虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

公開講座

報告:6.4アジ連公開講座「中東民衆革命はどこへ」

64 6月4日、アジア連帯講座は、東京・コアいけぶくろで「中東民衆革命はどこへ」と題する講座を行った。1月14日、チュニジアで二三年間続いたベン・アリ政権は、民衆決起で打倒され逃亡した。2月にはエジプト民衆は、30年続いたムバーラク政権を崩壊させた。この民衆革命の波は、イエメン、バーレーン、リビア、シリアなどへとアラブ世界に波及していった。一連のアラブ民衆の闘いをいかにとらえるのかという観点から湯川順夫さん(翻訳家)、田浪亜央江さん(パレスチナ研究)を講師として招き問題提起してもらった。

 開催にあたって司会は、「3・11東日本大震災と福島第一原発事故以降、中東の報道が少なくなってしまった。しかし、現在進行形でチュニジア、エジプトにおいて政権打倒後、支配者たちと民衆の攻防は続いている。中東全体で見ればリビア、シリアなどでも民衆の闘いが波及し、厳しい闘いが展開されている。中東の民衆革命は、歴史的には非常に大きな出来事であり、世界のあり方を変える兆しを垣間見せているのではないか」と指摘した。



湯川報告



 湯川さんは、「チュニジアから始まった革命の波の意味するもの」について報告した。


 第一は、「民衆の決起と『イスラム主義』の関係」についてアプローチし、「イスラム主義が前面に出ていない」と評価した。

 つまり、「今回の運動は、前段の闘争がすでに始まっていた成果なのだ。グローバリゼーションに抵抗する運動、2000年のパレスチナの第二次インティファーダとの連帯闘争、2003年のイラク反戦運動、2006年以降の労働者のストライキ闘争の闘いを積み上げてきた。アラブ世界の中では、社会の中で労働者階級が相対的により大きな位置を占めるチュニジア、エジプトから運動が始まったのもそのような意味をもつものである。さらに女性の大きな役割があった。タハリール広場で男女が平等に討論し、同じ場所で食事、寝泊りし闘った。エジプトでは『ムスリムとキリスト教徒はひとつ、モスクと教会はひとつ』というスローガンがかかげられた。ムバラク体制からの弾圧に対するイスラム教徒とコプト教徒との共同の闘いも実現した」と提起した。

 そのうえで「テロを展開する『イスラム原理主義』の流れは、現実の大衆、社会との接点ないため影響力はなかった。大衆の中に基盤をおく『イスラム主義』(ヒズボラ、ハマス、ムスリム同胞団)は、事態の圧力に押し流されているだけでイニシアチブを発揮できていない」と分析した。

 第二は、アラブにおける運動の特徴について。

 「闘いの担い手は、若者、労働者、女性だった。自由と民主主義、社会・経済的要求(食品価格の暴騰、賃上げ)を掲げた。インターネットや携帯などの新しい情報媒体を活用した。中間総括的にまとめれば民衆の闘いは、アラブ各国の独裁体制のもとで推進されてきた新自由主義のグローバリゼーションの破綻と矛盾の噴出だ。先進国はいずれもこうした独裁政権を支持し支えてきた。グローバリゼーションが生み出したアラブにおける民衆の運動にタイムラグはあるが、世界社会フォーラムに象徴されるグローバリゼーションに抵抗する全世界的な社会運動の成果である。要するに新自由主義政策は、アラブの民衆に何らの恩恵をもたらさなかった」と結論づけた。

 「今回のアラブ全域への民衆の決起の拡大は、アラブ民族主義の新たな形での復活である。同時に、このアラブ民族主義のバックボーンのひとつをなしているのはパレスチナである。パレスチナ解放はアラブ民衆の共通の悲願であり、パレスチナ解放闘争への支援はアラブ大衆をひとつに結集させる巨大な吸引力をもっている。 アラブ各国における民主主義が前進すればす
るほど、各国で民意が反映されるようになればなるほど、パレスチナ解放闘争に対するアラブの大衆動員は強まりこそすれ、弱まることなどまったくない」と強調した。

 「チュニジア、エジプトの今後の闘いの展望」について「社会経済的要求を掲げた労働者の運動に対抗する『秩序の回復』、『平和的移行』を主張する軍、ブルジョアジー、それを後押しする国際帝国主義という対立構造の出現している。リビアの帰趨が他のアラブ諸国における攻防に大きな影響を及ぼす。予断を許さない局面が続いている」とまとめた。
 

田浪報告
 

 田浪さんは、「アラブ民衆革命とパレスチナ」というテーマで報告。冒頭、2月にパレスチナに滞在中、民衆がエジプト革命成功を祝う夕べの模様などを紹介した。

 分析視点の第一として「民衆蜂起の理由を生み出したパレスチナ情勢」と設定した。


 「エジプト政府がガザ封鎖に手を貸し、積極的にパレスチナ民衆の生活を破壊していた。エジプトの民衆は、このような政府を許さず状況の煮詰まりが爆発していったといえる。一九七九年にエジプトはイスラエルとの和平条約を結んだが、エジプト民衆はその30周年にあたって『エジプトには何もメリットがなかった』という総括をしている。そもそも戦争条約だったという評価だ。これまでのアラブ民雌雄の無力感、閉塞感の自覚、国内経済状況の悪化と失業増大問題などが重なり合った」と提起した。

 さらに「一般的にチュニジアの革命によって広がったという評価だが、そもそも民衆の闘いの自信は、イランの2009年5月の大統領選結果を巡る抗議運動=緑の運動が、『フェースブック革命』と形容された出来事だった」と強調した。

 第二は、「アラブ革命に対するパレスチナ側の反応」について報告。

 「チュニジアの闘いに対して当初は、様子見だった。ベンアリ逃亡後、歓迎集会、デモが行われた。エジプトについても様子見だった。ファタハ政府はエジプトへの連帯デモを禁止していたほどだ。ムバラーク辞任後にデモ等を解禁した。パレスチナ人側に立つ新外相ナビール・アラビー就任とアラブ連盟就任を歓迎した。リビア政府に対しては、民間人虐殺に非難声明を出した。ところがリビア政府のガザへの支援停止とリビア国内のパレスチナ人(7万人)の送金停止はハマース政権に打撃であった。シリアに対しては、ハマース政権はアサド政権不安定化に危機感を持ち、ファタハとの和解に向かった。基本的にシリアの内政問題という立場で現状維持だ。例えば、シリア内のパレスチナ人はアサド支持が多数で苦しい立場にあることに現れている」。

 第三は、「エジプトの民主化デモ、ムバラーク辞任に対するイスラエルの反応」について整理した。とりわけ「ファタハとハマースの和解」についてイスラエル・ネタニヤフが正式合意から2時間ほどで「テロリストに勝利を与えた」と非難したが、イスラエル外務省筋文書にある「和解はむしろ(長い眼で見て)イスラエルに戦略的機会を与える。国際社会を前にイスラエルの立場を弱めてはならず、慎重な振る舞いが必要」という見解の存在を紹介し、「9月、アラブ連盟による国連総会でのパレスチナ国家承認要請の動向を見据えたうえでこういう見解が浮上している」と解説した。そのうえで「むしろイスラエルは実をとり、アラブ連盟によるイスラエル承認と関係正常化を手にするか。今後どのように動くか注視する必要がある」とまとめた。(Y)

【アジ連3.26公開講座報告】~資本主義では生きられないョ!全員集合~

ajirenアジア連帯講座 3.26公開講座報告

「~資本主義では生きられないョ!全員集合~ 『資本論』から読み解く危機と失業青年に襲いかかる失業を跳ね返えそう!」

講師:森田成也さん(大学非常勤講師)

 

 3月26日、アジア連帯講座は、「~資本主義では生きられないョ!全員集合~ 『資本論』から読み解く危機と失業 青年に襲いかかる失業を跳ね返えそう!」というテーマで資本論研究の森田成也さん(大学非常勤講師)を講師に招き、公開講座を行った(コア・いけぶくろ)。著作に『資本と剰余価値の理論――マルクス剰余価値論の再構成』(作品社/2200円)、『価値と剰余価値の理論――続マルクス剰余価値論の再構成』(作品社/2200円)、翻訳にデヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』(作品社/2600円)、多数の翻訳などがある。

 森田さんは、「1、『資本論』から読み解く際の注意点/2、『資本論』1巻の「資本蓄積論」で読み解く失業/3、『資本論』第1巻の「資本蓄積論」の限界を超えての考察」について提起し、最後に「われわれは現代の問題を見て『資本論』に足りないもの、あるいは萌芽的なものはあるが十分には展開されていない部分を見つけ出して、それを『資本論』の精神、マルクスの精神にのっとって理論そのものを発展させていくことが必要である」と述べ、資本論との格闘姿勢を強調した。以下、講演要旨を掲載する。

 『資本論』から読み解く危機と失業

森田成也(大学非常勤講師)@豊島区民センター(2011.3.26)

はじめに

 今日のテーマは「『資本論』から読み解く危機と失業」となっているが、実を言うと、「危機」という問題について曲がりなりにもお話するには、『資本論』全巻にプラスして、さらに『資本論』のいわゆる後半体系(国家、外国貿易、世界市場)というところまで話を展開させなくてはならない。だが、これはちょっと今日の限られた時間の中ではとうてい無理なので、「危機」よりも「失業」の話、すなわち『資本論』の用語で言えば「相対的過剰人口」の話に限定して、それを『資本論』第1巻の資本蓄積論との関係でお話したい。

 

  1、『資本論』から読み解く際の注意点

 

 2008年に世界金融恐慌が起こり、金融資本主義的な路線が誰の目にも明らかな形で破綻した。その後、経済危機を解明していくツールの1つとしてマルクスや『資本論』に対する興味が復活していった。それ以前にすでに新自由主義とグローバリゼーションのせいで不平等と貧困が世界的に顕著となり、それとの関連でもマルクスに対する興味が復活していた。だから2009年頃からこの日本でもいくつかの出版社が争ってマルクス関連本を出版しだした(ただしその多くは安直な単なる便乗本だったのだが)。

 

  『資本論』は完成された書物ではない

 しかし、気をつけなければならないのは、『資本論』は完成された書物ではないということだ。マルクスの生前に出版されたのは、『資本論』の第1巻(初版1867年)だけ。第2、第3巻はいくつかの草稿という形で残され、エンゲルスが10年以上かけて苦労して、ようやくそれらの草稿をつなぎあわせて第2、第3巻を出版した。

 ならばこの第1巻は完成された書物なのかというと、そこも大いに疑問だ。マルクスは最初の草稿である『経済学批判要綱』と呼ばれているものを書いてから、何度も草稿を書いて最終的に『資本論』を書いた。この間は約10年だ。初版から2版にかけてもかなり書き直している。フランス語に翻訳する際にも自ら念入りに手を入れている。大筋の論理は変わっていないが、別の著作とも言えるぐらい細部に至るまで書き直している(現在われわれが読んでいる第4版はフランス語版からかなり文章を取り入れている)。このように何度も書き直しを繰り返したことからしても、第1巻を完成された書物とみなすことはできない。もしマルクスがもっと長生きしていたとすれば、さらに書き直した可能性があるからだ。

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