虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

反帝国主義

【アラブの反米暴動】エジプト革命派の声明

lzqzyq(画像は看護士・医師アシスタントのストライキ "革命的社会主義運動"のサイトから)

 

ムスリムへの侮辱を引き起こしたもの


 
エジプト 革命的社会主義運動
http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2747
 
二〇一二年九月一四日
 
 イスラム教の預言者ムハンマドを誹謗した映像に抗議してアラブ諸国全域で反米暴動の波が広がっている。二〇一一年のアラブ革命を反欧米・反キリスト教の宗派主義的激情に流し込もうとするイスラム主義潮流の活性化に対して、エジプトの革命的社会主義グループは、この怒りの爆発をアメリカ帝国主義とイスラエルに対する闘いに向けることよう訴える声明を発した。かれらは二〇一一年のアラブ革命を、民衆の自由と国際的連帯に向けて発展させるよう訴えている。(K)



革命的社会主義運動は、ムスリムであろうとキリスト教徒であろうと宗教的施設やシンボルへのあらゆる攻撃を完全に拒否することを確認する。そうした行為は労働者・農民、貧しく抑圧された大衆の大多数の隊伍を破壊し、宗派的傾向と分極化を強化している。こうした攻撃は、幾百万人もの人びとの生計と運命を支配・統制する搾取者と投資家たちの一団に対する戦闘の中で、大衆の闘争、統一、かれらの自己意識と自主的組織化の発展を弱めている。

 またわれわれは、アラブ革命の真の闘いとはアメリカ帝国主義に対する闘いであって、別の文化や表現の自由に対する闘いではないことを強調する。この闘いは、勤労民衆、抑圧されたすべての民衆による内外の搾取者、苦しみを与える者どもに対するラディカルな闘争の発展を通じる以外には勝利しないだろう。

 アメリカ帝国主義に対するこの闘いは、「文明の衝突」の問題に切り縮めることはできない。小グループによるリビア、エジプト、イエメンの大使館や米軍基地に対する暴力は、独立と民族解放を求める下からの大衆闘争の代用品になることもできない。

 かれらがアメリカに対する怒りに火をつけたその時、ムスリム同胞団とサラフィスト(暴力的イスラム原理主義の一派)の指導者たちは、米国との外交的・経済的・軍事的関係の維持を強調していたのである。かれらは、帝国主義政権との協力をやめるための、いかなる真剣なステップに踏み込もうとしなかったし、民族独立無駄に浪費するシオニスト国家との恥ずべき平和協定を破棄する真剣な努力を行おうともしなかった。政府当局者がシナイ半島で犯した虐殺に汚れた手を洗うやいなや、かれらはガザ地峡を取り巻くトンネルを破壊した。それはアメリカとイスラエル政府の直接的支持を獲得し、かれらとの協力の連携を強化した作戦の中で行われたことであった。

 この事件は、アラブ革命をその集団的・民主主義的価値のレベルで打撃を与える企図を示している。これはグローバルな抵抗の運動に示唆を与え。これらの革命とともに形を取り始めた虐政からの自由を求める全世界の民衆の連帯モデルに対する打撃である。

 この地域における米国の役割を、ムスリムとキリスト教徒、あるいは東と西との文化的・宗教的侵略として描き出す、こうした怒りの言葉と行動は、帝国主義に対決するイスラム主義のレトリックに影響された大衆をふくむ民衆の爆発的怒りを宗派主義的・排外主義的方向に向けるのに資するだけであり、それは根本的な間違いである。これは、街頭からの圧力を感じないまま、外交的手練手管を弄して米国やイスラエルをなだめることに異議をさしはさまないイスラム主義潮流指導部に機会を与えるものとなるだろう。

 革命的社会主義運動は、選挙で選ばれた政府当局に圧力をかけるため、自らの力を動員し、その隊伍を組織化するよう人びとに訴える。



●米軍に反対し、米軍とのあらゆる形での協力を阻止せよ。

●キャンプ・デービッド協定(訳注:米国のカーター大統領が仲介し、一九七八年九月にエジプトのサダト大統領とイスラエルのベギン首相の間で結ばれた平和協定)をきっぱりと破棄せよ。

●あらゆる可能な方法でパレスチナの抵抗運動を支持せよ。



革命的社会主義運動

二〇一二年九月一四日

■革命的社会主義運動
http://www.e-socialists.net/
 

北朝鮮「人工衛星」打ち上げ問題をどう見るか

0,,15830398_401,00 迷走する北朝鮮、戦闘態勢の自衛隊
 
 二月二九日、米国と朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)両国は、北朝鮮が寧変でのウラン濃縮活動、核実験、長距離ミサイル発射を一時停止して、寧辺の核施設に国際原子力機関(IAEA)要員を受け入れるとともに、米国は北朝鮮への食糧支援を行うと表明した。さらに三月七日、八日の両日、米国が北朝鮮に栄養補助食品など二四万トンを提供する方法をめぐって、米朝両政府代表による協議が北京で行われ、合意に達した。三月一二日には、ニューヨークに滞在中の北朝鮮の核問題をめぐる六者協議における北朝鮮側首席代表の李容浩(リヨンホ)外務次官が、ウラン濃縮活動の一時停止に伴ってIAEA代表の受け入れが近いうちに行われる、と言明した。

 こうした動きは、北朝鮮の金正恩新体制が「米朝協議」を進めながら、深刻極まる食糧事情を改善し、「強盛大国の大門を開く」年と位置づけられた二〇一二年の最大イベントである四月一三日の最高人民会議、四月一五日の「金日成生誕一〇〇年式典」、そして朝鮮労働者党一四回大会を経て、自らを打ち固めるための基盤づくりと目されていた。国際的にも孤立を深め、国内的にもどん詰まりの飢餓状況からの脱却を、米朝協議を通じて図ろうとする外交と考えられたのである。



 しかし、三月一六日、朝鮮中央通信が四月一二日から一六日の間に「人工衛星を搭載したロケットを打ち上げる」と発表したことで一転して緊張が高まった。朝鮮中央通信によれば、それは、地球観測衛星「光明星3号」を運搬ロケット「銀河3号」に搭載し、北朝鮮西部の「西海衛星発射場」から南方に向けて打ち上げるもので、「平和的な宇宙利用」である、と強調している。北朝鮮が国際海事機関(IMO)に事前通報した情報によればロケットの一段目は韓国西方沖、二弾目はフィリピン東方沖に落下する予定となっている。

 日米韓政府は、この北朝鮮による「衛星」発射予告を批判し、北朝鮮への圧力を共同で行使することを確認した。韓国政府は「二〇〇九年の国連安保理事会決議では、北朝鮮の弾道ミサイル技術を使ったすべての発射が禁じられている」と指摘し、今回の行為は「明確な安保理決議違反」と非難した。米国政府も「重大な挑発」と北朝鮮に抗議し、米朝協議で確認した食糧支援準備を中断した。中国やロシアもまた、北朝鮮に「人工衛星ロケット」発射の中止を促すための外交的圧力をかけている。ソウルで三月末に開催された「核サミット」は、北朝鮮の「ロケット発射」を阻止するための外交的舞台になった。

 こうした国際的反発は、当然、北朝鮮にとっては織り込み済みである。北朝鮮は「平和的な宇宙利用の権利を否定し、自主権を侵害する卑劣な行為」と海外からの圧力を非難する一方で、「人工衛星」を海外の専門家や記者にも公開すると述べ、IAEAに対して監視員の派遣を改めて要請している。

 米韓両国は、こうした中で、韓国東部の浦項で、「北朝鮮有事」を想定した、一九八九年の米韓合同軍事演習以来最大規模の合同上陸訓練を三月二九日から開始した。そして野田政権は米韓両国と歩調を合わせながら、二〇〇九年の北朝鮮ロケット発射時と同様に、三月三〇日に安全保障会議を開催し、「弾道ミサイル破壊措置命令」を発動した。この命令によって、防衛省をイージス艦を沖縄周辺の東シナ海に二隻、日本海に一隻、そして地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)を首都圏三カ所(朝霞、市ヶ谷、習志野)と沖縄本島の二カ所(那覇市、南城市)と宮古島、石垣島に配備した。さらに石垣、宮古、与那国島には陸上自衛隊の救援部隊を派遣した。

 この弾道ミサイル防衛体制は米軍横田基地内に置かれた「日米共同調整所」を通じて、日米共同の作戦として展開されることになる。まさに実戦体制が敷かれているのである。沖縄へのPAC3配備、石垣、宮古、与那国への陸自部隊の投入は、新防衛大綱で示された米軍のアジア・太平洋戦略の一環としての自衛隊の南西重視戦略の格好の実験場となっている。



 米朝協議を通じて「ウラン濃縮」・核実験の一時停止、IAEA復帰に応じる一方で、各国からの非難と孤立化を招くことを十二分に承知した上で「人工衛星発射」=ミサイル実験に踏み切ろうとする北朝鮮・金正恩体制の姿勢を、どのように捉えるべきだろうか。

北朝鮮は一方で、金正日体制が招き寄せた国際的孤立化と経済的・社会的危機からの脱出の糸口を手繰り寄せなければならない。他方で、金正恩継承体制の確立のためには、金日成・金正日・金正恩三代体制の「正統性」を根拠づけなければならない。

四月の「人工衛星発射」は、金正日が死去する直前の昨年一二月一五日に北朝鮮の当局者によって米国側に伝達されていたことであり、金総書記の「遺訓」を「一寸の譲歩も一寸の抜かりもなく徹底的に貫徹する」と宣言している金正恩にとっては、やめるわけにはいかなったのだとも報じられている(毎日新聞、三月二四日夕刊)。金正恩が父・正日の遺志を実行できなかったのだとすれば、彼の「継承体制」の正統性が危機に瀕するからである。

かりに北朝鮮の体制が「ゆるやかな方向転換」を求めようとしても、「三代継承」体制の正統化の枠組みに縛られた金正恩体制は、内部から転換することはきわめて困難である。こうして強力な指導力を欠いたまま、支離滅裂で混乱した政策が今日の北朝鮮を支配することになる。「ハンドルとブレーキが故障したまま、坂を駆け下りる車」という韓国・柳佑益(リュウイク)統一相の北朝鮮への評価(朝日新聞、三月三一日)は、おそらく正しいだろう。しかしそれとともに、公式の発表の裏側にある、北朝鮮側の「政策転換」へのサインも見すごすべきではない。

われわれは、民衆の苦しみと飢餓をよそに、ただ特権的支配層の残虐きわまる独裁支配体制を維持しようとするためだけに行われる「人工衛星」発射という膨大な浪費を厳しく批判しなければならない。

そして同時に北朝鮮の民衆と真に連帯しようとするためには、こうしたロケット発射を絶好の口実にして「北朝鮮の脅威」を煽り、米日・米韓の軍事的同盟体制の実戦化に踏み込もうとする動きにきっぱりと反対することが必要である。

朝鮮半島の緊張緩和と東アジアの平和の実現は、日本帝国主義の朝鮮半島の侵略・植民地支配の真の清算に基づく日朝国交交渉の再開のための闘いによってこそなしとげられるのだ。

(四月一日、K)

報告 2.7 アイヌ文化から北方諸島の問題を考えるトンコリと語りの夕べ

ain 二月七日、東京・飯田橋の富士見区民館で「アイヌ文化から北方諸島問題を考えるトンコリと語りの夕べ」が開催された。

二月七日は「北方領土の日」とされている。一八五五年に当時の江戸幕府と帝政ロシアがこの日に結んだ日露通好条約によって千島列島のエトロフ島とウルップ島の間が両国の国境と定められたことを根拠に、現在ロシア領となっているエトロフ以南の「北方諸島」を「日本固有の領土」と主張し、「日本への返還」を求めるキャンペーンが展開されてきた。しかしこうした「北方領土返還」運動は、先住民族であるアイヌ民族の自決権を無視し、日ロ両国の先住民族に対する植民地主義的侵略、差別と同化の歴史を正当化するものだ。

二〇〇七年九月には国連で「先住民族の権利に関する宣言」が賛成一四四、反対四(アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)、棄権一一という圧倒的多数で採択された。日本も条件付きで賛成票を投じた。さらにG8北海道・洞爺湖サミットを前にした二〇〇八年六月には「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が国会で採択され、政府もそれを追認した。しかし日ロ間の「領土問題」交渉では、自決権・自治権を有する先住民族としてのアイヌ民族の意思はまったく無視されている。

こうしたあり方に抗してアイヌ民族の先住民族としての権利を回復する闘いを支持する立場からこの日の集会が準備された。



集会では、制作が進められているアニメーション映画「七五郎沢の狐」の冒頭部分が映し出され、制作者の杉原由美子さんがこの作品についての思いを語った。この映画は狐のカムイ(神)が住んだ土地に産業廃棄物の処分場ができたことで、そこから立ち去らざるをえなくなるという創作ユーカラ(神謡)のアニメ化で、全編アイヌ語で語られる。それは自然とともに暮らしてきたアイヌ民族の生き方の意義を思い起こさせるるものになっている。

司会の本多正也さん(グループ“シサムをめざして”)がカラフトアイヌの歴史について説明した後、「アイヌ・アート・プロジェクト」の版画家・結城幸二さんが「文字を持たず、国を作らず、『神』である自然の一部としてあったアイヌ民族の精神文化」と、それが日本に同化される中で奪われた過程を、静かに、時には激しい言葉で語り、その自らの文化を取り戻して自立していく展望を語った。

「アイヌ民族とはいったい何者であるのか。先住民族であるということが常識とはなっていない。アイヌはあいさつの際に、『イラムカラプチ』という言葉を使った。直訳すれば『あなたの心に触らせてください』という意味だ。『あなたの本音に触れたい』ということで翻って『私も本音で語ります』ということになる。一つの集落の中でウソや見栄があればその集落は成り立たなくなる。だから本当の気持ちをしゃべりあおう、という意味だ。ここにアイヌの精神文化の一つの現れがある」。

「いまカラフト・アイヌ(エンチゥ)は、天然ガス開発によるエネルギーマネーで、自分たちの精神文化を奪われ、解体の危機にある。経済が文化をこわした。自然とともにあるというところから物事を考える必要がある」。

「確かにアイヌは二〇〇八年の先住性を承認されたが、アイヌの中では次のビジョンを描き出せていない。多くの予算が北大に流れ、北大がアイヌ文化のステーションのようになっている。すべて北大の中で政策が決められようとしている。しかし旧土人保護法の際も北大が政策の発信基地になった。いま同じことが行われようとしている。しかしなぜ北大は自分たちがやってきたことを謝罪できないのか。私たちはアイヌが間違っていなかったこと、アイヌとして生きてきたことの証を求める。私たちが民族としてのあり方を奪われた百数十年前にさかのぼってメスを入れてほしいのだ」。

「アイヌ民族は、自分に対する自信を奪われてきた。そこから酒におぼれ。家庭内暴力をふるい、自殺者を多く生み出した。自分がアイヌであることを忌み嫌ってきたのがアイヌ民族にとっての近代だった。本当のことを語らないと人間は進歩しない。人間力を高める必要がある。原発事故は、人間が自然を壊すことによって自分たちを壊していったことを示した。人間が神になろうとしたのが原子力エネルギーだった。しかし人間は神にはなれない。『神』とは自然なのだ」。



結城さんへの質疑応答のあと、結城さんと同じ「アイヌ・アート・プロジェクト」に所属する福本昌二さんのトンコリ演奏に合わせて、結城さんが語りを行った。トンコリとはカラフトアイヌの民族楽器。二人は昨年一二月にフランスのノーベル文学賞作家ル・クレジオさんの招きでパリのルーブル美術館で、ミロのビーナス像などを背にトンコリの伴奏に合わせ「ホロケウカムイ(オオカミ)の語り」を披露した。

風に吹かれた森のざわめきのようなトンコリの響きと結城さんの語りに、参加者は静かに聞き入った。

(K)

【リビア情勢】フランスNPAのコミュニケ

npa lybieフランスの反資本主義新党(NPA)の、リビア情勢に関するコミュニケを転載する。

NATOを通じてリビアに軍を派兵している当事国の左翼の態度表明として、読まれてほしい。





コミュニケ

民衆に自己決定権を 帝国主義とアラブ独裁体制の介入を許すな
 http://www.npa2009.org/content/communiqu%C3%A9-du-npa-kadhafi-tomb%C3%A9-aux-populations-de-d%C3%A9cider

反資本主義新党(NPA)
 

 (チュニジアの)ベン・アリと(エジプトの)ムバラクが倒された後の2月15日と16日、今度は、42年間にわたる時代遅れの独裁体制に反対する民衆の運動の発展が見られることとなったリビアの番であった。

 カダフィの反撃としての残忍な弾圧の中で、自らの解放を要求する暴動の口火となったのはベンガジでの一人の人権活動家の逮捕であった。

 弾圧によって生み出されたのは逆効果であった。抵抗、カダフィの代理人たちのくびきからのベンガジの解放、反乱の近隣都市への拡大、が発展した。

 チュニジアとエジプトの革命的過程もこうした苦難を潜り抜けたのであり、両国の革命的過程は弾圧への抵抗に勇気を与えたのだった。

 この六ヵ月間、反乱が発展したが、同時に、反乱から一ヵ月後に、国連決議という覆いのもとで、NATO諸国が空からの軍事介入を通じて進行中のこの過程を自らのものにしたいと考えた。NPA(反資本主義新党)はこの介入を弾劾する。その目的は明白である。それは、過去と現在にわたって、この独裁体制を最後まで自らが支持してきたという事実を忘れさせるためであり、石油と天然ガスの資源が豊かなこの国を支配するためである。

 独裁体制の崩壊は人民にとってはよい知らせである。NPAは、アラブ地域で継続している革命的過程に全面的に連帯している。この過程を完成させるには、人民は反革命の二つの顔を打ち破らなければならない。反革命の一つはシリアのアサド体制をはじめとするアラブの独裁体制であり、もう一つは帝国主義大国による民衆の運命を奪い取ろうとする試みである。

 リビア民衆に切り開かれたのは新しい生活である。自由、民主的諸権利、天然資源によってもたらされる富を人民の基本的必要を満たすことに使うこと。こうしたことが日程にのぼっている。



  2011年8月21日

リビア:きわめて重大な疑問 リビアの反乱勢力とは何者か?

リビア:きわめて重大な疑問 リビアの反乱勢力とは何者か?
「デモクラシー・ナウ」がジルベール・アシュカルにインタビュー


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▲アシュカル(右)にインタビューするエイミー・グットマン

番組映像は
Democracy Now!のサイトでみられます
日本語サマリーは
Democracy Now!日本語版でみられます


 リビアの反乱勢力はムアンマー・カダフィ大佐の住宅地区を確保し、首都トリポリを掌握した。しかしリビアの指導者(カダフィ)の行方は知れず、カダフィは彼の部隊が「勝利か死か」をかけて「総力で攻撃に立ち向かう」と誓った。トリポリからの報道では、数十人の海外のジャーナリストたちが重武装したカダフィ派の兵士に監視されて、離れることができないままでいるリクソスホテルの近辺の地域では、銃声がなお聞こえているとのことである。八月二三日、アラブ連盟は、数カ月前にカダフィ政権から奪った連盟の議席をリビアの反乱勢力に与えることを今週中に考えると述べた。

 今日(八月二四日)英国の国家安全保障協議会は、リビア国民評議会を財政的に支援するためにリビアの資産凍結を解除を討議する会議を行った。「デモクラシー・ナウ」(訳注:米国のパシフィカ・ラジオ・ネットワークの報道番組。企業メディアが取り上げない独立した報道を配信している)のエイミー・グッドマンが、ロンドンの東方・アフリカ研究スクール教授のジルベール・アシュカルと討論した。(「インターナショナル・ビューポイント」編集部)


エイミー・グッドマン(以下AG) ……ここでロンドンの東方・アフリカ研究スクールの教授であるジルベール・アシュカルに加わってもらいましょう。彼には『アラブとホロコースト:アラブ・イスラエル戦争のナラティブ』など多くの著作があります。先週彼はリビアにおけるNATOの役割についての長文のエッセイ(NATO’s “Conspiracy” against the Libyan Revolution――リビア革命に敵対するNATOの「陰謀」)を発表しました。


 アシュカル教授、「デモクラシー・ナウ」にようこそ。現在リビアで何が起きているか話していただけますか。


ジルベール・アシュカル(以下GA) ハロー、エイミー。あなたとお話しできて光栄です。


 いまリビアで何が起きているかについては、あなたが話した通りです。私もあなた以上のニュースを知っているわけではありません。しかし基本的には、反乱勢力がカダフィを捕え、親カダフィ派の都市、あるいは親カダフィ派勢力が支配している都市を鎮圧するまでは、戦闘は継続します。そしてニュースから知るかぎり、かれらは平和的にそれを行うためにカダフィ派の都市の住民と集中的な交渉をしています。私は、反乱派がシルト(訳注:リビア中部のカダフィ派の勢力が強い都市)を支配下においたと彼らのスポークスパースンが語っているのを、さっき聞いたところです。まだはっきりしたことはわかりません。


AG あなたが書いた文章のタイトルは「リビア革命に敵対するNATOの『陰謀』」です。説明していただけませんか。


GA もちろん「陰謀」はカッコつきです。陰謀が存在すると言っている人の文章から引用したからです。しかし重要な点は陰謀ではありません。それは実際にはNATOの介入の当初から展開されてきた公然たる計略です。それが長期的な介入の展望として現れた時点から、この計略はある意味において、カダフィ政権と反乱勢力とのなんらかの合意を取り付けようと試みながら、この情勢、戦争が、結論にまで陥ることのないように構想されていました。つい最近までそうだったのです。


 数週間前、リビアについての青写真を作成するために作られた英国主導のNATOチームは、イラクのようになるという強迫観念がある、と主張していました。イラクに侵攻したとき、ブッシュ政権はサダム・フセインのバース党国家を解体しました。そして通常、西側の情報源では、イラク侵攻が惨劇になってしまった原因の多くを、この最初の行動のせいにしています。したがってNATOの強迫観念とは、リビアで同様の状態になることを避け、カダフィ政権と反乱勢力双方の有力者間の交渉をすることでした。


 数日前まで、たとえば「フィナンシャルタイムズ」の論説は、反乱派はトリポリを攻撃すべきではないと言っていました。その口実は、流血の惨事になるから、ということです。もちろんこうしたことは起こりませんでした。しかしトリポリを攻撃せず、トリポリとの関係を断たないという考え方は、いつでも存在していました。そしてそれをつまずかせ、起こらなくさせたのはカダフィ自身の強情さによるものでした。反乱派にとってカダフィが公的地位にとどまるのを受け入れる余地はなく、カダフィも退陣を受け入れる余地はなかったからです。

AG ジルベール・アシュカルさん。反乱派とはどういう人たちなのですか。


GA 反乱派とはどういう人たちか、ですって? そうですね、これはとてつもなくむずかしい質問です。NATOのサークルの間でさえ、同じ質問が出されるでしょう。事実はと言えば、もちろんのこと私たちは国民評議会については知っていますが、この評議会のすべてのメンバーを知っているわけではないし、トリポリをふくむ残余の地域を代表するために新メンバーが発表されるでしょうから、知識といっても限定されたものでしかありえません。その上にリベラル派、前体制のメンバー、部族やこの国のもともとの構成要素を代表する伝統的な人びとの混合物をここで見出すことになるでしょう。

 

 私たちが本当に判断できるものは、この評議会によって提出された綱領です。私たちが持っている政治的綱領という観点からすれば、国民評議会の綱領は民主主義的移行のための青写真のようなものです。彼らは選挙を組織することを約束しており、それは現実には二つのラウンドからなっています。第一は憲法を起草する制憲議会のためのものであり、そして選挙の第二ラウンドは憲法に基づいて最終的に政府を選ぶものです。彼らはある約束をしているのですが、それについては本当のところ私は懐疑的です。その約束とは、現在の国民評議会、すなわち伝統的国民評議会の全メンバーは、この二つのラウンドの選挙には加わらないというものです。これもどうなるか分かりません。


 国民評議会の現内閣が代表する経済的綱領のレベルでは、リビアの新自由主義的改革を指揮することにおいてカダフィの下ですでに同じ役割を果たしてきた人々が見いだされます。したがってこの点でなんら変わった独自なものを期待できません。つまりこれは社会主義革命ではないということです。この点で、なんらかの幻想を抱いてきた人がいるとは思いません。


 しかし、闘う民衆という点から反乱派のことを考えるならば、日曜日(八月二一日)の夜に、トリポリの以前は「緑の広場」――実際には虐殺者広場なのですが――と呼ばれた場所に集まった巨大な数の蜂起する民衆は完全に不均質な広がりを示しており、こうした人々の圧倒的大多数は、今や武器を携えている者を含めて、それ以前の政治的背景を全く持っていません。つまり、反乱に立ち上がった武器を携えた民衆のほとんどは市民だったのです。彼らは兵士ではありません。こうした人々のほとんどは、四二年間の独裁体制によって真の政治生活を経験しておらず、政治的に表現することがきわめて困難です。私たちは、この国の政治闘争が真にスタートした時に何が起きるかを見守る必要があります。それは、独裁体制が倒された二つの国、チュニジアとエジプトで私たちが見ている政治闘争の進行と同様です。


AG NATOは他でもないこの反乱派(国民評議会)と協働することを、どのようにして選んだのでしょうか。


GA 多くの選択肢があるわけではありません。世界の多くの国が国民評議会を承認し、人々が「しかし評議会は選ばれたわけではない」と言うのを聞いた時にです。実際、どうして選ばれることなどできたでしょうか。これは武装蜂起的情勢なのであり、そのように対処しているのです。彼らはこの国を永続的に統治すると主張しているわけではありません。彼らは当初から、自ら暫定的・過渡的存在であると言ってきました。彼らは、選挙を組織し、退場すると言っています。そして私が先ほど言及したように、すべての国民評議会のメンバーは次の二ラウンドの選挙に立候補しないとさえ述べています。したがってリビアにおいて当面のところ、カダフィに代わるものとしては国民評議会以外にありません。


 政治的にこれからなにが起きるかはまだ分かりません。つまりそれはエジプトで言われていることと同様です。エジプトではムバラクが倒されましたが、誰が権力を取ったのでしょうか。つまり軍隊です。そして実際のところ、いまリビアで起きているのはエジプトで起きたよりもさらにラディカルな体制変革なのです。なぜならエジプトでは、取り除かれた氷山の一角であるムバラクとその一党を別にすれば、基本的に依然として軍部が支配しており、軍隊は一九五〇年代以来政権のバックボーンでした。他方現在のリビアでは、反乱勢力には旧体制の前構成員がいますが、旧体制の構造は、カダフィの軍隊からして私的な民兵や「近衛兵」だったのであり、それは粉々に崩壊しています。いまだ完全に終わったとは言えないまでも、トリポリにおいてそれがいかに崩壊したかは私たちが見てきたところです。


AG 「デモクラシー・ナウ」は昨日、「インスティチュート・フォー・ポリシー・スタディーズ」(政策研究所)のフィリス・ベニスの話を聞きました。彼女は、西側諸国によるリビアの石油支配が、この紛争の決定的要素だと述べました。


フィリス・ベニス それは単に石油へのアクセスにかかわる問題ではありません。それはグローバル市場にかかわる問題です。それがこの問題の一部なのです。それは石油へのコントロールにかかわる事柄なのです。それはこうした契約期間のコントロールにかかわる問題なのです。それはさまざまな時期の産出量、価格のコントロールにかかわる問題です。それは死活的資源のコントロールという問題です。


AG そこで私たちは、さまざまな石油企業――フランスのトタール、米国のマラソン、ヘス、コノコフィリップスなど――について議論しました。石油企業はたくさんあります。そして興味深いのは、リビアの反カダフィ派政権がロイター通信とのインタビューで、中国の企業をふくめてカダフィ政権時代に認められたすべての石油契約を尊重すると述べていることです。アシュカルさん、あなたの意見は?


GA そうですね。NATOの介入において石油が大きな要因であったこと、リビアが石油産出国でなかったらNATOは介入などしなかっただろうことは全く明らかです。それは明白です。さてここでの問題は、あなたがおっしゃったように西側がアクセスしていない一定の領域へのアクセスを実現するということではありません。基本的にあらゆる西側の企業がリビアに入り込んでいました。すべての主要な西側の石油企業は、リビアの政権と契約を結んでいたのです。そして暫定政権である国民評議会は、すべての諸国とのこうした契約を尊重すると語っています。基本的に言って、このレベルにおいてはそれが大きな成果だとは言えません。もちろん、新しい譲歩や契約が行われることになれば、国民評議会が言うように、交渉で特権を得るのは最初から反乱勢力を支持してきた諸国でしょう。


 しかし私は来るべき市場の方がもっと大事だと思います。大規模な破壊があり、多くのインフラの再建の必要があります。そしてもちろん米国、英国、フランスをはじめとする西側の企業は、この市場に大いに関心があるのです。したがってもちろん、NATOの介入の背後には優遇措置、それによる利潤動機があったのであり、基本的にそれ以外のものはありませんでした。


 しかしこうしたことと、今やNATOがリビアを支配しているという確信の間には、とても大きな隔たりがあります。つまりNATOはイラクやアフガニスタンのような諸国に地上軍を送り、イラクでは長期間にわたって大規模な軍を送りこんだのですが、彼らは依然としてこの国を支配しえていないからです。したがってそれなら、NATOや西側諸国はいかにして地上軍を送らず、遠隔操作でリビアを支配するのでしょうか。そして米国のシンクタンクである外交問題評議会のリチャード・ハースのような人物がワシントンに対して地上部隊を送れと語っている、いや叫んでいるのはそのためです。


 しかしこれは最初から反乱勢力によって厳しく拒否されました。反カダフィ派は空の支配を求めました。彼らは空からの保護を求めました。しかし彼らはあらゆる形態の地上軍の介入に対しては初めから頑強に拒否してきました。そして彼らは依然としてこの立場に重きを置いています。彼らはごく最近、NATOがリビアにいかなる基地を建設することも許さない、とする声明さえも発表しています。


 そして私たちは多くのサインを見ることができます。たとえば彼らは、カダフィと彼の息子を国際刑事裁判所に引き渡すことを拒否し、リビア国内で裁くと言っています。したがっていかにワシントンやロンドンやパリが主張しようとも、リビア情勢を動かす彼らの影響力には重大な限界があることをそれは示しています。西側は、カダフィの勢力が存在し、戦争が継続している限り、より限定されたものだとはいえ影響力を持っています。しかしカダフィ派の抵抗が消滅するやいなや、西側が持っている影響力はきわめて削減されることになるでしょう。


AG アシュカルさん、私たちとおつきあいしていただき、ありがとうございました。


▼ジルベール・アシュカルの邦訳書には『野蛮の衝突』(作品社)、『中東の永続的動乱』(柘植書房新社)がある。

(「デモクラシー・ナウ、二〇一一年八月二四日より。「インターナショナルビューポイント」二〇一一年八月号)

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ビンラディン虐殺についてのパキスタン左翼の見解

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インターナショナル・ビューポイント オンラインマガジン : IV436 - May 2011

復讐の感情はオサマが死んでも終わらないだろう―パキスタン左翼の見解
http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2138
 
ファルーク・タリク



 オサマ・ビンラディンの死から四日たった今、パキスタンの大衆的反応はきわめて錯綜している。パンジャブ州(中東部の州、州都:ラホール)ではオサマへの一般的同情が見られるが、シンド州(南東部の州、州都:カラチ)ではその共感を公然と表現する人は多くはない。しかし市によって反応は異なっている。例えばカラチではオサマへの同情とアメリカへの非難はより能動的である。

 驚くべきことに、オサマが殺害されたカイバル・パクトゥンカワ州(旧北西辺境州、州都:ペシャワール)では多くのことが起きているわけではない。同様にバロチスタン州(西部の州、イランに隣接)では殺害に対する反応は穏やかなものだ。しかしながらアボタバードの住宅地区への攻撃に対する厳しい反応は、広範に広がっており、他の地域にも拡大するだろう。多くの宗教的原理主義者たちは、アフガニスタンから逃げ出してバロチスタン州とカイバル・パクトゥンカワ州に難民として流れ込んでいる。かれらは2002年から08年までこうした州を統治してきた。

 原理主義者の支配が生じたのは、ムシャラフ将軍がアメリカ帝国主義との二元的ゲームにうつつをぬかしていた時だった。彼は一方で「対テロ戦争」連合に参加し、他方では原理主義者との闘いという名目でアメリカ帝国主義からより多くの軍事的・経済的援助を引き出すために、原理主義者の成長に依拠していたのである。この時期に、オサマ・ビンラディンは国境を越えてパキスタンに入ったに違いない。

 2011年5月の攻撃は誰をも驚かせた。人びとは当惑し言葉を失った。今年初めラホールで白昼堂々と二人のパキスタン人を殺したCIAの工作員デービッド・レイモンドが釈放された直後に、こうした厚かましい行為がなされるとは誰も予測していなかった。オサマ暗殺への穏やかな反応と対比すれば、デービッド・レイモンドの殺人行為への大衆的反応はきわめて強力なものだったため政府は受け身に追いやられた。今回の攻撃によってアメリカ帝国主義は、パキスタン征服を前進させたように見える。

 ジャマアト・イスラミ、ジャミアト・ウレマイ・イスラムなどの宗教政党は、アルカイーダが行った殺害や残虐行為には沈黙しているが、アメリカについては「パキスタンの主権侵害」として厳しくこきおろしている。ジャマト・ダワの強硬派であるハフィド・サイードは、一部の地域においてオサマ・ビンラディンの霊を慰め、ナマ・ジェナザ(ムスリムの死に際して行われる祈り)を捧げる最も行動的な宗教的原理主義者になっている。こうした諸政党がオサマへの支持を組織し、襲撃に反対して街頭に出るのもそれほど先の話ではないだろう。

 パキスタン人民党、パキスタンムスリム連盟Q(訳注:カーイデ・アザム派)、パキスタンムスリム連盟L(訳注:シャリーフ派)などのブルジョア政党はアメリカの行為を支持し、オサマ殺害は宗教的原理主義の高揚に対決する偉大な勝利と見なしている。政府はいまだに一貫性のある説明を行っていない。そのかわりに様々な高官が矛盾だらけの声明を発表している。



パキスタン・米国同盟



 昨年いっぱいを通じて、パキスタンと米国の政府は両者の関係を打ち固めた。それは情報当局間の相互訪問がより頻繁に行われたことや、CIA要員へのビザ発行数からも分かることだ。さらに政府は、米国政府に無人機による攻撃へのフリーハンドを与え、攻撃の最初の局面では行っていた非難の見せかけをも放棄した。ワシントンはオサマ・ビンラディンがパキスタンにいたことを知っていたように思われる。

 米国政府は、きわめて脆弱な人民党(PPP)政権に全面的な政治的支援を行った。パキスタン政府はなんのためらいもなく、アメリカ帝国主義、IMF、世界銀行のアドバイスに従って行動した。米国政府は、最も腐敗した反民衆的な部分が主導するこの政府以上にましなパートナーを持つことができなかったのである。さらにワシントンは、ムスリム連盟Q(PMLQ)――ムシャラフ将軍と政権を共有していた――が現政権に入ることをも支持していたように見える。オサマが殺されたまさにその日、PMLQの一四人の新閣僚が宣誓を行い、新たに就任したかれら閣僚たちが「沈みかけた船」と呼んでいた政府に参加したのである。

 米国がオサマ・ビンラディンを「テイクアウト」(殺害)するために海軍特殊部隊(SEALS)を送りこみ、パキスタンの主権をあからさまに侵害したことは、二国の支配階級間の関係を悪化させないだろう。オバマと彼の補佐官たちは、パキスタン政府に反対するようなことを一言も語らなかった。それどころか、彼らは情報の共有を称賛したのである。



共同の努力



 オサマ・グループへの攻撃は、パキスタンとアメリカの情報機関の共同の努力によるものだった。ムシャラフが大統領だった当時から軍を指導していたキアニ将軍は、ISI(パキスタン国軍情報部)の前長官である。

彼にはアメリカ帝国主義と密接な関係を持って活動してきた長い歴史がある。2007年に立ち戻れば、彼はムシャラフとの権力分有の交渉をベナジール・ブットとの間で開始した一人であった。ベナジールがムシャラフ将軍に対して軍における彼の地位から退くよう圧力をかけた際、キアニ将軍がその地位を引き継いだ。彼の監視の下で、パキスタン軍の機構は宗教的過激派との伝統的連携を切断し始め、かれらへの軍事作戦を発動した。宗教的過激派は軍司令部をターゲットにして反撃し、軍の幹部を殺害した。



軍内部の分極化



 その結果、軍内部で将校と下部兵士との間での分極化が生じている。軍の上級士官はアメリカ軍上層部との密接な関係を形成した。かれらは莫大な資産を支配し、よりリベラルな生活様式を維持している。しかし軍の下部は依然として宗教的であり、原理主義者や宗教政党を支持しており、いまなお反インド・反西側の感情を保持している。

この分極化ゆえに、パキスタンの軍と情報機関が反テロ戦争を精力的に遂行する能力に信頼を置くことについて、米政府はためらいを見せているのである。



宗教的テロは終わらない



 ビンラディンの死という重大な打撃にもかかわらず、アルカイダや他の宗教的過激テロリスト集団は成長するだろう。レオン・トロツキーは彼の素晴らしいパンフレットで「なぜマルクス主義者は個人テロに反対するのか」と問い、「復讐の感情にはけ口を与えようとすることは、常にテロリズムの最も重要な心理的要因である」と述べている(訳注:トロツキー「テロリズム」、1911年。邦訳『トロツキー研究』一七号所収)。

復讐の感情は、オサマの死によっては終わらない。彼の殺害、オサマの遺体のアラビア海への投棄は、テロリズムに終止符を打つことにはならないだろう。実際、宗教的テロリズムはアメリカ帝国主義の行為の結果として拡大するだろう。アメリカ帝国主義に反対する道を探し求めているムスリム青年の一定の部分はテロリズムに引きつけられるかもしれない。新しいテロリストグループが形成されるだろう。

それは宗教的過激派がパキスタンで権力を獲得することを意味しない。パキスタン軍部は残虐な勢力であり、かれらは幾度かにわたって、ひとたび自分たちの権力が脅かされるや、どれだけの暴力を行使するかを見せつけてきた。パキスタン軍は過激派がイスラマバードを手中に収めたり、同国の核技術に手をつけることのないようにするためにアメリカとぐるになって活動するだろう。

世界的観点を持った過激派による個人テロの脅威は、一国に封じ込められるものではない。かれらは民族解放の名において闘うIRA(アイルランド共和国軍)と似通った存在ではなく、イデオロギー的な戦争を闘い、きわめて狭い社会基盤しか持っていなかったために粉砕されてしまった赤い旅団により似通った存在である。

アルカイダやその他の宗教的過激派は、幾百万人ものムスリムの宗教的感情を利用している。こうした過激派はイスラム教内部の幾つかの異なる傾向や宗派を代表しているが、幾つかの国々で大衆的社会基盤を植え付けることができた。

アルカイダは疑いなくこれまで世界で見られたテロリスト組織の中で最も成功したものの一つである。彼らは20年以上にわたって生き延び、幾度か目標への攻撃計画を立て、成功裏に実行した。かれらは自分と他人を殺害することによって天国に行く用意のある自殺部隊を持っている。主要指導者の殺害にもかかわらず、かれらが消滅する兆候はない。しかし個人テロ行為は、かれら自身の限界である。



個人テロの限界



国家テロリズムを個人テロリズムと切り離すことはできない。両者は同じ性質と方針を持っている。両者は同一の結果を引き起こす。しかし国家テロ行為はその立場を継続し、幾つかの課題に逃げ込むことができる。

アルカイダの最も成功したテロである「9.11」は、ムスリムたちを利することなく、幾百万人ものムスリムの生活は完全な悲惨な状態に置かれてしまった。それはオサマのような少数の過激派の魂を満足させたが、幾百万人もの魂は打撃を受けた。帝国主義はこの攻撃に対して、恐るべき暴虐をもって応えた。

ロシアで1911年の閣僚殺害後に起こった情勢についてコメントしたロシア革命の主要な「建築家」の一人であったレオン・トロツキーは以下のように書いている。

「テロリスト的企図が、たとえ『うまくいった』場合でも、支配層に混乱をもたらすか否かは、具体的な政治的事情に依存している。いずれにせよ、この混乱は一時的なものでしかない。資本主義国家は大臣に依拠しているのではなく、彼らを殺害したからといって滅びるものではない。その国家が奉仕している階級は常に新しい人物を見つけだす。メカニズムは全体として維持され、機能し続ける」。

「テロリスト的行動が『効果的』であればあるほど、それが大きな印象を引き起こせば引き起こすほど……それだけますます大衆の自己組織化と自己啓発にたいする関心を低めることになる。しかし爆発の煙が晴れ、パニックが収まり、殺された大臣の後任者が登場すると、生活は再び旧来の軌道に入り、資本主義的搾取の車輪が以前と同じように回転し、警察の弾圧だけがより過酷で下劣なものになる。そしてその結果、燃え上がらされた希望と人為的にかきたてられた興奮の後に、幻滅とアパシーとが始まる」(前掲 トロツキー「テロリズム」1911年)。



殺害は宗教的原理主義を終わらせるのか



 ワシントンがかつてアフガニスタンのムジャヒディン(イスラム聖戦機構)を支持したことについて、ヒラリー・クリントン米国務長官が行った二〇〇九年の発言を検証してみよう。

 「ISI(パキスタン軍情報部)とパキスタン軍に処理させよう。そしてこうしたムジャヒディンたちを雇おう。……それはソ連邦を終わらせるための悪くはない投資だが、われわれが撒いた種について注意を払おう……。われわれがそれを収穫することになるのだから……」(ヒラリー・クリントン、2009年4月23日)。

 この10年以上にわたってワシントンと過激派は、ともに自らの撒いた種を収穫している。一つの復讐行為がもう一つの復讐をもたらしている。

 宗教的原理主義を力ずくで打ち負かすことはできない。アメリカ帝国主義の戦争と占領の政策は、成功ではなく失敗の例を提示している。その教訓は鮮明である。「思想を殺すことはできない」。普通の人びとの生活にとって宗教的原理主義の真の意味は何かを暴きだす政治的闘争がなければならないのだ。



政治的イスラムの勃興



 政治的イスラムの勃興は、ムスリム世界における左翼政党の弱体化の広がりと結びついている。一方で、1990年代においてはソ連邦の崩壊後に社会主義は敗北したように見られた。他方、ポピュリスト、反帝国主義者、ブットの人民党のような大衆的基盤を持った政党も信頼を失った。宗教は、唯一手に入れることができる反帝国主義の政綱であるように思われた。

実際には、タリバンやアルカイダといった宗教的過激派は、決して帝国主義に対するオルタナティブにはならなかった。かれら自身が、かれらの宗教的信条を共有しない人びとを搾取し、抑圧し、殺害したのである。かれらは政治的反対派の物理的絶滅を信奉している。かれらは帝国主義の覇権に反対して闘う進歩的勢力ではなく、極右反動である。かれらは、歴史の時計の針をむりやり逆戻りさせるよう望んでいる。宗教的過激派は新しいファシストである。

 宗教的過激派と帝国主義諸国は、おたがいに暴力のエスカレーションを正当化している。これは終わりのない循環である。

 宗教的原理主義者の成長は、パキスタンの文民政権と軍事政権がともに労働者階級と農民の基本的問題をなに一つ解決できないという完全な失敗への反応でもある。歴代の政権は、封建主義の支配、パキスタンの資本家たちの抑圧的・搾取的本質、労働者への侮辱的扱い、国内の少数民族の抑圧と天然資源の搾取を終わらせることができなかったのだ。



文民政権の失敗



 パキスタンの支配階級は、どのような民主主義的基準をもたらすという点においても悲惨な失敗を遂げてきた。その結果、文民政府が軍事独裁によって打倒された時、大衆の圧倒的多数は抵抗の姿勢を見せなかった。現在、文民政府の政策は、パキスタンの国民に悲惨な結果を指令するアメリカ帝国主義やIMF、世界銀行といった機関によって支配されている。日々の自爆攻撃とならぶ戦争と経済的悲惨により、住民は恐怖状況に置かれている。全般的心理は不確かな未来というものだ。希望は消滅している。パキスタン政府がその政治的・経済的政策の優先順位を変えなければならないのは明らかである。政府は、腐敗を終わらせ、自らをアメリカ帝国主義に縛りつけている紐帯を断ち切らなければならない。

 左翼の混乱は9.11の後で頂点に達した。オルタナティブを築き上げる必要はないと語り、宗教的過激派に反対してNATO軍との協力を支持する人びとがいた。「宗教的過激派はファシストであり、NATOは彼らを消滅させるに十分なほど強力だ」という主張が押し出された。「NATOはわれわれのなすべきことをやっている。軍事的解決こそ唯一のオルタナティブだ。われわれは沈黙を守り目を閉じてアメリカ人と協力しなければならない。大衆を巻き込んだ反戦運動を作る必要はない」というのが、その主張の路線だった。

 もう一方で、紛争の支配的な担い手たちの中心的な理論的枠組を強めるために、問題を「米国VS彼ら」、「善と悪との戦い」、「イスラム・テロリズムに対決する十字軍」、「文明VS混沌」として提出する人びとがいた。国家、メディア、リベラル派は一部の進歩派と手を携えて、こうした議論を支配することができた。



われわれは何をなすべきか



 アメリカ人によるオサマの殺害は、対決の新たな時代を切り開いている。アルカイダ、あるいは他のテロリスト的宗教的原理主義者とつながっている諸グループや個人は、この事件を利用し、かれらの反動的路線を支持して民衆を動員しようとするだろう。

 われわれは米帝国主義、原理主義者、ならびに双方の勢力とのパキスタン政府の共謀に反対しなければならない。この議論においてわれわれは、帝国主義、資本主義国家、宗教的原理主義者についてのわれわれ自身の立場を提起してきた。われわれはかれらの宣伝と行き詰りに陥った解決策を暴露しなければならない。



●われわれは宗教的過激派と闘うために、包括的で広範な政治・経済戦略を呼びかける。パキスタン国家はあらゆる形態での宗教的マドラサ(イスラム教の教義に基づく教育を行う私設宗教学校)への支援をやめなければならない。少なくとも国家予算の10%を教育に支出すべきである。教育はすべてのパキスタン人に対して大学のレベルまで無償にしなければならない。国家は宗教的実践とのつながりを断ち、マドラサへの制度的オルタナティブを提供しなければならない。

●われわれはIMFと世界銀行の経済政策への従属を終わらせるよう呼びかける。政府は労働者と農民の利益に奉仕しなければならない。

●われわれは米帝国主義と戦争機構との結びつきを断つよう呼びかける。



 宗教的原理主義の勃興は、支配的エリートの政府政策、ならびにアメリカなどの帝国主義諸国への従属の直接的結果である。帝国主義と植民地化、そして新植民地化との闘いは、宗教的過激派へのいかなる譲歩も行うことなく、われわれのあらゆる宣伝における主要な優先課題でなければならない。

 いまやオルタナティブは大アラブ地域の春によって提起されている。自爆攻撃、爆弾、無人機攻撃その他の暴力的手段の時代は、大アラブ地域の独裁者、独裁体制に対する大衆的決起に比べればはるかに効果のないものになっている。反撃のためのアラブの道は、体制の変革から社会主義オルタナティブへと至る道筋を進む確信を大衆の間に、ついにもたらし始めているのだ。(2011年5月6日)

▼ファルーク・タリクはパキスタン労働党(LPP)の全国スポークスパースン。

(「インターナショナルビューポイント」2011年5月号)

オバマ政権によるビンラディン殺害を糾弾する

real terrorists(戦争ゲームのように虐殺を観戦する米政府首脳)
 
●「裁く」のではなく「殺す」ことだけが目的
 
 五月二日午前一時(現地時間)、パキスタンの首都イスラマバードに近い近郊のアボタバードの住宅地で、米海軍特殊部隊(SEALS)によって編成された約八〇人の部隊が、「イスラム原理主義」テロ組織であるアルカイダの指導者オサマ・ビンラディンへの殺害作戦を敢行した。

 アフガニスタンの基地を発進した二機のヘリコプターがビンラディンの住む邸宅を襲い、ビンラディンとその息子、側近らを銃で殺害した。最初の発表ではその時銃撃戦が起きて射殺したとされていたが、その後の発表ではビンラディンとその家族らは武器をもっておらず、一方的な虐殺であったことを米政府も認めた。ビンラディンの遺体は、米空母に運ばれてアラビア海に投棄された。遺体写真の公開も米国は拒否している。

 この一連の経過から判断する限り、今回の米軍によるビンラディン殺害作戦は、「テロ犯罪容疑者」を逮捕し、裁判にかけることが目的なのではなく、はじめから見せしめと口封じのために「殺す」ことだけを目的にしたものであった。2001年の「9.11」によって当時のブッシュ米政権がアルカイダとアフガニスタン・タリバン政権への「報復戦争」を開始した時点から、米国の目標はビンラディンを「裁く」ことではなく、「抹殺」することだけを目的にしていていた、と言わなければならない。

 今回の作戦は一方的に国境を越えて主権国家パキスタンの領土内に軍の特殊部隊を侵攻させたものであり、かつ無抵抗の「容疑者」の逮捕ではなく、殺害するために発動したものであった。これが国際法にも国際人権法にも違反する犯罪行為=国家テロであることは明らかである。

 アフガニスタンからイラクへと至る米国の「対テロ」戦争は、市民の無差別大量虐殺、アブグレイブやグアンタナモの収容所での凌辱・拷問に示されるようにレイシスト的人道犯罪に貫かれたものだった。今回のビンラディンに対する無法極まる虐殺と死体遺棄行為にも、「対テロ」戦争のレイシスト的本質がくっきりと示されている。

例えば今回の作戦指令においてビンラディンを「ジェロニモ」(白人の侵略に抵抗した米先住民族の指導者)と呼んでいることは、その白人至上主義と先住民族差別の西部劇的価値観の現れである。

われわれはオバマ政権によるビンラディンとその家族虐殺という犯罪を厳しく糾弾する。それはアフガニスタンとイラクにおける米国を中心とした侵略戦争が、いかに不正に満ちたものであるかを明らかにしている。
 

●「対テロ」戦争からの撤退戦略か?



 オバマ米大統領は、自らの責任において発動したビンラディン虐殺=「国家テロリズム」の発動について「パキスタン政府との協力」(しかしパキスタン軍はこの作戦自体については知らされておらず、パキスタン軍・政府にも秘密で米特殊部隊によるビンラディン宅襲撃が決行されたと報じられている)の下で行われたものであり、ビンラディン虐殺によって「正義はなされた」との声明を発表した。潘基文(パンギムン)国連事務総長もオバマと同様に「正義が達成された」と語った。ブッシュの「報復戦争」に同調してアフガニスタンに軍を派遣した西側の帝国主義諸国もほぼ一様にビンラディン殺害作戦を「対テロ戦争」の勝利に向けた区切りとして高く評価している。

日本政府も、小泉政権の下でブッシュのアフガニスタン戦争を全面的に支援し、「テロ特措法」を成立させて自衛隊をインド洋に派兵した。そして菅直人首相は今回の無法きわまるビンラディン殺害について「テロ対策の重要な前進を歓迎する」と称賛する談話を発表した。「9.11」で倒壊したニューヨークの世界貿易センタービル跡の「グラウンドゼロ」では、10年前と同様に市民による「USA! USA!」の愛国主義的興奮が吹き荒れ、オバマ政権の支持率は急上昇している。

 しかし言うまでもなくパキスタンや中東諸国では、民衆の反応は全く異なっている。各国の米大使館前にはビンラディン虐殺に抗議する、大衆的抗議のデモが繰り返されている。パキスタンでは米国に全面的に依存し、無人機によるパキスタンへの越境爆撃・市民の虐殺に対しても暗黙の了解を与えてきた政府・軍首脳に対する批判が拡大しており、軍自身の分解も生じている。

 オバマは「ビンラディン殺害」声明の中で「彼の死は、アルカイダへの戦いにおいて最も重要な偉業だが、これで終わったわけではない」とも訴えている。実際はどうなのだろうか。現実にはオバマの「ビンラディン殺害」声明には、泥沼化したアフガニスタンからも手を引きたいという願望が透けて見えるのではないだろうか。その意味で「ビンラディン殺害」は、「正義の実現」を宣言してアフガニスタンから撤退するための口実づくりと捉えることもできるのではないだろうか。

オバマは2011年中にイラクからの米軍撤退を完了させる計画を立てるとともに、「対テロ戦争」の主戦場と位置づけたアフガニスタンに軍を増派した。しかし米軍・多国籍軍が支援するアフガニスタンのカルザイ政権は、その腐敗・統治能力の欠如によってタリバン勢力の浸透・拡大を抑えることができない。

 今年でまる10年になるアフガニスタン戦争は、GDPに匹敵する米国の深刻な財政赤字の重要な要因となっている、アフガニスタン戦争における米軍の死者は一五〇〇人を超えており、国際治安支援部隊(ISAF)全体では死者数は二五〇〇人近くに達している。アフガニスタン側の死者(武装組織・市民ふくめて)の正確な数は不明だが、おそらく外国軍死者の数十倍となり、それをはるかに上回る難民が生み出されていることは明らかだろう。

 米軍をはじめとする外国軍の投入が続き、占領が長期化すればするほど、アフガニスタン民衆の反占領。反西欧の感情が拡大し、カルザイ政権を不安定化させる結果になることは明らかだろう。またアフガニスタン戦争のパキスタンへの拡大によって、米国にとって「対テロ戦争」の最大の同盟国であるパキスタンにおけるイスラム主義政治勢力の拡大に拍車がかかっていく、それはパキスタンの永続的政情不安を必然化する。

 かくしてオバマ政権によるビンラディンの殺害という犯罪行為は、米帝国主義にとって重荷となった「対テロ」戦争からの「出口戦略」ということもできる。もちろんそれがうまくいく保障はどこにもないのだが。
 

●米国の戦争にも反動的テロリズムにも反対
 
 
 われわれは「9.11」の無差別テロが、帝国主義に対するムスリム労働者民衆の抵抗を表現する正当な闘いの表現ではないこと、ビンラディンやアルカイダに代表される「イスラム原理主義」テロリズムが、ムスリム民衆の民主主義と人権を暴力的に抑圧し、帝国主義の抑圧と搾取に対する闘いの大義に敵対する反動的イデオロギーであると捉えてきた。

 われわれは「テロにも報復戦争にも反対! 市民緊急行動」の一翼を担い、「9.11」の無差別テロに反対するのは帝国主義を擁護するものだという左翼の中に根強く存在する傾向を批判してきた。それはブッシュのアフガニスタン・イラク戦争に反対する広範な運動を、新自由主義と一体となったグローバル資本主義に対する闘いと結びつける上で不可欠の立場であった。

 オバマ米政権によるビンラディン殺害に対する態度に関しても、われわれの態度は基本的に同一である。われわれは国際法の観点から見ても違法きわまる米軍によるビンラディン虐殺を糾弾する。われわれはアメリカ帝国主義とEU・日本など西側陣営によるムスリム諸国民衆への搾取と抑圧、植民地主義とレイシズムを強化する「対テロ」戦争に反対し、アフガニスタンでの侵略・占領の即時終結と撤退を求める。米国に支援されたシオニスト国家イスラエルによるパレスチナ占領の即時終結、入植地の撤廃、難民の帰還の権利を含むパレスチナ民衆の自決権のための闘いを支持する。

 日本政府に対しては、イラク戦争を支持・参戦した経過の事実検証を進める作業を進め、小泉政権の責任を追及しなければならない。海賊対処法の廃止、ソマリア沖・ジブチへの自衛隊派兵をやめよ。

 ビンラディンの虐殺は、そして資本主義の危機の中で吹き荒れるムスリム移民をターゲットにした西側諸国内でのレイシズムは、ムスリム民衆の中で「報復テロ」「自爆テロ」による「西側との闘い」を主張するイスラム主義的テロリズムの流れへの共感を拡大する可能性がある。しかしこうした「西側への抵抗」は、労働者・民衆自身の運動にはなりえない。真に大衆的な反帝国主義闘争の道は、チュニジア、エジプトの革命が示した労働者民衆の民主主義的・社会的運動によってこそ切り開かれるのである。(五月八日 K)

【報告】「日米同盟の深化」はいらない 沖縄・辺野古に基地を押し付けるな4・16集会

bb 辺野古への基地建設を許さない実行委員会主催により、永田町星陵会館で「『日米同盟の深化』はいらない、沖縄・辺野古に基地を押し付けるな4・16集会」が開催され、200人が参加した。

 最初に司会の中村利也さんが「東日本大震災に対する米軍の救援行動(『友達作戦』)を沖縄の米軍司令官は普天間基地が重要な役割を果たしていると発言した。また、北澤防衛相は日米同盟が進化したとも語っている。私たちは軍事基地の強化に反対する。昨年の5.28日米共同声明を撤回させ、辺野古への新基地を作らせない、高江のヘリパッド基地建設工事を中止させるために本日の集会をもつ」と、集会の趣旨を述べた。

 続いて昨年12月22日に工事が再開された高江の闘いの様子を映したDVDが上映された。反対派の道路での抗議行動を裁判でやめさせようとする防衛施設局の卑劣な提訴に対して、裁判所が和解を促している最中に、工事は突然始められた。高江の住民たちは非暴力・抵抗運動で、文字通り言葉と座り込みで抵抗した。それに対して、工事業者や防衛施設局の職員たちが、暴力的に襲いかかり、ゴボウ抜きにしていく様子が映し出された。

 また、一月に入り反対派住民たちのテントが米軍ヘリのホバリングにより破壊された。防衛施設局長に、事態の究明とただちに工事の中止を求める交渉が行われた。局長は調べてみるとしたが、その後米軍はやっていないと言っていると回答した。目撃者がいる中で、そんな言い逃れはできない。局長が現地を訪れ、現場を見ざるをえなくなった。そうした攻防によって一時工事が中断したがまた再開され、攻防が続いた。最初は押されていたが、高江だけではなく、他の沖縄からの支援者が増えて、工事が次第に止まっていった。ついに三月に、希少な鳥類の保護のために、騒音・振動を出す重機による工事はひかえるということで、三月から六月まで工事は中止となった。

 このDVDを制作した高江の比嘉さんからのメッセージが読み上げられた。「工事は2月28日まで強行された。住民は緊張と不安の中、抗議行動によって工事を最小限に食い止めた。今後も続くと思うと暗い気持ちになる。東日本大地震でたいへんな事態になっているのに、ヘリパットや米軍にカネをまわしている時ではないだろう。基地建設をやめろ」。

 次に、沖縄をふみにじるな緊急アクション実行委の園良太さんが「新宿ど真ん中と米大使館への連続デモ行動について報告し、五月一日に再び新宿ど真ん中デモを行う」と連帯のアピールを行った。

 安次富浩さん(海上ヘリ基地建設反対・平和と名護市政民主化を求める協議会代表委員)が講演を行った(別掲)。続いて、連帯のアピールが行われた。全労協の遠藤一郎さんは次のように被災地の現状を報告した。

 「私は仙台出身。娘がかきの養殖工場をやっていたが全滅した。どう再建するか、先が見えないたいへんな状況だ。迷彩服を着た米軍が救援活動をいっしょうけんめいやっているとマスコミは宣伝しているが果たしてそうだろうか。南三陸町という被災地がよく出てくるが、この地域はそれぞれの町に湾があり、山を越えていかないと繋がらない。そうした町が無理やり平成大合併によって南三陸町として作られ、公務員が減らされた。その人たちは今回の津波で家を流され、家族からも死亡者が出ている中で、へとへとになりながら必死に救援活動をしている。米軍は離れた所に空母を持ってきて活動した。米軍にものを言ってはいけないような雰囲気が作られている」。

 「私たちは震災労働相談を行っている。そこには『会社が被災したから明日から来なくてもよい』と言う相談があった。これは仕方ない面があるが、『出て来ないなら、首を切る』と脅迫するような相談もあった。これからどう再建するかが問題となってきている。この時、元経済財政政策担当相の竹中平蔵は『TPPに耐えられる農業、道州制の導入』とさらなる新自由主義競争原理の導入を主張しているが、それではダメだ。地域で思いがつながり、働く者、農漁民が一緒になってどんな社会を作るのか構想しなければならない。それは沖縄の人々や原発震災で苦しんでいる人たちとつながって、軍事ではなく、平和で脱原発をめざすものではないといけない。再建は挙国一致体制ではできない」。

 一坪反戦地主会関東ブロックの下地厚さんが、先島への自衛隊配備に反対するアピールを行った。立川自衛隊監視テント村の大洞俊之さんが「年末に与那国島に行ってきた。シビアな現実を知った。かつては一万人いた人口が1600人に減ってしまった。自衛隊を配備しようする所は原発のある所と似ていて、①過疎②カネ③雇用④安全が問題となっている。別の話になるが、立川で震災後二度情宣活動をした。すると現地でがんばっている自衛隊をなぜ批判するのかとつっかかってくる人が何人かいた。逆風を感じた。災害救援は戦闘部隊ではなく、災害専門部隊でこそ有効に出来るのだ。国家主義体制への批判が重要だ」と報告した。たんぽぽ舎の坂東喜久恵さんは、きちんとデータを出さない政府・東電を批判し、「安全な原発はありえない、原発がなくても、電気は大丈夫。浜岡原発、柏崎・刈羽原発を止めよう」と訴えた。福島原発の廃炉を求める有志の会の古荘斗糸子さんが、会を立ち上げインターネットで署名を集めた結果、2万7千筆以上が集まっている、これからも引き続き活動していくと報告した。最後に実行委員会のまとめと集会決議を採択して集会を終えた。この後、首相官邸前に移動して、菅首相に対して「米軍思いやり予算を被災地へ。沖縄新基地建設をやめろ、原発もいらない」と申し入れ行動を行った。

 

 安次富浩さんの講演から

 米軍への思いやり予算を東日本大震災復興へまわせという運動を始めている。県庁前でビラを配布し署名活動を行っている。3月30日衆院で、31日参院で思いやり予算、一年で1881億円が五年間支払われる。これは一日に直したら5億円の税金が使われるということだ。

 「お友だち作戦」で米軍が動員されている。ロナルド・レーガン米空母はヘリが放射線で汚染されたと逃げた。ジョージ・ワシントン米空母は日本海を回ってきた。福島原発の重大事故の時、原子力空母を使うなんて考えられない。米軍は普天間基地や在日米軍がこういう時に役立つのだから必要だと宣撫工作として使っている。私は「すべての武器をスコップに、戦車はシャベルカーへ」と言っている。軍隊ではなく救助隊が必要なのだ。防衛省から防災省へ改編しなければならない。これこそが憲法九条の実践だ。

 米軍は核戦争を想定している。今回の原発事故を実験台として利用している。運動をひかえるようなことがあるなら、向こうの思うつぼだ。どこに立っているか真剣に考えなければならない。すべての原発を止めろ。

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リビアで何が起こっているのか―ジルベール・アシュカルとのインタビュー

インターナショナル・ビューポイント オンライン・マガジン: IV434 - March 2011

リビアで何が起こっているのか―ジルベール・アシュカルとのインタビュー
http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2038

 ジルベール・アシュカルがスティーブン・R・シャロムからインタビューを受けた。このインタビューは3月19日にZネットに掲載された。(IV編集部)



――リビアの反政府勢力とはどのような人びとなのでしょうか。一部の人びとは、反乱勢力の間で王制時代の旗が掲げられていることに言及していますが。



 この旗は王制のシンボルとしてではなく、イタリアからの独立を勝ち取った後に採用されたリビア国家の旗として用いられているのです。決起した勢力が、カダフィが毛沢東と彼の『語録』をまねて『緑の書』とともに押しつけた緑の旗を拒否するために。この旗を使っているのです。三色旗は決して王制への郷愁を示すものではありません。最も共通の解釈では、この三色旗はリビアの三つの歴史的地域を象徴するものです。三日月と星はアルジェリア、チュニジア、トルコ共和国に見られるものと同じシンボルであり、王制のシンボルではありません。

 それでは反政府派とは何者なのでしょうか。反政府勢力の構成は、この地域を揺るがしている他のすべての反乱勢力と同様に、きわめて不均質です。これらすべての同質性を欠いた勢力を統一させているのは独裁の拒否であり、民主主義と人権への熱望です。その上に、多くの異なる展望が存在しています。とりわけリビアでは、人権活動家、民主主義の支持者、知識人、部族的要素、そしてイスラム主義勢力が混在する非常に広範な連合が存在しています。リビアの蜂起において最も傑出した勢力は「2月17日革命青年連合」です。かれらは民主主義的政綱を持っており、法の支配、政治的自由、自由選挙を呼びかけています。リビアの運動は、分裂して反対派勢力に加わった政府機関や軍部隊の一部を含んでいます。そうした部分はチュニジアやエジプトには存在していませんでした。

 したがってリビアの反対派は諸勢力の混合であり、かれらに対してこの地域の他の国の大衆的決起に対するものと異なった態度を取る理由などありません。



――カダフィは進歩的存在なのでしょうか、あるいは以前は進歩的だったのでしょうか。




 カダフィが1969年に政権を取ったのは、第二次世界大戦と1948年の「ナクバ」(イスラエル建国によるパレスチナ人の追放と離散)に続いたアラブ民族主義の波の遅れた表現でした。彼は自分のモデルとして、また自分が示唆を受けた存在と見なしたエジプトの指導者ガマル・アブデル・ナセルを模倣しようとしました。そこで彼は王制を共和制に取り換え、アラブの統一を唱道し、リビア領内の米空軍ホイーラス基地を撤退させ、社会的変革のプログラムを主導しました。

 カダフィの政権はその後、イスラム化した毛沢東主義に示唆を受け、ラディカルな路線に沿って独自の道を進んでいきました。一九七〇年代には国有化が広がり、ほとんどすべてが国有化されました。カダフィは直接民主主義を打ちたてたと主張し、国名を正式に共和国から「大衆国家」(ジャマヒリア)に変更したのです。彼は、直接民主主義を伴った社会主義的ユートピアを実現したものへと国家を転換させたと装いましたが、それにだまされる者はほとんどいませんでした。「革命委員会」は実際には、国家をコントロールする治安部隊とともに支配機構として機能したのです。同時にカダフィは、彼自身の権力の道具として部族主義を新たに活性化させたという点で、とりわけ反動的役割を果たしました。彼の外交政策はますます無鉄砲なものとなり、ほとんどのアラブ人は彼を異常な存在だと見なすようになったのです。

 ソ連邦が危機に陥る中で、カダフィは社会主義的偽装から転身し、西側とのビジネスに経済を開放しました。彼は、毛沢東の「文化大革命」の物まねをした後にゴルバチョフのペレストロイカを物まねし、経済的自由化は政治的自由化を伴ったものだと主張しましたが、その政治的主張は空虚なものでした。米国が「大量破壊兵器の捜索」を口実にイラクを侵略した時、彼は次は自分の番ではないかと心配し、突然驚くべき外交政策の転換を実行して、「ならず者国家」から西側諸国との密接な協力者へと目を見張るような地位向上を勝ち取ったのです。とりわけ彼は、米国と協力して、いわゆる「対テロ戦争」を支援し、イタリアのために、アフリカから欧州に行くことを望む移民を追い返す卑劣な仕事を行いました。

 この三回の変身を通じてカダフィ体制はつねに独裁そのものでした。カダフィが初期において進歩的措置を実行したのだとしても、彼の体制の最終局面では進歩主義や反帝国主義のひとかけらも残ってはいませんでした。その独裁の性格は、彼が抗議行動に対処するやり方に示されています。即座に実力での弾圧を決定するのです。そこには民衆に対して何らかの民主主義的はけ口を提供しようという試みなど存在しませんでした。今や彼は、抗議行動参加者に対して有名な悲喜劇的演説をするに至っています。

 「われわれは、綿密に、家ごとに、小路ごとにお前たちを探し出す。……われわれはお前たちを戸棚の中から見つけだす。われわれは情け容赦はしない」。

 カダフィが、アラブの支配者の中で唯一、独裁者ベンアリを引きずり下ろしたという咎でチュニジア民衆を公然と非難したのは驚くべきことではありません。彼はベンアリをチュニジア民衆が見いだせる最善の支配者と描き出していたのです。

 カダフィは、抗議行動を行っている者たちはアルカイダの麻薬中毒者であり、コーヒーに幻覚剤を注いでいると主張し、脅しと暴力的弾圧に訴えました。蜂起した人びとをアルカイダと非難したのは、西側からの支持を取り付けようとする彼のやり方です。ワシントンやローマから支援の申し出があったとすれば、カダフィは喜んでそれを受け入れたのは確実です。彼は実際に、ともにパーティーを楽しんだ仲で親友であるイタリア首相シルビオ・ベルルスコーニの態度に激しい失望を表明し、他の欧州の「友人たち」も彼を裏切ったと不満を述べたてました。

 この数年間、カダフィは何人もの西側の支配者や体制側の人物と真の友人になっていました。カダフィの「友人」たちは、ドルの大金のために自らを嘲りながらカダフィと抱き合いました。元英首相トニー・ブレアの「第三の道」の際立った理論家であるアンソニー・ギデンズは、2007年にカダフィを訪問して彼の使徒への道を踏み出し、「ガーディアン」紙に、いかにリビアが改革の道を歩み、中東のノルウェーになろうとしているか、と書いたのです。



――3月17日に採択された国連安保理決議1973をどう評価しますか?



 決議それ自体は、反カダフィ決起派の飛行禁止区域を求める要求を考慮する――そしてそれに応えるように見える――形で文章化されています。反政府派はまさしく、外国の軍隊がリビアの領土に配備されないという条件で飛行禁止区域を設定するようはっきりと求めていました。カダフィは航空機、戦車を備えた多くのエリート部隊を持っており、飛行禁止区域の設定は、彼の軍事的有利さの大きな部分を実際に帳消しにする効果を持つでしょう。蜂起勢力の要求はこの安保理決議の文書に反映されており、国連加盟諸国が「外国軍がいかなる形でもリビアの領土を占領することを排しつつ、ベンガジをふくむリビア・アラブ・ジャマヒリヤ内で攻撃の脅威にさらされている市民ならびに市民居住地域を守るために……あらゆる措置を取る」ことを認めています。この決議は「市民の保護のためにリビア・アラブ・ジャマヒリヤの空域に飛行禁止区域」を設置することにしています。

 決議の文面には、帝国主義の目的のためにこの決議を利用することを禁じる十分な保証はありません。あらゆる行動の目標は市民の保護であり、「体制変革」ではないとされているものの、どのような行動がこの目標に合致するか否かを決めるのは、蜂起した勢力ではなく、国連安保理でさえなく、介入する諸国に委ねられています。決議は驚くほど混乱したものです。

しかし、カダフィの軍によるベンガジ攻撃が不可避的に引き起こす虐殺を防止するという緊急性の下では、そして市民の保護という目標を達成するための別の対案がないという条件の下では、誰もそれに反対することはできません。棄権票を理解することはできます。国連安保理常任理事国の五カ国の一部は、かれらの否認、そして/あるいは適切な監視がないという不幸を表明しようとしましたが、差し迫った虐殺への責任が欠如していました。

もちろん西側諸国の対応は、石油への欲望によるものです。西側は紛争の長期化を恐れています。大虐殺が起きたら、かれらはリビアの石油への禁輸をしなければならなくなるでしょう。そして現在のグローバル経済の状況の下で石油価格を高レベルにしておくことは、ひどい逆効果をもたらします。米国をふくむ一部諸国は、気の進まぬ行動をとりました。フランスだけが強力な行動を取ることに強い賛意を示しました。それはフランスが――ドイツ(安保理の投票に棄権)、イギリス、とりわけイタリアと異なり――リビアの石油に大きな利害関係を持っておらず、カダフィ後の政権の下でより多くのシェアを手に入れようと望んでいる事実と結びついています。

私たちすべてが西側諸国の口実とダブルスタンダードについて知っています。たとえば空爆による市民の被害への憂慮なるものは、不法な占領を促進するイスラエルの軍用機によって幾百人もの非戦闘員が殺された二〇〇八~九年のガザには適用されたようには思えません。また米国は、大きな米海軍基地を持つバーレーンで、自らの顧客である体制が、この地域におけるワシントンの別の属国の援助を受けて民衆の決起を暴力的に弾圧した時、それを容認しました。

 それにもかかわらず、もしカダフィが攻撃を続けることを容認されてベンガジを制圧すれば、大虐殺が起きるだろうという事実は残ります。それは住民が本当に危険に陥り、かれらを守る別のもっともらしい対案がないというケースになります。カダフィの軍部隊による攻撃は、数時間、長くとも数日後に迫っています。反帝国主義的原則の名の下に、市民の虐殺を阻止する行動に反対することはできません。同じことですが、われわれがブルジョア国家の軍隊の本質とダブルスタンダードを知っていたとしても、反資本主義原則の名の下に、誰かがレイプの現場に立ち会い、レイプ犯を阻止する別の方策がない場合に軍隊に助けを求めることを非難できないのです。

 つまりわれわれは飛行禁止区域の設定に反対と語ることなく、諸国の遂行する活動を監視し、国連安保理決議が委託した市民の防衛を超えて進むことがないようにするために、抵抗を表明したり十分な監視を支持したりしなければならないのです。TVを見ていると、ベンガジの大衆は決議の一節を歓迎していましたが、私はその中に、アラビア語で「外国の介入反対」と書かれた大きなボードを見ました。この都市の人びとは地上戦部隊の介入を意味する「外国の介入」と防衛的な飛行禁止区域の設定とを区別しています。かれらは外国軍に反対しています。かれらはその危険性に気づき、賢明にも西側諸国に信頼を置いていません。

 したがってまとめて言えば、危険に瀕する住民を守るしっかりした代案がないという状況の下で、反帝国主義的展望から見て、飛行禁止区域に反対できないし、すべきでないと私は考えています。エジプト人たちはリビアの反政府勢力に武器を提供している――それはいいことです――と報じられていますが、それ自身としては、間に合ってベンガジを救い出すことには影響しません。しかし繰り返しますが、西側諸国を行うことに対してきわめて批判的な態度を維持しなければなりません。



――いま何が起ころうとしているのでしょうか。



 いま何が起ころうとしているのかを語るのはむずかしいですね。国連安保理決議は体制変革を呼びかけているわけではありません。それは市民の保護にかかわるものです。カダフィ体制の将来は不確実です。鍵となる中心問題は、トリポリをふくむ西部リビアで民衆決起が再開し、政権側の軍部隊の分解を引き起こすかどうかです。それが起こればカダフィは速やかに追放されるでしょう。しかし体制側が西部への支配を強固に維持できれば、国家は事実上分裂するでしょう。国連安保理決議が、リビアの領土的一体性と国民的統一を主張しているとしてもです。カダフィ政権が国連決議の受諾と休戦を宣言していることから見れば、これはおそらく体制側が選んだことです。そうなればカダフィが西部を支配し、反政府勢力が東部を支配するという、長期的な手詰まり状況になるかもしれません。

そうなれば反政府勢力の側が、エジプトからあるいはエジプトを通じて受け取っている武器を統合して、カダフィの軍を敗北させるようになるためには時間がかかることは明らかです。リビアの地理的特性を考えれば、これは人民戦争ではなく広大な広がりを持った地域を移動する正規軍間の戦争になるでしょう。結果を予測するのが難しいのはそのためです。

 ここで再び肝心な点は、リビアの民主主義的決起の勝利を支持することです。カダフィがこの決起を敗北させれば、現在中東と北アフリカを揺り動かしている革命の波に否定的影響を与える厳しい後退をもたらすでしょう。



▼ジルベール・アシュカルはレバノン出身の国際政治学者。ロンドンの東方・アフリカ研究スクールで教鞭をとる。邦訳書に『野蛮の衝突』(作品社)、『中東の永続的動乱』(つげ書房新社)。

▼(「インターナショナルビューポイント」11年3月号)
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