虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

デモ

【報告】5.1「辺野古に基地を押し付けるな! 新宿ど真ん中デモ-軍隊がTONODACHI? お断りします」に170人が参加

51 五月一日午後一時半、「沖縄を踏みにじるな! 緊急アクション」実行委員会は、「辺野古に基地を押し付けるな! 新宿ど真ん中デモ――軍隊がTOMODACHI? お断りします――」を東京・新宿駅東口アルタ前で開催した。

 東日本大震災の救援活動として、自衛隊と米軍は最大規模の日米共同作戦を行った。陸海空自衛隊は予備役をふくめて一〇万人以上という最大規模の動員を行い、米軍も「オペレーション・トモダチ」と名付けて、在沖米海兵隊や原子力空母などの艦船、戦闘機・無人偵察機などをも派遣し、「日米同盟の真価」を見せつけるのはこの時とばかりの大作戦を敢行した。それは「有事」を想定した実戦訓練の絶好の機会だった。

 この大震災を利用して、日米両政府は、暗礁に乗り上げている普天間基地の辺野古移設問題などを一挙に進捗させることを狙っている。「有事抑止力」としての在沖縄米軍基地の有効性が立証されたとする在沖米軍当局者の発言は、それを物語るものである。事態は急テンポで進んでおり、五月末から六月にも予想される日米外務・防衛閣僚会議(2+2)を経て、再度の辺野古新基地建設計画が決定されることも予測されている。



 「緊急アクション実行委員会」の仲間たちは、この間、東日本大震災被災者救援活動や原発災害を引き起こした東電への抗議行動をも連続的に担ってきた。発言した人びとは、「原発災害」と「沖縄」という一見つながらないように感じられる二つの問題の中に、「基地」と「原発」を切り捨てられた地域に押しつけて「中心」の豊かさを享受する社会のあり方、すなわち格差・貧困を拡大する社会のあり方が凝縮されているという点を、様々な角度から批判した。
 
512 発言は、戦争に協力しない!させない!練馬アクション、たんぽぽ舎、反天皇制運動連絡会、辺野古への基地建設を許さない実行委員会、そして沖縄・高江から駆けつけた高江住民の会や、首都圏で高江の闘いを支援する「ゆんたく高江」などから行われた。高江住民の会の仲間は、七月から再び工事が強行される可能性を指摘し、こうした動きに反対するよう訴えた。

 午後三時からのデモには一七〇人が参加した。デモは西新宿の繁華街の狭い路地裏、靖国通り、明治通り、新宿通りを経て再びアルタ前に戻るコースを一時間半にわたって進み、終始にぎやかに、道行く人びとにアピールした。(K)

【案内】2011年5.3憲法集会&銀座パレード

2011年5.3憲法集会&銀座パレード
東日本大震災の被災者に心をよせ、生かそう憲法 輝け9条

日時:5月3日(火)
開場12時30分、開会13時30分(11時より入場整理券を配布します)

会場:日比谷公会堂(千代田区日比谷公園内)

入場無料(東日本大震災救援カンパの要請あり)

手話通訳・第2会場あり

銀座パレード15時30分出発、

音楽:寿(kotobuki)

スピーチ:三宅晶子さん(千葉大学教授)/伊藤千尋さん(ジャーナリスト)/福島みずほさん(社会民主党党首)/志位和夫さん(日本共産党委員長)

2011年5・3憲法集会実行員会(03-3221-4668)

【報告】チェルノブイリ25年デモ(芝公園)に4500人

4242 4月24日、東京・芝公園で「チェルノブイリ原発事故から25年 くり返すな! 原発震災 つくろう! 脱原発社会」の集会が原発とめよう!東京ネットワークの主催で開かれ、4500人が集まった。

 司会の伴英幸さん(原子力資料情報室)が「本日の集会とデモは一日も早く原発を止め、脱原発の社会を実現するために開催した。福島第一原発1~4号機が爆発し、放射能を撒き散らしている。東京でも通常の二〇倍に達している。福島原発は今なお危うい状況にある。原子炉を冷却し続けないとダメだがその能力を確保しているとは言いがたい。冷却水は蒸発したり漏れたりしている。この段階で大きな余震が起きて冷却機能が失われればよりいっそう大きな事故につながる可能性もある」と警告した。

 次にチェルノブイリ事故の被災者であり、汚染地帯で活動する社会団体「ラジーミチ」のパーヴェル・ヴドヴィチェンコさんが次のような報告を行った。



 「チェルノブイリと福島は共通性がある。福島原発事故に耐え忍んでいることに驚嘆しているし、同情している。1986年以前の地方を思い出す。そこは清らかに散歩ができ、野菜を食べていた。そうした以外の生活が来るとは思いもよらなかった。私は180キロメートル離れた所に住んでいたが多くの物を奪った。孫たちは新鮮なミルクを飲むことができない。肉や魚を買うことが出来ない。汚染のない物を買うために200キロメートルも車で行くしかない。医者の検診を恐れる。被曝が分かると恐ろしいからだ。こうした事態が何十年も続くだろう。孫やひ孫の世代にも続く。悲しい十字架を背負っているようだ。チェルノブイリと福島を永遠の警告として残して下さい。核の災いがやってくるのを許さないで下さい」。




 続いて福島現地報告が行われた。最初に、大熊町住民の大賀あや子さんが「福島第一原発が創業から40年ということで、廃炉アクションを昨年から組織して廃炉を実現するようにさまざまな行動を準備してきた。3月11日の地震で電気がすべてストップした。そのためラジオで原発がストップしたことをようやく知り、なんとかつながった携帯電話で非常用ディーゼルが全部止まったことを知った。どうしようもなく逃げるしかなかった。そして爆発があり、原発事故はますますひどくなっていった。20キロ避難、30キロ退避の指示が出され、住民は宙ぶらりんにされた。私は二週間かけて東京に来た。今は廃炉アクションの緊急声明を出したり、福島の運動のサポートをしている」と悔しさをにじませながら語った。

 福島復興会議の中手聖一さんは「私は飯舘村にいた。福島の七六%の土地が危険な状態で、そこに住む160万人が放置されている。約30万人の子どもがいる。そこは汚染管理区域と同じ放射線のレベルだ。子どもたちを助けるのか見殺しにするのか、が問われている。文科省は子どもたちを移動させなくてよいという決定を下した。この決定をなんとしても撤回させようと一晩悩んだ。自分は福島でやれることをやると決めた。首都圏の皆さん、力を合わせて子どもたちを守ってほしい」と訴えた。

 福島の老朽原発を考える会の阪上武さんは「政府は年間20シーベルトという高い放射能を押しつけようとしている。この線量は18歳以下の労働が禁じられている線量の六倍だ。これは労災の認定線量でもある。三春町では校庭での活動を控えていた。国は子どもたちを外に出してよいとした。こんなひどい国のやり方を撤回させなければならない。私たちは国会内で国と交渉を継続している。ネット署名を行っている」と報告した。

 たんぽぽ舎の山崎隆久さんが福島の低レベル線量被曝はイラクの劣化ウラン弾、広島の被爆と同じだと指摘し、4月26日、5月1日、東電抗議・申し入れ行動、4月27日の緊急院内集会の行動への参加を呼びかけた。プルトニウムなんていらないよ!東京の高木章次さんが「浜岡原発では福島原発事故を受けて、砂丘と原発の間に一二メートルの防波壁を二、三年かけて作ると発表した。直下型大地震が起きるとされる原発の真上に立つ浜岡原発が大事故を起こせば日本は終わりだ。すぐに三基を運転停止しろ。中部電力は夏のピーク時に三基止めても80万kw余ると発表している。また中越地震で被害を起こした柏崎・刈羽原発も止めろ。東電は17基すべての原発を止めろ」と力強く訴えた。

4241 最後に集会決議を採択し、東京電力前を通り、日比谷公園に向けたデモを行った。集会が終わるころにもデモ参加者が訪れていた。デモには子ども連れや外国人、労働組合、市民団体、若者から高齢者までさまざまな人たちが参加した。東電前では「原発を止めろ、福島原発震災の責任をとれ」とシュプレヒコールをくり返して東電の責任を厳しく追及した。次は5月27日(金)、午後六時から集会とデモが日比谷野外音楽堂で予定されている。参加を。(M)

【案内】5.1 辺野古に基地を押しつけるな! 新宿ど真ん中デモ

辺野古に基地を押しつけるな! 新宿ど真ん中デモ
――軍隊がTOMODACHI? お断りします。――


5月1日(日)@新宿駅東口広場(アルタ向かい)
ごご1時30分 事前街頭情宣
ごご3時 デモスタート


お断りします、震災にかこつけた軍隊出動。
避難者には一日一食、民間の支援者は締め出しておきながら、
東北の被災地をここぞとばかり、日米共同軍事運用の実験場にする日本政府。

ホラ日本に米軍は必要だよねと、余念のないアピールの裏で、
海の向こうではこりもせず、リビアにまで戦火を拡げるアメリカ政府。

お断りします、危険な原発。
原子炉融解の責任から逃れ、下請け労働者を放射能にさらす東京電力。
大都市の繁栄のために、地方には核発電所や処理場を押しつけ、
国外にも核廃棄物をばら撒きながら、平気でいられるこの社会。

連想せずにはいられない。
核発電所・廃棄物の押しつけ構造から、沖縄への米軍基地の押しつけ構造を。

そして忘れてはいけない。
辺野古への基地押しつけに向けた5月の日米会合が、いまだ日程にのぼっていることを。

高江のヘリパッド工事再開もまた、遅くとも7月には予定されていることを。

自粛ではなく、責任者を追及しよう。
現実の被災から離れての「お祈り」ではなく、軍隊や核施設を「お断り」しよう。

誰かを犠牲にした「平和」や「繁栄」を拒否し、押しつけの構造に反対しよう。

いまこそ新宿のど真ん中で!

主催:沖縄を踏みにじるな!緊急アクション実行委員会
http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09
http://twitter.com/domannakademo no.base.okinawa@gmail.com

★もし沖縄・高江で米軍ヘリパッド工事が再開されたら、その日の18時に防衛省前へ!
http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09/20110308/1299560057

★4月4日防衛省に抗議申し入れしました!
http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09/20110405

★2月20日アメリカ大使館前デモ→不当逮捕→奪還までのレポ―ト:
主催者:http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09/20110307/1299529374
「アメリカ大使館前弾圧救援会」:http://d.hatena.ne.jp/ametaiQ/

★なぜ「お断り」なのか

Q. 東北の被災者を助けるのに、軍隊だのなんだのって言ってる場合じゃないでしょ!

自衛隊も米軍も現地でがんばっているのに、なんで「お断り」しなきゃいけないの?

A. 日米政府は、被災者救援以上のことを軍隊をつうじてやっている(「沖縄に基地が必要」の宣伝など)。こんなときだからこそ、そういうことは公然と批判すべきだ。

被災者への効果的な人道支援は必要です。しかし...

1:軍隊による上からの統制は、民間人が避難したり、連絡をとりあったりすることの妨げにもなります。また、首都圏の避難所の多くでは、民間のボランティアからの炊き出しが締め出され、被災者には屋根が与えられるだけという状況もあります。

下からの支援の動きを押し殺すような統制は、被災者のためになりません。

2:震災を口実に「軍隊必要」のキャンペーンが張られていることを、見逃してはなりません。日本政府は日米の軍隊の共同運用を「トモダチ作戦」などと名づけ、日米軍事協力の「必要性」を積極的にアピールしています。

また「思いやり予算」を「ホストネーション・サポート」と名前だけ変えて延長したことで、この災害にもかかわらず日本は米軍にばく大なお金をつぎこみ続けることを決定しました。3月から行われているNATO軍のリビア空爆(アメリカが中心に進めている)にも、日本で批判の声はほとんど上がっていません。

3:沖縄への基地押しつけにも、この震災は利用されています。日米両政府の高官は、在沖・在日米軍の被災地支援を口実に在沖縄米軍の必要性を主張するという、火事場泥棒のような宣伝をおこなっています。さらに、沖縄への差別発言が問題となって米国務省日本部長を更迭されたメアは、東日本大震災の支援活動などを行う特別作業班の調整役に就かされました。


Q. 原発の問題と基地の問題は別なんじゃないの?

A. 基本的には別な問題だけど、それでも双方ともに「押しつけ」の構造はよく似ている。

沖縄への「本土」からの差別の問題など、完全に同列に語れないことも多くあります。

しかし、少なくともつぎのような共通点があります。いずれについても言えるのは、為政者や首都圏の中流以上の住民の「安全」や「利益」のために、基地や原発を押しつけられている現地住民の生活が脅かされつづけている、ということです。

1:交付金づけ経済、背景としての貧困: 地場産業では成立しない貧困状況へのつけ込み。第二次大戦後の第一次産業切り捨ての歴史。基地も原発も、そこに居座られた後は、その地域の産業構造自体が転換させられて、交付金なしには地域経済が存立しない状況においこまれる。しかも、この状況を意図的に作っておきながら、為政者や為政者側の企業は「基地/原発がないと暮らしていけないでしょ」と脅しをかける。

2:地方への押しつけによる都市部住民との分離の構図: 「本土」の米軍基地は70年代末ぐらいにかけて整理統合し、沖縄へ移転するという経緯を辿り、現在の沖縄一極集中という状態ができた。それに伴い「本土」からすれば「他人事」にできる状態となった。原発については、地元ではまったく使われない東京の電力が、地方(たとえば福島)で作らされている。

「冷却水の取水口」という立地条件を電力会社は口にするが、要は迷惑施設の受け入れ先がない、首都圏では土地買収が難しい、そして政経中枢(+天皇)のある東京に置くのはトンデモナイといったことが、ほんとうの理由。

その結果として、沖縄に一極集中している米軍基地についても、地方に押し付けられた原発についても、当事者意識(押しつけの加害意識)を都市住民がもたない。


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【案内】≪チェルノブイリ原発事故から25年≫くり返すな! 原発震災 つくろう! 脱原発社会 4.24集会&デモ

【転載・転送歓迎】
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   チェルノブイリ原発事故から25年
     くり返すな! 原発震災
     つくろう! 脱原発社会
       4.24集会&デモ

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◎日時:4月24日(日)集合14:00 集会14:30 デモ出発15:30

◎場所:東京・芝公園23号地(東京タワー下・地下鉄三田線「御成門駅」5分)
 地図:http://www.tokyotower.co.jp/333/09_access/index_02.html

※文京区民センターから変更となりました。

◎デモコース:経産省別館前→中部電力東京支社前→東電本社前→銀座数寄屋橋交差点(ソニービル前)→東京駅前→常盤橋公園で流れ解散(東京駅先)

※雨天決行 参加費無料

◎内容

海外ゲスト…ロシアから パーベル・ヴドヴィチェンコさん

福島の現状報告 澤井正子さん(原子力資料情報室)
福島現地報告  大賀あや子さん(大熊町住民)

★どなたでも参加できます。プラカードや横断幕、楽器などいろいろ工夫して参加してください。

◎主催:原発とめよう!東京ネットワーク

▽連絡先:プルトニウムなんていらないよ!東京03-5225-7213(AIR内)/大地を守る会03-3402-8841/原子力資料情報室03-3357-3800/日本消費者連盟03-5155-4765/たんぽぽ舎03-3238-9035▽住所:〒169-0051東京都新宿区西早稲田1-9-19-207日本消費者連盟気付

 郵便振替口座:「原発とめよう!東京ネットワーク」00170-0-159426

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鎌倉で400人の反原発デモ

kamakura4月10日、反原発一斉行動にあわせて、神奈川県鎌倉市でも行動が取り組まれた。

主催は「イマジン 原発のない未来」となっている。15時に鎌倉駅時計台広場を出発した一行は若宮大路を三の鳥居まで行って折り返し、長谷寺方面を目指す道のりを歩いていった。

鶴岡八幡宮に至る桜並木の下に繰り出してきた人も大勢いたが、その人たちにも向けて「想像(創造)しよう 原発のない未来」「自然エネルギーを選びたい」「美味しい空気が吸いたい」「原発さんお疲れ様、あなたがいなくても私たち頑張ります」などのコールをあげていった。

主催にはサーフィン愛好家、地元の雑貨屋、共同保育のネットワークが生かされているようで、サーフボードにメッセージを書き込んだり、子供達が自前のプラカードを手に歌を歌ったり、鳴り物を鳴らして踊る姿に共感して参加する人は次第に膨らんでいった。知り合いの参加者を見つけて、商店主が店頭で拍手をしていたり、親子連れが手を振っているという光景が絶え間なくみられた。解散地点の由比ガ浜では参加者は400人だったということである。

放射能の危険ということへの率直な行動が各地で始まったという実感を強くするとともに、この社会で依然として原発が受け入れられ、危険な労働に従事する人が用意されているという現実にこたえうる街頭の行動を少しでも多く準備しなければならないとも感じた。

(海)

【報告】 4.10 「浜岡原発すぐ止めて!市民集会とデモ」に2500人

410 4月10日、東京港区の芝公園で「浜岡原発すぐ止めて! 市民集会とデモ」が開催された。主催は浜岡原発すぐ止めて!実行委員会。

 東日本大震災によって深刻極まる原発災害が引き起こされてから1カ月、被害がさらに拡大し、多くの住民が避難を余儀なくされ、放射能汚染が人びとの健康・生活・生命を脅かすものであることが衝撃的に明らかにされた。それは原発建設をウソとごまかし、脅しによって進めてきた歴代政府、東電などの電力企業、御用学者。マスコミなどの犯罪性が人びとに明らかにされていく過程でもあった。

 この日の集会・デモは3月27日のデモを倍する2500人が参加し、政府や東電の責任を厳しく追及した。
 
 東海地震の震源域の真上に位置する静岡県御前崎市の浜岡原発は、東関東大地震によって、今も制御不能による「チェルノブイリ」に匹敵する危機が進行している福島第一原発と同様の、あるいはそれ以上の危険性が指摘されている。2007年9月には約1000年に一度の周期でマグニチュード9の超巨大地震が発生していることが学術調査で確認されている。しかし中部電力の計算はM8・5以上の地震は起こり得ないという想定に基づいている。

東海地震、東南海地震、南海地震の三連動型地震の可能性も指摘する中で。もし東海地震が起きた場合、津波による原子炉破壊、放射能飛散による被害は福島第一原発事故よりもさらに大きなものになると警告されている。集会では、浜岡原発の即時停止、原発によらないエネルギー政策への転換が強く訴えられ、さらに東日本大震災被災者への支援が呼びかけられた。ドイツ文学翻訳家の池田香代子さんとともに菜の花を手に登壇した、大学に入ったばかりの若者も同級生とともに原発を今すぐやめさせよう、と行動している、と語った。
 
410 2デモは、経済産業省、中部電力東京支社前、東電本社前で「原発やめろ!」の声を上げ、歴代政府、電力企業の原発推進政策を厳しく糾弾した。4月24日にはチェルノブイリ原発事故二五年にあたって「くり返すな!原発事故 つくろう!脱原発社会」集会とデモが、同じ芝公園23号地で開催される、さらにこの日を倍する結集をかちとろう!(K)












 なおこの日、東京・高円寺で行われた反原発デモには、若者たちを先頭に15000人が大結集し、高円寺の町が反原発の声によって席巻される画期的な闘いとなった。




【反原発1988】「原発とめよう一万人行動」に二万人の大結集



第四インター日本支部機関紙 週刊『世界革命』(現『かけはし』)1988年5月2日号(第1042号)から。


4.23-24 原発をとめよう

東京の空に二万人の声
かつてない運動の広がりと高まり

4月23、24日の二日間、東京で開かれた「原発とめよう一万人行動」は、全国から二万人を結集してかつてない大成功を勝ちとった。政府・電力資本など原発推進勢力はこの反原発闘争のたかまりに直面し、早くも商業新聞各紙に全面広告を出すなどの反撃を開始した。しかしこの反原発の高まりは、推進派のデマがもう通用しないことのあらわれなのだ。四月行動の力を倍加、十倍化し、本当に原発を止めるまで闘い続けよう。

4251
●あらゆる人の予想を越えて

4月23日、24日の二日間にわたって行われた「チェルノブイリから二年、いま全国から 原発をとめよう一万人行動」は、日本の反原発運動でかつてない大成功をかちとった。

23日、15の会場に分かれたテーマ別分散会、関連企画には、どこにも会場に入り切れない人が出るほどの結集で、合計三千人を超す人々が参加し、熱のこもった活発な討論や報告が続いた。

24日の集会&フェスティバルでは、日比谷公会堂と小音楽堂をギッシリと埋めつくしただけでなく、公園全体を人の波、旗、のぼりが埋め、各所で集会、コンサート、署名、出店、そして音楽にあわせた踊りがくりひろげられた。「一万人行動」は、「二万人行動」となり、あらゆる人の予想を超えた。集会後の銀座通り、東京駅から常盤橋公園へとむかう約3キロのパレードは、先頭が解散地点に到着しても最後尾が公園を出発していないという長蛇の列となり、この間にない大デモンストレーションとなった。

チェルノブイリ原発事故から2年、伊方原発出力調整実験反対運動から一挙に高まった反原発闘争の新たなうねりは、全国各地でねばり強く闘い続けられてきた農漁民、周辺住民の不屈の闘いと結びつき、この大高揚を実現したのである。

「チェルノブイリをくりかえしてはならない」「子供たちの、自分たちの、そして地球の未来を守らなければならない」。この強烈な感情が、全国から参加した二万人を強く結びつけていた。そして全参加者は、この力をさらに押し広げ、必ず原発を止めることを固く誓い合った。本当に原発を止めるまで、全世界ですべての原発を止めるまで、休みことなく闘い続けよう。

●政府省庁との直接交渉

23日、午前十時から行動が始った。十時半から予定されている政府省庁との直接交渉に、あらかじめ決められた代表団が向かう。通産省、科学技術庁、厚生省、労働省、消防庁の各省庁は、それぞれ原発の許認可、運転や、原発で働く労働者の安全、輸入食料品の放射能汚染、原発事故の際の対策などに責任を持つべきところだ。そこに多くの人々が原発について抱くさまざまな不安や疑問をぶつけ、責任ある回答を引き出そうという行動である。

しかし、彼らの第一の回答は、霞が関一体に配備された装甲車、放水車など大量の警備車両と、何重にも張り巡らされた機動隊の列だった。各省庁側の要求を受け入れ、事前に交渉団の氏名や住所その他を伝えてあるにもかかわらず、何の権限もないはずの警察が、何度も何度もチェックを繰り返す。また、通産省を抗議の人間の鎖で包囲しようと集まった人々に対しては、全く不当にも暴力的に日比谷公園に追い立て、そこから一歩も出さないという暴挙を働いた。

交渉団を待つ間、集まった千人あまりの人々は抗議の集会を開く。伊方、上関、下北、浜岡など、全国各地から闘いの報告があい次いだ。午後1時半からの分散会に出発しなければならないギリギリの時間に、交渉団が帰り、経過を報告した。

通産省との交渉について、女川原発反対同盟の阿部宗悦さんは、「これまで二十数回も女川のことで交渉してきたが、いつも同じ判で押したような回答ばかりだった。しかし今回のは一番悪い。彼らには人間的な感情の一片もない。原発を止めるまで闘い抜く」と怒りの報告。通産省はこの間の事故の例を挙げた追及にたいして、何の根拠も示さず「日本ではスリーマイルやチェルノブイリのような事故は起こりえない」「電力会社も事故防止に努力している」などという、度しがたい答弁に終始した。

輸入食品の放射能汚染について追及された厚生省は「健康には何ら心配ない」と繰り返すだけだった。事実上ザルにチェック体制で、どんどん汚染食料品が入り続けていることが、市民団体や良心的研究者の調査でも判明しているのが現実なのだ。他の省庁の態度も、全く同様のものだった。「彼らにはチェルノブイリを防ぐ能力はない」。これが交渉が明らかにした現実だった。そして、これら原発推進派のもとで、日々危険性はふくれ上がり、悲劇は引きよせられていく。報告を受けた参加者は、ただちに各分散会会場へ向かった。

各分散会は、いずれも主催者の予想を倍する結集で、熱のこもった報告、討論が行われた。

●会場を埋める人の波

正面から入ると、日比谷公園は小音楽堂から公会堂まで、見渡すかぎり人の波、旗やのぼりの波だ。噴水のまわりで、木陰で、それぞれ集会を開き、歌い、踊り、訴えている。初夏を思わせる日差しのもとでびっくりするほどのにぎやかさ、華やかさだ。

午前11時ちょうど、公会堂で集会が、小音楽堂でフェスティバルが始まった。それぞれで、全国各地の闘いの報告、歌声が続く。

メイン会場でも、昨日の分散会に続きスウェーデンのポール・ドーイさんやオーストリアのペーター・バイシュさんが報告。サミー人の生活と文化を破壊した事故の恐ろしさ。とりわけトナカイの肉を通じた全身被曝が最高で10万ベクレル。ドーイさんのお父さんも2万ベクレルも被曝しているという報告は、会場からどよめきが聞こえるほどの衝撃だった。

3千キロも離れたスウェーデン中部のサミー人地区これほどまでに汚染したチェルノブイリ原発事故。「どこで事故が起きても世界中が汚染される。日本の原発もすべて止めるために皆さんが活動することを期待する」。

バイシュさんは、オーストリアの唯一の原発を稼働前に国民投票で廃止に追い込んだ経験を報告した。スウェーデンでも、11基すべての原発を2010年までに廃棄していくことが決定されている。二人の報告は、あらためて原発の恐ろしさを突きつけると同時に、人民の力でそれを止めることが可能なのだということを教えた。一刻も早く、すべての原発を止めなければならない。二人の報告に決意を込めた全体の拍手。

古川豪&ノビヤカス、館野公一さんなどの軽快な歌声を間にはさんで、各地で反原発闘争を闘っている人々が次々に発言した。

●止められる確信を深め

4252この間、日本の反原発闘争はいくつかの大きな勝利を実現した。四国電力の原発立地計画を押しもどし、3月21日、自社公推薦の原発推進派を破って反原発派町長を誕生させた闘いを、地元・窪川から島岡幹夫さんが報告。

「もし原発が作られれば、その電気は本四架橋で本州に送られるはずだった。これ以上四国を原発で汚染されたくない。八年間の闘いで、勝つには地域の人々の心をつかむこと、魂に訴えることだということを学んだ。リコール運動では住民の行使できる権利をすべて行使してきた。全国も窪川、日高に続いて勝利してほしい。闘えば必ず勝てるということを信じてほしい」。

つづいて、3月31日、和歌山県比井崎漁協臨時総会は、原発建設のための前調査を拒否した。関西電力、和歌山県、日高町当局のすさまじい札束攻勢と切り崩しをはねのけ、海と地域を守る闘いに勝利したのだ。この闘いを日高の漁民・浜一巳さんが報告。闘いは、もう三十年になる。浜さんが父親から引きついでからすでに13年、切り崩されては盛りかえし、また切り崩されては再組織する闘いの連続だった。しかし、絶対にあきらめることなく続けられた苦闘は、ついに勝利を勝ちとったのだ。

「日高原発が止まったことを皆さんに報告します。力をあわせれば、運転中の原発も、計画中の原発も、必ず止めることができます」。

新潟の東北電力巻原発も、巻原発反対共有地主会の存在によって4年前にストップしたままになっている。審査開始から7年、とつくに着工されていなければならないはずだ。東北電力は、共有地を除外して線引きをやり直し、安全審査を再開しようと考えているが、勝利寸前の局面にある。共有地主会の赤川勝さんが報告。

「予定地のどまんなかに私たちの共有地があるために審査を通せない。一時、三里塚のような強制収用を考えたようだ。しかし、そのためには通産省が認可を出すことが必要で、そのためには安全審査を通っていなければならないというジレンマに陥っている。しかし、通産省は、もう国の意思でやると決めたことだからやめるわけにはいかないと言っている。決して安心はできない。国の意思で作ろうと言うのなら、私たちの意思で対抗していかなければならない」。

赤川さんは、夏には共有地に立つ団結浜茶屋を海水浴に大いに利用して欲しいと呼びかけ、同時にこの六月にもチェルノブイリ事故後はじめての新規原発として着工が迫っている能登原発阻止のために、全国の力を結集しようと訴えた。

さらに、伊方原発反対八西連絡協議会から、能登から、核のゴミ捨て場に反対する北海道、幌延、天塩から、この1-2月の伊方原発出力調整実験反対運動で大きな力を発揮した九州から、そして核燃サイクル基地と闘う下北から、次々と発言が続いた。

「安心して飲める牛乳をいつまでも搾っていたい」と語り始めた幌延の川上さんは長い間、反対決議をあげられなかった隣町の天塩農協がこの4月ついに反対決議をかちとったことを報告。「このうねりのなかで動燃をたたきつぶす。押し出すのはもう一息だ。あのときもう少し頑張れば、と後で後悔しない運動をやっていきたい」と決意を述べた。

青森の小林さんは、プルトニウム空輸に反対する意見広告を「ワシントン・ポスト」に出したことを報告。この6月にも下北・六ヶ所村ウラン濃縮工場の許可が下りるかどうかの局面になっている。小林さんはこれに反対する署名を続けてきた。現在約20万人。「5月9日に通産省に提出します。もう一度日比谷に集まって下さい。どこで何をやろうとしても、人は集まるんだ、運動はつぶせないんだということを思い知らせてやりたい」。

九州の松下竜一さんの話は、今始まった反原発の高まりの性格を浮き彫りにするものだった。このチェルノブイリから丸二年の4月26日、九州全域で新聞に一項の意見広告を出す。それは高松闘争を引っ張った『まだ、まにあうのなら』の 甘蔗珠恵子さんと小原良子さんの対談で、松下さんが司会したものだ。

松下さんは小原さんも、 甘蔗さんも、チェルノブイリ当時、事故のあったことすら知らなかったことを知って、あらためてびっくりしたと言う。ところが、広瀬隆さんの本などで事実を知ったとたん、たちまちエネルギーに満ちた反原発運動者に変身したのだ。

これを紹介した松下さんは、「皆、事実さえ知れば、必ず起ち上がる。これを確信して運動をする必要がある」と訴えた。事実を知らせること、徹底的に事実を知らせること、これが新しい反原発闘争の高まりをつくり出したのだ。

集会の最後に、アピールを採択し、福井の小木曽さんが「『脱原発』制定運動について議論をおこそう」と実行委員会を代表して訴えた。

4253●明日からの新たな闘い

集会を終えて、東京電力前から銀座、東京駅を通って常盤橋公園へ向かうパレードに出発。日本の反原発運動史上かつてない大デモンストレーションだ。男も女も、子供たちも、乳母車の赤ん坊も、パンクロックの少年少女も、皆自分の反原発の思いを精いっぱい表現している。既成の組織とほとんど関係ないところで、自発的な意思がこれほど広範に結集し、ひとつにまとまって闘おうとしているのも、この間なかったことだと言えるのではないか。これは確かに、右へ向かう状況を食い破る可能性を持ったエネルギーだ。その可能性を現実のものとするために闘いぬかなければならない。

デモの解散地点で、宣伝カーの上から高木仁三郎さんが叫んでいた。「今日の行動は、二万人を越える人々の結集で大成功をかちとりました。この解散地点は、明日からの闘いのスタート点です」と。

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【案内】浜岡原発すぐ止めて! 4・10東京集会&デモ

浜岡原発すぐ止めて! 4・10東京集会&デモ
~福島原発震災を二度とくり返さないために~(仮称)

4月10日(日)
場所 芝公園 23号地
(都営地下鉄三田線芝公園下車 徒歩5分)

集合 12時45分
集会開始 1時
デモ出発 2時

デモコース/経済産業省別館前・中部電力東京支社前・東電本社前・銀座ソニービル前を通り、常磐橋公園で流れ解散(東京駅の先)

参加費無料

主催 浜岡原発すぐ止めて!実行委員会
問い合わせ先 TEL 03-5225-7213 FAX 03-5225-7213 共同事
務所AIR内090

呼びかけ/浜岡原発を考える静岡ネットワーク/ふぇみん婦人民主クラブ/日本消費者連盟/チェルノブイリ子ども基金/原子力資料情報室/プルトニウムなんていらないよ!東京/たんぽぽ舍/福島老朽原発を考える会/チェルノブイリと日本の未来を考える会(3/28現在)

以上 4月1日現在です。

【案内】サンフランシスコ講和条約・日米安保条約調印から60年植民地主義の歴史と現在を問う 4・28-29連続行動

サンフランシスコ講和条約・日米安保条約調印から60年植民地主義の歴史と現在を問う 4・28-29連続行動

4.28討論集会「地震と原発」問題もともに論じよう

●日時:4月28日(木)18:00開場

●場所:ピープルズ・プラン研究所(地下鉄江戸川橋駅下車・徒歩7分)

●主催:反安保実行委員会2010-11(fax03-3254-5640)


4・29反「昭和の日」行動

●日時:2011年4月29日(金・休)13時15分開場(13時半開始)

●お話:彦坂諦さん(作家) 
            
●場所:大久保地域センター(JR山手線新大久保駅下車徒歩8分)
*集会後デモを予定

●主催:4・29反「昭和の日」行動実行委員会

●連絡先:090-3438-0268

●呼びかけ団体:アジア連帯講座、国連・憲法問題研究会、立川自衛隊監視テント村、反天皇制運動連絡会、「日の丸・君が代」強制反対の意思表示の会、靖国・天皇制問題情報センター、連帯社、労働運動活動者評議会

〈呼びかけ〉

大地震、大津波、そして原発事故という惨事に言葉を失い、自らの頭上に降り始めた放射背物質に恐れをなす。だが、この最悪の事態にあっても、日本社会は相変わらず差別・排外主義の社会であり、植民地主義、領土ナショナリズム、日米安保・米軍基地の問題は、表情を変えながらそこにある。沖縄の基地問題も何一つ解決していない。相変わらず事態は米軍と日本の政財界の意図に沿ってのみ動いているのだ。

 このような中で、私たちは5回目の「昭和の日」を迎える。 昭和天皇ヒロヒトは、自らの名で植民地拡大の戦争を遂行し、敗戦後、天皇と天皇制を守るために沖縄を米軍に売り渡した。それは1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約で固定化され、日本の「民主主義」と「平和」、「高度経済成長」はその上に築かれ、多くの人びとがこれを謳歌してきたのだ。

今年は柳条湖事件から80年目にあたる。侵略と占領の数だけ巡ってくるその歴史の節目だ。継続する植民地主義と領土ナショナリズム、解決されない日米安保・米軍基地の問題。「昭和の日」とは、そういった近代日本の歴史と戦後体制の間違い、その結果の現在の矛盾を、天皇制ともども、まるごと肯定しようという記念日である。抗議の声はあげられなくてはならない。

 右傾化をたどる現在、集会の自由・表現の自由、思想信条の自由は、道路の秩序、近隣への迷惑などを口実に、会場も公園も、路上も、使えない状況が作りだされ、有名無実のものとなっている。私たちは諦めることなく行動を続けていきたい。昨年同様、反安保実行委員会主催の4.28集会との連続行動として取り組む。ともに声をあげよう。

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