real terrorists(戦争ゲームのように虐殺を観戦する米政府首脳)
 
●「裁く」のではなく「殺す」ことだけが目的
 
 五月二日午前一時(現地時間)、パキスタンの首都イスラマバードに近い近郊のアボタバードの住宅地で、米海軍特殊部隊(SEALS)によって編成された約八〇人の部隊が、「イスラム原理主義」テロ組織であるアルカイダの指導者オサマ・ビンラディンへの殺害作戦を敢行した。

 アフガニスタンの基地を発進した二機のヘリコプターがビンラディンの住む邸宅を襲い、ビンラディンとその息子、側近らを銃で殺害した。最初の発表ではその時銃撃戦が起きて射殺したとされていたが、その後の発表ではビンラディンとその家族らは武器をもっておらず、一方的な虐殺であったことを米政府も認めた。ビンラディンの遺体は、米空母に運ばれてアラビア海に投棄された。遺体写真の公開も米国は拒否している。

 この一連の経過から判断する限り、今回の米軍によるビンラディン殺害作戦は、「テロ犯罪容疑者」を逮捕し、裁判にかけることが目的なのではなく、はじめから見せしめと口封じのために「殺す」ことだけを目的にしたものであった。2001年の「9.11」によって当時のブッシュ米政権がアルカイダとアフガニスタン・タリバン政権への「報復戦争」を開始した時点から、米国の目標はビンラディンを「裁く」ことではなく、「抹殺」することだけを目的にしていていた、と言わなければならない。

 今回の作戦は一方的に国境を越えて主権国家パキスタンの領土内に軍の特殊部隊を侵攻させたものであり、かつ無抵抗の「容疑者」の逮捕ではなく、殺害するために発動したものであった。これが国際法にも国際人権法にも違反する犯罪行為=国家テロであることは明らかである。

 アフガニスタンからイラクへと至る米国の「対テロ」戦争は、市民の無差別大量虐殺、アブグレイブやグアンタナモの収容所での凌辱・拷問に示されるようにレイシスト的人道犯罪に貫かれたものだった。今回のビンラディンに対する無法極まる虐殺と死体遺棄行為にも、「対テロ」戦争のレイシスト的本質がくっきりと示されている。

例えば今回の作戦指令においてビンラディンを「ジェロニモ」(白人の侵略に抵抗した米先住民族の指導者)と呼んでいることは、その白人至上主義と先住民族差別の西部劇的価値観の現れである。

われわれはオバマ政権によるビンラディンとその家族虐殺という犯罪を厳しく糾弾する。それはアフガニスタンとイラクにおける米国を中心とした侵略戦争が、いかに不正に満ちたものであるかを明らかにしている。
 

●「対テロ」戦争からの撤退戦略か?



 オバマ米大統領は、自らの責任において発動したビンラディン虐殺=「国家テロリズム」の発動について「パキスタン政府との協力」(しかしパキスタン軍はこの作戦自体については知らされておらず、パキスタン軍・政府にも秘密で米特殊部隊によるビンラディン宅襲撃が決行されたと報じられている)の下で行われたものであり、ビンラディン虐殺によって「正義はなされた」との声明を発表した。潘基文(パンギムン)国連事務総長もオバマと同様に「正義が達成された」と語った。ブッシュの「報復戦争」に同調してアフガニスタンに軍を派遣した西側の帝国主義諸国もほぼ一様にビンラディン殺害作戦を「対テロ戦争」の勝利に向けた区切りとして高く評価している。

日本政府も、小泉政権の下でブッシュのアフガニスタン戦争を全面的に支援し、「テロ特措法」を成立させて自衛隊をインド洋に派兵した。そして菅直人首相は今回の無法きわまるビンラディン殺害について「テロ対策の重要な前進を歓迎する」と称賛する談話を発表した。「9.11」で倒壊したニューヨークの世界貿易センタービル跡の「グラウンドゼロ」では、10年前と同様に市民による「USA! USA!」の愛国主義的興奮が吹き荒れ、オバマ政権の支持率は急上昇している。

 しかし言うまでもなくパキスタンや中東諸国では、民衆の反応は全く異なっている。各国の米大使館前にはビンラディン虐殺に抗議する、大衆的抗議のデモが繰り返されている。パキスタンでは米国に全面的に依存し、無人機によるパキスタンへの越境爆撃・市民の虐殺に対しても暗黙の了解を与えてきた政府・軍首脳に対する批判が拡大しており、軍自身の分解も生じている。

 オバマは「ビンラディン殺害」声明の中で「彼の死は、アルカイダへの戦いにおいて最も重要な偉業だが、これで終わったわけではない」とも訴えている。実際はどうなのだろうか。現実にはオバマの「ビンラディン殺害」声明には、泥沼化したアフガニスタンからも手を引きたいという願望が透けて見えるのではないだろうか。その意味で「ビンラディン殺害」は、「正義の実現」を宣言してアフガニスタンから撤退するための口実づくりと捉えることもできるのではないだろうか。

オバマは2011年中にイラクからの米軍撤退を完了させる計画を立てるとともに、「対テロ戦争」の主戦場と位置づけたアフガニスタンに軍を増派した。しかし米軍・多国籍軍が支援するアフガニスタンのカルザイ政権は、その腐敗・統治能力の欠如によってタリバン勢力の浸透・拡大を抑えることができない。

 今年でまる10年になるアフガニスタン戦争は、GDPに匹敵する米国の深刻な財政赤字の重要な要因となっている、アフガニスタン戦争における米軍の死者は一五〇〇人を超えており、国際治安支援部隊(ISAF)全体では死者数は二五〇〇人近くに達している。アフガニスタン側の死者(武装組織・市民ふくめて)の正確な数は不明だが、おそらく外国軍死者の数十倍となり、それをはるかに上回る難民が生み出されていることは明らかだろう。

 米軍をはじめとする外国軍の投入が続き、占領が長期化すればするほど、アフガニスタン民衆の反占領。反西欧の感情が拡大し、カルザイ政権を不安定化させる結果になることは明らかだろう。またアフガニスタン戦争のパキスタンへの拡大によって、米国にとって「対テロ戦争」の最大の同盟国であるパキスタンにおけるイスラム主義政治勢力の拡大に拍車がかかっていく、それはパキスタンの永続的政情不安を必然化する。

 かくしてオバマ政権によるビンラディンの殺害という犯罪行為は、米帝国主義にとって重荷となった「対テロ」戦争からの「出口戦略」ということもできる。もちろんそれがうまくいく保障はどこにもないのだが。
 

●米国の戦争にも反動的テロリズムにも反対
 
 
 われわれは「9.11」の無差別テロが、帝国主義に対するムスリム労働者民衆の抵抗を表現する正当な闘いの表現ではないこと、ビンラディンやアルカイダに代表される「イスラム原理主義」テロリズムが、ムスリム民衆の民主主義と人権を暴力的に抑圧し、帝国主義の抑圧と搾取に対する闘いの大義に敵対する反動的イデオロギーであると捉えてきた。

 われわれは「テロにも報復戦争にも反対! 市民緊急行動」の一翼を担い、「9.11」の無差別テロに反対するのは帝国主義を擁護するものだという左翼の中に根強く存在する傾向を批判してきた。それはブッシュのアフガニスタン・イラク戦争に反対する広範な運動を、新自由主義と一体となったグローバル資本主義に対する闘いと結びつける上で不可欠の立場であった。

 オバマ米政権によるビンラディン殺害に対する態度に関しても、われわれの態度は基本的に同一である。われわれは国際法の観点から見ても違法きわまる米軍によるビンラディン虐殺を糾弾する。われわれはアメリカ帝国主義とEU・日本など西側陣営によるムスリム諸国民衆への搾取と抑圧、植民地主義とレイシズムを強化する「対テロ」戦争に反対し、アフガニスタンでの侵略・占領の即時終結と撤退を求める。米国に支援されたシオニスト国家イスラエルによるパレスチナ占領の即時終結、入植地の撤廃、難民の帰還の権利を含むパレスチナ民衆の自決権のための闘いを支持する。

 日本政府に対しては、イラク戦争を支持・参戦した経過の事実検証を進める作業を進め、小泉政権の責任を追及しなければならない。海賊対処法の廃止、ソマリア沖・ジブチへの自衛隊派兵をやめよ。

 ビンラディンの虐殺は、そして資本主義の危機の中で吹き荒れるムスリム移民をターゲットにした西側諸国内でのレイシズムは、ムスリム民衆の中で「報復テロ」「自爆テロ」による「西側との闘い」を主張するイスラム主義的テロリズムの流れへの共感を拡大する可能性がある。しかしこうした「西側への抵抗」は、労働者・民衆自身の運動にはなりえない。真に大衆的な反帝国主義闘争の道は、チュニジア、エジプトの革命が示した労働者民衆の民主主義的・社会的運動によってこそ切り開かれるのである。(五月八日 K)