虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

公開講座

【4.7アジ連講座】生きたマルクス主義を次世代に-ベンサイド『21世紀マルクス主義の模索』を読む

4.7アジ連公開講座
生きたマルクス主義を次世代に
ベンサイド『21世紀マルクス主義の模索』を読む
 
日時:4月7日(土)午後6時30分

場所:文京シビックセンター障害者会館3A(地下鉄春日駅)

 
講師:湯川順夫さん(翻訳家)「ダニエル・ベンサイドのメッセージとわれわれの課題」  

コメント:中村富美子さん(ジャーナリスト) 「政治闘争家でもあった哲学者ベンサイドの遺産」(週刊金曜日2011.12.16掲載)
 
資料代:500円
 
 

db 二世紀におよぶ階級闘争の歴史的射程のもとでいかに「現在」をとらえ、世界変革を展望するのか。その方向性を探求していく取組みの一環としてフランスのマルクス主義思想家であるダニエル・ベンサイドの『21世紀マルクス主義の模索』をテキストとして取り上げます。

 提起されているテーマは多岐にわたります。例えば、、、

1989年のベルリンの壁の崩壊と1991年のソ連邦の自壊をどのように歴史的・政治的に規定するのか? 

そこからどのような政治的方向づけを持とうとするのか? 

プロレタリアートの独裁は、マルクスによってどのように提起されたのか? 

何のために国家権力を獲得しようとするのか? 

獲得した国家権力をもとに私有財産と国家の廃絶へと進んでいくために、何が現在的に求められているのか? 

そこでのヘゲモニー概念を、どのように実践的に再構築するのか? 

マルクスにおいて「政治」は、どのようにとらえられていたのか? 

「市場」に支配され、消滅しつつある被抑圧者の政治を、どのように再構築しようとするのか? 

エコロジーやフェミニズムなど、マルクス、エンゲルス、レーニン、トロツキーなどにおいて明確になっていなかった課題に、現在のマルクス主義者はどのように取り組むべきか? …

…これらはいくつかの論文にまたがって関連しあいながら論じられています。

 本講座は『21世紀マルクス主義の模索』の訳者である湯川順夫さん、ベンサイドのゼミに参加したことがある中村富美子さんから報告していただきます。



■ダニエル・ベンサイド略歴

1946年3月25日生まれ

1968年5月 大学・工場占拠の闘い。共産主義者同盟(LC)の結成に参加。

第四インターナショナル・フランス支部である、革命的共産主義者同盟(LCR)の創設に加わる。

政治哲学者としてパリ第八大学教授を務める。

2002年10月、東京恵比寿・日仏会館で行われたシンポジウム「グローバル化時代のフランス政治思想」に参加。

2008年1月 NPA(反資本主義新党)創設に参加。

2010年1月12日死去。63歳没。



■『21世紀マルクス主義の模索 』ダニエル・ベンサイド著/湯川順夫訳 3800円+税 柘植書房新社

序 章 複数のマルクス主義――その過去・現在・未来

第1章 過ぎ去った20世紀とロシア十月革命の輝き

第2章 21世紀の世界を変革するマルクス主義の理論と戦略

第3章 新自由主義グローバリゼーションと世界の再植民地化

第4章 フランス反資本主義新党への挑戦

終 章 共産主義の力

【報告】10.29 アジ連公開講座「広がる放射能汚染 緩められる基準にNO!」

jpg 10月29日、アジア連帯講座は、「広がる放射能汚染 緩められる基準にNO!」というテーマで講師に松丸健二さん(原発いらない!千葉)、福島いわきの仲間を迎えて公開講座を文京シビックセンターで行った。

 講座開催にあたってアジ連の仲間は、「放射能汚染とどう向き合うのか」という観点から次のように問題提起した。


 「原発事故によって大量の放射能がばら撒かれた。私たちの力ではなくすことはできないが、現実に合わせて基準のほうがどんどん緩められ高められている。さらに下水処理場やゴミ焼却場から出る放射能汚染の汚泥だ。東京でも中央防波堤埋め立て処分場には、下水処理場から出た汚泥、ごみ焼却場から出た焼却灰で放射性物質が含まれていたものが、集められている。首都圏の各地で焼却場の周りに仮置きをしていたりして大量に存在している」。


 「これらの問題をどのように考えたらいいのか。福島原発事故は、いまだに放射能を出し続けている。大量にばら撒かれたので、食品だけではなく、身の回りに存在している。原発をやめることは当然だが、同時に放射能汚染問題についてどう向き合うのか。ともに考えていこう」。


 福島県いわきの仲間は、放射汚染の拡大と労働者の被曝問題をクローズアップし、低線量被曝の切捨てを止めさせようとアピールした。(要旨別掲)


 松丸さんは、「福島第一原発事故を被曝問題から考える」というテーマから①核技術②核災害③被曝問題④放射能を少なくする食生活⑤原発再稼働阻止――について報告した。(要旨別掲)



●福島県いわきの仲間の発言


 東京電力は福島第一原発を廃炉にするために、貫通した格納容器を塞ぎ、
そこに水を入れ水棺にすると言っている。仮に出来たと仮定して、私は現在の福島原発とりわけ第一原発地震の地震に対する安全性が心配だ。福島第一原発の近くには双葉断層という長い断層がある。東京電力は双葉断層について動く可能性の在る部分を短く評価している。


 福島県の浜通り地方は3月11日に海側を震源とする地震に遭い、その1カ月後には動かないと評価されていた湯ノ岳断層が動き、内陸型地震が発生した。3月11日の地震は最大震度7を宮城県で計測し、4月11日の地震は、福島県浜通・中通り等で震度6弱を記録し地表に長い断層が出現した。東京電力が動かないと評価した双葉断層が動く可能性が出て来たのではないか。双葉断層が東京電力の予測を外れて動いた時、福島原発はどうなるのか? このことが心配だ。


 今日、明日終わる事故ではない。私たちは3月11日に生活が変わった。世の中が変わってしまった。いまだに放射能が出続けている。あと30年以上続く、原発事故収束を見ることができないかもしれないとみんな思っている。そういう長い展望でやろうとしている。


 みんなそれぞれに不安を持っている。地元に残っている人達もそうです。それらの不安が復興のためということで切り捨てられようとしている。街、通学路だけ除染したらいいのではないかとなってしまっている。人が生きるとは、どういうことなのか。田舎ですから、土と親しみ、山に行ってキノコを採ったり、海に行って魚釣りをしたりしてきた。それは自分の幼いころの思い出とか、みんな繋がっている。これからはそういうことができない。


 いったい人がそこで生活していくことを、どのように考えているのか。矮小化されて考えられている。農産物の補償があっても、農民と漁民だけだ。廃棄物問題で弁護団の調査が入った。家庭菜園をやってきた人はいっぱいます。その作物の補償とかはどうなるのか。いろんな材料費だってある。これらが一切投げ捨てられている。


 ある農家の農作業を行っているのは高齢者だ。お爺さんの楽しみは、時折訪れる孫に「爺ちゃんの作った作物はうめーだろ。爺ちゃんが丹精して農薬を使わないで育てているからだぞ」と言って食べさせることだった。ところが今回の原発の事故で放射能が怖くて、自慢の野菜を孫に食べさせることができなくなった。このようなこと至るところで起きている。


 だから場当たりじゃなくて、どういうふうに汚染されているのか。詳細なデータが調査されなければならない。住民が自主的にそのデータに基づいて計画を作ってやっていかないと、どうにもならない。どこかの科学者が基準値を作るという話ではない。根本的な民主主義をどうするのか。そういう社会体制の問題だ。政府は県民の不安の声に動かされて国の責任で除染する基準を下げる報道があるが、基本は低線量被曝を切り捨てる方向で動いている。我慢しなさいと簡単に言うけど、誰が我慢するのか。その人に我慢を押しつけていいのか。少なくとも健康管理手帳を配布し、ちゃんと健康診断し、医療補償して、そういう体制を作る事が大事だ。


 福島原発の震災被曝者援護法を作ろうという動きがある。広島、長崎では、かえってそれが原爆被害者を切り捨てる役割を果した。その基準値をどうするのか。法律をどうするのか。誰でも使えるようにする必要がある。大きな全国的な運動が繋がってやっていく必要がある。全港湾の仲間たちは、放射能汚染のレンガを横浜の埋め立てに使おうとしたところ止めさせた。現場の労働者、市民が団結して止めさせた。そういうことが大事だと思う。

 


●松丸報告


 福島第一原発事故と他の核災害


 被曝のいろんな基準は、広島・長崎の、その後の調査とかで作られています。広島・長崎の場合は、ウランとプルトニウムの違いがありますけども、瞬間的に放射線が飛び核爆発、核分裂したウランやプルトニウムが死の灰になって、拡散して、被曝をもたらした。時間的には「短時間」です。

 チェルノブイリの場合は、原因が核暴走ということで、核爆発に近い。ウラン燃料が核暴走して破裂し、中性子の減速材として使われていた黒鉛ブロックの火災が起きた。この火災による高熱で死の灰、核分裂生成物が、高い大気層まで上昇したため、広範囲に放射能が飛んだ。


 福島では、メルトダウン後に水素爆発が起きました。水素爆発で建屋が破壊されるまでは、ヨウ素やセシウムなどが内部に充満。排気塔までのルートにはフィルターが付いているので、多くの放射能は外部には出ていなかったが、水素爆発によって撒き散らかされた。建屋が吹き飛んだ後は、除々に放射能が漏出し続けている。福島では3つの原子炉がメルトダウン。チェルノブイリ事故では一つだった。


 チェルノブイリと較べて、日本政府の発表は、確か7分の1とかの放射能しか放出していないんじゃないかというものでした。それに対してスウェーデン研究機関は、その三倍ぐらい出ているのではないかと発表している。幅があって、どちらが正しいのかという判断は置いておいて、私はチェルノブイリより低めの可能性があると考えています。


 さらにチェルノブイリの場合は、大陸の真ん中で起きて、人間の住んでい
る地域としては広い地域が汚染された。福島の場合は、海岸沿いに立地しており、大部分が海へ。一九%が日本列島に降り注いで、二%が日本以外の陸地に降り注いだと言っている。海の汚染、魚の汚染状況は、なかなか報道されてはいないのですが、陸に関してはチェルノブイリと比較すれば、少ないかもしれない。



 「チェルノブイリ原発のあるブリピャチ川流域の土壌は粘土鉱物が少なく、事故前より、セシウム137の作物への移行が大きいことが知られていた」(今中哲二『「チェルノブイリ」を見つめなおす』原子力資料情報室刊)


 今中哲二さんは小出裕章さんの同僚で、京都大学原子炉実験所の助教をやっている方です。五年前に原子力資料情報室が発行した今中さんのパンフレットによれば、チェルノブイリ原発周辺の多くは、セシウムが食品に移行しやすい土壌だということです。


 福島県二本松市の旧小沢町の米の予備検査で、基準ぎりぎりの500ベクレルが検出された。その後の調査では、高い値の出た小沢町の田んぼは、山からの湧き水を利用しているので、砂の比率が高くてセシウムを吸着する粘土質が少ないため、稲に移行したんじゃないかと考えられています。セシウムは水溶性です。(他の田んぼよりカリウムの施肥が少ないため、稲がセシウムを大量に吸い上げたことも考えられる。)


 福島第一原発後、数百キロ離れた地域の野菜やお茶などが汚染されていることがわかりました。有機農法を続けてきた三里塚にも放射能が流れてきました。柳川秀夫さんは、畑の周囲に植えていたお茶の木を切り倒してしまったと聞きました。


 東峰のワンパックのホームページを見たら、
 「畑の土の放射線量の結果がきました 2011.10.20 Thursday
 たんぽぽ舎の放射能汚染食品測定室に検体を出していました、べじたぶるんの3軒の農家の土の測定結果がきました。どれも放射性セシウムの値です。


 ピポカの畑(成田市新田)    101Bq/kg
 三つ豆ファームの畑(山武市)  90Bq/kg
 南実の音の畑(成田市伊能)  104Bq/kg


でした。空間線量から予想される数値としてだいたい予想の範囲内の数値だと思います。


 ピポカベジタブルの新米(成田市新田産合鴨除草米コシヒカリ)についても


 玄米3Bq/kg


 白米検出せず (検出限界は5Bq/kgですが、時間をかけより精度を上げて測定していただきました。) 

という結果でした。」http://blog.vegetablen.main.jp/?eid=1309996


 意外に日本の土はセシウムを吸着し、野菜などに移行しにくい。筑波山のふもと、茨城県石岡市に有機農業が盛んな地域があるんですが、40年ほど有機農業を続けている魚住道郎さんという方がいらっしゃいます。3・11以降に行われた講演会で、「土の力はすごい」、「土が強いと野菜にセシウムが移行しにくい」という言い方をしているそうです。


 おそらくチェルノブイリとは違いがあるのだろうと思います。政府は、このことをわかっていたのか、3・11直後、土が1キログラム当たり5000ベクレムを超える農地では、作付けをさせなかった。一キロ当たり500ベクレルのセシウムとストロンチウムが作物に10分の1が移行するかもしないので、500ベクレムという基準を作ったという見方があるようです。


 土壌の質が違うので、輸入食品の基準は370ベクレムなのに、それより高い500ベクレムとしたのは、日本の土の状況を知っていて決めたのか、チェルノブイリと較べてその基準を作ったのか、というのはよくわかりませんが、それに近いデータが出ているのではないかと感じています。現在、流通ルートの食品の線量を中心にした測定されていますが、その作物が収穫された農地の土がどれぐらい汚染されているのか、ということがほとんど発表されていません。

国や福島県は、今後のこともあるのでしょうから、どのぐらいの汚染の土地だったら、どれぐらいの放射能が、どういう作物にどういう土壌だったら、どのくらい移行するかという調査をし、発表するべきです。事故は早春でしたから、これから作付けを始めようと準備していた時期だったろうと思います。ちょうど一年間の農業のサイクルを考えれば、調査の材料として必要だし、農業の再建のためにも取り組むべきではないかと思っています。


 先々週、ベラルーシのベラルド研究所の副所長、ウラジーミル・バベンコさんが出版社の招きで来日しました。東京と福島での講演会や記者会見の様子が動画サイトで閲覧できます。福島の市民測定所と交流などもしています。


 べラルド研究所は、国の研究機関ではなくて、海外からのカンパで作っている研究所です。設立がチェルノブイリから四年後。住民は測定器もないし、どこも調べられなかった。そういうところに放置されていて、それを知った海外の人たちがカンパをし、地元で子どもたちを被ばくから守る行動を続ける人たちを支えていこうということでできた研究所です。


 この研究所がやっている活動は、自分たちで測定器を作り、食品測定器、環境測定器、体内被曝を測るホールボディカウンターを開発している。ベラルーシもウクライナも、独立したあと、民主化の力が強いので、住民の要求が高まり、18歳未満の子どもたちのために被曝をなるべくさせないためにという法律ができて、予算措置も行い、日本より厳しい食品の基準値も作りましたが、チェルノブイリ事故から20年以上たってしまえば、その対象となっていた18歳未満の子どもたちはみな成人してしまい、ベラルーシ政府は「今の子どもたち」への予算をカットしたそうです


 日本では、政府が新しい基準値を作るまでに市民が自主的に対応していかないと、現実の被曝、子どもたちの被曝は抑えられない。事故直後、放射性ヨウ素が甲状腺に溜まり、甲状腺がんが増えることが指摘されました。甲状腺がんは、被ばくから発症するまで3年~4年。他のがんと比較すると早く発症することがチェルノブイリの経験でわかっています。


 ベラルーシでは、風土病としてヨウ素欠乏症があったそうです。ヨウ素は昆布やわかめなどの海藻に多く含有されています。日本列島は太平洋という大きな池の真ん中なので、海藻を摂取しているのでヨウ素欠乏による風土病はないのではないかと思います。ベラルーシでは、保健政策としてヨウ素のサプリメントを飲ませていたそうです。ベラルーシの人々は日常的に体内のヨウ素が欠乏しているので、チェルノブイリの事故の後、余計にヨウ素を甲状腺に溜めやすかった。

 バベンコさんは、平均的な日本人はヨウ素を多く含む海藻を食べているので、放射性ヨウ素をとりくむ率は低いだろう。チェルノブイリと同じような被害にはならないだろう。不安はたぶんあるんですが、結果を勝手に予測していいのかわからないが、だいぶチェルノブイリ、ベラルーシと日本は、違うだろうと発言していました。


 バベンコさんはストロンチウムについての話もしていました。体内でカルシウムが不足していると、生物はカルシウムと間違えストロンチウムを取り込んでしまうという性質があります。カルシウムは普段から取らなくてはならない。なるべくカルシウムを取って、体に充足させておけば、ストロンチウムを食べてしまっても、それを蓄積しにくい。


 産地で食物を選ぶことは、防衛行動として当然なことだとは思いますが、測定できる場所が増えてきていますから、どういう土だったらそこでの収穫物にセシウムが移行するか予測できるかもしれない。データを積み重ねれば、この畑にはこういう野菜を作付けすれば、セシウムが移行しにくい。あるいは、この畑では、肥料としてカリウムが少ないため、作物が放射性セシウムを取り込みやすいとかの判断もできるようになるのではないか。今の段階としては、そうしたデータが増えて対応方法がわかるまでは、防衛行動としてなるべく放射能を体の中に溜め込まないようなことも必要だと考えます。


 被災地、福島はただでさえ放射線の外部被曝が高いところで、学校給食などの地産地消は危険性を指摘する人も多くいますが、次の段階について考えていかなくてはいけないのではないかと思います。


 再稼働の問題が運動としては課題となっています


 経産省としては、電力需要が高まる来年の夏前に照準を定めているようです。やらせ問題で九州電力と佐賀県知事の関係が問題となっていますが、プルサーマルを最初に始めたところが佐賀県の玄海原発で、その次が愛媛県の伊方2号炉。浜岡は始める前に地震の関係で取りやめた。福島4号炉でプルサーマルが始まった。佐賀のように電力会社と自治体との関係が強いところから再稼動が始まるのではないかと感じています。


 原子力安全・保安院を推進機関である経産省から離して、環境省の下に原子力安全庁を作る。その設立が2012年4月。私は4月に原子力安全庁が設立してから再稼働がはじまると思うので、この原子力安全庁というものが、どういうことをやろうとしているのか、原子力安全庁ができるまでに保安院がどう変わっていくのか。原子力安全委員会も統合されるわけだから、どうなっていくのかということを監視、チェックをしていく必要があります。


 原子力安全庁の設立に向けた環境大臣のアドバイザーに、原子力資料情報室の共同代表の伴さんや環境エネルギー政策研究所の飯田代表とかが、有識者として加わると報じられていますが、安全庁が再稼働を前提にするような設置の仕方で準備されるのであれば、そういう方々はアドバイザーを辞め、開かれた場所で議論すべきだろうと思っています。


:::::::::::

【10.29 アジア連帯講座 公開講座】 広がる放射能汚染 緩められる基準にNO!

【10.29 アジア連帯講座 公開講座】
広がる放射能汚染 緩められる基準にNO!
 
10月29日(土) 18:30~

場所 文京シビックセンター

 3階 会議室A

(東京メトロ 「後楽園」駅、都営地下鉄「春日」駅 徒歩1分)

講師 松丸健二さん(原発いらない!千葉)

資料代 500円



◆低線量、長期の内部被ばくは無視?
 
 大量の放射性物質を環境に放出した福島第一原発事故。事故現場や公衆の被ばく線量、食品、廃棄物の汚染に対する規制値が緩められています。汚染を封じこめ人々の健康を守るのではなく、被ばくの拡散や日常化を容認するものです。

 事故直後に急きょ作られた食品の暫定基準、1㎏あたり500Bq(ベクレル)は、諸外国の基準よりも高いうえ、チェルノブイリ原発事故当時の輸入禁止基準370Bqさえ上回っています。

 暫定規制値を改定するために、内閣府食品安全委員会が7月末にまとめた答申案は、外部被ばくと内部被ばくを合わせても含め生涯累積で100ミリシーベルトを基準とするものでした。食品による内部被ばくの影響を評価するべき立場なのに、その役割を完全に放棄しています。しかも低線量の長期被ばくについては、影響が少ないと切り捨てています。
 
◆放射能含む焼却灰も一般処分場で大丈夫?

 また、放射性廃棄物かどうかの基準は、事故以前、1㎏あたり100Bqでした。ところが、下水処理場やゴミ焼却場の焼却灰から高濃度の放射性物質が検出されると、環境省は6月、福島県内について8000Bqにまで引き上げました。その後、次々と関東地方でも見つかり、一時保管場所が各地で不足すると、8月下旬、一般の最終処分場で埋め立て可能な基準を、10万Bqに引き上げてしまいました。

 規制値を一度決めてしまえば、基準以下なら「安全」として、放射性物質を含む食品や廃棄物の流通や拡散してしまいます。事故が収束しない非常事態だからやむをえないのでしょうか。いまだからこそ、厳しい基準で望むべきです。

 講座では、内部被ばくの影響や、政府が進める基準の緩和について考えます。

 

主催  アジア連帯講座

東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社気付

 TEL:03-3372-9401 FAX03-3372-9402

アジア連帯講座ブログ http://monsoon.doorblog.jp/


s-IMGP2444_s
(下水処理施設から出た汚泥を焼却する東京・東部スラッジプラント。
3月、1kgあたり17万ベクレルの放射性物質が検出された。
8月でも8000ベクレルを超えている)

報告:6.4アジ連公開講座「中東民衆革命はどこへ」

64 6月4日、アジア連帯講座は、東京・コアいけぶくろで「中東民衆革命はどこへ」と題する講座を行った。1月14日、チュニジアで二三年間続いたベン・アリ政権は、民衆決起で打倒され逃亡した。2月にはエジプト民衆は、30年続いたムバーラク政権を崩壊させた。この民衆革命の波は、イエメン、バーレーン、リビア、シリアなどへとアラブ世界に波及していった。一連のアラブ民衆の闘いをいかにとらえるのかという観点から湯川順夫さん(翻訳家)、田浪亜央江さん(パレスチナ研究)を講師として招き問題提起してもらった。

 開催にあたって司会は、「3・11東日本大震災と福島第一原発事故以降、中東の報道が少なくなってしまった。しかし、現在進行形でチュニジア、エジプトにおいて政権打倒後、支配者たちと民衆の攻防は続いている。中東全体で見ればリビア、シリアなどでも民衆の闘いが波及し、厳しい闘いが展開されている。中東の民衆革命は、歴史的には非常に大きな出来事であり、世界のあり方を変える兆しを垣間見せているのではないか」と指摘した。



湯川報告



 湯川さんは、「チュニジアから始まった革命の波の意味するもの」について報告した。


 第一は、「民衆の決起と『イスラム主義』の関係」についてアプローチし、「イスラム主義が前面に出ていない」と評価した。

 つまり、「今回の運動は、前段の闘争がすでに始まっていた成果なのだ。グローバリゼーションに抵抗する運動、2000年のパレスチナの第二次インティファーダとの連帯闘争、2003年のイラク反戦運動、2006年以降の労働者のストライキ闘争の闘いを積み上げてきた。アラブ世界の中では、社会の中で労働者階級が相対的により大きな位置を占めるチュニジア、エジプトから運動が始まったのもそのような意味をもつものである。さらに女性の大きな役割があった。タハリール広場で男女が平等に討論し、同じ場所で食事、寝泊りし闘った。エジプトでは『ムスリムとキリスト教徒はひとつ、モスクと教会はひとつ』というスローガンがかかげられた。ムバラク体制からの弾圧に対するイスラム教徒とコプト教徒との共同の闘いも実現した」と提起した。

 そのうえで「テロを展開する『イスラム原理主義』の流れは、現実の大衆、社会との接点ないため影響力はなかった。大衆の中に基盤をおく『イスラム主義』(ヒズボラ、ハマス、ムスリム同胞団)は、事態の圧力に押し流されているだけでイニシアチブを発揮できていない」と分析した。

 第二は、アラブにおける運動の特徴について。

 「闘いの担い手は、若者、労働者、女性だった。自由と民主主義、社会・経済的要求(食品価格の暴騰、賃上げ)を掲げた。インターネットや携帯などの新しい情報媒体を活用した。中間総括的にまとめれば民衆の闘いは、アラブ各国の独裁体制のもとで推進されてきた新自由主義のグローバリゼーションの破綻と矛盾の噴出だ。先進国はいずれもこうした独裁政権を支持し支えてきた。グローバリゼーションが生み出したアラブにおける民衆の運動にタイムラグはあるが、世界社会フォーラムに象徴されるグローバリゼーションに抵抗する全世界的な社会運動の成果である。要するに新自由主義政策は、アラブの民衆に何らの恩恵をもたらさなかった」と結論づけた。

 「今回のアラブ全域への民衆の決起の拡大は、アラブ民族主義の新たな形での復活である。同時に、このアラブ民族主義のバックボーンのひとつをなしているのはパレスチナである。パレスチナ解放はアラブ民衆の共通の悲願であり、パレスチナ解放闘争への支援はアラブ大衆をひとつに結集させる巨大な吸引力をもっている。 アラブ各国における民主主義が前進すればす
るほど、各国で民意が反映されるようになればなるほど、パレスチナ解放闘争に対するアラブの大衆動員は強まりこそすれ、弱まることなどまったくない」と強調した。

 「チュニジア、エジプトの今後の闘いの展望」について「社会経済的要求を掲げた労働者の運動に対抗する『秩序の回復』、『平和的移行』を主張する軍、ブルジョアジー、それを後押しする国際帝国主義という対立構造の出現している。リビアの帰趨が他のアラブ諸国における攻防に大きな影響を及ぼす。予断を許さない局面が続いている」とまとめた。
 

田浪報告
 

 田浪さんは、「アラブ民衆革命とパレスチナ」というテーマで報告。冒頭、2月にパレスチナに滞在中、民衆がエジプト革命成功を祝う夕べの模様などを紹介した。

 分析視点の第一として「民衆蜂起の理由を生み出したパレスチナ情勢」と設定した。


 「エジプト政府がガザ封鎖に手を貸し、積極的にパレスチナ民衆の生活を破壊していた。エジプトの民衆は、このような政府を許さず状況の煮詰まりが爆発していったといえる。一九七九年にエジプトはイスラエルとの和平条約を結んだが、エジプト民衆はその30周年にあたって『エジプトには何もメリットがなかった』という総括をしている。そもそも戦争条約だったという評価だ。これまでのアラブ民雌雄の無力感、閉塞感の自覚、国内経済状況の悪化と失業増大問題などが重なり合った」と提起した。

 さらに「一般的にチュニジアの革命によって広がったという評価だが、そもそも民衆の闘いの自信は、イランの2009年5月の大統領選結果を巡る抗議運動=緑の運動が、『フェースブック革命』と形容された出来事だった」と強調した。

 第二は、「アラブ革命に対するパレスチナ側の反応」について報告。

 「チュニジアの闘いに対して当初は、様子見だった。ベンアリ逃亡後、歓迎集会、デモが行われた。エジプトについても様子見だった。ファタハ政府はエジプトへの連帯デモを禁止していたほどだ。ムバラーク辞任後にデモ等を解禁した。パレスチナ人側に立つ新外相ナビール・アラビー就任とアラブ連盟就任を歓迎した。リビア政府に対しては、民間人虐殺に非難声明を出した。ところがリビア政府のガザへの支援停止とリビア国内のパレスチナ人(7万人)の送金停止はハマース政権に打撃であった。シリアに対しては、ハマース政権はアサド政権不安定化に危機感を持ち、ファタハとの和解に向かった。基本的にシリアの内政問題という立場で現状維持だ。例えば、シリア内のパレスチナ人はアサド支持が多数で苦しい立場にあることに現れている」。

 第三は、「エジプトの民主化デモ、ムバラーク辞任に対するイスラエルの反応」について整理した。とりわけ「ファタハとハマースの和解」についてイスラエル・ネタニヤフが正式合意から2時間ほどで「テロリストに勝利を与えた」と非難したが、イスラエル外務省筋文書にある「和解はむしろ(長い眼で見て)イスラエルに戦略的機会を与える。国際社会を前にイスラエルの立場を弱めてはならず、慎重な振る舞いが必要」という見解の存在を紹介し、「9月、アラブ連盟による国連総会でのパレスチナ国家承認要請の動向を見据えたうえでこういう見解が浮上している」と解説した。そのうえで「むしろイスラエルは実をとり、アラブ連盟によるイスラエル承認と関係正常化を手にするか。今後どのように動くか注視する必要がある」とまとめた。(Y)

【アジ連3.26公開講座報告】~資本主義では生きられないョ!全員集合~

ajirenアジア連帯講座 3.26公開講座報告

「~資本主義では生きられないョ!全員集合~ 『資本論』から読み解く危機と失業青年に襲いかかる失業を跳ね返えそう!」

講師:森田成也さん(大学非常勤講師)

 

 3月26日、アジア連帯講座は、「~資本主義では生きられないョ!全員集合~ 『資本論』から読み解く危機と失業 青年に襲いかかる失業を跳ね返えそう!」というテーマで資本論研究の森田成也さん(大学非常勤講師)を講師に招き、公開講座を行った(コア・いけぶくろ)。著作に『資本と剰余価値の理論――マルクス剰余価値論の再構成』(作品社/2200円)、『価値と剰余価値の理論――続マルクス剰余価値論の再構成』(作品社/2200円)、翻訳にデヴィッド・ハーヴェイ『新自由主義』(作品社/2600円)、多数の翻訳などがある。

 森田さんは、「1、『資本論』から読み解く際の注意点/2、『資本論』1巻の「資本蓄積論」で読み解く失業/3、『資本論』第1巻の「資本蓄積論」の限界を超えての考察」について提起し、最後に「われわれは現代の問題を見て『資本論』に足りないもの、あるいは萌芽的なものはあるが十分には展開されていない部分を見つけ出して、それを『資本論』の精神、マルクスの精神にのっとって理論そのものを発展させていくことが必要である」と述べ、資本論との格闘姿勢を強調した。以下、講演要旨を掲載する。

 『資本論』から読み解く危機と失業

森田成也(大学非常勤講師)@豊島区民センター(2011.3.26)

はじめに

 今日のテーマは「『資本論』から読み解く危機と失業」となっているが、実を言うと、「危機」という問題について曲がりなりにもお話するには、『資本論』全巻にプラスして、さらに『資本論』のいわゆる後半体系(国家、外国貿易、世界市場)というところまで話を展開させなくてはならない。だが、これはちょっと今日の限られた時間の中ではとうてい無理なので、「危機」よりも「失業」の話、すなわち『資本論』の用語で言えば「相対的過剰人口」の話に限定して、それを『資本論』第1巻の資本蓄積論との関係でお話したい。

 

  1、『資本論』から読み解く際の注意点

 

 2008年に世界金融恐慌が起こり、金融資本主義的な路線が誰の目にも明らかな形で破綻した。その後、経済危機を解明していくツールの1つとしてマルクスや『資本論』に対する興味が復活していった。それ以前にすでに新自由主義とグローバリゼーションのせいで不平等と貧困が世界的に顕著となり、それとの関連でもマルクスに対する興味が復活していた。だから2009年頃からこの日本でもいくつかの出版社が争ってマルクス関連本を出版しだした(ただしその多くは安直な単なる便乗本だったのだが)。

 

  『資本論』は完成された書物ではない

 しかし、気をつけなければならないのは、『資本論』は完成された書物ではないということだ。マルクスの生前に出版されたのは、『資本論』の第1巻(初版1867年)だけ。第2、第3巻はいくつかの草稿という形で残され、エンゲルスが10年以上かけて苦労して、ようやくそれらの草稿をつなぎあわせて第2、第3巻を出版した。

 ならばこの第1巻は完成された書物なのかというと、そこも大いに疑問だ。マルクスは最初の草稿である『経済学批判要綱』と呼ばれているものを書いてから、何度も草稿を書いて最終的に『資本論』を書いた。この間は約10年だ。初版から2版にかけてもかなり書き直している。フランス語に翻訳する際にも自ら念入りに手を入れている。大筋の論理は変わっていないが、別の著作とも言えるぐらい細部に至るまで書き直している(現在われわれが読んでいる第4版はフランス語版からかなり文章を取り入れている)。このように何度も書き直しを繰り返したことからしても、第1巻を完成された書物とみなすことはできない。もしマルクスがもっと長生きしていたとすれば、さらに書き直した可能性があるからだ。

続きを読む
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ