虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

シリア

【仏NPA声明】軍事介入反対!シリア革命への全面的連帯を

声明 軍事介入反対!シリア革命への全面的連帯を

反資本主義新党(NPA)
二〇一三年八月二八日


フランス語版声明はこちら

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 バッシャール・アル・アサド体制は、自国民に対して組織している殺りくのレベルをますます引き上げている。化学兵器を使ったダマスカス周辺の市民居住地域への最近の空爆は、こうした人道に対する犯罪をもたらした大国の偽善への恐怖と怒りをふたたびかきたてている。

 NPA(仏反資本主義新党)は、反乱に立ちあがったシリア民衆への全面的連帯と、いかなる観点からも擁護できない政権を打倒しようとする民衆の決意への称賛を、再確認するものである。

 われわれはアル・アサドの犯罪を励ましているロシア政府とイラン政府の直接的共謀を非難する。しかし、民衆が築き上げた集団的な闘争組織が何カ月にもわたって求めてきた武器の提供を拒否した西側の大国もまた、この人殺し政権の継続に責任を有しているのである。そうした行為は、シリア民衆の第二の致命的な敵である宗教的反理性主義潮流の発展への手助けとなっている。

 いまや米国、フランス、英国は目標を絞った爆撃によって直接的に紛争に介入する意思を明らかにしている。オランド大統領自身が、どのような民主主義的協議も行わないままその前面に立とうとしているこうした政策に、われわれは全面的に反対する。実際、犯罪的で冒険主義的な体制に対するこうした政策は逆効果しかもたらさず、また逆の国際的プロパガンダを強め、結局のところシリアにおける苦しみを決定的に増大させることになる。

 あらゆる不可欠の国際的支援を得ながら、しかし何よりも自分の利害しか考えない諸国の作戦や直接的介入ぬきに、完全な自決を伴う解放を勝ち取るのはシリア民衆自身である。妥協へのあらゆる橋を破壊した政権に対峙しているシリア民衆、そして民主主義、社会的公正、すべての構成要素の民族的尊厳のために闘う人びとの代表は、バッシャール・アル・アサド一族の打倒、そしてあらゆる外国の指揮を拒否するという点に関して、妥協することはできない。

(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年九月号)

【共同声明】シリア民衆との連帯を!

シリア民衆との連帯を!

2013年8月30日

社会主義レジスタンス(第四インターナショナル・イギリス支部)
国際社会主義ネットワーク(ISN)


 この共同声明は、二〇一三年八月二九日に社会主義レジスタンスと国際社会主義ネットワークが採択したものである。国際社会主義ネットワーク(ISN)は二〇一三年初めに、元SWP(社会主義労働者党)党員によって結成された。(「インターナショナル・ビューポイント」編集部)

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 ▲ 介入ではなく連帯を!


 議会で政府の戦争推進決議が否決されたのは、重要な出来事である。労働党は保守党の決議に反対していたが、労働党も国連の武器査察官の報告を待つという条件付きの戦争支持決議案を提出していた。この決議案も否決された。このような投票結果は英国における反戦の気運を反映している。しかし米国に関しては、英国内の基地を使う戦争という可能性がある。

 バッシャール・アル・アサド政権は、シリア民衆に対するいっそうの残虐性をもって、毎日のようにますます多くの虐殺を行っている。それが市民居住区域への爆撃によるか、あるいは化学兵器によるかに関わらず、である。二年間にわたる独裁反対の決起の中で。人口二〇〇〇万人のこの国で一〇万人以上が死亡し、二〇〇万人が難民となり、多くの人びとが「住み家を失った」。 この悲劇は、われわれを恐怖と怒りで満たす。

 われわれは、シリアの民主主義をめざす運動への連帯の闘いを続けていく。われわれは残忍な独裁体制との闘いで命を失ったすべての人びとを追悼し、抵抗を継続しているすべての人びとに敬意を払う。

 しかし、帝国主義諸国の偽善もまたわれわれの怒りをかきたてている。かれらはこの悲劇に第一の責任を負うものである。かれらは人殺しのアサド独裁政権が権力の座にとどまるのを許容し、反乱に立ちあがった人びとが武器の欠乏に苦しむ一方で、アサド政権がロシアとイランから武器の供給を受けるのを許容してきたのである。かれらはシリア民衆の苦境にあたって民衆との固い握手をかわしているが、かれら民衆が自分たちを守る手段については拒否している。

 この二年以上にわたって、米国、フランス、イギリスは傍観し、対航空機・対戦車の防衛的武器を反対派の進歩的・民主主義的構成員に供与することを拒否してきた。それはアサド政権の転覆が、二〇一一年にチュニジアとエジプトで始まった革命を拡大・深化することになりかねないと危惧したためだ。同時にかれらは、サウジアラビアとその他の湾岸諸国が、シリア革命を宗派間戦争に変質させようとしてイスラム反動勢力を支持することを許容してきた。かれらはシリアにおける革命の勝利が、地域全体に拡大し、かれらの大きな脅威になりうることを知っている。

 今や英国、米国、フランスは、もう一つの「人道的介入」について討議している。それはかれら帝国主義の側が、化学兵器の使用に関する独占的権利を持っているとアサドに警告することに目標を定めた、軍事的攻撃である。

 われわれは最大の決意を持って、シリアへの外国からのいかなる直接的軍事介入にも反対し続ける。それが米英仏とその同盟国によるものであろうと、イランならびにその同盟国によるものであろうとも反対する。反乱勢力の中でこうした外国の軍事介入を支持している者は、大きな間違いをおかしている。われわれは、シリア民衆がアサド独裁体制から解放されるべきことを確信している。かれらの闘争が成功するためには、西側からの条件付きではない武器や人道的支援物資をふくむ、すべての必要な物質的援助をかれらは受け取るべきである。

 シリアを襲っている大規模な難民の危機を目の当たりにした西側諸国は、深い沈黙を決め込んできた。これは、難民と経済的移民に対する長期にわたるレイシズムとイスラム嫌悪の反映である。

 アサド独裁体制は、平和的で交渉による民主主義への移行への可能性をもたらす、あらゆる架け橋を焼き切ってきた。一方の米英両国、他方のロシアとイランも上からの解決の強制を望んでいる。それは体制を維持しながら、バッシャール・アル・アサドを取り除くという解決策である。

 われわれは、反乱勢力が帝国主義の手先だという暗示を拒否する。この反乱は、依然として抑圧からの解放のために闘う民衆による大衆的革命である。それはこの地域、そしてそれを超えた世界の大衆を鼓舞してきた「アラブの春」の核心的構成要素である。

 われわれは、イギリス、フランス、そして米国の「人道的介入」にも、イランとロシアによるアサド支持の介入にも反対する。われわれは、自らの解放のために闘っている革命的大衆の側に立つことを選び、とりわけこの革命の民主主義的・進歩的構成要素への連帯の意を表明する。

 われわれは「ストップ戦争連合」とともに、英仏米によるシリアへの介入に反対運動を継続し、シリア革命に対する実践的な救援物資と人道的援助を送る。またわれわれは、「革命は、この地域と世界の民衆的革命、そして無知と隷属と搾取を強制する体制と闘っているすべての戦士たち以外の、真の同盟者など持たない」と述べてきた革命的左翼潮流のようなシリアの社会主義者に連帯するものである。

帝国主義の介入反対!
アサド独裁体制と闘う革命に連帯を!
シリアの民衆に自らの未来の決定権を!外国の介入をやめろ!

(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年八月号)


【声明】差し迫った米国のシリア軍事介入についての声明

差し迫った米国のシリア軍事介入についての声明

「ソリダリティー」政治委員会


 この声明は、二〇一三年八月二八日に発表された「ソリダリティー」(米国の第四インターナショナル支持組織)の声明である。「ソリダリティー」は、労働者階級と抑圧された民衆の自主的組織による「下からの社会主義」という立場の革命的社会主義者によって一九八六年に創設された。「ソリダリティー」は二〇一一年に第四インターナショナルの支持組織になることを決定した。(「インターナショナルビューポイント」編集部)


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 マケイン、ベイナー、ケリー、バイデン……といった民主、共和両党のタカ派たちの声が、ますます強まっている。もちろんかれらの口実は、シリア内戦による幾万人もの死者、幾百万人もの離散した難民、あらゆる残虐性の現れに付け加えられる、ダマスカス近郊での幾百人もの命を奪った化学兵器攻撃である。

 政府当局者によれば、オバマ大統領は軍事介入に関して「何の決定も行っていない」が、すでに軍用機や軍需物資輸送機が、シリアの沿岸から一〇〇マイルも離れていないキプロス島のアクロチリ英空軍基地に集結している。チャック・ヘーゲル米国防長官は、東地中海からシリアに緊急ロケット攻撃を行う「あらゆる軍事的装備」がすでに準備されている、と発表した。

 軍事介入の支持者たちは、神経ガス攻撃を含む内戦の残虐性を指摘している。それは全くありそうなことであり、シリア政府がそうした犯罪行為を行ったかどうかは完全に明らかというわけではない。しかし米国と英国は、戦争犯罪への関与や化学兵器の使用に関して無関係ではない。第二次大戦においてウインストン・チャーチル(英首相)が命じたドレスデンのじゅうたん爆撃、米国によるヒロシマ、ナガサキへの原爆使用から、ベトナムでの枯葉剤とナパーム弾、イラク・ファルージャでの白燐弾に使用に至るまで、である。

 数日前、雑誌「フォーリン・ポリシー」に掲載された機密解除文書は、一九八〇年代にサダム・フセインがイランとクルド人に対して化学兵器攻撃を行ったのを米国が支持した詳細を明らかにしている。こうした攻撃は、いずれも現代史における最大規模の化学兵器使用である。


 ソリダリティーは、シリアでの米国の軍事介入を非難する。それはわれわれがアサド政権になんらかの形で同情したり、支持を与えたりしているからではない。それは、艦船から発射されようと航空機から発射されようと、ミサイルは確実に市民の犠牲者を出すからである。シリアへの爆撃は、さらなる残虐行為から住民を守ることとはなんの関係もないからである。そして米国には、自分たちが嫌いな諸国を攻撃する正当な権利などないからである。


 米国と同盟国による攻撃は、西側帝国主義者と闘う戦士という装いでアサドの立場を強化する結果すらもたらしかねない。シリアのある社会主義グループは次のように述べている。「われわれの革命は、この地域と世界の民衆的革命、そして無知と隷属と搾取を強制する体制と闘っているすべての戦士たち以外の、真の同盟者など持たない……ワシントン反対! モスクワ反対!」。


 「ソリダリティー」政治委員会は、われわれのメンバーたちに、この明らかになった悲劇をさらに悪化させる可能性が高い米国の危険で不当な軍事介入に反対する集会・デモへの参加、組織化の支援を呼びかける。


二〇一三年八月二八日


(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年八月号)


【シリア】革命から見た情景


エジプトでのシリア民衆連帯デモ

シリアの革命的マルクス主義者の立場からのシリア情勢分析です。

……………
 
シリア――革命から見た情景
 

モニフ・ムルヘム



 本稿は二〇一二年二月二一日に書き上げられ、シリア革命的左翼潮流のアラビア語機関誌に掲載されたものである。



 シリアにおいて、自由と尊厳のために立ち上がった民衆と、四〇年間にわたりこの国に重圧を強いてきた抑圧的独裁体制との衝突が始まった。シリアをめぐる対立は一九四六年の独立以来やむことがなかった。

シリアの現在、あるいはシリア・アラブ共和国(訳注1)という国家が、二〇世紀の初めにサイクス・ピコ協定(訳注2)でイギリスとフランスが分割した「大シリア」の残り物でしかないことを思い起こすだけで十分である。シリアと近隣諸国(レバノン、イラク、パレスチナ、ヨルダン)との関係のもつれ、そしてシリアへの影響力をめぐるエジプトとサウジのライバル関係は、それ以来ずっと続いている。帝国主義の構想と同盟関係はそうした関係を封じ込めたものであり、その最も有名なものはアイゼンハワー計画とバグダッド条約(訳注3)であった。こうした目論見はこの一〇年間、とりわけ米国のイラク侵攻後のテヘラン―ダマスカス枢軸の登場と、核開発計画を口実とした米国のイラン包囲の願望で強まった。

現実には、外国の介入あるいは不介入は、西側諸国の利害、そしてその国内的・地域的・国際的諸条件にのみ依存したものである。現在こうしたタイプの策謀にとって、諸条件は有利なものではない。シリア人たちの意見は、かれら西側諸国の関心を最もひかない問題である。かれらにとって介入する上でだれかの同意など必要ないのであり、かれらがそうしたい時には、もっともくだらない事柄であっても十分な正統性と口実を見つけることになるだろう。結局のところシリア政府の立場、その態度、そして革命のその時点での発展局面におけるシリアの状況が、軍事介入の条件と口実をつくる多くの諸要素――実際には唯一の要素――となるのだ。



シリアの反対派



 シリア民衆が決起し、政権が革命に対して開始した残虐きわまる弾圧――それは全方向で拡大し幾千人もの死者と幾万人もの逮捕者をもたらした――に直面してから数カ月後に、シリア国民評議会が設立された。国民評議会は多くの政治的・宗教的潮流とリベラルな潮流から形成され、政治的潮流が明らかに優位を占めていた。民衆運動はこのイニシアティブを歓迎し、評議会への支持を表明した。それは評議会の憲章に書かれた言葉やその内部的構造に同意したからではなく、早いうちに、すべての潮流を代表する構造の内部で、運動により勢いと力をつけ、支持を広げるために団結し、闘争を集中化することが必要だったからである。

 しかし国民評議会は、民衆運動を支え、活性化し、統一するための努力を方向づけるのではなく、そこから目をそむけてしまった。影響力のある国際的パワーの方に身を転じ、リビアの経験から示唆を引き出すことを求めて――リビアとの相違と対照性を考慮することなく――幻想の取引に身をゆだねてしまったのである。

 繰り返し要求された「緩衝地帯の設置にいたるまでの飛行禁止」からはじまり、さらに自由シリア軍に関するためらいがちの立場や、市民の保護と安全なルート確保の要求を通じて、国民評議会は革命への具体的な方針を提起できないことを立証してしまった。

 国民評議会の形成に伴って、もう一つの反政府グループである全国調整委員会が設立された。この組織は、三〇年以上にわたり弾圧と迫害を受けてきた、政権に反対する諸政党や個人を結集したものだった。しかしこの組織は、革命の各段階において大衆が達成したレベルにまで到達しなかった。全国調整委員会はその創設の段階から、政権の打倒に集中するのではなく、外国からの軍事的介入に焦点を合わせてきた――軍事的介入という問題はこれまでどこからも提起されてこなかったし、今も提起されていないにもかかわらず。

この組織は、政権と闘うよりも全国評議会との衝突に多くの関心を抱いてきたように思える。実際のところ、全国調整委員会の言説は、街頭での反乱ではなく、恐れおののき、ためらい、沈黙するというタイプに属するシリア人たちの表現だった。



共産主義者と革命



 シリアの政治的舞台は、伝統的(スターリニスト)共産党以外の他の共産党が存在しなかったという点で、他のアラブ諸国と異なっていた。伝統的共産党は一九二〇年代に創設され、一九七〇年代初頭までその統一を維持していた。その後、この党は分解・亀裂を開始し、二〇〇〇年代初頭までに四つの党が誕生した。

そのうち三つはモスクワへの忠誠を続け、支配政党である「バース党戦線」に参加したり、外部から政権の経済政策へのきわめておずおずとした批判を定式化したりするなど、独裁体制の付属物となってしまった。革命の勃発後、かれらの活動家や支持者の一部は指導部との合意のないままに民衆運動に参加したものの、ラディカルな変革の要求を理解しなかった。

この分裂から生まれ四番目の党は、一九七〇年代半ば以後は政権との距離をとり、反対派に参加して、それ以後の数十年間、弾圧と迫害に身をさらすことになった。二〇〇〇年代になって、この党は民主人民党と呼ばれるリベラル派の政党になり、現在はシリア国民評議会の一部である。

一九七〇年代末に、共産主義行動党(CAP)と呼ばれる新しい共産主義政党が設立された。この党はその隊列の中に革命的スターリニスト潮流や、さらにはトロツキスト潮流さえ含んでいた(訳注4)。体制打倒という問題が一九七九年以後提起され、この党は打ち続く弾圧と迫害の波と連続的な逮捕にさらされた。そのため一九九〇年代初頭までに、同党は政治的・組織的なマヒ状態に陥った。

二〇〇〇年代初頭、指導部の一部が獄中から釈放され(その中には一七年以上投獄されていた者もいた)、CAPの名前が再び聞かれるようになった。同党は、分裂と、リベラリズムからスターリニズムを経由した革命的関与にまで広がるイデオロギー的転換を経験している。党員の一部は党の再建と、共産主義的伝統に源流を持つ別の組織との連合を形成する――マルクス主義左翼の再編――ことができた。それは現在、全国調整委員会の構成要素の一つとなっている。革命と民衆運動の登場の中で、幾つかの左翼組織も出現したが、それらは行動力と影響力の点で限定されたものにとどまっている。



自由シリア軍



 政権の側の弾圧のひどさと殺人犯罪にもかかわらず、民衆運動はその最初の数カ月間、平和的に展開された。デモ参加者が時に武器に訴えることがあったとしても、それは治安機構の残酷な殺人行為によって挑発された個人的行動であり、運動の指導者による統制が可能だった。

 治安部隊は、平和的な革命家の殺害を正当化し、自分たちは「武装集団」に対処しているのだと世論に信じ込ませるために、民衆の運動を武装させる策謀を行った。そのためにかれらは二つのプロセスに依拠した。第一は、武器商人と治安部隊の間のコネクションを通じて、市民が安価な軽火器を手に入れるのを促したことである。第二は、民衆運動にとってははるかに危険なことだが、指導部を一掃することによる市民の平和な運動の首の切断、デモ中の殺害、牢獄での処刑、指導者の拘留などである。

 こうしたことにより、新しい指導者たちは、殺害や終わりのない不当な強要行為を犯した治安部隊との武装衝突にいっそう傾くようになっていった。海外からの諸要素が武装闘争的方法を尻押ししたりすることがなければ、あるいは軍の隊伍内でますます目立つようになった脱走行為――それは自由シリア軍の創設をもたらした――がなければ、運動が平和的で市民的なものであり続けることも可能だったかもしれない。

 自由シリア軍の部隊と司令官は、いかなる反抗や集団的不服従も不可能にされていたアサドの父の時代に形作られた。かれらに割り当てられた役割――政権を守るための民衆的抗議行動への弾圧、あらゆる残虐な弾圧形態の行使、民衆への差別――に直面したシリア軍の一部の要素は、可能な場合には武器を取って反乱する以外の選択肢はなかった。そしてそれはしばしば起こったのである。

 もしそうした軍隊内の反乱が脱走(その数は、最も楽観的な見積もりによっても数千人を超えるものではなかった)という形のままで止まっていたならば、自由シリア軍は政権にとって危険なものにはなり得なかっただろう。しかし自由シリア軍部隊の根幹は新たに形成された文民部隊であり、かれらは革命への興奮の外側から部隊に参加した者であるか、デモに参加したことで治安部隊の追跡を受けた者である。自由シリア軍への市民志願兵のほとんどは、周辺化された社会階層の出身である。

 自由シリア軍の規模は、現在数万人と見積もられており、今や政権側は自らの軍への信頼を日々失っており、その部隊をより信頼に値する要素、すなわちその一部は治安機構に全面的に従属した部隊によって軍部隊を強化しなければならなくなっていることを強調すべきである。われわれは、革命への同調という推測によって投獄されている軍人の数が数千人に上り、その多くは士官であることも明らかにすべきである。この事実は、政府軍の動員の規模やモラルについての状況がどうなっているかを教えてくれる。

 経済的利益によって政権に結びついている社会階層は、次第にそこから離れつつある。一部の者は国際的経済封鎖の強化とともに船を乗り移り、別の一部は片足を政権の側に乗せ、もう一方の足を革命の側に乗せている。早晩、政権は最も親密な顧客と弾圧装置のみに頼ることになるだろう。これらは、正規軍部隊というより、その構造からして私兵に類似した機構である。政権側が「サムソン・オプション」(訳注5)を行うことになれば、こうした機構は革命にとっての一つの問題となりうる。

 自由軍による危険性も残ったままである。しかし自由軍が外部のパワーによって支持され、武装化されることになれば、それは体制の打倒にあたって効果的な役割を果たすだろう。



政権は防衛のために攻撃を仕掛けている



 この間、都市や村落で行われている軍事作戦は、革命を抑え込むための攻勢のように見える。しかし現実には、政権は毎日のように革命の火が新しい都市や地域(ダマスカス、アレッポ)に広がっているのを見ており、革命が最初に起こった地域(ホムス、デラア、ハマ)でその闘いを窒息させ、新たに革命に結集した地域に脅しをかけ、体制維持への可能性についての確信が揺らいできた政権支持者たちの士気を高めようと願っているのである。それはまた、同盟国(とりわけロシア)との交渉期間中に手持ちのカードを保持するためのものである。二〇一二年二月一九日に行われた中国外務次官との会談での、シリアを脅かす内戦と分離に関するアサド大統領の言葉は、その最初のサインにすぎない。

 今や、シリア革命がルビコン川を渡ったこと、後戻りはできないことを、われわれは見ることができる。四〇年以上にわたってシリアを支配してきた政権は、終わりを迎えつつある。いつ、そしていかにして終わるのか。この問いに正確に答えるのは難しい。アサド政権と同じ性格を持ったあれこれの政権が、その崩壊という点では観察者たちを驚かせてきたからである(シャーのイラン、東欧)。

 革命とその将来にとってのもう一つの危険は、シリアが大国間の影響力と利害をめぐる闘いの地域に変わってしまうことだ。私の意見では、周囲の環境はそのようなものではない。米国が、とりわけイスラエルの利害にそって、政権を破壊するためではなくシリアを破壊するために、紛争を永続化することを熱心に願う政策を取っているにもかかわらず、少なくともロシアはそうではない。シリアの反対派が理解し、阻止すべきなのはこの点である。なぜなら政権の打倒はシリア民衆の諸勢力によってなされるべきだからである。これこそ最短の道――いかに長かろうとも――であり、シリアの情勢の代価が国際的諸勢力のバザールにおいて高騰していたとしても、これこそ最もコストのかからない道だからである。



▼モニフ・ムレヘムは一九八一年に逮捕されてから一五年以上をアサド一家独裁政権の監獄で過ごしたシリアの革命的マルクス主義者。彼は共産主義行動党の党員だった。



訳注1;シリアの正式名称

訳注2:オスマン・トルコ帝国の分割をめぐってイギリスのサイクスとフランスのピコの二人の特使により一九一六年に結ばれた秘密協定。この協定によって現在のシリアはフランスの勢力圏に、現在のイラクはイギリスの勢力圏とされた。

訳注3:一九五五年、ソ連の影響力に対抗するためにイギリス、トルコ、イラク、イラン、パキスタンが結んだ安全保障条約。米国はオブザーバー参加。中東条約機構(CENTO)の別名。

訳注4:一九九一年に開催された第四インターナショナル第一三回世界大会では、シリア共産主義行動党の活動家からのアピールが紹介された。

訳注5:多くのものを道連れにして自分も滅びること。旧約聖書士師記で、捕えられた豪力の英雄サムソンが縛りつけられた神殿の柱を引き倒し、自分も周りの者も瓦礫の中で命を失ったという故事に由来する。

(「インターナショナルビューポイント」二〇一二年六月号)
 

【第四インター声明】シリア民衆革命に連帯を アサド体制を打倒せよ!

声明
シリア民衆革命に連帯を アサド体制を打倒せよ!

第四インターナショナル国際委員会
 
imagesCAWQS165 シリア民衆は、血まみれの腐敗した専制の弾圧の下で幾十年も生きてきた。息子のバッシャールが後を継いだ前独裁者ハフェズ・アル・アサドの家族の盾の下で、バース党が権力を独占してきた。

 アラブ地域の革命の始まりの後、この政権は革命のプロセスから逃れられるだろうと思った人もいるかもしれない。グローバル帝国主義とイスラエル国への抵抗という見せかけと、弾圧機構の強さがその理由である。

 しかし民衆の決起は、こうした信念を無価値なものにした。一年後の今、シリアの大衆は街頭に進出し、日常となった虐殺を前にしながら英雄的かつ平和的に地歩を固めてきた。権力によるこの弾圧は、一万人以上の死者、数万人におよぶ負傷者と行方不明者、拷問による死の危険にさらされながら拘留されている人々を作り出している。拷問と殺人のセンターとなった病院に、負傷者を運びこむことはできない。弾圧部隊は、すべての民衆的抵抗を粉砕するという決意をもって、全国、とりわけ犠牲の町となったホムスで、幾百もの住居や公共のビル、そして全地域を破壊してきた。

 ロシア、中国、イランの政府は、恥ずべきことにバッシャール・アル・アサドの側に立ち、プーチンはアサド政権への軍事的支援を保障している。しかし、それと並行した米国、欧州諸国、トルコ、カタールとサウジ王制の策謀に対して、第四インターナショナルはシリアへのあらゆる類の軍事的介入に反対することを確認する。そうした軍事介入は、ここに挙げた世界と地域の諸国の自己利益を強めることを目的にしたものであり、シリア民衆にとってはいっそうの破局的事態をもたらすことになる。

 決起したシリアの民衆は、その英雄的なプロセスの中で、自由と社会的公正という目的に向かって下部からの組織化を進め、行動を調整し、闘争の手段を発展させてきた。かれらは、シリアの政権と一部の湾岸諸国が進める、あらゆる宗派的分裂の策動を拒否してきた。

 恐るべき虐殺に直面しているシリア民衆は、闘いを持続している。全世界の民衆は、この血まみれの体制を最後的に解体する闘いへの連帯を、確認しなければならない。われわれは諸国政府の外交的策謀に、いかなる信頼も置かない。これまでシリア民衆の支援への訴えに余りにも小さな応答しかしてこなかった労働者運動、民主運動に、この連帯を真のものにすることがかかっている。シリアの左翼活動家勢力は、民衆の自己組織化の発展のために、政治的・社会的平等に基づく新しいシリアを可能にさせる、民主主義的で社会的で政教分離で反帝国主義的なオルタナティブのために、この蜂起に参加している。第四インターナショナルは、この闘いを支援するために可能なあらゆることを行う。

盗賊と人殺しの体制を打倒せよ!
バッシャールは出ていけ!
シリア民衆革命万歳!

二〇一二年二月二九日、アムステルダムにて
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