虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

アジア連帯

【報告】11.16「日印原子力協定反対・原発輸出反対」首相官邸前アクション

1116インド1クダンクラム原発稼動反対・住民弾圧やめろ」、「日本政府はインドの核開発に手を貸すな」

 一一月一六日午後八時から、首相官邸前で「日印原子力協定反対・原発輸出反対」、「クダンクラム原発稼動反対・住民弾圧やめろ」、「日本政府はインドの核開発に手を貸すな」行動が東電前アクションとノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパンの呼びかけで行われ四〇人が参加した。

 この日、日本とインドの原子力協定反対の署名提出を予定していたが衆院解散に伴い、インド首相来日の延期が伝えられ、議員会館前の行動は中止になり、首相官邸前行動のみになった。

 最初に、東電前アクションの栗原さんが「インド・シン首相の来日は中止になったが、二日後のアセアン会議で野田首相と会うことになっている。シン首相の来日の大きな目的のひとつは日印原子力協定の締結のための調整と言われている。日印原子力協定は、主に日本からインドへの原子力技術と設備の提供・供与を目的としている。それは当然、近い将来の日本からインドへの原発輸出のための地ならしだ。また、核兵器保有国への原発技術の提供は、核武装を積極的に是認する暴挙であり、許されるものではない」と、協定の問題点を指摘した。

さらに、「インド政府はインド最南端のクダンクラム原発の建設を強行し、住民の強い反対の意思を踏みにじり続けています。今年九月一〇日には住民たちの反対デモに対して警官隊が発砲して死者まで出している」と、インドでの反原発運動の攻防を伝えた。

 そして、「福島の巨大原発事故を引き起こしながら未だに原発を推進し、海外に売り込みを図る日本政府。核兵器を保有し、さらなる核大国をめざして人々を暴力で踏みにじりながら原発増設を目論むインド政府。私たちはインドの人々とつながって、世界のどこにも原発はいらない」と訴えた。

 次に九月にインド政府に入国を拒否された大阪の二人がアピールした。

  宇野田陽子さん(ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン事務局)さんは「ロシアから一〇〇万Kwの二基の原子炉を輸入してクダンクラム原発が建設されている。九月九日には地元民二〇〇〇人が座り込みをし、三万人が原発を包囲した。九月一〇日一万人の武装警官が陸から海へと包囲し人々に襲いかかった。何人も逮捕者は遠くに拘留された。クダンクラム原発反対運動のリーダーのウラル・クマールさんは死刑か終身刑かの国家反逆罪で逮捕状が出ている。ヒロシマ・ナガサキ・フクシマを経験した我々が脱原発・脱核兵器のメッセージを出し、世界中のどこでもダメだと言おう」と報告した。

 中井信介さん(ビデオジャーナリスト)はベトナムの原発建設問題を報告した。

 「建設予定地に行き、住民に話を聞いた。一〇kmぐらい離れているので自分たちには関係がない。原発が出来て道路や雇用が生まれるのに期待している、という答えだった。日本の原発メーカーが村の有力者を日本の原発を視察させ、安全性をアピールしていた。原発安全神話が作られている。また、ベトナムでは政府の弾圧によって、反対運動が出来ない状況がある。知識人のある人がブログで反対署名を集めたら、傷痍軍人が研究所に押しかけやめるようにいやがらせをした。こうした状況だからこそ、日本をはじめ海外からの働きかけが重要だ」。

 再稼働反対!全国アクションの国富さんが「インドは出稼ぎ労働者がたくさんいるが、原発反対運動をすると政府はパスポートを出さないいやがらせをしている。また独立記念日に黒い旗を掲げた人たちに国家反逆罪を適用して弾圧している。ウラン鉱山での労働者の被曝問題も深刻だ」とインドの運動の状況を報告した。

 この日、日本とインドの原子力協定反対の署名を官邸に提出しようとすると警察官が「アポがない」とジャマをし、提出者を無理やり官邸前から道路反対側に押し返した。主催者はこうした民主主義を踏みにじる行為を批判し、総務省の受付に署名を手渡した。なお、東電前アクションは11月23日午後六時から八時まで東電前で「被曝労働問題などで東電の責任を追及する」アクションを起こすと告知があった。(M)

【案内】日印首脳「原発会談」抗議!11.16緊急アクション

【拡散歓迎】
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クダンクラム原発稼働反対!インド政府は住民弾圧やめろ!
  日印首脳「原発会談」抗議!11.16緊急アクション


   《呼びかけ》東電前アクション!
BLOG:
http://toudenmaeaction.blogspot.com/
TWIT: http://twitter.com/toudenmaeaction
MAIL: toudenmae.action@gmail.com
TEL : 090-1219-4519

  
   《協力》ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン
HP :
http://www18.ocn.ne.jp/~nnaf/
mail: sdaisuke@rice.ocn.ne.jp

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時間:2012年11月16日(金)19時半~ (国会議員に署名提出)
場所:国会衆議院議員面会所前集合
地図⇒
http://tinyurl.com/abf2uav

20時から野田首相とインド・シン首相の「原発会談」に対する首相官邸前抗議アクション!


★インド首相来日と野田首相との「原発会談」に抗議!「日印原子力協定」締結-原発輸出反対!
☆インド政府は原発も核兵器も放棄しろ!「クダンクラムの血の弾圧」を許さない!
★9月にインド政府に入国を拒否されたノーニュークス・アジアフォーラムのメンバー二人がアピールします。

11月15日から17日にかけて、インドの新首相が来日します。

来日の大きな目的のひとつは「日印原子力協定」の締結のための調整と言われています。
「日印原子力協定」は、主に日本からインドへの原子力技術と設備の提供・供与を目的としています。
それは当然、近い将来の日本からインドへの原発輸出のための地ならしと考えるほかありません。
また、核兵器保有国への原発技術の提供は、核武装を積極的に是認する暴挙であり、許されるものではありません。

現在、インド政府はインド最南端のクダンクラム原発の建設を強行し、住民の強い反対の意思を踏みにじり続けています。
そして、今年9月10日には住民たちの反対デモに対して警官隊が発砲して死者まで出しています。

福島の巨大原発事故を引き起こしながら未だに原発を推進し、海外に売り込みを図る日本政府。
核兵器を保有し、さらなる「核大国」をめざして人々を暴力で踏みにじりながら原発増設を目論むインド政府。
こんな両者の思惑に対して、私たちはインドの人々とつながって「世界のどこにも原発はいらない!」と表明します。

そして、私たちは野田首相に言いたい!
核開発を推進するシン首相を広島・長崎、そして福島に案内しろ、と。
そうすれば、核兵器を保有するということがどういうことか、
原発を建設するということがどういうことか、理解できるはず、と。
それこそが被爆国そして原発事故当事国の責務であるはずと考えます。

原発も核兵器もない世界へ!



★☆日本とインドの原子力協定に反対する署名のお願い★☆

http://www18.ocn.ne.jp/~nnaf/119a.htm
(11月16日に日印両政府に提出します)

・クダンクラム原発:反対運動と弾圧(9月10日の映像)
http://youtu.be/zb_jyJaUAic

・クダンクラム原発反対に連帯する日本人3名がインドで入国拒否
(ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン)http://www18.ocn.ne.jp/~nnaf/118a.htm

・連帯声明 歴史的な闘いの中にあるクダンクラムのみなさんへ
(ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン)
 
http://www18.ocn.ne.jp/~nnaf/118b.htm


☆★☆★↓↓こちらもご参加を↓↓☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

11.15緊急集会「日本はインドに原発を輸出するのか?」
~日印原子力協力協定の問題点とインドの反原発運動~

講演「日印原子力協定の問題点」福永正明(大学教員)

クダンクラム原発反対運動の報告など
 伴英幸(原子力資料情報室)中井信介(ジャーナリスト)宇野田陽子(NNAF

日時 1115日(木)1830203018:00開場)
場所 連合会館(旧・総評会館) 402号室

千代田線新御茶ノ水駅、丸の内線淡路町駅、新宿線小川町
駅からB3出口すぐ。JR御茶ノ水駅・聖橋口から徒歩5

<主催> シン首相来日緊急集会実行委員会 <連絡先> 090-8169-9693

::::::ここまで:::::::::::::::::::::::::::

【パキスタン】ババ・ジャンさん、釈放!

Baba Jan 1「虹とモンスーン」でも紹介した、パキスタンの同志ババ・ジャンは、彼の殺害をもねらった獄中での拷問、反テロ罪による長期投獄をはねのけ、ついに釈放を勝ち取った。

彼の釈放はパキスタン労働党の同志たちの闘い、そして国際的な連帯運動の成果である。われわれも。ささやかながらこの連帯運動の一翼を担うことができたことを喜びたい。(K)
 
ババ・ジャン、監獄から釈放される!
http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2749

ギルギットから良いニュースが届いた。われわれはたったいま、パキスタン労働者党(LPP)の全国青年担当書記で、ギルギットの進歩的青年戦線のチーフ・オルガナイザーでもあるババ・ジャンが約一年に及ぶ投獄からついに釈放されたという確実な報告を受けた。彼に対する裁判手続きの最後の段階で、土曜日(九月一五日)に彼の保釈が認められた。

 彼は刑務所の門の外で、パキスタン労働党の支持者や党員が掲げた「ババ・ジャン、ジンダバー(訳注:ウルドゥ語で万歳の意)」「人民の闘争万歳」「国際連帯万歳」といったスローガンで暖かく歓迎された。

 先週、パキスタンの上院人権委員会はギルギットの州政府官房長を召還して、なぜババ・ジャンが拷問を受け、投獄され続けているのかを問いただした。州政府官房長は、ババ・ジャンは反国家的活動家だと決めつけたが、上院人権委員長アフサヤブ・カタクにはねつけられた。アフサヤブ・カタクは州政府官房長に対して、でたらめを言うなと告げた。彼はこのギルギット・ベルチスタン州の最高幹部に向かって、「そうした告発は何度も聞いたが、彼を反国家的だと宣言するなら、その告発の証拠となる記録を持ってこい」と述べた。

 それから数日でババ・ジャンに保釈許可が下りた。

 政府と裁判所が、ババ・ジャンの事件に関して後ずさりしなければならなくなったのは、パキスタン内外での一貫したキャンペーンのおかげである。ギルギット・バルチスタンのどんな政治活動家の一件に関しても、二二カ国でデモや行動が行われたことなど、いまだかつてなかった。パキスタン国内で五〇以上のデモや集会が行われたことなど、いまだかつてなかった。彼は、パキスタン人権員会をふくむ幾つかの国際組織によって。政治囚と宣言された。

 「ババ」という名は「年老いた男」を意味する。しかしババ・ジャンは三二歳であり、すばらしい動員能力を持った活動家だ。彼はフンザ渓谷地帯の労働者階級のヒーローとなり、パキスタン全土でも国際的にもギルギット・ベルチスタンの最も著名な政治活動家となった。

皆さんありがとう。皆さんの一貫した支援にありがとう。彼の釈放は、国際連帯の宣言である。

 
ファルーク・タリク

新たな情勢認識の上で釣魚台防衛運動を考える

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釣魚島に上陸した香港の保釣行動委員会のメンバーら(2012年8月15日)

石原慎太郎・東京都知事による「尖閣購入」「尖閣調査」というナショナリズム排外主義の扇動に、労働者市民は祖国敗北主義、プロレタリア国際主義、エコ社会主義で対抗しよう。以下は、香港・先駆社のウェブサイト労働民主網に掲載された小論。小見出しは訳者。(H)

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新たな情勢認識の上で釣魚台防衛運動を考える

陳景基


8月15日、7人の香港人が釣魚台に上陸し、日本政府による占領に抗議し、日本当局に逮捕、強制送還された。香港の親中派は面目をつぶされた形になった。というのも、親中派は香港政府とその後ろ盾である中国共産党が香港で愛国教育を推進することに対して、大声で支持していたにもかかわらず、自分達ではなんら釣魚台に対する行動をとらず、(中国政府と対立的関係にある)民主派をふくむメンバーらが釣魚台に上陸することをなすすべもなく傍観し、愛国主義の大旗を敵(つまり民主派)の側に奪われた形になったからだ。


◇ 人民に愛国教育は不要


40年にわたる釣魚台防衛運動に進歩的な役割があったとすれば、それは当初から市民運動として提起されということだろう。中国と台湾の両政府がともに冷淡だった状況のなかで、日本帝国主義の再拡張に危機感をいだいた香港市民が、政府による逮捕や暴力に屈することなく立ち上げた運動であったからだ。(香港は1941年12月25日から1945年8月15日まで日本の軍事占領下におかれた:訳注)


中国の近代史は次のことをわれわれに教えている。つまり、売国行為を策動し、また実際に売国行為を達成したのは、つねに政府とその指導者であり、国を守るために立ち上がったのは、いつも普通の人々、そして無名の英雄達であったということである。道理は極めて単純である。普通の人民が自分の故郷や国を愛おしむことは自然なことだからであり、愛国教育などというものを注入する必要はなく、ましてや政府がそれを代行する必要などまったくないのである。愛国教育が必要なのは往々にして人民の方ではなく政府の官僚達の方だろう。


いま中国共産党は香港で愛国教育を推進しようとしており、このチャンスに乗じて共産党への忠誠を強制しようとしている。だがそれは、国を愛することとは違うのである。


◇ なぜ釣魚台運動は進歩的だったのか


冷静に考えれば、中国共産党は清朝や国民党政府に比べて、外国からの抑圧に抵抗する気概を持っているといえるだろう。しかし釣魚台の防衛については、この40年来まったく積極的ではなく、逆に市民による釣魚台防衛運動にたいする弾圧に対しては積極的であったといえる。だが近年、中国政府の対応は変わりつつある。いまの中国の政権は釣魚台防衛に積極的な姿勢を見せている。すくなくとも言葉の上では非常に威勢がいい。だがそれは吉兆ではなく凶兆である。


40年前は、冷戦中であり、日本政府は厳密な意味においては軍国主義政権ではなかったが、依然として経済的にアジア人民を搾取し、アメリカ覇権主義と結託して反共政策を実施していた。一方、中国は日米に包囲された貧困国であり、資本主義とアメリカ覇権主義に反対する大国でもあった(すでに妥協路線へとかじを切ってはいたが)。この二つの陣営の対決のなかで、日本支配勢力の再拡張はアジア人民にとって不幸であり、当時の釣魚台防衛運動は多少なりともこのような拡張に抵抗する意味合いを持っていたことから進歩的であった。


◇ 「冷戦」から「商戦」の時代に


40年後の今日、状況は根本的に変化している。日米政府が悪の勢力であることには変わりはない。しかし中国は強大になり、他国から侵略される危険性というのはほとんどなくなっている。だからたとえ中国が当面のあいだ釣魚台を奪還できなかったとしても、それが中国への再侵略の起点となる心配はない。つまり今日の釣魚台防衛運動の意義はかつてにくらべて縮小している。


中国は強大になっただけでなく、その性質にも変化があった。資本主義への回帰である。だから冷戦が終結したいま日米もかつてのように中国を孤立させる必要がなくなっただけでなく、逆に中国政府と経済の上で協力関係を築き、グローバルに新自由主義を推進しながら、あちこちで自由貿易協定を締結している。しかし中国、アメリカ、日本による資本主義のグローバル化政策の推進は、相互間に市場争奪戦を繰り広げ、一層激しい競争を余儀なくさせる。


それゆえ冷戦は終結したが、中国と日米との間の資本主義的商戦の序幕はすでに開かれている。今日、中国政府が釣魚台防衛を熱心に取り組み始めたとすれば、それは市民による釣魚台防衛運動を日米との商戦に利用しようとしているに過ぎない。もしも将来、中国政府が積極的に軍事面で釣魚台防衛に動き出したとすれば、政府による釣魚台防衛は、中国政府が資本主義的商戦を推進するための駒に一つに過ぎず、それは40年来の市民による釣魚台防衛運動の素朴な性質とは大きく異なる。


◇ 経済拡張主義に奔走する中国


最近、強国左派(マルクスや毛沢東の用語を並べ立てて外国資本の言いなりではない民族資本主義の大国を目指せと主張し、労働者民主主義には極めて消極的である点が特徴:訳注)が出版した『大目標:われわれとこの世界の政治的協議』は、報道によると、著者達は中国が帝国主義の道を歩む可能性を排除しないことに同意しているという。しかし、この著者らによると、帝国主義とは必ず軍事的に他国を占領することが含まれるのであり、様々な情勢から中国による他国への軍事占領は難しいことから、中国が帝国主義になる危険性は大きくないという。この考えはおそらく正しくないだろう。軍事占領が帝国主義の主要な特徴ではないからだ。第二次世界大戦以降、帝国主義は民族解放運動による打撃のもとで、経済侵略を主要な形式とした対外拡張に進化を遂げたからである。それは今日の中国の支配者が必死に模倣しようとしている拡張モデルでもある。今日の中国の支配者は建国の理念を放棄し、経済拡張主義に奔走している。これでは愛国というより、その逆である。


◇ 国際連帯こそが前途


冷戦においては、労働者人民はどちらかを選択する必要があったが、商戦においてはどちらかに組みする必要はない。冷戦時代に「社会主義陣営」と呼ばれた陣営は実はそれほど社会主義ではなかったが、少なくとも資本主義には反対していたことから、労働者人民は資本主義にくらべてましな経済的待遇を受けることができた。


しかし今日の資本主義的商戦は、中国の官僚と資本家と外国の同業者達の間での争奪戦であり、しかもそれは各国の労働者人民と自然資源に対するさらなる搾取によってのみ維持することができる。経済競争が過熱すればするほど戦争の危機は大きくなり、その時には支配者は労働者人民にさらなる犠牲を強いるだろう。このような資本主義大国間の商戦は、労働者人民には災禍しかもたらさない。今日の中国は侵略される危険性はないだけでなく、他の小国を抑圧する覇権国家となりつつある危険性が日々増している。市民運動による釣魚台防衛運動は、いま一度、いかに帝国主義政策の駒になることを回避するのかを考えなければならない。


つまるところ、中国の労働者人民の前途は、自国支配者の経済拡張主義を手助けするのではなく、各国の労働者人民と団結してそういった拡張主義を阻止することにある。釣魚台を巡る争いは、このような大局に立って考えなければならない。


2012年8月27日

【報告】6.27 全政治犯の釈放を求めてパキスタン大使館に申し入れ

画像+005「ババ・ジャンを釈放せよ」 「フンザ・ファイブ、ファイサラーバード・ナインを釈放せよ」 「獄中弾圧をやめろ」
 

 六月二七日、アジア連帯講座は東京・南麻布のパキスタン大使館に対し、ババ・ジャンらギルギット地方の五人の活動家(フンザ・ファイブ)、ならびに二〇一〇年七月のパキスタン第三の都市、ファイサラーバードの繊維労働者のストライキ闘争で「工場への放火」という罪状をデッチ上げられ、総計で五〇〇年(!)の投獄という超重罪判決を受けた九人の労働組合リーダー(ファイサラバード・ナイン)の即時釈放、獄中での虐待停止を求めて申し入れ行動を行った。

 われわれが午後四時、パキスタン大使館に近づくと、多くの警察官がわれわれをさえぎり、「行動は一回につき五人が慣例だ」「所持品を見せろ」などと不当な言いがかりをつけてきた。当然にもわれわれはそうした規制を拒否し、大使館の前で横断幕を広げ、事前の約束通り、代表が大使館に入って二等書記官と面談して申し入れの趣旨を伝えるとともに、パキスタン政府宛の書簡を手渡した。ナディム・バプティ二等書記官は、「日本の人からのそうした申し入れについては歓迎し、政府に伝える」と答えた。

 申し入れ終了後、パキスタン大使館前で「政治犯の即時釈放を!獄中弾圧をやめろ!パキスタンの人びとと連帯して闘おう」のコールを上げた。



二〇一〇年一月に起こったフンザ峡谷地方の地滑りで大きな被害を受けて家屋や土地を失った住民運動を支援して闘ったことにより、パキスタン労働党(LPP)のギルギット・バルチスタン地域(北部山岳地帯)のリーダーの一人ババ・ジャンら五人の活動家(LPPならびにその青年組織である進歩青年戦線のメンバー)が二〇一一年八月に治安当局によって逮捕された。

この事件は、二〇一一年八月に地滑り災害の被災者である住民たちが政府ならびに地方当局に対し、被害の正当な補償を求めて交渉のため地方行政府の建物の前に集まったことに端を達している。住民たちの抗議に対して治安当局は発砲し、二人が殺された。怒った住民たちは治安部隊と激突し、地方行政府の建物の一部を占拠した。この行動を支援したババ・ジャンらに五人に対し、治安警察は「テロリスト」だとして逮捕し、投獄したのである。

それだけではない。今年四月、ババ・ジャンらは極度に劣悪な獄中での食事(乾パン程度)などへの抗議を組織したかどで拷問を受け、外部との連絡も遮断され、生命の危険すら危ぶまれる状況に陥っていた。これに対して、パキスタン人権委員会は獄中での人権状況を憂慮する声明を出した。ババ・ジャンらに面会した弁護士によれば手の指をへし折られ、顔面に深い傷を負っており、凄惨な拷問を受けたことは一見して明らかだった。

LPPをはじめとするパキスタンの仲間たちは、連帯行動を国際的に呼びかけ、六月二〇日~二七日には各国のパキスタン大使館に向けて申し入れ、大使館前でのピケットなどが展開された。



この日の行動は、同様に二〇一〇年七月のパキスタン中部パンジャブ州ファイサラーバード(人口二六〇万人)の繊維労働者の賃上げを求めるストライキ闘争で、「工場への放火」をでっちあげられた九人の活動家(ファイサラーバード・ナイン)が「反テロ法」で実に総計で懲役四九一年という超重罪判決を受けたことへの抗議、即時釈放のための闘いとしても行われた。

今やアフガニスタンでの帝国主義による「対テロ」戦争の主戦場ともなっているパキスタンでは、ムシャラフ軍事独裁体制の崩壊後もパキスタン人民党(PPP)政権の汚職・腐敗によって政情不安定が深刻化し、首相の失職とともに、ザルダリ大統領体制の統治能力の崩壊が進行している。この中で一方では軍部による「反テロリスト」名目での労働運動、社会運動への暴力的弾圧が吹き荒れ、他方ではパキスタン・タリバン運動などの宗教的原理主義勢力による公然たる人権侵害、テロも拡大している。

そして米国の無人機による越境空爆や、昨年の米特殊部隊による首都イスラマバード近郊でのオサマ・ビンラディン暗殺作戦などによって、民衆の間での反米感情もいっそう高まっているのだ。

この日、世界では日本、オーストラリア、フランスでパキスタン大使館への行動が取り組まれるとともに六月二〇~二七日の連帯週間を中心に、インドネシア、インド、スリランカ、デンマーク、ドイツ、米国などでさまざまなキャンペーンが展開された。また六月二七日、パキスタンのラホールでは「フンザ・ファイブ」の釈放を求めるデモが繰り広げられた。

なお前日の六月二六日夜には、ババ・ジャンらの弁護士からパキスタン労働党のファルーク・タリク宛に「ババ・ジャンらの保釈許可が下りるという連絡が裁判所から来た」との電話が入った。「フンザ・ファイブ」の残りの四人に対しても、近々保釈許可が下りるという。これは国際連帯運動がもたらした成果である。しかし刑務所当局は、ババ・ジャンが「待遇改善を求めて刑務所内で暴動を組織した」として保釈を拒否している、とのことである。

なおパキスタンの「ババ・ジャン釈放キャンペーン」からは、日本での行動について「フンザ峡谷での政府開発援助に巨額の資金を出している日本、そしてフンザへの観光客が多い日本で、こうした行動が取り組まれたことの意義は大きい」という感謝のメッセージが寄せられている。(K)

【6.27パキスタン大使館申し入れ行動】 パキスタンでの獄中弾圧をやめろ ババ・ジャンらの政治囚を即時釈放せよ!

パキスタンでの獄中弾圧をやめろ ババ・ジャンらの政治囚を即時釈放せよ!
6・27パキスタン大使館申し入れ行動へ

 
baba-jan1(中央のマイクがババ・ジャン)

 いまパキスタンは、アメリカの対テロ戦争の主戦場となっています。米軍は無人飛行機による爆撃で「テロリスト」と見なした一般市民をも無差別に殺害してきました。

 米国のアフガニスタン戦争に協力し、民衆の自由や権利を「非常事態」宣言で弾圧したムバラク政権は打倒されましたが、代わって登場した人民党政権もまた相次ぐ汚職・腐敗によって住民の支持を失っており、軍部・治安機構の実権が拡大しています。他方、イスラム原理主義勢力の影響も強まり、武力衝突・テロも頻発しています。こうした中で、労働者・民衆の生活と権利を求める闘争も大きく広がっています。しかし政府・軍部、そして司法権力は、労働者民衆の闘いに徹底的な弾圧を加え、長期投獄・獄中での拷問などあらゆる人権侵害をほしいままにしています。

 2010年にファイサラバードで繊維労働者の賃上げ要求ストを指導した6人の労働運動活動家に対して、昨年11月に合計490年の投獄という重刑判決が言い渡されました。「工場に放火したテロ犯罪」というでっち上げによるものです。しかしこの「工場への放火」なるものは、経営者に雇われた暴力団によることが明らかであり、その被害も、事件翌日から工場が完全に操業を開始している事実によって信憑性が疑われています。その後、逮捕が拡大し、この事件で投獄されている労働者は9人に増えています。

 他方、北部の山岳地帯でも住民運動への警察による弾圧に抗議した活動家たちが、逮捕・拷問を受け、長期にわたって投獄されています。事件の経過はこうです。

 2010年7月にフンザ峡谷で起こった土砂崩れで家を失った住民たちが補償支払いを求め、2011年8月に行動を起こしました。この中で2人の住民が警察に射殺され、怒った住民たちが行政・警察機関を占拠しました。この事件を口実に警察当局は数十人の住民や活動家たちを逮捕し、パキスタン労働党のババ・ジャンなど5人が長期投獄を受けています。

 この間、獄中で食事も満足に与えられないなどのひどい待遇に抗議したババ・ジャンたちは、連れ出されて拷問を受け、ババ・ジャンは手の指をへし折られました。獄中での虐殺の危険性も報じられています。

 このファイサラバード、フンザでの弾圧に対してパキスタンの人権委員会なども問題の深刻性を取り上げ、ババ・ジャンらの釈放を求める訴えを発しています。アジア諸国や欧州でも「弾圧・拷問をやめろ、ババ・ジャンら5人、ファイサラバードの9人の即時釈放を訴える行動が6月20日から27日にかけて国際的に展開されます。



 私たちもパキスタンの労働者民衆と連帯し、「フンザ・ファイブ(5)」「ファイサラバード・ナイン(9)」の釈放を求めて、パキスタン大使館への申し入れ行動を行います。

 ぜひ参加ください。



6月27日(水)午後4時 パキスタン大使館前(港区南麻布4-6-17)
 
午後3時45分 東京メトロ日比谷線広尾駅1番出口(天現寺方面)を上がったところで集合。
 
呼びかけ/新時代社 労働者の力社

【パキスタン】パキスタン労働運動弾圧被害者家族カンパ要請‏

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【パキスタン】

「ファイサラバード6」への緊急カンパアピール

ファルーク・タリク

 
 皆さんがご存じのように、ファイサラバードの労働運動指導者六人は、合わせて490年間の投獄という判決を受けた。かれらの罪は、政府が発表した最低賃金引き上げのための平和的ストライキを指導したということだった。彼らとはアクバル・アリ・カンボフ、ババル・シャフィク・ランダワ、ファザル・エラヒ、ラナ・リワズ・アフメド、ムハンマド・アスラム・マリク、アスガル・アリ・アンサリである。うち四人は2010年7月に逮捕され、他の二人は2011年7月に同じ罪名で逮捕された。

 最初に逮捕された四人はすべて「労働者カウミ運動(LQM)」と呼ばれる、パキスタン第三の都市ファイサラバードの動力織機労働者組織の指導者である。LQMは2004年以来、地域社会をベースに作られた繊維労働者の権利のために闘う組織である。LQMはファイサラバード市と周辺地域の繊維労働者の中で大衆的基盤を持っている。

 2011年11月1日、ファイサラバードの反テロ法廷は六人の指導者にテロの罪状で判決を下した。パキスタンでしばしば見られるのは、テロリストがこうした法廷で釈放され、労働者がテロ法で有罪になるということだ。

 彼らはストライキ中に工場に放火したと告発されている。これはでっち上げである。事実はこうだ。2010年7月20日のストライキ当日、テクリ・ワラの工場主からカネを貰ったゴロツキが、賃金の引き上げを求めて工場から出ていく労働者たちに発砲しはじめた。一部の労働者は果敢にも工場内に入り、ゴロツキどもの発砲をやめさせた。ゴロツキどもの一部は、怒った労働者に叩きのめされた。

 裁判の中で労働者たちの弁護士は、かりに工場が焼き払われたのだとしたら、なぜその三日後に工場の運転再開が可能になったのか、と問うた。

 ファイサラバード地区の10万人以上の動力織機労働者は、2010―11年度予算の説明で政府が発表した賃上げの実施を求めて2010年7月10日にストライキを決行した。政府は民間企業の労働者の最低賃金を一七%引き上げると発表したのである。ファイサラバード、ジャンなどの地域のLQMは、ストライキの三週間前に動力織機工場主と交渉に入った。

 事件が起きたのは、多数の動力織機工場があるファイサラバード郊外の工場地帯スダールである。この地区は、労働者が大規模な自己組織化を効率的に果たしたことにより、三年間にわたって労働者と工場主の間での戦場になっていた。

 労働者の指導者たちの長期投獄判決は、ファイサラバード、さらにはパキスタン全国の労働運動にとって破滅的な打撃となる。裁判所がこうした過酷な反労働者的判決を下すなどということは、誰もの予測を超えることだった。とりわけ司法そのものが強力な民衆運動の支援を通じて再建されたからである。しかし反テロ法廷は、緩やかなペースで労働者階級の戦闘性の全国的シンボルになってきた動力織機労働者の運動にダメージを与えるという目的だけで、判決を書くことを選択した。

 資本主義の下で労働者を規律で縛る主要な方法の一つは、資本家たちの出す条件で資本家との交渉をする以外の選択しか残されていないところまで労働者を追いやることである。それは国家の暴力を通じてでも、体制内で生き残るためには妥協の選択しかないように財政的に労働者に打撃を与えるというやり方を通じてでも、行われるのだ。

 資本家たちは、後者の方法を採るのが通例だった。労働者に割り当てられた不正に反対し声を上げる男女にとって、弾圧された労働者の指導者をお前らもこうなるのだという見せしめにするためである。投獄されている同志たちのすべては結婚しており、彼らの家族の第一の稼ぎ手である。彼らの家族は金銭的破局の瀬戸際に追いやられている。家族たちは十分な食糧も買えないため、子どもたちに学校をやめさせることを考えている。

 これは労働者たちを服従させる資本家たちの政治戦略の一部であり、それが投獄された指導者たちの家族に厳しい結果となることをわれわれは知っている。そこでパキスタン労働党(LPP)、労働者カウミ運動(LQM)、全国労組連合(NTUF)、労働者教育基金(LEF)は、投獄されたわれわれの同志たちを財政支援を訴える運動を始めている。

 これらの指導者たちは、当局との妥協を拒否し、真実を語ったことの結果を引き受けることで、素晴らしい勇気と確固たる信念を示した。家族たちがわれわれの温かい支援を受けるに値するのは、同志たちが労働者階級とともにこの運動に参加したために弾圧の苦しみを受けている、というだけの理由によるものではない。この運動の結果が、そして困難な状況に置かれているわが同志たちに連帯を差し伸べるわれわれの能力が、今回の事件が労働者階級の戦闘性を妨げることになるのか(資本家たちが願っているように)、それとも支配階級のいまわしい戦術に反対する労働者階級の輝かしい連帯の模範例になるのかを決するだろうからだ。

 反テロ法は、しばしばパンジャブ州の産業労働者の抗議行動に向けて使われている。13人の労働組合指導者が、こうしたテロリズムの名での告訴に直面している。彼らの本当の罪名は、組合員の生活向上、賃上げを要求したということにある。パンジャブ州政府は、経営者に挑戦している工場での労働組合運動をつぶすために全力を上げている。

 LQM、NTUF、LPP、LEFを代表して、われわれはこうした国家テロの被害者の家族たちに温かいカンパを訴える。家族たちは、緊急の金銭的支援を必要としており、われわれは集団的な支援によってのみ家族を支えることができる。



▼ファルーク・タリクはパキスタン労働党のスポークスパーソン。

(「インターナショナルビューポイント」11年11月号)



読者のみなさんへ。私たちもカンパを呼びかけます。「パキスタンカンパ」と明記して、新時代社の郵振口座に送ってください。新時代社:00290-6-64430

中国:化学工場の撤去を求める数万人の抗議行動が勝利

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 抗議の市民であふれる大連市庁舎前広場(8/14)

中国・東北地方の沿海都市、遼寧省大連市で、危険な化学工場の操業の即時中止を求めた市民の大規模な抗議行動が勝利した。

大連市庁舎前広場に集まった数万人の市民は、さまざまな工夫を凝らした抗議グッズで吸い込むと人体に影響の出るパラキシレン(PX)工場の危険性を訴えた。最終的に大連市のトップにあたる大連市共産党委員会の唐軍書記が、警察車両の上から集まった市民に、工場の即時停止と移転を約束した。


だが、工場移転の具体的な時期については明らかにされておらず、夜間まで広場で抗議行動を続けた市民に対して大量の武装警察が暴力的な排除行動に出た。経済発展著しい中国ではこの間各地で公害や環境破壊をめぐる市民や農民、先住民族らの闘いが展開されている。世界最大の二酸化炭素排出国となった中国。環境と労働者を破壊しながら製造されている商品は、日本をはじめ世界中に輸出されている。国境を貫く階級的連帯を!

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 大連市庁舎前広場へ向かう市民のデモ隊列(8/14)

+ + + + +


事件の経過はこうだ。環境都市として有名な遼寧省大連市の郊外にある大連福佳大化石油化工パラキシレン(PX)工場から、吸い込むと人体に影響の出るPXが、接近していた台風の影響で漏出した疑いが強まったという情報がインターネット上に書き込まれた。


8月8日、接近した台風が、PXタンクのある港の防波堤を破壊し、その影響でPXタンクも倒壊した。事故を知って駆け付けた中央テレビの記者たちは、復旧作業中の作業員に取材を妨害されたうえ、殴られて追い払われた。その後、警察の調べで、この作業員はPX工場のトップから「記者を入れたらただでは済まさないぞ」と脅かされていたこと明らかにした。


これら一連の経過における頑なな取材拒否に疑問を感じたメディアが事件を報道した。その後、インターネットなどでも市民らが、異臭が工場周辺に漂い、工場の労働者たちが避難をしているなどの情報を流し始めた。また工場敷地内で薬品を収めた容器設備が転倒しているのを目撃した市民等も、雨が降っているにもかかわらず異臭がどんどん強くなる、などの情報を提供し、市民に外出しないよう呼び掛けた。またその他の地区の住民からも、異臭が広範囲に漂っていることなどの情報が寄せられた。


その後、インターネットで、8月14日の日曜日のPX工場の操業停止と移転を求める抗議行動が呼びかけられ、それに呼応して大連市庁舎前に集まった市民は1万人以上に上った。

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 大連市庁舎前広場に集まる市民たち(8/14)

このPX工場は、中国最大級のPXプロジェクトであり、前任の大連のトップが政治的に誘致したものでもあることから、市民の間では、一部の指導者の政治的・経済的利益のために安全がないがしろにされるのではないかという不安が高まった。また当初放映する予定であったこの事件に関する取材報道も急遽放送が中止されたり、このPX工場の新規プロジェクトが環境アセスなど必要な手続きをする前から関連当局から許認可を得ていたなどの報道がインターネットメディアで流れたりしたことも、市民の不安を高めたことから、8月14日の大規模な抗議行動に発展した。


今回の抗議行動では、(1)PX工場プロジェクトの即時停止、(2)今回の事件に関する報道の自由、(3)工場撤退期限の明確化、(4)責任者の処罰という4つを勝ち取ることが目標であった。大連市のトップの唐軍・大連市共産党委員会書記は、自ら警察車輌のうえに乗り、プロジェクトの即時中止を集まった数万人の市民に約束した。最初の二つの要求は勝ち取られたが、市民らの「撤去の時期は?」の声には応えなかった。それどころか、「解散しなければ酷い目に遭うぞ」という恫喝まで行い、夜まで広場に残った市民らは十数台のトラックに満載されて動員された武装警察が暴力で排除した。

その日の夜に書き込まれたインターネットの書き込みはこう記している。

「何とか無事に家に帰って来た。一帯どうなっているのか状況はわからないが、四発の催涙弾のようなものが打ち込まれたのをこの目で見た。前方から『警察が殴り始めた、血が流れている』といって人が逃げてきた。何人かが捕まり、たくさんの人がその場で警察に包囲された。ニュースなどでよく見る被災地支援に行くような幌付きのトラックがそこに向かって……。みんな大連以外のところから駆けつけた特殊警察といっていた。」


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 暴力的排除に乗り出す武装警察(8/14夜)

中国では、近年、労働問題、環境問題、農地問題、住宅問題、人権問題、民族問題など、さまざまな課題で大衆的抗議行動が増加傾向にある。2010年は18万件もの集団的事件(騒乱)が発生している。2008年は12万7千件、2006年には9万件だった。それに対応するかのように、中国における治安維持関連の政府予算も増加の一方をたどっている。中国政府公表の予算によると、2011年の治安維持関連支出は6244億元(約7兆7400億円)。全体の6.23%を占め、前年比13.8%。一方、国防費は6011億元(約7兆4600億円)を抜いた。街頭鎮圧部隊とともに、莫大な予算をインターネット監視取締システムに注ぎ、民衆の声を圧殺する「警察国家」の姿が垣間見える。

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 大連市内を警備する武装警察部隊(8/14)

PX工場に関しては、2007年6月に福建省のアモイ市でも大規模な市民の抗議行動によって、台湾資本のPX工場を撤退させた経験がある。今回の大連での闘争はそれを模倣したとも言われている。抵抗は途切れることなく、経験を蓄積しながら継続している。注目を!


(H)

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7.31国際シンポジウム「海を越える原発問題~アジアの原発輸出を考える」

731七月三一日、東京の早稲田大学小野講堂地下ホールで国際シンポジウム「海を越える原発問題――アジアの原発輸出を考える」が行われた。主催は早稲田大学アジア研究機構アジア平和研究所で、メコン・ウォッチ、インドネシア民主化支援ネットワーク、「環境・持続社会」研究センター(JACSES)、原子力資料情報室が共催、協力はノー・ニュークス・アジア・フォーラム・ジャパン、国際環境NGO Foe Japan、アジア太平洋資料センターの各団体。このシンポは七月三〇日から八月六日まで全国で開催された「ノー・ニュークス・アジオ・フォーラム2011」に参加した海外からのゲストとともに原子力産業と日本の公的資金の流れ、アジアへの原発拡散の動き、各国の市民運動について論議するために準備された。

 もともと今年の第一四回ノー・ニュークス・アジア・フォーラムは八月下旬にタイで開催の予定だったが、タイの原発建設計画が延期され、主催者のタイ側やアジアの各国からも「福島の原発事故についてもっと知り、運動に役立てたいため、日本で開催を」という要請があったため日本で行われることになったものである。



 国際シンポ開会のあいさつを行った早稲田大学アジア研究機構の村井吉敬さんは、「震災からの復興が進まない最大の原因は原発事故にある。しかし福島が世界中に投げかけた問題の大きさにもかかわらず、日本では三・一一以後内向き志向が強まっている。『海を越える原発』というテーマでは日本も韓国も当事者であるにもかかわらず、菅首相が『脱原発』を語るほど菅おろしが勢いを増している。私の専門領域であるインドネシアでもジャワ島中部ムリアでの原発建設が大きな争点になってきた。もし福島事故が起こらなければ日本や韓国がインドネシア原発建設の当事者になっていた。今日は、そういう問題を討論してほしい」と語った。

 次に「環境・持続社会」研究センターの田辺有輝さんが「日本の原発輸出と公的資金の関わり」というテーマで報告した・

 田辺さんは原発輸出の問題点として安全性、経済性と財政的リスク、廃棄物処理問題、核拡散、環境的・社会的影響などを指摘しながら、国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)、国際協力機構(JICA)による融資、保険引き受け、研修などの原発輸出支援の現状を紹介した。JICAによる原発研修は福島事故があった今年も継続される。

 菅政権は昨年六月の「新成長戦略」でパッケージ型インフラ海外展開を提唱し、原発がその重点分野のひとつになった。核物質や原子力関連の資機材・技術の海外移転のためには原子力協定の締結が必要である。今年の通常国会にはロシア、ヨルダン、韓国、ベトナムとの協定が提出され、韓国、ベトナムとの協定は見送られるが、ロシア、ヨルダンとの協定は承認予定だという。さらにアメリカに対しても今年一月にJBICがサウステキサス原発への支援を検討していると発表し、将来的には東京電力が出資予定とされていたが、福島原発事故のためこの計画は、ご破産になりそうである。

 田辺さんはベトナムでの原発建設に対して予定地の住民から反対の声が上がっていると述べ、政府は公的資金を使った原発輸出支援をやめるべきだ、と訴えた。



 次に海外代表からの報告に移った。韓国のエネルギー正義行動代表・李憲錫(イ・ホンソク)さんは「福島原発事故でも止まらない原子力発電所輸出の夢」と題して、韓国政府がまさに国家をあげて進めている原発輸出戦略について提起した。

 韓国には現在四カ所・二一基の原発があり、さらに七基が建設中で四基を計画中である。イ・ミョンバク政権は発電に占める原発の割合を現在の三一%から、二〇三〇年には五九%と約二倍に高めようとしている。韓国政府はさらに国家規模での原発の海外輸出戦略を立てており、最近初めてアラブ首長国連邦(UAE)の原発売り込みに成功した。政府はUAEの原発売り込み成功を記念してお手盛りでコンサートを行い、「原子力の日」という記念日を制定した。政府は原発に慎重な姿勢を取っているメディアに圧力をかけている。

また、いまだ売り込みに成功したのは一基だけであるにもかかわらず今後二〇年間で八〇基の原発を海外輸出すると打ち上げている。政府はUAEに韓国軍を防衛隊として派遣した。政府はそれが「ビジネス派兵」であると認めている。韓国は国際金融市場から高利で借りて低利でUAEに貸すということまで行っている。

イ・ホンソクさんは「原子力産業界は国家を越えて協力している。それに勝つためにわれわれも国境を越えて協力しなければならない」と強調した。

続いてインドネシアのヌルディン・アミンさんが報告した。アミンさんはインドネシア最大のイスラム組織であるナフダトゥル・ウラマー(NU)の中ジャワ州ジュバラ県代表で、同地のムリア原発建設計画に反対する運動を指導し、原発をイスラム教の「ハラム(禁忌)」とする裁定の「仕掛け人」である。

アミンさんは人口一二〇万人のジュバラ県が漁民、農民、家具製造労働者を中心とする豊かな自然に支えられた地域であると語り、住民に多大な影響を与える原発建設に対して住民自身にはまったく情報が与えられていないことを批判し、住民の激しい原発反対運動を報じる映像を紹介した。

 海外からの報告の最後はタイのソッサイ・サンソークさん(「タイ市民による非核ネットワーク」コーディネーター)。

 タイでは一九六六年以後、原子力発電所建設計画が持ち上がった。サンソークさんはタイの電力消費の六〇%が大規模工場。二〇%が一般家庭、一〇%が零細事業者で、消費のほとんどは首都バンコクだが電力を作っているのは地方だという都市―農村関係の矛盾を指摘し、バンコクの大手ショッピングセンター三つで地方の一県分の電力を使っている、と語った。

 そして日韓両国の運動への要求として「福島事故を教訓化し、各国政府に原子力政策の見直しを求めてもらいたい」と訴えた。サンソークさんは最後に「原子力の平和利用とは原子力を利用しないことだ」と強調した。



 パネルディスカッションでは次のような意見が語られた。

 「ASEAN会議の時に政府秘書官と会談し、原子力の導入には慎重に扱うよう求めた。福島事故の後に話し合いを再度持ったが、ベトナム政府はなお原発導入に積極的だ。ベトナムの原子力計画はベトナムだけの問題ではない。タイやラオスの問題でもありベトナムの安全対策には懸念を抱いている(サンソークさん)。

 「原子力は『こわいもの』というイメージを多くの人が抱いており、核といえば『原爆』が連想される。インドネシア独立後、歴史教科書にはかならず『ヒロシマ・ナガサキ』が出ており、原子力・原発には否定的イメージが一般的。インドネシアの人びとは政府を信用しておらず、政府がエネルギー政策や原発の必要性を訴えても、人びとはどうせ私腹を肥やすためだろうと考える」(アミンさん)。

 「一九八〇年以後、反原発運動が各地で作りだされ九カ所で新規の立地を阻止した。キム・テジュン、ノ・ムヒョンは改革派政権だったが、それでも原発推進政策は変わらなかった。確かに建設計画の数は減ったが。現在ハンナラ、民主の両党で原発政策に大きな違いは存在しない」(イ・ホンソクさん)。

 「ヒロシマ、ナガサキがありながら原発については『平和利用』ということでつなげて考えられなかった。長い歴史の中で起きたことをとらえ返す必要がある」(村井さん)。

 「アジア・東南アジアだけのネットワークではなく欧州や中東の人びととつながることが必要だ。エジプトやアラブ諸国でも人々が立ち上がった。そうした人びととの連携が大事だ。私たちはイスラムのことだけ言っているのではなく、仏教徒やキリスト教徒とも連携して生活の見直しをしていきたい」(アミンさん)。

 「アジアで作られようとしている原発の数は世界の五二%に及ぶ。アジアで原発を止めることができれば全世界で止められる。自国で原発を作らせない運動が重要であり。とりわけ韓国と日本が一番大事だ。日本で脱原発に至らなければ韓国の運動にもマイナスの影響を与える。韓国で原発が増えればベトナムでもタイでも作ろうということになる」(イ・サンソクさん)。

 最後に村井さんが「ASEANは世界に先駆けて非核(兵器)地帯を宣言したが、『非核』の中に原発も含めるようにしたい。そうした目標を掲げた運動を!」とまとめの発言を行った(K)

マレーシア:人民こそが英雄だ!そして闘争は続く

人民こそが英雄だ!そして闘争は続く

勾留されていたマレーシア社会主義党の全員を奪還

 

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「ピープルパワーは勝利する!」奪還集会で気勢を上げる保釈された6人のPSMメンバー

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29日夕方、最後まで拘束されていた6人のマレーシア社会主義党(PSM)のメンバー全員が釈放された。クアラルンプール・スランゴール華人会館でその日の晩に予定されていた抗議集会は奪還勝利集会に変わった。集まった400人の支援者は保釈された6人を歓呼して迎えた。

 

釈放されたPSMの国会議員でもあるジェヤクマルは支持者にこう語った。「政府はますます人々の支持を失っています。キャンドル集会やハンストでの抗議など、皆さんが政府に圧力を加えてくれた。そうでなければこんなに早く釈放されることは無かったでしょう。」

 

同じく釈放された別のPSM中央委員はこう語った。「釈放された6人が英雄なのではない。みなさんが、そして79日に街頭に繰り出した人民こそがこの国の英雄なのです。」

 

奪還勝利集会は、PSMの党旗とインターナショナルの合唱の中でクライマックスを迎えた。

 

この集会には、1957年の独立以来、政権にしがみついてきた統一マレー国民組織を批判し、79日の街頭行動を呼びかけたクリーンで公正な選挙を要求する運動体「BERSIH 2.0」の代表や人権団体「人民の声」の代表らも参加し、6人の釈放を祝福した。79日の闘争では「BERSIH 2.0」の呼びかけに応え全国から2万人が首都クアラルンプールに集まり選挙制度の改革を訴え、警官隊が暴力的に弾圧を行い、1600人が逮捕された。PSMは「BERSIH 2.0」には加盟していないが、協力関係を維持しながら同デモの参加を呼びかけていた。

 

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公正な選挙を求める人々2万人が集まった7月9日のクアラルンプール集会

PSM
のアルチェルバン書記長は今回の弾圧でも民衆が防衛的になることはなかったと語る。「今回の弾圧に対して多くの支持者がカンパを寄せてくれました。政府は『緊急事態法』を使って弾圧しましたが、多くの人はその弾圧を恐れることは無かったのです。これは極めて重要なことです。不正の無い選挙を要求する79日の街頭行動に何万人もが集まったことがその何よりの証です。」

 

6人を含む30名のPSMメンバーは、6月末に「もうたくさんだ!与党連合・国民戦線は退陣せよ!」のキャンペーンを展開中に、「王政との戦争、共産主義イデオロギー再生の試み」の容疑で逮捕された。そのうちの24名は10日間の勾留の後、保釈・起訴されている。

 

今回釈放された6名も83日に起訴された。容疑は共に、1966年制定の「社団条例」と1960年制定の「国家保安令」に違反して、非合法組織の反政府的な文書を所持・配布した、というものである。裁判所は、30人まとめて10月中旬に審理を行うと告げた。裁判所前では20名のPSMの支持者が支援行動を行った。

 

625日の不当な弾圧以降、マレーシア警察は、「PSMが元首に宣戦した」「PSMはマラヤ共産党の復活をもくろんでいる」「PSMは海外の特務機関と通じて政府転覆をもくろんでいる」「PMSBERSIH 2.0の中心的組織である」などとデマを振りまいてきた。PSMはマレーシア警察の正副の警視総監はデマの責任を取り辞職すべきである、と要求している。

 

H) 

 

これまでの情報

マレーシア社会主義者への大弾圧を許すな

クアラルンプールの弾圧:自由・公正な選挙制度求める市民の運動に恐怖する支配者

【案内】2011平和の灯を!ヤスクニの闇へ 8.13キャンドル行動

2011平和の灯を!ヤスクニの闇へ 8.13キャンドル行動

「3.11後の東アジア――原発とヤスクニが強いる国家と犠牲」
 
日時 8月13日(土)午後1時(開場午後0時30分)

場所 全電通労働会館(御茶ノ水駅から徒歩4分)
地図:http://www.chiyodaku-town.com/map/cy034670/

参加協力券 1000円



プログラム

■開会

■4地域実行委員会あいさつ

■シンポジウム「3・11後の東アジア――原発とヤスクニが強いる国家と犠牲」

 パネリスト/高橋哲哉さん(東京大学教授)、韓洪九さん(韓国・聖公会大学教授、平和博物館理事)、石原昌家さん(沖縄国際大学名誉教授)、潘朝成さん(台湾・慈済大学講師)

■コンサート+遺族証言/[遺族証言]韓国、日本、沖縄から/[コンサート]ソン・ビョンフィ(韓国)、ムン・ジンオ(韓国)、林廣財(台湾・飛魚雲豹音楽工団)

■閉会

■キャンドルデモ



主催:平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動実行委員会

HP:www.peace-candle.org

連絡先:E―mail:peacecandle2006@yahoo.co.jp

電話 03-3355-2841(四谷総合法律事務所)



賛同のお願い



賛同金:1口1000円

何口でも結構です。団体については、可能であれば5口以上の賛同をお願いいたします。


振込先:(郵便振替口座)00140-3-446364

口座名義:ヤスクニキャンドル行動 内田雅敏

 
 隠す、ウソをつく、過小に見せる――3.11東日本大震災――レベル7のフクシマ原発事故に対する政府の対応は、この国の権力を握る人たちの変わらぬ性向・体質をあぶり出しました。第二次大戦下の「大本営」とまったく同じ対応です。

 その結果、子どもを含む多くの人たちが知らぬ間にヒバクシャにさせられ、大気、大地、海は放射能に汚染されました。人びとは住み慣れた土地を追われ、フルサトとその文化すらも捨てなければならなくなりました。過酷な条件の下で、大量に被曝しながらフクシマを収束させるために働く労働者は、「トッコウ」にもなぞらえつつ、闇に葬られようとしています。その中で「死んだらヤスクニへ」などというメールすらも飛び交っています。

 他方、政府、メディアは、「がんばろう日本」「日本は強い国」「絆を」のキャンペーンを展開しています。天皇は被災地を「巡幸」して被災者を「慰め」ています。「国難」を乗りこえるため一つになること、「国難」打開のために殉ずること、献身することを民衆に求めているのです。そして、その裏で真に責めを負うべき者たちは、易々と追及を逃れています。この国の権力は責任をとりません。

 同じことの繰り返しです。原発推進の虚妄、米国への“従属”、資本のあくどさ、地方の切り捨て、自治体首長の無責任……、原発震災はこの国の闇をあばき出しました。それに蓋をするために、パラダイム転換をはばむために、今またヤスクニとその思想が利用されようとしています。

 3.11後の日本、東アジアはそれをどう見るか。「人災」が「国難」化され、責任追及がいつの間にか宙に浮いて、鵺(ぬえ)のように権力が延命していく……。そんな状況の根底にひそむヤスクニ。今年のキャンドル行動は、3.11後の日本の状況を東アジアの民衆の視座からとらえ返す場として準備し、実施していきたいと考えています。多くの方がたのご参加をお願いいたします。

マレーシア社会主義者への大弾圧を許すな

m(画像は6月初めに行われたマレーシア社会主義党の大会の様子)

以下の緊急アピールは、マレーシア社会主義党に対して6月25日に行われた大弾圧(「王制との闘い、共産主義イデオロギーの復活」を禁じた刑法一二二条違反)に抗議して発せられたものである。マレーシア社会主義党は、この間大きく成長してきた戦闘的で国際主義的な社会主義政党であり、前回の国会議員選挙では二人の当選を勝ち取った。マレーシア社会党への弾圧に対して、香港、フィリピン、インドネシア、パキスタン、スリランカなどアジアの同志たちとともに、日本革命的共産主義者同盟(JRCL)と国際主義労働者全国協議会(NCIW)もこの弾圧に抗議する声明を連名で送った。フランスNPA(反資本主義新党)からも抗議声明が出されている。(K)

 
マレーシア社会主義者への大弾圧を許すな
 
マレーシア社会主義党(PSM)



 2011年6月28日



未成年者二人をふくむマレーシア社会主義党(PSM)の活動家30人が、刑法122条(王制との「戦争」、共産主義イデオロギー再生の試み)によって検挙され、表現の自由を行使したという理由で七日間の勾留延長を受けた。この条項によって起訴されればかれらは保釈を認められない。

 PSMのグループは6月25日にペナン島のケパラ・バタスで逮捕された。かれらはPSMが6月24日から26日まで行っている「ウダッラー・ベルサララー」(もうたくさんだ、退陣の時だ)国民覚せいキャンペーンを知らせるために人びとにチラシを配っていたところだった。

 PSMが共産主義を復活させようとしているというニュースは、PSMの活動家を乗せていたバスの中で左翼指導者に共通のTシャツが見つかったということに基づいている。PSMが共産主義を復活させようとしているというニュースは、地域すべての主流派メディアが語る物語であり、想像上の敵への恐怖感を作り出すことを意味している。それは活動家弾圧のためにかつて共通に使われた戦術だった。

 逮捕された人びとの中にはPSM全国議長M・サラスワシやPSMの国会議員ジェイアクマル・デバライもふくまれている。(以下逮捕された30人の名が記されているが省略)

 PSMは、われわれの活動を国王への戦争や、旧マラヤ共産党の復活と結び付けようとしている政府の告訴を非難する。この見え透いたウソが、6月24日から26日まで行われたPSMの「もうたくさんだ、退陣の時だ」全国覚せいキャンペーンに対して使われている。無条件に釈放されると考えられていた活動家たちは、「国王への戦争」にかかわる刑法122条の下で七日間の勾留延長を受けた。

 警察の声明と現政権によるPSM活動家への告発は、根拠がなく、矛盾に満ち、政治的な動機に発するものである。したがってPSMは政府に対し、このナンセンスな行為をやめ、勾留された活動家を釈放し、この無根拠な告訴に対して謝罪するよう要求する。

 PSMは、共産主義の指導者をイメージさせるTシャツを発見したというだけの理由でPSMを「共産主義者」と結び付けようとする政府を、むしろ笑うべき存在だと感じている。こうしたTシャツはきわめて公然と売られており、いかなる問題もなく誰もが買うことができるのだ。さらにマレーシア政府は、中国、キューバ、ベトナムや他の多くの諸国の共産党と政治的・外交的関係を結んでいる。

 さらに、マレーシア政府は1989年にMCP(マラヤ共産党)と平和協定を結び、ラシド・マイディン、スリアニ・ダン・アブドゥラなどの古参の共産党指導者は、「マレー国王陛下」スルタン・アスラン・シャーへの忠誠を誓って謁見を許されたのである。かくしてポスト冷戦期において共産主義の妖怪を連れ戻すことは、民衆の間に恐怖を引きこんで権力にしがみつき、厳罰主義的な国内治安法の適用を正当化しようとするUMNO―BN(統一マレー国民組織―国民戦線)体制の絶望的な動きである。

 PSMは、合法的活動を行い、よく知られた、人気のある公認政党である。PSMはつねにPKMM、API、AWAS、そしてMCP(マラヤ共産党)などの左翼政党が独立闘争において果たした貢献を認識してきた。PSMがこうした左翼諸政党を認めてきたことは、わが党がMCPの復活を試みているという狭い解釈にとどまることを許すものではない。

 UMNO―BN体制によるメディア支配は、この告訴を7月9日に予定されているベルシフ2・0集会(訳注:民主主義、自由で公正な選挙を求めてクワラルンプールで呼びかけられている行進)から人びとを遠ざけるためものとして浮かび上がらせている。「もうたくさんだ、退陣の時だ」BN(国民戦線)運動は、ベルシフ2・0集会とは関係ないが、PSMはベルシフ2・0集会を支持している。しかし警察はベルシフ2・0集会をやめさせるために両者につながりがあるかのように見せつけている。

 PSMは、PSMに敵対する行為が、警察によって系統的に計画されたものであることを知っている。それは大きなはずみをつけ、民衆からの大衆的支持を得ているベルシフ2・0集会を阻止するための大規模な弾圧を行い、政府が国内治安法の発動を正当化するために「敵対的」環境を作り出す意図をもってなされている。

 PSMに対する警察の行為は、労働者と民衆の権利のためにわれわれが闘い続けることを阻止できない。

 われわれは地域的・国際的連帯を求めている。現在PSMは国内で唯一の社会主義大衆運動であり、われわれはこの大きな闘いを継続するだろう。

 社会主義万歳!

 PSM万歳!



S・アルチェブラン(PSM全国書記長)
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