虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

社会主義-反資本主義

報告:反資本主義の共同から21世紀の社会主義へ―第四インターナショナル第17回世界大会決議集発刊講演会

配信:アジ連写真 10月19日、アジア連帯講座は、文京区民センターで公開講座「反資本主義の共同から21世紀の社会主義へ―第四インターナショナル第17回世界大会決議集発刊講演会」を行った。

 2018年2月、第四インターナショナル第17回世界大会(ヨーロッパ)が開催され、
アジア・オセアニア、中東、アフリカ、欧州、南北アメリカの三六カ国の仲間が参加した。論点は、①「資本主義的グローバル化、帝国主義、地政学的カオスとその意味」、②「資本主義による環境破壊とエコ社会主義オルタナティブ」、③「社会的激動、反撃、オルタナティブ」だった。

 世界大会は、新自由主義的グローバル化の危機と、レイシズム、あるいは排外主義的ポピュリズムの広がりの中で、労働者民衆の新たな反撃を組織し、反資本主義的オルタナティブへの水路をいかに切り拓いていくかという問題意識の下に熱心な論議が展開された。つまり、労働運動の不均等発展の中での課題、自己組織化と協同組合、農民の闘い、民主主義・社会的公正を求める運動の位置、社会における失業青年の位置、暴力・レイプ・「フェミニサイド」(女性へのジェノサイド)に反対し女性の権利を守ること、LGBTプラスの闘い、移民の権利を守る闘い、地球温暖化に反対する運動について各国の仲間たちから様々な闘いのうえで報告された。世界大会の論議を決議集としてまとめた。

 講座は、大会に参加した国富建治さん(新時代社)、大道寺毅さん(労働者の力社)から問題提起を受けた。

 国富さんは、「第四インターナショナル第17回世界大会に参加して」というテーマから次のように提起した。

 「私が最初に参加した世界大会は、1991年の第13回世界大会でソ連・東欧ブロックの崩壊と湾岸戦争の開始という情勢だった。続いて2003年、第15回大会は、反グローバリゼーション運動の拡大とイラク戦争下だった。2010年 第16回世界大会は、08年のリーマンショックを受けてオルタグローバリゼーション運動の困難に直面した。さらに、あらためて中心的テーマとして強調されたのは『気候変動』の問題であり、エコ社会主義問題だった」。

 「今回の世界大会は、新しい反資本主義的左翼再編問題、例えば、フランス・NPAをはじめとした左翼再編の困難性についても改めて自覚的にならざるを得ない。同時にアジアでは、フィリピン・IIREマニラ、パキスタンのアワミ労働者党(AWP)の積極的な活動、朝鮮半島(とりわけ韓国との関係)、香港の仲間たちとの関係をいかに豊富化させていくのか、その責任は大きい。アジアの同志たちにとっては、日本に同志たちがいて、活動を継続している という事実そのものが貴重なことなのだろうと思う。そのあたりを意識してわれわれの政治論議を積み重ねよう。とりわけ安倍改憲のタイムスケジュールが煮詰まっていく中で沖縄闘争の政治的意味、天皇代替わり問題、2020年五輪に対して、国際主義をどう貫くかが求められる」。

 大道寺さんは、「総括的感想」を次のように提起した。

 「主に『社会的抵抗』議題の論議において、第一に資本主義の歴史的な限界を底流とした、総体的な深い危機という客観的な現実の捉え方に対する不一致はない。だが、不一致は現実に対する対応の方向性だ。民衆の闘争体制(階級意識の後退、社会主義の否定的認識)に対する政治、その克服と再建のあり方に対する違いがある。討論は極めて活発であり、型にはまった発言ではなく、各々の活動から得ている実感を基礎においた模索がにじみ出ていた。また、その中で制度化への吸収というリスクにどう対処するか、にも明確な問題意識が見られた」。

 「議論の中では、伝統的な改良主義の指導部が総逃亡している状況の中で、各国の同志たちが多様な戦線での民衆的抵抗を組織する重要な部分になっていることが示されていた。その中で新しい型で階級闘争を再建しつつ、それを足場とする世界的な社会主義革命の道筋・経路をどうつかみ取るか、という強い問題意識が広く感じられた。その上で、階級闘争に有益な幅広い政党建設、それを通じた力関係転換に向けた挑戦という任務設定に対する幅広い共有感覚があった。この活動実践での経験を裏付けに、討論を先の戦略的方向の探究に向けてどれだけ具体的に深めていけるかが今後の課題だと思われる」。

 提起を受けて質疑応答、討論を行い、今後も「第四インターナショナル第17回世界大会決議集」や「週刊かけはし」を通して継続討論をしていくことを確認した。

(Y)

 

報告:11.4シンポジウム 世界を揺るがした100年間~世界史からみたロシア革命

PB040244 11月4日、「シンポジウム 世界を揺るがした100年間~世界史からみたロシア革命」を亀戸文化センターで行った。主催は実行委、共催がトロツキー研究所、アジア連帯講座、東アジア研究会。参加者は83人。

 1917年のロシア10月革命から100年。この史上初の社会主義革命は、労働者の権利獲得、民族自決、男女同権、反戦平和などを実現した。その後のスターリニスト的歪曲にもかかわらず、一〇〇年ものあいだ世界を揺るがせ続けてきた。いま改めてロシア革命を世界史の中に位置づけるとともに、ヨーロッパとアジアに及ぼしたその影響を振り返った。

 開会あいさつが山本大さん(トロツキー研究所)から行われ、「1989年のベルリンの壁崩壊に始まった東欧民主革命は、ソ連の影響下にあった東ヨーロッパ全体に及び、1992年、共産党の独裁下にあったソ連も崩壊した。こうした一連の事態からロシア革命と社会主義の歴史は一党独裁の負の歴史であるとして否定的に捉え、またヒトラーやムッソリーニの全体主義と並べて、スターリンによる独裁を左右の全体主義として歴史の闇に葬ろうとしている。シンポジウムは、こうした流れに抗し、また、ロシア革命とその後の歩み全体を賛美して、肯定的に総括しようとするものとも無縁だ。世界初のプロレタリア社会主義革命であり、永続革命として行われたロシア革命を世界史の中で検証していきたいと考えて企画した」と発言し、シンポジウムの討論の方向性を示した。

報告─森田成也さん

 森田成也さん(大学非常勤講師)は、「世界革命としてのロシア革命――ヨーロッパ、ロシア、アジア」をテーマに以下のように報告した。

 「ロシア革命の成立条件の国際的文脈と国際性」について、「その国内的諸条件として歴史的後発性、不均等複合発展の産物としてのロシア社会の特殊性、ブルジョア民主主義的課題の歴史的先送り、ブルジョアジーの反動化、労働者階級の発達とヘゲモニー、同盟者としての農民階級の革命性、都市のヘゲモニーがあり、これらがすべて合わさって典型的な永続革命的軌道をたどった。また世界大戦と帝国主義の最も弱い環としての国際的条件が存在していた」。

 「思想的諸条件としてはマルクス主義の国際性、多民族国家ロシアにおける少数民族の革命性(とくにラトビア人、ユダヤ人、 ポーランド人) があり、最終的勝利の条件としてヨーロッパ革命を展望していた。しかし第一次大戦後のヨーロッパへの波及と挫折(ドイツ、 オーストリア、イタリア、ハンガリー、等) によってロシア革命が完結しうる国際的条件の強制的停止とスターリニズムへの軌道の開始となった。また、ロシア革命はアジアへの巨大なインパクトを与え、第二次中国革命の高揚を作り出したが挫折の道を辿った」。

 「ロシア革命の世界史的位置づけと世界史的意義」について、「ロシア革命は、欧米周辺国および植民地諸国に下からの近代化、民主主義化の過程を可能としたこと(それは勝利の軌道を描いた場合には社会主義革命と必然的に結合する)と、欧米社会それ自身に社会主義的要素を大なり小なり取りこむことを余儀なくさせた(福祉国家化)。ロシア革命は、社会的平等(労働者・農民の権利、女性・少数民族・同性愛者の権利、植民地解放と民族自決権)を重視する現代社会の基礎をつくり出した。逆説的なことに、ソ連東欧の崩壊は資本主義世界システムの進歩的生命力の終焉をも意味した」と指摘した。

 さらに森田さんは、「『永続革命の時代』終焉後の21世紀はいかなる時代になるのか?」と問いかけ、「理論的推論」として「世界の資本主義化の完了と世界資本主義の危機の深化を前提にして、世界、とくに先進資本主義国を(再度)中心とした『反資本主義革命の時代』(21世紀) だ。つまり、社会主義的意識・展望の大幅な後退と、資本主義それ自身の危機・行き詰まりの深化という歴史的矛盾があり、21世紀が本当に『反資本主義革命の時代』になるかどうかは、今後の展開と主体的努力しだい。 未来はいい意味でも悪い意味でも決定されていない」と集約した。

報告─中村勝己さん

 中村勝己さん(大学非常勤講師)は、「ヨーロッパから見たロシア革命」をテーマに報告した。

 「はじめに」では、「ロシア革命はレーニン、トロツキーらが唱える『プロレタリアートの独裁』を実現したものとみなされ、これをめぐり彼らボリシェヴィキのリーダーたちとヨーロッパのマルクス主義者たちが論争を繰り広げた。カール・カウツキー(1854~1938)、ローザ・ルクセンブルク(1871~1919)らである。いずれも革命のあり方およびその後の社会の運営の原理として『プロレタリア独裁』を認めるが、その内容がかなり異なるところが興味深い。論争の際の論点はたくさんあったが、今回はあえて『社会主義革命と自由主義、民主主義は両立するのか? 例えばロシア革命で憲法制定議会を解散させたことは正しかったか?』をめぐる論争に絞って見てみることにする」と中村さんの問題意識を提起した。

 そのうえで「ロシア革命論争」として

①カウツキー『プロレタリアートの独裁』における「公開性と多元性」

②レーニンのプロレタリアートの独裁論

③ローザ・ルクセンブルクの『ロシア革命論』に見る「民主主義と自由」を比較分析し、「ローザの独裁批判は、カウツキーとは異なり民衆の自由を拡大するものとしてロシア革命を肯定的に捉えている。しかしまた、カウツキーとローザの独裁批判にはある種の共通点も見てとれる。それは、民主主義(人民主権)には多元性(複数性)を保障する論理が必要だという視点である。西欧で多元性を重視したのは自由主義の伝統である。自由主義の視点をカウツキーは明示的に、ローザは暗黙の形で前提としている。そして彼らの批判は、レーニン死去後、スターリン独裁体制の成立により裏づけられたともいえる」ことを明らかにした。

 次に中村さんは、「 グラムシとロシア革命――『資本論』に反する革命」について提起し、「グラムシは、ロシアにおける資本主義発展の遅れを取り戻す力がボリシェヴェキの主体的な行動にかかっていると考えていた。これは、カウツキーの客観主義的=待機主義的なロシア革命理解への批判にもなっている。これを指して多くの研究者たちが「初期グラムシの主意主義(主体性中心主義)」と呼んでいた。青年時代のグラムシがこうした強い主意主義的傾向をもってロシア革命の意味を解釈したことの背景には、当時のマルクス主義の主流派が社会進化論的、実証主義的な傾向を示していたのに対して、そうした実証主義への「反逆」として新たな思想潮流が登場しつつあり、それにグラムシが影響を受けていたことが挙げられる」と分析した。

 さらに「グラムシ『獄中ノート』における省察――機動戦から陣地戦への転換」では、「トロツキーが唱えた『永続革命論』とは、ロシアのような後進資本主義国における革命は、大都市の労働者階級(プロレタリアート)の主導による自由と民主主義を求める革命(ブルジョア革命)をもって始まり、そのまま中断することなく、社会主義革命へと連続していかざるをえないこと、また、その革命は先進資本主義諸国の社会主義革命へと連続的に波及し、その援助を受けることを必要とすることなどを骨子とする。グラムシは、この永続革命論に陣地戦論を対置し、西欧の革命を可能とする条件を考察する」と評価した。

 そして、「グラムシは、市民社会における知識人の役割、アメリカニズム(フォーディズム)の導入による労働と生活の規範の規律化、政党としてのメディアの役割、社会運動におけるサバルタン(従属的諸集団)の自立の過程、〈現代の君主〉としての政党の役割などのテーマを掘り下げていく。その際に注目されるのはつねに〈ヘゲモニー〉というミクロな権力作用である。物理的な強制力とは別の精神的、文化的、道徳的などの影響力がいかに国家権力による支配を支えているか、民衆はいかにそこから自立するのかが注目されている。このように獄中期グラムシの主要な関心は、ロシア革命の再審よりも来たるべき西欧革命の方向性を探ることにあったと言えるだろう」と語った。

 また「来たるべき革命は、機動戦か陣地戦か、情報戦か空間占拠戦か、といった戦術レベルでの議論をする前に、そもそも私たちが目指すべき社会とはどのような社会なのかという戦略レベルでの議論をしないと、ロシア革命を参照点とする左翼は21世紀の遠くない将来に消滅するだろう。そうならないための議論を、ロシア革命100年に際しても継続することが必要だと私は考える」と問題提起した。

 2人の報告に対して湯川順夫さん(トロツキー研究所)は、「複数制と民主主義」の論点についてダニエル・ベンサイドの「21世紀マルクス主義の模索」を紹介しながらコメントし、論議の深化を呼びかけた。

報告─江田憲治さん

 江田憲治さん(京都大学教授、中国現代政治思想史、中国共産党史)は、「ロシア革命論の継承─中国・陳独秀の場合」をテーマにして、「ロシア革命における革命理論が中国でどのように継承されたのか、この問題を、中国共産党の創立者にして初期指導者(1921~27年)、そして中国トロツキー派の指導者(の1人)であった陳独秀について検証しようというのが、本報告のねらいである」と述べた。

 そのうえで①はじめに─陳独秀と中国革命②陳独秀=「2回革命論者」説の検討③中国トロツキー派の成立と「永続革命」論争についての分析を報告した。

 さらに④「陳独秀における民主主義と社会主義」について、次のように指摘した。

 「陳独秀がロシア革命の革命論から継承していたのが、民主主義についての議論である。トロツキストとしての彼の場合、民主主義闘争から社会主義革命達成、民主主義と社会主義との併存を説き続けていたことは確かである。陳独秀は『われわれの現段階での政治闘争の戦術問題』では、民主主義そのものをブルジョアジーの専売特許とは見なさなかった」。

 「プロレタリアートは、何の遠慮会釈もなくブルジョアジーのこの切っ先鋭い道具(民主主義)を借用して、ブルジョアジーに対抗するべきなのだと言っている。さらに『ブルジョア民主主義の視点は、プロレタリア民主主義の起点につながる』と述べ、両者の同質性を指摘し、さらに『徹底した民主主義の国民会議の実現要求を通して行われる武装暴動で、プロレタリアの政権を実現し、同時に徹底した民主主義の国民会議を実現する。これがわれわれの観点である』と結論づけている」。

 「陳独秀のこうした論点は、陳独秀が獄中からトロツキー派の機関誌に掲載させた『プロレタリアートと民主主義』(『火花』1936年3月)でも、そしてまた『陳独秀最後の論文と書信』(1948年)に収録された彼のトロツキー派宛ての書簡(1940年)や、『私の根本意見』(1940年)で、より明確なかたちで(後者ではボルシェヴィキのプロレタリア独裁に対する糾弾を含みながら)、提起されることになる」と重要な示唆をしていることを強調した。

 江田報告に対して長堀祐造さん(慶應義塾大学教授、中国近現代文学─魯迅及びその周辺)は、「中国トロツキスト回想録―中国革命の再発掘  王凡西」(1979年) や「陳独秀文集」(2016年)を紹介し、「中国革命と陳独秀」の歴史的意義についてコメントした。

 質疑応答と討論を行い、最後に国富建治さん(アジア連帯講座)から閉会あいさつが行われ、「ソ連邦の崩壊という現実からロシア革命の歴史的意味を否定的に解釈するのではなく、その過程でのさまざまな可能性をつかみとり、今日の現実作業と重なりあわせて対象化する作業を今後も続けていこう」と集約した。


(Y)
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