにおいて個別の死者を悼んでいるだろうすべての人びとの行為をも、否応なく国家行事の側に呑み込み、その一部としてしまう。それが、国家による死者の簒奪でなくて何であろうか。

 この儀式において、天皇の「おことば」は中心的な位置を占めるだろう。天皇は、昨年の震災直後にビデオメッセージを発し、また、被災地を慰問して回った。そこで天皇が果した役割は、被災者の苦難にたいして、その悲しみや怒りを、「慰撫」し「沈静化」させることであった。そのパフォーマンスは、マスコミなどで「ありがたく、おやさしい」ものとして宣伝され続けた。しかし、天皇とは憲法で規定された国家を象徴する機関である。そのような存在として天皇は、震災と原発事故が露出させた戦後日本国家の責任を隠蔽し、再び旧来の秩序へと回帰させていく役割を、精力的に担ったのだ。それこそが天皇の「任務」なのであり、3.11の「追悼式」において天皇が果すのも、そのような役割であるはずだ。

 国家がなさねばならないことは別にある。震災と原発事故の被災者の生存権を守り、被害に対する補償や支援をし、さらには被害の一層の拡大を防止するためにあらゆる手立てが尽くされなければならない。そして、これまでの成長優先社会の価値観からの転換がなされなければならない。しかし、政府が行おうとしている方向性は逆だ。原発問題一つとっても、老朽原発の寿命の延長を可能にし、インチキな「ストレステスト」を強行して無理やり再稼働に進もうとしているではないか。それは、「復興」されようとしている社会が3.11以前と同じ社会であること、そこにおいて利益を享受していた者たちの社会であることを物語ってしまっている。この点で私たちは、国家による「追悼式」への抗議の声を、3.11というこの日においてこそ、反原発という課題に合流させていかなければならない。

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