d(日本政府はこんな小舟の「海賊」を1万キロの彼方へ拉致した)

東京地検は4月1日、先の3月5日にオマーン沖において商船三井のタンカーを襲撃したとして、海賊対処法違反(乗っ取り未遂)でソマリア人(と思われる)三人を起訴、未成年と思われる一人を家裁に送致した。私たちは、法的に処罰する正当性もないままにソマリア人四人を日本に送致し、起訴したことをグローバル派兵の時代における「越境軍事裁判」と「敵国人の捕虜化-懲罰政策」の始まりとして、強く抗議し糾弾する。

そもそも、いかなる裁判も「犯罪行為」の認定とその処罰のみを目的とするものではない、というのが法と刑罰の精神の重要な柱であるはずである。そして、その犯罪行為のみではなく、容疑者-被告人の生い立ち・個人的背景・社会的背景・動機なども総合的に勘案されるなかで、その処罰の量刑と酌量が決定されるべきなのは、論を待たないだろう。

そして、この「海賊」とされる四人のソマリア人たちは、1991年に勃発した内戦によってかつてのソマリア民主共和国が三分割された状態となり(メディアでは「無政府状態」と言われるが三つの勢力がそれぞれ暫定政権や自治・独立を宣言している。いわば「主権が弱い」状態であっても完全な「無政府」ではない)、統一国家による統治が崩壊した状態で、彼らの本名や身元を確認するすべもない。

日本政府は、どこの誰かも確認できない者たちをどうやって裁くというのだろうか。日本から1万キロも離れた場所で生活してきた人々が、なぜ・いかにして「海賊」という行為に及んだのか、その背景や動機をどのように解明するというのだろうか。

この四人の捜査段階において、警察は苦労してソマリ語の通訳を見つけたという。そして、裁判では地裁があらためてソマリ語の通訳を見つけ出さなければならない。国家権力のカネとネットワークで裁判のための通訳を見つけ出すことは何とかできるかもしれない。しかし、被告たちにつけられた弁護士もまた別の通訳を見つけ出さなければならず、それ自体が困難を極める作業になるだろう。

日本政府は公正な裁判を保証できるかも不確定なままに、ソマリア人を拉致し、報復と威嚇のためだけに初めての「越境軍事裁判」を行おうとしているのだ。そして、起訴状から審理・判決に至るまで被告人たちにとっては何が起きているのかほとんど分からない暗黒裁判によって、日本の刑務所に放り込もうとしている。この四人の日本送致と裁判(そして収監)は精神的苦痛を与えることを目的とした一つの拷問だ!

このような人権侵害がまかり通れば、次には「日本企業を襲撃した」あるいは自衛隊が海外で展開する地において「敵対した」と見なされた人々を次々と日本の地に送致して一方的に裁き・収監するということが常態化するだろう。いずれ、日本にもアブグレイヴやグアンタナモのような過酷な捕虜収容所が設立されることにもなりかねないのである。

繰り返して言う。被告人の背景を考慮しない裁判は無効である。欧米や日本のメディアでは「ソマリアの海賊」と言われる人々は、はたして、ただの「物盗り」なのだろうか。1991年の内戦勃発により国家主権と支配が著しく弱体化したソマリア沖では、誰も追及することはできないと主に欧米の船舶による化学物質や核廃棄物の投棄が大規模に行われた。国連の調査でも、ソマリア沖でウラニューム、放射能廃棄物、カドニューム、水銀などの毒性の極めて強い廃棄物が投棄されていることが確認されている。そしてまた、ソマリア沖の海洋生物の生態系が一変してしまうほどの無軌道な乱獲が、世界各地からの漁船によって行われた。

「ソマリアの海賊」とは、このような「欧米グローバル企業-帝国主義の海賊」に対する「海洋自警団」として生み出された人々なのである。そして、そこには、明確な「反帝国主義意識」すら持ち合わせているのである。「海賊」とされるグループの一つは、2010年1月のハイチにおける大震災において「我々はハイチに支援物資を届ける能力がある」として被災者のへの支援を申し出、「ハイチへの人道援助は欧米によって牛耳られてはならない。彼らにはそのようなことをする道義的な権威がないからだ」「彼らこそ、長い間、人類から略奪を繰り返してきた張本人なのである」と語っている。(出典

この「海賊」とされる人々は、はたして「粗暴な物盗り」として裁かれるべき人々なのだろうか、それとも「帝国主義列強に対するレジスタンスの一環」と考えられるべきなのだろうか。少なくとも、日本の裁判所にそれを判定する能力はないだろう。

そして、日本を含む欧米諸国・大国・帝国主義の強盗たちに、ソマリアの人々を裁く資格などない。むしろ裁かれるべきは、言うまでもなくこの帝国主義の強盗たちだ。

ソマリアの歴史は、欧米諸国による植民地化と略奪の歴史だ。19世紀末にはイギリスが北部を、20世紀初頭にはイタリアが南部を「領有」し、第二次大戦において両国はソマリアの権益をめぐって争うことになる。1960年に南北それぞれが独立をはたして1969年にソマリア民主共和国に統一されることになるが、現在のソマリアの分裂状況は、この植民地として分割された残滓であることは疑う余地はない。

そして、1991年の内戦勃発を機に多国籍軍がソマリアに軍事介入し、映画『ブラックホーク・ダウン』に描かれた1993年の「モガディシュの戦闘」(撃墜された米軍ヘリの乗員を救出しようとして18名の米兵が死亡した事件。この救出作戦において15時間で350人から千人以上のソマリア人が虐殺された)の失敗によって、アメリカはソマリアから撤退を余儀なくされた。

しかし、内戦の泥沼化と主権の弱体化による欧米船の無法行為は90年代にはすでに始まっており、それに対抗する戦いも次第に激化していった(なかにはほんとうに粗暴な海賊もいただろう。しかし、それすらも帝国主義の植民地化と略奪政策が生み出したのである)。そして、欧米中心の「国際社会」がソマリア沖を「海賊の巣窟」として強く認識するようになるのは2005年頃である。そうして、ソマリア沖はイラク・アフガニスタンと並ぶ、「国際的な反テロ共同対処地域」として、日本を含む欧米・中国・韓国の軍艦が展開する海域となっていったのである。

この帝国主義の強盗たちに、ソマリアの人々を裁く道義的・倫理的な正当性は一片もありはしない。帝国主義の強盗たちこそ、アフリカを植民地にし、奴隷として連れ去り、分割統治し、武器を与えてアフリカ人同士を争わせる代理戦争を煽り、この21世紀においても飢餓と戦乱をもたらしてきた犯罪者であり、その数々の犯罪こそ時効なき「人道に対する罪」として裁かれなければならない。

 日本政府は四人のソマリア人を即刻解放しろ!
 海賊対処法を廃止しろ!
 海上自衛隊によるジブチの「海賊対処前線基地」化をやめろ!
 自衛隊とすべての外国軍はソマリア沖から出ていけ!
 多国籍企業船舶による不法投棄と乱獲こそ監視・規制しろ!

(F)