虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

全人代

松花江77号:中国全人代(その5)

sh77
 理財商品「松花江77号」の元利支払いを求めて
 販売窓口になった建設銀行に抗議する市民(2月26日山西省)



1931年9月18日、関東軍は柳条湖事件をでっちあげ中国東北部を軍事支配下においた。当時の抗日歌曲にこの9・18事件を歌った「松花江のほとりにて」という歌がある。

松花江のほとりにて(作詞・作曲 張寒暉)

 わが家は東北の松花江のほとり
 そこには森林と鉱山
 それに野山と大地いっぱいの大豆と高粱がある
 わが家は東北の松花江のほとり
 彼の地にはわが同胞、そして年老いた父と母がいる。
 ああ、9・18、9・18よ
 あの悲惨な時から、わが故郷(ふるさと)を脱出し、
 ああ、9・18、9・18よ
 あの悲惨な時から、わが故郷(ふるさと)を脱出し、
 無尽蔵の財宝も捨て去って、流浪、また流浪、
 関内をさすらいつづけている。
 いつの年、いつの月になれば、
 愛する故里へ帰れるのだろうか
 いつの年、いつの月になれば
 無尽蔵の財宝をとり戻せるのだろうか
 父よ、母よ、喜んで一堂に会するのは
 いったいいつになるだろうか


 + + + + +


3月11日付けの「日経新聞」にこの「松花江」の名前が登場している。現在開催中の全人代で財政経済委員会の委員を務める李礼輝・全中国銀行頭取へのインタビュー記事である。「影の銀行」問題でデフォルトの可能性がある金融商品として名指しされたのが吉林省信託(吉林省長春市)が発行した「吉信・松花江77号」。

「松花江77号」は期日までに元利金を返済できず、支払いが遅延している。発行残高は9億7240万元(約165億円)。銀行は年利回り9.8%を提示して販売。しかし投資先である山西省の採炭会社が、石炭価格の下落で債務の返済ができなくなっている。1月末には、別の理財商品「誠至金開1号」も同じく山西省の採炭会社に投資していたが、デフォルト危機に陥ったが、山西省政府の意向を受けた第三者が理財商品を買い取って元本が返済されたことから、今回もそのような「中国の特色ある資本主義」的救済策があるのではないか、と見なす向きもあるが、李氏は日経新聞にこう答えている。

「救済できるものは救済し、救済できないものはしないという本来の原則に戻るべきだ。投融資先の再建可能性を精査し、もし再建が難しければデフォルトさせたほうがいい。」「中国政府はシステミックリスクを防ぐために力を注いでいる。国務院は影の銀行に対する政府の責任範囲を明確にし、統計の整備も指示した。全体としては管理可能だ。」

厳しい規制のある銀行融資を迂回して企業や地方政府など経済主体に流れ込む「影の銀行」の規模は「約20兆元」(340兆円)に達するが、李氏は「影の銀行の影響は限定的」であり「全体としては管理可能だ」という。

同日、全人代では午前中から周小川・中国人民銀行総裁、尚福林・中国銀行業監督管理委員会主席、肖鋼・中国証券監督管理委員会主席、項俊波・中国保険監督管理委員会主席、易綱・中国人民銀行副総裁兼国家外為管理局局長による記者会見がおこなわれ、1~2年以内の金利自由化など、内外の耳目を集める発言がされたようだ。

習・李指導部の経済政策の柱は、グローバル資本主義の荒波のなかで政治的指導権を安定させるための社会経済政策の漸進にあるといえる。そのために規制と緩和をたくみに使い分けようとしている。しかしそれはグローバル資本主義、そして一党独裁という両面からの制限を受け、思惑通りの経済運営にはならないという事態を引き起こす。つまりいくら「中国の特色ある社会主義」と豪語しようとも、グローバル資本主義への全面的合流にむけた経済運営はいくつもの困難に直面し、その解決もまたグローバル資本主義と一党独裁の方法でしか乗り切ることができないという「中国の特色ある資本主義」が明らかになる。


金融の問題では「中国の特色ある資本主義」によるリーマンショック対策として行われた4兆元にのぼる財政金融政策のツケとしてメディアを賑わす「影の銀行」問題がある。世界の主要国が金融緩和に踏み切る中、中国政府も同じように金融緩和に踏み切り、国内では行き場を失ったマネーが「理財商品」や「城投債」という財テク商品をつうじてバブルを膨れ上がらせてきた。砂漠の真ん中に突如あらわれる摩天楼や破格の価格がついた骨董品やぜいたく品が飛ぶように売れる市場などに象徴されるバブル景気に引きずられるインフレ率に追いつかない賃上げや預金金利は、金利3%程度の預金金利を大きく上回る10%の利回りをもつ「理財商品」に庶民のたくわえを流し込んでいるが、すでに「ねずみ講」的自転車操業になっている「理財商品」も少なくなく、部分的あるいは全面的破綻は時間の問題となっている。


 + + + + +

この「危機の先延ばし」について、昨年7月に香港・先駆社のウェブサイトに発表された「社論」は次のように解説している。


「中国共産党はアメリカなど他の国と比べて、経済危機が中国に及ぼす影響を緩和する能力をもっている。これは事実である。しかし中国共産党特有の能力ではなく、中国共産党がなにか特別な方法を持っているというわけでもない。中国共産党は危機の際に採用した措置はなんら特別なものではなく、巨額のマネーで銀行と金融事業活動全体を支えたにすぎない。中国政府は金融危機の爆発ののち、4億元の経済救済措置を宣言したが、その額はアメリカ政府のそれよりも多く、全世界はこれほどの大規模の費用を投じて市場を救うことができるのは中国だけだと考えた。」


「もちろん中国共産党だけが可能であった理由は、中国共産党が全体主義政府であり、資金の使い方も監督されず、なんら議論を経る必要がなかったからである。さらに、中国共産党は大金持ちでもある。中国経済が発展して以降の果実の圧倒的大部分は政府によって握られている。お金はあるし、使い方に制約がないのであれば、アメリカ政府をしのぐ対策をとることができてもおかしくはない。翻ってアメリカでは、資金は政府が保有しているのではないし、大統領一人がコントロールできるものでもなく、議会と大統領のあいだでは対立もあることから、資金の使い方については中国共産党のように大盤振る舞いできるというわけではないのである。」


「厳格にいえば、2008年当時の経済危機が中国にまで蔓延したとは言えない。それ以降の数年もGDPは成長しつづけており、成長率も過去とそう変わりはないからだ。もしブルジョアジーの定義によるなら中国経済の景気は後退してはいないのである。それゆえ資金を拠出したのは、問題が発生した経済を救済するためではなく、経済後退を防ぐためであったともいえる。」


「それ以上に重要なことは、危機の爆発を防ぐあるいは危機を救い出すために、政府が民間、あるいは外資が投資を控えているときに政府資金を大量に投入するという一般的な救済方法は、大きな後遺症を引き起こす。投資が足りないと救済の効果ははっきりとしない。投入資金が多くても、市場は縮小しているのですぐには資金を回収できず、インフレを引き起こすことにもなる。ブルジョアジーの経済理論では、このような方法(政府支出の拡大)を採った場合、必ずインフレーションという後遺症が発生する。中国でもこの後遺症の回避には成功していない。中国経済は後退してはいないが、ここ数年の物価の絶えざる高騰によって、人民の生活はますます困難なものになっている。これだけを見ても、中国で行われている経済救済の方法が何ら新しいものではなく、他の資本主義国家に比べても特に優れたものではない。」


理財商品「松花江77号」のデフォルトは、「無尽蔵の財宝も捨て去って、流浪、また流浪」の民衆を作り出すことになるのだろうか。

農民と労働者の娘たち:中国全人代(その4)

dgj
▲売春の一斉摘発に反発して「東莞がんばれ!」の
 パネル掲げてデモする女性たち

 
全人代の13人の副議長のひとりで中華全国婦女聯合会主席の瀋躍躍は、6日午後に全人代会場の人民大会堂で開かれた3・8国際女性日の記念式典の講演の中でこう述べている。


「中華民族の偉大な復興という中国の夢は、多数の女性を含む13億の中国人民の共同の夢です。多くの姉妹たちがさらに重要な責任を担い、個人の夢を中国の夢に自覚的に重ね合わせ、中華女性の優良な伝統と時代的精神を大いに発揚し、社会主義の核心的価値観を実践し、積極的に改革に身を投じ、自らの職責に足場を置くことで、中国の夢に貢献する知恵と力を実際の行動で発揮することを願っています。」


この愛国主義と伝統主義にまみれた講演に女性独自の視点を見出すことは困難である。

開催中の全人大の代表リスト2987人中、女性は699人(23.4%)。婦女聯合会のウェブサイトでは、189カ国の国会における女性議員の割合を報じている。中国は61位で、韓国の91位、インドの111位、日本の127位を上回っている。選出のされ方の問題はおくとして他のアジア諸国よりもジェンダーバランスには配慮されているといえるかもしれない。


一方、労働者と農民の代表は合計401人(13.4%)と依然として低い水準にとどまっているが、うち農民工は31人で、前任(2008~2012)の3人からは大幅に増加している。前任の3人のうち一人は公務員として、もうひとりは党の代表として今回の全人代代表にも再選出されている。もうひとりの朱雪芹さんだけが今期も農民工として全人代代表に選出されている。朱雪芹さんは上海の日系アパレル企業の社員として日本で3年間研修し、現在は上海の同社で販売主管の役職および労組委員長の肩書きを持つ。いわゆる「出稼ぎ労働者」というイメージとはややかけ離れているといってもいいかもしれない。


2010年5月のホンダストライキの際に、わずか19歳で労働者代表として会社との交渉団に加わり、全国の労働者に向けて「私たちの闘争は、単にこの工場の労働者1800人の利益のためだけではありません。私たちはこの国全体の労働者の権益にも関心を持っているのです。私たちは労働者による権利のための闘争の良好な事例を打ち立てたいと願っています。」という感動的なアピールを発した李暁娟さんも農民工。彼女はその後ホンダを辞めて広東総工会が設立している幹部学校に編入している。将来は組合か労働NGOで力を発揮したいという。彼女のような80年代、90年代生まれの農民工はとくに「新生代農民工」と呼ばれ、いずれは農村に戻るかつてのような「出稼ぎ農民」ではなく、その街で労働、生活、文化、消費、恋愛などの社会生活を送る市民的権利の意識も高いのが特徴だ。


農村から深センに仕事を求めてやって来たうら若き女性たちが主人公のテレビドラマ「打工妹」(出稼ぎ娘)が90年代初めの中国で一世を風靡したことからも分かるように、農民工と呼ばれる労働者の多くは女性である。93年に深センのおもちゃ工場の火災で犠牲になった87人の農民工も女性たちだった。


昨年夏に広州のNGOが行ったセクハラ調査では134人の女性労働者のうち69.7%が何かしらの性的いやがらせを受けた経験があると答えている。対応として「がまんする」が43.5%、「仕事を辞める」が15.2%に達し、「労働組合や政府系女性団体や警察に訴える」はなんと0%だった。


職場でのセクハラについては、2008年に日系企業の広州森六塑件有限公司の日本人管理職によるセクハラ事件がある。被害者の女性は卑劣なセクハラを受けたうえに会社を解雇された。不当な扱いに対する正当な賠償を求めた裁判は被害女性が勝訴判決をかちとったが、低すぎる慰謝料(賃金一か月分)や加害者である日本人管理者と会社の責任はなんら問われないものであったことなど、多くの課題を残す判決であった。


職場の労働組合は被害者女性の側に立つのではなく、無断欠勤したから解雇されたなどという会社側の立場を擁護したことも問題として挙げられる。対応に当たったのは組合の副委員長で社内に設置されている女性委員会の委員もつとめているが、社内の役職としては総務部の副部長であったことから、生産効率や経営方針を重視する総工会の立場という、中国労働者階級をとりまく古くて新しい問題が、女性の課題においても重要な問題であることがうかがい知れる。この裁判についてはこちらのサイトが詳しく報じている。貴重な情報であり極めて参考になる。


(参考)広州でのセクハラ勝訴判決をめぐって
http://genchi.blog52.fc2.com/blog-entry-295.html



婦女聯合会のウェブサイトでは3・8国際女性日を記念した記事が配信されている。そのひとつに「7割の女性労働者が仕事に満足を感じている」という見出しの記事があった。総工会女性職工委員会が最近まとめた「女性職工の権利擁護状況の調査報告」の内容を紹介したものだ。記事には回答者数がないが、女性の労働に関する様々な調査項目と回答が紹介されている。もちろん基調はタイトルにあるとおり。しかしちょっと見ただけでも「70.7%の女性労働者が賃金は最低賃金を上回っていると回答。」「50.9%が失業するのではないかと心配と回答」というように、どうみても満足しているとは思えない調査結果が示されている。3割もの女性が最低賃金を下回っているのに7割が満足してる? これが「社会主義の核心的価値観の実践」のなのだろうか。


全人代開催の一ヶ月ほど前の2月9日、「世界の工場」の心臓部の一つであり、それにともない性産業も空前の繁栄を見せていた広東省東莞市で大掛かりな買売春摘発が行われた。摘発には中央テレビのカメラも同行し、その様子は全国に放映された。習近平指導部が推進する反腐敗キャンペーンや社会主義核心的価値観の確立の実践のひとつだろう。その後広東省全土で摘発が行われ200箇所以上のサウナなど娯楽施設を営業停止にし、1000人以上が逮捕された。その後の報道では、裏社会による薬物売買や性産業の経営者らが地元の派出所に定期的に付け届けをしていたことなども報じられており、極めて深刻な状況にあることは違いない。


しかしここで伝えたいことは、摘発された女性の多くが農民や労働者の娘達であること(その後の報道に登場する風俗嬢は、弟二人の学費のために2009年に農村から東完に出稼ぎに来た農民工で毎月1500元の賃金だけでは足りずに風俗産業に入った)、蔓延する性産業が極めてシステム化された資本主義的な搾取構造にあること、そして農民と労働者の娘達(ときには息子達も)が、資本主義的搾取、犯罪社会、官憲支配、家父長制の迷路から抜け出すことができず、身も心も搾取されているということだ。


90年代から全国で推進された国有企業民営化とそれに抗する労組委員長の物語を悲劇的に綴った曹征路の短編小説「那兒」(『当代』2004年第5期掲載)は、冒頭でレイオフされた国有企業の女性労働者が街娼となって登場するシーンがある。国有企業をレイオフされた女性たちは、商品経済が勢いを増す改革開放中国において、みずからの労働力商品だけでなく、性的尊厳や身体の自由、そして時には生命の安全すらも売り渡す必要にせまられた。それは巨大な社会的後退のなかでおこなわれた。


「巨大な社会的後退は、とりわけ女性労働者により深刻な打撃をもたらした。1987年には国営部門における最初の景気後退の際、解雇者の64%が女性であった。リストラ政策に合わせて、女性は家庭に戻れ、家庭こそが女性の職場だ、という政府の大々的な宣伝が付随した。出産と育児は女性の生産能力を奪うので雇用されるべきではない、と社会的エリートは主張した。これは女性労働者の雇用からの締め出しを導いただけでなく、若年の女性、あるいは大学を卒業したての女性も同じような状況に直面した。運良く就職できたとしても、往々にして男性よりも賃金は低かった。すでに1988年の時点の調査によると、都市と農村の女性の賃金は男性の84%にとどまっており、1990年には77.5%、2000年には70.1%にまで落ち込んだ。かつての工場地帯であり、その後、大規模な企業改革によって不景気になっていた東北地区では、失業した女性労働者の多くが性産業に従事して生活費を稼ぐことになった。競争の激しさから、毎回の性交渉の報酬はわずか50元であった。2002年10月、福建省龍岩市鋼鉄廠を解雇された200名の女性労働者は『レイオフされるには若すぎる、娼婦になるには老け過ぎた』という横断幕をもってデモをしている。」
---《China's Rise: Strength and Fragility》, AU LoongYu, 2013より


冒頭に紹介した3・8国際女性日の記念式典で、瀋躍躍・婦女聯合会会長は、過去5年の活動を振り返り、次のように語っている。


「多くの中国女性が自強自立、進取の気性に富み、積極的に国家の経済社会建設に参加し、『天の半分を支える』という役割を十分に発揮したことで、中国の女性政策は新たな進歩を獲得しました。」


中国では「女性は天の半分を支える」と言われる。つまり、女性は天地=この社会をひっくり返す巨大な力を有しているということだ。


福島とすべての被災地の女性たちに想いを馳せつつ
3・8国際女性の日に


2014年3月8日 (H)


【参考】
エンゲルス
・イギリスの婦人労働者の状態(1877年11月8日)
・アウグスト・ベーベルへの手紙(1892年12月22日


続きを読む

困窮と身分差別と弾圧のなかにある「わが国の指導的階級」?:中国全人代(その3)

20140302
▲深センのIBM工場で2014年3月3日からストが続いている。
 労働者らは企業買収による待遇引下げへの抗議や契約解除補償を求めている。



3月5日に開幕した全人代は、李克強総理の政府活動報告を受け、各省および解放軍から選出された約2200名の代表が政府活動報告や国務院予算案の審議をおこなっている。

李総理の報告は、2013年活動報告、2014年の活動計画と重点を提起したものだが、ここでは労働者により直接関連する雇用問題についてみてみる。

政府活動報告で注目されたのは2014年のGDP目標といわれている。2013年は目標7.5%で実績は7.7%であった。2008年のグローバル経済危機の対応として実施した4兆元もの財政金融対策は、不動産バブルや無政府的建設ラッシュ、影の銀行騒動を引き起こし、いまだその余震(実際にはより巨大な本震の前震だが)は収まっていない。

李総理が主導する経済政策「リコノミクス」は、「小さな政府」「構造改革」「規制緩和」など新自由主義的色眼鏡をかけたブルジョアマスコミから過大な期待を寄せられてきた。しかし現指導部の経済政策の基本はそのようなところにあるのではない。グローバル資本主義における大国として党結成100年目にあたる2021年、そして建国100年にあたる2049年を「二つの100年」として盛大に迎えるために、党の支配のいっそうの近代化を目指している。そのための「改革の更なる深化」であり「リコノミクス」なのである。

習・李指導部はこの1年は「穏中求進」(安定の中で前進する)という総路線を位置づけ、李総理は、政府報告において「穏中向好」(安定の中でよい方向に向かった)と総括している。

李総理は昨年10月に開かれた中華全国総工会の16回全国代表大会で経済情勢に関する講演し、そのなかでGDPについてこう述べていた。

「GDP1%で130万から150万人の雇用を確保できる。新規雇用1000万人、都市部失業率4%程度を維持するには7.2%の経済成長率が必要である。我々が適度な成長を目指すのは、結局のところ雇用を守るためである。」

3月5日の政府活動報告によると、2013年の失業率は4.1%、新規雇用は1310万人を達成した。そして2014年の目標は新規雇用1000万人以上、都市失業率を4.6%とした。

全人代の第一副委員長(日本の国会の副議長にあたる)であり中華全国総工会の主席(会長)でもある李建国氏は、昨年の総工会16回全国代表大会の報告の中で「過去五年において調和ある労使関係の構築に努力し、労働関係は全体として安定していた」と総括している。

昨年のメーデーを前に全国の労働模範を集めた会議で習近平国家主席は、大慶油田の労働模範「鉄人」王進喜など歴代の労働模範を列挙し、「労働者階級はわが国の指導的階級であり、わが国の先進的生産力と先進的生産関係の代表であり、わが党のもっとも堅実で頼りになる階級的基礎であり、小康社会の全面的建設、中国の特色ある社会主義の堅持と発展の主力軍である」と持ち上げている。

だが現実はそのようなものではないことは、経済成長の裏で頻発するストライキによって「世界のスト大国」といわれていることからも明らかだ。

昨年の総工会16回代表大会で「労働関係は全体として安定していた」」と語った李建国総工会主席の報告は続けて以下のように述べて、少なくない労働者が生活に困窮していることをにじませている。

「過去五年のあいだに、延べにして4189.8万家庭の困難職員、困難労働模範の慰問を行い、困難職員と農民工3810.3万人を支援した。」

「社会主義の堅持と発展の主力軍である」はずの労働者階級が「困難」とは??


全人代開催の前日の3月4日、総工会の機関紙「工人日報」は、総工会出身の全人代代表らの活躍ぶりを報じる報道のなかで、つぎのように報じている。

「1980年代、インフレは労働者の生活に大きな影響を与えたが、工会[=労組]が最初に賃金と物価指数をリンクさせるように提起した。国有企業の制度改革において各級の工会はレイオフされた職員のために再就職や生活支援などの緊急支援をおこなった。」

1980年代のインフレでぼろもうけした官僚ブローカーに対する反発は、その後の民主化運動につながった。民主化運動の後期には総工会のなかからも民主化を求める声が発せられた。

国有企業の制度改革=民営化の過程で国有資産をただ同然で私有化した党官僚の腐敗を告発した労働者たちの抵抗は90年代末から2000年代初期にかけて全国に広がった。

しかし民主化運動は天安門で弾圧され、反民営化闘争は全国の工場や街頭で弾圧された。そのとき総工会は、労働者を支援するために何一つ動くことはなかった。国有企業のレイオフ・リストラは、2億6000万の農民工に対する過酷な搾取とあわせて、中国労働者階級の労働条件を大きく引き下げ、グローバル資本主義に利潤を保証した。

「更なる改革の深化」は累々たる労働者の階級的屍のうえに進められるといっても過言ではない。


新規雇用1000万人の掛け声は、中国で蔓延する派遣労働の前にかすんで見える。前述の「工人日報」は次のように報道している。

「2010年の全人代・政治協商会議では、労働界出身の委員が共同でこう訴えた。『2000万人の派遣労働者は早急に身分制度[雇用形態]の迷路から抜けだす必要がある』。しかし2012年にはこの数は3700万人に急増した。」

2008年の労働契約法施行以降、それまでも無規制に行われていた派遣労働が拡大した。2012年の同法改正で派遣労働は「臨時性、補助性、代替性」に限るとされたが歯止めにはならなかった。

2014年3月の労働契約法暫定規定の実施で派遣先の派遣労働者比率は10%という明確な規制数値が示され、偽装請負などへの罰則規定も盛り込まれたが、派遣比率については2年以内に実現すればよい、偽装請負など違法行為については賠償支払いすればよいというもので、派遣労働者が身分制度という迷路から抜け出すためのツールになるかどうかはきわめて疑わしい。

「スト大国」の中心の広東省の省都、広州では昨年8月、広州中医薬大学第一付属病院ではたらく職員ら100余名が違法派遣問題の解決を病院当局に申し入れてストライキを打った際、ストに参加していた警備員12人が病院のテラスから横断幕を掲げたことで「社会秩序騒乱罪」で逮捕され、現在にいたるも拘留が続いている。

同じく広東省の経済特区である深センでは昨年5月、工場移転に伴う正当な補償を要求した労働者がストを打ったが経営者が逃亡してしまい、政府に解決を訴えに向かった労働者たちが警察に拘束され、労働者の指導者と見られた呉貴軍がいまだに拘束されたままになっている。彼は「交通秩序集団騒乱罪」の容疑で起訴され、全人代開催日の3月5日に予定されていた第二回目の公判が理由もなく延期されている。

社会秩序を騒乱させているのは労働者でなく、社会の支配者の側である。


2014年3月7日 (H)

悪夢に血塗られた「春城」:中国全人代(その1)

20140303
人民協商会議の開幕式で昆明事件の犠牲者を追悼する習近平(中央)ら(3月3日)

3月1日午後9時ごろ、中国南西部の内陸の雲南省の省都で「春城」の別名もある昆明市の駅前広場で、死者29名、負傷者143人を出す集団襲撃事件が発生した。事件は、4日後の3月5日には一年に一回の全国人民代表大会を控え、会場の北京をはじめ全国の主要都市では、「中国の夢」という華やかなスローガンには似つかわしくない厳戒警備体制のさなかに発生した。襲撃犯らは昆明駅の切符売り場に侵入し殺傷を続けた。死傷した多くは内陸の昆明から沿海部へ出稼ぎに向かおうとしていた農民工らであった。彼ら、彼女らにとってはまさに悪夢でしかない。

習近平総書記、李克強総理ら指導者は緊急の指示を出し、翌2日未明に公安部門を司る党の中央政法委書記の孟建柱、政府の公安部部長の郭声琨らを現地に派遣した。同日、最高人民検察院も捜査班を現地に派遣した。

犯人は当初10余名と伝えられた。その場で4人が射殺され、女性1人を拘束した。翌3月2日には、開催を次の日に控えた全国人民政治協商会議の呂新華報道官が「新疆分裂勢力が組織的に画策した重大な暴力テロ事件だ」と述べた。3日夜に、逃走中とされた3人も午後に逮捕されたという報道が伝えられた。

中国公安部のウェブサイトが3月3日に掲載した情報によると、襲撃したのはアブドレイム・クルバンを中心とする8人(男6、女2)のテログループだという。だが、3月5日現在、それ以外の情報はどの報道機関も報じていない。

ハッキリしているのは、犯人は3月5日の全人代開幕式までに逮捕されなければならなかったということである。

3月3日に開幕した全国人民政治協商会議の開幕式では、共産党政治局常務委員が7人全員列席し、冒頭に3月1日に雲南省昆明で発生した大量殺戮事件の犠牲者に黙祷がささげられた。

4日には習近平国家主席が同会議の少数民族委員の会議に参加し、「民族政策は大局に関わる。中国の特色ある社会主義の道を堅持し、新情勢下で民族政策を着実に進め正しい政治方向性を確保しなければならない。」「少数民族地区の経済社会の発展のテンポを速め、民族地域の大衆が実際の恩恵を得なければならない。」「団結安定は幸福、分裂動乱は災厄である。全国の各民族人民は民族団結の政治局面を大切にし、民族団結を損なう一切の言動に断固反対しなければならない」と発言している。

5日に開幕した第12期全国人民代表大会第2回会議の政府活動報告のなかで李克強総理は「社会治安の総合統治を強化し、暴力テロ犯罪活動に断固たる打撃を与え、国家安全のイメージを維持し、良好な社会秩序を形成しなければならない」と述べた。

170余名もの無辜の死傷者を出した襲撃事件は許されるべきものではない。ましてや中国政府に対する抵抗の意思を示したのであればなおのことである。海外にサーバーを置くいくつかのサイトでは事件直後の画像や襲撃に遭った遺体、そして犯人らが所持していたとされる黒地に白で描かれた星と月の模様とウィグル文字の書かれた黒旗、8人の容疑者らの指名手配写真、そして現場で逮捕された黒装束の女性容疑者が治療を受けている姿などが掲載されている。

だが「良好な社会秩序」の一環である良好な民族関係を構築するために民族自治を訴えてきたウィグル族の研究者、イリハム・トフティ氏に対する拘束がいまだにつづいていることをあげるまでもなく、良好な社会秩序を脅かす原因のひとつに現在の中国の民族政策があることもまた確かである。雲南省ではウィグル族とみられる市民に対する強権的な捜査が展開されている。新疆ウィグル自治区では3月13日の会議終了日まで、いやそれ以降も厳しい抑圧体制がつづく。悪夢はここでも続いている。

「勝利を得た社会主義は、かならず完全な民主主義を実現しなければならない。したがって、諸民族の完全な同権を実行するばかりでなく、被抑圧民族の自決権、すなわち自由な政治的分離の権利をも実現しなければならない。隷属させられた諸民族を解放し、自由な同盟――ところで、分離の自由なしには、自由な同盟はごまかし文句にすぎない――にもとづいてこれらの民族との関係を打ち立てることを、現在も、革命のあいだにも、革命の勝利のあとでも、その全活動によって証明しないような社会主義諸政党は、社会主義を裏切るものであろう。」(レーニン「社会主義革命と民族自決権(テーゼ)」より)

+ + + + +

3月5日から13日の日程で第12期全国人民代表大会第2回会議が開催されている。全人代の役割は国務院による法案を審議・制定する機関で年一回開催される。日本の国会に相当するが、国会議員に相当する全国人民代表は「中国の特色ある民主制」によって選出される。国務院の李克強総理(党ナンバー2)による今後1年の経済運営をふくむ政府活動報告に注目が集まる。

中国では全人代に先立ち、全国人民政治協商会議第12期全国委員会第2回会議が3月3日から12日までの日程で開催されている。最初の全国人民政治協商会議は、新中国建国直前の1949年9月に、国民党を除く有力党派7党に共産党が呼びかけて開催。国民党の一党独裁にかわる新民主主義社会の建設を目的とした臨時議会の役割を果たし、「中国人民政治協商会議共同綱領」などを採択し、毛沢東を中央人民政府の主席に選出し、国旗・国歌を制定した。

「共同綱領」は1954年に立法府として設立された全国人民代表大会で「中華人民共和国憲法」が採択されるまで事実上の憲法としてあつかわれた。朝鮮戦争など帝国主義による攻勢のなか、毛沢東は53年元旦に過渡期の総路線を掲げたことで「共同綱領」に体現された「新民主主義」という二段階革命の方針は事実上破棄されていくが、全国人民政治協商会議は、文革中に一時機能が停止されたがその後復活し、現憲法においても社会主義建設における重要かつ広範な統一戦線組織として位置づけられ、全人代に平行して開催されている。3月2日までに1130件の提案、637件の法案が提出されており、会議のなかでも議論が行われるが、しかしその実態は共産党の提示する方針や法案を後押しするためだけのお飾り的機能を果たすに過ぎない。

今回の全体会議に参加した政治協商会議の委員は2000名を越す。各党派、各界の内訳は以下のとおり。

中国共産党98人、中国国民党革命委員会64人、中国民主同盟65人、中国民主建国会65人、中国民主促進会45人、中国農工民主党45人、中国致公党30人、九三学社45人、台湾民主自治同盟20人、無党派65人、中国共産主義青年団9人、中華全国総工会62人、中華全国婦女聯合会67人、中華全国青年聯合会30人、中華全国工商聯合会64人、中華科学技術協会43人、中華全国台湾同胞聯誼会15人、中華全国帰国華僑聯合会28人、文化芸術人145人、科学技術研究者111人、社会科学研究者69人、経済界153人、農業界67人、教育界111人、スポーツ界21人、新聞出版界44人、医薬衛生界89人、対外友好界41人、社会福祉社会保障界36人、少数民族103人、宗教界66人、香港ゲスト124人、マカオゲスト29人、特別ゲスト161人

2014年3月5日 (H)


 

記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ