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オキュパイ・セントラル

『香港雨傘運動 プロレタリア民主派の政治論評集』 區龍宇 著、柘植書房新社

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『香港雨傘運動 プロレタリア民主派の政治論評集』

區龍宇 著 / 早野一 編訳 / 三七〇〇円+税
柘植書房新社 / 二〇一五年九月一五日 発行



au01【著者紹介】 區龍宇 香港で活動する労働問題研究者。中国におけるグローバリゼーションの影響について大衆教育を推進するNGO「全球化監察」(グローバリゼーション・モニター)創立メンバーの一人で、二〇〇五年末の香港でのWTO第6回閣僚会議に対するアクションの中で「香港民衆連盟」代表の一人となった。現在、「チャイナ・レイバーネット」と『ワーキングUSA-労働・社会雑誌』の編集委員・『ニュー・ポリティークス』、『ワーキングUSA』などの雑誌に寄稿。



【 目次 】

◇ 本書を読むにあたって

◇ 第一部 雨傘運動の総括と展望


 一 中国共産党と雨傘運動

 二 六つのシナリオと一〇万人のキャスト雨傘運動の内部力学について

 三 雨傘運動の意義と展望


◇ 第二部 オキュパイ・セントラル雨傘の前奏曲(二〇一三年六月~二〇一四年七月)


一 香港社会の地殻変動
・香港のあり方をめぐる右翼と左翼『香港ポリス論』批判
・六月四日、七月一日、そしてX月Y日香港行政長官選挙後の新しい情勢と任務
・これまでの民主主義の理論は時代遅れに新しい民主主義の理論は危機の中に好機を見出す
・サンクト・ペテルブルグの「中国特使」と香港の特務工作
・戦略ゲーム「オキュパイ・セントラルの鎮圧」
・香港の三つの歴史的画期民主化運動の回顧と展望

二 新しい民主化運動青年とプロレタリア
・オキュパイ・セントラルは誰が担うべきなのか
・真のポリス論候補者指名権を巡る論争から
・普普主義プロレタリアと普通選挙
・プロレタリア民主主義の萌芽
・尊厳ある労働と理工大学の過労死

三 オキュパイ・セントラルの決行に向けて
・攻勢的に七月一日のオキュパイを実現しよう 新情勢下の新思考(一)
・青年の創造的イニシアチブの勝利
・三大決戦へ香港人よ、用意はいいか
・研究室と監獄
・新しい民主化運動の不服従の夏


四 香港自決権の防衛と排外主義極右批判
・自決権に対する郝鐵川氏の誤解
・人民ではなく権力者に奉仕する陳弘毅の憲政観と問題だらけの「人民力量」の全人民憲法制定論
・時危くして節を見し、世乱れて良を識る新情勢下の新思考(二)
・『学苑』元編集長の王俊杰氏に答える

◇ 第三部雨傘運動のなかで(二〇一四年九月~一二月)

一 学生ストと新しい世代
・学生ストという素晴らしい授業 フランス一九六八から香港二〇一四へ
・オキュパイ・セントラルからみた二つの民主的価値観
・劉兆佳よ、お楽しみはこれからだ!
【付】全人代の乱暴な結論反対真の普通選挙と民生の改善がともに必要だ 普通選挙を実現する労働団体、市民団体の声明

二 雨傘運動の拡大
・オキュパイ・セントラルの攻略
・なぜ旺角を撤退し金鐘に結集させるべきなのか
【付】旺角街頭での政治談議(白瑞雪)
・雨傘運動と八九年民主化運動似ているところ違うところ
・立法会への襲撃は運動破壊である
・全人民の議論で、大業を共謀しよう
・敗北の中の勝利

三 プロレタリア民主派の雨傘綱領
・香港人の民主共同体の誕生「雨傘運動の共同綱領」の提案
・旺角攻防戦のアップグレードその一
・雨傘運動の自発性と自覚性旺角攻防戦のアップグレードその二
・梁振英と葉國謙反する主張で補充しあう
・二つの「民」主義が雨傘を救う

四 香港民族共同体批判
・香港核心価値論を掲げる香港新民族主義 民主共同体か民族共同体か(その一)
・民主主義はこうして鍛えられた 民主共同体か民族共同体か(その二)

五 中国共産党
・事に必ず至るもの有り、理に固より然るもの有り 中国共産党の本質から全人代決議を論じる
・カモフラージュして登場する闇の勢力に社会運動はいかに対峙すべきか
 【付】ファシスト暴徒による平和的オキュパイへの襲撃を放置する香港政府を強く非難し、金鐘オキュパイに力を結集することを呼びかける
・重惨党を笑う
・まるで「動物農場」のラストシーン 豚と人の見わけがつかない
・田北俊事件と門閥資本主義

◇ 第四部 雨傘運動が終わって(二〇一五年一月~)

・新しい世代の古い路線?
・思想を大いに解放しよう独立を目指さない自決権について
・学生諸君、これは政治闘争である
・「舟に刻みて劍を求む」では香港の自治を守ることもできない
・天安門追悼集会に参加すべし支聯会は改革すべし黔驢は柵に入れておくべき
・立憲体制に介入し、香港人の政治的人格をうちたてよう
・採決直前の爆弾テロ未遂事件?

◇ 解説:雨傘運動の底流─近年における香港の民主化運動  早野一


【 本書を読むにあたって 】

 本書は、二〇一四年九月末から一二月まで、香港の政治経済の中心地や繁華街の大通りを大規模にオキュパイ(占拠)して民主化を求めた「雨傘運動」に関する論評をまとめたものである。著者の區龍宇氏は香港在住の左派活動家で、中国の労働問題やグローバリゼーションをはじめ様々な課題について、複数のウェブメディアを中心に執筆をつづけている。區龍宇氏は一九七一年に香港で盛り上がった釣魚台(尖閣諸島)運動に弱冠十四歳で参加し、その後は左翼組織に参加。一九八四年の中英共同声明によって香港の中国返還が合意され、香港社会でもさまざまな立場からの議論が活発化し、従来からの中国派はもとより、ブルジョア民主派も中国政府の返還に向けた統一戦線にからめとられていく中で、區氏ら少数の独立左派グループはおりしも盛り上がっていた中国国内の民主化運動の展望を背景として、香港の民主的返還と自己決定権を全面に掲げたプロレタリア民主派として、民主化運動に参画していく。

 中国政府による香港返還に向けた統一戦線政策は、一九八九年の民主化運動への弾圧(六・四天安門事件)による香港および国際社会の反発をうけて強硬路線に転換する。これ以降、九七年の返還から昨年まで、天安門事件の追悼集会や香港民主化運動については、民主党などのブルジョア民主派(本文では「主流の汎民主派」と表現されている)の動きだけが取り上げられてきたが、天安門事件以前の歴史と香港返還以降の民主化運動の経過を知る者にとって、それは事実の一面、しかもほとんど重要ではない一面にすぎない。本書に収録した一連の論考によって、香港における民主化運動にとって、それらブルジョア民主派が果たした─正確にいえば、果たすことができなかった─決定的な役割を知ることができるだろう。

 もちろん著者の論考もプロレタリア民主派という立場からのものであり、そのような観点には批判もあるだろう。しかし雨傘運動のような事象を全面的に理解するためには、「極」の側に立つこと、ゆるぎない明確な立場に自らを置くことが必要な場合もある。ある事象の誕生、生存、発展を規定する主な条件を精確に認識することが、事象の分析にとって重要である。雨傘運動の場合は、中国共産党と資本主義という二つがその条件にあたる。そして著者はそれに対する妥協なき闘士として長年香港で活動してきた。一方、これまで香港の民主化運動の中堅を担ってきたとされるブルジョア民主派は、中国共産党と資本主義の二つのあいだで揺れ続けてきた。ブルジョア民主派というフィルターを通して香港民主化運動を理解することは不可能とまではいわないが、事態の把握が極めて不精確とならざるを得ない。今回の雨傘運動において、八〇年代から続く香港民主化を巡る論争から、原則的な立場がほぼ一切ぶれずに変わらなかったのは、中国共産党とプロレタリア民主派だけである。その意味でも、三十年にわたる香港民主化運動のピークの一つとしての雨傘運動を理解するうえで、著者の論考に納得できなくても、それを知っておく必要があるのはいうまでもない。

第一部 「雨傘運動の総括と展望」について

 第一部「雨傘運動の総括と展望」は、雨傘運動終了後の数ヶ月後に執筆された総括的文書を収録した。

 一は、雨傘運動が対峙することになった最大の壁である中国共産党についての分析である。昨年、日本で出版された區龍宇氏の著書『台頭する中国その強靭性と脆弱性』(柘植書房新社)では香港問題に関する論考は収録されていないが、本稿はそれを補うものになっている。『台頭する中国』に収録されている中国共産党に関する論考もあわせてお読みいただきたい。二は、雨傘運動にかかわった六つのアクターに関する論考である。中国共産党という巨人に抗う運動内部の問題を中心に展開されている。三は、当初の要求をほとんど実現することができなかった雨傘運動が提起した課題と今後の展望を示す。

 第二部と第三部は、第一部で記述されたさまざまな事象を、いくつかのテーマに分けて、それぞれのテーマごとに時系列的に収録した。第一部の総括が、雨傘運動から数ヶ月経過した冷静な分析だとすれば、第二部以降は運動の渦中で書かれたものであり、論争的、タイムリー、躍動感に溢れる論考が数多く収録されているのが特徴である。

第二部 「オキュパイ・セントラル雨傘の前奏曲」について

 第二部「オキュパイ・セントラル雨傘の前奏曲」は、二〇一三年初頭に提起されたオキュパイ・セントラル運動における著者の一連の論考収録している。

 「香港のあり方をめぐって」に収録されている冒頭の二論文は二〇一二年に書かれたものであるが、オキュパイ・セントラルおよび翌年の雨傘運動を惹起した状況を理解する手助けとなるだろう。他にも新たな情勢の中で登場した新しい民主化運動の萌芽と香港社会の変容、そして中国共産党の対応などについての論考をまとめて収録した。

 「新しい民主化運動青年とプロレタリア」では、ブルジョア民主派につらなる人脈によって呼びかけられたオキュパイ・セントラル運動に、プロレタリア民主派が積極的にかかわることの重要性を説いた論考を中心に収録した。イギリスの普通選挙運動や戦後日本の反戦平和運動、あるいは植民地解放闘争や一九世紀の欧州におけるブルジョア革命など、プロレタリア民主派を前衛とした労働者階級が、その運動(革命)に層として参加したすることで、より強固で断固とした闘争に発展したという階級闘争の歴史的経験に裏打ちされた論考である。

 「オキュパイ・セントラルの決行に向けて」では、新たに登場した学生を中心とした民主化世代がけん引する運動をプロレタリア民主派として鼓舞する論考を収録している。

 「香港自決権の防衛と排外主義極右批判」では、主権在民の立場から香港の自己決定権を擁護するとともに、「中国」という圧力に対する反発をバネに台頭する排外主義を批判する論考を収録した。排外主義極右の参加を巡る問題は、雨傘運動の内部においても大きな争点の一つとなったことは第一部の総括でも触れられている。この時期の論考の多くは「香港独立媒体」「主場新聞」などのオルタナティブ・ウェブメディアおよび「左翼二一」や「労働民主網」など左派ウェブサイトに掲載された。

第三部 「雨傘運動のなかで」について

 第三部「雨傘運動のなかで」では、雨傘運動の直接のきっかけとなった二〇一四年九月下旬の学生ストから、雨傘運動が終了した一二月までのあいだに書かれた論考や分析を収録した。

 第二部で展開されたプロレタリア民主派の主張や分析が、実際の運動の発展においてどのように有機的に適用されたのかを知ることができるだろう。

 「学生ストと新しい世代」は第二部に収録するほうが分類的には正確なのかもしれないが、分量のバランス、そして雨傘運動の直接の契機となったことなどを踏まえて第三部の冒頭に収録した。オキュパイ・セントラルに向けて高揚する学生ストの雰囲気を伝える一連の論考を通じて、学生らが社会に異議申し立てを行う意義を理解することができるだろう。

 「雨傘運動の拡大」では、巨大かつ長期的な街頭占拠の期間に発生したさまざまな事態に関する分析を収録している。著者は雨傘運動の中心にいたわけではないが、プロレタリア民主派として可能な限りオキュパイの現場での街頭討論会やウェブメディアを通じて主張を行い、また象徴的闘争(九月二七日から二八日にかけてのオキュパイ宣言や一一月三〇日から翌日未明までの機動隊との激しい衝突を伴った行政長官官邸周辺のオキュパイ決行闘争など)にも参加し(もちろん主力は著者よりもずっと若い青年世代であったが)、自らの従来の主張や分析に現実過程を統合し発展させている。

 「香港民族共同体批判」は、運動内部の排外主義右翼のアイデンティティである「香港民族」という概念が香港の自由放任資本主義の価値観と親和的である点を批判し、雨傘運動に表現される新しい運動の目指すべき共同体が「民族」ではなく「民主」を共通概念とすべきであることを主張する二編を収録。

 「中国共産党」では、雨傘運動に対する中国共産党の反応を論じている。第三部に収録した論評の多くは、香港の主流紙「明報」の日曜版コラムに掲載されたもの。

第四部 「雨傘運動が終わって」について

 第四部「雨傘運動が終わって」に収録した論考は、時系列にそっている。第二部と第三部で示された諸問題が雨傘運動後にどのように展開されたのかを、プロレタリア民主派の立場から論じている。

 巻末に収録した「雨傘運動の底流近年における香港の民主化運動」は、第一部から第四部に貫かれるプロレタリア民主派の主張を理解するために書き下ろした。香港基本法、行政長官、議会、選挙制度の基礎知識と、普通選挙権を求める動きを中心としたトピックスから構成されている。研究論文ではないので間違いや漏れなどもあると思われるが、區龍宇氏の論考を読むうえで理解しておくべき内容に焦点をしぼったので、本書で初めて香港の民主化運動に接する読者の方は、まずこちらから読み始めてもいいだろう。必要に応じて各論文の冒頭に訳者の解説をつけた。また本文中の[ ]も読者の理解促進のための訳注である(編者)


【 解説 : 雨傘運動の底流 近年における香港の民主化運動 】

早野一

 雨傘運動は「我要真普選!」(本当の普通選挙を!)を掲げて取り組まれた。「本当の普通選挙」とは、(1)香港行政府のトップである行政長官を選出する選挙に市民誰もが自由に立候補することができ、候補者を直接選挙で選出すること、(2)香港議会(立法会)の職能別選挙枠を廃止し、全議席を直接選挙で選出できるようにすることを指す。なぜ雨傘運動が「本当の普通選挙」を要求したのかを知るには、少なくとも返還前の植民地時代から続く政治制度およびその民主化を求めた動きを理解することが重要だろう。

(略)

雨傘の下に芽生えつつある新しい民主化運動

 香港の雨傘運動は、内部の敵(排外主義極右)と外部の敵(中国政府)という二つの極右という、予想された以上に厳しい局面を経験した。雨傘運動のきっかけとなった学生ストなどを主導した学聯は、排外主義右翼の揺さぶりで加盟組織が次々に脱退するなどの事態に直面した。しかし雨傘運動を通じてプロレタリア民主派という新しい民主化運動のカードルを層として鍛えるまでには至らなかったが、目指すべき方向性を社会的に明示したことは、著者の一連の論考を読むことで理解できるだろう。もう一つの学生組織である学民思潮を率いたリーダーをはじめ、新しい民主化運動のカードルからは基本法を民主的に再制定しなおすべきであるという主張もなされはじめている。雨傘の下で確実に変化の兆しは表れている。

 「五十年不変」の問題は冒頭で述べたところであるが、オルタナティブは香港独立や脱中国化でないことは、著者の論考からも明らかである。返還から五十年後の二〇四七年までに、香港のみならず中国全土の政治と経済の民主化を実現するこそが決定的に重要である。それはひとり香港や中国だけの奮闘ではなく、台湾、日本、沖縄や朝鮮半島の極東や東アジア全体、そして世界規模での政治・経済の民主化と一体の闘争である。

遠からずして起こるべき次の爆発の方向を示す手がかりとして

 第一部の「中国共産党と雨傘運動」の最後で、著者は雨傘運動を「雨傘革命」と名付けることに反対している。訳者も完全にその意見に同意するが、最後に敢えて、一八四八年のドイツ革命の過程を分析したエンゲルスによる論考集『革命と反革命--一八四八年のドイツ』(岩波文庫)の冒頭で、敗北したドイツ革命の総括の試みたこの論評集を執筆する意義を語っている箇所を引用して本稿を終えたい。それは、區氏の一連の論考および分析が、ブルジョアジーが開始して途中で放棄してしまったドイツ革命を最後まで推し進めようとして斃れた唯一の階級である中欧の労働者階級の息吹を伝えたエンゲルスとマルクスの筆跡を彷彿とさせるからでもあるが、過密なスケジュールの中で、日本での出版に合わせて第一部を書下ろした著者の意図をほぼ正確に表現しているからでもある。

 「[ヨーロッパ]大陸の革命党--いな、むしろ革命諸党--が、その戦線のすべての点でこうむった敗北よりもひどい敗北を想像することはできない。だが、それがなんであろう。イギリスの第三階級が、その社会的ならびに政治的支配権をうるためにおこなった闘争は四八年、フランスの第三階級のそれは四〇年にわたる、比類のない闘争の連続ではなかっただろうか。しかもふたたびその位にもどった君主制が、まえよりもいっそう鞏固になったと考えられていたその瞬間ほど、かれら第三階級の勝利が近づいていたことが、あっただろうか。……これを強圧しようとするこころみは、いずれも、ただその要求をますます強烈にし、われわれとしては、もう一度はじめからやりなおすだけのことである。さいわいなことには、激動の第一幕のおわりと第二幕のはじめとのあいだにめぐまれたこの幕合は、おそらく非常に短いものであろうが、ともかくわれわれに対して、きわめて必要な一つの仕事をする余裕をあたえてくれている。その仕事とは、さきの蜂起とその敗北、この両者を必然ならしめた諸原因を研究すること、これである。……われわれは、たしかな事実にもとづいた合理的原因を見いだして、その運動の主要な事件と重要な推移を説明するとともに遠からずして起こるべき次の爆発が、ドイツの民衆にどういう方向を示すかという点について、一つの手がかりをあたえることが、できれば、それで満足しなければならない。」

 本書が、エンゲルスの言うところの読者の満足にかなうものであることを願う。

 二〇一五年八月五日

【香港】まるで「動物農場」のラストシーン~「帝国主義の陰謀」論を笑う(その2)

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(上) 「米帝必敗北!」ベトナム解放戦争を
    支援する中国政府のポスター
(下) 「動物農場」のラストシーン



まるで「動物農場」のラストシーン
豚と人の見わけがつかない


區龍宇

ジョージ・オーウェルの「動物農場」をご存じの方も多いだろう。この物語は、動物農場の独裁者「ナポレオン」ら支配階層の豚たちが、かつての敵であった人間たちと祝杯を挙げているシーンで終わる。豚以外の動物たちは、かつての敵(人間)と現在の抑圧者(豚)の交歓を窓の外からぽかんと眺めるだけであった。どっちが豚でどっちが人間かの見わけがつかないくらい、交歓する両者の姿は似通っていた。

今日の中国でも、「動物農場」と同じような物語が演じられている。現在の政権党は、かつて国民党から「ソ連と繋がり、ルーブル[ソ連の通貨]を受け取っている」国賊だと誹謗中傷された。政権にある今、かつての国民党と同じようなことを言っているが、さらにひどい。というのも、かつて国民党から非難を受けた1920年代から30年代の武力革命の時代には、ソ連邦からの物質的支援は厳然たる事実であったが、現在オキュパイ運動に投げかけられている誹謗中傷--アメリカが仕組み、アメリカの資金を受け取っている色の革命--は、まったくの捏造だからだ。中国の特色ある豚の独裁者は、なんとも「偉大・光栄・正確」である。[この「偉大・光栄・正確」は、常に自分が正しいという姿勢の現在の共産党を揶揄する隠語:訳注]


◆羅織虚構も甚だしい

この「偉大・光栄・正確」のロジックはこうである。オキュパイ・セントラルは、3人の知識人が発動したもので、これら3人の知識人は主流民主派に所属しており、これまで主流民主派は親米親英の立場をとっており、全米民主化基金会(National Endowment of Democracy, NED)の資金援助を受けたり、関連する活動に参加してきたことから、アメリカ政府の代理人である、というものだ。しかし誰もが知っていることだが、雨傘運動はそもそも主流民主派が領導したものではない。3人の知識人がオキュパイ運動を発動したというが、そもそも立場もはっきりせず動揺していたことから、なかなか実現しなかった。学生連合会がまず7月2日にオキュパイ予行演習を決行し、9月22日に授業ボイコットを発動し、9月末になって雨傘運動に拡大してはじめて、9月28日に戴耀庭(3人の知識人の一人)がオキュパイ・セントラルの開始を宣言したのである。つまり両学生組織[学生連合会と学民思潮]の力を借りてに過ぎない。それ以降、3人の知識人には運動を指導するようなカリスマもない。[民主党など議会内ブルジョア民主派の]主流民主派

にいたっては言うまでもないことである。

某党機関紙[文匯報(香港紙)]にいたっては、学民思潮の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)がNEDから資金園居を受けていたと報じたが、なんら証拠を示すことのできない報道であり、しかも本人はそれを否定している。この報道には、黄之鋒と陳方安生(アンソン・チャン※)と正体不明の白人と一緒に撮った一枚の写真がつけられていた。これが「外国とつながっている」という証拠というのであれば、冗談にもほどがあるだろう。こんな報道をするまえに、もうすこししっかりと資料に当たっていれば、こんな間違いは避けられたであろう。2004年9月5日の香港紙The Standardでは、NEDが別の援助組織であるNational Democratic Institute for International Affairs (NDI)を通じて、香港の複数の政党に技術支援および研修を行っていたと報じている。対象となった政党は、民主党、前線の主流民主派だけでなく、親中派の民建聯、自由党も含まれていた。同年9月7日の香港紙「信報」では、民建聯と自由党は資金援助は断ったが、シンポジウムへの参加は認めた
。民建聯の蔡素玉(※)などは「何度も参加した」と語っている。さてさて、これで民建聯も「アメリカの代理人」ということになるのだろうか?


◆アメリカの資金は中国の公的機関にも流れている

同年3月3日の香港紙「明報」では、米国会計検査院(General Accounting Office, GAO)が年初に下院に提出した報告によれば、過去五年間でアメリカ政府は3900万ドルを「中国の民主主義発展の基礎プロジェクトとして、中国の政府機関と司法部門が設立した機関に資金提供した。」このGAO報告はウェブでも公開されている。米国政府からの財政支援が、中国大陸や香港の民間団体に流れていることは確かだが、中国の政府部門や政府事業部門および大学などの機関にも直接/間接的に援助が行われてきたこともまた事実である。これらの報告では、中国最高人民法院[最高裁]、全人代[国会]および多くの付属機関に対して資金援助が行われ、中国刑事法の弁護手続きの改正を促してきた。

アメリカの資金援助は直接的な援助にとどまらない。国連人権委員会、ILO、国連開発計画など、さまざまな国際機関だけでなく、純粋な経済機構である世界銀行の対外援助なども、中国政府や各種の公的機構への資金援助を行っていることは、誰もが知っていることである。そしてこれらの機構ではアメリカ政府の資金が重要な支えになっている。GAOはこれらの国際機構における中国関連項目を国会に報告する責任がある。たとえば、国連開発計画では中国の関連機関に対して選挙制度と刑事法の改正に関するプロジェクトに対して援助を行っている。アジア開発銀行は1999~2006年の期間、中国の関連機関向けの同じようなプロジェクトに対して355万ドルの援助が行われている(原注i)

近年のデータは、アメリカのメリーランド大学法科大学院のThomas Lumの2012年の論文が参考になるだろう。(原注ii)

GAO報告や関連論文だけでは偏った情報だという批判もあるだろう。だが問題は中国政府自身が関係するデータを全く公開していないことにある。情報の非対称性の責任は中国政府が負わなければならない。


◆アメリカの民間基金

それでも中国メディアで関係する情報が報道されることもある。2004年2月23日の中国紙「経済観察報」は、英国人学者のAnthony Saichが2002年に清華大・ハーバード中国高級公務員連合研修プログラムを提唱し、次世代の中国官僚に対して管理研修を行ったという報道をしている。彼はその前にはフォード財団の駐中国首席代表を務めたこともある。

フォード財団はNEDとは違って民間の財団だ。中国の政府系宣伝メディアは、これらのアメリカ民間財団が中国の内政に干渉していると批判するのが常だ。だが実際には、アメリカの類似の民間財団の資金の多くが、中国政府を背景に持つ民間団体に流れている。そして本当の草の根の民間団体に流れる資金が最も少ないのである。この問題を専門に研究する香港の中文大学の社会学教授、Anthony J. Spiresによると「中国では、海外からの援助資金によるプロジェクトは厳格な政府の監視統制下にある。アメリカの大財団の巨額の援助の多くは、NGOあるいは草の根NGOにではなっく、中国政府のコントロール下にある組織に行われている。政府が設立したNGOはGONGO(Government-organized NGO)と呼ばれ、中国政府が支援しないプロジェクトへの資金を海外から集めている。それは同時に新たな社会的勢力を抑圧する装置にもなっている。」(原注iii)

州官は火を放つことを許されても、庶民は明かりを灯すことさえ許されない。(原文:州官可以放火,百姓不可点燈)

これが「偉大、光栄、正確」のロジックなのである。

2014年10月18日


原注
i GAO report 2004
ii US assistance programs in china 
iii 《美国基金会資助了中国政府,而非NGO》

※訳注 

陳方安生(アンソン・チャン)
香港返還前後に香港政府ナンバー2に就任。返還後、トップの董建華・行政長官のトップダウン方式と対立し2001年に下野。一時、立法議員をとつめ、現在は主流民主派の顔の一人。今年4月、彼女と民主党(香港)の李柱銘(マーティン・リー)が米国でNEDの地域副理事長ルイサ・グレーブらを前にオキュパイ・セントラルの計画を1時間にわたって説明したことが、アメリカ陰謀説の根拠となっている。しかしオキュパイ・セントラルは、それより1年以上前から香港の社会運動において公然と議論されてきたことであり、秘密でも謀略でも何でもないし、アンソン・チャンやマーティン・リーがオキュパイ運動を指導したこともない。

蔡素玉
当時は民建聯(親中派)の立法議員、現在は香港選出の中国全人代代表を務める。

【香港】オキュパイ戦略の転換を

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▲旺角の「民主流動教室」で「社会運動:組織化か脱組織化か」
というテーマで講義する區龍宇さん(2014年10月19日)


香港では10月21日に学生組織と政府との対話が予定されている。現在の戦線を整理して、次の段階への戦略を明確にして、広く人びとに訴えるべきだという區龍宇氏の主張を紹介する。

いまなお旺角など複数のオキュパイ拠点への排除が画策されるなかで、数千人の学生市民が拠点防衛で体を張っているさ中での主張であり、学生団体を含む多くの人々のなかでは反発が予想される主張である。

しかし筆者は道義的責任と政治的責任を明確に分けたうえで、政治的な戦略とそれにもとづく戦術を提起することこそが責任ある対応だと訴えている。目的はオキュパイではなく、真の普通選挙という選挙制度の実現であり、オキュパイはあくまで手段に過ぎない。

街頭での衝突をあつかう報道だけでは理解できないが、長期的な闘争の大衆的教育運動として、オキュパイ当初から「
流動民主教室」というオキュパイ拠点での大衆的な議論のスペースが続けられていることなども、オキュパイ戦術の長期的展望の転換を訴える基礎となっている。

また中国国内でもエピソード的な支援の輪が広がっているが、それを上回る暴力装置と宣伝装置によって、大衆的な支持支援は、影すらも見られないことも、オキュパイ戦略転換の訴えに影響を与えていると考えられる。(H)

原文はこちら


戦線を整理し、金鐘オキュパイに集中し、
添馬公園の長期オキュパイをかちとろう


區龍宇


政府は対話復活の意向を示し、同時にオキュパイ排除も進めつつある。それゆえ、来週の対話で望ましい結果が得られることを期待するのは幻想である。あらかたの排除が終了した後に、対話をおこない双方がそれぞれの意見を述べ合うだけ、というのが政府の狙いだろう。習近平ら強硬派の支配下においては、状況が好転する可能性は極めて少ないだろう。

学生連合が政府と対話を行うことは自由だ。だがその前に戦略を明確にしておく必要がある。真の普通選挙の実現は一気呵成に成功するものではなく、長期的な奮闘が必要だ、ということである。だから政府と対話を行い、全人代の決定の撤回を主張することは構わないが、陽動作戦の域を出ないだろう。採るべき戦術目標は、戦線を縮小するとともに、添馬公園でのオキュパイを長期的に続ける準備をはじめるという、退却をもって進攻するというものでなければならない。添馬公園の長期のオキュパイは、生活交通にも影響しない。政府との対話の目的は、対話を利用して全香港の注目を集め、政府に対して長期的に添馬公園でのオキュパイの決意を宣言し、同時に大衆に向けてそれを宣伝することで最大の支持を獲得し、雨傘運動が添馬公園をオキュパイして香港民主化運動の活動・教育拠点とすることへの支持をかちとることにある。

それを通じて、運動は縮小はするが、停止はせず、敗北もしておらず、抵抗の継続を示すことができる。これは民心を獲得し、士気を維持する一手である。だから、最終的に添馬公園でも排除が行われ、我々がそれに抵抗するときには、人びとの同情は政府ではなく我々の側により多く寄せられることになるだろう。

力量が分散された不利な陣地に固執すれば、いずれ攻略され(今朝の旺角のように)、最終的には完全排除を座して待つことになる。それは下策と同じである。

政府との対話において、全人代決定の撤回だけを繰り返すだけでは、せっかくの貴重かつ現実的宣伝効果のある機会、つまり次の抵抗の一手を宣伝する機会を無駄にすることになる。

もし学生連合と学民思潮がこのような提案に基づく決定を行うのであれば、今週中に戦略を調整し、以下のことを早急に宣言する必要がある。

1、他人がどう言おうとも、金鐘オキュパイ防衛に集中し、他の陣地は放棄し、衝突を回避し、民心を獲得する。繁華街を長期間オキュパイすることは、容易に民心を失うことにつながるし、旺角の大勢が決まりつつあるなかでは、そこにこだわるべきではない。学生連合と学民思潮は道義的には不当逮捕された人々を支援する必要はあるが、道義的席にと政治的責任は分けて考えるべきである。すべての人が受け入れるかどうかにかかわらず、両学生組織は政治的責任において戦略の調整を行うべきである。

2、龍和道のオキュパイは行わない、夏愨道および添馬公園、政府総部ビル周辺の防衛を固めて、対話の圧力とする

3、もし警察が排除を始めたら、夏愨道は退去してもかまわない。龍和道でのオキュパイは行わず、添馬公園、政府総部ビル周辺を堅持し、抵抗を試みる。もし排除を跳ね返すことができれば、毎日の流動民主教室を継続する。香港全体にボランティア労働者隊の結成を呼び掛けて、ローテーションで警備をおこなう。できる限りオキュパイを継続する。オキュパイ期間の長短にかかわらず、それが実現できれば勝利である。

4、長期の不服従運動は、添馬公園でのオキュパイの開始を画期とする。今後は、断続的に添馬公園でのオキュパイアクションを行い、雨傘運動の集団的記憶を不断に刷新させていく。正規の手続きで公園使用を申請することも必要なことである。

2014年10月17日

【香港】重惨党を笑う~「帝国主義の陰謀」論を笑う(その1)

whb

「オキュパイ反対、平和を守れ」の横断幕を掲げる香港の親中派メディア「文匯報」の参加者。文匯報はオキュパイの学生指導者、黄之鋒くんへの中傷記事を掲載。黄之鋒くんは「事実無根」と反論している。
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中国共産党の高官やメディアが、香港のオキュパイ・セントラル運動が、「色の革命」の色彩を帯びているという発言を行っている。つまりアメリカ帝国主義という外部勢力の陰謀によるクーデターだというのである。

参考:米国が「色の革命」に疲れ知らずで熱中するのはなぜか?(人民網日本語版2014年10月10日)

「アメリカの陰謀」論については、日本の運動圏において、まことしやかに情報が流れている。しかし一つ一つの事柄と、事実関係を照らし合わせれば、そのような陰謀論の根拠が極めてあいまいであり、結局のところオキュパイ運動へのネガティブな評価にしかつながらないことは明らかである。このような陰謀論が運動圏において受容される理由の一つに、ラディカルで民主的な運動を通じた社会変革に対する深い絶望と不信が横たわっていることが考えられる。

以下は香港の區龍宇氏が「独立媒体」に掲載した論評(原文)。タイトルの「重惨党」は、広東語で「共産党」とよく似た発音で、国共内戦から建国初期にかけて中国共産党に対して投げかけられた中傷的名称で、「惨劇を重ねる党」という意味がある。現代ではこの名称がぴったりだ、ということで筆者はこの用語を使っている。(H)


重惨党を笑う

區龍宇

中国共産党の宣伝メディアは、雨傘運動がアメリカの資金/計画による「色の革命」であると攻撃している。実際のところ、このような宣伝攻撃は、攻撃のために持ち上げた石が自らの足を打ち砕くことにしかならないのだが。


◆ 「真理はオレが決める」

外国勢力との結託で自国人民を危機にさらすというのであれば、共産党自身がすでにそれを実行しているではないか。

事例その1。2001年、共産党はWTO加盟のために、工業製品の農産物の関税を大幅に引き下げ、何百にもわたる法律を撤廃あるいは改正し、多国籍企業を引き込み、それによって多くの国内ブランド産業に損害をもたらしただけでなく、すくなくとも3000万人の国有企業労働者を失業に追い込んだ。さらに、国内向け農業補助政策を大幅に削減し、農民らを苦しめた。外国勢力と結託してWTO加盟を進めたが、労働者農民の抵抗を恐れるあまり、労働者の海の民主的権利を徹底的に弾圧してきたではないか。

事例その2。中央や地方など各級政府は過去30年間、欧米日から多額の融資を受けてきた。一体どれだけの対外援助を受けてきたのか、そのうちのどれだけが官僚どものポケットに収まったのかは、天のみぞ知る。それによって膨れ上がったフトコロから一体どれだけのカネを海外に移転し、外国の高官や資本家と結託してきたのか、誰もわからない。彼らはこんなことをずっとやってきたのだ。しかし、国内の普通の民間ボランティア団体に対しては、外国人との関係があるというだけで、「売国」と疑われる。オックスファムですら「色の革命」組織と疑われたことがあったくらいである。党官僚らには常に秦の始皇帝のような心理が付きまとっている。つまり、自分の行いはすべて国家のためであり良いことであるが、普通の人民の行いは売国行為の疑いがあるという心理だ。なぜこのような心理に支配されているのか不思議でならないが、それは「真理はオレが決める」ということだろう。

民主派の主流派はこれまでずっと親米姿勢を取り続けてきたが、私はそれには賛同しがたい。だが今回の雨傘運動は、これらの主流民主派による指導なのか?すこしでも常識があれば、そうではないことは誰もが知っている。主流民主派の妥協的態度と無能さゆえに、結局はオキュパイ3人衆が運動の発動を呼びかけざるを得なかったのである。そしてこのオキュパイ3人衆があれこれ躊躇したことで、耐えきれなくなった学生連合が7月2日未明にオキュパイ・セントラルの予行演習を行い、9月22日に授業ボイコットが呼びかけられた。そして市民的決起が拡大した9月28日以降は、学生連盟でさえも運動を主導できず、運動は無数の個人の意志に変わり、自由激動の無定形な大衆運動と化した。このなかで主流民主派は、運動の下支えという功績がないわけではないが、かれらはそもそもこのような運動が起きることを望んでいなかったし、そのような能力もないことは、すでに明白である。主流民主派が米国民主基金の金銭的支援を受けている証拠を示すことで、雨傘運動がアメリカ政府の影響、資金的援助、計画であることの証明であるという主張は、ためにする議論であり、軽蔑すべ
きものである。


◆ 党官僚は毛主席の書を読むべき

「色の革命」とは何か?バイドゥー[中国のウェブ辞典]によると、色の革命とは「21世紀初頭に独立国家共同体、中東、北アフリカにおいて発生した一連の政変を指し、それは色が名前に付けられ、平和と非暴力を掲げるが、……背後には一般的に外部勢力の介入要素が存在している……。色の革命はほとんどが西側ブルジョア国家を模倣している……、複数政党制、参政権などを標榜していることから、色の革命の中心勢力は野党であることが多い。」

かなりの長期にわたって、かつ多くの国家で発生し、きわめて複雑な様相を呈している大衆的政治運動を、すべてアメリカ帝国主義による合法政権への攻撃の結果だとみなす考えは、冗談にもほどがあるだろう。このように主張する人々は毛主席の戒めを忘れている。「外因は内因を通じて作用する」。(矛盾論、1937年)

かりにこの運動が完全にアメリカの策動によるものであり、参加者が完全にアメリカの駒であったとしても、俗に「モノが腐ってから虫が湧く」というように、政権が腐敗の極みでなければ、アメリカがどれだけ巨額のカネを使っても、そう簡単には物事は成就しないだろう。

またアメリカの陰謀というような主張は、そもそも国際情勢の現実と大いにかけ離れている。もしそのような主張がまかり通るのであれば、アメリカはとっくに世界的覇権のうえに胡坐をかいていることになる。しかし現実はその逆だ。ロシアはプーチンによって復興しつつあり、中国の台頭もめざましい。このことは国際情勢が多極的に発展していることの証明である。アメリカ自身にいたっては、経済停滞がつづいており、対外的には中東の泥沼に陥っている。イラクは10年以上も思い通りになっていない。そもそもの勢力地域以外の国家など至る所でのクーデターが思いのままになるはずがない。せいぜいのところ機に乗じて何かしらの事柄を成すだけしかできない。腐敗はなはだしい政権は、色の革命の政変がすべてアメリカによるものであるという主張を利用して、人民の思考のすり替えを行っているにすぎないのだ。

中国共産党の真意は、バイドゥーの説明の中で明らかにされている。いわゆる色の革命が民主主義と競争的な複数政党制を標榜していることが問題だと考えているのである。これらの制度がすべてブルジョア的な問題のある制度だと考えるのであれば、もちろんそれは憎らしく映るだろうし、「わが共産党が指導する複数政党協力制こそ、すばらしい制度だ!」と考えるだろう。


◆ 重惨党によって重ねて悲惨になる

だがこのような考え方は歴史的事実を無視したものだと言える。19世紀から20世紀の初めにかけて、欧州の普通選挙権運動は、そもそも労働運動が中心的な勢力であった。西側の代議制それ自身には欠点も存在するし、それはマルクス主義者が何度も批判してきたところである。しかし批判の核心は、いかにして問題のある代議制民主主義を、さらに理想的な民主主義制度に代えるのか、というところにあったのである。理想的な制度に代えるということには、もともとの制度の長所を吸収することが当然含まれる。代議制民主主義を完全に否定することは、虚無主義でなければ、それは文革式の「一切を否定せよ」にしかならない。「一切を否定せよ」というスローガンは、表面的には極めて革命的であるが、実際には反動復古的に作用した。なぜならそれは「一切」を否定せず、毛沢東という無冠の皇帝を否定しなかっただけでなく、逆にそれを崇拝してしまったのだから。

このような偽りの革命スローガンは、結局のところ、完全な個人独裁をもって一党独裁体制の集団的指導にとって代えるものでしかなかった。文革終了後、?小平は文革を否定したが、個人独裁は断固として擁護した点は、毛沢東時代とさして変わりはない。?小平の復活当初、庶民から支持された主な理由は、市場の自由を開放し、剰余農産物を農民が自由に交換できるようにしたからに過ぎない。だが80年代末には、この開放市場は官僚たちが先に豊かになるために利用され、「官僚ブローカー」が形成されることになった。

89年の民主化運動は、このような共産党による公有財産の私物化を阻止することが目的であったが、運動は敗北し、官僚は民衆を犠牲にして自らを富ませることに徹底して成功した。毛沢東時代の官僚は独裁的であったが、大胆な腐敗はできなかった。現在の官僚たちは、独裁はそのままで、腐敗は大胆で大規模になっている。だから私は「重惨党」と呼ぶことにしている。(「惨劇を重ねる党」の意で、広東語では「共産党」の発音と似ている。)

「重惨党」という名称は私の発明ではない。1946年から49年の国共内戦の時期、中国共産党の政策は国民党よりもましであったが、それでも完全に労働者人民の幸福という趣旨に沿ったものであったというのは、やや誇張した言い方だという[労農革命ではなく新民主主義革命を主張していたことを指す:訳注]。そして内戦に勝利した共産党は軍事管制を敷いて、異論派に対する弾圧を始めていた。その頃、広東で聞かれた民謡はこう唄われていたという。「国民党は刮民党(民を傷つける党)、共産党は重惨党」。

中国共産党が社会主義の原則から乖離する現象は、もちろんもっと早くから始まっている。遅くとも延安での整風運動(1942年)の時点で、毛沢東は1921年の建党時に創出された民主と科学の精神を完全に消滅させることに成功した(高華の著書『紅太陽はいかに昇ったのか』で詳しく論じられている)。時は移り1980年代末、公共資産の私物化が大規模に実行されることになった。

西側諸国との比較においても、あるいは自らの党の歴史との比較においても、現在の共産党は「重惨党」なのである。

2014年10月16日

【香港】白いリボンと黄色いリボン~オキュパイ運動に対する極右からの攻撃

zg
「警戒せよ!集会を乗っ取ろうとするサヨクを阻止しよう」という
スローガンをオキュパイの現場で掲げる極右


【解説】香港のオキュパイ運動は黄色いリボンをイメージアイテムにしている。それに対して、オキュパイ運動に反対する「反オキュパイ運動」は青いリボンをイメージアイテムにしている。オキュパイ運動をけん引する社会運動派に対して、極右からの妨害や暴力が仕掛けられている。社会的に広がった運動をけん引する活動家に対して「左膠(Leftard)」と呼んでそこ腹排除しようという動きである。日本でも「サヨク」「極左」「プロ市民」などという誹謗中傷があるがそれと同じ現象であるが、香港の社会運動にとってはじめての経験である。これは社会運動全体に対する反動保守からの攻撃であることをしっかりとした認識すべきだと訴える香港の區龍宇さんの文章を紹介する。香港紙「明報」日曜版(2014年10月12日号)に掲載された文章。原文はこちら(H)



白いリボンと黄色いリボン

區龍宇

いま香港では二つの陣営が対立している。黄色いリボンと青い(藍色)リボンである。なぜ後者が青いリボンを選んだのかは不明だが、青いリボンと聞いて私は、かつて国民党のファシスト組織の藍衣社を思い出した。国民党が青色を好んでいたことは誰もが知っている。周融[オキュパイ反対運動の指導者:訳注]が青色を選ぶとは思わなかったが、それにはあまりこだわらないでおこう。悪いのは人であって、色には罪がないのだから。

では白いリボンとは? 色が違うだけでよく似ているが。街頭に通い詰めて二週間、緊張のせいか、なかなか寝付けない夜に「白いリボン」という2009年作製のモノクロのドイツ映画を見た。監督はMichael Haneke。第一次世界大戦のドイツ北部にある農村の家族の物語。メインテーマは社会的抑圧と抵抗である。伯爵(大地主)、牧師、医師の三家族は上流階級に属する。そして貧農らが登場する。材木工場で働く貧農の妻が大きな鋸切断機械に命を奪われる。息子が復讐を図るが「一家すべてを犠牲にする気か?」と父親に止められる。サブテーマは、メインテーマに関連するが別な観点から描かれる。つまり牧師の一家における権威主義、家父長制、禁欲主義を通じた、妻や子どもたちを含めた支配である。青春真っ只中の息子と牧師の父親が衝突する。父親は息子の両手を縛り、自慰行為をやめさせようとする。一年後、息子は父親の言う通りに従い、父親から白いリボンをつけられる。「この白いリボンのように純潔無垢のままで」という意味が込められていた。

白い色は西側では一般的に純潔を表す。しかしこのような牧師がいうところの白い色は、極端な保守主義を表している。1918年にロシア各地で出現した旧ロシア帝国軍人らの反乱軍が白色をトレードカラーとして、白軍と呼ばれ、その軍隊によるテロは白色テロと呼ばれたことも道理のないことではない。白い色にとっては災難でしかないが。

◆ 白色テロ

「白いリボン」に話をもどそう。伯爵夫人は家父長主義の夫を嫌い、別な幸福を求めようとする。夫の伯爵は激怒して言う。「何が不満だというんだ」。妻は答える。「この村には野蛮と暴力が蔓延してるわ」。これが伯爵自身にも向けられた言葉の可能性であることを彼自身はわかっていないかもしれない。しかしこの村で最近発生した猟奇的な暴力事件のことを指していることはわかったようだ。仕掛けられた針金で落馬して負傷した医師の事件、医師の愛人の息子が殴られて目が見えなくなった事件、伯爵の息子が連れ去られ暴行を受けた事件、伯爵の支配する農園での不審火など。犯人はだれなのか?映画は村の教師がこれらの事件を回想する形で進むが、最後にこの教師の告白によって一連の事件の犯人が明らかにされる。白いリボンをつけられた牧師の息子が一連の事件の犯人だったのだ。権威主義、家父長制、亭主関白、禁欲主義によって育まれた次世代の一部が悪魔に変わってしまったというエピソードである。

これは、ドイツ映画界の流行の一つであるファシズムに対する反省をテーマにしたものでもある。数年前の「The Reader」(邦題「愛を読むひと」)もそうである。香港のある映画評論家はこの映画の主演女優のスタイルの良さばかりを強調していたが、映画で描かれていたテーマのひとつが、権威主義的人格に育てられた女性が命令に従うことによって遭遇する悲劇であったことについては、まったく言及さえもしなかった。

◆ 悪魔をつくりだす

極右に対する認識の不足は、今回のオキュパイ・セントラル運動にとってもアキレス腱になりつつある。

二週間にわたるオキュパイ運動は、市民の民主的自治能力を解放した。市民は自発的に議論を形成し、政治を語る姿はあちこちで見ることができる。これこそが民主主義である。民主主義ははじめから憲法制度の枠内にとどまるものではなかった。民主主義はまずなによりも、市民が日常のなかで一国の政治生活に自覚的に参加することをである。このような運動状態にない民主主義は、どのような制度であっても空文にすぎない。しかるにこのようないきいきとした民主主義の能力は、極端な保守勢力が最も嫌うところでもある。先週の暗黒勢力による公然たる襲撃は最近では下火になってはいるが、ここ数日、オキュパイの現場には、多くの奇妙な群衆が出現し始めている。のべつ幕なしに「サヨク」というヘイトスピーチを行い、社会運動活動家を中傷する人々である。市民団体が街頭討論を行い始めると、批判や大声での妨害、ひどいときには暴力が振るわれる。

これは社会運動活動家たちにとって心配の種の一つになっている。私がもっと心配していることは、多くの友人たちが、このような妨害を行う陣営に対して何と呼ぶべきかが分らず、意見噴出という状態である。ある友人が「右翼」だといえば、そうではないという人もいる。またある人は、かれらは何かの信仰の信徒なので挑発しなければ大丈夫だという。

名前は重要である。「蒼頡が文字を作ったとき、天は粟を降らせ、鬼は夜に泣いた」というくらい名づけは重要である[蒼頡は漢字を作ったとされる伝説上の人物:訳注]。名は体を表す。口頭であろうと書面であろうと名付けることが存在を認識するための第一歩である。名前さえもはっきりしないのに、どうして対応することができるのか。友人たちよ、この陣営は極右と呼ばれる勢力なのだ。ちょっと見れば、権威主義、家父長制、そして男主義がぷんぷんにおってくる。彼らが投げかける言葉や実際の暴力を見ればわかるはずだ。かれらはまず香港社会運動の声を押しつぶし、そして民主化運動全体の声を押しつぶして、民主化運動を武侠[任侠]小説の世界に変えてしまうのだ。

◆ 極右以外の何者でもない

彼らのことを極右と呼びたくない人々が運動の中にいることも、私は知っている。理由の一つは、自分はそのような左右のイデオロギーからは無縁でありたいという思いからだ。相手を極右と呼んでしまうと、自分が左翼(このレッテルを好んで受け入れる人はそう多くない)に見られてしまうとおもっているようだ。

何が左翼で何が右翼かについて、ここで討論するつもりはない。ただ指摘しておきたいことは、いま「サヨク」という罵倒で民主化運動や社会運動を攻撃している人々は、国際標準でいえば、間違いなく極右、あるいは極めて極右に近い立場なのである。もしオキュパイ運動が普通選挙の水準において国際標準を求めるのであれば、政治的な立場においても国際標準を使うべきである。[この「国際標準」はオキュパイ運動が中国政府の偽普通選挙に対抗する理論的根拠の一つ:訳注]

極右の特徴は、本物の左翼に対する暴力的攻撃だけでなく、民主主義、自由、平和を主張する人々(自由主義者を含む)を暴力で攻撃する。自分は左翼ではないので、極右の攻撃には遭わないだろう、という考えは、ドイツにおける自由主義者や左翼以外の社会運動の悲劇の轍を踏むことになるだろう。

私も自身の立場に固執するつもりはない。もし「極右」というのが気にそぐわないのなら、「ファシスト」と呼ぶのはどうだろうか。左翼との関係を望まない人々も、これなら誰もが受け入れることのできる呼称ではないだろうか。繰り返す。このような極悪勢力に対して、統一した名前さえも付けることができなければ、対応することさえできないのである。

(2014年10月12日「明報」日曜版に掲載)

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