虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

Culture

『中国トロツキスト全史』の日本出版によせて

chitro

中国の陳独秀研究者の唐宝林氏が1994年に台湾で出版した『中国トロツキスト史』の全訳が出版された。日本での書名は『中国トロツキスト全史』。

この本については94年の出版直後から、当事者である王凡西や鄭超麟ら中国の老トロツキストたちからの批判的見解が表明され、日本でも『トロツキー研究』誌上でもそれらの批判的見解が翻訳紹介されていた。

日本でも当初この本の出版を検討していたという事情もあったことから、著者の唐氏も老トロツキストらの批判に反論し、もし問題があるなら(1)本文の箇所はそのままにして、老トロツキストの批判的書評と唐氏の反論を合わせて掲載する、(2)本文の基調は変えずに、指摘された問題箇所を修正するか、関連資料を資料として掲載する、ということで、日本での出版を進められないか、という提案がされた経緯がある。結局、出版の話はお流れになってしまったようだった。

それから10年以上が経過して日本語での出版というニュースを聞き、「いまさら?」とややおどろいたが、もしかして上記の(1)か(2)のような加工を加えた上で、出版あとがきか訳者あとがきで説明がされているかな、と期待してさっそく購入したのだが、残念ながらそのような形跡はみうけられなかった。

 + + + + +

訳者あとがきでは、本書への批判として「トロツキズムへの理解をほとんど欠落されている」という見解の一言のみを紹介しているだけで、中国老トロツキストの批判的書評は参考文献にさえ紹介されていない。

以下に王凡西と鄭超麟の批判的書評、および唐宝林氏による反論などが掲載された『トロツキー研究』を紹介する。

・王凡西:書評『中国トロツキスト史』
・鄭超麟:書評『中国トロツキスト史』
 長堀祐造 訳 『トロツキー研究』17号(1995年秋号)掲載

・グレゴール・ベントン:王凡西へのインタビュー
 長堀祐造 訳 『トロツキー研究』19号(1996年春号)掲載

・唐宝林:歴史の真相は隠蔽しえない!
 緒方康 訳 『トロツキー研究』20・21号(1996年夏・秋号)掲載

・王凡西:『中国トロツキスト史』の著者に答える
 長堀祐造 訳 『トロツキー研究』20・21号(1997年夏号)掲載

続きを読む

読書案内『高校紛争1969~1970』――闘争の歴史と証言

102149 
『高校紛争1969~1970』――闘争の歴史と証言
 
小林哲夫著/中公新書/八六〇円+税

 

  「歴史に見捨てられた闘争」
 

 <『高校紛争』1969―1970 「闘争」の歴史と証言>が二月末に刊行された。著者は一九七六年に高校入学というから、この闘争に直接関わったわけではない。高校二年の時、「歴史に見捨てられた闘争」について書きたいと思い、取材に一〇年、全国を回り関係者二五〇人以上からインタビューしたという。

 構想から実に三五年かけただけあって、闘争のビラや高校関係者の出した学校史、回顧録など実によく資料をあたっている。北海道から沖縄までの高校でどのような闘いがあったのか、高校生たちは何を要求し、どのように闘ったのか。そして、学校側はどのように対処したのか、丁寧に調べている。もう一つは六〇年代末の闘いだけでなく、五〇年代から六〇年安保闘争時の高校生の闘いも紹介している。

 闘争のピークは一九六九年九月から七〇年三月で、全国で二〇八件、三五都道府県の一七六校で起こっていた、という。もちろん、記録されないものを含めればこの件数はかなり多くなるだろう。要求は学内民主化要求、受験体制批判、ベトナム反戦、沖縄闘争などの政治課題など多様である。「帝大解体」「自己否定」などという「帝国主義支配の手先」にならないという考え方も特徴的だ。

 戦術も生徒会を通じた闘いから、校長室占拠、バリケード封鎖・学校占拠などこれもさまざまである。闘争の中心には活動家グループがいたが、数百人規模の集会・デモなど大衆的な闘いとして取り組まれた。一九六七年から始まるベトナム反戦闘争や大学闘争などいわゆる新左翼党派による闘いと介入が高校生闘争に影響したことは確かである。プラス・マイナスをも注意深く丹念に追っている。

 大学闘争でのバリケード封鎖に機動隊が導入されるようになると、高校においても同じように、学校は警察を導入し、生徒たちを逮捕させたり、退学などにより排除した。そんな中でも数百人規模の大衆的な処分反対集会、学校側によるロックアウト反対などの高校生たちの熱い闘いがあった。著者による様々な角度からの紹介・分析によって当時の生々しい高校生たちの息吹が伝わる。
 

私の高校闘争経験に照らして



 私も一九六〇年代末の高校闘争を闘った一人であるが、今まで高校闘争を振り返ることはほとんどなかった。高校闘争はその後の人生を決めた決定的なものではあったが、通過点だったからではないかと思う。

 今回、この本を読んで驚いたのは、当時は自分たちの高校(静岡県掛川西高校)の闘争でせいいっぱいで(学内に留まっていたわけではなく、処分撤回闘争のために日比谷野音や明治公園での数千人の集会で訴えたり、全県をオルグしたこともあった)、全国にこれほど闘争があったことを初めて知ったことである。読むにつれて、闘争の感覚は同じだったとも感じた。

 私にとって、強烈な出来事は一九六八年二月に起こった寸又峡事件(静岡県清水市)であった。在日朝鮮人金嬉老が暴力団との抗争で二人を射殺し、寸又峡の民宿に立てこもり、在日朝鮮人への差別を訴えたことであった。この行動を支援する動きが全国に起こり、金嬉老のオモニ(お母さん)が住んでいた掛川でもそうした動きがあり、私もそれに参加して、オモニとも知り合いになった。当時高校一年生であったが、クラスでこの問題を提起して論争した記憶が今でも鮮明にある。「教わることのなかった日本の侵略や差別構造」について、勉強するきっかけを与えられた。ベトナム戦争などの戦場カメラマンであった岡村昭彦が支援のため掛川に講演に訪れた。その話にすっかり魅了された私は一時、彼に弟子入りし戦場カメラマンになりたい夢を抱いたこともあった。

 また一九六九年一月の東大安田講堂攻防戦は「帝大解体」の象徴であり、強烈なインパクトを与えた。ベトナム戦争に加担する日本を変えなければならない。日本帝国主義の手先となるような帝大体制に加担しない。そうした生き方を自分も貫くし、一般生徒にもそうなろうではないかという呼びかけを行い、受験体制批判や学内民主化要求・政治活動の自由などを掲げて闘った。そしてそれは「戦後改良主義運動ではなく、革命的闘争によってしかできない」という考え方も持っていた。

 高校生の場合、親元から通っていることにより政治活動が制限されるので、闘いの持続性・急進性を維持するのがたいへんだった。教師は生徒を弾圧する手段として親を必ず使った。闘争が「教師」との対立そして親との対決へとエスカレートした。「家族帝国主義」粉砕などという言葉もあったくらいだ。

 一九六九年六月の静岡県伊東市で開かれたアスパック反対闘争(アジア・太平洋協議会首脳会議)で八人参加のうち四人が逮捕され、無期限停学の処分がなされたわれわれの場合、その後二カ月半にわたり家出をして闘争を続けざるをえなかった。

 本書でも触れているが当時の高校闘争にとって、新左翼諸党派の高校生組織が大きな役割を果たしたので、この点について一言触れておきたい。われわれの掛西高反戦会議も中核派系の反戦高協につながりメンバーにもなったが、東京であった反戦高協の大会に参加後すぐにキャップであった私が抜けて、静岡県反戦高協議長のみが組織に残る事態になった。その彼も高校闘争後、別の党派に入ってしまった。高校独自の闘いと高校を政治拠点としようとする政治党派との関係は微妙だ。「党派の引き回し」と思われるような「指導」がありうる。

 われわれは一年半ほど学内問題などを提起しながら、いかに大衆的に闘うかで苦心してきた。そんな中、アスパック闘争での大量逮捕・処分となり、処分撤回闘争が中心テーマとなった。そして、八月三一日の処分撤回全国闘争での学内突入・一時占拠戦術をとり、他高校生を含む一一人が逮捕された。その結果、急速に運動はつぶされていった。ああした戦術を含めて闘争の見通しをどう立てていたのか考えざるをえない。

 また本書でも触れているが、政治党派の内ゲバや銃での武装蜂起といった間違いがあっても、高校生はそれに巻き込まれている。「通過点」である高校生に対する「政治指導」はその政治党派に大きな責任を持たせるものである。



闘いを始める時はきっと来る
 

 高校時代の闘いの資料を改めて読み直してみた。一九六九年八月三一日、退学処分粉砕を掲げた掛川西高全国集会の後のデモで私は逮捕・拘留され、その後少年鑑別所に送られた。出てきたのは十月半ばになっていた。学校での闘いがどうなっているのかはまったく分からなかった。この一カ月半、外では処分はおかしい、撤回しろということで学内に残った仲間たちが校門前ビラまきなどして、教師や親たちと対立しながら活動を続けていた。しかし私が出る頃には闘いは終焉していた。

 今回資料を調べたら、実名を出してチラシを配っていた生徒の名があった。私が活動していた時は遭遇していなかった人たちだ。その一人と昨年、四二年ぶりにあった。その人は大学にはいかず会社に就職したが、会社が高校に問い合わせをして、「活動」のことを報告したというのだ。そんなこともあり、その会社をやめざるをえなかったと言う。「別に間違ったことをやったわけではないし、自分の生き方の基本線のようなものは今でもある」と話してくれた。あの時代、いかに深く「生き方」を問う高校生がいたかということだ。

 最後に、東京都知事石原や大阪市長橋下よる教師への強権的な「日の丸・君が代」強制や教科書の天皇制や侵略を肯定する歴史修正主義史観が強まっている。かつての高校闘争の時代は教師対高校生という対立構造であったが、今ではその教師を標的にして、教師の「自主性・自律性」を奪う攻撃が行われている。企業や支配者に従順である生徒づくりのために、「右翼史観」や受験戦争の強制が行われている。こうした強制をされる側の高校生たちが異議申し立てや拒否・抗議運動を起こしたということを聞かない。教師たちやそれを支援するさまざまな闘いがねばり強く行われている。抑圧される側の高校生たちがしなやかな感性を持って立ち上がる時がきっとくるだろう。「アラブの春」は若者たちによって担われている。



(元掛西高反戦会議 松下)

読書案内:魯迅とトロツキー 中国における「文学と革命」

『魯迅とトロツキー 中国における「文学と革命」』

長堀祐造 著
平凡社 2011年9月 
3,990円


luxuntrotsky


そういえば、90年代初めに留学していた中国の大学の寮の自室で、トロツキーの写真を掲げ、本棚には魯迅全集が並んでいたことを思い出した。新版が出版されることになった魯迅全集の購入を勧めてくれた歴史学部出身の中国人の友人が、トロツキーの写真を見て困ったような笑みを浮かべていたことを思いだす。(この友人の名誉のために付け加えると、彼が社会人に成りたてで遭遇した1989年の民主化運動では、直接運動に参加はしなかったが、シンパシーを持って民主化運動をとらえていた。)


結局、トロツキーをまともに読んだのはそれからだいぶ後になってからのことだったし、内容を理解するにはさらに時間がかかった。魯迅全集に至ってはほとんど読みもせず、留学を終えて帰国する際、その友人にあげてしまった。トロツキーの知識は「フォービギナーズ」止まり、魯迅に至っては中学生の時に国語の教科書に載っていた『故郷』のうろ覚え程度という状態がしばらく続いた。


その後、社会運動に興味を持ち、縮刷版「世界革命」で香港にもトロツキー派組織があったことを知った。「トロツキー研究所」や日本と香港のトロツキー派組織と連絡を取り、新聞や書籍を読み始めた頃だったか、かつての留学先に件の友人を訪ねた。何かの拍子に、日本でもトロツキー派の社会運動にかかわり始めたと言ったとき、彼から即座に「右派の?」と聞き返された。


その時は「左翼の運動なのになんで右派?」と一体何のことやらわからなかったが、その後、左翼運動にも右派や左派があることを学び、『トロツキー研究』や香港のトロツキー派の出版物などから、陳独秀をはじめとする中国トロツキー派が、公式共産党の歴史においてはご多聞に漏れず中国でも「帝国主義の手先」として位置づけられてきたこと、近年になってから「帝国主義の手先」から「右派」に名誉回復(?)されたことなどを知った。


さて、いつものように前置きが長くなったが、慶応大学教授の長堀祐造氏の『魯迅とトロツキー』を手にしたとき、もう20年近く前のこういった事柄を思い出した。


長堀氏はこれまでにも中国トロツキー派の鄭超麟の回想録(日本語訳『初期中国共産党群像』平凡社東洋文庫)の翻訳や「トロツキー研究」等で中国トロツキー派に関する論考を精力的に発表してきた稀有な研究者である。『魯迅とトロツキー』はこれまでの研究成果の集大成といえる力作であり、魯迅とトロツキーおよび中国トロツキー派を巡るさまざまな論争を、詳細な実証資料を交えて紹介・研究したものである。


 ◆


1937年10月19日、延安の毛沢東は魯迅逝去一周年に際して「魯迅は新中国の聖人だ」と称えた。後年の魯迅神格化はここから始まったという。


その魯迅が「最初期に関心を寄せたマルクス主義文芸批評の専著はトロツキーの『文革と革命』であった。」「折からの革命文学論争では、……トロツキー理論に依拠しながら自らの革命文学論を展開した。」「最晩年の魯迅は、中共・コミンテルンの人民戦線(統一戦線)戦術に異を唱え、周揚ら中共主流派の文学官僚からはトロツキストと非難される仕儀となる。」


しかし奇妙なことに、魯迅の死後に革命が成就して建国された中華人民共和国では、上記の毛沢東による魯迅の神格化が本格的に進む。その理由は、最晩年の魯迅が病床から書いたと言われてきた「トロツキー派に答える手紙」の存在である。この「手紙」は巧妙な書きぶりで中国トロツキー派が日本帝国主義から資金援助の疑いがあることを示唆したうえで、毛沢東率いる中国共産党の支持を明確に打ち出した。


この「手紙」は第一義的には当時スターリンによって全世界で展開されていた「トロツキスト=帝国主義の手先」の中国版であり、毛沢東というよりも王明ら純粋スターリニストたちを大いに喜ばせたのだが、その後、毛沢東が権力を握るようになったのちも、この「手紙」および神格化された魯迅を徹底的に利用したことは言うまでもない。


長堀氏は、毛沢東によって神格化された魯迅を「救い出すこと」を本書の目的のひとつとして以下のように書き記している。


「魯迅の威を借りてトロツキーや中国トロツキー派復権を意図するものではない。むしろ情勢はその逆を要求していると筆者は考えている。中共が自主的にせよ、迫られてにせよ、最終的に社会主義の看板を下ろすような状況が出来するときに備え、スターリニスト、毛沢東主義者に『拉致』された魯迅(のテクスト)を開かれた場に解放しておくことが必要なのである。トロツキー及び中国トロツキー派の『復権』はもはや魯迅に頼るまでもない。」(198頁)


 ◆


詳細な注釈が付けられた本書を一読すれば、筆者のような文学の門外漢であっても、初期の魯迅がいかにトロツキーの文学理論に傾倒、重用したのかを知ることができる。また当時の文学論争や毛沢東の文芸政策の問題点、毛沢東による最初の粛清事件である「富田事件」の顛末など、中国革命をめぐる様々な真相を、詳細な資料によって描き出している。中国近代史や中国革命の重要な一端を知る上でも貴重な資料となっている。


個人的には、第7章の「『トロツキー派に答える手紙』をめぐる諸問題」がもっとも関心を引いた。事の顛末や結論については本書を読んでいただきたいが、この「手紙」で侮蔑されたトロツキー派の陳仲山の生い立ちをはじめ、その経過をたどる長堀氏の筆には、毛沢東の獄に繋がれたり、亡命を余儀なくされてきた老托派(中国オールドトロツキスト)たちの想いが乗り移ったかのようである。


長堀氏は、日本帝国主義によって逮捕・処刑されたにもかかわらず、共産党によって後々も「国民党のスパイ」であったかのように語られ続けてきたトロツキー派の陳仲山の名誉回復にも労を折っている。魯迅の断固たる「すべて派=無条件擁護派」であり、本書の随所に登場する老托派のよき理解者であり「同伴者」である長堀氏の過去と未来の歴史に対する誠実さにあふれた本書を、一人でも多くの同志・友人に読んでもらいたい。


長堀氏は、「『トロツキー派に答える手紙』をめぐる諸問題」の章をこう締めくくっている。


「1952年、中国トロツキー派は大陸から一掃され、現在はわずかに香港の民主派内の小勢力として残存するに過ぎない。しかし今や中共の批判勢力としては最も尖鋭な合法的存在となった。中国トロツキー派の掲げる民主と人権の旗は、実は結成以来の彼らの伝統でもある。陳仲山の遺志はおそらくしばらくは香港で生き続けることだろう。そして魯迅の批判的精神は幾分なりとも彼らと共鳴するはずのものなのである。」


共鳴の旗印は、「アラブの春」から金融危機に揺れる世界を回り、いまふたたび「北京の春」の大地に翻ろうとしている。

2011年12月22日

(H)

青年戦線 第180号ができました

yf180■青年戦線 第180号ができました。目次とJCYアピールを紹介します。ぜひ購読を


青年戦線 第180号 


400円(送料:1冊80円)
発行日 2011年5月23日
編集発行
日本共産青年同盟「青年戦線」編集委員会
東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社気付
電話 03-3372-9401
FAX 03-3372-9402


青年戦線180号目次
 

■JCYアピール                
■10.29アジア連帯講座
広がる放射能汚染 緩められる基準にNO!
 6.11脱原発100万人アクション       
■9.11再稼働反対・脱原発アクション
■9.19さようなら原発1000万人アクション   
■11.6もうアッタマにきた ふざけんな東電  
■11.11再稼働反対!全国アクション    
■8.13 2011平和の灯を!ヤスクニの闇へ 
■8.15反「靖国」行動
■声明 8.15反『靖国』行動
■6.4アジア連帯講座 中東民衆革命はどこへ
■三里塚一坪共有地裁判で相次ぐ不当判決      
■1989年の「北京の春」と労働者の闘争

 

日本共産青年同盟(JCY)アピール

破綻した資本主義システムはいらない!
脱原発・核廃絶の世界を実現しよう


 新・「巻き返し政策」の黎明


 3・11を境に日本は変わった――程度の差こそあれ、誰もがそう感じていると思う。政治を取り巻く情勢も大きく変化したものの一つといえるであろう。原子力発電所の稼動・建設に反対するデモに若者が大勢繰り出す、こんなことは昨年からは想像しえない光景であり、運動に強い追い風が吹いていることを確信させられる。しかし今、逆風のふいごに強靭な足が掛けられているのもまた事実である。権力はこわれたパズルのピースを、元に戻すふりをして都合よく組み替えてしまおうとしている。

 脱原発運動の高まりは時の首相・菅から原発懐疑発言を引き出したが、野田新首相は代表選の公約で「安全性を確認した原発の活用で電力安定供給」することを訴え、福島原発事故によって脆くも崩れ去った原発安全神話のよき宣教師となっている。彼のひたむきな伝道欲はあまねく世界にも向いており、「(原発の)危険性と安全対策を伝えることは、震災後の日本だからこそできる新しい国際貢献でもあります。」との説法で、どうにも結びつかない原発輸出と国際貢献とを神秘的にもイコールの両辺に置いてしまった。

 資本の、資本による、資本のための政治へ

 このリンカーンの名言も、実情、資本に置き換えた方がしっくりくるのは嘆かわしいことだ。

 野田政権は党内各グループ、自民党と公明党、日本経団連など財界との関係修復を喫緊の課題としており、「社会保障と税制の一体的改革」「復興財源確保」と銘打った政策に動いている。名称は見目麗しいが、内容は実に凶暴な性格を帯びている。11月21日に成立した第三次補正予算では、所得税・住民税が大幅に引き上げられる一方、法人税は形式的には増税されたように見えるものの実質的には大減税となるカラクリが用意されているのである。また政権は消費税率の引き上げや福祉政策の切捨ても示唆しており、「人民」を「資本」に書き換える気が満ち満ちているようだ。

 加えて野田はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)参加に向けた協議に突入することを公言し、いっそう反人民色を強めている。ここでも彼は「世界に誇る日本の医療制度、日本の伝統文化、美しい農村は断固として守り抜く」「分厚い中間層によって支えられる安定した社会の再構築を実現する」との明らかな矛盾を平気で述べる離れ業を披露しているのである。


 親米右派政権の本質


 もちろん、普天間基地移設問題を巡ってほころびの露見したアメリカ合衆国との関係も、政権にとって人民の生活より重大な懸案事項である。9月13日の所信表明で野田は「即応性、機動性などを備えた動的防衛力を構築」するとし、米国の軍事戦略を能動的に補完する「日米同盟深化」を掲げた。また「脆弱国家支援」と称して、ソマリア、アフガニスタンといった地域へ積極的介入を行う米国の肩代わりを買ってでようと目論んでいる。これも一見国際貢献の美徳を積むようでありながら、植民地主義の実践と海外派兵の既成事実づくりに他ならないのである。

 野田首相、前原政務調査会長らは日本の侵略戦争を正当化しかねない保守派の論客として高名であり、過剰に中国脅威論を振りまいて自衛隊武器使用範囲の拡大を狙っている右翼的勢力である。それでいて、沖縄の人々を一顧だにしないのである。

 野田が自認する「どじょう政権」の名は、庶民的で腰の低い政治、といったイメージを想起させる。だがこの「庶民的」の実態とは、小農や漁民を犠牲にして大資本を助けることや、復興より大企業優遇を重んじること、人民の安全を犠牲にして技術を売り込むことである。「腰が低い」とは、あからさまでなく、言葉のオブラートに包んで苛烈な政策を遂行することなのである。

 この「どじょう」を被った政権の本質を暴露し、明確にNOの声をあげていこう!


 普天間基地閉鎖 辺野古・高江を守ろう
 

 10月から11月にかけて野田首相とその閣僚達は米側の「普天間代替」基地建設の手順のひとつである環境アセスの評価書の年内提出をにおわしたり、説得のために沖縄を訪問してみせたり、アメリカ支配層向けのパフォーマンスをしている。TPPと同じく、反対の意見をゆさぶるために用いる得意の方法だ。追加資料で新たな施設や飛行経路が明らかになり、オスプレイの使用も明記されていないという、根本的な不備に触れないままの評価書である。2012年にも配備が画策されるオスプレイについては10万回飛行で1・28回の事故率であり危険ではないと日米政府は公表した。実際には数億円の機体損傷につながった事故など数件を統計に含めていないといわれている。


 それに加え、自らの環境アセス強要をレイプにたとえ、いみじくも日米政府と沖縄との関係を暴露することとなった田中聡沖縄防衛局長の沖縄差別・女性差別発言に対して、沖縄では「許しがたい暴言」という怒りの声がうずまいている。この暴言を許さず、沖縄民衆の怒りに連帯し、男主義の最たる象徴である基地・軍隊は解体するしかない。

 もはや滑走路がV字、I字、何字であろうが、海の破壊と引き比べても、県民に対しなんらの「振興策」をもたらさないこと、飛行経路と訓練の危険度が無政府的に拡大することをほとんどの沖縄県民は理解している。それは鳩山政権時の8万人県民大会などを経て勝ち取った教訓である。

 1月に交通事故を起こして不起訴になっていた米軍属が起訴されるというニュースは、度重なる被害者、遺族のたたかいが日米地位協定にまた一つの風穴を開けたあかしだといえる。ただF15機などの事故頻発を含め、抜本的な住民被害根絶に遠いいま、米軍基地増設とそれにともなう米兵犯罪という図式は、基地機能拡張のための別の部分にすりかえられているといえる。その特徴として、円高を含めたアメリカ側の財政負担の膨張と軍事プレゼンスの変容、日本の不安定就労の増加とナショナリズムの極端化ということだといえる。


 NO 天皇制・侵略戦争賛美教科書


 いわゆる「つくる会」系歴史教科書は2011年も横浜市をはじめ育鵬社等の採択地区数を延ばしたが、そのずさんな、密室政治によって動く茶番が、最も無残な戦争被害を経験した沖縄でも繰り広げられた。8月に八重山採択地区協議会が中学校公民教科書に育鵬社版を答申すると、同じ版の採択で追随した石垣市、与那国町とは逆に、東京書籍版を採択した竹富島教委に対し、中川文科相は「教科書を自費で購入しろ」という発言をして沖縄県民の反発を呼んだ。その根拠は採択地区は同じ教科書でなければならないという教科書無償法を論拠としているが、結果として文科省もつくる会系教科書の拡大に加担していることが一層明白になったのである。


 その分教科書の内容が妥当かどうかという議論をつくる会教科書容認派は意図的に避けている。今回は沖縄県での歴史教科書でこそ、つくる会系教科書版採択は強行されなかったが、天皇制と家父長制強化、9条を押し付け憲法とする改憲論、米軍基地被害の軽視、原発推進など盛り込まれたこの教科書を、ヤマト政府に散々国策のつけを払わされた沖縄で導入することは最も許されない行為である。


 しかし公民教科書であろうと、とんでもない教科書採択を強行したことは、2007年の11万人県民大会での歴史改ざんを許すなという声を切り崩そうとする右派勢力の卑劣な攻撃が新たな段階を迎えたこととして受け止めなければならない。沖縄の動向だけでなく、同様に横浜市など多くの自治体で図られたつくる会系教科書を流布しようとする策動をひっくりかえすことで、沖縄への連帯を表現するしかないのである。

 そして尖閣「騒動」を利用して対中国境軍備と称して与那国島へ2015年までに自衛隊を配備しようという画策も日本政府はちらつかせており、その手法自体に反対しなければならない。ナショナリズムの扇動による自衛隊の実働部隊化と、米軍による徹底した統制システムの構築、基地機能維持の資金源としての日本政府のあり方は、「沖縄返還時」の沖縄密約の構造を保ったまま、緊密度を深めている。再開した米軍北部訓練場高江ヘリパッド建設工事と辺野古建設計画も白紙撤回まで油断はできない。沖縄をはじめとするすべての米軍基地、自衛隊基地を廃棄するまでたたかおう。


 すべての原発をただちに止めろ


 福島第一原発事故は終わっていない。政府は「年内の冷温停止」という目標を掲げているが、簡単には収束しない。原発事故は、大量の放射能を大気中や海に放出した。原子力安全保安院でさえ、放射性セシウムの量は広島型原爆の168倍としている。9か月を過ぎようとする現在も、放出し続けている。いまだに、原子炉に人間が近づくこともできない。内部がどうなっているのか、だれにもわからない。

 原発周辺の住民は、事故直後、政府の「念のための避難」という言葉で避難を始めたが、いまだに戻ることができない。数万人が短期間に住まいや生活の場を失った。戦後、さまざまな公共事業で強制収用や立退きがあったが、今回の事故による避難はそれらを上回るものといえるだろう。避難した人たちは、今後の生活や住まいがどうなるのか、まったく見通せない状況にある。また、十分な生活保障も受けていない。賠償金は、加害者である東京電力が査定するという仕組みになっている。

 今、政府や福島県は除染に力をそそいでいる。しかし、効果は少なく、二次被害の可能性もある。避難地域を少なく見せ、県外への人口の流失をとめるのが目的であり、住民の安全は二の次だ。除染作業にあたる人の健康被害はもとより、効果の少ない除染で、結果的に放射線量の多い場所での生活が強いられることになる。とりわけ、子どもたちへの影響が心配される。

 また、政府は長期低線量被曝や内部被曝の影響を過少評価している。ヒロシマ・ナガサキの原爆被害、チェルノブイリ原発事故の経験からから、健康に被害があることがわかっている。しかし、日本政府は、原発推進の立場から、過少評価をしている。

 食品の放射能基準見直しにその姿勢が表れている。これまでは、外部被曝と内部被曝を合わせて年間1ミリシーベルトであったものが、食品による内部被曝だけで年間1ミリシーベルトに緩めようとしているのだ。

 仮に、影響がはっきりとしないとしても、被ばくをさける努力をするべきだ。いま、政府が行っているのは、「放射能安全神話」の布教ともいうべきものだ。

 しかし、一方で放射能に対する過剰反応は、福島の人々をはじめ原発による被災者にたいする差別や人権侵害をもたらしている。このことにも注意しなければならない。

 発電所での被曝労働のほとんどは下請けであったり、東京電力が供給する管内に原発はなく、福島県は東北電力から電力の供給を受けている。原子力発電は、ウラン鉱の採掘、加工、原発の立地、運転、廃棄物の処理保管、あらゆる場面で差別体系の上に成り立っている。ここに、あらたな差別を加えてはならない。

 原発は人類と共存できないことも確認しておこう。原発は運転することで、さまざまな放射性物質、核廃棄物を作り出す。廃棄物は処理することができない。その一つ、プルトニウム239の半減期は2万4000年だ。日本では、最終処分場の場所さえない。六ヶ所村に建設中の再処理工場は、プルトニウムを取り出すためのものである。再処理工場を動かすと、原発1年分の放射能を1日で出し、元の使用済み燃料に比べ200倍もの廃棄物を生み出す。

 使用済み燃料の多くが、運転中の原発内で保管されている。まもなく満杯となる。すくなくとも数百年の管理が必要と言われているが、その保管場所さえ決まっていない。はたして、この社会が数百年後も続いているのだろうか。

 未来に大きなツケを残す原子力発電はただちに止めなけれなならない。


 脱原発社会に向かって
 

 脱原発は経済優先社会との決別である。原発は石油など化石燃料よりも安いとされてきた。ウランの埋蔵量は、石油よりも早く枯渇すると言われている。にもかかわらず、安いのは、産出国(アメリカ、オーストラリア、南アフリカ)が政治的に安定しているからだ。また、原発は1基4000億円、リスクのない事業だ。日本は事故にもかかわらず、ベトナムなどに輸出しようとしているのは道義的にも許せない行為だ。

 脱原発を決めることは民主主義の試金石である。原発の出発点は、原爆開発のマンハッタン計画にある。戦争に勝つための新兵器開発という政治的意図が、軍事機密のもとで膨大な資金と人員を動員して作り上げた。核兵器用プルトニウム作り出すのに開発されたのが原発だ。戦後、放射能の影響を隠し、平和利用の名のもと推進されたのが原子力発電だった。政治的決断で作り出されたものは、人間の手によって終わらせることができる。軍事力支配と利権と決別する社会をめざし、脱原発を実現しよう。


 われわれは99%だ


 「あんたらは1%、われわれは99%だ!」――金融帝国主義の心臓部であるウォール街に青年たちの声が響いた。マスコミでは「反格差デモ」などと呼ばれているが、明確に反資本主義の意識を持った「ウォール街を占拠せよ!」運動が打ち出した、ごく一部の富裕層と圧倒的大多数の貧困層を鮮烈に対比するスローガンだ。

 この運動は、今年初めから続くチュニジアやエジプトの新自由主義独裁政権を打倒した「ジャスミン革命」、社会保障切り捨てや貧富の格差、そして民主主義の問題を大衆的に提起する広場占拠運動であったスペインの5月15日運動(M―15)の息吹を引き継ぐものであり、だからこそこのスローガンとともに運動は全世界に広がった。

 資本の運動の最深部である労働現場における蜂起からはいまだ距離があるとはいえ、未曾有のマネー投入によって金融市場を麻痺させて恐慌の本格的勃発を先延ばしすることでしか、危機に対処することができなくなっているブルジョアジーらの混乱状況と対比すると、この一連の世界的運動が今後の社会運動に与える影響は計り知れないだろう。


 金融危機ではなく金融詐欺


 2008年9月のリーマンショックから三年が過ぎた今も世界経済の大混乱は一向に収束を見せる気配がない。危機は金融グローバル資本主義の中心の一つであるアメリカから世界中に伝播し、いまもうひとつの中心であるヨーロッパを襲っている。

 欧米日の多国籍金融資本によって流し込まれた膨大なマネーによって、ギリシャやポルトガルなど欧州の周辺国は返済不能の巨額の負債を抱えることになった。危機を先送りにするためにあらゆる金融工学という「錬金術」が駆使されたが、それはあっけなく破綻を迎えた。

 この一連の危機に対して「M―15」の参加者からは「これは金融危機ではなく金融詐欺だ!」という鮮烈なアピールが発せられている。返済のあてもないほど巨額の負債を抱え「国家破たん」の危機にあるギリシャでは、ドイツやフランスなどの多国籍金融資本の詐欺師どもが貸し付けた資金の回収に躍起になっている。IMFからギリシャへの緊急融資はギリシャを素通りしてドイツやフランスの詐欺師どもの懐に流れ込む。ギリシャに残されるのは、さらなる借金と労働者民衆に対する社会保障の切り捨てである。まさに「金融詐欺」そのものだ!

 11月初めにフランス・カンヌで開催されたG20サミットでは、金融規制に一切踏み込むこともなく、危機に瀕した世界経済におびえながら資本主義延命を願う宴が催されたが、近郊の都市ニースには資本主義葬送の鐘をかき鳴らす世界の社会運動が集まりG20反対の声を上げた。


 多国籍資本に奉仕するTPP・自由貿易政策


 欧米金融市場の大混乱は日本経済にも大きな影響を及ぼしている。この「東洋の詐欺師たち」も欧州経済の激変におびえている。90年代のバブル崩壊後、公的資金や国債など民衆へのツケによって危機を乗り切った日本の金融資本のトップである三菱UFJ、みずほ、三井住友のメガバンク3行の欧州重債務国(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)向けの貸付残高は約2兆円に上っている。

 ごくわずかの利ザヤで巨額のマネーが世界中を駆け巡る仕組みによって規模を拡大してきたグローバル金融市場のルールそのものによって資本主義は危機に直面している。リスク回避の投機マネーが大量に円に流れ込んだ結果、空前の円高状況をもたらしている。

 日本政府は10月31日に10兆円規模の単独の為替介入に踏み切り円高に歯止めをかけようとしたが焼け石に水であった。自動車など輸出を中心とした産業ブルジョアジーにとって予想外の円高水準は大きな足かせになることから、資本家とそれをささえる労働官僚らに奉仕する民主党政権は、為替政策をはじめTPPなど自由貿易政策においても、国内外の労働者・農民・消費者の犠牲のうえに無政府的な経済政策を進めざるを得ない。製造業の海外製造比率はこの10年で11%から20%近くにまで倍増し、海外からの部品調達も増加傾向にある。

 TPPをはじめとする貿易や金融の自由化とは、海外に拠点を構えた日本の多国籍資本の企業内取引への支障を緩和し、海外で稼いだ利益をよりスムーズに日本国内をはじめ全世界に再投資できる環境を整えるためでもある。自国帝国主義打倒のスローガンはいまでも有効だ。


 われわれは100%だ


 投機マネーの原初形態である利子生み資本の源泉は100%労働者が生み出した剰余価値である。現在の投機マネーは、その剰余価値を何年も、何十年も先どりする形で、みにくくふくれあがっている凶暴な幻影にすぎない。グローバル金融詐欺師や資本家どもは1%の価値さえも創り出しはしない。「あんたらは0%、われわれは100%だ!」という反資本主義左翼のスローガンを掲げ、職場で、学園で、街頭で、広場で苦闘する全世界の仲間と共に、搾取も差別も戦争もないもう一つの世界を創り出そう!

 

「人間を隷属状態から解放することほど、やってみる価値のあることはほかにないんじゃないかな」~哲学絵本『カール・マルクスの亡霊』

 Marx-00

 

『カール・マルクスの亡霊』

 [著] ロナン・ド・カラン 

 [訳] 岩澤雅利 


 [発行] ディスカヴァー・トゥエンティワン

 [価格] 税込み 1,260円

 http://www.d21.co.jp/products/isbn9784799310274

 
 
『カール・マルクスの亡霊』という面白い本が出た。A5版、64ページの読みやすいサイズ、かわいい絵本、というデザインで、分かりやすい語り口調で書かれている。

 


「<市場>の問題に決着をつけ、人間解放の道をひらくべく、マルクスは挑んだ!」という帯広告にあるように、<市場>とはなにか、そしてマルクスのいう人間解放とは何かを分かりやすく説明している。

 


物語は、赤いシーツをかぶり亡霊に変身したマルクスの登場から始まる。このちょっぴり愛嬌のあるマルクスは語り始める。
「シーツの下で何をしているのか、だって?話すと長くなるが、要するに<階級闘争>だよ。」

 

そして、ちょっぴり悲しいシレジアの人々の物語をマルクスが語り始める。

 

Marx-01

 

続きを読む

青年戦線・第179号ができました

yf青年戦線・第179号ができました。誌面案内、日本共産青年同盟(JCY)アピールを紹介します。


青年戦線(400円)
第179号 2011.5.23


誌面案内 

・JCYアピール
・東日本大震災と福島原発事故3.27再処理とめたい!首都圏市民のつどい 
・4.10浜岡原発すぐ止めて! 市民集会とデモ  
・4.24原発とめよう! 東京ネットワーク    
・ヒット曲で反原発を歌う ・検証 東京都青少年健全育成条例改正を読む  
・『資本論』から読み解く危機と失業      
・三里塚一坪共有地裁判 土地強奪許すな!


購読申込先:日本共産青年同盟「青年戦線」編集委員会 東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社気付 電話 03-3372-9401
FAX 03-3372-9402      



JCYアピール


戦争と搾取が支配する資本主義システムの変革を!
すべての原発は停止だ!脱原発社会の実現


地震・原発事故被災者の生活再建を


  2011年3月11日午後、東北関東沖を震源とする最大級の大地震と大津波が発生し太平洋沿岸を中心に多くの人命が奪われ壊滅的な被害を受けた。さらに、福島第一原発は地震で緊急停止し、津波で全電源を失い制御不能となり、原子炉の温度が上昇し火災と水蒸気爆発を繰り返し、放射性物質を放出し、炉心溶融という最悪の事態となった。周辺30キロの住民は避難を命じられ、その圏外も避難の対象に指定されるに至った。


 震災から2ヶ月になろうとしているが、被災の全容は明らかになっていない。原発事故は進行中で、収束の目途さえたっていない。死者・行方不明者は2万4千人を超え、震災直後、着の身着のままで避難した50万人のうち12万人がいまだに避難所などでの生活を強いられている。インフラの復旧は遅れ、仮設住宅も間に合わず、復興はいまだ遠い状態だ。


 さらに、雇用についても深刻だ。震災を口実に新規採用が中止や、雇い止め、解雇が出始めるなど雇用不安が広がっている。漁民は船舶を流され、農民は田畑を塩に侵され、それぞれ仕事が出来ない状況に立たされている。かろうじて収穫した作物や魚類も、「風評被害」に合っている。


 地震や津波ついて、政府や電力会社は「想定外」を繰り返し、責任を回避しようとしている。放射線量に関しても「ただちに影響を及ぼすことはない」とあたかも安全かのようなメッセージを送り続けている。事故の被害を小さく見せることに腐心してきたものの、4月にはレベル7の事故であることを認めざるを得なかった。


 今回の原発事故は、予想できた人災である。その責任は原発を推進してきた政府や電力会社や財界にあるのだ。原子力発電は、国策として始まり、自民党政権、財界が一体となって進めてきた。反対するものは金と暴力で排除し、莫大な資金で安全との宣伝を繰り返してきた。民主党政権に代わっても、原発推進は変わることがなく、原発輸出や核燃料サイクルを進めてきた。「(電源喪失など)すべてを考慮すると設計はできない」と国会で答弁し不評を買った斑目春樹氏を原子力安全委員会の委員長に選んだのも鳩山内閣だった。福島第一原発第三号炉で、プルトニウム・ウラン混合燃料によるプルサーマルが始まったのは昨年9月。運転40年で劣化している第一号炉の10年延長を認めたのも今年2月、民主党政権下での出来事だ。


 この地震津波震災と原発震災で、第一に優先されるべきは、被災者ひとりひとりの生活の再建である。しかし、財界は農業や漁業をTPP対応に作り変えようと叫び、従来型の復興特需をあてにするゼネコン。さらには「廃炉ビジネス」で儲けをたくらむ原発企業まで動きだしている。自民党や公明党の協力を得ようと菅首相は利権をちらつかせている。そして、内部留保を溜め込む大企業から吐き出させることも、米軍への「思いやり予算」も削ることなく、復興財源を口実に消費税増税を打ち出した。


 原発の危険が明らかになった今、政府が行なうべきは、すべての原発の停止であり、被災者の生活の安定や、原発周辺住民や原発関連労働者の安全の確保だ。


 日本でも、脱原発、反原発の声が広がりはじめた。マスコミの意図的な情報隠しにもかかわらず人々は、真実を知ろうと動き、そして声をあげ始めた。


アラブ民衆革命に連帯しよう


 今年1月、チュニジアで始まった反政府デモとゼネストはベンアリ独裁政権を崩壊させ、その熱気はエジプトに波及し三〇年続いたムバラク独裁政権も倒した。そして、今アラブの民衆革命の波は、バーレーン、サウジアラビア、イエメン、シリアにも広がり、リビアでは激しい攻防が続いている。


 新自由主義は破綻し、資本主義と対決する民衆の闘いは、ラテンアメリカに始まり、アラブ、EUヨーロッパに拡大している。次はアメリカ本土やアジアにも広がるだろう。世界の人々とともに闘いに立ち上がろう。


農業・生活・地域破壊のTPP反対


 昨年10月、首相管直人は、第176国会での所信表明演説で次のように述べた。


  「この秋は、我が国において、重要な国際会議が開催されます。生物多様性条約に関するCOP10では、議長国としての重要な役割を果たします。また、私が議長を務めるAPEC首脳会議では、米国、韓国、中国、ASEAN、豪州、ロシア等のアジア太平洋諸国と成長と繁栄を共有する環境を整備します。架け橋として、EPA・FTAが重要です。その一環として、環太平洋パートナーシップ協定交渉等への参加を検討し、アジア太平洋自由貿易圏の構築を目指します。東アジア共同体構想の実現を見据え、国を開き、具体的な交渉を一歩でも進めたいと思います」。


  このように管は、環太平洋経済連携協定(TPP)への参加検討を打ち出したのだ。


  TPPはもともと、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国間における地域的な自由貿易協定(FTA)に過ぎなかった。だがその内容は、農工業生産物の関税撤廃など、これまでの「貿易自由化」の枠にとどまらず、投資や労働市場、知的所有権等にいたるまで、徹底した規制緩和と民営化をめざす、想像を絶するすさまじいものだ。 金融危機をはじめ経済の混乱にあえぐアメリカの参加によって、TPPはその性格を大きく変えようとしている。アジアで影響力を増す中国をけん制し、その市場を狙うアメリカの戦略に、日本は日米同盟の再建と強化をかけて、乗り込もうとしている。それは「経済政策」などという考え抜かれたものではなく、アメリカ追随一辺倒の政府の、政治決断に過ぎないのである。


  小泉政権による「構造改革」が何をもたらしたかは、すでに明らかになったはずだ。それは資本による市場独占の自由、搾取の自由、弱者切り捨ての自由、福祉の排除。そして果てしない利潤追求の自由であった。


  「官から民へ」「改革なくして成長なし」―。小泉の絶叫に、たしかに一時期人々は酔いしれ、期待感を抱いた。だが、公然と提唱された「痛み」に耐えても、「明日はよくなる」どころか、「生きていけない」という悲痛な叫びが、あちこちであがった。


  貧困と格差がさらに拡大した。将来を悲観し孤立した若者たちの一握りが、絶望のあまり犯罪に走るという事態をもたらした。「秋葉原事件」はその象徴的な一例だった。虐げられた「怒り」や「ストレス」は理不尽にも、より自分より弱い対象に向かった。


  TPPが導入されれば、弱肉強食の資本の横暴が参加国間に広がり、自国のこれまでのさまざまな制度が、変更を余儀なくされる。他国の経済活動を制限すれば、契約違反で訴えられかねないのだ。


  無権利無資格の安価な労働力の流入が、社会全体の賃金相場を極限まで押し下げ、危険な輸入食品が商店の陳列棚を埋めつくし、生活に苦しむ人々がそれらを消費するという、悪循環が始まるだろう。


  とりわけ医療・福祉・教育の分野において、ただでさえ貧弱な日本のセーフティネットが、ついに解体する。「命の沙汰もカネ次第」という冷酷な現実が進む。病気になっても病院に行けず、手遅れになって命を落とす。貧しい人ほど短命である。


  国内の産業は空洞化し、農業は衰退の一途をたどり、自給率はさらに悪化するだろう。農業の破壊は、環境破壊につながり、貴重な生態系へも影響をおよぼす。野放図な森林の伐採や取水は、自然災害を招き、地域に甚大な被害をもたらす。


  すでに民営化された郵政はもとより、電気やガス水道などの公共サービスもまた例外ではない。人々の命と健康を、かろうじて守ってきたさまざまな「制度」や「規制」が取り払われることで、社会は一変するのである。


 TPPに参加するということは、労働者市民に犠牲を転嫁しながら、生活の様式を極限まで資本の収奪に都合よく作り変えることなのだ。


  3月11日の「東日本大震災」により、東北地方は壊滅的な打撃を受けた。世界に歴史に汚点を残した深刻な原発事故。収束の見通しはまったく立っていない。


  今回の大惨事は、けっして「想定外」などではない。過去この地域には巨大な津波が襲いかかってきたし、「地震大国日本」における原子力発電推進の危険性、その愚かしさは、これまで何度も何度も指摘されてきたのだ。この非常事態に加えて、無謀なTPP参加など絶対に許されることではない。


 震災を口実にした賃下げ、首切りを許すな。節電を口実にした労働条件の改悪、労働環境の劣悪化を認めるな。


 被災者を置き去りにした復興計画を進めるな。政府・東電は、解体的出直しで被災者に満額の補償をせよ。全体主義的節電強要を許すな。電力は余っている。


 浜岡原発をはじめ、すべての原発を即時停止し、廃炉および核廃棄物の処理計画を政府・東電の責任において明らかにせよ。


戦争・人権抑圧の軍隊・軍事基地はいらない


 米軍と自衛隊は、生存者の救出、遺体の搬出に存在感を発揮してみせ、あるいは警察を含めて東電原発での注水作業といった危険作業の従事をアピールし、あるいは災害派遣と書かれた軍用車が走り回る光景に象徴される軍隊のプレゼンスによって、確実に災害時の擬似戦時体制を作り上げた。


 それはメディアの自粛キャンペーンと計画停電に見られる管理統制とによって補完された巧みな演出だったといえる。「トモダチ作戦」に投入された米軍の兵員は18000人を超え、空母ロナルドレーガンの派遣、海兵隊ヘリの派遣、揚陸艦の秋田沖配置などを手早く実施した。自衛隊もたとえば16日派遣の那覇駐屯地所属の自衛隊が嘉手納、横田を経由して米軍機で宮城県入りするなど、日米の軍事一体化ぶりを引き続きアピールしている。


 だが米軍と自衛隊の救出キャンペーンは、われわれが、軍隊は民衆を守らないとこれまで主張してきたことを裏付けたにすぎない。米軍は原
発爆発を受けて東北沿岸の空母がいち早く80キロ圏へ退避するなど、被災地での救出より自国の国益を守るために存在していることを随所に見せ
付けた。自衛隊にしても、石原都政の「ビッグレスキュー」や阪神大震災での「危機管理」追及などを通して、防災と救助に名を借りた治安出動正当化の歴史が、太平洋沖の震災でも一定の結実をみせたといえる。


 震災に対する、大資本と直属の治安部門の結集は、新たな軍事化の成長を予感させると共に、たとえば日米同盟が犠牲にしてきた沖縄において、怒りをうやむやにしようとするもくろみにも貫かれている。2月から3月にかけて「沖縄は怠惰、ゆすりとたかりの名人」などという侮辱発言を問われたメア国務省日本部長は更迭されても、不真面目な弁明を繰り返した挙句、3月16日には震災支援の特別調整役に任命された。暴言の罪は払拭され、かえって米軍の『作戦』に欠くべからず人物として復活したのだ。


 この人物は米政府内で「最良の場合、辺野古新基地が完成し、最悪の場合は普天間基地が残ることだが、そうだとしても問題ない」などと進言するなどそれなりの発言力を持っていることも判明した。


 震災に際して、思いやり予算が3月30日に国会で可決されてしまったことも、救援・復興の財源が取りざたされている時期に何ということかと
怒りを呼び起こした。


 1881億円という額を維持したが、米軍に支出する経費はそれにとどまらず、グアム移転経費も実現するならさらに膨れ上がるだろうということが米政府関係者によって吹聴されている。


 沖縄・辺野古新基地反対


 辺野古の新基地建設も座り込みテントの監視を受けながらキャンプ・シュワブと浜の境界に鉄柵を設置している。どこで本格的な着工が始まる
か予断を許さない。東村・高江でも2月になって資材搬入など工事強行がおこなわれ、座り込み抗議者に対する暴力の事実も確認されている。座り込んで阻止する人の物量は不足しているが、その創意工夫によって工事に動員される沖縄の人々と関係性を作り上げている。素朴な生活を営む住民に断りなしに危険な垂直離発着機オスプレイのためのヘリパッドを作らせてはならない。辺野古と都市制圧訓練の航空基地群を形成させてはならない。


 3・11震災での支援物資の空輸で「普天間飛行場の位置が第3遠征軍の災害支援活動にきわめて重要であることが証明された」と強調した在沖総領事館の発言が震災の政治利用と批判を浴びるなど、沖縄では米軍の救援体制と基地負担は分けて考えるべきだという主張は根強い。


 いまだに嘉手納基地での騒音音量と時間帯の非常識は改まらず、3月30日に嘉手納上空でフレア〔追尾をごまかす発炎筒〕誤射という事件も起
こしたばかりだ。嘉手納高校の卒業式の途中の騒音などもあり、普天間代替だけが政治の日程にのぼること自体がおかしいのだ。


 3月29日にCH―53Dヘリがホノルル沖で墜落しているが、2004年に沖縄国際大学で落ちたのと同型機である。米軍の問題は、兵員の起こす刑事事件、墜落、環境汚染など老朽化、汚染物質の拡散など原発事故と重なる部分が多いのである。安全保障などと言っている間に普通の生活が脅かされてきたのだ。震災と原発の暴走を前に、他国の武力侵攻、テロの脅威などを吹聴する勢力が随分とかすんでしまったことは忘れない。本当に危機管理能力を持っている者は米軍基地や原発など是認しないのだ。


 この機会に軍事基地がどこまで必要なのか検証しなければならない。原発に匹敵する迷惑施設である基地に使われる土地を米軍から取り戻せ。
金を湯水のように使うことは許されない。原子力空母の沖縄・佐世保・横須賀への入港も拒否しよう。震災のドサクサにまぎれた軍事基地強化を阻止しよう。


「原子力帝国」を打倒せよ


 「フクシマ」は、「ヒロシマ」「ナガサキ」、そして「ナンキン」「アウシュビッツ」とともに、資本主義の暗黒の墓標にその名を刻み込んだ。原子力政策を進めてきた国、自治体、政治家、官僚、東京電力、製造メーカー、メガバンク、財界、御用学者、広告代理店、マスメディアなどの責任は重大である。この巨大な利益集団は「原子力村」と呼ばれている。しかしそれは「村」などという規模を超える、まさに「原子力帝国」と呼ぶにふさわしい日本資本主義に深く根ざしたシステムなのである。


 原子力発電に巨額の資本投資をしてきた政府、メガバンク、電力会社、製造メーカなどの「原子力帝国」主義者たちは、福島第一原発部門の「切り捨て」や浜岡原発の一時停止だけで逃げ切ろうとしている。それは原子力産業が日本資本主義システムの奥深くに根ざしていることを意味している。つまり、すべての原発を止め、再生可能エネルギーへの転換を実現するためには、「原子力帝国」日本における資本主義システムとの闘争が不可欠なのだ。


 大災害や天変地異はそれまで覆い隠されてきた階級的利害を白日の下に晒す。「原子力帝国」主義者たちはマスコミをはじめあらゆる手段を通じて「オール・ジャパン」を演出しているが、現実に進んでいるのは、被曝を労働者階級と農漁村地域へと押し付ける「原子力帝国」の政策であり、日米軍事同盟の強化であり、被災地支援に名を借りた社会保障や賃金に対する階級的攻撃なのだ。


 世界の反原発運動は「フクシマの警告を忘れるな!」を合言葉に脱原発社会を目指すたたかいを強化している。「フクシマ」を資本主義の墓標にのみ刻み込まれる名前にしてはならない。温室効果ガスを垂れ流し、原発と核兵器が暗い影を落とし、家父長制と差別が隅々にまで浸透し、人権と民主主義が抑圧され、搾取と戦争が支配する世界と日本の「原子力帝国」を根底から作り変えるために、「脱原発、脱資本主義」の旗を高く掲げる青年の希望のスローガンに「フクシマ」の文字が刻み込まれなければならない。


  「脱原発。脱資本主義」の旗を高く掲げよう!

記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ