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【香港】思想を大いに解放しよう~独立を目指さない自決権について

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1月14日、香港政府の梁振英行政長官が今年の施政報告を行った。民主派議員らは黄色い雨傘を掲げて抗議の意味を込めて退場した。梁行政長官は施政報告の説明で、香港大学学生会の機関誌『学苑』2014年2月号が「香港民族 命運自決」と題する特集を組んで、そのなかで香港独立を主張したと厳しく批判した。雨傘運動の中でも中国嫌いの「香港本土派」らが盛んに「香港独立」「中国国内のことなど関係ない」という主張を展開し、中国の民主化がなければ香港の独立どころか高度な自治さえも実現することができないと訴える社会運動派に対する敵がい心をあからさまに表現していたことは、區龍宇氏による一連の論評でも紹介してきたところである。以下は、區龍宇氏が「民主的自決権派」という立場から今回の問題を論じたもの。原文はこちら。(H)

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思想を大いに解放しよう
独立を目指さない自決権について


區龍宇

2015年1月16日

梁振英(行政長官)の『学苑』に対する攻撃は、準備されたものであり、香港独立派に対して先手を打ち、反す刀で主流民主派に立場表明を迫ったものである。梁家傑(民主党派の公民党党首)は梁振英から香港独立を支持するのかと追及され、やや受動的かつ簡単に、香港独立に反対すると答えた。だがこれが民主派の立場であると受け取られてはかなわない。さらに重要なことは、梁家傑 のような答えは、主流民主派がそもそも情勢の推移に追いついていないことを暴露するものである。民主主義の立場に立ち、戦略的な観点から答える、次のようになるだろう。

1、香港人には自決権がある。香港の真の民主派は、これからは「民主的自決権派」と名乗るべきである。(原注1)

2、自決権には独立する権利も含まれる。

3、独立する権利は、イコール、独立しなければならないということではない。去年のスコットランドの独立を巡る投票では、多くの有権者が自決権を支持した(独立を問う投票に参加した)が、結果は独立反対が多数を占めた。

4、つまり民主的自決権派は二つに分類することができる。独立をめざす自決権派と独立を目指さない自決権派である。

5、大多数の香港人は、(独立や自決権ではなく)高度な自治のみを願ってきたが、今日の情勢下においては、自決権をかちとらなければ自治さえも危ういということが明らかになった。

6、自決権は擁護するが独立は目指さないという価値観は、大多数を結集させることができるし、また柔軟にとらえることができる。だが独立を目指す自決権の場合は、独立と自決のどちらの実現も難しいだろう。それゆえ後者の立場は支持できない。(原注2)

7、独立を目指す自決権派は、反中国人主義と決別しなければ、支持されないばかりでなく、自ら墓穴を掘ることになるだろう。

8、香港人が自決権を実現しようとするのであれば、中国大陸人民の共感と支持をかちとり、中国政府をけん制することができれば、実現の可能性がでてくるだろう。逆に、すべての中国人を敵視する排外主義は、たとえいかに「香港の利益」を打ち出すことで粉飾したとしても、実際には一部の政治的ポピュリストのために危険な火遊びを行うことにしかならない。それは香港の民衆を袋小路に追いやることになるだけである。

9、独立を目指さない自決権派は、独立を目指す自決権派と連携して言論の自由(香港独立の主張を含む言論の自由である)を防衛するとともに、政治路線においては違いをはっきりとさせなければならない。

10、香港の自治権は空前の危機に陥っている。香港人はさらなる思想の解放、大胆な発言し、自由な思索が必要である。政権によるいかなる言論抑圧の試みに対しても、全香港人による共同の反撃が必要である。


(原注1)民族だけが自決権があるわけではない。民主主義の原則から以下に自決権を導き出すべきかについては、筆者による『自決権を誤解する郝鉄川氏』を参照してほしい。「主場新聞」に掲載され[同サイトは閉鎖:訳注]、現在は以下のサイトで閲覧できる。http://www.workerdemo.org.hk/0001/20140413.01T.pdf

(原注2) これに関する見解については、筆者はこの一年の間に「主場新聞」「独立媒体」「明報」などで述べてきたところである。

【香港】新しい世代、古い路線?

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▲学生団体と香港政府の対話(2014年10月21日)

新しい世代、古い路線?

區龍宇


11月20日、学生連合会の代表と政府との二回目の対話---。

周永康・学聯代表 「10月21日の第一回目の対話のあと、もっと大きな事件に発展しました。各業界でストライキが発生しています。もし政府が譲歩しないのであれば、さらに大きな怒りを買うことになります。」

林鄭・政務司司長 「しかし街頭占拠に反対する人たちも、それ以上にいるではありませんか。」

岑敖暉・学聯代表 「選挙制度改革は中央政府の専権事項なので香港政府には権限がないと主張し続けるのであれば、私たちは一歩下がって次のことを要求します。労働者・学生連盟の『民主憲章』にある民生に関する事項のすべての要求を受け入れてください。これらの事項はすべてあなた方自身に決定権があるのですから!」

林鄭 「それらについてはゆっくり検討しましょう。あなた方は恫喝的な態度で私たちに要求を迫るべきではありません。」

梁麗幗・学聯代表 「私たちは恫喝などしていません。ただ庶民は我慢の限界なんです。街頭の占拠者だけでなく、たくさんの労働組合もすでに準備ができています。もしも市民のための公共住宅建設を拒否したり、団体交渉権と40労働時間の法制化を拒否したりすれば、人々はすぐにストライキに突入するでしょう。この第二派のストライキは、第一波のストライキのときよりも強烈でしょう。なぜなら要求実現の権限があなた方にあることをみんな知っているからです!」

林鄭 「それらの議題についてはすぐに諮問手続きに入ることを検討して・・・・・・」

周永康 「具体的な期日を明言してください。庶民は大変苦しいんです。それが分からないのですか?それにもかかわらずタバコ税は倍に引き上げられます。どうして労働者たちが禁煙することが大変なのか分かりますか? 毎日長時間働いて、仕事だって楽じゃないんです。林鄭司長!タバコでも吸わないとやってられない。分かりますか? 健康のためだというんなら、労働時間を短くすれば、タバコ税を引き上げる必要などありませんよ。仕事が少しでも楽になれば、タバコに頼る必要も減るんですから、司長!」

◆ 亜洲電視社員の労働の尊厳はいかに?

この対話はもちろんフィクションである。

だが、もしこのような状況であれば、労働者の尊厳はもう少しましなものになっていただろう。クリスマスと正月を目前に控えた亜洲電視(アジアテレビ)の社員らが賃金遅配の憂き目にあうという事件は起こらなかっただろう。あるいは少なくとも労働者らの怒声が悪徳資本家たちを震え上がらせることができたかもしれない。タダ働きほど耐え難い屈辱はない。

亜洲電視の社員の多くは、普段は自分のことを「労働者」というよりも「専門分野の人間」あるいは「中産階級」だと思っていたかもしれない。しかし今回の賃金欠配事件は、ほかでもなく次の事実を明らかにした。つまり彼ら彼女らも確かに労働者であり、確かに経営者階級と利害が対立しており、しかもその対立は経営者たちに踏みつけにされていることで発生しているのである。昨日の報道によると、亜洲電視の数人の経営陣の資産合計は720億香港ドル余りに上るが、欠配賃金は1500万香港ドルに過ぎない。つまり経営者らの資産総額のわずか0.02%に過ぎないにもかかわらず、それっぽちも払おうとしないのである。これは搾取というだけでなく、屈辱でさえある。

香港全土の労働者は300万余りで、総人口の約半数であるが、「普通選挙権を持っていない」と「労働の尊厳を持っていない」という「二つの持たざる者たち」でもある。(2013年の)港湾労働者の争議で、ある労働者の代表がこう語っていたことを思い出す。「仕事をするならすぐにしろ、したくないならとっとと出て行け、という職制の口癖は、みんなの憎しみの的だったね」。労働時間規制もなく、団体交渉権もない。労働権や休憩する権利の保障はわずかなもので、自分の退職金は銀行の強制積立金になってしまう。これら一切の事柄はここで詳細に述べるまでもなく周知の事実である。

◆ 「二つの持たざる者」は社会変革を求める

人々は二つの権利(民主的権利と労働権)を奪われたままになっているのだから、民主主義と民生保障はどちらもかちとるべきである。普通選挙の実施だけを求めるシングルイッシュー路線は間違いである。だが残念なことに主流民主派は一貫して大資本に親和的な路線をとっており、普通選挙以外の要求をかかげてこなかった。しかも普通選挙の要求でさえも、真剣に実現しようとはしてこなかった。

これら主流民主派はすでに民主化運動を指導することはできなくなっている。一方で労働者市民らはますます政治化し、さらに多くの労働者市民が雨傘運動に参加した。いまでも雨傘運動を学生運動としか考えていない主張もあるが、それは正確とはいえない。簡略化を恐れず言えば、旺角ではブルーカラーが多く、金鐘ではホワイトカラーと自営業者が多かったが、ブルーカラーもホワイトカラーもどちらも労働者階級であることにかわりはない。だからであろう、それぞれの占拠区では、庶民らによるメッセージ(ポスター、各種の宣言、イラスト、横断幕など)、労働団体や学生連合会を含む社会組織にいたるまで、それらすべてにおいて民生保障を求める声を発していたのである。しかし、このような真の民主主義の訴えが(民生問題を訴えない民主主義は真の民主主義にあらず)、民主主義一般の訴えから自立した形で大きく響き渡らなかったことも事実である。もちろんそれには客観的な原因がある。しかし普通選挙を求める運動において労働団体の路線が、上層の中産階級路線と明確な区別をつけることができなかったことも、ひとつの原因といえるだろう。

◆ 労働者と学生の同盟は自主的そして自覚的に

労働団体が去年初めのオキュパイ・セントラルの開始当初から学生と一緒に、主流民主派の普通選挙シングルイッシュー路線から離脱して、民主と民生の両方を掲げていれば、雨傘運動の初期に打たれたストライキの規模も少しは大きくなっていたかもしれない。あるいは規模の拡大はなかったかもしれないが、すくなくとも労働者市民からの支持は大きくなっていただろう。反オキュパイ運動との世論の引っ張り合いでも、有利な状況になっていただろう。もっと重要なことは、主流民主派に追従すして沈みゆく船に乗り込むという、骨折り損のくたびれ儲けになることもなかっただろう。

しかし、香港社会の満身創痍の理由が普通選挙権の不在だけではないことは、誰もが知っていることだ。それは1%と99%という、極度の貧富の格差が存在する社会ゆえのことである。そして99%に含まれる大学生や卒業生らも、その多くが労働者への道を歩むことになる。このような99%の人々が、全面的な社会変革を訴えたのである。だが従来の民主派の路線はそれとは異なり、香港民主化運動の目標を普通選挙シングルイッシューに制限し、労働運動、そして学生運動さえもその付属物としてしかみなさなかったのである。当然である。それこそ大資本に迎合する上流の中産階級の路線なのだから。奇妙なのは、この路線においては敗者にしかならない労働団体が、何ゆえに主流民主派と運命を共にしたのかということだ。

考えられる理由の一つは、独立した民主的労働運動の路線を掲げることで、民主化運動が分裂するのではないかという心配である。しかし、それは考えすぎだし、独立した運動であっても対立せずに協力することは可能である。それに何よりも、労働運動の圧力によって主流民主派が新しい路線を歩み始めるという選択肢を、どうして初めから排除するのか。一歩下がって、彼らがそれを受け入れないとしても、労働者と学生の同盟が独立した旗幟を掲げることは他の民主派を妨害することではない。必要に応じて協力すればいいことだし、別個に進んで共に撃てという方針のもと、共同の敵に対抗すればいいのである。

◆ 古い路線にサヨナラしよう

民主化運動の大衆的基礎を拡大しようとするなら、普通選挙の実現と同じくらいの力の入れようで、富の再分配を要求すべきだろう。もちろんこうした方針は財界の大物や上流の中産階級が喜ぶところではない。だが問わなければならないことが一つある。いったいどれだけの財界の大物が、真の普通選挙を支持しているのか、ということだ。次にオキュパイ10氏(宗教家、教員、医師、メディア主宰者ら10人のオキュパイ応援団:訳注)らが雨傘運動の進展の中でとった態度をみても、いったいどれだけの上流の中産階級たちが犠牲を厭わずに真の普通選挙を実現しようと考えていたのかがわかろうというものである。民主化運動の力は青年学生と中下層の労働者階級にある。

雨傘運動を担った若者に対して、次は選挙に取り組むべきだと鼓舞する声が聞こえてくる。主流民主派もできるだけこれらのニューフェイスを起用しようとするだろう。次回の選挙では主流民主派のリーダーたちの選挙リストの順位を二番目か三番目にすべきだという意見も聞かれる。それも道理のないことではない。しかし改めて問われなければならないことは、ニューフェイスの起用も結構だが、路線が古いままであれば、結局のところ新しい革袋に古い酒を入れる(中身は変わらない)のと同じではないのか。

新しい世代には新しい路線が必要である。それは労働者と学生が同盟し、民主と民生を掲げて、ともに社会変革を実現するという路線である。そうでなければ面白くない。

2015年1月9日

原文
http://www.pentoy.hk/%E6%99%82%E4%BA%8B/a405/2015/01/09/%E5%8D%80%E9%BE%8D%E5%AE%87%EF%BC%9A%E6%96%B0%E4%B8%96%E4%BB%A3%EF%BC%8C%E8%88%8A%E8%B7%AF%E7%B7%9A%EF%BC%9F/

【香港】抵抗者の言

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▲最後のオキュパイに参加する周保松さん(中)


香港紙「明報」2014年12月21日の日曜版に掲載された中文大学政治行政学部講師の周保松さんが金鐘オキュパイ最後の座り込みに参加した体験記を、三回の連載の最初のみだが翻訳・紹介する。原文のコピーはこちら


抵抗者の言(上)

私は2014年12月11日午後5時1分に金鐘(アドミラリティ)夏愨道(ハーコート・ロード)で正式に香港警察に逮捕された。容疑は「違法集会」と「公務執行妨害」であり、これは私が市民的不服従を選択したことで引き受けた刑事罰である。私の人生プランにおいて、こんなことになろうとは考えたこともなかった。このような一歩を踏み出したことで、今後の人生においてどのような影響がでるのかは、いまのところ予測はできない。だが記憶と感覚が残っているうちに、自らの経験と思うところを書き記し、歴史の記録としたい。

私が、学生連合会の呼びかけに応えて警察の強制排除の際に逮捕されるまで非暴力で座り込むことを決めたのは、12月10日の夜8時過ぎのことだ。その時、私は干諾道(コンノート・ロード)にある人通りの多い陸橋の中央分離帯の上で、薄赤くなった空を眺めながらそっと寝ころんで、小一時間ほど経過していた。その時すでにはっきりと決意は固まっていたが、思わずそのまま寝入ってしまった。眠りから覚めると、若い女性が通りにしゃがみ込んで、「天下太平」の大きなアートを描いていた。描かれた人々は一人一人、黄色い雨傘をさしている。わたしも急に思いつき、落ちていたチョークを拾って、誰もいない所をさがして「悲観する理由はない、こうする以外にない」の二行の文字を書き記した。高いところから、眼下にある自習室を眺めるとまだ明かりがともっていた。そしてあちらこちらで立ち去りがたい人々の影が見えた。最後の夜だということを、私は理解した。

家に帰ると真夜中になっていた。私は妻に自分の考えを伝えた。妻との議論で私はなんども最後にこう言うしかなかった。「こうしないわけにはいかないんだよ」と。妻は私の決意が固いことを知り、不承不承こう言った。「明日の朝、寝坊して、起きたときにはすべてが終わっていたらいいのに」。朝8時半に目がさめたとき、ちょうど3歳の娘が保育園に行くところだった。私は娘を抱いて「パパは今晩は一緒にご飯を食べられないんだ、ごめんね」と伝えた。そして妻には、子どもの心に悪影響を及ぼすかもしれないので本当のことは伝えないようにと頼んだ。というのも、このところ、娘はテレビで警察が出てくると「警察が捕まえにきたよー」と恐怖心が入り混じる大声で叫ぶようになっていたからだ。

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金鐘に戻ってきたときには、午前10時近くになっていた。地下鉄の駅を出ると、太陽は同じように差していたが、世界はすでに同じではなかった。夏*村はすでに狼藉の後で、レノン・ウォールに貼られていた幾千幾万の願いを書いたカードはすべて撤去されており、「We are Dreamers」の文字だけがさびしく壁に残されていた。(ジョンレノンの「イマジン」の歌詞に出てくる:訳注)「失望しても絶望はしない」と書かれていたところにはいまは何もなく、「初心は愛」という大きな文字だけが残されている。文字の色は白く、用紙は黒く、そして壁は灰色だった。9月28日、わたしはこの壁のすぐそばで、傘をさして無数の市民らと一緒に、最初の催涙弾の洗礼を受けた。その時には、まさかそれが香港の歴史の転換点になるとは思ってもいなかった。さらには、その75日後には中文大学政治行政学部のトレーナーを着て、無数の市民らと一緒に満員電車に乗車し、金鐘の駅で降りて、彼らは出勤し、私は逮捕されに行くことになろうとは思ってもいなかった。

レノン・ウォールの前にしばらく黙して立ちすくんでいると、陽の光に照らされて、Johnson(楊政賢)とEason(鍾耀華)が手をつないでこちらにやってくるのが遠くに見えた。二人はともに中文大学政治行政学部の学生で、中文大学の元学生会長だ。Johnsonは民間人権陣線の呼びかけ人の一人でもある。Easonは学生連合会の執行部書記で、政府との対話に参加した5人の学生代表の一人。のちの強制排除のときには、Easonは最初に逮捕され、Johnsonは最後に逮捕された。私たちは多くを語るわけでもなく、「We will be Back」の横断幕のところで一緒に写真を撮り、夏愨道と添美道(ティムメイ・アベニュー)の方へと一緒に向かった。そこでは、不服従の市民らが座り込んで最期の時を待っていた。

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◎ 政府は「権威」から「権力」に堕落した

しかしついてみたら、その場にいる人はかなり少ないことがわかった。座り込んでいる人も200人ほどしかおらず、周囲にいる記者や観衆よりもかなり少ない。さらに意外だったのは、多くの民主派の議員らもそこにいたことだ。また李柱銘(マーティン・リー、元民主党党首)、黎智英(アップルデイリー会長)、余若薇(公民党主席)、楊森(元民主党党首)などもいた。これは私が昨晩想定していたものとはかなり違っていた。わたしはもっと多くの若者がこの場に残るのではないかと考えていた。だからといって失望しているわけではない。むしろ幸いだったとひそかに思っている。というのも、これまで若者たちは多くの代償を払ってきており、これ以上の苦難を味わう必要はないと思っていたからだ。

だがもっと深い理由を考えると、この二か月余りの経験の中で、若い世代の市民的不服従に対する理解が根本的に変化したのではないか、と私は考えている。ルソーの「社会契約論」に絡めていえば、香港政府はすでに「権威」(authority)から「権力」(power)へ堕落する過程に深く入り込んでいるということだ。正当性のない権力は、せいぜいのところ人々を恐怖で屈伏させるだけにすぎず、政治的な義務感を生じさせることはできない。そして市民が服従する義務を感じなければ、市民的不服従においてもっとも核心的な「法律に忠実に従う」という道徳的拘束力を大いに損ねることになるからだ。

そう考えれば、香港政府の支配の正当性の危機は、今回の運動を経たことで根本的に変化した。それまでの危機は、権力が人民の投票によって権限を与えられたものでないというところに原因があったが、にもかかわらず、人々はそれでも条件付きでそれを受け入れてきたが、それは権力機構がかなりの程度みずから抑制し、手続き上の公正さと専門家倫理という一連の基本的な要求をクリアしていたからでもある。しかし現在の危機は、権力がなんら制約を受けることがないという態度で恣意的に公権力を乱用し、それが権力の正統性のさらなる喪失を導いた。その必然的結果は広範な政治的不服従である。

当初わたしは後方に座っていたが、しばらくして学生とともにいるために座り込んでいるのだから、学生たちのいるところのほうがいいだろう、ということで前から二列目の一番右側に座り込んだ。わたしの隣にはmenaという若い女性が座っていた。彼女は学生だと思っていたが、聞いてみると社会人だという。10月から学生連合会の手伝いをしているといい、数多くいたボランティアのなかで唯一、最後の座り込みに参加していた。なぜこのような選択をしたのかを聞いてみた。彼女は、こうすることが正しいと思ったからだと答えた。ご両親は知っているの?とさらに聞いてみた。彼女はちょっと笑って、今朝一時間かけて母親を説得したと答えた。私と同じ列には、周博賢(シンガーソングライター)、何芝君(元理工大学教員、フェミニスト)、何韻詩(デニス・ホー、歌手・女優)、羅冠聡(嶺南大学学生会事務局長、大学生連合会中執)らがいた。さらに遠くには以前学生だった黄永志と中文大学で同級生だった蒙兆達と譚駿賢がいた。私の後ろには、韓連山(道徳教育反対のハンストなどで著名な元教員の政治家)、毛孟静(民主派の公明党議員)、李柱銘(マーティン・リー、
民主党創設者)、李永達(元民主党党首)などが座っていた。しばらくして、今日の座り込みには、政党やNGOのメンバーが多く、私のような「独立人士」は多くないようだ。

◎ なぜ「こうせずにはいられなかった」のか

警察が障害物を排除する速度が遅かったことから、数時間の余裕ができた。私たちはその場に座り込んで、警察が一度、また一度と座り込みを続ける人々にすぐにその場から立ち去るように警告する放送を聞いていた。そしてオキュパイ地区は徐々に封鎖されていった。しかし現場の雰囲気は緊張したものではなく、みんなは必ず起こるであろう、そしてどのように起ころうとしているかが分かっている事柄にも、それほどの憂慮や恐怖もなかった。わたしは内心は平静だったが、ときどき座り疲れて立ち上がって、密集した記者、それほど遠くない所で警戒にあたっている警官、立体交差道の上から見下ろしている観衆を見渡し、疲労の表情を見せる学生たちを見下ろした時には、いくばかの困惑と心の痛みを感じずにはいられなかった。どうして我々はここにいるのか? どうして彼らはここにいないのか?どうして我々の「こうせずにはいられなかった」が、他の人にとってはそうではなかったのか?香港のこの街は、本当にわれわれが代償を払うほどの価値があるのか?

私は次のことを認めなければならない。警察が逮捕行動を始めたときに私の脳裏には、私は立ち上がってその場を離れれば、私は「彼ら」にならずに済み、地下鉄で学校に戻り、安穏とした生活に戻ることができるだろう、という思いが本当によぎったということを。いま私が負わなければならない責任の一切は、そもそも私の世界に属するものではなく、私自身もだれに対してもなんの約束をしたわけでもないのに、なぜここに座りづづけなければならないのか。私は自分に問うた。

これは実はこの二ヶ月間、私がずっと考えていた問題であった。私は、結局のところどのような原因でこれほど多くの若者が立ち上がり、抵抗の道に繰り出したのか、そして巨大な個人的な代償を払うことをよしとするのかを知りたいと考えていた。もちろん誰かから示唆されたり、個人的利益ためではないことはあたりまえだ。鄭[火韋]と袁[王韋]煕によるオキュパイ参加者に対する代表的な調査(11月29日「明報」)では、運動に参加した人々の中で一番多かったのは、教育水準も高く収入もそこそこあるホワイトカラーと専門職(55%以上)であった。常識でいえば、これらの人々はゲーム理論における既得権益者であることから、個人のことだけを考えるのであれば、これらの人々がそのような行動を理由はない。かれらが立ち上がった主要な理由は、「本当の普通選挙がほしい」(87%)、すなわち自由平等な市民が彼ら自身の政治的権利を行使したいということだった。

◎ 最も深い政治的覚醒:権利と尊厳

しかし民主主義が彼らにとっていかに重要なのか?それに対して、民主主義はよりよい経済生活あるいは社会的上昇のチャンスなど、かれらにその他のメリットをもたらすからだという人も少なくない。もしそうであるなら民主主義は役割的な価値しかないことになることから、このような説明にはあまり説得力がないように思える。それよりも抗議に参加する人々は、こう答えるだろうと信じている。つまり、民主主義制度によってのみ人々は平等に尊重され、人としての人生に尊厳がもたらされるからだ、と。しかしそれは尊重と尊厳が、抽象的で理想的な中産階級の「ポスト物質主義」の追求だと言いたいのではない。絶対にそうではない。人々はまさに具体的な政治と経済の生活の中で、自らに降りかかる制度の不公正と不自由を本当に感じているからこそ、平等な尊厳の尊さを徐々に経験しつつあるということなのだ。

だから、これらの価値観が人々の行動の理由になるのは、これらの価値観がとっくにある種の方法によって彼らの生命に深く浸透し、それが自分自身と不可分の一部になっていると感じているからであると、私は考えている。こうしてのみ、他人が経済的利益を用いて彼らの政治的権利を持ち去ってしまうことに同意しないのである。そしてまたこうしてのみ、彼らが有するべきと考える政治的権利が粗暴に剥奪されようとするときに、自らの尊厳が深く傷つけられたと考えるようになるのである。そしてこれによって、今回の雨傘運動のなかで青年が最も深く政治的に覚醒したのではないか。支配者と多くの大人たちにとっては、理解できない世界なのかもしれないし、人には経済人だけでなく道徳人も存在するということ、そして人はパンだけでなく権利と尊厳が必要だということを理解できないだろう。新しい世代は、自分と生まれ育ったこの街を古い価値的規範で理解したくないのである。観念が変化するとき、行動もそれに伴い変化し、新しい主体が形成される。このような政治的自我の表現と実践に対して有効な回答ができない制度は、大きな挑戦を受けることになる。この過程がどれほ
どの苦痛を経て、どれほどの代償を受けるのかは、われわれすべて――とくに支配者――が真剣に考えなければならない問題なのである!

◎ 内心の信念に対する約束

まさにこれらの問題への回答を見出そうと、私は当日、カバンの中に衣類と水、そしてクリスティーン・コースガードの『規範性の源泉』を入れていた。座り込んでいるときに、ロンドン・レービュー・オブ・ブックスの記者が興味を持って、何の本を読んでいるのかと聞いてきた。わたしたちは、喧噪のなかで、道徳と身分について話をした。「独立媒体」の記者も私のところへやってきて、なぜ座り込んでいるのかを聞いてきた。私はちょっと考えて、自分の人格を成就させるためだと答えた。もしある重要な時に、深慮熟考ののちにもある種の価値観を堅持したいと思うのであれば、それはその価値が極めて重要なものであり、それはその人の人格の一部となっていると、私は思う。このような価値観を守るためには大きな代償を払わなければならないかもしれないが、それは確実に自我を成就させる。このような成就は、他の誰かに対しての約束ではなく、自分の内心に対する約束である。

今回の運動のなかで、真剣な参加者はみんな、このような覚醒と内省を経験し、最後に自分が正しいと思う道徳的選択を行ったと、私は信じている。それゆえ、巨視的には、怒涛のように盛んな気勢は容易に観察できるが、一人一人の真実の個々人がどのようにそのなかで真実かつ着実に自分自身の信念に生きたのかを観察することはできない。排除の直前に、私は何度も立ち上がって、座り込んでいた一人一人の表情を凝視した。特に深い印象を受けた表情の3人を紹介したい。

區龍宇。退職教員。一貫して労働者の権利に関心を持ち続け、清廉で、好く書をたしなみ、その人となりは闊達正直。初対面は19年前のイギリスで、自由主義とマルクス主義について二日二晩激論を交わした。今回の運動には最初から全身全霊を投入し、フェイスブックで若者たちと自由に議論を交わし、オキュパイ各地区でなすべきことをなすなど、一般的な「60年代生まれ」のイメージとは全く異なる(実際は56年生まれ:訳注)。当日、彼は私と握手をしながらこういった。「私はもう若くないからどうってことはないが、あなたはまだ若いのでまだまだやるべきことがあるはずだ。ここに残るかどうか、しっかりと考える必要があるよ」。

周豁然。中文大学人類学科の学生。その人となりは「豁然」の名前の通り悠然とし、田畑を耕すを好み、エコロジーに関心を寄せる中文大学農業開発チームの中心メンバーで、土地正義連盟の様々な行動にも身を投じてきた。6月20日の反東北開発集会で初めて逮捕された。7月2日早朝、チャーター通りで彼女が再度警察に連行されるのを私はこの眼で見た(オキュパイ予行演習として500人以上が座り込んで逮捕された事件:訳注)。9月28日(催涙弾が打ち込まれた日:訳注)、彼女はデモの最前線にいた。後日、彼女は私に、その日は防護用のゴーグルも雨傘も持たないことにして、警察のペッパースプレーと催涙弾に対峙したと話した。座り込みの当日、彼女は朱凱迪や葉寶琳らと最後列に座り込んでいた。私は彼女に近づいてそっと、二回も捕まっているのだから、今回はその必要はないのでは、とささやいた。彼女はちょっと笑っただけだった。

朝雲。市民記者。痩せこけて顔面蒼白。目の奥には憂いを宿している。オキュパイ運動が始まってからは、仕事を辞めて、この運動のすべての過程に参加した。将来、人びとがこの運動を振り返る際に、もし朝雲が撮った写真や記録した文章がなかったら、我々がこの運動に抱く認識は全く違ったものになっていただろうと思うかもしれない。朝雲は記録者としてだけでなく、オキュパイの予行演習(7月2日)でも逮捕された。旺角オキュパイの強制排除(11月25日、26日)でも逮捕された。ここ金鐘の排除の際にも最後まで座り込み続け、最後のシャッターを押してからカメラを知人に託して逮捕された。そして銅鑼湾での排除(12月15日、最後のオキュパイ拠点)でも逮捕された。当日は彼と話す機会はなかった。私たちの間は座り込む人々が隔てており、お互いに眺めあい、目が合うと互いに微笑みあい、そして別れを告げた。

これらの友たちと一緒だったことが、わが人生、最高の幸せだ。
君たちに感謝する。

「明報」2014年12月21日(日曜版)掲載

【香港】暗闇の中で光明を探し尋ねる--大学生連合会から香港全市民に送る書

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暗闇の中で光明を探し尋ねる
大学生連合会から香港全市民に送る書


市民の皆さんへ

9月22日の同盟大休校から昨日の警察による強制排除までの長い道のりの中で、私たちは、全人代8・31決議の撤回、選挙制度改革に関する議論のやり直し、そして真の普通選挙の実現を、変わることなき目標としてきました。私たちは最も平和的な方法で当然の政治的権利の実現を粘り強く求めてきました。しかし大変残念なことに、政府は私たちの訴えを完全に無視し、この威風堂々たる民主化運動を暴力によって終わらせたのです。私たちは苦痛と怒りに包まれましたが、決して絶望はしていません。私たちは、香港というこの土地に民主主義の花が開くまで、私たちの世代が闘争を継続することを、ここに誓います。

私たちはこれまで政府高官、国家主席、総理に公開書簡を送ったことを、皆さんも覚えていると思います。これらの書簡で私たちは、事実を詳細に述べ、論拠をひとつひとつ示し、私たちが街頭に繰り出した理由を記し、香港が陥っている困難な局面の原因を分析し、選挙制度改革の必要性を力説してきました。しかし残念なことに、これらの書簡が送られましたがまるでなしのつぶてで、何の回答も得られませんでした。私たちは街頭を占拠し、政府との対話を行い、北京行きをも試みました。しかしそれによって得られたものは、軽視、恥辱、そして入国拒否という扱いだったのです。

そうです、時代は私たちを選択したのです。ここでいう「私たち」とは、世代を超えた、貧富の分け隔てなく、左右の違いのないものです。私たちはともにこの空間に生活しているのです。否応なしにこの大地に立ち、同じ空を仰ぎ見ており、同じ空気を吸っているのです。私たちの運命はつながっており、憂いや悲しみを共にしているのです。

そうです、私たちが形ある通りを封鎖したのは、すでに塞がれていた(民主化へつながる)形なき道を切り開くためだったのです。政府が民主主義を私たちに与えなかったので、自分たちでそれを実践したのです。オキュパイの期間中、私たちはコミュニティに落下傘で舞い降り、各地で民主化の理念を宣伝してきました。討論会を主催し、政治についてみんなで協議してきました。私たちはオキュパイ区域の日常的活動を、職業や貧富の分け隔てなく、いっしょに運営してきました。私たちは、政治とビジネスの共謀によって抑圧される日常が、オキュパイ区域においては創造性にあふれる発現となるようプロデュースしてきました。私たちは各々が運動の方向性について激しい議論を交わしながら、それぞれが責任を果たしながら尊重するよう努めてきました。私たちは民衆とともに、共同で責任ある活動を担ってきました。各方面からの善意あるアドバイスと批判に対して、私たちはすべての力を尽くして応え、引き受けてきました。まだまだ例を挙げればきりがありません。

政府はいまのところ民主の声に対して聞こえないふりをして、しばらくは傲慢な態度で、私たちの正当な要求をないがしろにできるでしょう。警察はデモ参加者に対して暴力的に対応し、オキュパイに反対していた人たちが別な課題で街頭に繰り出したときには、同じような対応に直面しないことを保証はできないでしょう。私たちの抵抗は、当初から香港人の共同の利益--自由と民主--を願ってのものであり、一切の私利私欲は存在しません。70日余りの中で、私たちは、様々な方法で道を切り開こうと努力してきました。しかしついに政府は警察の力で民主の訴えを排除してしまいました。

今日、太陽はいつもと同じように昇りましたが、テントの姿はなく、自習室テントはたおれ、中央分離帯にかけられた自作のステップは片づけられ、空中コンコースから掲げられていた横断幕や垂れ幕ははがされ、壁に貼られたシールは時が経つにつれて風雨に洗い流されて消えてしまうでしょう。色とりどりに飾られたレノン・ウォールの時間は終わり、すべては灰色に戻ってしまいました。

一見したところ、香港は「正常」に戻ったかのようです。そして私たちの訴えは全く目的を果たせず、今日で終わりを迎えたかのようです。しかし私たちは過度な悲観に陥る必要などないのです。なぜなら私たちが一歩一歩記した足跡、私たちが共に歩んだ道を、みなさんがしっかりと記憶しているからです。選挙制度にかんしてはしばらくは具体的な成果を勝ち取れてはいませんが、共に歩んだ道から見た風景や、ともに築いた美しいコミュニティはみなさんの心の中に刻まれているのですから。私たちの故郷の自由と民主を実現するという初心は、もはやすべてのオキュパイ参加者の生命に融合されたのです。

次の主戦場は、地域における市街戦となるでしょう。私たちはしっかりと鍛錬し、落下傘で地域に降り立ち、民主の理念を根付かせ、闘争の意識を張り巡らさなければなりません。次回の政府による選挙制度改革に関する諮問の際には、それぞれの段階で機会を利用して抵抗を継続するでしょう。闘争を堅持しさえすれば、レノン・ウォールに書かれた願いは必ず成就することを、私たちは信じてやみません。自由と平等を愛するすべての市民の皆さんは、自分たちに属するこの香港で、もっとも基本的な政治的権利を実践することが必ずできるようになります。このような願いを実現するために、一人一人がわずかの努力を惜しむことなく、ともに奮闘しなければなりません。

咲き開いた雨傘は、一つの世代を覚醒させました。民主理想の船は出航しました。その目的地に到着するまでに、香港を基盤とする互いの理解協力が私たちの願いです。雨傘運動の洗礼を受けたすべての香港人は、たとえ立場や戦術の違いがあるにせよ、いちどは同じ現場を共にした戦友です。民主化運動の嵐はこれからも巻き起こるでしょうが、すべての友人たちはそれぞれが以心伝心で、それぞれの道をともに進み、肩を並べて再び戦える日が来ることを願っています。

雨傘運動は、香港民主化運動の新たなスタートとなりました。これまでの70日余りのなかで、私たちは一緒に暗闇の中で光明を探し尋ね、現世から未来を想像してきました。私たちはつまずき、涙し、腹をすかし、傷を負ってきました。しかし私たちは一度たりとも絶望したことはありませんでした。私たちが正しい側にいることを知っているからです。どれだけ強固で高くそびえる壁でさえ、最後には崩れ落ちる時が来ることを、私たち信じてやまないからです。なぜなら時間は私たちのものであり、そして私たちは絶対にその壁を叩き続けることをやめることはないからです。

暗闇の中で光明を探し尋ね、刻下の中で未来と契りを交わしました。私たちが被ってきた一切の苦難は絶対に徒労などではありません。今日は新しい時代の序幕となる日です。私たちは必ず帰ってくるでしょう!

香港大学生連合会
2014年12月12日

原文
https://zh-tw.facebook.com/hkfs1958/photos/a.433111302871.207569.269056797871/10152623590387872/?type=1

【香港】敗北の中の勝利

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関羽(関公) 「あなたも来たのですか?」
イエス 「しかたないでしょう。政府が妨害分子を呼び集めているというから」



2014年12月15日、最後のオキュパイ拠点である銅鑼湾での強制排除がおこなわれ、9月28日から79日間つづいた「雨傘運動」のオキュパイ行動はいったん終了した。香港民主化運動は新しいステージに入る。以下は、地元紙「明報」の日曜版に掲載された區龍宇さんの文章。原文はこちら


敗北の中の勝利

區龍宇


雨傘運動は直接の目標(全人代決定の撤回)を達成することはできなかった。その意味では運動は敗北した。これを理由に、香港大学生連合会と学民思潮の両組織が、主流民主派と同じような「段階的勝利」論ゆえに運動を敗北に導いたと風刺する者もいる。先週本紙に掲載された在外の学者による批評である。奇妙なことは、これらの主張はすべて消極的な批評にとどまっており、いかに敗北的状況を転換させるのか、いかに勝利を決する闘いをすべきかなど、あれこれ語ってはいるが、建設的な意見には一言も言及していないのである。このような軍師は失格のそしりをまぬかれない。

◎消極的な批評ばかりで建設的な意見なし

建設的な意見がないこととは別に、批評そのものが論として成立するかどうかということもある。問題は批評それ自体も成立しているとは言い難いことである。

主流民主派はこの30年にわたって、いくつかの段階に分けて立法会の直接選挙枠での議席を増加してきた。そして、そのたびごとに段階的勝利を宣言してきたが、その勝利の中に敗北が含まれていることに気がついてこなかった。しかし同じような批判を雨傘運動にも当てはめてしまうことは、倫(とも)でもなければ、類(るい)でもないの極地といえる。雨傘運動の先導者たちは、闘争における勝利のために運動のグレードアップを試みたというのが事実である。

雨傘運動が運動をグレードアップさせなかったという批判はまったくのでたらめである。そのような批判者は、職工会連盟がゼネストを呼びかけたことを忘れている。わずかに太古飲料(コカコーラ)労組、ソーシャルワーカー協会、教員協会が短期間の呼びかけに答えただけで、それに続くストライキがなかったことも事実である。だが事後の総括において、いかなる方法であればストライキを成功裏に導くことができたのかを指摘するのであれば、まだ責任ある態度だと言える。しかし情勢転換のために何ら方針を提起することなく、他人の努力を無に帰すだけの批判に終始するのであれば、その批判は無責任なものと言わざるを得ない。

雨傘運動は偉大な闘争であったが、その相手は強大であり、中央政府と特区政府という二つの政府を相手に対峙したのは、完全に自然発生的で突発的な運動であり、そのような運動が勝利することは極めて難しいことは明らかである。だが民主化の戦士は預言者ではない。戦士は戦場において、多くの民衆と共に困難な状況を打開し、奇跡を作り出すために準備する。その時は敗北を喫したとしても、あきらめずに戦い続ける。これこそ戦士である。

闘争前の戦力の比較では、雨傘運動が勝利する可能性は決して高くはなかったが、なぜそれでも闘いに打って出る価値があったのだろうか。なぜなら数百数千の民衆が政治の舞台に踏み込むことで、あらかじめ決められた戦力対比に変化が加わるからである。民主化運動の第一の政治哲学は、運命論を拒否することにある。当初、雨傘運動が発展すれば、中国国内における政治的危機を誘発し、中央政府が譲歩する可能性も無きにしも非ずであることを、誰もが否定していなかった。そうなれば雨傘運動が勝利する可能性は大きくなったはずである。しかし運動をさらにグレードアップさせることができるかどうかについては、理論からその知識を導き出すことはできない。それはただ実践を通じてのみ確認することができるのである。

そして事実が証明しているように、雨傘運動は戦後香港における最大の民主化運動であったにもかかわらず、それをグレードアップさせる力はなく、それゆえに敗北した。だがなぜグレードアップが容易ではなかったのかについては、運動そのものに深い原因があるが、運動にかかわった人々の共同の検証で原因を究明すべきである。それをせずにスケープゴートを持ち出そうとすることは、なんの展望もない行為でしかない。

◎失敗にも三つの種類がある

敗北にも三つの種類がある。ひとつは恥ずべき敗北である。たとえば日清戦争における敗北、あるいはドイツの社会民主党と共産党が1933年のヒトラー政権台頭の前後に互いのセクト主義の非力さによって、共同でナチスに立ち向かうことができずに被った徹底的な敗北がそれである。

二つ目の敗北は、目標は正しく、尽力にも敬意を払えるものだが、力不足ゆえに被る敗北である。最後の敗北は、二つ目の敗北にさらに一言付け加えたものである。つまり、運動の目標達成という意味では敗北したが、豊富な政治的経験と精神的遺産を遺すことで、次の世代に進むべき道を指し示すことのできる敗北である。それは成功の一面でもある。

1830年代の英国チャーチスト運動は敗北したが、その政策綱領はその後の100年の社会運動に影響を与えた。1871年のパリコミューンは敗北したが、その経験はその後の社会民主党の基礎を築いた。1968年のパリ5月革命は敗北した。しかしそれは社会の全面的な改革を導き、労働運動、女性運動、同性愛者運動、性の解放、環境運動の思想と組織のレベルを引き上げた。

雨傘運動の政治的遺産とは何か。1、それは独裁政権という鳥かごを果敢に突破し、精神的に基本法を乗り越えた「市民立候補」「運命の自己決定」という方針を提起した。2、主流民主派の紋切型を突破し、「平和、理性、非暴力」に続けて「法を犯す」を提起し、法律の限界を突破することを恐れなかった。運動の拡大にしたがって、運動の自衛権についての議論さえも登場した。今回の運動はまさに偉大な思想的解放運動であり、今後の民主化運動をつなぐことになるだろう。

◎関帝廟と雨傘と

旺角のオキュパイ地区につくられた関帝廟は伝説となった。一千年以上にわたり関公崇拝は続いているが、じつは関公は敗者であり、それを崇拝してきたのである。関公はのちに皇帝から神として祭られたが、それは彼の死後5百年以上たってからのことである。それ以前においても、唐の時代から彼に関する雑劇は広範に流布されてきた。つまり、関公が神に祭られたのは500年以上にわたる「人民投票」がもたらした賜物だともいえるのである。しかし人民はなぜこのような敗者を敬い崇拝してきたのだろうか。それは彼が義と初心を忘れることなく貫き通したからである。

もちろん関公の伝奇には旧時代の政治情実主義という要素が多分にあり、それは現在の市民政治とは相いれないものであることは確かである。とりわけ政治における情実主義は往々にして派閥政治に変化してしまい、決して真似してはならないものである。しかしそれとは別に、個人的得失にとらわれることなく、一時的な成否にこだわることなく、勝者か敗者かで英雄を決めることのなかった関公の伝奇から、われわれが学ぶことができるものは決してく少なくないのである。

だが残念なことに、見せかけだけの急進主義者は、関公から最も学ぶべきところからは何物も学ばず、逆に政治的情実主義というもっとも忌むべき派閥政治は学ばずとも身に着けてしまっている。派閥政治は最終的には、ただ一つの綱領に行きつくだけである。つまり、自分の判断だけが基準であり、それ以外の人間の判断の一切は間違っており、自分のなすべきことは、たとえ間違っていても正しい、という綱領である。

雨傘運動が切り開いた新しい民主化運動は、まさしくこの種のゴロツキ派閥政治と決別しなければならない。

「明報」2014年12月14日 日曜版副刊に掲載

【香港】全人民の議論で、大業を共謀しよう

以下は香港の區龍宇さんが、政府本部ビル包囲封鎖戦の翌日、12月2日にウェブメディアに掲載した論考の翻訳。文中の添馬公園は、政府本部ビル、立法会ビル、行政長官官邸に囲まれた巨大な公園で、ビクトリア港を挟んで対岸の九龍半島側の夜景が見える絶好のポイント。(H)

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 2014年12月1日未明 香港・添華道


全人民の議論で、大業を共謀しよう
區龍宇

原文はこちら

学生連合会が政府本部ビルの包囲失敗を認めた。だが午前中いっぱいの包囲それだけで、すでに勝利といえる。それは警察による11月25日の旺角での残虐行為に対する力強い回答なのだ。たとえ失敗を認めたとしても、次のことを忘れるべきではない。民主化闘争はたった一回の戦闘でその成否が決まるものではない。たった一度の決戦という可笑しな考えは、民主化運動を商売と同じような態度で扱うものだ。まるで一回の勝ち負けでその優劣が決まるとでもいわんばかりに。

だが運動が曲がり角にあることは否定しがたいことかもしれない。一千余名の民衆が学生団体の呼び掛けに呼応して政府本部ビルを包囲したが、添馬公園から行政長官官邸に迫る階段を駆け下りよ、という呼びかけに応えるものはそう多くはなかった。中には躊躇する者もいた。10月17日に旺角を奪回したときの英雄的行為と比較にもならない。

雨傘運動の背後にある巨大な大衆的情熱はすでに消散が始まりつつある。さらにオキュパイを呼びかけた3人の自首によって、縁の下の力持ち的支えが今後は失われていくだろう。だが、われわれはそう簡単にオキュパイを終わらせるわけにはいかない。運動は転化が必要である。これまでの巨大な大衆的攻勢の運動を、長期的な組織化、宣伝戦、鼓舞、教育に転化し、次のさらに大きな運動のために思想と実力を準備しよう。

転化へのかけはしは、そう遠くない時期に金鐘オキュパイの終了を宣言すると同時に、隣接する添馬公園のオキュパイを実施し、長期的な雨傘民主大学の拠点にすることだろう。雨傘民主大学では市民集会、民主主義の授業、そして雨傘運動ディスプレイのイベントを定期的に開催しよう。あわせて、一年から二年のうちに恒久的な民主大学を設立するためのカンパ運動を呼びかけよう。学生連合会は雨傘民主大学の設立準備をする資格を持っている。

永続的な民主大学というハードを建設するまで、添馬公園を長期的にオキュパイしよう。それまではこの陣地を防衛し、強制排除をはねのけよう。添馬公園でのオキュパイは交通に全く影響を与えることもないので、多くの市民の支持を得ることができるだろう。雨傘運動はここに新たな拠点を得ることになるだろう。学生連合会は香港全18区から構成される人民防衛隊を設立し、添馬オキュパイの輪番防衛を組織することも可能だ。

このような大衆的基礎のうえに、全18区からなる人民議会の設置を呼びかけ、民主主義勢力の梃を草の根から組織化することもできるだろう。梃があれば地球さえ動かすことができる。

あわせて、この週末を利用して、学生連合会は全民衆の討論の夕べを呼びかけ、オキュパイ拠点のメインステージを民主的に開放し、一日目には短期、中期、長期の参加計画を議論し、二日目にはさまざまな団体からの自由な発言を行わせるべきである。しかし事前に次のことを明確にしておくべきである。学生連合会は11月30日の夜の行動の原則を堅持し、非暴力と公共建造物破壊の禁止を堅持するという立場から、そうではない立場を吹聴する主張は、あくまで個別の見解であり、学生連合会や集会全体の総意ではない、ということである。もしかりに発言の機会を利用して公共建造物の破壊や警察への襲撃を鼓舞するものがいた場合は、学生連合会はそれに反対する意見を表明すべきである。さまざまな意見はすべて、添馬公園での民主大学や各区の人民会議において継続して討論することができるだろう。

2014年12月2日

【香港】政府本部ビルを包囲・封鎖せよ

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            ↓        ↓
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「突入をやめなければ武力を用いる」という警告を掲げながら
学生部隊に突入する香港警察(2014年12月1日未明)
その他当日の画像はこちら


香港「雨傘運動」のオキュパイ(占拠)は大きな転換を迎えつつある。11月25日に九龍半島側のオキュパイ拠点であった旺角オキュパイが強制排除された。「雨傘運動」の指導部に押し上げられた学生団体は、運動のレベルアップを求められ、11月30日の夜に香港島側のオキュパイの最大拠点である金鐘オキュパイに隣接する香港政府本部ビル包囲封鎖行動を呼びかけた。結果的には封鎖行動は半日しかもたず、オキュパイ拠点の防衛を継続することになった。以下は、政府本部ビル包囲封鎖を呼びかけた学生連合会の声明および参加を呼びかけた左翼21の声明の翻訳。(H)



政府が市民の訴えに答えなければ
政府本部ビル封鎖を解くことはできない


香港大学生連合会

(原文はこちら

オキュパイ開始から64日が経過したが、政権は取り乱すばかりであり、逆に市民に対する滅茶苦茶な弾圧を強めている。今晩9時、香港大学生連合会(学聯)としみんは「警察に対する不要な挑発あるいは襲撃はしない、集団で行動する、公共施設を不要に破壊しない」という三つの原則のもとに、権力中枢の象徴である政府本部ビルの封鎖を試みた。

これまでに、添馬、龍和通り一帯で多数の衝突がみられた。ニュースの中継では、デモ参加者が顔面から流血し、随所にあざができ、あちこちに傷痕が見られた。ヘルメットで武装した警察が、デモ参加者に対して警棒を振るいながら雨傘を払いのけ、段ボールで作られたデモ隊の盾を奪い去りながら、添華通りに引きずり込んで拘束した。警察は市民を地面に押さえつけながら、手足をきつく縛りあげていた。そしてペッパーガスを噴射したあとに、その容器をデモ参加者の顔面に押し付けるという恥ずべき暴力を見せた。

特区政府と親中派団体は、オキュパイ参加者が道路を占拠し、民生に影響を与えていると批判してきた。前線での衝突で、警察はなんども警告用のレッドフラッグを掲げ、警察の防衛ラインに近づくことを禁じ、わずかでも動きがあれば、ペッパーガスを噴射し警棒で殴打した。だが市民はひるむことなく次々と押し寄せ、不服従の抵抗に奮闘し、オキュパイを各地で展開し、その規模を拡大してきた。結局のところ、市民が立候補する権利を簒奪してはばからず、市民の道徳的権利という最低限の防衛ラインに対して何度も攻撃を行い、民意を踏みにじってきたのは梁振英を首班とする特区政府であり、いまふたたび機動隊を動員して無辜の市民に対する冷血な弾圧をおこなっている。

対岸(台湾)で終了したばかりの選挙では、民意を軽視し、一度は学生(ひまわり運動)に対して暴力的弾圧をおこなった政権党が無残にも惨敗した。「人民の側に立たない政府から、人民は権力を取り戻すことできる!」という主張はすでに国際的にも通用する名言であり、公権力を手放そうとしない支配者は無視することができないテストの一つとなっている。学生連合会は、市民に対して明日の出勤時間まで政府本部ビルを封鎖し、政府本部ビルの動きを麻痺させることを呼びかける。特区政府は学生連合会や様々な団体が堅持する「8月31日の(中国全人代常務委員会の決定という)枠組みを撤回し、選挙制度改革のための一連の手続きを再度実施せよ」という訴えに答えるべきである。もしそれに応えなければ、われわれは政府が人民に帰するまで、政府本部ビルの封鎖を継続しつづけるだろう。

香港大学生連合会
2014年11月30日


 左翼21 
暴力装置は人民を犠牲にして肥大する
政府本部ビルを包囲して権力エリートに迫ろう


(原文はこちら

2014年11月30日この夜、学生連合会と学民思潮のリーダシップによって、二か月にわたって続けられてきたオキュパイ・ストリートの運動は政府本部ビルの包囲封鎖に発展した。

かつての植民地時代から現在の特区時代にいたるまで、香港政府は決して我々自身の政府であったことはなかった。かつては、イギリス植民地主義者と香港の大ブルジョアジーは支配のための同盟を結んで香港を支配した。97年の中国返還後、中国共産党政府は同じように大ブルジョアジーと結託した。立法会(香港議会)の職能別議席選挙や特区行政長官選挙の選挙委員会、そして今回の中国全人代常務委員会による行政長官選挙立候補者指名委員会という枠組みは、すべて徹頭徹尾、大ブルジョアジーの利益を保護するために設定されたものだ。

そうであるがゆえに、この政府の施策は、人民の生活を犠牲して支配階級の利潤を増加させるものに他ならない。そうでなければ、この政府が人口の高齢化現象が迫る2008年に利得税率を17.5%から16.5%引き下げながら、巨額の公共工事を行った後に、長期的な民生生活の安定のための収入が不足しているなどと平然といえるだろうか。

董建華、曾蔭権、そして梁振英ら歴代の行政長官の権力の源は、中国共産党と大ブルジョアジーである。かれらが指導する政府は、既得権益者が人民を犠牲にして肥大する政府である。労働者は長時間労働、青年たちは高まる学生ローンに苦しんでいる。ますます高まる家賃、公営医療機関における長時間の待ち時間、高齢者の生活保障問題など、中産階級から庶民まで、影響を受けないものはいない。しかし、香港がこれらすべての人々の尊厳ある生活を保障するための財源に事欠いているわけではない。問題は、政権を握る人間たちが自分自身の利益のために、民衆をますます抑圧せざるをえないというところにある。

世界の他の民主国家を見ても、普通選挙が存在すれば人民の生活に尊厳が保障されるわけではないことがわかる。つまり真の普通選挙はなんら過度な要求ではなく、「とりあえず実施する」ものに過ぎない(訳注1)。しかしこの政権は何ら妥協しようとせず、自ら引き起こした社会的分裂の責任をオキュパイ参加者らにかぶせ、あらゆる暴力装置を用いて民衆の正義の訴えを弾圧しようとしている。

見境なく口汚くののしるだけの支配階級の混乱ここにいたり、行動のレベルアップは避け難い。政府本部ビルの包囲行動で、民衆を犠牲にして肥大する権力エリートの国家システムに迫り、この既得権益者らに対して、市民らへの抑圧を停止しなければ、民衆の抵抗の意志はさらに強まるだけであるという決定的な段階にあることを見せつけよう!

文:左翼廃老

訳注1 「とりあえず実施する」は、中国政府による漸進的な選挙制度改革の表現。将来的には真の普通選挙を実施すると読み替えることもできるが、香港基本法では現在の「とりあえず実施する」案が最終目標とされていることから、中国政府の案は「とりあえず」ではないという批判がある。ここでは自由な立候補を含む「真の普通選挙」こそ「とりあえず実施する」必要があると主張している。「とりあえず実施する」の詳しい解説は「香港ポスト」のこちらの記事を参照。

【香港】民主主義はこうして鍛えられた

【解説】9月末から続いている香港の「雨傘運動」は、繁華街のオキュパイ拠点である旺角(モンコック)での強制排除が行われた11月25日以降も、最大拠点であり香港政府や金融街に隣接する金鐘(アドミラリティ)のオキュパイ拠点を維持しつつ、今後の運動の方向性を大衆的に議論している。11月30日には、「政府を包囲し運動を強化しよう」と呼びかけられた金鐘オキュパイでの集会に、旺角から排除された市民らを含む多数の市民が参加した。2017年の行政長官選挙で中国政府の意向に沿った候補者の中からしか選挙で選ぶことができないという現在の政府の選挙方針に対して、学生運動や民主化運動は誰でも一定の条件(有権者の1%の推薦等)をクリアすれば立候補できる選挙制度を対置しているが、中国政府はいっさい妥協する気配を見せず、オキュパイ運動の疲弊を待っている。一方、雨傘運動には当初から、反中国、反中国人民の「香港優先主義」や「香港独立」を掲げたグループも参加しており、かれらによる学生指導部や社会運動団体への非民主的な批判的言動が行われてきた。巨大な在外権力の介入に反発する大衆的運動における排外主義の伸長は、ウクライ
ナ、そしてシリアなどで悲劇的なまでに拡大したことは記憶に新しいだろう。これら運動に介入する排外主義勢力に対して、香港のラディカル左翼の仲間たちは毅然とした対応を取るべきだと主張している。以下は11月30日付の香港紙「明報」の日曜版に掲載された區龍宇さんの主張である。(H)




民主主義はこうして鍛えられた

區龍宇

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 區龍宇さん


過去30年、支配的エリートは「敵のいない都市」等という神話のねつ造に成功してきた。しかし現在かれらは自らが創り出した神話を投げ捨て、自分たちと人民が不倶戴天の敵であることを露にした。

血涙が民主共同体を鍛える

しかし旺角で流された血と涙は無駄に流されたわけでない。それは香港の民主共同体を鍛え上げたのである。

互助相愛と打算のなき精神にあふれるオキュパイ空間を「ユートピア」であると褒めたたえる意見がある。これは、マネー第一をモットーとする中環価値、独裁を崇拝する西環価値、暴力を崇拝する国家機構と、巨大なコントラストを為している(訳注1)。だが犠牲をいとわない一群の民主的活動家のさらなる参加によってのみ、長期的闘争の継続が可能となる。

11月25日(旺角オキュパイの強制排除:訳注)以来、雨傘運動は新たな段階に突入した。大衆的な参加は縮小したが、そのかわり幾千人もの断固たる活動家を鍛え上げた。つまり運動は上昇し続けているということである。この30年来、香港民主化運動の大きな弱点は、政党・団体の職員と、民主化を支持する幅広い支持者(民主派を支持する有権者や7月1日のデモの参加者)との間に、つねに活発に動く活動家層が存在しないことである。他国ではこれらの活動家層が、その数はわずか数千、数万であっても、教育や組織活動、あるいは扇動などを持続的に行っているのである。社会変革はつねにこれら三つの要素(専従、活動家、大衆)がそれぞれ並行して活動を続けることで、突発的な運動と平時における長期的な準備の双方に目を配り、自発性と自覚性の双方に目を配ることができる。しかし香港のカードル層はこれまでずっと少数であった。9月28日の雨傘運動の発展、10月17日の旺角奪還、そして11月25日の事件を経て、雨傘運動はみずからのカードルを鍛え上げたのである。多くの庶民がオキュパイから撤退したが、数百数千の人々が警察の暴力に屈せずに闘争を継
続した。これこそがオキュパイから長期闘争へ転換するために必要な勢力なのである。

しかし雨傘運動のさらなる発展は、この運動がこれまでも解決することができなかった壁にぶつかる。つまり運動内部における意見の違いをどのように処理するのかという問題である。

あらゆる民主化運動はある難題に直面する。たとえ2、3の街頭の民主化でさえも、闘争しなければ実現などしない。しかし闘争には戦略と戦術が関係するし、その背後には各グループの「隠された目的」が存在する。それゆえ、分裂、ひいては敵対する状況も容易に生み出されるのである。


独裁に抵抗する運動の発展とともに
運動内部の民主主義を防衛せよ

では、どうすべきか。答えは一つしかない。民主主義を実践し続けることである。オキュパイ運動を支持する多くの人は、自然体の民主主義支持者でもある。街頭討論を妨害しようとする運動参加者に対して普通の参加者は「順番にはなせばいいだろう。なぜ人の話をさえぎるんだ!」と強い不満を示してきた。共同行動ができないのであれば、別個に進んで共に撃て、という方法を用いればいいだろう。たとえば戦術で違いがあるのであれば、普通は民主的な討論を経たうえで、オキュパイしている空間を物理的に分けて、それぞれがそれぞれの主張をするスペースで力を発揮すればよい。これこそ小異を残して大同につき、別個に進んで共に撃てである。だが残念なことに、この二カ月にわたり、排外主義的地元主義者らは、そのための民主的な議論ではなく、組織的、計画的にオキュパイ空間の異論派に対する封殺を行おうとしてきたのである。このような彼らの行いは、香港人の民主的共同体とは相いれない。

かれらは他人の民主的権利を尊重しない。自分たちだけが唯一香港人の利益を代表するのであり、他のオキュパイ参加者は売国奴ならぬ売港奴だと考えているからだ。

だがかれらは自らの主張の前提がすでに間違っていることに気が付いていない。

香港人が大陸の人々と異なる独特の歴史を歩んできたことは確かである。これこそ、われわれが高度の自治、ひいては政治体制の自決を要求する権利の歴史的根拠でもある。しかし「香港人」というアイデンティティは、新民族論者が想定するような単純なものではない。香港人の内部にも矛盾は存在し、決して一枚岩ではないのである。不必要な対立軸を用いて自らの主張の正当性を誇示しようとするものはいつでも存在する。

長年にわたり、香港人というアイデンティティは中国人というアイデンティティと矛盾なく共存してきた。近年の大漢民族主義の盛隆が、一部の人々の非理性的な大香港主義という反応を呼び起こしたのである。この二つの主義は、表面的には対立しているが、狭隘な民族主義という一面において完全に一致している。

民族主義の本当の意味するものは、「愛国」であるか「愛香港」であるかにかかわらず、民族的アイデンティティを一切のその他の価値(人権、民主主義、労働者の権利、女性の権利、少数民族の権利、エコロジーなど)を凌駕する記号として高く掲げられ、すべての民衆をそのもとに拝跪させるところにある。このような主義は、投機的政治屋を選挙で当選させる手助けにはなるだろうが、その代償は多数の香港人を対立面、つまり民主主義の破壊の側に押しやってしまうことである。

このようなアイデンティティは、自らを皇帝のように位置づけ、人びとを奴隷のように見下すものである。もしそのような考えはないというのであっても、次のことは認めるべきである。民族、地域アイデンティティは、その人がもっているさまざまなアイデンティティの一つに過ぎず、他の一切の価値観を凌駕することなどありえないということである。たとえそれを認めようとはしなくても、少なくとも次の事実は尊重すべきである。多くの人が、民族性こそが唯一のアイデンティティであるというような考えには賛同していないという事実である。

民主優先、貧者優先

興味深いことに、排外主義的香港主義は誰かれとなく敵とみなすにもかかわらず、明確な貧富の格差という対立軸にはまったく興味を示そうとしないことである。どうやら、かれらの新民族(香港人)にも、貧富のピラミッドが厳然と存在することを忘れているようだ。かれらの主張する「香港人優先」は、1万4千香港ドルの平均収入ライン以下の香港人のことを言っているのか、それとも60%の富を握る3335人の大富豪の香港人のことを言っているのか聞きたいところだ。(訳注2)

フェイスブックである友人がこのようにコメントを寄せた。「中国と香港が完全に隔絶されたと想定して、それでどうなるのでしょうか?香港で安穏と暮らせるのでしょうか?香港は大財閥のコントロールから自由になるのでしょうか? お年寄りが段ボール拾いで生計をたてなくても済むようになるのでしょうか?」

意味不明な「香港優先」を主張するよりも、ジョン・ロールズの貧者優先(貧者への優先的分配)を主張するほうがずっとましである。

「明報」2014年11月30日副刊に掲載


訳注1 中環(セントラル)とは香港金融マーケットの中心街、西環(ウェストポイント)とは中国政府の香港出先機関がある場所。

訳注2 梁振英行政長官は雨傘運動のさなかの10月下旬に訪米した際のインタビューで香港人の半分は1万4千香港ドル(約20万円)の月収しかないので、過半数の意見が尊重される普通選挙を実施すれば、そのような平均所得以下の人々に偏った政治を行わなければならなくなると答えて、香港市民の不評を買った。11月中旬にある金融機関のレポートでは、香港には3000万米ドル以上の純資産を有する富豪が3335人が存在し、それらの資産を合計すると全香港の資産の6割近くに達することが明らかにされた。

【香港】次の一歩 何をなすべきか?

次の一歩 何をなすべきか?
2014-10-10 

區龍宇

林鄭月娥(キャリー・ラム)香港政務司司長[行政長官に次ぐ官僚トップ:訳注]による対話のキャンセルを受けて、学生連合会と学民思潮は今晩(10月10日)の抗議集会を呼びかけた。民主派を支持する民衆はこの呼びかけに呼応し、敗北主義の圧力に抗し、学生は街頭から全面撤退すべきだという主張に対する抵抗の意思を示さなければならない。

しかし、全面撤退の圧力には抗すべきであるが、戦術的の練り直しをしなくてもいい、というわけではない。現在、運動を主導している団体が、民衆に対してそのような議論を呼びかける形跡がみられないことは残念である。逆に懸念すべき状況が顔をのぞかしつつある。


◆ 目標は簡単に変更すべきでないが、戦術は臨機応変であるべきだ

今日の「明報」紙に掲載されたインタビューで、黄之鋒[ジョシュア・ウォン:学民思潮の若きリーダー]は「実際の成果がないまま広場を撤退することは、多くの市民の賛同を得ることができない」と語っている。彼の言うところの実際の成果とは、全人代常務委員会決定の再考であり、「再考の意味は、(全人代常務委員会事務局次長の)李飛がすぐに市民立候補案(訳注1)を受け入れるということではなく、すくなくとも[行政長官に立候補するために選挙委員会の]過半数の推薦が必要という条件を撤回することです」。

このような条件闘争には同意しかねる。しかし私はまず黄之鋒の結論に含まれている政治的前提について議論したい。彼の考えでは、市民立候補という目標は一時的に凍結して、立候補の条件を引き下げるべきだという。そして同時に、街頭でのオキュパイを堅持すべきだともいう(原文は「広場」であるが、インタビューの全文およびそれまでの黄の発言を考慮すれば、街頭のオキュパイを意味すると受け取られる)。このような政治的駆け引きはやや奇妙であると言わざるを得ない。目標には弾力性を持たせて、短期間のうちにあれこれと変更を加えることができる。しかし戦術(金鐘と旺角のオキュパイ)は高度な不動性を維持して、断固として変更を許さない、というものである。

だが政治的駆け引きの正道は、その逆でなければならない。目標はそう簡単に変更してはならないが、戦術は臨機応変であるべきだ。戦術は目標を実現するための手段に過ぎないからだ。目的達成のための手段が容易に変更できないなどということはありえない。

なぜ現時点で市民立候補の要求を放棄して、立候補の条件の引き下げを要求するのか、私にはわからない。条件引下げは、主流民主派[民主党などブルジョア民主党派を指す]が有利になるだけである。非民主的な政治制度がそのままの状態で、仮に主流民主派の行政長官が誕生したとしても、それは権力エリート階級の人質になってしまうだけであり、いまの張炳良(訳注2)と何ら変わらないだろう。市民立候補それ自体はすでにきわめて基本的な要求なだけに条件の引き下げなど問題にならない。もし現時点でこの要求を放棄するのであれば、それが一時的なものであっても、説得力に欠けるものになるだろう。

◆ 市民立候補の要求は下ろせない

黄君は、今以上に市民からの支援があったとしても、政府に譲歩させることは難しいから、ここはいったん次善の策をと考えているのかもしれない。そう考えるのも根拠のないことではないが、組み立て方が間違っている。もし運動が一時的に勝利することができないのであれば、検討すべきは戦術的な調整であり、当初の目標そのものではない。一時的に敗北を喫したからといって、目標を変更していては、何を目指して奮闘しているのかという路線がわからなくなり、はじめて政治化した自主的な人々に対して誤った教訓を残すことになる。

わたしはこれまでの30年にわたる主流民主派の誤りを思い起こさずにはいられない。かれらは何度も民主化の目標を変更してきた(あるときは議席の半分の直接選挙、あるときは議席の四分の一の直接選挙、そしてまた半分に戻す・・・・・・)。一方、その戦術は、硬直化した漸進路線、遵法主義、大衆の自主性を厳しく統制するといった硬直的なものであった。この戦術は現在の新しい世代による押し上げによって変更を余儀なくされた。

しかしこの新しい世代の民主派も、国内外の社会運動の貴重な経験を吸収することでしか、主流民主派の敗北の轍を避けることができないだろう。

黄君の主張からはハッキリとそのようなを読み取ることはできないのかもしれない。しかし今後、この記事を悪用する輩がでないとも限らないから、あえて私は上記のような意見を提起した。私は批判としてではなく、運動の次の一歩を検討するために、こう言っているのである。まず最初に論理の枠組みをはっきりさせてから、討論を喚起すべきだとおもったからだ。目標(戦略)と戦術の関係をはっきりとさせておかなければ、討論すればするほど混迷するだけだからだ。


◆ 情勢分析の必要性

この十数日のあいだ、街頭やウェブ上で、旺角を断固防衛せよという主張を目にしてきた。その理由は「悪いのは政府の方であって、われわれが悪いわけではない」という類のものだ。普通の市民が数日の間で大きく政治的に変化した状況では、このように考えることは理解できる。しかし社会運動に携わる人々は、一般道徳/道義だけに依拠することはできない。政治分析にも依拠しなければならない。目標と戦術のあいだには、情勢という要素が存在する。現在の情勢変化に基づいて、戦術を練ることが必要であり、道徳的理由だけで、あるいは最高目標(最大限綱領)だけで戦術を推論することはできない。

情勢についての討論が開始されたならば、われわれはこう問わなければならないだろう。運動は高揚しているのか、それとも減退しているのか。これまで運動に参加してきた参加者は、まだ戦闘力を保持しているのか、それとも疲弊しているのか。あらたに運動に加入してくる人々は、去っていくものよりも多いのか、その逆なのか。先週末、おそらく政府内部で見解の分岐が発生したことから、政府の方針が攻勢から持久戦に転換したが、もしまた数日内に方針が転換した場合、われわれはどのように対処すべきか。われわれの軍勢は増加しているのか減少しているのか。いかにして保守プチブルの民衆の支持をかちとるのか、あるいは少なくとも中立化させるのか。問題が正しく提起されることで、議論は極めて有意義なものとなるのである。

われわれは一昨日の夜、試しに旺角でこのような討論を実施してみた。反応はまずますだった。参加した市民らがこのような討論の大筋について理解できたのであれば、社会運動に携わる人々のあいだでは、さらに深い理解を得ることができるはずである。

黄君を厳しく責めたることはできない。17,8歳の青年が突如として政治的荒波に押し上げられたのだ。しかもその背後にいる主流民主派の大人たちはこれまでも歴史的な敗北を喫してきたのである。大人であっても、その過ちは時には許すことができるのだから、青年の過ちを許すことができないことがあろうか。青年、ただ青年のみが過ちを犯すことの特権を持っているのである。青年たちへの怒りをあらわにする者は、まず自分たちの過去数十年の歴史のなかで為しえなかったことに対して反省すべきである。

2014年10月10日


訳注1 市民立候補
原文は「公民提名」で、直訳すると「市民ノミネート」 。行政長官選挙の候補者は選挙委員会が指名する。中国政府が提示した指名条件は、1200人の選挙委員の過半数の推薦を得た候補者から2~3名を指名して、香港の全有権者が投票で決めるという案。これに対してオキュパイ・セントラル運動は「公民提名」として有権者の1%の推薦を得た市民なら誰でも立候補できる案を要求している。

訳注2 張炳良
大学教員で民主党副党首などを務めたが、のちに政界に進出し、政府部門の高官などを歴任し、現在は日本の内閣に相当する政府の行政会議メンバー。

【香港】雨傘運動と89年北京の春~似ている所と違う所

今回の雨傘運動と1989年北京での民主化運動との比較を、區龍宇さんが2014年11月9日の香港紙「明報」日曜版コラムに掲載したもの。區龍宇さんは同じタイトルで11月5日の夜に旺角オキュパイでの流動民主教室で話をしており、訳文を講演風に「です・ます」調にした(H)


雨傘運動と89年民主化運動
似ているところ 違うところ


區龍宇



◆ 性格と対象

どちらの運動もともに中国共産党に対して基本的な政治的自由を要求するものですが、雨傘運動は一国二制度という複雑な状況があります。一国二制度は、中国共産党による香港直接統治を回避するものですが、いっぽうでは香港人が中央政府の政策に反対しようとする際には、克服すべき要因にもなります。雨傘運動は香港特区政府の権限外の事柄[中国全人代に決定する権限がある香港行政長官の選出方法等を指す:訳注]を特区政府に実現するよう迫っていますが、どのようにそれを実現させるかは大きな試練だといえるでしょう。

1970年代から、香港の民主化運動が中国との関係をどのように処理するかについては、一貫して悩ましい事柄でした。現在、運動内部には三つの立場があります。ひとつは中国との関係を断ち切る、中国のことは忘れるという立場。ふたつめは中国の民主化運動と結合するという立場。みっつめは戸惑いつつ考える、というものです。奇妙なことに、6月4日の天安門事件記念集会に結集する多くの団体が、その約一ヵ月後に開催されている7月1日の香港返還記念日の香港民主化デモと、中国民主化の象徴である6月4日のデモを完全に別なものとして扱っているのです。6月4日のデモでは「民主的中国の建設を!」と叫ぶのに、7月1日に同じスローガンを叫ぶことを躊躇しているのです。

◆ 主体

どちらの運動も、学生が最前線に立ち、それが刺激となって民衆が参加したという共通点があります。しかし雨傘運動はさらに先を進んでいるといえるでしょう。89年民主化運動の学生たちは庶民らの支援を歓迎しましたが、工人自治連合会との関係は疎遠であり、民衆の生活についての議題についても関心を示しませんでした。6月4日の弾圧の数日前にストライキが呼びかけられましたが、それは遅きに失したといえるでしょう。雨傘運動は状況が異なります。学生連合会の発言では常に民衆の生活問題について言及しており、労働組合との関係も良好です。学生と労働者の同盟は大きな力になります。しかし香港の労働運動自体の弱さもあり、組合が呼びかけたストライキの成果もあまり理想的であったとはいえません。

学生と労働者の同盟はここ数年の出来事です。メーデーにも学生の隊列がみられます。しかし、ここで皆さんに考えてほしいのは、普通選挙と民衆の生活という二つのテーマが、じつは以前と同じく、別々なものとして捉えられている、ということです。5月1日のメーデ・スローガンが7月1日の香港民主化デモでも掲げられているとは限らないのです。雨傘運動でもこの二つのテーマの間には溝があります。民衆生活の議題を掲げる団体はないわけではありませんが、力不足もあって運動全体のテーマになるまでにはいたっていません。この運動が全民衆の運動にアップグレードすることは、そう簡単ではないということです。

◆ 背景

しかし、極度の貧富の格差に対する反感も、まさにこの二つの運動を生み出した主要な理由の一つでもあるのです。89年の学生たちの要求は政治的課題に集中していましたが、市民らにより大字報(壁新聞)やスローガンは、党官僚の腐敗を批判していたり、自分たちの低賃金に対する不満などでした。雨傘運動もおなじように、とりわけ青年たちの貧困への不満があります。高騰する家賃や独占的不動産業界への批判などに、それは顕著にあらわれています。

このような背景を認識することで、旺角のオキュパイ参加者を理解することができるでしょう。かれらはより庶民階層に近く、より勇敢です。これまでずっと社会の底辺で抑圧されてきた人々が、突如として警察との衝突の最前線に立ち、自らの運命を自ら変えることができる権力を獲得したかのように感じたのです。「差老を撃退したぞ!」という事実が集団的な力を認識させたのです。

◆ リーダー

89年の民主化運動は、その発生からその後まで、指導者がつぎつぎに変わったことによって、天安門広場からの撤退の決定がなんども覆されました。運動が北京以外の学生たちを巻き込めば巻き込むほど、さまざまな傾向が生まれました。北京の学生たちは、長期間の広場占拠による疲れから、撤退を提起しても、遠くの地方からやってきた学生たちは「十数時間もかけて駆けつけたのに撤退などできない」と主張します。運動が長期化すればするほど自然発生性が運動を支配していきました。当時、こんな言い方がありました。「運動は感覚とともに進む」。しかしそのなかに敗北の種があったことも、また確かです。

◆ 発展

89年民主化運動は5月中ごろには疲労を見せていました。5月19日、政府が戒厳令を発表たことで、民衆の怒りが再燃しましたが、そのような政府の挑発がなければ、運動は自然消滅していたかもしれません。雨傘運動もおなじように、もし9月29日の大弾圧がなければ、雨傘運動が誕生しなかったかもしれません。また、この弾圧から反弾圧という運動の持続によって、政府内部に分岐、ひいては分裂をもたらします。89年民主化運動と雨傘運動のどちらにおいても、程度の差こそはあれ、このような状況があります。

香港政府は9月28日以降、ハト派の路線を採用し、オキュパイの継続を容認します。しかし運動の継続はいっぽうで、その弱点も露呈させます。運動の団結の基礎はそう強いものではないことから、それぞれの要求や展望に違いが現れます。9月28日未明にオキュパイの3人の代表がオキュパイ・セントラルを正式に宣言しましたが、それは歓呼によって迎えられたわけではなく、すくなくない人々が運動から退きました。もしその日の夕方に87発の催涙弾が打ち込まれなければ、雨傘運動が誕生したかどうかはわかりません。

オキュパイはこれによって長期化することになりましたが、団結の基礎はそう強固ではありません。先月20日の「明報」紙の世論調査では、どのような条件ならオキュパイ撤退をするかという質問の回答は、かなりのばらつきがありました。オキュパイはすでに一ヶ月以上続けられています。しかし中央政府は譲歩していません。こういったボトルネックのもと、運動をさらに拡大させるのか、あるいは戦術的な撤退をするのかの判断が迫られます。難しいのは、撤退すれば非難され、かといって運動をさらに拡大させることにも困難があるということです。

◆ 結末はいかに

89年民主化運動の結末には二段階ありました。第一段階は天安門における血の弾圧です。しかしその後の第二段階といえる、全国で吹き荒れた徹底した大弾圧こそが、その世代の民主化の声を完全に消し去ることに政府が成功した大きな理由です。

現在の香港はそれほど悪い状況にはありません。かりに暴力的な弾圧が行われたとしても、89年民主化運動に対する徹底した弾圧ほど悲惨な状況になることはないでしょう。その分析については昨年執筆した「オキュパイ・セントラル弾圧のシミュレーション」(2013年11月28日)を参考にしてください。とはいえ、いくら弾圧がそう悲惨なものでないと予想されるからといって、軽率な行動をとってもいいというわけではありません。

いずれにせよ、今回の雨傘運動は、民主化闘争の正々堂々たる予行演習となったことには違いありません。これまでとこれからでは、香港の民主化運動は格段に違ったものになるでしょう。

2014年11月8日

(2014年11月9日「明報」日曜版コラムに掲載)

【香港】オキュパイ・セントラル弾圧のシミュレーション

 「雨傘運動と89年民主化運動~似ている所と違う所」の最後の箇所で参考として挙げられていた「オキュパイ・セントラル弾圧のシミュレーション」 (2013年11月28日)を以下に紹介する。このなかで、區龍宇さんは「オキュパイ・セントラルが1万人もの参加者を集めることが出来ると考えている人はほとんどいない」としているが、それが過小評価であったことは否めない。しかしこの文章の中心である中国共産党の対応を分析した箇所については、「台頭する大国、中国」の脆弱さの一端をしめすものだと言える。また最後に「カラー革命」の方向性を示唆する主張への警告も行うとともに、オキュパイを陰謀的にではなく公然と議論して実施すべきだと訴えている。(H)


オキュパイ・セントラル弾圧のシミュレーション
2013-11-28 16:44:04

區龍宇 元教員、労働運動研究者、世界市民。
近著に《China Rise: Strength and Fragility》, published by Merlin Press.

李飛が香港を去って間もなく、呉志森が「中国共産党中央が本当の普通選挙を賜るという幻想は捨てよ」と呼びかけた。まさにその通りである![訳注1]

幻想を捨て、闘争を準備し、オキュパイ・セントラル[訳注2]を積極的に行うべきである。しかし市民団体などの討論において、筆者もオキュパイ反対の意見に接したことがある。反対する理由のなかに「中国政府は1989年の天安門の時と同じように解放軍を投入して弾圧するかもしれな」というものである。(原注1)

◎ 解放軍が出動する?

もちろんその可能性はないわけではない。しかしその可能性は極めて小さい。鶏を絞めるのに牛刀を用いる必要はないからだ。オキュパイ・セントラルが1万人もの参加者を集めることが出来ると考えている人はほとんどいないが、香港警察は3万人の要員がおり、オキュパイに対処するに余りある人数である。89年天安門事件では中国共産党は戦車で鶏をひき殺したではないかという主張もあるかもしれない。確かにその通りである。だが中国と香港は違うのである。中国共産党は中国本土では独断専横で他の社会勢力の牽制を受けることはない。香港では、内部か外部かはとりあえず論じないとしても、中国共産党上層部がコントロールすることができない勢力が依然として多く存在することから、戦車で鶏をひき殺してしまうと、思いもしない結果を引き受けなければならなくなる。

1989年の中国では、中国共産党は国家の一切を統制していた。民主化運動は一気に沸き起こったが、弾圧によって一気に霧散してしまった。香港ではすでに各種の政治および社会運動が長年にわたって成長している。中国共産党が兵力で弾圧に成功したとしても、その後には各種の組織的勢力の抵抗に直面することになる。反対するすべての声を打ち消すには、軍事統制を行わなければならないだけでなく、50年は政策を変えないという�眷小平の政策を変更することが前提となる。それは非常に重大な政治的危機に道を開くことになる。[オキュパイという]小さな事件に対応するために、大きな動揺を引き起こす危険性をあえて冒すだけの価値があるだろうか?今日の支配者も絶対的自由ではないという状況においては尚のことである。

◎ 習近平が直面する困難

昨年の『The China Quarterly』9月号に掲載された李成の「共産党による頑強権威主義の終焉」(原注2)は、今日の中国共産党の政治情勢の特徴について以下のように述べている。

1、強力な党内派閥と脆弱な指導部
2、強大な利益集団と脆弱な政府
3、強大な社会的発展と弱体化しつつある政府の統制

習近平が党政軍および国家安全部門を掌握しなければならない理由は、まさにそれらが前任者に比べて脆弱であるがゆえに、特に威厳を確立しなければならないからである(薄熙来打倒を含む)。だがそのようなやり方は反発も招く。つまり内部派閥の対立のさらなる激化をもたらし、敵対派閥による権力争奪の機会増大をもたらす。

もし習近平が軽率に軍事力に訴えれば、まず内部において分岐が発生するだろう。一旦分岐が発生してしまえば、1989年以上に党内分裂を引き起こす可能性がある。その当時分裂しなかったのはトウ小平という元老の存在が大いに影響した。だが今日の中国共産党には全党を統一させるだけの超越した元老は存在しない。

しかも、さまざまな形跡から2013年の中国はすでに危機の時代に突入したことが伺えるのである。

◎ 中国民主化には明日がある

中国共産党内部の要素だけでなく、二つの新しい政治的条件が中国共産党の政策決定を牽制している。ひとつは、中国人民が天安門事件の弾圧によって作り出された長期低迷状態を脱しつつあることだ。敗北を知らない新しい世代は特にそうである。2010年のホンダ労働者は長年にわたって誰も提起することができなかった要求――労働組合の改選を提起したのである。政府は強力な弾圧に訴えることはできず、逆にいくらかの譲歩をおこなった。

次に、中国共産党による急速な工業化は、自らに不利な新しい民主主義勢力を生み出した。中国の全人口にしめる都市人口の割合は半分を占めるまでになっている。小農を中心とした中国は、都市階級を中心とした近代化された中国に変わった。高等教育を受けた人数も爆発的に発展している。労働者階級の数は3億人に増加した。大学生から労働者階級に至るまで、初歩的な民主化闘争を経ている。農民も昔日とは異なっている。2011年の烏坎村の農民による土地収用への抵抗闘争では、臨時選挙で理事会を選出し、民主的意識を示した。

新しい民主化運動にいたる道のりはまだ遠いが、その距離は短くなっている。烏坎村事件の後、中国共産党広東省委員会の朱明国副書記は、幹部への訓示として「大衆が激怒してはじめて、力とは何かを理解することができる」と語っている。

◎ 経済発展というボトルネック

最後に、経済的な観点からも検討すべきである。中国はすでに世界第二位の経済体となっており、香港で軍事力を使った弾圧を理由とする経済衰退が起こったとしてもその損失に耐えることは可能である。しかし損失は底だけにとどまらない。外国との関係で言えば、中国は完全にグローバル市場に融合している一方で、中国の台頭は日米欧による制約も受けている。このような状況において、もし中国がオキュパイ・セントラルを軍事力を使って弾圧すれば、国際的な経済制裁を引き起こす可能性があり、その期間が長くなれば、中国はそれによって引き起こされる損失を引き受けることができなくなる。とりわけ考慮しなければならないのは、中国では経済危機がますます近づきつつあるということである。資本主義の周期的生産過剰と貸し出しの膨張は、中国においてとりわけ突出している。各種の矛盾が積み重なり、爆発の機会をうかがっている。

◎ なぜ天安門の民主化運動を弾圧したのか?

上記の四つの制約にもかかわらず、習近平が依然として解放軍を出動させて弾圧をおこなうのであれば、予測不可能な政治的危機を引き起こすだろう。それは新しい民主化運動を引き起こす可能性を含んだものである。ほんの僅かのオキュパイ・セントラルを弾圧するために、このような大きなリスクを取るとは、ばかばかしいにも程があるだろう。

もちろん次のような反論もあるだろう。トウ小平も天安門の民主化運動をあれほど酷く弾圧する必要はなかったにもかかわらず、彼がそのような行動をとったことは、共産党は予測不可能またはとんでもないことをしでかすという証明ではないか、と。私は昨年出版した英文書籍のなかでそれについて検討している(原注3)。トウ小平のおこないは、まったくでたらめなとんでもない行動ではなく、一種の官僚的理性からの行為である、と。

1989年初めの中国社会は、改革が労働者人民に奉仕するのか、それとも官僚による公有財産の私有化に奉仕するのかというターニングポイントに直面していた。4月になって学生運動が起こり、それが民衆の支持を受けるに至って、このターニングポイントは、改革は労働者人民と官僚のどちらが主導権を握るのかというレベルにまで進化した。中国共産党は大弾圧を経ることにより、国有資産を安穏と私有化することができたのである。いわゆる「20万人を弾圧して、20年間の安定を得る」という主張は、このような枠組みの中で理解すべきである。20数年後の今日、中国共産党による大事業は完成した。今後の主要な任務はこれまでのような創造(官僚資本主義の新社会の創造)ではなく保守である。創造と保守の方法は異なる。官僚的理性から考えても、習近平が香港における小さなオキュパイ運動の弾圧に軍事力を使う必要は感じないだろう。もし軍事力を動員することがあれば、それはオキュパイが理由ではなく、国内外でさらに大きな危機が爆発したことによるものだろう。

◎ 陰謀詐術に対処するには

中国共産党はオキュパイ・セントラルへの攻撃を行うだろうが、それは軍事力を動員してではなく、香港特区行政長官を指揮することのほかに、次の三つの企みが考えられる。

1、公然的には、シンパや大衆組織を動員して、世論と大衆的攻撃を発動する。
2、非公然で、スパイを急進分子として運動に紛れ込ませ、発言権や指導権の簒奪を狙う
3、水面下でオキュパイ・セントラル活動家に対する中傷をおこなう

これに対処するには、スパイ合戦を妄想するのではなく、正確な政治路線による線引きを明確にし、敵と味方をはっきりとさせることである。たとえば最近では、直接選挙を実現する手段としてオキュパイ・セントラルだけでなく、ゼネストを提起すべきだという主張がある。もしも労働運動の側ですでに準備が整っているのであれば、この提案は原則上なんら間違いではない。しかし、同じような提案が、もし香港独立につながり、「英米の介入を要求し、カラー革命を進める」といった綱領につながるのであれば、仮にそれを提起した人物の主観がどうであれ、客観的には誤った路線なのである(原注4)。なぜなら英米政府はそもそも心から香港人を支援しようとは思っていないからである。英米という別の支配者のために香港人が火中の栗を拾う必要はない。このような誤った路線は、客観的には中国共産党による弾圧の口実となる。誤りの上に誤りを重ねないためにも、このようなエセ急進主義への自覚的抑制が必要となる。


原注1:林和立《習近平督師打佔中 必要時用解放軍》,ウェブニュース「主場新聞」掲載
原注2:《China Quarterly》
原注3:《China’s Rise: Strength and Fragility》
原注4:「佔領中環 奮起護港」

訳注1
2013年11月21日から23日の日程で香港を訪れた中国全国人民代表大会副議長兼香港基本法委員会主任の李飛は、訪問期間中に香港行政長官らトップと会談し「行政長官は愛国愛港であること、中央に敵対しないこと」と中国政府の立場を示し2017年の次期行政長官選挙でも中国政府の立場を反映した人事を示唆した。呉志森は香港公共放送の人気ラジオパーソナリティでストレートな政府批判が好評だったが、香港政庁高官が同放送局トップに天下って間もなく契約更新が打ち切られ、現在はフリーパーソナリティを勤めるかたわら政治コラムなどを執筆している。

訳注2
非暴力不服従で香港の中心街セントラルをオキュパイして2017年に行政長官と議員の完全直接選挙を要求しよういう訴えが2013年初めに提起され、学者などをふくむ多くの賛同を得る一方、違法な闘争手段に訴えるべきではないという穏健民主派や親中派の批判がある。

【香港】オキュパイ・セントラル 雨傘運動FAQ


「台頭する中国における香港民主化運動」と題して
旺角の流動民主教室で話す林致良さん(2014年11月14日)


雨傘運動FAQ
林致良

「Socialist Review」2014年11月号に掲載されたものを増補。
英語版はhttp://socialistreview.org.uk/396/weve-already-won-results参照。

Q 雨傘運動の規模は今でも持続していますか?

A 今日(10月28日)は雨傘運動が勃発してからちょうど一か月です。オキュパイ金鐘、旺角、銅鑼湾の三つのストリートでは行動が継続しています。しかし9月末のピーク時の20万人(香港の人口は723万人です)から比べると大きく減少しています。しかし警察が排除を試みようとしたり、裏社会や親中派による妨害があれば、新たなオキュパイ参加者が増加する、という現象があります。とはいえ、参加者全体は減少傾向にあります。

10月21日、香港政府は、今回の運動の中心的団体の一つである学生連合会の代表の会談をおこないました(他の中心的団体には「オキュパイ・セントラル・ラブ&ピース」の三人の発起人、高校生組織「学民思潮」があります)。しかし政府は譲歩しませんでした。その頑なな態度の背後には北京政府の意向があります。伝えられるところによると、習近平中国国家主席は今回の運動に対して「流血は避けるが譲歩もしない」という態度で臨むといわれています。

民衆は最大限の勇気と知性を示してオキュパイを堅持しています。民衆は政府がそう簡単には真の普通選挙の実施要求に対して譲歩しないことを理解しています。しかし一方で自らオキュパイを終わらせてしまったらこの一か月の努力が無駄になるとも思っています。運動の指導者も参加者も、やや迷いがみられます。それは理解できることです。今回の運動は完全に自発的でかつ効果的な組織的指導を欠いた大衆運動だからです。


Q 大衆運動の要求はなんでしょうか?

A 運動全体の一致した要求は、次期の特区行政長官を自由選挙で選出することです。上流階級らによって組織された候補者指名委員会が候補者をふるいにかけるような中国共産党式の偽りの普通選挙に反対し、真の普通選挙を要求しています。
しかし、運動体には異なる傾向がみられます。

オキュパイ・セントラルの3人の呼びかけ人は市民的不服従を提唱しています。ストリートの封鎖を手段にして政府に譲歩を迫り、真の普通選挙を実現しようというものです。彼らは、普通選挙こそが香港における真の自治を実現するものであり、政治とビジネスの癒着の解決をもたらす方法だと考えています。その思想はリベラリズムを超えるものではありません。

一方、近年台頭してきた「現地主義」を標榜する右翼現地派は、香港と中国の関係を疎遠なものにすべきであると主張しています。しかも「反共」を強調しています。これは香港中心主義の傾向であり、中国政府の支配に対して嫌悪と恐怖を感じる香港人が現状を変革する健全な考えを見いだせないことの反映でもあります。

一部の社会運動団体と左派団体(たとえば左翼21など)の主張は、政治的民主主義と同時に社会経済の改革を要求しています。また下層人民が政治決定のプロセスに参画することを阻害する権力者による独裁的政治体制を告発しています。「貧困層に偏った政策を回避する」、これはまさに現在の梁振英行政長官がニューヨークタイムズ紙のインタビューで語ったことです。この運動は民主化闘争であると同時に、下層人民が民主的自由と生活保障をかちとることができるのか、という階級闘争でもあるのです。

私たちは「真の普通選挙」の実現はスタートにすぎないと考えています。政治と社会経済における真の民主主義、つまり民主的社会主義こそが根本的目標です。


Q 金鐘(アドミラルティ)と旺角(モンコック)は主要なオキュパイ地区ですが、その違いは?

A 金鐘はビジネス街であると同時に政府所在地です。ここでオキュパイに参加しているのは学生や青年労働者が中心です。ビジネス街で働く一部のホワイトカラーからの支持もあります。居住区ではないので住民との軋轢はあまりありません。

旺角は全く異なります。住民がいますし、複雑な社会関係があります。裏社会の構成員もいます。ここでオキュパイに参加しているのは庶民階層が多いと言えます。以前、警察が排除を試みた際、裏社会や親中派の人間による挑発を容認しました。

またオキュパイに参加する右翼は故意に警察との衝突を挑発し、警察の暴力を誘発しました。オキュパイ参加者は旺角を奪還しましたが、つぎに何をなすべきかについては、さまざまな意見があります。


Q 大学生と高校生の参加は?

A 今回の運動の最大の特徴のひとつは多数の青年学生が参加しているということです。千名以上の中学生が金鐘のオキュパイに参加し、中学生だけの組織を結成しました。高校生も学校で集会を開いたり、フェイスブックでオキュパイ運動を支援してくれています。大学では学生や教員がオキュパイが始まった冒頭の一、二週間のあいだ授業ボイコットを組織しました。オキュパイの現場で講義を行う大学教員などもいました。

これほど広範な青年と学生が参加し、これほど影響力のある街頭行動を伴った大衆運動は、過去数十年の香港の歴史でもありませんでした。それに比較できるのは1967年の香港暴動くらいでしょう。

結果がどうなろうとも、この大衆運動は香港、そして中国大陸にも深遠な影響をもたらすでしょう。


Q 労働者の参加はどうでしょうか?

A あります。9月28日にオキュパイが宣言されましたが、警察による87発の催涙弾に対する抗議として、主流民主派陣営の教員組合、運輸組合、ソーシャルワーカー組合などがストライキを呼びかけました。ソーシャルワーカー組合のストライキは比較的成功したと言えるでしょう。香港全土には1万9000名のソーシャルワーカーがいますが、そのうち2000名のソーシャルワーカーが警察による暴力的弾圧の翌日のストライキ集会に参加しました。

しかし民主派に近い労組と中学教員組合のストライキは大きな影響力を持つことはできませんでした。今回の運動がまだ組織された労働者階級の広範な支持を得ることができていないと言えます。


Q 親中派の労働組合は運動を支持しているのでしょうか?

A 親中派の労働組合は香港工会聯合会(工聯会)です。この組織は輝かしい労働運動の歴史を持っていました。1925年6月から翌26年10月までの16か月にわたる省港大ストライキは、当時の中国共産党に指導された組合によってたたかわれました。ストライキでは英植民地政府に対して六つの要求が掲げられましたが、そのうちの一つはまさに普通選挙の実施でした。時代が下った1980年代、香港で議会制民主主義が実施されようとするなか、この組合は労働者に向かって「選挙権ではなく食券を!」という恥ずべきスローガンを打ち出しました。反オキュパイの団体の代表の一人は工聯会の指導者です。


Q 昨年の香港港湾労働者のストライキに参加した労働者たちは今回の運動を支持していますか?

A 港湾労働者らもオキュパイ支持に駆け付けました。ですが人数は多くなく、ストライキも打ちはしませんでした。とはいえ支持に駆け付けたことは貴重なことです。


Q この運動は中国国内の民主化の問題と関係しているのでしょうか? 中国国内では雨傘運動を支持する人々が100人以上も拘束されていますが、香港の人々はこの問題についてどのような反応を示していますか?

A 中国国内では公然と香港の運動を支援したことを理由に100名以上の市民が当局に拘束されました。しかし、運動の中心的組織者は拘束された中国の人々を積極的には支援しませんでした。中国政府代表部に抗議したのは社会民主連線(中道左派政党)だけです。

香港人民と中国人民との連携こそが官僚独裁の資本主義への抵抗の道であることを、新しい世代の活動家らはあまり理解していないことが不安の種であることは確かです。なかには、中国と距離を保つことこそが香港の自由を守る方法だと考える人もいます。

われわれ社会主義左派は、香港と中国の労働者民衆が一致団結して専制支配と資本の支配を打ち負かすことによってのみ、民主主義と社会的正義を実現することができる、と主張し続ける必要があります。


Q 運動部内部に論争について紹介してください。

A 最大の争点は、次の一歩をどうするかです。学生連合会のリーダーはストリート占拠を堅持すると主張していますが、右翼香港主義者らは学生連合会は計画的に撤退しようとしていると攻撃しています。

一部の参加者は自主的にストリートから撤退し、大衆運動の連合組織を結成して定期的な集会やデモなどを呼びかけるという別な方法で、力を保持して運動を継続することを主張しています。誕生したばかりの新しい運動が弾圧でつぶされないようにするためです。私はこの方針に賛成しており、人々に辛抱強くこの方針を説いています。

オキュパイ参加者の多くが、政府がまったく譲歩していないなかで、自主的にストリートから撤退すれば、この一か月間のオキュパイが無駄になるではないか、と考えています。

しかし今回の民主化運動の成果を、政府の譲歩だけで考えるのは一面的です。実際には、すでに一定の成果を勝ち取っています。たとえば人々の民主的政治意識の長期的な影響力については以下のような成果がかちとられています。

1、2017年普通選挙という嘘と、基本法と全人代常務委員会の決定が香港大資本の特権政治を守ることを認識することができた。
2、多くの市民、とくに青年学生が初めて街頭直接行動に参加したという経験
3、抵抗の現場で「民衆の団結」の意義という、大衆運動の実力を実感した。
4、最大の敵は親中派や梁振英ではなく、中国当局であることが分かった。
5、警察と暴徒による暴力によって、人民を弾圧する国家の暴力装置の本性を目撃した。
6、各政治勢力の真の姿がはっきりと示された。

ストリート占拠を堅持する民衆の不屈の精神は尊敬に値します。しかし、力関係では依然として民衆の側が不利です。一度のオキュパイ行動で成功を勝ち取ることは難しいことを、冷静に判断すべきではないでしょうか。

【香港】旺角(モンコック)街頭での政治談議

旺角(モンコック)街頭での政治談議

白瑞雪

2014年10月9日


原文

10月5日の日曜日の夜には、多くの人々が、警察はオキュパイ運動への弾圧に乗り出すのではないか、と不安になっていた。翌日からは公務員は通常出勤になるがオキュパイ運動はそれを妨害してはならない、と警察が警告していたからだ。その後、今週に入ってからも、参加者は減少したとはいえ、抗議行動は続いている。先週の連休(10月1日の国慶節をはさみ前後が連休になった:訳注)とは違い、今週は平日が続く。にもかかわらず、参加者の決意は固い。学生連合会は今週末の金曜日に香港政府と対話を行うと発表したが、政府の側は、対話に臨む立場は香港基本法と全人代決議を基本とすることを明らかにしている。愛国勢力(親中派)と裏社会はオキュパイ運動への攻撃を継続しているが、その規模は先週の金曜日にくらべて大きく減少している。

旺角の街頭ではあちらこちらで自発的な議論の輪ができている。昨晩、私もある議論のグループに参加した。参加者の多くは、現在の情勢からどのように目標を達成することができるのかに関心があった。特筆すべきは、議論の輪を囲んで討論に参加していた市民は、学生ではなく、いろいろな世代にまたがる一般の労働者であったということだ。もちろん社会運動の活動家も参加はしていた。このような街頭政治談議はそもそも活動家たちが呼びかけたものである。従来、中下層の労働者たちは政治に対して関心を明らかにすることはなかったが、近年は変化が見られ始めている。それは若い世代から始まっている。議論の輪は、始まりのときは少人数なのだが、すぐに周囲の人々を巻き込んで大きな輪になる。道行く人々も立ち止まって発言を求める。

私が議論の輪に加わったときは、旺角と銅鑼湾のオキュパイ陣地を維持すべきかどうかについて話し合われていた。ある人は、オキュパイ銅鑼湾の参加人数の減少は顕著だが、旺角では陣地を防衛しようとする熱意ある人々がまだたくさんいると発言。またあるひとは、オキュパイ旺角の運動は川の流れのようで、参加者が(オキュパイ運動の中心である)金鐘地区へ流れても、また新しい人たちが旺角にやってくるのでオキュパイが継続できていると発言。別な人は、長期間のオキュパイで旺角の個人経営の商店の売り上げに影響が出ているのではないか、と問題提起。このとき、通りすがりの人が立ち止まって批判を始めた。抗議行動によって交通が寸断され不便をもたらしていると言う。

この運動が一ヶ月あるいは二ヶ月も持ちこたえることができるのか、という問いを発した参加者の発言をきっかけに、参加者の議論は、この運動がどのくらい持ちこたえることができるのか、撤退はいつか、などに集中した。どのような条件ならばオキュパイを終了することになるのかについての議論は白熱した。ある市民は、目標と原則は簡単に変更してはならないが、戦術的には柔軟であってもいいのではないか、と発言。彼の意見では、みんなの目標は真の普通選挙の実現だが、それだけでなく政治経済制度の変革も追及すべきであり、梁振英が辞任して別な行政長官が就任すればいいというものではない。

また別な参加者は、今回の運動で香港無料テレビの許認可問題[香港政府が新規参入を認めず2013年に10万人規模の抗議行動に発展した:訳注]を思い起こしたという。数万人の人々がこの問題で街頭デモに参加したが、その後は闘争が継続しなかったという。彼は、もし運動が目的を達成せずに撤退してしまったら、市民の声を圧殺する政府のやり方を逆に応援することにつながってしまうと言う。その意見に賛成する参加者からは、真の普通選挙を実現するまで街頭にとどまり続けるべきだと発言。反対する意見も出た。運動は戦争と同じであり、段階的な勝利を目指すべきだという。現在の運動は拡大しているのか、それとも縮小しているのか、どの街頭をオキュパイするのかという戦術が運動自体の終了を意味するものでない、という視点を提供した発言者もいた。

立場の異なる意見が交わされはしたが、今後どのような状況になったとしても原則を放棄することはないし、市民が立候補できる真の普通選挙の実現そこが大切な目標である、というコンセンサスは確認できたのではないかと思う。

討論では次のような質問も出された。学生連合会や学民思潮はどの程度オキュパイ参加者全体を代表しているのか、と。参加者の一人はつぎのように発言した。両団体は学生の代表組織であり、われわれを代表するものではないが、それでもわれわれは両団体を支持すべきだ、なぜなら学生団体はわれわれと政府とのあいだの媒介だからだ。学生連合会は政府との対話のあとは、われわれの前に登場して状況を説明することが大切だ。別な参加者は次のように述べた。学生連合会は運動参加者に対して何をすべきかを提示する権力はない。また他の参加者は、もし政府との対話で成果がなければ、学生団体はオキュパイ参加者からの信頼を失うだろうと発言。討論の参加者たちは、学生団体が運動全体からの代表権を獲得すべきかどうかについても議論が行われた。どのような方法でそれが可能かについては誰も明確な答えがないにもかかわらず。

政府との対話の問題では意見が噴出した。発言者の一人は、対話は象徴的なものでしかなく、なんら成果がないということが最大の成果になるだろうと発言。政府の権謀術数を警戒する発言もあった。別な発言者は、政府が譲歩するよりも、学生側が譲歩することになるのではないかという悲観的観測を述べた。運動は始まったばかりであり、今の段階で対話による実質的な成果がなくてもそれほど気にはならないという発言もあった。

主流民主派に対する批判も討論の話題になった。ある女性は、立法会の議員の多くは、主流民主派をふくめて、民意を反映していないと発言。デモ隊に対する催涙弾による弾圧の際も、主流民主派はただ傍観するだけで何もしなかった。「こんな人たちにこれからも投票しないといけないの?」と問うた。別な人は、主流民主派はこれまでも庶民の意見を聞いてこなかったと発言。また別な参加者は、運動の敗北は重要なことでない、なぜなら種がまかれたからだ、というある主流民主派の発言を批判した。中国では89年の民主化運動が弾圧されてから25年が経つが、出てきた芽はまったく別物ではないか、今回の運動でも多くの人々が犠牲を払って今があるにもかかわらず、主流民主派はわれわれに対して「もう家に帰りなさい」などという権利がどこにある、と批判を続けた。

オキュパイ運動への敵対者からの発言もあった。香港人はコメから飲料水から、一切を中国大陸に依存しているんだから、中国政府に反対するのはおかしいと発言。さらにオキュパイ運動が社会に亀裂をもたらしたとも批判した。それに対して、経験ある社会運動の活動家が反論した。香港人が食べているコメは共産党が作ったものではなく農民たちが生産したものであり、工業製品は労働者たちが生産したものだ。水は自然の賜物だが、共産党政権によってひどく汚染されているではないか。

この活動家はさらにこう付け加えた。社会の亀裂については無理やり作り出された亀裂とそうではない亀裂を分けて考える必要がある。大陸から香港に移住してきた新移民と香港人との間の亀裂(新移民に対する差別)は人工的に作り出されたものであり、それは撤廃すべきである。だが権力エリートと庶民の間にある亀裂は客観的に存在するものであり、多くの庶民がますますそのような亀裂を認識することは、決して悪いことではない。貧富の格差に代表されるそのような亀裂を認識することで、人々が問題の根源と、その解決のために立ちあがる必要があることを理解するからだ。

【香港】梁振英の当選に寄せて(2012年3月)

【解説】現在の梁振英行政長官は、2013年3月に、親中派の経済人などが多数を占める800名の選挙委員会によって選出された。中国政府は2017年に予定されている行政長官選挙では「一人一票の普通選挙を実施する」と約束していたが、ふたを開けてみると一人一票には違いないが、候補者は親中派が多数を占める選挙委員会の過半数の推薦を得た者2~3名に限定する、というシロモノだった。

これは早くから指摘されていたことであり、先駆社をふくむ香港のラディカル派は、香港返還以前からこの問題を指摘しており、前回の行政長官選挙(2012年)際にも警告を発してきた。中国共産党の支配的影響下にある選挙委員会の欺瞞性を告発し、選挙権・被選挙権ともに民主的な選挙制度の実現を訴えてきた。

一方、主流民主派は、香港返還以前も以後も、選挙委員会の枠組みは維持しつつ、立候補条件の緩和という要求を掲げ続けてきたが、真の民主的選挙の実現にはなんら力を発揮することができていない。

以下は、前回の行政長官選挙が行われた2012年3月25日に書かれた先駆社の林致良同志による論考である。2年以上前の論考だが、現在の状況を理解するための参考にしてほしい。

なお2012年当時すでにいくつかの論評を翻訳・紹介している。
行政長官選挙結果に対する声明(2012年3月)
真の普通選挙実施で中国による統治を一掃しよう(2012年7月)


末尾に【訳者による解説】として1997年香港返還後の行政長官選挙の経過をつけた。(H)


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梁振英の当選によせて(2012年3月)

林 致良

原文


これほどでたらめで、醜悪で、けがれにけがれた小集団による特区行政長官選挙という醜いお芝居はついに千秋楽を迎えた。梁振英は過半数の選挙委員の支持を得て行政長官に就任した。[1200票の過半数689票]

今回の行政長官選挙は、これまでと同じように基本法の制度下における非民主的選挙制度の産物であり、平等な政治的権利を香港人に享受させず、少数の特権者とブルジョアジーが大多数の人民に対して赤裸々な専制を確保する専制上の産物である。そうであるがゆえに、人民は選挙の結果に拘束されずに、この特権階級の支配に反対し続ける権利を持っているのである。


● 党人以上の党人

自分は共産党員ではないと天に誓って宣言したこの「党人」は、過去20数年のあいだほとんどの香港人から歓迎されず、逆に不安がられてきた政客であり、近年になってイメージチェンジを行い、民意を理解する勤勉な政治家というイメージを作り上げてきただけにすぎない。もし彼が本当に党員でなかったとしても、70年代末にはすでに北京の権力中枢の目にかなって、緊密な関係を維持してきた経歴には変わりがなく、今後も忠実に北京の権力中枢の意志に沿って働くに過ぎない。官僚と大資本家の特権を香港民衆が揺るがすことは許さず、香港で真の民主政治を実現することも許さないだろう。

彼は唐英年[候補者の一人]以上に「ボス」たちに忠実であり、北京の意向を汲むことにも長け、中国共産党の官僚資本家の利益への奉仕と香港ブルジョアジーの利益への奉仕の間においては、意識的に前者の利益を貫徹するであろう(もちろん両方のブルジョア階級の間には矛盾がないとは言えないが、全国人民を搾取するという点においては共同の利益を有しており、根本的な矛盾があるわけではない。両者の間の分岐は二次的な問題と言える)。


● 彼は誰のために考え誰のために働くのか

この「党人」は表面上はそれぞれの利益集団から距離をとり、選挙の当初は庶民の友を演出していたが、その骨格はまごうことなき中国共産党官僚と大資本家の忠実なしもべである。

それは、彼が今後も「にわか庶民派」をつづけ、細微な民衆生活の改善によって有権者の支持を得ることで、富豪独裁の長期的な安定を実現する可能性を排除するものではない。しかし、不動産資本など独占資本の根本利益および北京官僚の権威に抵触する事項については、かれは決して容易には譲歩しないだろうし、彼自身も自らの主人が誰なのかをはっきりとわかっている。最近の報道では、彼がその任期中に国家安全法の制定に尽力するだろうと言われているが、それは根拠のないことではないだろう。労働者民衆は彼の任期である今後五年のあいだ巨大な挑戦に直面することになるだろう。


● 基本法では真の普通選挙は永遠に実現しない

今回の行政長官選挙が最後の制限選挙であり、2017年には普通選挙が実施されると考える人もいる。

いや、喜ぶのは早すぎる!

基本法第45条の第2項は次のように定めている。「行政長官の選出方法は、香港特別行政区の実情および順を追って漸進するという原則に基ついて規定し、最終的目標は広範な代表性をもつ指名委員会が民主的手続きを踏んで指名したのちに普通選挙で選出されることである」。非常に長い文章であり、「最終目標」だけを見ても長くてわかりづらい。しかしそこで表現されている中心的考えは「指名委員会が……指名したのちに普通選挙で選出」するということである。

普通選挙―――これは民主主義政治制度といえる。しかしその前に「指名委員会が指名したのちに」という制限を加えることで、まったく別なものになってしまうのである。上等のスープでも、たった一杯の臭い油を入れるだけで、もう口にすることもできなくなってしまうのである。選ぶのは君たちが選びなさい、ただし選択肢はこちらが提示する、ということだ。つまり、結局はいつまでたっても選挙の自由を享受できないということである。香港人は「指名委員会」によってふるいにかけられた「腐ったリンゴ」から自由に選ぶことができるに過ぎないのだ。

かつて中国共産党によって一方的に制定された基本法のこの条項は、あらかじめ香港人に着けられた緊箍児[孫悟空の頭に着けられている金の輪]であり、それによって香港人を飼いならそうとするものだ。

普通選挙で選出された権力機関によって、基本法を民主的に制定しなおし、指名委員会などの悪法規定を削除してはじめて、名実ともに民主的自治といえるのだ。

何俊仁[候補者の一人]のような主流民主派は、立候補あるいは指名条件の緩和を求めるだけであり、極度に穏健で軟弱な要求でしかない。それは主流民主派が民主主義政治を実現するという断固とした決意を喪失していることをあらためて表現するものである。


● 社会経済の制度の全面的改革が必要

プロレタリア大衆がこの運命を変えようとするならば、自分自身の力にのみ依拠した長期的な闘争が必要で、しかも闘争目標は普通選挙の実現のみに限定してはならないだろう。2017年に一人一票による被選挙権を含む自由な選挙が実施されたとしても、ブルジョアジーによる民生資源の独占状況が変わらないままであれば、民衆の生活には本当の変化が訪れることはないだろう。このような社会経済領域における不平等は、名目上の政治的平等を見た目はいいが役に立たないモノにしてしまうだろう。そして多党制民主政治をブルジョアジーの支配に陥れるだろう。英米が最たる例である。そこでは民主主義普通選挙が実施されて久しいが、共和党であれ民主党であれ、あるいは保守党であれ労働党であれ、いずれも「小さな政府、大きな市場」という新自由主義の反民衆的政策を実施し、労働者大衆はいぜんとしてブルジョアジーに搾取される賃奴隷のままなのだ。

それゆえ、民主主義普通選挙および労働時間規制などの改良的措置は何としても必要ではあり、それらは民衆の利益に完全に合致してはいるが、人民の闘争目標はそれだけに限定するべきではない。当初から資本主義の搾取と国家的抑圧の廃止という遠大な目標を確立すべきであり、政治と社会経済の領域において人民が主人公となる社会の実現によって、道は切り開かれるのである。そのために、社会的解放を目標とするプロレタリア大衆の左翼政党の建設によって、ブルジョア選挙政治を迎え撃ち、政治経済の民主化に向けた決定的な勢力となるよう大衆を導かなければならない。

2012年3月25日

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【訳者による解説】

香港は1997年7月1日にイギリスから中国に返還された。イギリス植民地時代の行政のトップはイギリス女王が任命した香港総督であったが、返還後の初代行政長官は中国政府が組織した香港人から構成される選挙委員会によって選出された。

最初の選挙は、返還前年の96年に中国政府が組織した選挙委員会400人から50人(12.5%)以上の推薦を得た候補者3名によって争われた。投票権を持つのは400名の選挙委員である。96年11月15日に行われた選挙で、董建華が320票を獲得して初代行政長官に就任した。任期は5年。

2002年3月24日に行われた第二回選挙は、選挙委員会が800人に拡大されたが、現職の董建華行政長官以外には候補者となる条件(選挙委員100人=12.5%以上の推薦)をクリアできず、董一人が候補者として762票を獲得して行政長官に再任された。

しかし董は2003年に中国政府の意向を受けて治安条例を制定しようとしたが、香港民衆の巨大な反対を受ける。その後も民衆の批判にさらされ続け任期満了から2年も前倒しの2005年3月に辞職した。同年6月の補選では3名が立候補を宣言したが、民主党党首を含む2名は途中で離脱を表明し、行政長官代行の曽蔭権が無投票で返還後二代目の行政長官に選出された。

2007年の第三回香港特別区行政長官選挙では、800人の選挙委員から100人(12.5%)以上の支持を得ることが候補者になれる条件とされ2名が候補者としてノミネートされ、800人の選挙委員による投票で、曽蔭権が649票を得票して行政長官に再選された(対抗馬の梁家傑は123票)。

2012年の第四回行政長官選挙では1200人に増加した選挙委員の150人(12.5%)以上の支持を得ることが候補者になれる条件とされ民主派1名を含む3名が候補者としてノミネートされ、梁振英(689票)、唐英年(285票)、何俊仁(76票)で、梁振英が行政長官に選ばれた。

2017年に予定されている第五回行政長官選挙では、1200人の選挙委員(親中派が圧倒的過半数を占めると予想される)の過半数の支持を得た2ないし3人を候補者としてノミネートし、そこから香港の全有権者が一人一票で行政長官を選出する。

つまり普通選挙といっても、親中派の意向に沿った2~3人の候補者のなかから一人を選ぶという「偽りの普通選挙」である。現在オキュパイ・セントラル運動に参加する香港の人々はこのような「偽りの普通選挙」ではなく、有権者の1%の支持を得るだけで立候補できるように条件を変更するよう要求している。

【香港】我々が結託すべき「外国勢力」とは

我々が結託すべき「外国勢力」とは

區立行(左翼21 )

2014年10月30日


原文

中国共産党および香港親中派の宣伝はいつも、香港人による民主化運動を「別な意図がある」「外国の反中国勢力と結託している」と描き出すか、あるいは「外国の資金を受け取っている」と直接的に批判されいる。まるで「外国の資金を受け取る」ことそれ自体に悪意があるかのようである。

孫文と毛沢東が「外国勢力と結託」して革命を成し遂げたことをほとんどの人は知っているだろう。「一方で困難が生じれば、八方から支援が駆け付ける」ことは高貴な志である。先にあげた批判は一顧だにする必要もないが、「外国勢力との結託」については、詳しく分析する価値があるだろう。

◆外国政府に助けを求めることは有効か?

親中派の「愛国人士」らとは逆に、一部の人々はホワイトハウスや英国領事館に署名を寄せて外国政府に対して「香港を救え」と必死に訴えている。しかしそれに対する回答は、冷水を浴びせかけられるだけのものである。ホワイトハウスに対して19万人が署名を行い、ホワイトハウスは香港政府に対して冷静な解決を求めはしたが、結局は「香港が『基本法』にしたがって普通選挙を実施することを支持する」という水準を超えるものではなかった。イギリス外務省の声明は「デモなど一切の活動は法律の範囲内で行われるべきであり」、「各方面が建設的対話を継続することが必要である」というものでしかなかった。注意すべきは、これら米英政府のコメントは、香港人が求めている真の普通選挙を支持するものではなく、市民的不服従についても賛同していないということである。サッチャー元英首相の元秘書はオキュパイ・セントラル運動を「非現実的」と指摘するなど、実際には親中派と同じ主張なのである。

どうして米英政府はこれほどまでに香港人を「失望」させるのだろう? 答えは簡単だ。すべてマネーが影響している。「国際都市」香港には海外投資家からのマネーが集まっている。かれらは当然「安定したビジネス環境」と「香港における民主化」の二つの選択肢のうち前者を選択する。また、英米政府はどちらも自国内の抵抗運動に対する弾圧者でもある。両国では「非暴力不服従」行動の参加者が大量に逮捕され、暴行を受け、監禁されている。ここでも英米政府は中国共産党とそれほど大きな区別はない。

◆万国の人民は団結せよ

それでは他に頼る術もなく、香港人は孤立無援なのだろうか? そうとも言えない。各国における政官財の結託のなかで、人民と政府の利益は対立していることから、各国政府間のいわゆる衝突は、分け前を巡る盗賊の内紛であり、人民の利益とは無関係だともいえる。そう考えると、われわれの本当の盟友は外国政府ではなく、我々と同じく抑圧されている各国の人民だと言える。

実際、折りたたみ傘革命の爆発いらい、各国人民からの支援の声は途絶えることがない。海外の華僑や留学生はもとより、労働組合や民衆組織、そして無数の個人などから声援が寄せられている。連帯集会を開いたり、香港の情勢を各国語にして伝えたり、スマホの自撮りで支援を呼びかける人もいる。アメリカ・ミズーリ州ファガーソンの人種差別反対で弾圧された人々からも連帯のメッセージが寄せられている。パレスチナ自治区のガザ地区からも、巨大な暴力の渦中にあっても香港の状況に関心を寄せる人々がいるのである。

海外からの連帯メッセージでは「何の力にもならない」という意見もあるだろう。しかし、連帯のメッセージは行動の第一歩でもある。さらなる行動としてのオキュパイやボイコットもあるだろう。たとえば9月29日には台北で300人が香港政府の台北事務所をオキュパイして、機構運営を混乱させて香港政府にプレッシャーを与えた。今年7月のイスラエルによるガザ虐殺の際には、多くの労働組合が「ボイコット、投資撤退、制裁」=BDS運動の呼びかけに応え、イスラエル製品の輸送と販売を拒否した。このように経済に実際に影響を与える行動も政府にとっては大きな損害となる。

悪巧みを画策する各国政府よりも、我々が連帯すべきは上記のような「外国勢力」のほうなのだ。政府と財界のプレッシャーに直面するいまこそ、海外の社会運動との連帯し、各地の闘争への相互支援をはじめるときである。


国際的な支援のサイトはFacebookでも多数開設されている

1.Hong Kong Democracy Now
https://www.facebook.com/HKDemoNow

2.Calling for international support for democracy in Hong Kong
https://www.facebook.com/.../Calling-for.../275123362684837

3.中国国内からも香港支援
https://www.facebook.com/WeSupportHongKong

4.壁で支援は隔てられない
https://www.facebook.com/Mainlandsupporters

【香港】雨傘運動の自発性と自覚性:旺角(モンコック)攻防戦のアップグレード(その2)

jg
商業化が進む住宅公社運営の非民主制に抗議する住民たちが
家賃支払いに対する市民的不服従運動を開始(2014年10月23日)



雨傘運動の自発性と自覚性
旺角(モンコック)攻防戦のアップグレード(その2)


區龍宇 

原文

旺角でのオキュパイ区域が確保できるかどうかは、オキュパイ参加者の果敢な行動いかんにかかっている。その多くはこれまでどのような党派にも参加したことのない人々であり、初めて運動に参加したニューフェイスたちが示した決意は何物にも代えがたいものがある。


◆民衆の傲骨

労働者にしろ、中下層の学生にしろ、すでに早くから、この極度に貧富の格差の激しい社会に対して不満を持っていたことは確かである。メインストリームの中産階級の主張は、支配的エリートの言う「社会的亀裂は避けなければならない」という類の主張への不用意な追従が常に見受けられる。まるでそれまでの社会がとても調和的であったかのように。

だが香港社会はこれまでもずっと1%の超大金持ちと99%の中下層に分裂していたのであり、とりわけ近年においてこれら一握りの財閥による階級闘争という攻撃が中下層の人々にしかけられてきた。民営化、家賃統制の廃止、巨大な箱もの工事によるゼネコンへの利益誘導などだ。

そしていま、このような生活苦を耐え忍んできた人々が、街頭で不満を爆発させる機会に巡りあえたのだ。人々は警察との攻防のなかで街頭の奪回に成功したことで、はじめてエンパワーメントされ、自信を獲得した。このような精神的な自由と自立は、勇気と意志を鼓舞する。これこそが民衆の傲骨(気骨、プライド)である。

この世には二種類の反抗がある。ひとつは目的なく騒ぐこと。たとえば香港では1981年のクリスマスと84年のタクシードライバーのストライキの時に発生した青年たちの騒乱がある。しかし30年にわたる民主主義意識の普及によって、今回爆発したのはそのような騒乱ではなく、強烈な市民的不服従の意識を表現したオキュパイ運動であり、明確な民主的目標を持っており、充分に自律的で、敵意ある状況においても非暴力を貫徹し続けている。とりわけ旺角では、警察の攻勢にもかかわらず敗北を認めない精神を示し続けている。これは民衆の自発的で自主的な創造的スピリットの表現である。


◆目標の混乱

しかし、現在のオキュパイ運動がボトルネック(隘路)にあることもまた事実である。オキュパイ参加者の自発性にもますます限界が近づいている。もちろん民主的な要求については毎日のように新しいアイデアが生み出されている。しかし真の民主主義を実現するための経路については、はっきりとした方針があるわけではない。

20日付けの「明報」では、オキュパイ参加者に対して行った世論調査の結果(複数回答可)が掲載されている。オキュパイを解散する条件として、「政府が諮問をやり直す」が45.6%、「候補者指名委員会(※訳注1)の『民主化』を政府が約束する」が43.9%、「梁振英の辞任」が24.6%であった。

この三つの条件は、どれも本当の解決にはつながらないだけでなく、落とし穴になる可能性がさらに高くなる。諮問のやり直し[政府が諮問・パブリックコメントの募集を行い報告書をまとめて中国政府に提出する:訳注]については、陳建民[オキュパイを呼びかけた3人の知識人の一人]が最初に提起したものである。この方法は下策に他ならない。オキュパイ解散の代わりに得るものは、形式上の諮問という政府の茶番にすぎないからだ。候補者指名委員会の「民主化」は全人代決議の問題点を覆い隠すだけである。(原注1)

この世には二種類の妥協がある。一つは、目的は達成できてはいないが、今後もその目標に向けて奮闘する条件を獲得できる妥協。もう一つは、目的が達成できなかっただけでなく、敵に有利で自分に不利な条件で妥協することだ。上記の三つの条件のいずれにしても、それでオキュパイを解散してしまうことは、後者の妥協とおなじことである。しかし調査の結果をみれば、多くの人がそのような選択をしてしまうことに、政治的な認識不足がうかがわれる。

世論調査ではあらかじめ回答の選択肢が決められていることから、その結果だけで評価することはできないのかもしれない。しかし運動内部の一部の指導者からも、オキュパイを堅持を掲げつつ、市民立候補という目的が達成できない場合は、目標を候補者指名委員会の民主化に変更するという提案がなされていることもまた事実である。


◆手段は目的に従属すべし

このような思考は、運動をひとつの矛盾に陥れる。それは、オキュパイは頑強性があるが、政治目標は混乱しており弾力性がある、というものだ。これでは事にあたる手順がバラバラである。オキュパイは手段であり、その実施には弾力性を持たせなければならない。市民の立候補は政治目標であり、それは原則であり、簡単に変更してはならない。オキュパイという手段は市民立候補という目的に従属するのであり、その逆ではない。運動の指導者から運動の参加者にいたるまで、どのような目標を堅持すべきなのかについてすら、意見が噴出している状態で、それらの意見のなかにも問題ある意見も多い。このような状況は、容易に敵の側からの分断工作が功を奏することになるし、運動の側も消耗して消滅するだけだ。

ここで基本的な問題に立ち返ることになる。大衆運動の自発性を疑うことなく信じるだけで、事は足りるのか、ということだ。


◆感情の赴くままにか、プロアクティブにか

大衆運動の自発性はすばらしいことであり、歴史を前進させた無数の大事件はすべて大衆の自発性の結果であり、支配者や知恵者があらかじめ計画した物事によってではない。しかし、これらの大事件においても、大衆の自発性だけが絶対的なものではなく、その背景には自覚性も内在していたのである。つまりそれまでの年月のあいだに、志ある人々によって長期にわたる啓蒙と教育の時期があり、それは新たな知識を汲んだ新しい知識世代(学生や労働者を含む)のなかで深厚なコンセンサスを鍛えた。だから、このような偉大な歴史的事件は、自覚性と自発性が結合した結果なのである。

ただ自発性のみに依拠することは、運動を感情の赴くままに走らせることになりはしないか。そう、89年民主化運動のように。この社会の政治経済の状況は巨大かつ複雑な構造であり、その構造を変革するためには、感覚に依拠するだけでは絶対に成功しない。目覚まし時計を修理するのでさえ、ばねやねじまきの構造を認識する必要があるのだから、社会の変革においてはいうに及ばずである。運動には大衆の自発性とともに、その自覚性も必要なのであり、より学び、より議論し、そしてより深く思索しなければならない。

しかるに現在、オキュパイの現場において公然たる議論を阻止しようとする輩がいるのだ。このような反知識の行動は、客観的には敵を利することにしかならない。

運動の中には一貫して一種の極右排外主義(イナゴ=中国本土からの移住者を叩き出せ!というスローガンを掲げる)が存在している。かれらはごくごく少数にとどまってはいるが、運動の側が自覚的に真の民主主義と平等という政治的方向性に大衆を振り向かせようとしないのであれば、大衆に対する極右の自覚的な扇動を勢いづかせることになるだろう。

2014年10月27日

原注1
論理上は、候補者指名委員会の民主化も不可能ではないが、このような主張は実際には中国政府の同意を得ることは難しく、難易度においては市民立候補の要求とさして変わらない。いま指名委員を普通選挙で選出するという要求を掲げるべきではないだろう。それは民衆を欺き、雨傘運動を誤った道に進めることになるだろう。

※訳注1
候補者指名委員会:立法議員や業界団体など1200名の香港人で構成される現行の選挙委員会を引き継ぐ。2017年の行政長官選挙では委員の過半数の支持を得た候補者2-3名を香港の全有権者が投票で選ぶ「中国の特色ある普通選挙」形式で実施される。委員の大半が親中派で固められることから中国政府の意向を反映した候補者しか立候補できない恐れがあるとして、オキュパイ・セントラル運動では有権者の1%の賛成を集めた香港市民ならだれでも立候補できるようにするべきだという対案を示している。なお付言すれば、漸次的な普通選挙を実現すればよい、というアドバイスは無意味である。香港基本法45条では、指名委員会が候補者を指名したうえで普通選挙を実施するのが最終目標として明記されているからである。民主化運動は、香港基本法と50年不変という英中両政府が上から決めた取り決めを乗り越える必要がある。

【香港】梁振英と葉國謙:反する主張で補充しあう

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葉國謙・立法議員(左)と梁振英・行政長官

梁振英・行政長官が、普通選挙を導入すれば低所得者層のための政治に偏ってしまう、という問題発言をして香港の人々の怒りを買ったが、同じく親中派の葉國謙・立法議員(職能別選挙区選出)は、民主派議員が反中国のメディア「苹果日報」の会長から巨額の献金を受けていることを批判して「選挙は結局はカネだ」と述べている。両者は同じ穴のムジナであるという區龍宇氏の論考を紹介する。香港紙「明報」日曜版(2014年10月26日)に掲載された。(H)
 
原文 

 
 
梁振英と葉國謙
相反する主張で補充しあう


區龍宇
 
「明報」2014年10月26日 日曜版
 
 
われわれは、貧乏人には普通選挙権を与えるべきではないという趣旨の発言をした梁振英・行政長官には感謝しないといけない。彼の発言は白書以上に明白にその意図を吐露しており、香港はこれまでも貧乏人を無視した政治を行ってきたことを語る反面教師の役割を果たしたからだ。
 
 
◆アリストテレスと梁振英は同類か?
 
民主主義は貧困層に偏った政治を行うという考えは、なにも梁が言い始めたことではない。2000年以上前に、かのアリストテレスが「政治学」の中で述べていることでもある。彼はその著書の第三巻第八章のなかで、民主主義が多数者の権力掌握に等しいと考えるのは間違いである、と述べている。「寡頭政治と民主主義政治体制の主要な違いは、人数の多い少ないにあるのではない。両者の原則上の違いは、その貧富の区別にあるのだ。いかなる政治体制でも、その支配者の人数如何にかかわらず、もしその富に依拠する体制であれば、それは寡頭(財閥)政治体制となるのである。おなじくもし貧者を主体とするのであれば、それは民主主義政治体制なのである。」
 
これが、西側のブルジョアジーが王権・貴族と権力争いを演じているときに、民主主義という言葉を忌み嫌った理由でもある。貧者の権力である民主主義に、ブルジョアジーがどうして賛成することができたであろうか。だからブルジョアジーは貧者の圧力に抵抗するために、王権を根本的に排除しようとはしなかったし、選挙権においても最初から一定の資産を条件とすることで、普通選挙に反対してきたのだ。
 
民主主義という用語は、19世紀には民主主義者だけが使っていた言葉で、周囲からは普通選挙権の要求は過激思想だと考えられた。だが資本主義による工業化が一般化するまでは、これらの民主主義者の大衆的基礎は、プチブルと自立的な職人たちだったので、ブルジョアジーと貴族に譲歩を迫るほどの力はなかった。ヨーロッパで産業労働者が政治的舞台に登場して、普通選挙権運動を引きついだことによって(たとえば英国1838年のチャーチスト運動)、この状況に変化が生まれた。
 
 
◆真の普通選挙にも限界がある
 
しかし普通選挙権運動が後の世に成功したが、それは貧者の権力、つまり梁振英の警告するような事態を招いたであろうか? 普通選挙がおこなわれ、国家行政の長を選ぶ選挙での選挙権、被選挙権が与えられている世界中の国家において、貧者が権力を握った国家がいったいどれだけあっただろうか? 権力を握るといわないまでも、貧者のための政治が実現されたケースはほとんどなかった。だから、梁振英の主張は実は間違いなのだ。だが、それは事実において間違いということであり、結論についていえば、梁が真の普通選挙に反対したことは、全く正確無比である。つまり中国・香港の権力エリート財閥にとって、真の普通選挙に反対することは正確無比なのである。事実と結論は分けて考えなければなら
ない。
 
梁振英は間違っていたが、アリストテレスは間違ってはいなかった。古代ギリシャとブルジョア代議制には大きな違いがあるからだ。前者の人民議会では、政治と経済の権力が結合されており、艦隊の建造や公共工事、あるいは貧者が政治に参加するための手当の支給などで国家が資金が必要な時には、富裕者に対して資金の提供を要求することができた。こうして政治権力を掌握した者は、経済的権力も相当ていど掌握することができたのである。エリート主義者のアリストテレスにとっては、民主主義はもちろん貧者の権力掌握と同じに見えたことから、当然それには反対した。
 
ブルジョア代議制は、普通選挙改革を経たものであり、それは古代ギリシャの民主主義とは別物といえる。封建主義を打倒した資本主義においては、ブルジョアジーは自らの財産権を「神聖不可侵」なものに変えることに成功し、経済を政治領域の外側に置いた。政治的に代議制が存在するか否かに関わらず、普通選挙権があるか否かにかかわらず、政府の政策は以前よりも小さな範疇に限定されてしまった。その後、大財閥が経済権力を通じて政治に影響力を行使しだすのである。いわゆる金権政治だ。だから労働党が政権を取っても、労働者人民を真に代表することができないのである。
 
民主主義が貧者の政治になるという主張は、古代ギリシャのアリストテレスにおいては正しかったが、21世紀の梁振英においては間違っているのだ。なぜなら資本主義において、真の普通選挙が貧者の権力をもたらすことはあり得ないし、貧者の立場にたった政治を実現することさえもありえないだろう。
 
 
◆親中派は始皇帝の思考回路
 
おもしろいのは、梁振英と同じ穴のムジナである葉國謙[親中派の政党、民建聯の立法議員]が、今年の8月4日に書いた文章で、民主派議員が黎智英[民主化支援のメディア経営者]から献金を受けていたと指摘し、「民主主義とは金権ゲームである」ことの証明だと主張したことだ。つまり選挙は結局のところカネに左右される、カネの多い者が勝利するという。では誰がいちばんカネを持っているのだろうか。言うまでもなく財閥だ。つまり、梁振英とは逆のことを主張している。梁振英は真の普通選挙は貧者の権力をもたらすと主張し、葉國謙は選挙が財閥の権力をもたらすと主張しているのだ。
 
しかし両者は相反する主張で補充し合っている。事実について大まかに言うならば、梁の主張は完全に間違っているが、葉の主張は大体において正しい。しかし事実と結論とは分けて考えなければならない。葉の主張の趣旨は事実の表現に限定されているわけではなく、次のような結論へ導くことを狙ったものである。「貧乏人が普通選挙などに関心をもっても意味がない。結局それで得をするのは君たちではなく財閥なんだから。」
 
しかしこの結論は問題である。普通選挙権が財閥の特権をはく奪するものでないにしても、それが労働者民衆に何かしらの利益をもたらさないとは限らないからである。北京のメディア、いわゆるマルクス主義者、そして葉國謙などは、次のような公式を並べたてたがる。
 
代議制=西側民主主義=金権政治=ブルジョア独裁=労働者人民にとっての利益なし=絶対的否定。
 
問題は、この等式の一つ一つの推論がすべて間違っている、ということにある。これは典型的な秦の始皇帝の思考方法と同じである。自分は絶対に肯定し、他人は絶対に否定し、その中間はあり得ないという考えである。しかし現代思想においては、いくつもの中間状態が存在することを認めなければならない。労働者民衆が政治的権利を享受することは、権力を掌握することではないにしろ、いくらかは財閥の専制をけん制することは可能である。
 
もし労働者民衆が政党を結成することが可能となり、労働運動の発展が可能ならば、議会、政党政治、社会運動を通じて、自立した政治参加の能力を鍛えあげて、長期の展望に立った労働解放の事業を達成することができるだろう。そもそもこれが社会民主主義の立場であった。普通選挙権には積極的な意味があるし、それは勝ち取るべきものである。もちろん普通選挙権だけでは不十分であり、それはより良いものにしていく論理が必要だが、完全に否定すべきものではない。ましてや赤裸々な財閥独裁を支持するなどもってのほかである。
 
葉國謙の立論は、実際のところ梁振英の主張と同じである。違いがあるとすれば、訴えかける対象が違う、ということだろう。葉は労働者民衆を欺くために発言し、梁は(NT紙のインタビューを通じて)海外資本に警告するために発言しているのだ。「おやおや、注意なさい。真の普通選挙を支持する側なんかに立ってはいけませんよ。真の普通選挙はみなさんに不利なんですから」と。
 
2014年10月25日

【香港】旺角(モンコック)攻防戦のアップグレード(その1)

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オキュパイ金鐘湾の民主流動教室で「真の普通選挙から
真の民主主義へ」の講義を行う香港の仲間(10月24日)



旺角(モンコック)攻防戦のアップグレード (その1)

區龍宇

原文

旺角(モンコック)での攻防戦の発展は多くの人々の予想を超えた。梁振英が意図的に衝突をけしかけ、しかも状況が比較的落ち着いた時を狙ってきたことが、オキュパイ旺角の情勢を押し上げた理由の一つである。しかしそれだけではない。旺角の人々の勇敢な迎撃がなければ、旺角を奪還することはできなかっただろう。

不動産資本の独占を排除し、小商店を守れ

オキュパイ旺角には有利な点が大いにある。しかしまた弊害もある。オキュパイによる地域の居住民および小商店への影響は否定できない。また旺角にある大型チェーン店の労働者、特に時計や宝石の類を扱う商店への影響もある。これらの商店の労働者の収入の多くは、売上の手数料に依っているところがおおい[歩合制に近い:訳注]。友人の話によると、商売への影響で、売上手数料は半分になったという。

もちろん商売への影響にもかかわらず、さまざまな方法でオキュパイ行動を支持する小商店の人々もいることは確かだ。また熱心なオキュパイ参加者も、地域の小商店を回って理解を求める行動を呼びかけたり、消費者に向けて小商店での購入を呼びかけている。だがそれだけでは十分とは言えないかもしれない。われわれはオキュパイ旺角をアップグレードさせて、この社会的コミュニティの支持、すくなくとも中立的態度を勝ち取る必要がある。私のいうオキュパイのアップグレードとは、行動のことではなく、政治的にアップグレードさせるということだ。

◆300万余の勤労者の生活を保障してこその民主主義

小商店の店主らにさらに我慢を説得することは難しい。我々はかれらの利益を保護しなければならない。いかにして保護するのか?不動産資本の独占を排除することが、最良の方法になるだろう。小商店から搾取する本当の犯人は、不動産資本の独占とそれを後押しする香港政府である。

多くの国家では、小商店やその従業員を保護する法律がある。たとえばアメリカでは1996年に小規模商業とその雇用を保護する法律がつくられ、税制面をはじめ各種の優遇政策が実施されている。香港では反対に、ウルトラ級の巨大財閥も、吹けば飛ぶような個人商も同率の事業所得税なのである!一見、公平に見えるこの制度は、実際には不公平極まりない。本当に公平な税制というのであれば、固定税率ではなく累進課税にしなければならない。

香港政府は最大の地主であるにもかかわらず、小商店を支援しないだけでなく、不干渉の名のもとに実際には財閥の独占を黙認している。たとえば、かつては大型スーパーが公共住宅に併設されている商業スペースで営業する際には面積の規制があり、惣菜販売も規制されていた[地域の小商店の営業を保護するため:訳注]。しかし2000年ごろからそれらの規制は取り払われた。これが大規模小売店による小商店排除の先駆けとなった(住宅供給公社が管理する駐車場と商業スペースの民営化がそのピークとなった)。今日の民主化運動は、小店主らの支持を得るために、これら不動産財閥に搾取されている小店主らのために立ち上がる責任を果たすべきだろう。たとえば法律や税制、融や土地リースなどの面で優遇政策をかちとるための運動を組織化することなどが考えられる。

民主主義とは単なる「価値観」ではなく、一種の利益(権利)であることを理解すべきである。つまり、多数の中下層の人々の生活の利益(権利)を守るということだ。われわれは、普通選挙の実現というシングル・イッシューの運動から、社会改革運動へ飛躍しなければならない。そこにはもちろん不動産資本の独占への攻撃も含まれる。香港基本法では、香港の土地は公有である。それゆえ、香港政府の不動産政策が大多数の人々を犠牲にして、ごく一部の不動産資本をもうけさせる理由などないのである。

不動産資本の独占への攻撃の方法とは、穏健なもの、つまり少なくとも小商店に土地とスペースを提供するよう政府に要求するという内容である。たとえば私が住んでいる地域を例にすれば、政府の経営放棄や不作為の結果、公営市場[いちば]は閉鎖されてしまった。だが住民は買い物をしないわけにはいかない。しばらくのち、個人経営の八百屋や肉屋が開店したが、これらの小店主は公営市場のときよりも高いテナント料を支払わなければならず、その結果、住民は以前よりも高い買い物を強制されることになった。本来、行政は閉鎖などの対応ではなく、地域住民と一緒に市場の改革に取り組むべきであった。

このほかにも、大型商業店舗が営業のための土地使用を申請する際には、小店舗地区などのスペースを確保することを条件とし、政府がそのスペースを小店舗などに貸し出すことなども可能なはずだ。

宝石店の従業員らが、オキュパイによって歩合収入が半減したことも、必然の事柄であるというわけではない。もし従業員らに団体交渉権があれば、労働組合を結成することで、収入が半分も減少することは防ぐことができただろう[香港では労働組合の団体交渉権は法的に保障されていない:訳注]。これらの大型チェーン店は、いくつかの支店で収入が減少するかもしれないが、会社全体では正常な利潤を上げ続けている。つまり従業員がまともな集団的契約(協約)を結んで会社側と利潤を分け合うこともできたはずである。

我々は小店主や従業員らに我慢をお願いするよりも、社会全体を民主的に変革する偉大な事業の隊列に加わるよう促すほうがよいだろう。真の普通選挙の実現とともに、団体交渉権や小店舗の保護などを実現し、不動産資本を規制する一連の生活防衛の主張を掲げよう。普通選挙のシングル・イッシューから、民主改革憲章の提唱へとステップアップし、それを行動促進の旗印としよう。

真の普通選挙は社会変革の大工程

香港の民主化運動30年の最大の失策は、普通選挙というシングルイッシューに切り縮めてきたことにある。運動のなかには、要求すべきは普通選挙であって社会構造の改革ではない、という意見もある。しかしそれはあまりに単純な見解ではあるが、願望と客観的事実を分けて考える必要がある。

最低賃金制度の導入のような運動[香港では2011年5月にやっと導入された:訳注]においては、社会経済の権力構造の変革は不要であり、その導入は典型的なシングル・イッシューの改良と言える。しかし真の普通選挙は、新たな政治権力の再編を引き起こすことから、シングル・イッシューではありえず、社会変革の大工程となる。民主化運動は下からの闘争によってのみ勝利することができる。その一方で、その運動の発動は、必然的に社会各層の利害に抵触するし、当然にも支配階級の利害にも抵触することから、社会全体の激動を引き起こす一歩となる。

だから、たとえ我々がこの運動をシングル・イッシューと考えていたとしても、相手にとっては蜂の巣をつつかれたような大騒ぎとなる。とりわけ中国共産党の官僚独占資本主義のもとでは、香港の財界はすでに中国国内の官僚資本との二人羽織を演じていることから、真の普通選挙の実施は最高権力者たちの利害に抵触せざるを得ないし、だからこそ彼らは一部のプチブルや不安定階層をつかって民主化運動への攻撃を行っている。このような官僚財閥の陰謀に対して、民主化運動は総合的な改革綱領を提起して、最大多数の人々の支持をかちとるべきである。

これは世界の民主化運動の歴史な教訓でもある。私は、全面的な社会改革によってではなく、普通選挙というシングル・イッシューだけで民主化運動に成功した事例を知らない。

普通選挙シングル・イッシューか民主憲章か

これまでも民主化運動のなかで民衆の生活防衛の重要性を提起してきた団体は存在した。しかしその声は普通選挙の実現と並んだメインストリームにはならなかった。しかし今後も主流民主派による普通選挙シングル・イッシュー路線に追従することは、敗北への道に他ならない。敗北の道を避けるために今すぐ、民主化と民衆の生活の両方を掲げた社会的イメージを、簡潔で力強い方法で一般化すべきである。1952年に南アフリカで掲げられた自由憲章(Freedom Charter)が参考になるだろう。この憲章は、多くの民主的、政治的要求を帰納的に提起するとともに、以下の三つの経済的要求を提起している。

1、国家の富は共有される。鉱物資源、銀行、独占企業は、人民全体の所有とする。

2、土地は人民のものとする。土地の再分配を行い、国家は小農民を物質的に支援する。

3、誰もが働く権利を有し、労働組合を自由に選ぶことができ、団体交渉権が尊重される。性別や民族にかかわりなく同一労働同一賃金が保障される。


民主憲章の制定に賛成するすべての団体・個人との議論を推進し、機が熟した段階で、各地域で代表を選出し、民衆会議を組織し、民主憲章の起草と採択を行おう。人数の多い少ないは関係ない。この運動の推進および選挙すべてが啓蒙と教育の過程である。さまざまな課題に取り組む社会運動団体がそれぞれの課題のために奮闘するとともに、この憲章を中心的なスローガンとして、人々をけん引して運動のアップグレードをつづけ、多数をかちとり、少数の専制者を孤立させることが目的である。

これがわたしの考えるオキュパイ運動のアップグレードである。

2014年10月24日

【香港】まるで「動物農場」のラストシーン~「帝国主義の陰謀」論を笑う(その2)

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(上) 「米帝必敗北!」ベトナム解放戦争を
    支援する中国政府のポスター
(下) 「動物農場」のラストシーン



まるで「動物農場」のラストシーン
豚と人の見わけがつかない


區龍宇

ジョージ・オーウェルの「動物農場」をご存じの方も多いだろう。この物語は、動物農場の独裁者「ナポレオン」ら支配階層の豚たちが、かつての敵であった人間たちと祝杯を挙げているシーンで終わる。豚以外の動物たちは、かつての敵(人間)と現在の抑圧者(豚)の交歓を窓の外からぽかんと眺めるだけであった。どっちが豚でどっちが人間かの見わけがつかないくらい、交歓する両者の姿は似通っていた。

今日の中国でも、「動物農場」と同じような物語が演じられている。現在の政権党は、かつて国民党から「ソ連と繋がり、ルーブル[ソ連の通貨]を受け取っている」国賊だと誹謗中傷された。政権にある今、かつての国民党と同じようなことを言っているが、さらにひどい。というのも、かつて国民党から非難を受けた1920年代から30年代の武力革命の時代には、ソ連邦からの物質的支援は厳然たる事実であったが、現在オキュパイ運動に投げかけられている誹謗中傷--アメリカが仕組み、アメリカの資金を受け取っている色の革命--は、まったくの捏造だからだ。中国の特色ある豚の独裁者は、なんとも「偉大・光栄・正確」である。[この「偉大・光栄・正確」は、常に自分が正しいという姿勢の現在の共産党を揶揄する隠語:訳注]


◆羅織虚構も甚だしい

この「偉大・光栄・正確」のロジックはこうである。オキュパイ・セントラルは、3人の知識人が発動したもので、これら3人の知識人は主流民主派に所属しており、これまで主流民主派は親米親英の立場をとっており、全米民主化基金会(National Endowment of Democracy, NED)の資金援助を受けたり、関連する活動に参加してきたことから、アメリカ政府の代理人である、というものだ。しかし誰もが知っていることだが、雨傘運動はそもそも主流民主派が領導したものではない。3人の知識人がオキュパイ運動を発動したというが、そもそも立場もはっきりせず動揺していたことから、なかなか実現しなかった。学生連合会がまず7月2日にオキュパイ予行演習を決行し、9月22日に授業ボイコットを発動し、9月末になって雨傘運動に拡大してはじめて、9月28日に戴耀庭(3人の知識人の一人)がオキュパイ・セントラルの開始を宣言したのである。つまり両学生組織[学生連合会と学民思潮]の力を借りてに過ぎない。それ以降、3人の知識人には運動を指導するようなカリスマもない。[民主党など議会内ブルジョア民主派の]主流民主派

にいたっては言うまでもないことである。

某党機関紙[文匯報(香港紙)]にいたっては、学民思潮の黄之鋒(ジョシュア・ウォン)がNEDから資金園居を受けていたと報じたが、なんら証拠を示すことのできない報道であり、しかも本人はそれを否定している。この報道には、黄之鋒と陳方安生(アンソン・チャン※)と正体不明の白人と一緒に撮った一枚の写真がつけられていた。これが「外国とつながっている」という証拠というのであれば、冗談にもほどがあるだろう。こんな報道をするまえに、もうすこししっかりと資料に当たっていれば、こんな間違いは避けられたであろう。2004年9月5日の香港紙The Standardでは、NEDが別の援助組織であるNational Democratic Institute for International Affairs (NDI)を通じて、香港の複数の政党に技術支援および研修を行っていたと報じている。対象となった政党は、民主党、前線の主流民主派だけでなく、親中派の民建聯、自由党も含まれていた。同年9月7日の香港紙「信報」では、民建聯と自由党は資金援助は断ったが、シンポジウムへの参加は認めた
。民建聯の蔡素玉(※)などは「何度も参加した」と語っている。さてさて、これで民建聯も「アメリカの代理人」ということになるのだろうか?


◆アメリカの資金は中国の公的機関にも流れている

同年3月3日の香港紙「明報」では、米国会計検査院(General Accounting Office, GAO)が年初に下院に提出した報告によれば、過去五年間でアメリカ政府は3900万ドルを「中国の民主主義発展の基礎プロジェクトとして、中国の政府機関と司法部門が設立した機関に資金提供した。」このGAO報告はウェブでも公開されている。米国政府からの財政支援が、中国大陸や香港の民間団体に流れていることは確かだが、中国の政府部門や政府事業部門および大学などの機関にも直接/間接的に援助が行われてきたこともまた事実である。これらの報告では、中国最高人民法院[最高裁]、全人代[国会]および多くの付属機関に対して資金援助が行われ、中国刑事法の弁護手続きの改正を促してきた。

アメリカの資金援助は直接的な援助にとどまらない。国連人権委員会、ILO、国連開発計画など、さまざまな国際機関だけでなく、純粋な経済機構である世界銀行の対外援助なども、中国政府や各種の公的機構への資金援助を行っていることは、誰もが知っていることである。そしてこれらの機構ではアメリカ政府の資金が重要な支えになっている。GAOはこれらの国際機構における中国関連項目を国会に報告する責任がある。たとえば、国連開発計画では中国の関連機関に対して選挙制度と刑事法の改正に関するプロジェクトに対して援助を行っている。アジア開発銀行は1999~2006年の期間、中国の関連機関向けの同じようなプロジェクトに対して355万ドルの援助が行われている(原注i)

近年のデータは、アメリカのメリーランド大学法科大学院のThomas Lumの2012年の論文が参考になるだろう。(原注ii)

GAO報告や関連論文だけでは偏った情報だという批判もあるだろう。だが問題は中国政府自身が関係するデータを全く公開していないことにある。情報の非対称性の責任は中国政府が負わなければならない。


◆アメリカの民間基金

それでも中国メディアで関係する情報が報道されることもある。2004年2月23日の中国紙「経済観察報」は、英国人学者のAnthony Saichが2002年に清華大・ハーバード中国高級公務員連合研修プログラムを提唱し、次世代の中国官僚に対して管理研修を行ったという報道をしている。彼はその前にはフォード財団の駐中国首席代表を務めたこともある。

フォード財団はNEDとは違って民間の財団だ。中国の政府系宣伝メディアは、これらのアメリカ民間財団が中国の内政に干渉していると批判するのが常だ。だが実際には、アメリカの類似の民間財団の資金の多くが、中国政府を背景に持つ民間団体に流れている。そして本当の草の根の民間団体に流れる資金が最も少ないのである。この問題を専門に研究する香港の中文大学の社会学教授、Anthony J. Spiresによると「中国では、海外からの援助資金によるプロジェクトは厳格な政府の監視統制下にある。アメリカの大財団の巨額の援助の多くは、NGOあるいは草の根NGOにではなっく、中国政府のコントロール下にある組織に行われている。政府が設立したNGOはGONGO(Government-organized NGO)と呼ばれ、中国政府が支援しないプロジェクトへの資金を海外から集めている。それは同時に新たな社会的勢力を抑圧する装置にもなっている。」(原注iii)

州官は火を放つことを許されても、庶民は明かりを灯すことさえ許されない。(原文:州官可以放火,百姓不可点燈)

これが「偉大、光栄、正確」のロジックなのである。

2014年10月18日


原注
i GAO report 2004
ii US assistance programs in china 
iii 《美国基金会資助了中国政府,而非NGO》

※訳注 

陳方安生(アンソン・チャン)
香港返還前後に香港政府ナンバー2に就任。返還後、トップの董建華・行政長官のトップダウン方式と対立し2001年に下野。一時、立法議員をとつめ、現在は主流民主派の顔の一人。今年4月、彼女と民主党(香港)の李柱銘(マーティン・リー)が米国でNEDの地域副理事長ルイサ・グレーブらを前にオキュパイ・セントラルの計画を1時間にわたって説明したことが、アメリカ陰謀説の根拠となっている。しかしオキュパイ・セントラルは、それより1年以上前から香港の社会運動において公然と議論されてきたことであり、秘密でも謀略でも何でもないし、アンソン・チャンやマーティン・リーがオキュパイ運動を指導したこともない。

蔡素玉
当時は民建聯(親中派)の立法議員、現在は香港選出の中国全人代代表を務める。

【香港】オキュパイ戦略の転換を

mk
▲旺角の「民主流動教室」で「社会運動:組織化か脱組織化か」
というテーマで講義する區龍宇さん(2014年10月19日)


香港では10月21日に学生組織と政府との対話が予定されている。現在の戦線を整理して、次の段階への戦略を明確にして、広く人びとに訴えるべきだという區龍宇氏の主張を紹介する。

いまなお旺角など複数のオキュパイ拠点への排除が画策されるなかで、数千人の学生市民が拠点防衛で体を張っているさ中での主張であり、学生団体を含む多くの人々のなかでは反発が予想される主張である。

しかし筆者は道義的責任と政治的責任を明確に分けたうえで、政治的な戦略とそれにもとづく戦術を提起することこそが責任ある対応だと訴えている。目的はオキュパイではなく、真の普通選挙という選挙制度の実現であり、オキュパイはあくまで手段に過ぎない。

街頭での衝突をあつかう報道だけでは理解できないが、長期的な闘争の大衆的教育運動として、オキュパイ当初から「
流動民主教室」というオキュパイ拠点での大衆的な議論のスペースが続けられていることなども、オキュパイ戦術の長期的展望の転換を訴える基礎となっている。

また中国国内でもエピソード的な支援の輪が広がっているが、それを上回る暴力装置と宣伝装置によって、大衆的な支持支援は、影すらも見られないことも、オキュパイ戦略転換の訴えに影響を与えていると考えられる。(H)

原文はこちら


戦線を整理し、金鐘オキュパイに集中し、
添馬公園の長期オキュパイをかちとろう


區龍宇


政府は対話復活の意向を示し、同時にオキュパイ排除も進めつつある。それゆえ、来週の対話で望ましい結果が得られることを期待するのは幻想である。あらかたの排除が終了した後に、対話をおこない双方がそれぞれの意見を述べ合うだけ、というのが政府の狙いだろう。習近平ら強硬派の支配下においては、状況が好転する可能性は極めて少ないだろう。

学生連合が政府と対話を行うことは自由だ。だがその前に戦略を明確にしておく必要がある。真の普通選挙の実現は一気呵成に成功するものではなく、長期的な奮闘が必要だ、ということである。だから政府と対話を行い、全人代の決定の撤回を主張することは構わないが、陽動作戦の域を出ないだろう。採るべき戦術目標は、戦線を縮小するとともに、添馬公園でのオキュパイを長期的に続ける準備をはじめるという、退却をもって進攻するというものでなければならない。添馬公園の長期のオキュパイは、生活交通にも影響しない。政府との対話の目的は、対話を利用して全香港の注目を集め、政府に対して長期的に添馬公園でのオキュパイの決意を宣言し、同時に大衆に向けてそれを宣伝することで最大の支持を獲得し、雨傘運動が添馬公園をオキュパイして香港民主化運動の活動・教育拠点とすることへの支持をかちとることにある。

それを通じて、運動は縮小はするが、停止はせず、敗北もしておらず、抵抗の継続を示すことができる。これは民心を獲得し、士気を維持する一手である。だから、最終的に添馬公園でも排除が行われ、我々がそれに抵抗するときには、人びとの同情は政府ではなく我々の側により多く寄せられることになるだろう。

力量が分散された不利な陣地に固執すれば、いずれ攻略され(今朝の旺角のように)、最終的には完全排除を座して待つことになる。それは下策と同じである。

政府との対話において、全人代決定の撤回だけを繰り返すだけでは、せっかくの貴重かつ現実的宣伝効果のある機会、つまり次の抵抗の一手を宣伝する機会を無駄にすることになる。

もし学生連合と学民思潮がこのような提案に基づく決定を行うのであれば、今週中に戦略を調整し、以下のことを早急に宣言する必要がある。

1、他人がどう言おうとも、金鐘オキュパイ防衛に集中し、他の陣地は放棄し、衝突を回避し、民心を獲得する。繁華街を長期間オキュパイすることは、容易に民心を失うことにつながるし、旺角の大勢が決まりつつあるなかでは、そこにこだわるべきではない。学生連合と学民思潮は道義的には不当逮捕された人々を支援する必要はあるが、道義的席にと政治的責任は分けて考えるべきである。すべての人が受け入れるかどうかにかかわらず、両学生組織は政治的責任において戦略の調整を行うべきである。

2、龍和道のオキュパイは行わない、夏愨道および添馬公園、政府総部ビル周辺の防衛を固めて、対話の圧力とする

3、もし警察が排除を始めたら、夏愨道は退去してもかまわない。龍和道でのオキュパイは行わず、添馬公園、政府総部ビル周辺を堅持し、抵抗を試みる。もし排除を跳ね返すことができれば、毎日の流動民主教室を継続する。香港全体にボランティア労働者隊の結成を呼び掛けて、ローテーションで警備をおこなう。できる限りオキュパイを継続する。オキュパイ期間の長短にかかわらず、それが実現できれば勝利である。

4、長期の不服従運動は、添馬公園でのオキュパイの開始を画期とする。今後は、断続的に添馬公園でのオキュパイアクションを行い、雨傘運動の集団的記憶を不断に刷新させていく。正規の手続きで公園使用を申請することも必要なことである。

2014年10月17日
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