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アジア連帯講座のBLOG

公開講座

【4.15 アジア連帯講座:公開講座】トランプ政権と安倍政権を批判する―東アジアの反資本主義左翼の展望

4.15 アジア連帯講座:公開講座

トランプ政権と安倍政権を批判する―東アジアの反資本主義左翼の展望


問題提起:国富建治さん(新時代社)

日時:4月15日(土)/午後6時30分
会場:文京区民センター3C会議室[東京メトロ丸ノ内線・後楽園駅 都営地下鉄
三田線・春日駅]
        資料代:500円
主催:アジア連帯講座
  東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社気付 TEL:03-3372-9401 FAX:
03-3372-9402
       ブログ「虹とモンスーン」 http://monsoon.doorblog.jp/

 トランプ米大統領は、「アメリカ・ファースト」を繰り返し、メキシコ国境の壁建設など移民取り締まり強化の大統領令を乱発し、ナショナリズムと排外主義を煽り立てています。政権人事は、混乱が続き未確定の部分も多くありますが基本的に「軍人とCEO(経営最高責任者)」らで打ち固めました。これは新自由主的グローバル資本主義世界システムの長期にわたる行き詰まり状況下、グローバルヘゲモニーの崩壊過程から逃れられないあせりに満ちたアメリカ帝国主義の政治的現れです。

 トランプ政権批判を入口にしながら現在の世界情勢との関連をどのように分析していけばいいのでしょうか。

簡単にスケッチすれば、

①グローバルな資本主義的政治・経済統合の構造的危機と旧来の帝国主義による「国民統合」の衰退と分解

②イギリスのEU離脱とEU体制の危機

③旧来の「左翼」ならびに労働者運動の衰退とレイシスト的・ファシスト的政治勢力の制度圏政治での急成長

④ロシアのクリミア併合、中国による南シナ海での領土拡張主義とトランプ政権との綱引き

⑤韓国政権の不安定化と北朝鮮・金正恩体制の強権化

⑥フィリピン・ドゥテルテ政権と挙国一致再編

⑥ムスリム世界でのIS(イスラム国)に示されるジハーディスト・テロリズムの噴出、アフリカ諸国での国家的機能の事実上の崩壊と終わりのない「内戦」、欧州への難民の波⑦世界の民衆運動の可能性の始まり―と要約することができます。私たちは、グローバル資本主義の危機と国際流動化に抗して、いかに立ち向かっていくのか論議を進めていく必要があります。

 安倍政権も世界的不安定要因から逃れることはできず、延命のためにグローバル派兵国家作りと憲法改悪にひた走っています。通常国会での安倍首相の施政方針演説は、「国づくり」をキーワードにして天皇「代替わり」を組み込んだ改憲プログラムを2020年に向けて発動する宣言でした。また、「アベノミクス」の破綻を直視せず、「貧困と格差」拡大を助長し、資本のための「1億総活躍」「働き方改革」政策と労働法改悪を民衆に押し付け、「テロ対策」と称して現代版治安維持法の「共謀罪」(テロ等準備罪)の制定を表明しました。

 民衆運動の方向性は明白です。トランプ政権下、安倍政権と対決する沖縄・「本土」米軍基地撤去・辺野古新基地・高江ヘリパッド建設阻止の闘い、福島の被災者を支え原発再稼働を阻止する運動、天皇制廃止運動、2020年東京五輪に異議を突きつける運動、人権侵害と反貧困運動などを通して憲法改悪阻止・安倍政権打倒の展望を探っていこうと思います。

 このような問題意識を土台にしながら国富建治さんから問題提起を受け、共に論議しましょう。労働者民衆のインターナショナルなスクラムを実践的に構築しながら闘いの戦略と方針のねりあげに向けて共にチャレンジしていきましょう。
 

報告 : 11.19アジア連帯講座・公開講座「徹底批判―自民党改憲草案」

改憲草案への批判で、幅広く問題提起
憲法を自分たちのものにするために


 11月19日、アジア連帯講座は恒例の公開講座を開催した。テーマは「徹底批判―自民党改憲草案」。会場になった東京・文京区の文京シビックセンター会議室に、30人近い人々が集まった。

 講師は清水雅彦さん(日本体育大学教授)。憲法を研究するほか、「9条の会」世話人、「戦争をさせない1000人委員会」事務局長代行を務める。

 安倍自民党政権は憲法改悪をめざし、衆参憲法審査会での議論を急いでいる。そのたたき台となるのが、自民党が2012年に公表した「日本国憲法改正草案」(以下・草案)である。それは、天皇を国の頂点に据えて国防軍を創設し、首相の権限を強化し拡大する。「国民」の義務を大幅に増やすいっぽうで権利や自由を制限し、国家に隷属させようとする代物である。この日は清水さんの著作(※)も参考にして講演を受けた(講演要旨別掲)。

 会場にはアジア連帯講座会員のほか、清水さんの支持者や改憲に強い危機感を持つ市民らも参加した。清水さんは、大学の講義でのエピソードを交えながら、詳細かつ明確に草案を批判した。草案文言にかかわる箇所だけではなく、私たちの生活態度すなわち市民運動を担う人々の価値観にまで言及した。たとえば、「健康増進法」(2002年)などで、国家が人々の健康――朝食を抜くなとか、メタボ体型など――に口を出すべきではないと厳しく指摘した。

 人生を健康に生きられれば、それは楽だが、人間には不健康に生きる権利もある。市民運動圏の交流会では、「灰皿が置いてあるから煙草を吸う」などと、嫌煙者の合意も得ずに吸う。「公共の福利」の概念を理解していないのではないか、と疑いたくなるという。

 天皇制をやめて共和制に移行すべきだと清水さんは主張する。「日の丸」や「君が代」が国歌によって押しつけられているが、それらの意味を正しく理解している人は少ない。改憲右派はこれまでの元号をすべて言えるのか。強要するならそれを暗唱でいるくらいの学習をすべきではないか。清水さんは、天皇制はじめ安倍政権の政策を次々と喝破した。

 質疑応答では、天皇制と大統領制の責任の所在について。国家財政の明文規定について。在日外国人の権利について。天皇ビデオメッセージに対する憲法学界の反応について。国民投票での改憲項目についてなど、多くの質問や意見が出された。

 「憲法」という壮大かつ根源的なテーマを、わずか一時間あまりで講演することにはもともと無理がある。清水さんは主催者の意向に応え、無駄がなく、しかし要点をしっかりと押さえた分かりやすい話で聴講者を引きこんでいた。連日連夜全国を駆け回る忙しさのなかで、講師を引き受けていただいたことに、この場を借りて改めて謝意を表したい。なお講演の詳細については、別途公表する予定である。

(隆)

■講演要旨■

配信清水 自民党が2005年に作成した改憲案では、当時取りまとめをした舛添要一が、「こんな復古的な案では国民には通用しない」と反対した。舛添はケチだけどリベラルだった。12年案はかなり復古的だ。

 12年案発表当時は民主党政権。与党との差異化を打ち出す意図や、野党としての気安さがあったのかも知れない。総裁も安倍ではなかった。安倍はその頃党内でほとんど影響力がなかった。総裁は谷垣だった。リベラルといわれた谷垣の下でもこういう案が出てきたことは、自民党じたいが右寄りになったことを示している。

 天皇の行為について、憲法学会では2分説(国事行為と私的行為)と3分説(国事行為、公的行為、私的行為)がある。私は「公的行為を認めるべきではない」という二分説の立場だ。

 ビデオメッセージのなかで明仁自身が「象徴的行為」を連発し、彼はそれをやるのは当然だと言っている。これは明らかに政治的発言である、憲法学会では公的行為や象徴的行為を認めないという議論がある。にもかかわらず天皇みずからが象徴的行為をするのは当たり前だといい、それが負担だから退位させろと言っている。憲法を厳密に解釈すれば、天皇の仕事は増えないはずだ。メディアにはその視点がない。有識者会議も御用学者ばかりだ。

 憲法というと「人権規定」を思い浮かべるが、日本国憲法でさえ第3章たった1つ。残りは統治規定だ。国家を縛るために細々といろいろと書き、それによって人権を守る。

 もともと封建社会を打倒して作られたのが憲法だ。公権力が暴走して国民の権利を破る可能性があるから、憲法規範に回復予防措置を入れている。

 日本は市民革命を経験していない。このかんの運動の盛り上がりも市民革命とは言えない。とにかく権利自由の意識が、主権者意識が希薄な国民だ。もっと自分たちが主体意識を持って運動するべきだ。

 幣原内閣がポツダム宣言を受諾したのに、それに反するような改憲案を出した。そしてGHQが原案を出した。それは単なる押しつけではない。

 日本国憲法の中身は(1章を除いて)素晴らしいが、自分たちで勝ち取ったものではない。そういう意味で、出発点に不十分なところがあるのだから、それを国民が自覚をして、中身と理念を実現する取り組みをする。単に紙に書かれたものではなくて、憲法を自分たちのものにする取り組みをすることが大事だと思う。

 安倍は着々と大統領的首相をめざしている。緊急事態条項が成立すれば、いよいよ大統領的首相が完成する。こういう改憲は絶対に認めてはいけない。草案の恐ろしい中身が多くの人に知られていない。ぜひ周りの人に分かりやすく伝えて欲しい。みなさんの運動に期待しています。

※『憲法を変えて「戦争のボタン」を押しますか? 「自民党憲法改正草案」の
問題点』高文研・2013年

報告:アジア連帯講座/講座報告「「ロシア革命― 革命的民主主義とプロレタリア権力」 講師:酒井与七さん(JRCL)

酒井講座 11月5日、アジア連帯講座は、文京区立アカデミー湯島で「ロシア革命― 革命的民主主義とプロレタリア権力」というテーマの講座を酒井与七さん(JRCL)を講師に招いて行った。

 来年はロシア革命100周年。資本主義の死の苦悶が続く現代において、その意義と継承すべき成果を探求していく契機の第一歩として講座を設定した。

 酒井さんは、その切り口としてトロツキーの永久革命論の成立プロセス、強調していたアプローチなどを①「マルクスとエンゲルスのヨーロッパ永久革命」②「トロツキーのプロレタリア永久革」③「1905年の第一次ロシア革命とトロツキーのロシア永久革命論の成立」④「1905年革命における革命的民主主義ブロック」⑤「トロツキー『総括と展望』と帝国主義時代におけるプロレタリア永久革命論」と整理し、各論分析、掘り下げた(講演要旨別掲)。

 講座の後半は、DVD「トロツキー伝」が上映された。
 「TROTSKY━革命の盛衰━(KULTUR社、米国)」は、以下のような内容で構成されている。

「①紹介/トロツキーの孫 エステバン・ボルコフがトロツキーの生活・襲撃時などを語る、メキシコの邸宅、撲殺後のベッドのトロツキー

 ②10月革命/武装蜂起、軍事革命委員会のトロツキー、レーニンとトロツキー

 ③トロツキーの生い立ち /1879.10.26 ヘルソン県イワノフカ村で生まれる

 ④トロツキー・ペトログラードソヴィエト議長/就任アジ演説など

 ⑤ウィーンにてスターリンとはじめての会議

 ⑥ロシア内戦

 ⑦第三インターナショナル

 ⑧クロンシュタット叛乱/鎮圧後のクロンシュタット

 ⑨勝利への試練 レーニン

 ⑩ソ連からの追放/アルマ・アタ到着1928.1.25

 ⑪わが生涯/トロツキーの演説 ほんもの声

 ⑫ヒトラーとスターリン

 ⑬メキシコシティー/リベラ、フリーダカーロなど登場、トロツキーのラジオ演
説の声とシーン

 ⑭暗殺/葬式

 ⑮メキシコ・トロツキー記念館」。
 

酒井与七さんの講演(要旨)

トロツキーの永久革命論 ― 革命的民主主義とプロレタリア権力


 1、マルクスとエンゲルスのヨーロッパ永久革命

 19世紀ヨーロッパ世界において民主主義革命を完遂することによって階級的な労働者革命にむけて急進することができるというマルクスとエンゲルスの近代的共産主義の立場は、さらに1848年 革命敗北の教訓として、労働者階級の運動が全政治革命において勝利的に前進することなしには全 ヨーロッパの民主主義革命も完遂されえないという結論にまで発展させられた。(『第二インターの革命論争』解説(1975年、 紀伊國屋書店、1~3頁) )

 トロツキーはこのような立場と方法を20世紀のヨーロッパとロシアにおいてつきすすめ、ロシア永久革命論という独自の綱領的立場に到達したのである。

 2、トロツキーのプロレタリア永久革命論とその3つの位相

 永久革命論に関するトロツキーの1929年の著作(トロツキー文庫『永続革命論』現代思潮社版) では、永久革命とされるものが3つの位相でとらえられている。

 すなわち、①帝国主義時代における民主主義革命を基盤にするプロレタリアートによる権力の獲得(いわゆる民主主義革命からプロレタリア革命への飛躍)、

②プロレタリア権力樹立後における社会主義にいたる長期の過渡的変革過程 (資本主義に対する長期にわたる過渡的社会革命過程 ― 社会主義にいたるまでの不断
の政治的・社 会的変革の過程としての反資本主義的過渡期)、

③一国または数ヵ国におけるプロレタリア革命の勝利から世界プロレタリア革命の完遂にいたるまでの国際的波及および相互影響の過程としてである。

 そして、社会主義にいたるまでの不断の政治的・社会的変革の過程としての反資本主義的過渡 期の展開は 世界プロレタリア革命の完遂にいたるまでの国際的過程に依存し、社会主義の達成は ただ国際的に世界規模においてのみ展望されうるとされる。

 トロツキーは、以上のような位相を包括するものとして永久革命または永続革命という概念を説明 している。

 3、1905年の第一次ロシア革命とトロツキーのロシア永久革命論の成立

 ロシア革命の性格とその展望をプロレタリア永久革命として構想するトロツキーの考え ― 永久革命の概念 ― は1905年の第一次ロシア革命をつうじて形成されるのであるが、1904年夏に出版されたトロツキーの『われわれの政治的任務』ではロシア革命について“2段階革命”論の立場が 依然として保持されていた。

 トロツキーの『1月9日以前』では、以上のように、プロレタリアートが階級的に主導する全人民 的政治ゼネストならびに武装蜂起によるツァーリ専制体制打倒と全人民的憲法制定会議の実現が展望 されていたが、しかし“臨時革命政府”の問題 ― 専制体制打倒後の革命権力とその階級的性格 の問題 ― はまだ提起され
ていなかった。

 ツァーリ専制権力に取って代わるべき革命的権力の問題が提起されるのは、専制体制の解体打倒を めざす政治的ゼネラル・ストライキと武装蜂起の実現とその勝利的成果としての臨時革命政府樹立の 問題が現実的課題として意識されることになる1905年初めであった。1905年の第一次ロシア革命は同年1月9[22]日の「血
の日曜日」をもって始まる。

 ここでは大衆的武装蜂起によるツァーリ専制政府の転覆と“われわれの政府”の樹立が呼びかけら れていて、こうして、現実の闘争展開をつうじてツァーリ専制権力打倒後の臨時革命政府の問題 ― 旧専制権力に取って代わるべき革命権力の問題が提起されたのである。

 まさにこのとき、メンシェビキは“専制権力打倒・革命政府樹立”に反対する立場をとったが、 そのメンシェビキについてトロツキーの「ロシア革命の3つの概念」で批判している。

 2つの党派の間で基本的不一致が始まったのはまさにこの点である。ボリシェビキは、ロシアのブ ルジョアジーが自分自身の革命を最後まで導くことができると認めることを断固として拒否した。”

 また1905年3~4月頃に書かれたレーニンの未発表手稿の「1879年型の革命家、1848 年型の革命か」には、ロシア革命とメンシェビキについて批判する記述がある。

 メンシェビキと異なり、革命をつうじて樹立されるべき臨時革命政府の問題について最初に鮮明な 立場を提示したのがパルヴスだった。パルヴスはトロツキー『1月9日以前』の序文を書いていて、その日付は“血の日曜日″の9日後になっている。

 1905年1月9日の労働者請願デモを主導したゲオルギー・ガポンは「血の日曜日」のうえで専 制政府打倒と武装蜂起の共同行動の呼びかけていて、レーニンはこれに積極的に呼応する「蜂起のための戦闘協定について」という文章を2月21日に発表している。

 レーニンは専制体制打倒の蜂起と民主主義的変革を実施すべき革命的臨時政府樹立が実 践的課題として現実的射程に入ってきていることを確認している。そして、民主主義的革命の全般的 課題を引き受けるべき臨時革命政府の政治的・階級的性格について、レーニンは“プロレタリアート と農民の革命的民主主義独裁”
として定式化したのである。レーニンは同年7月に『民主主義革命における社会民主党の二つの戦術』を発表し、労働者と農民 の革命的民主主義独裁の立場からロシア革命の戦略問題を詳細に論じ、メンシェビキを全面的に批判している。

 トロツキーがロシア革命における権力問題について自己の立場を確定し、パルヴスによる“労働者 民主主義の政府”の考えを跳躍台としてプロレタリア永久革命の展望を定式化したのは1905年夏 だった。

 4、1905年革命における革命的民主主義ブロック ― レーニン、ルクセンブルク、パルヴス、トロ ツキー

 1905年革命においてレーニン、ローザ・ルクセンブルク、パルヴス、トロツキーがカウツ キーをもふくめて基本的に“革命的民主主義”ブロックを形成し、全体としてメンシェヴィキに対立 していた。その基本的対立点は1905年のロシア革命におけるブルジョア自由主義派の政治的性格 の評価 ― ブルジョア自由主義派にたいして革命の政治的主導権を認めるか否かということについて であった。

 レーニン、ローザ・ルクセンブルク、パルヴス、トロツキー ― そしてカウツキー ― のあいだに 次の3点にわたる基本的一致点をみいだすことができる。

 すなわち、革命の当面する直接的性格としての民主主義革命、この革命における諸階級の基本的相 互関係、ロシア革命の国際的展望とプロレタリアートの社会主義的な階級的独立性などの諸点におい て、レーニン、パルヴス、ルクセンブルク、トロツキーはメンシェヴィキ派と対立するという点で共 通し、1905年のロシア革命において客観的に革命的民主主義ブロックを構成していた。

 だが彼ら の間には、一つの革命政党の内部において存在しうる様々な戦術的相違やロシア革命の究極的な綱領 的展望についての相違があった。

 ロシア革命の勝利にむけた綱領的展望にかんしては、ロシア民主主義革命の勝利は農民に支持されたプロレタリアートの独裁以外にはありえないし、そのプロレタリア独裁権力は都市の大工業にたいして反資本主義的な集産主義的手段をとるだろうと主張するトロツキーが他の3人から“孤立”して いた。

 他方、レーニンは、ロシア民主主義革命の勝利によって実現されるべき革命権力の階級的ならびに 政治的性格についてきわめて慎重で“抑制”的だった。専制体制打倒後の“権力は …… プロレタリ アートの手中に移るだろう”としたローザ・ルクセンブルクの考えは政治的にレーニンに非常の近 かったが、民主主義革命勝利の見通しについて最も慎重かつ“抑制”的だったといえるだろう。そし て、革命勝利後に“労働者民主主義の政府”を展望するパルヴスはレーニンとトロツキーの中間に位置し、カウツキーはロシア革命の展望についてパルヴスとトロツキーの中間に位置していたといえそうである。

 レーニンのロシア革命構想は、
①ツァーリ専制体制転覆後の革命権力を“プロレタ リアートと農民の革命的民主主義的独裁”であるとし、この革命権力はさしあたってブルジョア民主 主義革命の枠内にとどまらざるえないこと、しかしながら、

②労働者・農民の革命的民主主義独 裁として勝利的に実現されるロシア革命はヨーロッパ・プロレタリアートの革命的活性化の時期を切り開くだろうということ、そして

③ロシア・プロレタリアートの社会主義のための階級的闘争 ― プロレタリア革命 ― は西ヨーロッパ諸国プロレタリアートを主力とする国際社会主義革命の一環として展望することができるということによって構成されていたといえるだろう。

 このようなロシア革命構想からすると、レーニンはロシア革命の“革命的民主主義独裁”=ブルジョア民主主義革命段階を必ずしも固定的・教条主義的にとらえることなく、永久革命的モメントの 可能性を含めて考えていたように思われるし、以上のような構想は、その内容からして、独自のレー ニン版“永久革命”構想といえるかもしれない。

 5、トロツキー『総括と展望』と帝国主義時代におけるプロレタリア永久革命論

 トロツキーのロシア永久革命構想の基本的枠組みは、1905年『総括と展望』でまとめ、“永久革命論の3つの位相”という特徴を明らかに認めることができる。

 『総括と展望』の主張を“1905年ロシア永久革命論”といえるが、この時期の永久革命論の国 際的枠組みは、同書の第九章「ヨーロッパと革命」の結語から明らかなように資本主義ヨーロッパ だった。 また、一九〇五年ロシア永久革命論はその革命的労働者党建設において自然発生主義であった。こ のことについて、トロツキーの『永久革命論』(1929年) において革命的労働者党建設において“一種の社会革命的運命論”に陥っていたことを述べている。

 だが、 トロツキーの『永久革命論』(1929年)は『結果と展望』(1906年)のたんなる拡大延長 ではない。この2つのもののあいだには、一つの飛躍と一つの転換がある。『永久革命論』は資本主 義の帝国主義時代の意識的把握のうえに展開された反帝プロレタリア国際社会主義革命の理論と綱領 であり、そこには『結果と展望』からの重大な歴史的飛躍がある。また、1929年の『永久革命論』 はプロレタリア革命党組織論におけるトロツキーのレーニン的転換を明白に前提としているのである。

 「帝国主義と国際革命 ― 一国社会主義反対」については、 『レーニン死後の第三インターナショナル』一章、 『ヨーロッパとアメリカ』 で述べている。

 「帝国主義と植民地革命」については、「東洋における展望と任務 ― 東洋勤労者大学三周年記念講演」、 『レーニン死後の第三インターナショナル』3章、『永久革命論』で述べている。

 「プロレタリア独裁下における反資本主義的過渡期」については、ソ連共産党10大会トロツキー報告「産業 について」、「合同左翼反対派綱領」のソ連邦経済政策の部分『裏切られた革命』で述べている。

 最後に

 “3つの位相”とは別に、永久革命論に潜在的に含意されるものとして“国家をめぐる権力のため の闘争方法”という位相があると私は考えていて、“革命的民主主義と革命的民主主義とプロレタリ ア権力”というテーマは“国家をめぐる権力のための闘争方法”の問題になる。今後、このテーマを追求してみたい。

【11.19 アジア連帯講座:公開講座】徹底批判 自民党改憲草案 ―天皇元首化、国防軍創設、人権抑圧、首相権限の強化―

11.19 アジア連帯講座:公開講座

徹底批判 自民党改憲草案
―天皇元首化、国防軍創設、人権抑圧、首相権限の強化―


清水雅彦写真講演 清水雅彦さん(日本体育大学教授・憲法学/九条の会世話人/戦争をさせない1000人委員会事務局長代行)

【参考テキスト】『憲法を変えて「戦争のボタン」を押しますか?』(清水雅彦 著/高文研)


日時:11月19日(土)/午後6時30分
会場:文京シビックセンター 会議室2 (3F)[東京メトロ丸ノ内線・後楽園駅 都営地下鉄三田線・春日駅]
資料代:500円
主催:アジア連帯講座
  東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社気付 
TEL:03-3372-9401 FAX:03-3372-9402

BLOG「虹とモンスーン」 
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 今年7月の参議院選挙で、自民・公明の与党におおさか維新、「日本のこころ」、さらに無所属議員を加えた改憲勢力が、非改選を含めて3分の2以上の議席を獲得。改憲発議への要件が衆参両院で満たされたことで、政権与党による憲法改定作業が、現実の政治課題として目前に迫ってきました。それに呼応するように、大手メディアも「まず修正ありき」の論調で紙面を埋めています。

 自主憲法制定は自民党結党以来の悲願であり、現憲法への「押しつけ論」「一国平和主義論」などの批判を持ち出し、修正を目論んできました。安倍首相は在任中の改憲を繰り返し公言。2012年に発表された「草案」をたたき台に、野党第一党の民進党を巻き込みつつ、秋の臨時国会・憲法審査会での議論開始に執念を燃やしています。

 来年は憲法施行から70年。改憲の原案すらこれまで国会に提出されなかったのは、その平和主義の崇高な不偏性と、二度と戦争を繰り返さないという市民のたゆみない運動や闘いがあったからではないでしょうか。

 自民党草案のどこが問題なのか。それがもたらす社会とは。そして私たちがめざす憲法の姿とは――。

 今回の公開講座では、憲法学はじめ、平和主義や監視社会論など、多方面で活躍中の清水雅彦さんをお招きし、自民党「日本国憲法改正草案」の問題点を徹底的に検証します。


報告:4.16アジ連公開講座「TPPをマクロとミクロの視点から批判する」 講師:大野和興さん

配信用:大野さん講座 4月16日、アジア連帯講座は、大野和興さん(「TPPに反対する人々の運動」世話人)を講師に「TPPをマクロとミクロの視点から批判する」公開講座を豊島区民センターで行った。

 安倍政権は、食料主権と生活破壊、グローバル資本のための環太平洋経済連携協定(TPP)を昨年、12カ国政府と談合し、強引に「大筋合意」を進め(15年10月5日)、TPP署名式(ニュージーランド/2月4日)で署名した。TPPの既成事実化を押し進めながら自民、公明党は、交渉内容や協定などの情報公開、説明が不十分なままTPP関連法の改正案11本を一括法案として国会に提出することを決め、3月8日にTPP協定承認と関連法案提出を閣議決定した。4月5日、審議入りを強行し、なんとしてでも批准し、関連法案なども成立させようとしていた。

 しかし、アメリカは11月に大統領選があるため批准に遅れるだけでなく、次期大統領候補たちもTPPに反対傾向が強い。日本の国会では、強引に審議入りしたが、

①甘利明前TPP担当相が金銭問題で失脚し、病気を理由に雲隠れ中

②TPP衆院特別委員会に提出されたTPP交渉の経過・関連文書はほぼすべてを黒塗り状態で実質的に「審議」を否定

③委員会の西川公也委員長(自民)が『TPPの真実-壮大な協定をまとめあげた男たち』(中央公論新社)という本の出版予定が判明。黒塗り文書提出とは真逆の対応で審議紛糾してしまった。3月14日の熊本震災の発生もあって、結局、安倍政権は参院選前のTPP争点化を避け、今国会での成立を断念し、秋の臨時国会に先送りすることになった。

 TPPは農産品関税の撤廃と称する農業破壊の拡大、食の安全基準や食品表示の緩和、金儲けのための投資や金融、サービス貿易などの協定で貫かれている。世界の人々はTPPによる貧困の拡大、農業と環境の破壊、食の安全軽視など民衆の生活全般への深刻な影響へと直結するために不安と批判を強めている。あく
までも安倍政権は、TPP関連法制定をねらっている。大野さんの問題提起を材料に、さらに学習・論議を深めていきたい。

■大野和興さん講演要旨(文責アジ連)

 国会でTPPの審議が始まっている。だが緊迫感がない。なぜかというとアメリカが動かないからだ。米大統領候補全員がほぼTPP反対だ。最初はいいよと言っていたクリントンも反対に回った。大統領選挙が終わったら、すぐに賛成に転じる話もあるが、あれだけはっきりと反対と言っていたら、そんなに簡単に賛成はできないだろう。たぶん米は、再交渉を要求してくるだろう。米が主導してきたと言っても、積み木細工の再交渉は、なかなかうまくいかないだろう。そこを見越して批准をしていない国もある。議会の批准をしなければならない国は、アメリカの動きを見ている。

 その中で安倍政権だけが、突出して前のめりだ。今国会で確実に成立させるということでやってきた。ところが甘利の問題で失脚した。さらに情報開示で黒塗りの書類が出てきた。やつていることが、すごくちぐはぐだ。熊本地震も重ねって、強行にやるメリットは日本にない。アメリカは大統領選で動かず、選挙後も1年、2年は動かないだろう。参院選あるいは衆参同時選挙前にTPP成立を強行突破するメリットはない。たぶん次の国会にまわるだろう。私たちは批准阻止を掲げて取り組んでいるが、やはり運動が上滑りしている所がある。ここらで地域からもう一度作り直すことが必要かなと思っている。 


本題にはいりますと、TPPをどう捉えるかを一つは、軍事と経済との関係、つまり、日米安保とTPPの問題だ。二つ目が、憲法とTPP。三番目が、具体的に暮らしの中でどうなるのか、というアプローチをしていきたい。

■日米安保とTPP

 2010年に民主党の菅首相が、10月の通常国会の冒頭で「TPPに入る」ことを表明した。ほとんどの人がTPPを知らなかった。なぜ突然、こんなことを言い出したか。その背景は日米安保にある。

 日米経済摩擦が70年代から80年代にあったが、そのとき改めて感じたのはそもそも60年安保改定だった。安保条約に経済条項が入り、単なる軍事同盟だけではなく、経済同盟にもなった。日米安保条約の第二条(経済的協力の促進)には、「締約国は、その自由な諸制度を強化することにより、これらの制度の基礎をなす原則の理解を促進することにより、並びに安定及び福祉の条件を助長することによって、平和的かつ友好的な国際関係の一層の発展に貢献する。締約国は、その国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進する。」と明記されている。安保条約で日米政府は、経済政策の食い違いを除くことになっている。アメリカの主張に沿って「除く」となる。

 このことを具体的に示したのが、吉岡 裕さん(元農林水産省経済局長)の「日米貿易摩擦とアメリカの農業政策 」(昭和62年度〔日本農業経済学会〕大会討論会報告)だ。その中に「5.日米関係の特殊性と日本の政治状況」がある。「特殊性」とは、日米安保の存在だ。「この条約には同時に『経済協力条項』が含まれており、自由な経済社会体制の強化をめざして両国は、経済政策上の相違を除去するように努力し、そのための協議を続けることを確認している。この防衛関係と経済関係のリンクは、米国側の政治的解釈としては当然視されており、『防衛での貸しは、経済で返させる』との期待が米国にはある。」と述べている。

 つまり、日米の貿易関係は、防衛と軍事に確実にリンクされている。東西冷戦下、安保はどんどん変質し、冷戦終結と同時に安保も経済もグローバル化していった。グローバル安保とグローバル経済のリンクがTPPだ。

 2011年東日本大震災の年の11月にAPEC首脳の閣僚会議がホノルルであった。野田首相(民主党政権)は、オバマ米大統領と会談をし、TPPの交渉に日本入ると宣言した。ぼくらもデモをするために現地に入っていた。

 集会で、グアム、ホノルル、ハワイ、グアム、沖縄、韓国の済州島、オーストラリアの人たちが集まってのセッションで、米軍基地でなにが起こっているのかということを話した。これらの地域を線で結ぶと中国をすっぽり包囲する形になる。沖縄からは高里鈴代さんが参加した。この時にTPPの狙いを実感した。

 野田首相は、中国の包囲網としての経済の軍事化、原発の輸出、武器輸出3原則をはずして武器輸出と兵器協力などを言い出していた。これが安倍政権に引き継がれ、アベノミクスの核のところに原発輸出と武器輸出がおかれた。日米安保は、冷戦下の安保からグローバル安保へと変わっていた。TPPはグローバル経済の象徴として位置づけられた。この二つがここで具体的に結合したとみてよい。TPPは経済のグローバル化であり、世界の市場化の一環だ、アジア・太平洋における自由な企業活動を行うこためのものだといわれているが、実態は米日主導の経済のブロック化の一つの現れだとぼくはみている。

■反国益論としての反TPPではなく

「TPPに反対する人々」を作った時、奇妙な状態があった。保守主義の経済を論じている中野剛志(経産官僚)をTPP反対の論客として引き込んだ。当時、ネット右翼の在特会がTPPに反対だった。中野は、在特会が講師として招くような人物だった。中野はよく右翼のインターネットTVのチャンネル桜にも出演していた。右翼のTPP反対のよって立つ位置はナショナリズムで「国益に反する」という主張だ。私たちは、こういう主張や運動とは一線を画さなければならないと考えた。国益論としての反TPPではなくて、グローバリゼーションで抑圧され収奪されるのは世界の民衆ですから、生活者として共に反対していく論理を作っていかなければならないと考えた。

第二は、日本は加害者だということだ。

 TPPにはISDS条項(投資家と国との 間の紛争解決)がある。例えば、米国の企業が日本に投資したが、日本の公害防止条例で停止させられた。投資の儲けと投資の自由を阻害したことになるから、その企業は日本政府を相手に損害賠償請求ができる。すでに米国ではやっていて、結構、カネ儲けをしている。だから日本は米国にそれをやられると大変だ、日本の国益が侵されるというのが、TPP反派主流の論理だ。

 私たちは、そうじゃないだろう、海外投資をしているのは日本も同じだろうという視点を提起していった。例えば、フィリピントヨタでの組合潰し、マレーシアで住友化学がある村に放射性廃棄物を出し、住民の健康被害を発生させるといった日本企業による悪事の事例は沢山ある。住民たちは、日本に来て、抗議集会、住友化学と交渉を行った。TPPは日本の企業にとって絶好のカネ儲けの話だった。日本は、むしろそこを狙っているのだから加害者だ。このことをきちっと言っていかなければならないとキャンペーンを開始した。革新系のTPP反対運動をしている人たちも「日本の国益に反する」といういい方をよくする。国益論は、右派、左派関係なく侵されています。右派は、単なる経済的なことだけではなく、軍事の問題を絡めて国益論を主張する。左派は国益論を出したほうが人々に訴えやすいので安易に流れていった。今もTPP反対運動では国益論の傾向に流れている。

●憲法とTPP

 今、TPP違憲訴訟が行われている。違憲訴訟の幹事長の山田雅彦さんは、民主党政権時代の農林水産大臣でTPP反対運動で頑張っている人だ。「なぜ違憲訴訟を始めたのか」と質問したら、山田さんは、「TPPは人権、生存権を損なう。憲法違反で真っ向から問うたほうがいいだろう」と強調した。当初は、みんな門前払いになるだろうと思っていたが、門前払いにならなかった。

 違憲訴訟は、一つはTPPによる損害賠償を請求し、二つ目が憲法判断をさせる、二本立てになっている。つまり、TPPによって農産物の安全性か損なわれる、薬が高くなるとか、色々あげて国民が不利益を被るから損害賠償請求した。だが、まだ協定が結ばれていないから諸被害発生していなかったので「そうなるであろうという」論理なので損害賠償請求はできないのだが、山田さんはそれを前提にしつつ、たとえ損害賠償請求で却下されたとしても、憲法判断を仰ぐことが狙いだと語っていた。

 TPPに対する憲法判断とは何か。13条の「生命・自由・幸福追求権」、15条の自由権と基本的人権、22条の職業選択の自由、25条の生存権、健康で文化的な最低限の生活をする権利に対する憲法判断だ。つまり、農業者がTPPで関税撤廃などで農業を辞めざるをえなくなったから憲法13条違反だという立論だ。さらに職業選択自由とは、営業する権利、生業の権利、つまり百姓は百姓で生きる権利、商店で生きる権利が脅かされるから違憲だという論理だ。

 もう一つの柱は、ISDS条項だ。進出企業は、その国による諸規制などによって投資の自由が脅かされたとして、国際仲裁裁判所に訴えられることができる。仲裁裁判は、ほとんど投資した方が勝っている。投資の自由を保障するための仲裁機関だから、負けるわけがない。仲裁裁判所の国際法廷の結論は、日本の最高裁判所の判決よりも優先するという条項らしい。そうすると司法の独立性とか、権限はどうなるのか。一国の司法の最高裁の判決を越える国際仲裁裁判所の決定は、ほんとに効力があるのか。そんなことが許されるのか。司法独立の問題として争点となる。

 これらが違憲訴訟の争点だ。すでに原告側の証言が三回もやられている。山田さんは、「証人調べまでいけそうだ」と言っていた。

 アメリカと韓国のFTA(自由貿易協定)が結ばれて、最初は韓国の米、豚、牛が大変だと言っていた。たしかに牛は大変になっている。それ以上に果樹農家が壊滅的状況だ。どんどん安い果物が入ってきた。想定外の被害が韓国では発生している。日本でもこれから何が起きるかわからない。韓国の状況を知っておくことは重要だ。山田さんは、農家、薬価の問題などで国民は不安におののいていることを根拠にして精神的慰謝料を請求するべきだと主張している。

 このように反TPPのアプローチは、生存権の問題として捉えることだ。そして日常の運動のレベルに降ろさなければいけないなというのが課題だ。裁判の意義も含めて日常の問題として労働と生活の現場に問題を引き下ろして、運動を組立てていかなければと思っている。

■反TPP運動の課題

 世論調査を見ると、TPP賛成が多い。一般の人は、「いいじゃないの安いものが食えるから」と言う。みんなが食えなくなって、低賃金で非正規になってという背景もある。ここをいかに崩していくか。現実としてTPPの運動は、いつも少数だ。僕らの集会だって数百人を超えたことがない。だから共産党も含めたネットワーク作ることにした。TPPストップ市民アクションに全労連、全労協、全日農、農民連も入ってくれと、一緒にやろうよと広げた。農協は途中、安倍政権に脅されて抜けてしまった。反TPP運動は、いかに戦争法反対と反原発と結びつけて取り組んでいけるのかが大きな課題だ。

 じゃどうすればいいのか。一つの試みとして農業集落ごとに入り、その集落の農業が20年後にどうなるか計算をしょうよと言って集まってもらう。つまり農業グループ、個人の農家などが一番身近なところで、今後どうなってしまうのかを実感しないと運動にならない。

 3.11大震災で東北が壊滅し、福島の原発が吹っ飛んだ。実は、2011年5月、6月は反TPP闘争の山場だと位置づけていた。そのために陣形作りをやっていた。2月に東京で集会をやって、500人集まった。それをバネに春の決戦だとしていた。そしたら3.11だ。TPPどころじゃないとおもっていたら、4月に読売新聞が社説で「震災復興のためにTPPを」を出した。TPPでカネ儲けをしよう、カネで震災復興しなければならないという論理だった。その後、経団連が「今こそTPP」「震災復興はTPPなくしてありえない」と提言した。原発が爆発し、津波被害で三陸海岸は深刻な状況、行方不明者が5000人も発生していた。こんな時になんでTPPなのか。

 権力者は、TPPによって反転攻勢を狙った。 典型的な意見として元農水省官僚だった山下一仁(キヤノングローバル戦略研究所)が「ダイヤモンド」で「この大震災は、強い農業を作っていくためのチャンスだ」と主張していた。要するに、三陸海岸含めて農業地帯が真っさらとなった。だから農民の土地所有権がない状態だから私権を制限して大規模な区画を作り、大型農業機械を入れ、政府投資をして企業を動員して大規模農業を育成することができるというのだ。これがTPPで勝つことであり、強い農業の中心だ。TPPで儲けることのチャンスを震災が作ってくれたと言っていた。まさにTPPの本質をずばり指摘し、その後、あらゆる分野に貫徹していくことになる。私はいろんなところで「ショックドクトリンもいいところだ」と山下批判やった。

 もう農業という言い方で語ることはできない時代に入っていると思う。誰の農業か、主体は誰か。企業の農業、資本の農業、百姓の農業、農家の農業と言わないとだめだ。一つにくくれない局面に入っている。強い農業を作ると言うと時は、それは農家の農業ではない。それを農業と言ってしまうと、百姓自身が俺も強い農業でやっていけると誤解してしまう。

 色々な農家と知り合いだが、千葉の米作地帯で農業を行っている仲間たちからTPPの話をしてくれというので行った。かつて三里塚闘争もやっていた人たちもいる。TPP批判を話したが、終わってからの交流会で大型農家の彼は、「TPPになったら米の輸出を考えている。どやら儲かるみたいだ。外国で和食がブームだから日本の米が売れる」と言だし始めた。TPP賛成だという農業者はたくさんいる。農業者だからTPP反対だというのは間違いだ。むしろ専業農家のほうが主流で米の輸出で儲かるからTPP賛成だというのが多い。

 私は、「日本中に同じようなことを考えている人が一杯いる。みんな輸出で儲かるということで輸出したら、そんなの誰が買うのだ。それだけの需要があると思うのか。当然、だぶついて大暴落だ。それより国内で売ったほうがいい。アジアで金持ちが増えているといったって、中国の富裕層だけだ。そんな話に乗らないほうがいいよ」と言ったけど納得しなかった。

 こないだ日経新聞で全国の農業法人のアンケート調査の記事が出ていた。大型経営の農業法人は、7割がTPPになったら輸出が増えると答えている。同じように5割が値段が下がると答えている。つまり大型経営の7割は、輸出が増えるから、それに乗っかれということだ。

 山下一仁の「強い農業」「大震災が絶好のチャンスだ」という論理と空気が浸透している。このような雰囲気が農業者にも広がっている。

 それに対してどうすればいいのか。今、北海道五区で衆議院補選が行われている。自民党の 小泉進次郎が張り付いている。小泉は、細かく歩き、強い農業の話をしている。北海道は、TPPでたしかに大変だが、実は北海道の百姓で遺伝子組み換えをやりたがっている農民、農民グループがある。遺伝子組み換えを認めろと常に発信しているグループもある。モンサントからカネも出ている。遺伝子組み換えで量産して、輸出して儲けるという論理が蔓延している。

■TPPによって貧困連鎖が拡大

 いま企業化した輸出型の農業経営者は俺らの時代だと思っているが、TPPによって、確実に小さな農業が潰れてしまう。小さい農業が潰れたら、どうなるか。僕らはきちっと言わないとだめだ。

 例えば、国威内では1000万トン~1200万トンぐらいの米の潜在生産力があるが、それを減反して800万トンぐらいにしている。この列島の人が食べるうち、大型経営の人たちの米より小さな農家・兼業農家が生産した米の方がはるかに多い。その小さな農家はつぶれる。小さな農家は、高齢化し、平均年齢が70歳ぐらいだ。国民年金が夫婦で5万か、6万だ。これでは食えない。畑、田んぼを耕して、年金と農業で生活を支えている。小さな農家がいなくなるということは、村がなくなるということだ。地域社会がなくなり、商店がなくなり、そして食えなくなる。地域社会が崩壊しつつある。TPPは、その状況を進めることになる。

 都市の労働者にも関係する。例えば、TPPのメリットで牛丼が安くなると言われる。確かに牛肉が安くなる。輸入米も安くなる。安い米と安い牛肉でいっぱい350円の牛丼が300円になる。かつて4~5年前、牛丼の安売り競争があった。260円になったこともある。めし代が下がるということは、それだけ賃金を引き下げてもいいということでもある。350円の牛丼を260円に下げた時、経営者は、260円の牛丼が食えるのだったら、また給料を下げるのもいいなと判断する。そして給料が下がり、200円の牛丼になる。このように貧困と牛丼の値下げは、貧困の循環だ。

 牛丼の引き下げは環境問題にもつながる。1993年、GATTウルグアイラウンドの最後に牛肉の自由化をやった。例えば、今回地震にあった阿蘇の山麓は、肉牛の放牧をやっている。赤牛の放牧地だ。春になると草原を野焼きして、牛を放つ。牛は草を食いながら、夏と秋を過ごして、その間に子どもを産む。秋は子牛を連れた母牛を呼びもどして小屋で飼う。牛小屋の牛のフンは、畑、田んぼに入れて作物、米を作る。山と田んぼ、畑、牛がぐるぐると循環する。日本型の循環農業だ。こういう循環の農業が昔から成立している。TPPでやすい牛肉が入ってくることでこの循環が破壊されてしまう。春の野焼きと牛が草を食べることで、草原は再生する。熊本は昔から名水の地域だが、その水は阿蘇の草原に降った雨が地下に染み込み、地下水となったものだ。牛がいなくなって草原が荒れると、その水も枯れてします。

 韓国と米国でFTA協定を結び、その後、農家は先行き不安で牛を売り出した。大暴落し、牛肉不足になった。結果として牛がいなくなることによって、いろんな循環が途絶えてしまった。

 TPPの問題は、一筋縄でいかない。都市の貧乏人、農村の貧乏人の拡大再生産だ。同時に環境は、どんどん壊されていく。食の安全の危険以前にこのような問題がある。食の安全の基礎が壊されていくのだ。

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4月2日、アジア連帯講座で「2000万人署名」活動

新宿2000万人署名達成へ
アジア連帯講座も奮闘
駆け寄って署名する人びとも


 四月二日午前一一時から一時間半にわたり、新宿西口駅前で、「戦争法廃止」の2000万人署名をアジア連帯講座の仲間たち八人で行った。

数日前の温かい桜日和と違って、二月の寒さに戻るような寒さであった。それでも、新宿駅前ということで、人通りは相変わらず多い。外国人観光客と思われる人たちもたくさん行きかっていた。いつもならいろんな右翼の街宣と遭遇するのだがそんなことも今回はなく、われわれだけが署名・宣伝活動を行った。

 最初は反応が少なかったが、ベテランのUさんが登場し、体を左右にゆすりながら、通る人たちにすがりつくように署名を求め始めるといろんな人たちが足を止めて署名に応じていた。親子、恋人たち、若者、外国人などなど。Uさんはこの日一七筆の署名数であったが厚木の時は三〇筆もとったという。

 東京都内の人だけでなく、栃木県や横浜市の人の署名もあった。署名者は自ら寄ってきて署名をしていき、「こんな法案いやですね」、「がんばってください」など署名後に温かい言葉をかけてくれる人も多かった。「2016 TOKYO」と書いたおそろいの赤いジャンパーのフィリピンからの十数人の団体の二人が私の所に来て、署名板のスローガンといっしょに記念撮影を求められ、Vサインをしながら連帯を固めた。署名は現在東京に集約されている数で五〇〇万筆集まっているという。署名の集約は四月末。全国で何としても二〇〇〇万筆を集めて、戦争法の発動を許さない、参議院選での自公政権への痛打を勝ちとろう。

(M)

アジア連帯講座:4.16公開講座/「TPPをマクロとミクロの視点から批判する」

アジア連帯講座:公開講座/「TPPをマクロとミクロの視点から批判する」

講師: 大野和興さん(「TPPに反対する人々の運動」世話人/http://antitpp.at.webry.info/
大野和興さん

日時:4月16日(土)午後6時30分~
場所:豊島区民センター第10会議室(JR池袋駅下車)
主催:アジア連帯講座
  東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社 気付 TEL:03-3372-9401 
FAX03-3372-9402

ブログ「虹とモンスーン」 http://monsoon.doorblog.jp/


 安倍政権は、食料主権と生活破壊、グローバル資本のための環太平洋経済連携協定(TPP)を昨年、12カ国政府と談合し、強引に「大筋合意」を進め(15年10月5日)、TPP署名式(ニュージーランド/2月4日)で署名しました。TPPの既成事実化を押し進めながら自民、公明党は、交渉内容や協定などの情報公開、説明が不十分なままTPP関連法の改正案11本を一括法案として国会に提出することを決め、3月8日にもTPP協定承認と関連法案提出を安倍政権は閣議決定します。今国会でTPP協定について審議を押し進め、なんとしてでも批准し、関連法案なども成立させようとしています。

 TPPは農産品関税の撤廃と称する農業破壊の拡大、食の安全基準や食品表示の緩和、金儲けのための投資や金融、サービス貿易などの協定で貫かれています。世界の人々はTPPによる貧困の拡大、農業と環境の破壊、食の安全軽視など民衆の生活全般への深刻な影響へと直結するために不安と批判を強めています。すでに日本でも「TPPに反対する人々の運動」(2010.12)の取り組みが進められています。

 「TPPに反対する人々の運動」は、「当たり前に生きたいムラでもマチでも」のスローガンを掲げ、

「①TPPは農民、漁民、労働者、自営業者、中小零細事業者、高齢者、女性、子どもたちといった社会的経済的弱者の立場にある多くの人びとの生存の基盤そのものを崩します。私たちは社会階層、職種などすべての枠を超え、TPPによって安心して平和に生きる権利を奪われるすべてに人とつながり、ともに運動を進めます。

②資本は国境を軽々と越えて世界を動きまわり、地球上のあらゆるところで人びとの生きる権利を奪い、自然環境を破壊しています.私たちの運動は.そうした現実を直視し、国家の枠を超え、世界の人びととのつながりを作り出し、連携して運動を進めます。

③世界の現実を見れば、日本はまぎれもなく経済的強国です。貿易と投資の自由化のもとで、日本の国家と大企業は、世界の人びとに対する加害者となります。土地や水、森など地域資源に投資しての開発事業、原発輸出など、現実に問題を引き起こしている事例はたくさんあります。私たちのくらしもまた、そのことに支えられている側面があるのです。そうした日本の国家と資本が世界で引き起こしている問題と私たちはきちんと向き合い、加害者としての日本の行動を批判 し、改めさせる運動を世界に人々と連携して進めます。」

の指針のもとにTPP反対運動を取り組んでいます。

 大野和興さんは、「TPPに反対する人々の運動」世話人としてご活躍し、「今、TPPの本質にさかのぼって、TPPとは何かをみていくことはいっそう大事になった。TPPはマクロとミクロの視点から検証する必要がある。マクロの視点としては日米安保を軸とする日米同盟とTPPという視点と、憲法に生存権から見るTPP分析の二つの視角が重要になる。」ことや、「①世界情勢の変化の中での「経済ブロック化」②加害者としての日本資本と日本国家③「1%」と「99%」の世界である生活者の視点」が求められていることを強調しています。

 今回の講座では、大野さんの問題提起を受け、TPPをマクロとミクロの視点から検証していきたいと思います。ぜひご参加ください。

【12.5アジア連帯講座:公開講座報告】マイナンバー運用開始1カ月前にして

配信用:白石講演12.5アジア連帯講座:公開講座報告

マイナンバー運用開始1カ月前にして
講師 白石孝さん(共通番号いらないネット)


■以下、白石講演要旨

 はじめに

 番号通知が届き出すと急速に関心が広がっている。各地でマイナンバー違憲訴訟が提訴されている。共通番号いらないネットには、関心の広がりが大きくて、各地で学習会等への講師の派遣が殺到要請している。

 ところが情報がきちんと伝わっていないから、「カードを申請しちゃったが、どうしたらいいんでしょう」という質問がよくある。そもそもマイナンバー番号通知のリーフレットは、番号通知のくせにして番号説明は一頁しか書いておらず、大半はカード申請させるために誘導していくように書かれてある。このカードは任意です、選択制ですとかまったく書いていない。だから通知が届いたら、役所から届いたから従わなければと役所の窓口に行き、役所の係が写真を撮って申請してくださいと対応する流れに入ってしまう。

 問題は、マイナンバー制度の基本の目的が説明されておらず、社会として合意されていないことだ。ノーチェック状態で、安倍政権が猛烈なエンジンを回して動かしている。その行き着く先がどうなるか。番号制度は、財産的経済的損失につながる。つまり、なりすまし被害につながるということは明らかだ。ただその被害が出てくるのが、五年後か、一〇年後だ。

 マイナンバー制度は、戦争体制とリンクしている。戦争法を表とすれば、対の関係にあるのが秘密保護法、盗聴法、マイナンバー、おそらく出てくる共謀罪だ。どこかの段階でカードの役割が変質していくことは間違いない。

 会社、事業所でマイナンバー制度が導入されるのだから、本来だったら労働組合がきちんと取り組まなければならない課題だ。ところが連合は積極推進だ。自治労、JP労組は労働条件と密接に関係があるのだから、その点だけでも取り組めと訴えたがやらない。全労連は、おそまきながら動き出したが、まだ末端まで伝わっていない。全労協は、全国とか、地域ユニオンが動いているところと動けないところの温度差がすごくある。

 制度の目的

 マイナンバー通知カードにリーフが同封されている。制度の目的の説明は少なく、大半はカード申請のための手引き書になっている。役所の市民課、住民登録の窓口が人で溢れかえっている状況だ。

 「よりよい暮らしへマイナンバー制度」には、国民の利便性の向上、行政の効率化、公平・公正な社会の実現の三つの利点があると書かれている。

 番号制度は、道具ですから、基本は道具を使って何をするのかということだ。その何をするのかの説明がインチキだ。

 利便性と効率化、公平・公正というのは、誇大・誇張でしかない。一般の住民が役所に行くのは、年に一回、二回でしかない。住民票の添付が不要とか、課税証明書がいらなくなると言っているが、ないよりあったほうがいいという程度でしかない。それを誇大にあたかも便利にするというトリックだ。客観的なデータを公開していないから、情報操作、世論操作でしかない。

 住基ネット導入でも利便性と効率化を言っていたが、全国の自治体で一人も減っていないどころか、増えている。さらに自治体は住基ネットの維持管理に負担がかかっている。住基ネットの利用の九九%が年金の照合だ。だけど昔と同じように社会保険庁、今の日本年金機構が年金事業者に葉書を出して、それで本人から回答をもらう方式でやっても、基本的には通用する。そうしたら住基ネットにかかるコストと、社会保険庁、日本年金機構が負担する郵送費は、郵送費のほうが安い。客観的にはその程度の利便性だ。

 この制度が導入されれば、あたかも税の公平・公正が実現するかのごとくのイメージが蔓延している。リベラル、民主党支持の学者、研究者もその論理に組み込まれている。

 「女性自身」「週刊女性」「サンデー毎日」「週刊現代」は、この制度の税の公平・公正の対象は中間層、貧困層がねらいだと指摘している。「女性自身」は、「マイナンバーで損をしない方法。はたらきかたを間違えれば二〇万円も国か請求される」というタイトルの記事を紹介する。

 父は年収五〇〇万円、母はパートで九〇万円の収入、大学生の兄はバイトで一二〇万円の収入、高校生の娘がバイトで五〇万円の収入がある。父は配偶者控除、扶養控除(一〇三万円のライン)が適用されている。ところが母は、源泉徴収されているパートの九〇万円以外で、現金で直接頂く結婚式場の司会をやっていて年間五〇万円の収入があった。母は合計一四〇万円の収入だった。兄は、扶養限度を超えているが、バイト先では所得税が引かれている。父は兄の収入を知らず、兄は脱税している意識はない。

 ところがマイナンバーによって二〇一七年の確定申告から紐付けされる。扶養家族の収入は、マイナンバーで紐付けされ、税務署で連動する。母の司会業の五〇万円の収入は、源泉徴収して取りなさいということになる。外国人は週二八時間以上働いたら在留資格が剥奪される。実際にはダブル、トリプルで二八時間以上働いている。これが二〇一七年以降、全部あぶり出される。

 税理士が試算したら、この父に追徴課税と延滞金・加算金が一〇万円も余計にはらうことになる。今回の狙いは、これだ。

 実際のところ課税・徴税漏れしている全国の人から完璧に徴収したって、年間税収はたかがしれている。あたかも税の公平・公正がマイナンバーでできるようなことを言っている。

 富岡幸雄中央大学名誉教授の『税金を払わない大企業』(文春新書)は、政府が公表している資料を使って、「一九八九年消費税導入から二〇一二年度の消費税の収入は合計で二八〇兆円だった。ところが大企業は租税特別措置法で合法的に税金を払っていない税金の累計が二五〇兆円」ということを明らかにしている。大企業が税金を払っておらず、さらに法人税率を欧米並に下げろと言い出している。税金を払っているのは、租税特別措置法が適応される中小零細企業が払っている。だいたい売り上げの二〇%を払っている。払っていないのは、大企業と赤字の企業だけだ。

 累進税率は所得税と住民税で一番高かった時は、高額所得者から一九八六年が八八%、手取りは一二%、今は五五%だ。これも引き下げろと言っている。金持ち優遇税制と言われる分離課税もある。確実に格差が広がる。こういうものを修正するのではなく、全部覆い隠しておいて、マイナンバー制度で税金を取る制度が目的だ。だから賛成する人はいないから、本当の目的を正直に言えないのだ。安倍政権は、中間層・貧困層から取り、同時に社会保障を切り下げるとまで言っている。マイナンバー制度導入の大義名分もなにもない。

個人情報流出事件必至

 マイナンバー制度は、現在の限定的番号制度(年金番号、健康保険番号、免許証番号、納税番号など)から官民分野の共通番号制度に移っていくことだ。住民登録=マイナンバー制度だから今回のマイナンバー通知を拒否したとしても、番号から逃れられない。極論すれば番号から逃れようとすると二つの方法しかない。一つは、自分で自ら住民登録を抹消する。返上する。もう一つは、裁判で勝つことだ。一二月一日のマイナンバー違憲訴訟を提訴したなかで、番号から離脱という要求が入っている。

 住基ネットの時に、一人だけ大阪高裁で違憲判決を勝ち取っている。一つの市長は住基ネット反対だったから、大阪高裁判決を受け入れた。そこの原告一人は、大阪高裁判決が適用された唯一合法的な住民票コード離脱者だ。今回、その方に市長から通知がきて、「住民票コードがないから番号が付きません。番号がほしければ、住民票コードを取得してください」という手紙が来ている。

 住民票コードは、市長の権限で付けている自治事務だ。さらに住民票コードは、全国の自治体が共同設立した地方公共団体情報システム機構(J-LIS)という全国センターに送る。このジェイリスが国の権限でマイナンバーを付けるという制度だ。

 住基ネットの時は選択制が可能だったが、マイナンバー制度は番号付とカードを交付するという二つの行為は国の仕事だからできない。住民票コードは、基本として外に出さないが、九九%の利用は年金事務の照合に使っている。

 ところがマイナンバー制度は、会社や税務署、福祉の手続きで出さなければいけない。二〇一八年ぐらいから銀行、生命保険、証券とかでもマイナンバーを出さなければいけなくなる。

 住民票コードは変えられることができたが、マイナンバー制度では番号変更は原則不変だ。しかし、一〇月五日、取手市で個人番号付きの住民票が発行されてしまった。今の段階では使ってはいけない番号付の住民票を使ったということで、番号変更することになった。ところがこれは国の事務なんだが、国からは番号変更のマニュアルが出されていないことに現れている。

 マイナンバー制度は、税と社会保障、災害対策の一部で使うだけから安全ですとキャンペーンしている。ところが九月に民間利用に踏み込んだ改正法を可決している。①二〇一八年から任意で預金口座に登録②健保組合がメタボ健診情報を管理③市区町村が予防接種の情報を管理する。

 銀行・金融機関の預金者のデータベースがあり、預金者名・口座の種類・口座番号・預金残高・ローンの返済記録とか、ここにマイナンバーが入ってくる。役所の中にも、住民台帳にマイナンバーが付き、さらに介護保険、児童手当などが、全国一七〇〇の市区町村のそれぞれの課に個人名と番号付のデータが入る。

 とりあえず銀行と健保組合に導入してから、その後、生命保険会社、損保、証券、ネット関係のショッピング関係にも広がる可能性がある。全部のところに個人名とマイナンバーが送られ、それぞれにデータベースができる。マイナンバーに付いた個人情報が厚くなっていく。番号に価値が生まれ、売買できる価値が出てくる。

 韓国の個人情報流出事件が多発について紹介する。二〇〇八年からインターネットが急速に発達したなかで民間企業で流出事件が激増していった。住民登録番号はマイナンバーで紐付けされているから、犯罪者にとっては価値ある情報となる。住民登録番号と携帯番号ともリンクしている。だから携帯番号から本人確定もできる。

 さらに、携帯基地局とGPS機能を使った犯罪捜査も行われている。鉄道民営化をめぐって鉄道労組が大闘争を行った。労組の幹部が業務妨害で捜査対象になった。労組役員と妻、両親、子どもの五人分の携帯情報を五か月にわたって令状捜査した。

 韓国の人口は、四八〇〇万人。外国人いれても五〇〇〇万人。八年から七年で一人で四回か、五回の個人情報が洩れていることになる。二〇一四年、大手カード会社の個人情報流出は、一億四〇〇〇万人だった。韓国はインターネット社会で、クレジット社会だ。政府もこれはまずいとなって改善案が三つ出された。一つは番号を全部取り替える。二つ目は、被害を申し出た人の番号を変える。三つ目は、番号を使う分野を限定する。これは二〇一三年の個人情報保護法の改正施行で行われている。

 インターネットで航空券、ホテルの予約とか、アマゾンでの購入とか、画面がどんどん覚えていく。最後はクレジット決済か、コンビニ払いで終了する。韓国の場合は、最初に住民登録番号を入れないと次の画面にいかない。民間業者が全部、住民登録番号付きの顧客データを持っているということだ。日本はそこへ向かいつつある。これだけは絶対にやっちゃだめだ。

 アメリカでは、一六歳以上の五%がなりすまし被害にあっている。日本政府、マスコミは、アメリカ、韓国の被害実態を意図的に隠している。映画、テレビドラマで個人情報流出を取り扱った作品が多数あるが、そのほとんどが上映されていない。

 カードの役割

 カードは、国家が強制的にカードを持たせる国と任意の国と分かれている。日本の場合は任意だ。ある特定目的のためのカードだ。車の運転免許証、海外旅行したいからパスポートがある。それを本人確認にも利用してきた。変化が出たのは、二〇〇三年の住基カードの導入からだ。

 住基カードは、一一年間ぐらいかけて八〇〇万枚配布、人口比にすると五二%でしかない。免許証が七割と言われているから、圧倒的に少ない。

 政府・自民党は、今年の国会審議では「住基カードの失敗を繰り返すな」と平気で言っている。今の段階では個人番号カードは、道具価値しかない。これを異常に拡大させていこうとしている。その証拠が出てきたのが、五月二〇日、政府のIT総合戦略本部がロードマップで全容を出した。ロードマップには、産業競争力会議、経済財政運営改革の基本方針(骨太方針)、日本再興戦略、世界最先端IT国家創造宣言の中身がほとんど入っている。ただ運転免許証は、警察庁サイドから異論が出ている。

 二〇一六年からマイナンバーの利用が始まり、カードの交付が始まる。一年三か月でカード一五〇〇万枚配布するとしている。住基カードは一〇年かけて八〇〇万枚配布と比べると異様な配布数だ。これだけ差があるのは、なんらかの内的外的な力が働かないとならない。それは国家公務員身分証明書を半年かけて各省庁職員全員、自衛隊に番号カードを身分証として持たせる。日本経団連、IT企業が導入しはじめる。わけがわからなくてカード申請してしまった人たちなども含めて一五〇〇万人という合計数を出した。

 さらに二〇一九年三月末に八七〇〇万枚カード配布すると明記している。これは組織の圧力だけでは無理な数だ。ワンカード化というカードの変質を狙っているのだ。つまり、キャッシュカード、クレジットカード、運転免許証、健康保険証を兼ねたワンカードで対応するというのだ。

 この後は、私の推測だが、経済活動をしている人の八割ぐらいがカードを持つことになる。この段階でカード強制の義務化法案、常時携帯義務法案が出てくるだろう。二〇二〇年のオリンピック会場入館規制に向けてマイナンバーカードを使おうとしている。すでに舛添都知事が定例記者会見で、パリの同時多発テロ事件の後に、「東京オリンピックでもテロの脅威が出てきた。オリンピックについては、安全安心の開催に万難を排除したい」と言った。本人確認しますということだ。

 外国人は、日本に入国する時に、パスポートをスキャンして指紋と顔写真を撮っている。だから外国人は、オリンピックの入場券とパスポートスキャンか、カメラの前に立たせることで本人特定ができる。パリの事件の時、たくさん亡くなられたのがレストラン、劇場だった。サッカー試合のところでは、一人か二人しか亡くなっていなかったが、入口のチェックで発覚し、自爆した。

 靖国で燃えた事件があったが、韓国から入国した人間が犯人みたいな報道がされている。あれは靖国の監視カメラ、周辺のホテルの監視カメラ、最後は入管の写真撮影で照合したはずだ。これは報道されていない。韓国と米国は、外国人の入国時に指紋、写真撮影をしている。未確認情報だが、米国、日本、韓国のビジットシステムを全部担当しているのが、米国の軍事IT産業アクセンチュアだという情報がある。今回のマイナンバー制度のシステムは、基本部分はNTT、東芝、NECなどの日本産業だが、全体の進行管理はアクセンチュアがとっている。

 日本の場合は、在日外国人から指紋強制という歴史があるけど、日本人全体も含めて取るのは困難かなと思っていた。そしたら九月にNECが、我が社の顔認証システムが契約が取れましたと発表していた。NECの顔認証システムは世界トップランクで、九六%の照合率を誇っていた。

 ロードマップには、個人番号交付にあたっては、厳格な本人確認が必要なため市町村長の職員の目視に加え、最新の顔認証システムを補助的に活用すると書いてある。職員が判断に困る場合は、お客さん申し訳ないがカメラの前にたってと言って、カメラを通したデータと個人番号カードの裏のICチップに顔写真のデータと照合することになる。偽造、変造、なりすましを防止するためにICチップを読み取る。

民衆監視・管理

 二〇二〇年のオリンピックは屋内競技だけではなく、マラソン、競歩がある。屋外をどう管理するかというと、マラソンの時は、陸連の職員、スポンサー、地元の人たちのボランティアにハンディーカメラを持たせ、提供されている顔写真と照合することができる。このシステムは、オリンピックだけではなく、日常生活に対して、政府、警察が使う可能性が出てくる。

 顔写真データは、今の段階では自治体が管理するのではなく、地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が一五年間管理することになっている。警察は、当然、マイナンバーを使う。マイナンバー法で例外規定にしてしまっている。安保法制が通り、駆けつけ警備があって、南スーダンからアラブ、パレスチナへと自衛隊がどんどん展開していけば、日本でもテロの脅威が迫っているという世論で煽られて、安全安心のために法律を変えてしまう可能性がある。その基盤はできつつあると言える。

 だからカードの任意性が維持されていれば、一つのカードとして住基カードを持とうが、個人番号カードを持とうが、それは人によって必要な場合がある。生活保護を支援しているグループは、他になんにも本人確認がないから、住基カードを反対はしたけれど、個々の生活保護の当事者に対しては持ってもらえるようにしているケースがある。

 だけどマイナンバーカードは、持たせるための客観情勢を作り、生体情報とリンクするとその性格がまったく異なったものとなる。

 マイナンバー制度の行き着く先は、なりすまし事件に直結する。カードは、強制性が生まれた段階で管理監視の道具に変わる。この制度の目的自体が政権によって、どんどん変わっていくだろう。一人一人の市民にとって、中小零細企業の事業主にとって負担こそあれ、メリットはまったくない。こういうことがほとんど隠されてしまっている。マイナンバーの狙いと番号制が持っている宿命について粘り強く明らかにしていく必要がある。「だから番号カードの申請はしないようにしましょうね」と訴えていこう。節目、節目で国会議員、地元議員に対してマイナンバーの危険性とそのストップのためのいろんな行動を取り組んでいこう。

【12.5アジア連帯講座:公開講座】マイナンバー運用開始1カ月前にして

12.5アジア連帯講座:公開講座
マイナンバー運用開始1カ月前にして

講師 白石孝さん(共通番号いらないネット)

日時:12月5日(土)/午後6時30分
会場:文京シビックセンター5階会議室A(地下鉄三田線春日駅下車)
資料代:500円

主催:アジア連帯講座/東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社 気付 
TEL:03-3372-9401 FAX03-3372-9402 

ブログ「虹とモンスーン」
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配信用反対デモ 去る10月5日から、住民登録のあるすべての日本人と外国人に、12桁の個人番号が割り振られました。この「マイナンバー」は、生涯にわたってつきまとう唯一無二の番号であり、自分の意思で変更したり、拒否したりできません。

 来年1月1日からは、個人番号カードの交付が始まります。ICチップが内蔵された1枚のカードは、税や社会保障についての事務手続きを効率化するなどと、利用者の利便性が強調されています。健康保険証や運転免許証。クレジットカード、買い物の際のポイントカード。そして個人の銀行口座とリンクさせ、キャッシュカードとしての機能までも、そこに盛り込まれようとしています。

 2017年からの消費増税については、買い物の際の店頭の端末でのチェックで、上限4000円までの還付を口座に振り込む、という案まで飛び出しています。カードの取得はあくまで任意なのに、麻生太郎財務相は、「持って行きたくなければそれでいい。その代わり減税はない」などと、脅しともとれる発言をしました。

 甘言を弄した取得の強制性だけでなく、運用前から指摘され、見切り発車した制度の問題点が、交付を待たず次々と現実のものとして浮かび上がってきました。住民票と照合する自治体の膨大な作業。全国約5500万世帯に簡易書留を配達する郵政労働者の負担。それどころか、制度発足直後には、「マイナンバー詐欺」とも呼べる不審電話が東京都内で相次いだと報道されました。さらに厚労省の職員と、システム開発を手掛ける民間業者と間での贈収賄疑惑が発覚。当該職員が逮捕される事態に発展しました。

 番号制度を導入した他国では「なりすまし犯罪」が多発し、アメリカでは1170万件。被害額は173億ドル上っています。韓国では大量の個人情報流出事件が発生しました。日本の制度は「番号付与」と「カード所持」の二本立てで、世界最悪のシステムになると懸念されています。

 恐ろしさは、セキュリティ不備による情報漏えいだけでなく、個人の家族とその資産、さらに思想動向まで政府が把握し、ことあれば摘発・検挙する口実を与えることです。公安警察や刑事警察にとっては、治安維持のために喉から手が出るほど欲しい情報が、捜査を口実に存分に利用できるのです。

 マイナンバーで私たちのプライバシーは丸裸になります。生活の隅々にまで、国家による監視・管理・統制が行きわたり、政権批判や、戦争に反対できる自由な言論は封殺されるでしょう。

 まだ間に合います。反対の声をさらに大きく広げるために、その仕組みを解明し、徹底的に検証します。

報告:6・27アジ連公開講座/「イスラム原理主義とは何か ジルベール・アシュカルの提起から」

アジ連写真 6月27日、アジア連帯講座は、豊島区民センターで「イスラム原理主義とは何か ジルベール・アシュカルの提起から」というテーマで湯川順夫さん(翻訳家)、国富建治さん(新時代社)を講師に招き、公開講座を行った。

 パリの『シャルリー・エブド』紙本社襲撃事件とそれに続く弾圧、反イスラムの波の高まりに対していかに立ち向かうのか。同時に中東・イスラム世界、原理主義、イスラム国などのテロリストらの分析と批判が求められている。

 ジルベール・アシュカル(レバノン出身/ロンドンの中東・アフリカ研究スクール)は、『シャルリー・エブド』紙襲撃の背景について自著の『中東の永続的動乱』(柘植書房新社 )、『野蛮の衝突』(作品社)をベースにして、「強者の野蛮が主犯であり、それが相手陣営の側からそれに対抗する野蛮の出現を生み出している主要原因である。このような『野蛮の衝突』が『文明の衝突』として誤って説明されてきたし、今なおそう説明されている」、「資本主義と帝国主義の危機の発展力学は結局のところ、『社会主義か野蛮か』という選択以外の余地を残さない」と集約し、国際的な左翼の任務として反人種差別主義、反帝国主義の組織化を訴えている。

 講座では、アシュカルのメッセージを水路にしながら諸課題を掘り下げていった。

ベール着用禁止に対する立場

 冒頭、フランスでイスラム系女生徒の公立学校でのベール着用禁止問題を取り扱ったDVD(2004年製作)が上映された。賛成派、反対派の論戦が繰り広げられる。

 湯川さんは、「ベール着用生徒排除の法律に反対する 2004年2月14日 『万人のためのグループ』」(反対する理由①平等のために闘う②教育の非宗教性のために闘う③フェミニズムの大きな闘いに参加④社会的公正のために闘う⑤抑圧の論理に断固として反対する)のデモを紹介し、「欧米的価値観が文明的であり、イスラム世界の価値観が遅れていて野蛮であるからではなく、女性をはじめとする人類が長い闘いのすえに勝ち取った権利を防衛するためにある。ベールについても同じだ。フランスであろうと、イスラム圏であろうと、女性が自由に外出し、自分の服装を自由に選択する権利を擁護し、発展させるために闘うのであって、ベール着用を強制することにも、着用を強制的に禁じることにも反対するのだ」と解説した。

湯川報告

 続いて湯川さんは、「フランス『シャルリー・エブド』紙銃撃事件をめぐって」を提起した。

 事件に対する評価の特徴として「ヨーロッパ、フランスの社会にある移民に対する根強い差別という脈絡を無視した『言論の自由』擁護のみの傾向。イスラム差別を指摘し、もっぱら風刺画とデモの『反イスラム』について危惧表明の傾向。両方とも『イスラム世界』と『欧米社会』のそれぞれがいつの時代もどこの地域でも同じ均質的世界であるというステレオタイプの見方にとどまっている」と指摘した。

 前提認識として「『アラブの春』を主導したのはイスラム原理主義の潮流ではなく、むしろそれに対抗する勢力だ。イスラム社会内にも階級対立があり、キリスト教徒もいる。クルドをはじめとするさまざまな少数民族もいる。アラブ民族主義派、マルクス主義の潮流も存在する。イスラム教が影響力という点で、たとえば女性の抑圧という点で、フランスの移民社会とサウジアラビア社会とを同列におくことはできない」と強調した。

 事件後のフランスのデモを紹介し、「『われわれは皆、シャルリだ』のスローガンの意味は、殺害されたジャーナリストたちへの人間的な連帯の感情、言論の自由の防衛への強い意志だった。さらに、一切の人種差別に対する反対という気分が支配的だった。移民系の人々も何万人も参加。移民系の多くの団体が非難声明を出したが、オランド政権の画策とは区別しなければならない。反資本主義新党(NPA)はデモに参加しなかった。だがデモに参加した圧倒的民衆は、政府が意図したものとは違っていたのだから、共にデモをする中で巨万の大衆と直接に討論する大きな機会だったのではないか」と湯川さんは述べた。

 「今後の問題」として①「対テロ作戦」の名の下での軍事作戦のエスカレートに反対する闘い②失業と差別に苦しむ「郊外」の青年の生活防衛のための闘い③新自由主義の福祉削減政策に対する闘い④襲撃からイスラム系の人々を防衛する闘い⑤イスラム系児童、宗教活動、モスク襲撃に対する防衛⑥踏絵としての私のシャルリー・フランス語版「日の丸・君が代」問題への注意について取り上げた。

 最後に湯川さんは、「言論の自由について」の基本的立場に焦点をあて、「批判について、いかなるものであれ、タブーを設ければ、民衆自身が自由に討論する民主主義は存在しえなくなる。いかなる宗教に対しても例外なくそれを自由に批判する権利を防衛されなければならない。こうした批判は、もっぱら支配的権力、支配層、強者に対して向けられなければならない。宗教が抑圧された人々の側の拠り所になっている場合には、社会の中で人々がおかれている状況(差別、迫害など)に対する配慮が必要である」と提起した。

国富報告

 国富さんは、「『イスラム原理主義』あるいは『イスラム過激主義』について」問題提起した。

 「帝国主義のアラブ(イスラム圏)支配と民族主義的反帝国主義運動」を概括的に掌握するためにナタン・ワインストック『アラブ革命運動史』(柘植書房、1979年)を紹介しながら、「イスラムの矛盾した性格は、それゆえ一方では、西ヨーロッパ支配の土台をひっくり返す民族主義の支柱としての役割を持ちながら、他方では、革命的変革に反対するイデオロギーの防壁として重要な役割を担っているところにある」ことを浮き彫りにした。

 また、第一次大戦中の「オスマン・トルコ帝国解体後の帝国主義諸国によるアラブ分割支配の秘密協定(サイクス・ピコ協定)――1916年(英・仏・露による旧オスマントルコの領土分割)……フセイン・マクマホン協定(アラブへの独立の約束)やバルフォア宣言(パレスチナの地へのユダヤ人国家設立の約束)」という相互に矛盾する「三重外交」について述べた。

 さらに①ムスリム同胞団の設立 そして1930年代の人民戦線②第二次大戦後――イスラエルの建設、アラブ民族主義とその挫折③キャンプデービッド(エジプトとイスラエルの握手)からオスロ協定、そしてイラン革命以後について総括した。

 そのうえでアシュカルの「イスラム原理主義とは何か」(『中東の永続的動乱』より)の内容から以下の部分を紹介した。

 「原理主義運動の権力のための闘争が、主要に帝国主義と結びついた大『民間』資本に対決するものである時……、またこの闘争が、労働者運動がまったく不在ではないとしても非常に弱く、したがって反共主義が原理主義にとって相対的に二次的な側面をなすようなところで行われるものである時、そのポピュリスト的側面が前面に出てくる。革命家たちが、大衆闘争でイスラム原理主義とバリケードの同じ側に自らを見いだし、『共通の敵』に対して彼らとともに闘うという事実に直面するのは、ここから導かれる。これはファシズムの場合では考えられないことである」「原理主義イデオロギーの特質は、彼らの政治的闘争が提起する戦術的諸問題の複雑性を深めることになるだけである。創設者の民族主義的・人種差別主義的スローガンにもとづいたイデオロギーを生み出すファシズムとは対照的に、原理主義運動は当然のことながらあらゆる新しい教義を拒否し、イスラム教にもとづく何世紀もの歴史を持つイデオロギーを支持する。原理主義は、ファシストイデオロギーや、さらにマルクス主義イデオロギーとも異なり、ムスリム社会の外部からもたらされたものではなく、土着のものだとされている。この問題は、イスラムでは政治と宗教を分離するのが困難であることによって、いっそうむずかしくなる」。

 さらに「イスラム原理主義とテロリズムの結合」というテーマの掘り下げにむけてアフガン戦争(一九七九~一九八九年)、サダト暗殺(ジハード団/1981年)、ルクソール事件(1997年)を取り上げ、「ソ連のアフガニスタン侵攻、さらにユーゴ内戦の中で『ジハード』組織が作られ、タリバン、アルカイーダは湾岸戦争を契機に形成された。ISは、アメリカのイラク戦争の破綻、イラクの無政府化と社会的崩壊を土台に、アルカイーダの分散的ネットワーク化と、『アラブの春』の衝撃を受けた「別ブランド化」としてあるだろう。「アラブの春」の衝撃とその後退も反映している。こうした事態の中で、『カリフ支配』の再建と『領域支配』をめざしたISが注目を浴びることになった」とまとめた。

 そのうえで国富さんは、「ISは、『アラブの春』に対する反革命としての存在である。この点を明確にしなければならない」と強調した。

 この論点に関連して栗田禎子さん(千葉大教授)の問題提起を紹介し、とりわけ「本当にアル=カーイダは完全に影響力を失い、人びとの意識や政治の舞台からウソのように消えてしまうという状況がありました」「民衆が街路を埋め尽くして、民主主義や社会的公正を求めるとき、テロリスト集団は太陽にさらされた雪のように溶けて消えてしまう。ですから、イラクとシリアに本当の意味で民主革命が起これば、テロリストの付け入るすきはなくなるということです」(『現代思想』3月臨時増刊号)という提起に注目する必要があると指摘した。

 国富さんは、再度、「われわれの基本線はこの点に置かれるべき。ISがなにか民衆を代表する存在であるかのような錯誤への厳しい批判が必要である。そして『アラブの春』の再生をめざす民衆との連帯を。パキスタン、バングラデシュ、インドネシア、そしてフィリピン(ミンダナオ)における仲間たちの運動に注目を!」と集約した。

          (Y)

6.27アジア連帯講座:公開講座「イスラム原理主義とは何か」

6.27アジア連帯講座:公開講座
イスラム原理主義とは何か
ジルベール・アシュカルの提起から


報告 湯川順夫さん(翻訳家) (『情況5月号』/フランス 風刺画週刊紙への襲撃をめぐって)
報告 国富建治さん(新時代社)


日時:6月27日(土)/午後6時30分
会場:豊島区民センター第6会議室(JR池袋駅下車)
資料代:500円
主催:アジア連帯講座
  東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社 気付 TEL:03-3372-9401 
FAX03-3372-9402
    ブログ「虹とモンスーン」 http://monsoon.doorblog.jp/

TEL:03-3372-9401 FAX03-3372-9402

中東 パリの『シャルリー・エブド』紙本社襲撃事件とそれに続く弾圧と反イスラムの波を受けて、ジルベール・アシュカル(レバノン出身/ロンドンの中東・アフリカ研究スクール)は、反人種差別主義、反帝国主義の反撃を組織するために国際的な左翼がいかに答えるべきかについて次のようなアプローチを行っています。

 「今日、イラクとシリアにおけるイスラム国と呼ばれているものは、アルカイダのかつてのイラク支部であったものからの発展にすぎない。アルカイダのこのイラクにおける組織は2003年の米軍のイラク侵攻以前には存在していなかったが、占領のせいで生まれた。それは2007年以降、敗北し、取るに足りない勢力になったが、シリアでの内戦とシリア政権の極度の野蛮さによって作り出された状態を利用することによって、何とか再生したのだった。そして、現に、今や帝国主義の心臓部で再び、攻撃を行いつつある。まさに、「悪事をはたらけば、その何倍ものしっぺは返しを受けることになる」ということだ。」

やばん 「自著『野蛮の衝突』の中で、私は、強者の野蛮が主犯であり、それが相手陣営の側からそれに対抗する野蛮の出現を生み出している主要原因であるという点を強調した。このような「野蛮の衝突」が「文明の衝突」として誤って説明されてきたし、今なおそう説明されているものの真実の顔なのである。一世紀も前に、ローザ・ルクセンブルクが述べたように、資本主義と帝国主義の危機の発展力学は結局のところ、「社会主義か野蛮か」という選択以外の余地を残さないのである。」(ジルベール・アシュカルに聞く『シャルリー・エブド』紙襲撃の背景/「かけはし」3.2号)

 講座ではジルベール・アシュカルの「中東の永続的動乱」(柘植書房新社 )、「野蛮の衝突](作品社)、この間のアシュカル発言などをテキストにして、湯川さん、国富さんから日頃の国際政治研究を加味していただき、今日の中東・イスラム世界、原理主義、イスラム国などテロリストの分析とわれわれの課題について掘り下げていきたいと思います。協同の論議を積み上げていきましよう。ぜひご参加を。

【10・18公開講座報告】現代から古典へ:マルクスの経済学を学ぶ

森田写真

【10・18公開講座】現代から古典へ:マルクスの経済学を学ぶ

講  師 : 森田成也さん

参考図書 『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』

(マルクス著、エンゲルス序文/森田成也 訳/光文社古典新訳文庫)

 

 

 

はじめに――現代から古典へ

 

二〇〇八年の世界金融恐慌をきっかけとして、世界的なマルクス・ブームが起きました。この日本でも小規模ながら同じブームがありましたし、今でも多少その流れは続いています。貧困や失業、経済格差がますます広がりつつある現在の日本の状況は、まさにそうした問題を原理的に解明しようとしたマルクスの経済学に対する関心が広がるための豊かな土壌を提供しているわけです。

 

たとえば、今年の五月から七月にかけて、私はドイツ文化センターで「マルクスの経済学を学ぶ」というテーマで三回にわたる連続講演を行ないましたが、この連続講義には毎回五〇人を越える参加者があり、しかも、回を追うごとに参加者が増えていきました。ドイツ文化センターの職員の方も、マルクスというテーマで毎回こんなに人が集まることにびっくりしていました。

 

この連続講演は、光文社古典新訳文庫から出版した『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』を記念してものでしたが、この著作は、マルクスの経済学を最初に学ぶ人のための便利な入門書にしてもらおうと思って企画し翻訳編集したものです。

 

しかし、『賃労働と資本』は、ブリュッセルでの労働者向けの講義(一八四七年)にもとづいて一八四九年に『新ライン新聞』に発表されたものです。『資本論』の初版が出版されるのが一八六七年ですから、二〇年も前の講義が基になっています。この二〇年は、マルクスの経済思想において革命的な変革が起こった時期ですから、『賃労働と資本』を読んで入門にするといっても限界があります。

 

他方、『賃金・価格・利潤』は一八六五年半ばの講演に基づいており、この時点でマルクスの経済理論は、少なくともその生産過程論に関してはおおむね完成しているわけですから、『賃金・価格・利潤』はマルクスの『資本論』に非常に近い内容です。

そうすると『賃労働と資本』には意味がないのかというと、そんなことはありません。マルクスの理論的到達点を正しく理解するためには、どこから、どのような道を経て、そこに到達したのかを知ることは非常に有意義です。したがって、この両者の間にどれほどの理論的差があって、マルクスがどのような知的過程をへて前者から後者へと至ったのについて、きちんとした解説を入れておけば、『賃労働と資本』も入門書として有益な役割を果たすことができるのです。それゆえ、今回の『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』には非常に詳細な長文の解説を入れておきました。以上の点を踏まえて、さっそく今日の本題に入りましょう。

 

1、マルクスのグランドパラダイムの成立

 

グランドパラダイムの三つの要素

 

マルクスの理論は、一定の有機的まとまりを持った総体的なものです。その中には多くの要素を見出すことができると思いますが、その中でとくに重要な要素として、次の三つを指摘しておきたいと思います。

 

1.革命的民主主義から革命的共産主義へ、2.ドイツ思弁哲学から史的唯物論へ、3.労働価値論の拒否から労働価値論に基づく資本主義の批判的分析へ、という三つです。

 

革命的共産主義(革命論を含む)、史的唯物論、資本主義批判という三つの要素が相互に支えあい、規定しあって、全体としてのマルクスのグランドパラダイムを構成しているわけです。これらは、若干時期がずれていますが、おおむね一八四〇年代の前半から半ばにかけてあいついで成立します。

 

「三つ」という数字ですぐに思い出すのがレーニンの「マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分」(一九一三年)です。イギリス古典派経済学、ドイツ観念論哲学、フランス社会主義というもので、各要素がそれぞれ別の国と結びついていて、わかりやすい説明になっています。しかし、実際にはこのように理論的起源と国とが厳密に対応するわけではありません。マルクスの出身国であるドイツの思弁哲学を別にすれば、たとえば社会主義思想に関しては、フランス社会主義だけでなく、イギリスのリカード派社会主義の影響も強い。また、古典派経済学は、確かにイギリスが主ですが、フランスの古典派経済学も非常に重要です。ケネー、セー、シスモンディなどがそうです。ですからあまり国との関係に厳密に対応させずに、三つの要素を並べました。

 

三つの要素の共進化

 

そして、この三つの要素は、それぞれがバラバラにあるわけではなくて、相互促進と相互制約の関係にあり、ハーヴェイの言葉を用いれば「共進化」の関係にあります。

 

まず一つ目についてですが、マルクスとエンゲルスは、何か理想的なユートピア主義的観点から社会主義・共産主義を受け入れたのではなく、それを受け入れる以前から実践的な革命的民主主義者だったのであり、その立場から革命的共産主義の立場へと実践的に移ったのです。この革命的立場こそがマルクスの生涯を貫く回転軸であることは、るる説明するまでもないことでしょう。彼は何よりも革命家であり、革命家であり続けました。そしてこの立場が、残りの諸要素にとっても決定的な意味を持ちます。

 

二つ目の「ドイツ思弁哲学から史的唯物論への移行」についてですが、なぜ思弁哲学が史的唯物論と関連するのでしょうか? ドイツ思弁哲学としては基本的にはヘーゲルを念頭に置いていますが、ヘーゲルの思想は観念論ですけども、彼はその立場からとはいえ、雑多な諸事件の偶然的な集積に見える歴史のうちに、必然的な発展法則を見出そうとしました。有名な「歴史の狡智」という言葉に示されるように、多くの人々や国家や党派などがさまざまな思惑にもとづいて行動するけれども、その結果として実現されるのは、彼らの思惑とはまったく別の、目に見えない歴史の法則性、必然性だということです。無数の人々や、無数の党派、無数の王国、軍隊、その他のもろもろの争いを通じて、歴史の内的な必然性が客観的に実現されていくのだという歴史観を唱えたわけです。この歴史観は、明らかに脈々とマルクスのうちに流れています。

 

しかしマルクスはこの歴史の必然性という観点を唯物論の立場から再構成します。ヘーゲルのように「世界精神」ないし「絶対理念」を実現する歴史の発展という目的論的歴史観ではなくて、歴史発展の究極的根拠を、人々の物質的な生活の生産と再生産という具体的で歴史的な営みに見出しているのです。そしてマルクスとエンゲルスは、フォイエルバッハ哲学の受容と批判を経て、最終的に史的唯物論へと行き着くわけです。

 

三つ目の「労働価値論の拒否から労働価値論に基づく資本主義の批判的分析へ」についてですが、革命的共産主義と史的唯物論の立場に立つということからして、当然、資本主義もまた歴史的に一時的なシステムにすぎないのであって、それ自身の内的な矛盾に基づいて、より高度な社会へとその地位を譲るんだという展望が生じてきます。しかし、このような一般的レベルだけで資本主義の歴史的限界性を説得的に示すことはできないわけで、資本主義のシステムそのものに深く内在して、その内的運動法則を具体的に解明することによって、その課題を果たさなければなりません。ここからマルクスの本当の苦闘が始まるわけです。

 

2、前期マルクスの経済学――『哲学の貧困』から『賃労働と資本』へ

 

マルクスは(そしてエンゲルスも)、最初、労働価値論を拒否していました。現実の商品の価格は、労働によって決まっているのではなくて、競争によって決まるという立場でした。その立場から、古典派経済学の中心人物であるスミスやリカードを批判していたわけです。しかしマルクスは研究を進めるうちに、労働価値論を否定してリカードやスミスを批判しても、どうもそれは非常に上滑りの批判になることを自覚していきました。

 

マルクスが労働価値論を受容したことを示している最初の文献は、『ドイツ・イデオロギー』でして、わずか二箇所ですが、労働価値論にもとづいていると思われる文章が登場しています。しかし、この段階ではまだこの程度です。

 

前期マルクスの経済理論の成立

 

その後マルクスは、労働価値論に基づいて本格的な資本主義の批判的分析に向かうのですが、その最初の成果が『哲学の貧困』(一八四七年)と『賃労働と資本』です。『哲学の貧困』では、全面的に労働価値論を受け入れた上でプルードンを猛烈に批判しています(ただしこのときのプルードン批判は気負いすぎたせいか、いささか一面的なものになっています)。しかし、この時のマルクスの資本主義批判のレベルは、「リカード理論+史的唯物論」という感じのもので、まだまったく不十分なものです。リカード理論とは、非常に法則還元主義的な経済理論です。このような法則還元主義的な経済理論は、この時点でのマルクスの機械的な史的唯物論理解と相互に親和的な関係にあったと言えます(先に述べた共進化関係)。

 

マルクスは、『哲学の貧困』を書いたあと、『共産党宣言』『賃労働と資本』などを書きます。ちょうど一八四八~四九年のヨーロッパ革命の真っ最中のことです。『共産党宣言』を書いたのはフランスの二月革命が起こる直前であり、『賃労働と資本』が発表されたのは、革命が敗北的な方向に向かいつつあったとはいえまだ革命的展望がみなぎっていた一八四九年前半です。マルクスがヨーロッパ革命の最終的敗北を確信するのは、ずっと後の一八五〇年以降です。その間にマルクスはイギリスに亡命していて、やがてしばらくは本格的な革命は起きないと判断して、経済学の研究を一からやり直し、真に本格的な経済学研究に入るわけです。

 

さて、イギリス亡命以前の時期に書かれた『哲学の貧困』から『賃労働と資本』に至るまでの一連の経済学的文献は、一つの理論的まとまりを持っています。これを私は前期マルクスと呼んでいます。

 

「初期マルクス」というのはよく論じられ、『経済学・哲学草稿』をはじめとする初期マルクスの研究がさかんに行なわれており、また『経済学批判要綱』を中心とする中期マルクスに関してもかなり研究の蓄積がありますが、前期マルクスの研究はあまりされていません。「初期マルクス」ほど荒削りではないし、かといって中期マルクスや後期マルクスほど独自の理論が確立されているわけではないのが、この前期マルクスですが、この時期はマルクス研究史においてかなり手薄な部分です。しかしながらこの時期におけるマルクスの理論的到達点を正しく理解することは、その後の中期マルクス後期マルクスの理論的到達点を理解する上で非常に重要なのです。

 

「労働の価格」としての賃金

 

次に、この前期マルクスの理論的要素について具体的に見ていきましょう。

 

まずは、賃金が、『資本論』におけるように「労働力の価値」としてではなく、「労働の価格」として通俗的に把握されています。賃金を「労働の価格」として把握する立場は古典派経済学の全体に共通しているので、これを私は「古典派のドグマ」と呼んでいます。この「古典派のドグマ」をこの時点のマルクスは全面的に受け入れています。

 

みなさんもご存知のように、「労働力」と「労働」とを明確に区別し、賃金を「労働の価格」としてではなく、「労働力」という独特の商品の価値として理解することがマルクス独自の経済学が成立させるうえで跳躍点をなすものでした。この点については、『賃金・価格・利潤』で非常にわかりやすく説明されています。しかし、前期時点では「労働力」と「労働」との区別論は存在しないのです。

 

「労働力」という言葉そのものが存在しないのかというと、そうではありません。『賃労働と資本』にも出てきますし、『マルクス・エンゲルス全集』全部に検索をかけて調べてみますと、エンゲルスはかなり早い段階から「労働力」という用語を用いています。たとえば『イギリスにおける労働者階級の状態』には二箇所ほど出てきますし、エンゲルスの最初期の経済学論文である「国民経済学批判大綱」にも「労働力」という用語が五~六箇所出てきます。

 

しかし、エンゲルスの「労働力」使用例を見ますと、その意味するところは、われわれが日常用語で使っている「労働力」と同じで、要するに労働者のことなのです。たとえば、今日「労働力不足」という言葉が一般に用いられますが、これは、雇用労働者が不足しているという意味であって、独特の商品としての「労働力」のことを言っているのではありません。エンゲルスも基本的にこの労働者の意味で「労働力」を用いています。

 

ところで、マルクス以前に、賃金は「労働の価格」というよりも、「労働能力の価格」と考えるべきじゃないかという試論を展開した人がいました。フランスの古典派経済学者でシスモンディという人です。シスモンディは、その主著『経済学新原理』の中でこういう議論をしています。賃金は「労働の価格」だと言うと、労働をしている時間だけ賃金が支払われ、その期間だけ生活が保障されるかのようだ。だがそうではなく、労働者は、労働している時間だけでなく、全体としてその生活が賃金で保証されなければならず、労働する能力が維持されなければならないはずだ、と。この議論をもっと先に進めれば、労働価値論に基づいて剰余価値の発生を法則的に説明できるのですが、残念ながらその直前で終わっています。

 

「賃金の最低限説」

 

さて、これとの関連で、前期マルクスの理論的要素としてもう一つ重要なのが、彼が当時「賃金の最低限説」をとっていたことです。その後、この理論的立場が変化したことについては、エンゲルス自身が、マルクス死後に出版された『哲学の貧困』ドイツ語版に付した「注」で書いています。しかし、問題は、マルクスがなぜ「賃金の最低限説」をとっていたのかです。エンゲルスは、「注」の中で自分のせいだと言っていますが、これは違うと思います。明らかにリカードの影響です。マルクスは、『哲学の貧困』でもリカードの議論を長々と説明して、したがって賃金は最低限で決まるのだと説明をしています。

 

一般の商品はすべて過酷な競争のもとで生産されており、したがってその生産費はその最低限によって決まる、賃金もまた労働という一商品の価格だから、その価格もその生産費の最低限で、つまりは労働者がかろうじて生きて繁殖できる最低限の生活費で決まる、というわけです。つまり、「賃金の最低限説」は、商品の価値がその最低限の生産費で決まるという独特の労働価値説を労働という商品に応用したものだったわけです。

 

後にマルクスは、このどちらの立場も克服して、商品の価値はその最低限ではなくて、商品を生産するのに平均的に必要な労働時間によって決まるという平均説に変わります。それと並行して、賃金もまたその最低限の生活費で決まるのではなくて、その社会において社会的・平均的に必要な生活手段価値(それだけではありませんが)によって決まるという立場に変わります。けれども、この前期時点では、一般商品も賃金も、その生産に必要な最小労働時間で決まるという一種の「限界原理」をとっていたわけです。

 

これは単に理論的に誤っているだけではなく、実践的にも非常に重大な意味を持ちます。賃金がその最低限で決定されているということは、賃上げ闘争をしてもあまり意味がないということになってしまいかねないからです。実際、マルクスは、『賃労働と資本』の講演とほぼ同じ時期に書かれた「賃金」(『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』の付録に入れました)という手稿の中で、はっきりと労働組合による賃上げ闘争というのは経済的にはあまり意味がないという立場をとっています。ただし政治的には意味があると考えており、この点については後でもう一度述べます。

 

「労働日」問題の不在

 

同じく重要なのは、この時点でのマルクスの議論に「労働日」問題がほぼ不在だったことです。労働日とは一日当たりの労働時間のことです。日本のように長時間労働が常態化している社会では、この労働時間の問題が実践的に非常に重要であるのはすぐわかると思います。理論的にもこれは非常に重要です。「賃金の最低限説」と同じく限界原理をとるとすると、労働日に関しても、労働者が一日でなしうる限界の時間というものに労働日を設定しがちです。もしそうだとすると、労働日を短縮させる闘争もあまり意味がないということになります。もちろんマルクスは、さすがにそこまでは書いていませんが、労働日が独自の理論的問題としては設定されていません。

 

マルクスは、その後、経済学の研究に没頭するんですけども、その中で一番、立場が変わったことの一つが、この「労働日」問題なんです。周知のように、『資本論』の第一巻第八章「労働日」は非常に長大な章であり、その中で詳細に「労働日」問題について理論的・歴史的に論じらています。マルクスがどれだけこの問題を重視していたかは、『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』の付録に入れた「個々の問題に関する暫定中央評議会代議員への指針」の中で、「労働日の制限は、それなしには今後の改良と解放のあらゆる試みが失敗に帰すような前提条件である」(二五八頁)とまで言っていることからして明らかです。

 

「利潤と賃金との反比例」

 

次に第四点として、「利潤と賃金との反比例関係」について説明します。私はこれを「リカードのドグマ」と呼んでいます。実を言うと、利潤と賃金が相反関係にあるというのは、リカードが確立した最も重要な命題の一つです。そして、マルクス自身も、後年の『賃金・価格・利潤』において、この法則の発見をリカードの最も偉大な功績であると言っています。賃金と利潤とが反比例するということは、利潤を増やすために賃金を削らざるをえず、その逆は逆ですから、資本家の立場と労働者の立場は根本的な階級的対立関係にあるということになります。そして、労働価値説に基づけば、すべての価値は労働者が作っていますから、労働者が作り出した価値はすべて労働者に帰属すべきだ、という議論へと必然的につながります。こうして、リカードの労働価値説と「賃金と利潤の反比例」論から一直線にリカード派社会主義の議論へとつながっていくわけです。

 

では、なぜ「ドグマ」という言い方をするのかと言いますと、これは実は先ほど述べた「労働日」問題の不在と関連していて、『資本論』では、これは一面的な命題であると明確に批判されています。なぜ一面的かと言うと、この議論では、労働日(および労働強度)が一定であると最初から前提されていて、労働者が一日当たりにつくり出す価値量が不変の大きさであると暗黙のうちに前提されているからです。リカードもスミスも労働日の長さを一定だとみなしており、それが具体的に何時間であるのかについてまったく論じていません。

 

たとえばリカードは『経済学と課税の原理』の中で、一〇〇万人の労働者が作り出す使用価値の量は、労働生産性の大きさに応じて大きく変化するけれども、その総価値量は常に一定であるという議論を展開しています。これは、使用価値と価値とを明確に区別したものとして非常に重要な議論なんですけれども、しかし、ここには大きな落とし穴がありました。一〇〇万人の労働者が作り出す価値の大きさが常に一定であると前提することができるのは、各労働者の労働日の長さ(および労働強度)が常に一定であるという前提が成り立つ場合だけなんですね。ところが労働日は可変ですから、一〇〇万人の労働者が作る価値量は、平均的な労働日の長さによってまったく違うわけです。たとえば、一日八時間しか労働をしない一〇〇万人の労働者がつくり出す価値量と、一日一二時間労働する一〇〇万人の労働者が作り出す価値量とは、一・五倍もの差があります。ですから、同じ一〇〇万人と言っても、労働日の大きさによってぜんぜん違う価値量をつくり出すわけです。

 

さて、一日あたりの労働時間が長くなれば、賃金が別に減少しなくても利潤、すなわち剰余価値は増大します。この論点は実は『資本論』では、絶対的剰余価値の生産として総括されているものであり、剰余価値の発生メカニズムそのものを解明する論理でもあります。それゆえマルクスは、リカードには相対的剰余価値論は事実上存在するが、絶対的剰余価値論は存在しないと批判しているのです。しかし、前期マルクスはこの点でもリカードに追随しており、賃金と利潤とが単純に反比例関係にあるとみなしています。

 

労働組合の政治的把握

 

さらに、この前期マルクスの理論的限界としては、先に少し述べた労働組合論があります。労働組合の存在意義そのものを否定しているわけではありませんが、一方では「賃金の最低限説」をとり、他方では「労働日」問題が不在だったことで、労働組合が資本主義の枠内で経済闘争をすることにあまり意義はないということになってしまいます。しかし、マルクスは、労働組合への結集とそこでの闘争経験を通じて、労働者が政治的に組織化されることが重要なんだとみなし、そうした政治的観点から労働組合を評価しています。

 

当時の社会主義者の多くは、労働組合無用論に陥っていたわけですが、マルクスもエンゲルスも労働組合の意義を評価しています。しかし、それはあくまでも政治的な評価であって、労働組合の経済的意義については、ほとんど評価していません。これも、この時点でのマルクスの議論の特徴の一つであり、後に克服される限界の一つです。

 

この前期段階には他にも多くの限界がありますが(たとえば、「スミスのドグマ」を踏襲している部分)、それらについては、私が『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』に書いた長文の「解説」に譲りましょう。

 

3、マルクスの経済学の成立――中期マルクスと「要綱」

 

先ほど少し述べたように、マルクスは、一八五〇年から亡命先のイギリスで本格的な経済学研究に入ります。よく知られているように、この時期マルクスは毎日のように、朝から晩まで大英博物館にこもって、膨大な経済学文献を読みあさって、詳細なノートを何十冊も作成しました。その研究の成果の一端は、この時期にマルクスがエンゲルスに宛てた多くの手紙の中に見出すことができます。

 

「要綱」の成立

 

しかし、そうやって研究を積み重ねるんですが、なかなか実際に自分の経済学を書き始めないんですね。エンゲルスは再三再四、経済学の著作を仕上げるよう催促するわけですが、マルクスはなかなか決意しません。しかし、一八五七年になって世界恐慌勃発の本格的兆候が見え始めたころ、マルクスはようやく意を決して、経済学の執筆に取りかかります。それが、後に「経済学批判要綱」と呼ばれる膨大な草稿です。

 

この「要綱」は、まさにマルクスの独自の経済理論が生まれてくる過程を生々しく記録しています。すでに一通りの理論が頭の中で出来上がっていて、それをノートに書き記していくというのではなくて、ごく大雑把な全体像はあったにせよ、具体的な理論的中身となると、この「要綱」を書きながら考え、考えながら書きつつ、そうした思考と執筆との相互作用を通じて、しだいにマルクス独自の理論が生成していっていることが、この「要綱」を読むとよくわかります。

 

「労働」から「労働能力」へ

 

たとえば、この「要綱」で初めて「労働」と「労働能力」との区別論が登場するわけですが、「要綱」の最初の部分では、あいかわらず賃金は「労働の価格」として把握され、「労働商品説」が採られています。しかし、「要綱」の執筆が進むうちに、しだいにこの「労働商品説」が克服され、労働者が資本家に売るのは労働そのものではなくて「労働能力」であり、したがって賃金は「労働能力の価値」なのだ、という議論が登場するようになります。

 

その際、いったいどういう論理でこのような議論が出てくるかというと、先ほど紹介したシスモンディの理路とはずいぶん違います。これはなかなか非常に面白い議論なので、ちょっと詳しく紹介しましょう。

 

労働者と資本家との交換が何らかの商品交換であり、そして賃金が「労働の価格」だとすると、労働者は、「労働」という商品を所有していて、それを賃金と引き換えに資本家に譲り渡す、ということになります。しかし、マルクスは、賃金労働者ははたして労働をすることができるのか、という問題を立てます。労働者なんだから労働できるのは当たり前じゃないかとみなさんは思うかもしれませんが、マルクスはそうじゃないと言うんですね。賃金労働者はそもそも労働をすることができない。なぜか? なぜなら労働者は、労働をするための手段、つまり労働を現実化するために必要不可欠な生産手段をすべて欠いているからだ、というのです。労働を現実に行うために必要不可欠な手段を欠いているのに、どうして労働することができるのか、と。労働をするのに必要な手段を欠いた「労働」は、単に無意味に体を動かしているだけであって、「労働」とは言えませんね。つまり、労働というのは、労働対象や労働手段と結合されて初めて現実に存在しうるのです。しかし、無所有者たる賃金労働者はそうした手段から完全に切り離されているわけですから、賃労働者にはそもそも労働することができないし、それを賃金と引き換えに資本家に売ることもできないのです。労働者は、資本家に雇われて、つまりすでに何らかの交換が終わった後ではじめて、資本家のもとで生産手段と結合され、ようやくそこで現実に労働がなされるのです。ですから、労働者は、自分が所持してもいない「労働」を売りようがないのだから、賃金は「労働の価格」ではありえない、ということになります。

 

では労働者は、いったい何を資本家に売っているのか。それは、現実の労働ではなくて、単に、労働することができるという抽象的な能力です。労働者がかろうじて所有しているのは、労働そのものではなくて、それをなす抽象的可能性でしかない。それゆえ、労働者はこの抽象的な能力を売るしかないわけです。このように、マルクスは、あらゆる生産手段から切り離されているという賃労働の根源的で階級的な存在形態から、「労働」と「労働能力」との区別論を最初に導き出したのです。

 

そして、この区別論にもとづくなら、『賃金・価格・利潤』で非常にうまく説明されているように、剰余価値の発生を労働価値論に基づいて見事に法則的に解くこともできたわけです。このことの解明が、マルクス独自の経済学が成立する上での跳躍点であるのは、みなさんもよくご存知のとおりです。

 

独自の概念の成立

 

この「要綱」では、このような核心的論点だけでなく、その他さまざまなマルクス独自の概念が成立しています。絶対的剰余価値と相対的剰余価値、不変資本と可変資本、剰余価値率と利潤率との区別、等々です。これらの概念もいきなり確定的な言葉として登場するのではなく、さまざまな用語を用いつつ、しだいに特定の概念へと落ち着いていきます。

 

たとえば、不変資本(生産手段に投下された資本のこと)と可変資本(労働力に投下された資本のこと)という基本概念がありますが、これらも最初のうちは、「資本の不変部分」「可変部分」という表現がされているし、「不変」「可変」を意味するドイツ語もさまざまな類似語が使われています。しかしやがて、より簡潔で正確な表現として「不変資本」「可変資本」という用語が確立するのです。ちょうど、火山からあふれ出した灼熱の溶岩が、しだいに冷えて固まっていくような感じです。

 

諸限界の継続

 

では、前期マルクスに見られたさまざまな限界がこの時点ですべて克服されたかというと、実はそうではありません。

 

たとえば、「賃金の最低限説」はこの「要綱」でも踏襲されています。「労働日」問題もまだ不在で、労働日はその最大限であると仮定されています。ただし、剰余価値論の確立に伴って、前期マルクスのときよりも、労働日の長さの可変性が持つ固有の意義が意識されるようになっています。「リカードのドグマ」についてはどうかというと、労働日の長さが自覚的に問題化されることで、その克服の萌芽がここかしこで見られますが、しかし全体としてまだまだ不十分です。これらとの関連で、「要綱」にはまだ非常に強い法則還元主義的で決定論的な資本主義像が見られます。

 

これらの限界は、中期マルクスから後期マルクスへの移行過程における一連の膨大な草稿の中でしだいに克服されていきます。一八六一~六三年草稿や一八六三~六五年草稿と呼ばれるものです。これらの膨大な草稿の執筆を通じて、中期マルクスにも部分的に受け継がれていた前期マルクスの理論的諸限界がしだいに自覚的に克服され、『資本論』のレベルへと高まっていくのです。

 

4、後期マルクスの経済学――『賃金・価格・利潤』から『資本論』へ

 

そこで次に、後期マルクスについて見てみましょう。

 

「労働能力」から「労働力」へ

 

 

中期マルクスと後期マルクスを分ける一つのわかりやすい指標は、「労働能力」から「労働力」への用語上の変化です。「要綱」では基本的に「労働能力」ですが、時おり「労働力」も用いられています。その後の一八六一~六三草稿では「労働能力」に用語が一本化されます。しかし、一八六三~六五年草稿では再び「労働能力」と「労働力」とがちゃんぽんで使われるようになり、しだいに後者の比重が増えていきます。そして、ある時点から「労働力」へと用語が統一されます。どの時点からかと言いますと、実は『賃金・価格・利潤』の講演がなされた時点からなのです。

 

一八六五年の半ばにマルクスは、国際労働者協会の評議会メンバーであるジョン・ウェストンの賃金論に反駁するために、二回に分けて長い講演を行なうのですが、その中では、最初からマルクスは、労働者が資本家に売る独特の商品を「労働力」という表現で一貫させています。

 

なぜマルクスが「労働能力」から「労働力」へと用語を変化させたのか、その理由についてはまだ十分解明されていません。私なりの試論はありますが、ここでは控えておきます。いずれにせよ、用語的には「労働力」に統一されていき、この用語法が『資本論』でも踏襲されるわけです。

では、中期マルクスにも受け継がれていた種々の理論的限界についてはどうでしょうか? これらは、この後期段階では基本的に克服されています。

 

「賃金の最低限説」の克服

 

まず「賃金の最低限説」ですが、『賃金・価格・利潤』を読めばわかるように、賃金は、労働力を再生産するのに社会的・平均的に必要な労働で決まるとされ、この平均的な水準には、文化的、社会的、歴史的要素が深く関わっているとされています。

 

「賃金の最低限説」だと、おおむね肉体的最低限というイメージでとらえられやすく、それだと賃金水準にほとんど幅がなくなってしまい、一本の線でとらえられてしまいます。ところが、賃金水準が平均値で理解され、そこに文化的、社会的、歴史的要素が導入されるならば、賃金はもはや一本の線ではなく、歴史的に一定の幅を持った帯状のものとして把握されます。

 

賃金というものを、それ以上下げることのできない一本の線として理解すると、理論的には非常に単純化され、法則還元主義的な理論体系を構築することを容易にします。マルクスも当初はこのような理論的前提を受け入れていたのですが、やがてそうした水準を克服して、賃金を一定の幅を持った社会的存在としてリアルに認識するようになりました。これは、賃金を規定する法則性を否定するものではなくて、そのような客観的法則性を受容しつつも、その法則の作用には一定の幅があり、主体的な階級闘争に影響されて一定の伸縮性を有しているということです。機械的な決定論から、いわば「幅を持った柔軟な決定論」へと移行するわけです。

 

このように賃金が一定の幅を持って存在するとすると、当然、労働組合による賃上げ闘争には大いに意味があることになります。もし賃金が客観的法則によって機械的に一義的水準へと収斂するのであれば、それを一時的に上げても下げてもあまり意味がないことになりますが、賃金が一定の幅を持って存在するのであれば、賃上げ闘争を通じて、この幅の上の方で平均賃金が決まるのか、下の方で決まるのかで、大きく労働者の地位や賃金水準が変わってきます。

 

たしかに、資本の蓄積運動を通じて、賃金の全体的水準がしだいに下がっていくという立場は、前期から後期に至るまでマルクスに一貫して存在しているのですが、前期段階では、最初から最低水準だった賃金が、さらにもっと低いぎりぎりの最低水準へと下がっていくというものでした。もしそうだとすれば、いずれ労働者階級は生きていけなくなるか、さもなくば革命に立ち上がるかという二者択一を迫られるという議論になります。ここから、非常に性急な、近いうちに革命が起こるという機械的な革命論へと結びついていくわけです。

 

ところが、後期段階になりますと、賃金は一定の幅を持った水準で決まりますから、労働者の側は賃金闘争をやりながら、労働者の組織化をしだいに進めていって、やがて資本主義を転覆する力量を高めていくという構想に変わっていきます。いわば機動戦的な革命論から陣地戦的な革命論へと、革命論そのものも変わっていくわけです。ここでも、マルクスのグランドパラダイムを構成する諸要素が「共進化」関係にあることがわかります。

 

「労働日」問題の確立

 

同じことは労働日についても言えます。労働日もその最大限で一義的に決まっているのではなくて(「要綱」ではおおむねそういう立場でした)、一定の幅を持って存在しています。したがって、労働者の階級闘争を通じて労働日を短縮させることはできるし、社会的な圧力を通じて労働日を制限する法律を制定することで、標準労働日を確立することもできます。それによって獲得された一定の自由時間は、労働者自身の文化的・社会的発達のために用いられるし、資本主義を長期的に転覆するための労働者自身の自主活動や組織化のためにも用いることができます。つまり陣地戦のための時間的余地が獲得されるわけです。

 

この「労働日」問題の解決を通じて、マルクスは、労働日を最初から一定と前提していた「リカードのドグマ」をも理論的に克服していきます。これは、一八六一~六三年草稿で明確になされています。

 

階級闘争の有機的統合

 

こうして、経済学の原理論に階級闘争が有機的に組み込まれるようになります。先ほど前期マルクスでは法則還元主義的なリカード主義的議論だったと言いましたが、リカードこそ、経済学の領域から経済学的ではない(と思われる)諸要素をできるだけ排除して、客観的・法則的に決まる理論経済学の世界を最初に確立した人物です。その後、(ブルジョア)経済学は基本的にこのような法則決定論的な抽象的世界をますます精緻化していく方向へと発展していきました。

 

リカード以前の経済学というのは、基本的に政策論的なものでした。どういう政策を取れば最も国を富ませることができ国を強くすることができるのかという政治的議論の一環として経済が取り上げられていました。それゆえ、それは「ポリティカル・エコノミー」と呼ばれたわけです。そこへリカードがやってきて、客観的法則でもって決定される経済学の世界を初めて体系的に描き出したわけです。

 

もちろん、だからといってリカードは、政策的側面を無視したというのではありません。彼は国会議員になったり、実際に穀物法反対の先頭にたって政治に積極的に関与しました。しかしその一方で理論そのものに関しては、非常に純粋に法則決定的な経済学を構築して、地主が穀物法を作っても、それは経済法則に反しており、社会の自然なあり方を歪めるものでしかない、と主張しました。いわば、そうした政治的な結論を引き出すための一つの理論的武器として、客観的・法則的に決定された経済学を構築したとも言えます。

 

マルクスも当初、このような法則還元主義的な経済像に魅了され、またそれが当時における彼のかなり機械的な史的唯物論と非常に親和的でしたので、それを受け入れていましたが、やがてそれを克服していきます。史的唯物論それ自体も、それに応じてより柔軟なものへと変わっていきます(ここでも共進化!)。もちろん、すべて階級闘争や社会的力関係で決まるという議論になったわけではなくて、基本的に全体として資本主義経済は法則的に決まっているのだけれど、その法則性そのものが機械的・直線的なものではなくて、一定の幅と弾力性を持って存在している。したがって、その法則性がどのような水準で、どのような形で具体化されるのかは、生きた階級闘争によって決定される、ということです。

 

このようにマルクスは、階級闘争というものを経済理論そのもののうちに有機的に統合しました。これが『資本論』の非常に重要な点であり、また「要綱」と『資本論』とを分かつ一つの指標です。だから、経済原論の著作のうちに「労働日」と題された長い章が存在しているのは、それ以前の経済学にも、それ以降の経済学にもない、マルクスの経済理論の重要な特徴なのです。

 

おわりに――古典から現代へ

 

しかし、マルクスの理論が一定の幅と弾力性を持った決定論へと移行したといって、それが十分だったかというと、私はそうは思いません。「賃金の最低限論」と「労働日」問題などで大きな飛躍があったけれども、その他の問題では必ずしも決定論的な側面は克服しえていないと思います。最後にこの点を述べて、古典を現代に生かす道について考えたいと思います。

 

法定最低賃金制の問題

 

その典型的な一例として挙げることができるのは、マルクスがどうやら法定最低賃金制に反対していたことです。すでに述べたように、マルクスが指導していた第一インターナショナルは、八時間労働制を法定標準労働日とすることを重要な目標に掲げていました。ところが、マルクスの文献の中には、最低賃金を法律で決定することについて肯定しているものが一つもありません。

 

それどころか、本人の言ではありませんが、マルクスの娘の一人が「パパは法定最低賃金制に反対していた」と手紙に書いています。娘がなんでこんなことを書いたかというと、フランス労働党の綱領に法定最低賃金が入っていることに対してマルクスは反対だったということを指摘するために、そういうことを言っているのです。

 

なぜマルクスが反対したのかは明確にはわかりませんが、その手紙によると、法律で最低賃金額が規定されると、実際の賃金水準がそこに張り付いてしまって、事実上、それが最高賃金になってしまうからだ、というもののようです。もしそのように考えていたというのが事実だとすると、やはり法則還元主義的な面がマルクスの中にまだ残ってて、階級闘争を通じて実際の賃金水準を法定最低賃金より上にする可能性を否定していたということになります。

 

しかしながら、その後の歴史を見れば、法定最低賃金はけっして事実上の最高賃金にはならなかったし、平均賃金の水準は少なくとも先進国では法定最低賃金を大幅に上回っています。そして、実践的にも法定最低賃金がいかに重要であるかは、われわれが日本の経験を通じて知っているとおりです。日本の賃金水準が非常に低い理由の一つは、法定最低賃金の水準が低いからです。先進国の平均レベルでは時給一〇〇〇円以上ですが、日本は七〇〇円代後半程度です。

 

児童労働問題

 

もう一つの問題として、児童労働問題を挙げることができます。マルクスは最後まで、児童労働の法的禁止に反対していました。これは証拠がはっきりと残っていて、例の「指針」にも出てきますし、何よりも『ゴータ綱領批判』に出てきます。ラサール派が児童労働の禁止を掲げているのに対して、マルクスは、児童労働がないと大工業は成り立たない、したがって児童労働を禁止するのは不可能だし、またたとえ可能だとしても、それは反動的である、なぜなら子どものころから生産と教育とを結合することは労働者の知的発展にとって必要であり、一定の限界のもとで児童労働は認められるべきだ、と言っています。

 

まず、大工業と児童労働禁止とが両立しないという命題は、明らかに間違っていました。その後、実際に先進国で児童労働が禁止ないし大幅に制限されましたが、大工業は破滅するどころか、戦後むしろマルクスの時代以上に飛躍的な発展を遂げました。つまり児童労働はけっして大工業の存立条件ではなかったということです。児童労働なしには大工業は成り立たないという命題は、当時における児童労働の蔓延という時代的制約を反映しているとともに、法則還元主義的な決定論がなお残存していた結果だったと言えます。

 

また、たしかに生産と教育とを合理的に結合することには一定の意味があるでしょうが、そのようなことは資本家の工場の中ではどだい無理な話であって、この結合の必要性を理由に児童労働の禁止に反対することは説得力を持ちません。

 

古典そのものの発展を

 

このように、晩年のマルクスにおいても、前期段階から見られた限界のすべてが完全に克服されたわけではないことがわかります。しかしながら、古典を学ぶ上で重要なことは、マルクスの個々の命題の是非ではなくて、マルクスの理論の核心をつかむことであり、また、前期から後期にかけてなされたマルクスの発展の方向性そのものを見きわめ、その方向性に基づいてマルクスの理論を発展させることです。

 

現代において古典を生かすということは、個々の命題をを金科玉条にすることではなくて、マルクスが前期、中期、後期にかけて行なった発展過程、その方向性を正しく理解し、マルクスの時代的制約をこの方向性に則して克服していくことです。そうした観点から古典を学ぶことで、本当に古典を現代に生かすことができるのではないかと思います。

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『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』を巡る議論

mcs
 

アジア連帯講座では、森田さんの新訳『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』の発売すぐ、会員の間で話題となり、意見交換などが行われています。数か月前の意見交換ですが、10月18日の公開講座「現代から古典へ-- マルクスの経済学を学ぶ」での議論の参考までに紹介します。講座にもぜひお越しください。(H)


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【10・18公開講座】現代から古典へ――マルクスの経済学を学ぶ

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現代から古典へ――マルクスの経済学を学ぶ


講 師 : 森田成也 さん

日 時 : 1018日(土)18:30~21:00

場 所 : 文京シビックホール会議室2(3F)

交 通 : 地下鉄「後楽園」、「春日」駅(地図

主 催 : アジア連帯講座

参加費 : 500円


参考図書 
『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』
マルクス著、エンゲルス序文/森田成也 訳/光文社古典新訳文庫

日銀の「異次元の緩和」からはじまったアベノミクスの第二幕は「異次元の賃上げ」でした。安倍首相による財界への「賃上げ要請」や大手企業でのベアなども、物価上昇を勘案した実質賃金でみれば、賃金は下がっているという統計結果がでています。中小企業や非正規雇用で働く労働者にとっては、消費増税や社会保険料の引き上げなど、「安倍のベアという賃上げ騒動」は、まさに異次元の話でしかありませんでした。


アベノミクスはそれだけではありません。日本経済再生本部を頂点として、経済財政諮問会議や産業競争力会議、そして国家戦略特区などでブルジョアジーとその代弁者であるブルジョア経済学者たちが、ありとあらゆる労働者攻撃の主張をあけすけに展開し、実施にむけて牙をむいています。アベノミクスの「矢」はすべて労働者に向けられた攻撃なのです。


労働運動や革新系政党などからは、労働者を置いてけぼりにしたアベノミクスへの批判は高まり、春闘の時期には「賃上げで景気回復を」というスローガンが叫ばれました。労働者階級全体としての賃上げ要求は極めて正当な要求ですが、高度に成熟し、グローバルに展開する資本主義である日本社会における「賃上げで景気回復を」というスローガンは、搾取も戦争もないもうひとつの社会を目指すオルタナティブ派にとっては、「保守的なスローガン」(マルクス)です。


今回の講座では、賃金とは何か?を解明した古典『賃労働と資本』および『賃金・価格・利潤』の新訳を手掛けられた森田成也さんに、マルクスとエンゲルスがこの本のなかで展開した賃金論、そして現代経済の諸問題を考えるうえでマルクスの経済学を学ぶ意義などをお伺いします。

【報告】アジア連帯講座:「公開講座 2020東京オリンピック・パラリンピックを問う」

谷口講座写真 7月26日、アジア連帯講座は、文京シビックセンターで「公開講座 2020東京オリンピック・パラリンピックを問う」を行った。

 


第32回夏季オリンピック(2020年)の東京招致が昨年九月に決まり、ビッグビジネスチャンスだとして大喜びで安倍政権、スポーツマフィア、財界、ゼネコンなどが一斉に動き出している。7月24日で2020年東京五輪開幕まで六年となったことでメディア各紙が論評しているが、東京五輪応援団でさえも「東京五輪まで6年 膨張費用、どう圧縮、過少見積もり裏目」(毎日新聞)、「『世界一』への道険しく 費用、継承、環境、交通……準備遅れ」(産経新聞)と言わざるをえないほどいいかげんな状況を反映するものとなっている。

 


講座は、商業主義とナショナリズムにひた走るオリンピックを厳しく批判してきた谷口源太郎さん(スポーツジャーナリスト)を講師に迎えて、「2020東京オリンピック・パラリンピック」の問題点を明らかにし、今後の反対運動の方向性を模索した(講演要旨別)。

 


なお講座の冒頭では、ビデオ『検証!オリンピック―華やかな舞台の裏で』(PARC制作)を上映。

 


ビデオは、新国立競技場計画の問題点を指摘する。さらに野宿者排除の危険性を訴える向井健さん(山谷労働者福祉会館活動委)、新国立競技場建設に伴って立ち退きを迫られている甚野公平さん(都営霞ヶ丘アパート)、葛西臨海公園のカヌー競技場建設計画に反対する飯田陣也さん(日本野鳥の会)、佐藤和良さん(いわき市議)の話とともにが「オリンピックそのものが原発事故の隠蔽、被害者の圧殺だ」と糾弾するシーンが続き、東京オリンピックの問題点を解き明かしている。今後のオリンピック反対運動のスタートとしてビデオは有効な「武器」となるだろう。(Y)


■谷口源太郎さんの問題提起

今日は、とても暑いですね。2020年7月も今以上に暑いのではないか。その中でオリンピックをやる。アスリートだから全力をつくすわけだ。適当に暑さを避けてなどでは成り立たない。ストレートに健康に害がでる。JOC(日本オリンピック委員会)は、暑さに対する対策どうするかと慌てている。

 

今ごろになって「季節を変えたらどうか」などと言う部分も出ているが、IOC(国際オリンピック委員会)は「そんなのできない」と言っている。アメリカ・ヨーロッパのプロスポーツは、リーグのスケジュールは決まっている。だからそれをだぶらすことはできない。季節はここしかない。どこかに移せばいいという単純な話でない。莫大なオカネがかかるプロスポーツが優先だ。国際的なスポーツの構造そのものが、オリンピックを暑い季節にやらざるをえないと規定している。


堕落したオリンピック招致

1964年の東京オリンピックについて、どれだけのメディアがオリンピックが抱える国内外の問題をジャーナリストの批判精神を持って捉えたか。反対運動がほとんどなかったこともあるが、現実的に東京都民の生活は、下水道の整備の問題も含めて日常生活のためのインフラがオリンピックのために随分遅れた。予算が全部オリンピックに配分されたからだ。民生費はなかった。道路、首都高も含めて首都としての近代化にむけてオリンピックを招致した。コンクリート化、新幹線なども含めて、東京の一極集中化の基礎を作った。

 

その影で都民は、どういうことだったのかということを指摘したのは、オリンピックの後だった。その一人が美濃部都知事だった。後付けの批判だったが、東京オリンピックのおかげで、どれだけ東京都民のインフラ整備が遅れたかを明確に指摘した。

 

それが現在では1964年に対してはノスタルジアだ。あの感動、夢、様々な面で素晴らしかったと表現し、2020年オリンピックを語っている。しかし、そうではなくていろんな問題を抱えていることを提起し、議論の手がかりにしてほしいというのがビデオ制作の目的だった。

 


ビデオでも出てきたが、福島の人たちがオリンピックを強烈に批判している。結局、2020年東京オリンピック招致そのものが、ウソだらけ、欺瞞だらけだ。こんなに劣化し、堕落したオリンピック招致は、歴史上ない。メディアはほとんど取り上げない。

 


ブエノスアイレスでのIOC総会で安倍首相のプレゼンテーションが、かなり招致の決め手の一つになったとメディアは評価している。安倍首相が、福島第一原発の汚染水問題をめぐり、「完全にブロックされている」、「コントロール下にある」と発言した。

 

ところが色々と取材してみると、当初、安倍のプレゼン原稿の中には「完全にブロックされている」「コントロール下にある」という文章はなかった。ある東京を支持するIOC委員がいて、次のようなことをJOCに言った。

 


「イギリスのBBCが前々から福島原発の汚染水漏れ等含めて厳しい報道をし続けていた。BBCは、チェルノブイリの経験もあって福島の放射線漏れ、汚染水問題に対して徹底した取材態勢を敷いた。もしこのままだとだめだ。首相クラスが明確に説明をしないと、東京は落ちる。BCCは、総会で厳しい質問もする」。

 

それでJOCは、まずい!となって、首相官邸にすぐに作文を送り、「アンダーコントロール」についてきちっと言えと提言した。このことがG7のサンクトペテルブルクからブエノスアイレスに向かう飛行機搭乗中の安倍首相に届き、作文に加筆することになった。安倍は作文されたままをそのまま読んだだけだ。だからいかにいいかげんなプレゼンだったかということだ。

 


BBCの激しい追及は、現地でもあって、総会の数日前に行われた各立候補地の記者会見で竹田恆和JOC会長、日本体協の張富士夫会長に向かって汚染水問題を問いただした。シドロモドロになってしまった。最終的には安倍首相がプレゼンで説明すると丸投げした。さらに福島は東京から250キロ離れているから東京はまったく安心だと言ってしまった。

 

この発言に対してもBBCは、反論した。あの竹田の発言は、完全に福島を切り捨てるものではないか、そういうことでいいのかと批判した。

 


このように日本の招致活動の最後のところで、こんなデタラメが作られた。しかもこれはIOCとの合作だ。IOCは、日本に勝たせるためには福島原発事故に対する明確な説明を求めた。IOCと結託して東京が選ばれた。


森喜朗独裁体制の暴走


2016年、オリンピックの東京招致に落選した。石原都知事は、プライドが高い男だったから、そうとうなショックだった。二度と立候補しないという思いだった。

 


それを引っ張り出したのは森喜朗だった。実は、ある企みをもって石原を都知事に立候補させて、再度、2020年オリンピックに立候補させた。ほんとうの企みは、二〇一九年のラクビーワールドカップの日本開催だった。森は、日本ラグビー協会の会長であり、2019年の日本でのラグビーワールドカップに立候補し、選ばれた。

 

ここには森の一つの国家戦略がある。スポーツ立国ということを文教族の麻生太郎と森が組んで、スポーツを国家戦略として位置づけてラグビー、オリンピック招致を進めていた。国際的なイベントを国内でやることが、いろんなメリットを生み出すという発想だ。単に大会で選手たちが活躍して、メダルをたくさん取るということだけではなく、国策としてやる。ラグビーは人気がないが、ワールドカップを招致してしまった。ラグビー国際連盟の規約の中にワールドカップの準決勝、決勝は八万人規模を収容できるスタジアムが必要だという内規がある。森は、規定に反しては、まずいと思った。

 

つまり、国立競技場を壊すのは、オリンピックのためではなく、ラグビーワールドカップの準決勝、決勝を行うために、現在の国立競技場を建て替えるということだ。ところが世間はラグビーのワールドカップのために、そんなスタジアムなんて必要だと思わない。森は、オリンピックを招致し、そのメインスタジアムとして使うという口実を考えた。森の策謀は、石原慎太郎に再度立候補させ、国立競技場を8万人の規模に向けて建て替えることだった。すべて森が仕組んだたくらみだった。石原は、それを知っていたから途中で投げ出してしまう。さらに森は、国立競技場のみならず2020年東京オリンピック組織委員会を取り仕切ることもねらっていた。

 

大会の組織委員長として、できれば政治家以外を会長にすべきだというアドバイスがIOCからJOCに届いた。当初、JOCは財界人から出そうとしていた。全部断られたという形にして、森が引き受けようとなった。森周辺が財界人に根回しして、立候補しないように画策していた。森は、どうしてもやりたかった。新聞では森が押し出されたという評価だが、実はそうではなかった。

 


その後、森は、中枢会議を5人ぐらいでまとめ、指令を出していった。IOCは、調整会議に、かならずJOC関係者、スポーツ関係者を入れないとまずいよとアドバイスした。とくに副会長クラスは、スポーツ関連者を選出してくれと言った。竹田は、水野正人(元ミズノ代表取締役会長)が事務総長に決まっていたが、IOCのクレームがあった。水野は、IOCスタッフの制服のオフィシャル・サプライアーだ。スポンサーの会長が出るのはまずいということでボツとなった。

 


2020年に向けて水野は、会長も降りた。今度はIOCが水野を№2に入れろと言ってきた。竹田は、森に水野を入れてくださいと頼んだ。それは一言で切り捨てられた。「だめだ。あんな道具屋」と言った。

 

人事についてもIOCの意向を受けて、JOCがなんとかしようと思ったことが全部覆された。そして、現在の組織委員会ができた。35人の理事。顧問が170人も組織するわけだ。この中に巧妙に被災地三県の知事も入れている。

 


森は、人事をオールジャパン体制と、ことあるごとに強調した。秋元康の名前を最初に出し、テレビ、メディアでクローズアップされているタレントも含めて簡単に入れた。多くの人を動員する形をとりながら、実際に動かしていくのは、森を中心とした部分でしかない。

 


もう一つ見落としてはいけないのは、組織委員会のトップクラスにJOCの理事でもあるが、東京オリンピック・パラリンピック招致委員会事務総長の河野一郎がいる。日本スポーツ振興センター、サッカーくじの胴元だ。ここの理事長だ。森が後ろ盾になっている。河野は、日本ラグビー協会の医事委員だったのを森が会長に引き上げて、JOCの理事にも入れた。

 

要するに日本スポーツ振興センターが2020年に向けて一番注目すべき組織になってきた。サッカーくじのBIGという商品がある。ヨーロッパのリーグまでサッカーくじに取り入れていいということで、間違いなく売り上げがのびるはずだ。1000億円も確実に売れる。総売上の五%以内であれば国立競技場の新建設などの建設費用にあてることができると法的に改正してしまった。日本スポーツ振興センターが取り仕切っていくということだ。


スポーツ庁の役割


2020年に向けて日本スポーツ振興センターを組織改革して、新しい独立行政法人にしようという狙いがある。2015年4月、新しくスポーツ政策を統括するスポーツ庁を作る。ほぼ文科省の外局として置くことは間違いない。このスポーツ庁が国策として日本のスポーツ政策を、国家プロジェクトとしてコンセプトし政策を作り上げていく。それを実際に実践していく、組織として日本スポーツ振興センターを改組して、新しい独立行政法人として執行機関の役割を与える。競技団体と繋がって政策を具体的に展開する。

 

ところがこの流れから追い出されている組織がJOC(日本オリンピック委員会)だ。この中心が国会の超党派のスポーツ議員連盟(麻生太郎会長)だ。JOCは、スポーツ振興センターがトトカルチョ、サッカーくじで集めた金を各競技団体に分配している。しかし、一連の各競技団体の不正経理、体罰、暴力事件が広がっていった。スポーツ議員連盟は、JOCは競技団体に対して統括していく倫理観もないし、力もないからまかせられないという判断の下で、JOCではなくて新しい行政法人にまかせれば、そこにオカネもきちっと扱えるということでスポーツ振興センターを新しく改組したほうがすっきりするという考え方だ。

 


今、JOCは猛烈に反発をしているが、権限が弱いから喧嘩にならない。かろうじて麻生太郎が「JOCがやってきた選手強化の責任を全部取り上げて、新しい行政法人に移せというのは乱暴だ」と言っている。だから今もう一度スポーツ議連の中で権限の問題を再検討している。いずれにしても来年の四月まではスポーツ庁ができると同時に、新しい行政法人のことも出てくる。JOC、竹田会長体制の弱体が進行し、森体制による新しい利権構造を生み出す国家的な選手強化の体制を作り上げようとしている。金メダル獲得総数を第3位という目標を掲げだした。


オリンピックの犯罪性


ビデオで佐藤和良いわき市議が言っていたが、オリンピックは原発そのものを隠す。震災・被災地の深刻さを隠してしまう。現地からも厳しい批判が上がっている。この7月21日~22日、福島に行ってきた。被災地の市町村議会議員を中心に全国からも議員が集まった。150人ぐらい集まって、シンポジウムを行った。翌日、バス3台で広野町、楢葉町、富岡町に行ってきた。オリンピックどころじゃない。現地に行くとよくわかる。

 

実は復興オリンピックという用語自身も、最初、3・11のこともあるので、オリンピック招致に復興をアピールすると安易に考えていた。

 


ところがヨーロッパは、この震災については非常に不安視している、福島原発事故、東京の復興がなんでわれわれと関係があるのかというクールな見方もある。これはアピールできないだろうということで下げちゃう。むしろ復興というのは内向きの言葉にしてしまう。復興オリンピックをほとんど一時使わなくなってしまう。それが東京に決定した後に、再度、復興が浮上してくる。森が言うオールジャパン体制は、言い換えればファシズム体制だ。なにも文句を言わせない。みんなのものだと言いながら、全体主義的に押し進めちゃう。

 

メディアも取り込まれている。朝日、毎日にしろ現場の記者たちに、そうとうプレッシャーがかかっている。オリンピック批判記事は、極力書くなと。ある記者仲間では、オリンピックに批判的な見方を持っている記者が、その記事を書いたところストップがかかり、社長室に呼ばれたということが話題になっている。社長室で「もう二度とこんな記事を書くな」「オリンピックは、われわれの商売なんだ。それに対して批判してどうするんだ」などと恫喝している。とにかく編集局は、具体的にオリンピック批判記事を書くなと言われないけど、ここまでいいかなという自己規制を要求する雰囲気が、間違いなくある。これは日々強まっている。こんな状態だから今後隠されていくものが多くなっていく。とくに被災地の問題は、これからどんどん隠蔽されていく。

 


森が被災地に回って御用聞きしたと言っているが、だいたい考えていることは、被災地の聖火リレー、宮城スタジアムでサッカーの予選を行うということだ。許しがたいことに福島のJビレッジ、今、東電の安全センターということで前線基地だが、それを2019年に全部とっぱらって綺麗にして、オリンピック用の合宿地にするというのだ。そういう要望が出ている。こんなことで復興なんて言えたもんじゃない。

 

最近でも選手たちが被災地に行って交流をしている。だけど福島は誰も行かない。被曝するのがいやだからだ。選手たちは「被曝するところは行けない」とズケズケと言っていた。

 


このようにスポーツ界が被災地に対してやろうとする底の浅さがある。マラソンの高橋尚子が行って話題となったが、ギャラが200万円だ。自分の内部から被災地の人たちに手助けできることはなにかと自ら行っているとみんなは思っているわけだ。それが200万円のギャラで行っていた。

 

テレビに出るスター選手が来れば、大喜びはするが、それだけの話だ。子どもたちには、自由放題に遊べるグラウンドもない。そんな中で簡単に復興なんて、スポーツ界が寄与するなんて、これまでやってきたことは恥ずかしいものだ。

 

ところがメディアは、復興オリンピックとまた使っている。現地はオリンピックどころじゃない。それだけではなくオリンピックを口実にして、スポーツに関わる人権侵害が進んでいる。例えば、被災地は被曝しているので、放射能の線量もまだ低くなっていない部分もある。学校の授業だけができるということで学校だけ新築している。子どもたちは、いわきからバスに乗って学校に行って、遊ばないでそのまま帰ってくる。つまり、学校もできましたよ、生徒もちゃんと帰っていますよ、授業もしていますよ、こういうことを表面的に見せる。復興が着々と進んでいますよということを、なんとしてでも安倍たちは、アピールしたいわけだ。無理矢理、帰還者を作ろうとしている。

 


佐藤和良さんもはっきり言うが、「東日本大震災、原発被害は、どんどん忘れさせていこう。復興は進んでいることだけを強調して、震災を忘れるようにする意図がありありだ」。だからやることが、ものすごく強引になってきている。子どもたちは、強制的に避難しているところからスクールバスで送り込まれている。これは子どもたちの人間性も含めて、生命の尊厳も含めて、完全に無視だ。

 


Jビレッジだって、一九年に綺麗に元に戻してオリンピックのためのキャンプ地に使わせるというのも、前線基地を早くほっぽり出して、形だけのオリンピック用の施設に戻す。ほんとに汚染が、除染ができるわけないじゃないかと地元の人たちは言っている。

 


このように人間の命とか、人間性とかを復興という名のもとに、いろんなものを計画に押し込んで、それを押し進めていくなかで、どんどん壊されている。現地に行くと、許せない形で、いろんなことが出てきている。


パラリンピックの問題性


今年の4月から障がい者のスポーツの管轄は、文科省に統一された。ただし身体障がい者のスポーツ全体の福祉的なリハビリなどは、厚労省の管轄だ。

 

パラリンピックは、日本語名だ。世界では、ストーク・マンデビルムーブメントと言ってきた。もともと身体障がい者のためのスポーツは、イギリスのストーク・マンデビル病院で戦傷者、とくに脊髄マヒで車いすの生活をしている戦傷者を対象にした治療として行われた。その病院のグッドマン先生がリハビリ用にスポーツを取り込んだ。1948年7月18日、第14回ロンドンオリンピックの開会式に合わせて、病院で16人の車いすの障がい者が参加して、アーチェリーの大会をやった。これがスタートだ。その後、いろんな競技へと広がっていった。

 

ただあくまでも原点は、障がい者の身体的精神的社会的なリハビリテーションの機会を与える媒介の一つとしてスポーツを用いて、障がい者が社会に関わることだった。これこそが元々の障がい者スポーツのストーク・マンデビルのムーブメントだ。いろんなマヒ、切断、視覚障害、脳性マヒなどの障がいのいろんな分野、それぞれの分野にあった競技、スポーツを決めていった。

 

しかし日本の場合、こういう思想的な障がい者スポーツの理念とかが非常に弱い。要するにパラリンピックでも頑張って、成果を上げて、それが国威発揚につながると考えている。パラリンピックのトップは、そういう考え方だ。だからいい成績を上げて、より注目されて、これもまた勝利至上主義になっている。ストーク・マンデビルムーブメントとは根本的に違う。成果主義と勝利至上主義に突っ走っている。

 

そのためにはオカネが必要だ。だから厚労省ではなくて、文科省にくっつけてオリンピックと同じように強化費が分配される、これが最大の狙いだ。この4月に一緒になったことで、初めて国庫補助から障がい者スポーツ強化費用として文科省からオカネが配分される。

 

私は、これが本当に障がい者スポーツにとって、発展に結びつくかというと大きな危惧を抱いている。目指している方向が違うんじゃないか。日本は、2020年オリンピックのメダル獲得数を世界3位として目標を掲げたが、障がい者競技でも10位以内などと目標を設定して成果を上げろと言い出している。

 

そうするとある限られた人たちが勝つために、相当なトレーニングをすることになる。障がい者スポーツとは、われわれの日常生活圏の中でどれほどの環境にあるでしょうか。バリアフリーは徹底しているでしょうか。学校も含めて地域の公共スポーツ施設も障害者用に、きちっと指導者も含めて引き受けられる、自由に参加できる環境にあるでしょうか。ほんとに貧困ですよ。普通の人だって地域の公共スポーツ施設に関わろうとしても、十分に関われない。施設は少ないし、指導者も少ない。誰にとってもスポーツというのは、誰でもスポーツをする権利がある。

 

しかしこれから先、2020年に向けておそろしいぐらいに国家的にメダル獲得のための、エリートスポーツ強化のための様々なことが強行される。

 

それで弾き出された日常生活圏での障がい者も含めた人たちが、スポーツ活動を通して人間性、尊厳というものを実現していく方向が完全に阻害されていく。東京オリンピックとは、成果主義、勝利至上主義で、メダル獲得に向けて強行していく。エリート選手中心を取り囲む組織、関わる人間たちのイデオロギーをなんとかして批判し、拒否し、崩していくことをしないといけない。そうじゃない
とスポーツの本来のあり方というものが、これを機会に徹底的に壊されていく。

 

(講演要旨、文責編集部)

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《7.26アジア連帯講座:公開講座》2020東京オリンピック・パラリンピックを問う

東京五輪決定写真









《7.26アジア連帯講座:公開講座》
2020東京オリンピック・パラリンピックを問う


報告 谷口源太郎さん(スポーツジャーナリスト)



テーマ:東京オリンピック・パラリンピックを批判する


ビデオ『検証!オリンピック―華やかな舞台の裏で』(PARC制作)上映


日時:7月26日(土)/午後1時30分


会場:文京シビックセンター4階会議室B(地下鉄春日、後楽園駅下車)


資料代:500円


主催:アジア連帯講座
東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社 気付 TEL:03-3372-9401 
FAX03-3372-9402
ブログ「虹とモンスーン」 http://monsoon.doorblog.jp/



第32回夏季オリンピック(2020年)の東京招致が13年9月に決まり、ビッグビジネスチャンスだとして大喜びで安倍政権、スポーツマフィア、財界、ゼネコンなどが一斉に動き出しています。東日本大震災復興の遅れ、福島第一原発被災者の生活再建が進まず補償も不十分であるにもかかわらず、石原元知事は「三兆円の経済効果がある」などと放言し、すでに東京都は招致費用に200億円以上も使っています。オリンピック関連費含めて約1兆5000億円もかかると言われています。



このようなオリンピック・パラリンピックに対して谷口さんは、「東京オリンピック大会組織委員会の会長に森喜朗元首相が就任した。『日本は天皇を中心とした神の国』とする時代逆行の復古主義、国粋主義の森を組織委員会のトップに据えたことだけでも、『オールジャパン体制』といっても明らかに国家主導だ。安倍政権は、『戦争する国づくり』と憲法改正にむけてオリンピックを政治利用し、国民総動員していくことを考えている。国家による国家のための東京オリンピックの危険な政治性格を明らかにしていくことが必要だ。税金を湯水のようにつぎ込むような愚を許してはならない。厳しくチェックしていく必要がある」と厳しく批判しています。


さらに「これまでオリンピックは文科省が管轄し、パラリンピックは厚労省が管轄していた。そもそもパラリンピックは、障がい者のリハビリのためにスポーツとして取り入れた。メダル競争のためではない。だからオリンピックと一緒にしてはだめだ。だが4月から管轄が文科省に統一した。競技を公平にするという名の下に障がい度を正確に報告させるという差別を拡大している。この問題は深刻化する」と指摘しています。


講座は、谷口さんからオリンピック・パラリンピックの問題点を浮き彫りにしていただき、今後の課題について論議していきたいと思います。ぜひご参加ください。



谷口写真<谷口源太郎さん>
1938年鳥取に生まれる。スポーツジャーナリストとして商業主義とナショナリズムにひた走るオリンピックを批判してきた。『インパクション194 2020東京オリンピック徹底批判 返上有理!』で谷口さんが「東京五輪をスポーツ・ナショナリズムの『終わりの始まり』の契機に」を語っています。

著書『日の丸とオリンピック』(文藝春秋、1997年)、『スポーツを殺すもの』(花伝社、2002年)、『巨人帝国崩壊―スポーツの支配者たち』(花伝社、2005年)『スポーツ立国の虚像』(花伝社、2009年)、など。

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報告:アジア連帯講座―沖縄の『自治・自決・独立』論にどう向き合うべきなのか

アジ連講座写真 1月25日、アジア連帯講座は、豊島区民センターで「沖縄の『自治・自決・独立』論にどう向き合うべきなのか」というテーマで国富建治さん(新時代社)を講師に招いて講座を行った。



一月一九日、名護市長選で「辺野古基地件反対」を掲げている稲嶺進現市長が当選した。この勝利は、安倍政権の米国の軍事戦略と一体化した「戦争する国家体制」づくりに大きな打撃を与えた。だが、基地建設を中止するどころか防衛省は、選挙直後である二一日に移設先の埋め立て工事の設計業務、サンゴなどの生物調査の入札を行った。3月下旬に業者を選定し、2015五年春をメドに埋め立て工事強行をねらっている。沖縄民衆の反基地闘争に連帯する「本土」(ヤマト)の闘いを築いていくことが急務だ。



アジ連は、沖縄の闘いに学ぶ観点から①保守層をも含めた「島ぐるみ」の闘いの歴史②沖縄に対する米国と日本による共同の軍事植民地支配、沖縄への日本(ヤマト)による「構造的差別」の問題③沖縄の知識人や活動家の「沖縄の自治・自決」「独立」論議―について焦点をあてながら、どう向き合い、ともに闘っていこうとするのかを深めていく一歩として講座を設定した。



新たな自治・自決・独立論



国富さんは、「戦後の沖縄と『独立論・復帰論』」の経緯について次にのようにまとめた。



「1945年~51年にかけて沖縄戦後の米軍政下での主要な政治勢力は沖縄戦経験を通した日本からの独立論だった。1951年~65年は、沖縄の切り捨てと日本の『主権回復』、『銃剣とブルドーザー』、土地取り上げと島ぐるみ抵抗闘争が行われた。さらに『本土復帰』の闘いが反米闘争へと転化し1960年4月28日に沖縄県祖国復帰協議会(復帰協)を結成する」。



「1965年~72年は、ベトナム反戦運動と全軍労の闘いが高揚した。また、佐藤訪沖反対を通した『反戦復帰』、『反復帰』論が形成されていった。国政参加選挙(1970年)と国政参加粉砕共闘会議の闘いも取り組んだ。1972年~80年代は、本土『一体化』と開発が押し進められていったが、反戦地主、反基地、天皇訪沖反対の闘いが取り組まれた」。



「 沖縄米兵少女暴行事件(1995年9月)を契機とした島ぐるみの反米軍基地闘争が闘われる。大田知事の代理署名拒否、米軍用地特措法、辺野古基地計画と名護住民投票へと続いた。このような闘いの蓄積のうえで辺野古新基地をめぐる攻防の中で『県外移設』論、『新たな自治・自決・独立論』の論議へと繋がっていった」と集約した。



不断に生み出される根拠



「『本土復帰』後の自治・自決・独立論」について国富さんは、①川満信一「琉球共和社会憲法私案」②自治労沖縄県本の「沖縄特別自治区構想」③大田県政の軍事基地撤去と経済的自立・自治のための「アクション・プログラム」④新崎盛暉氏の「居酒屋独立論」批判」を紹介した。



そのうえで「『自治・自決・独立』論は、新たな段階に入っている」という総括から「2010年国連人権委員会が日本政府に『アイヌ民族および琉球民族を国内立法下において先住民と公的に認め、文化遺産や伝統的生活様式の保護促進を講ずること』と勧告している」ことや、琉球独立総合研究学会が「『琉球人は独自なネイションであり、国際法で保障された『人民の自己決定権』を行使できる法的主体である。琉球の政治的地位や将来を決めることができるのは琉球人のみである」と宣言していることを強調した。



つまり、「現実としての『オール沖縄』の闘い(ヤマトに抗して――教科書問題、米軍基地・オスプレイなどなど)。それはもはや知識人の観念・思想の上でのたたかいではない。それは運動の中で繰り返し提起される『自治・独立』の意識が直線的ではないにしても不断に生み出されることを通じて造形されていく(保守層をふくめて)ことが確認できる。このような到達段階を見据えつつ、新たな構想を具体化していく論議、討議を積み重ねていくこと、かつ国際的に問題を提起していく方向性を発展させていきたい」とまとめた。



第4インター派の総括視点



最後に「沖縄の自治・自決――われわれ(第4インター派)はどのように考えてきたか」について、「極東解放革命と「本土復帰」―沖縄反帝労農自治政府の戦略」を取り上げた。



「かつてわれわれは、『[沖縄民族意識]を沖縄の人々が獲得できるか』ということを闘いの重要なメルクマールにしていた。しかし『労農自治政府論』を具体的状況の進展にあわせて発展させていくことはできなかった。だから私は、1987年に「『自治・自決』論の清算、沖縄への自衛隊派兵をめぐる闘争方針の分裂」論文でこの清算の後ろ向きの性格について分析し、一種の「同化主義」ではなかったのか?と問題提起した」と述べ、「沖縄の『自治・自決・独立』論」の論議とともに主体的な掘り下げを継続していこうと呼びかけた。

(Y)

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【3.29アジア連帯講座:公開講座】中国、北朝鮮はどこへ

3.29アジア連帯講座:公開講座
中国、北朝鮮はどこへ


報告:永井清隆(中国研究)/テーマ:資本主義のおくりびと~立ち上がる中国の労働者

報告:荒沢 峻(新時代社)/テーマ:張成沢はなぜ粛清されたのか? 市場経済システムへの参入と新興層の形成

日時:3月29日(土)/午後13時30分
会場:文京シビックセンター3階会議室C(地下鉄春日、後楽園駅下車)
資料代:500円
主催:アジア連帯講座
  東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社 気付 TEL:03-3372-9401 FAX03-3372-9402
    ブログ「虹とモンスーン」 http://monsoon.doorblog.jp/
                                                                             sumitomososyu01 (画像は住友電工蘇州でのストライキ闘争 2013年8月)

アジアをいかに捉えるか。そのためには各国の政治、経済、民衆など丁寧な分析が優先されなければならないと考えます。今回は、中国と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に焦点をあててアジア分析を豊富化していきます。

 中国はGDPが世界第二位になり「世界の工場」と言われてますが、その経済成長の裏側で経済格差がひろがり、中国共産党と治安機関による人権侵害、労働者・農民の闘いに対するすさまじい弾圧が繰り返されています。

 労働者は、日本企業をはじめとするグローバル資本による搾取に抗して、賃上げ、労働条件の改善を求めてストライキなど様々な闘いを押し進めています。永井は、中国労働者をとりまく状況分析、変革への闘いについて報告するとともに日本の労働者の課題を明らかします。

 荒沢は、2013年11月の張成沢(チャンソンテク)国防委員会副委員長の粛清に至る一連の経過を通して見えてきた粛清劇の意図と目的を解き明かします。ここを入り口にして金正恩体制、労働党と軍部、経済、民衆の状況について報告します。

 さらに 北朝鮮の核施設再稼働が伝えられているなか核惨事の危険性を訴えています。韓国在住の脱北者たちによる核施設やウラン鉱山の労働者が被曝している情報などを通して、「北朝鮮核開発と核惨事の最大の被害者は北朝鮮人民自身だという観点からの暴露と報道が今こそ必要とされている」と強調します。

 2人のアプローチを踏まえ、参加者の意見もクロスさせながら論議を深め、今後の課題、方向性を提示していくことに挑戦したいと思います。ぜひご参加ください。

【アジア連帯講座1.25公開講座】沖縄の「自治・自決・独立」論にどう向き合うべきなのか

アジア連帯講座:公開講座

沖縄の「自治・自決・独立」論にどう向き合うべきなのか



講師:国富建治(新時代社)

日時:2014年1月25日(土)/午後6時30分

場所:豊島区民センター第6会議室(JR池袋駅下車)

主催:アジア連帯講座

  東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社 気付 TEL:03-3372-9401 FAX03-3372-9402

    ブログ「虹とモンスーン」 http://monsoon.doorblog.jp/

tiikinobori稲嶺市長の再選を 辺野古基地建設反対・普天間基地閉鎖

 安倍政権と自民党執行部は、1月19日投開票の名護市長選で、「辺野古基地件反対」の明確な立場を掲げている稲嶺進現市長の再選を阻み、仲井真沖縄県知事に辺野古沖の公有水面埋め立て許可を受けいれさせるために強力な圧力を沖縄県政や自民党沖縄県連にかけている。10月25日、沖縄選出の自民党国会議員五人全員が党本部の「辺野古移設案」を受けいれ、11月27日には、自民党沖縄県連も県議団による議員総会で「辺野古移設」を容認することになった。

 この攻撃は「オール沖縄」の「基地県内移設反対」の構造を解体することにある。同時に新防衛大綱と新ガイドラインの策定をはじめとする、米国の軍事戦略と一体化した「戦争する国家体制」づくりにとって、沖縄の米軍基地維持・強化と「離島防衛」を旗印にした自衛隊の沖縄での態勢強化が必要だからである。

 「本土」(ヤマト)の労働者・市民は、政府・自民党による沖縄への強権的脅しを許さない闘いを築いていくことが急務である。一月名護市長選で、稲嶺市長の再選を勝ち取る市民の運動を支援しよう。

沖縄の「自治・自決・独立」問題

 沖縄の反基地闘争は、普天間基地返還の代替とされた名護市・辺野古への新基地建設反対の攻防を経て保守層をも含めた「島ぐるみ」の闘いとして現れている。その中で改めて沖縄に対する米国と日本による共同の軍事植民地支配、沖縄への日本(ヤマト)による「構造的差別」の問題が強く意識され、「沖縄の自治・自決」「独立」の問題が沖縄の知識人や活動家の間だけでなく、一般の人びとの間でも論じられるようになっている、と言われる。沖縄の人びととともに闘おうとする日本(ヤマト)の私たちにとっても「沖縄の自立・独立」論議に日本(本土)のわれわれがどう向き合い、ともに闘っていこうとするのかを検討していきたい。

報告:10/26アジア連帯講座:公開講座 アベノミクスがねらう労働規制緩和 徹底批判!

無題 - コピー報告:遠藤一郎さん(全国一般全国協副委員長)

企業が世界で一番活動しやすい国づくり 雇用破壊攻撃、解雇特区・ブラック企業特区攻撃ゆるすな!





 安倍政権による労働分野の規制緩和攻撃は、特区構想も含めて事態はどんどん進んでいる。闘いの方向性について提起していきたい。



 ●労働法の変化の流れ



 小泉政権による構造改革は、「解雇をしやすくすれば、企業は安心して人を雇って、失業が減る」など言っていた。誰が聞いてもおかしいと思うが平気でこのようなことを言っていた。

 しかし小泉構造改革による行き過ぎた労働分野の規制緩和の動きに対して現場の労働運動と法改正の要求が結合して政治を動かした。

 第一がホワイトカラーエグゼンプションだ。第一次安倍政権の時に、労働政策審議会で建議までされて、法案要綱まで準備し、閣議決定して国会に提出する直前までいった。ところが私たちは、「過労死法案」、「過労死促進法案」、「残業ゼロ法案」だとして多くの労働団体が結集し、安倍は国会上程を断念した(2007年1月)。大衆闘争で法案要綱までできていたのに吹っ飛んだ。大きな出来事だった。

 リーマンショック後、派遣切りが起こり、年越し派遣村が作られていった(2008年12月)。派遣労働者が職を失うだけではなく、家がなくなり、生活のための賃金も失う状況を可視化させた。派遣企業は、派遣先から自分のマージンを取って労働者に賃金を払う。さらにそこから派遣労働者を管理するためのコンピューターに費用がかかるからと称してデータ管理費などをとっていた。派遣労働者は、二重のピンはねではないかと本社にむけて抗議行動をやった。

 例えば、私のところの組合で言えば、パナソニツクで二十数年近く働いていた佐藤昌子さんが派遣切りにあった。彼女は派遣ではないと思って働いていた。しかし、会社に色々と聞いてみたら派遣だった。2008年12月4日に「派遣法抜本改正日比谷集会・デモ」の集会で東北全労協から30人が闘争旗を林立させ、佐藤さんは壇上から発言を行った。さらに有期労働契約の規制緩和の攻撃に対しても反撃していった。

 このように労働運動と法改正を求める運動が結合しながら政治を動かしていった。それが自民党が敗北し、民主党政権に交代した(2009年8月)ことにつながった。労働者民衆の期待が民主党政権に込められる。中曽根から小泉まで日本の新自由主義的な攻撃と流れを転換させなければいけないのではないかという運動が起こり、自民党政権を退陣に押しやったという事態が進んだ。

 しかし民主党は、改正労働者派遣法、有期労働契約規制、高齢者雇用安定法に対して自民党政権はノーだと押し上げたエネルギーと比べ、きちっと実現させる立場をとれなかった。やがて民主党政権の変質と財界の巻き返しによって3つの法改正は、換骨奪胎、全く不十分な内容に終わる。

 大衆闘争の押し上げがあったが、政治的表現としては限界にぶちあたり、民主党政権に対する失望が拡大していった。労働法制だけの問題だけではなく、沖縄の問題とか、多くの問題について民主党政権の弱さが暴露された。民衆の期待が大きかったぶんだけ、その反動も大きく自民党政権への交代が再び起こり、安倍政権が登場した。労働運動の闘いの積み上げと、法改正へと結びついた流れが、残念ながら逆転してしまった。安倍政権の登場によって一挙に流れが反転した。



労働規制に穴を開ける



 安倍は、「日本を世界で一番、企業が活動しやすい国にする」と宣言し、成長戦略の柱とした。新自由主義路線の本質をそのまま、ものすごくわかりやすく表現している。国の首相は、少なくともこれまでの統治のあり方からすれば、国民全体を幸せにするという装いをともないながら、現実に資本の利益を追求する。そうでなければ国民統合ができなかったからだ。ところが安倍は、日本の政策目標の決定的な主語を企業にした。企業、財界の六重苦と言われる円高、高い法人税、FTAへの対応遅れ、労働規制、環境規制、電力不足を克服するということで、アベノミクス、TPP参加、原発再稼働・輸出で対応していくことを押し出した。残る最大の課題が岩盤のような労働規制に穴を開けるんだというのが安倍の成長戦略のポイントだ。

 すでにOECDの労働市場研究が世界の全体的な経済成長の限界、停滞のなかで、一国だけではなく、先進国の経済全体の危機の中でどのように乗り切るかと模索してきた。1980年代の終わりから90年代初頭に、その柱としてヨーロッパ大陸型の雇用のあり方を転換しなければならない、つまり緊縮財政と解雇規制緩和をはじめとする雇用破壊、労働分野の規制緩和、雇用改革が決定的だと方針を打ちたてた。

 さらに対日審査報告書を出し、日本的雇用関係の全面的批判をおこった。これに対して日本政府はまったく反対しなかった。この報告が基礎になって日経連が「新時代の経営戦略」(1995年5月)を提起した。このように緊縮財政、福祉の切り捨て、労働分野の全面的な見直し、搾取を露骨に行う流れが90年代から強まってきた。

 安倍政権は、もう一度、小泉構造改革の手法に戻って経済財政諮問会議、規制改革会議などの審議会、委員会を設置して、トップダウンで規制改革をやろうとしている。本来は、労働法制はILOの規制もあって、政労使の三者の構成による審議を経て、労働法の改正が進められるのだが、そういうあり方そのものを全部ぶっ壊して、上からやるというやり方だ。



 ●安倍政権の具体的狙い



 経済財政諮問会議、日本経済再生本部、規制改革会議、産業競争力会議は、全部、労働者の代表なしで進められている。八田 達夫、竹中平蔵、八代尚宏、鶴光太郎など名うての規制改革
論者が参加している。

 鶴光太郎は経産省上がりの慶応大学の教授で規制改革会議雇用ワーキンググループの座長だ。

 鶴報告は、①雇用維持型から雇用流動型へ。失業なき円滑な労働移動をめざす②正規・非正規二極化の是正、非正規労働の規制と待遇改善・均等待遇でなく③「正社員改革」ジョブ型(限定)正社員の普及・拡大、解雇ルールの明確化――を示した。

 経団連は今年四月に「労働法制提言」を行ったが、「労使自治の尊重」「良好な労使関係の下での労使自治に任せろ」という主張だ。つまり、「各規制を撤廃する方向で努力するのは当たり前だ」、「しかしその前提に牙がぬかれた良好な労使関係があるのだから、本来の労使自治にまかせろ」という主張だ。

 この間、これらが合わさって労働分野の規制緩和の議論が進行している。「日本再興戦略-JAPAN is BACKー」としてまとめ、そのうえで規制改革会議の実施計画を6月14日に閣
議決定している。

 雇用改革は、①限定正社員―多様な働き方、多様な正社員モデルの普及②労働時間法制の見直しだ。評判が悪いから「ホワイト・カラー・エグゼンプション」を再びやるとは言えずに裁量労働制条件緩和と提起している。さらに③労働者派遣法の見直し④有料職業紹介事業の規制改革を提起している。

 この四つを日本再興戦略として閣議決定した。財界は、解雇自由、ホワイト・カラー・エグゼンプション、有期雇用の規制緩和をねらっていたが載せることができなかった。だから有期と解雇の問題が残されているわけだ。



●多様な社員?



 厚生労働省は、日本再興戦略の着実な実施について9月18日に発表した。労働改革の次のように進行している。

 第1が「雇用維持型から労働移動支援型への政策転換」だ。

 これは労働運動をやっているものからすると大事な問題だ。これまでの雇用調整助成金から労働移動支援助成金へのシフトするということだ。今まで景気が変動すると、労使で交渉して申請をして、雇用調整助成金をもらう。生産が低下して仕事がない時に、助成金で生き延びる。再び景気が回復したら助成金を打ち切る。解雇をしない体制を作ってきた。

 ところが15年までに予算規模を逆転すると主張している。中小企業だけでなく大企業にも移動支援金を拡大すると言っている。

 すでに14年度予算案の労働移動支援助成金は、1・9億円から301億円へと概算要求している。雇用調整助成金は、前年には1175億円あったのを545億円にしてしまった。需要があるにもかかわらず削ってしまった。

 第2は、「民間人材ビジネスの活用によるマッチング機能の強化」を掲げた。要するにハローワークの民営化だ。

 第3が「労働者派遣法の見直し」だ。

 8月20日、「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」が報告を発表した。続いて労政審の労働需給制度部会で審議を開始し、年内に結論を得て、14年度通常国会で法制上の措置を行う。

 審議は超スピードだ。1998年の労基法改正、有期法制改正を強行した労政審の審議のやり方と同じだ。

 報告の問題点は、派遣の全面自由化だ。つまり、派遣が全面的に自由化され、業務の規制もない、期間の規制もないというのだ。派遣が一般的な働き方だとなれば、企業中枢は持ち株会社だけ持っていれば、丸投げしてもかまわないとなってしまう。正社員のごく一部の幹部要員だけを残して、あとは全部派遣でいい、有期でいい、こういうことになってしまう。本来の派遣という間接雇用という働き方は、口入れを禁止した職安法44条の特例として生まれた。派遣が全面自由化されれば口入れ屋がどんどんはびこるのだ。

 「『多様な社員』の普及・拡大のための有識者懇談会」が9月10日に発足し「限定正社員」の普及・拡大にむけて一六年度中にまとめようとしている。

 「限定正社員」は、今だって一般職、総合職とかで正社員の種類がある。しかし、この「限定社員」を普及・拡大するという考え方は、処遇の低い、解雇しやすい第二正社員を作るということだ。アルバイト、臨時の非正規の労働者を第二正社員に引き上げていくのかというと、そうじゃない。

 これは大変なことだから、有識者懇談会でどういう手続をしたらいいか、本人同意がかならず必要だとか、色々と論議している。

 今の無法化している職場環境では、「君は第二正社員になってくれ」と言われれば、実質的な命令と同じだ。だけどいちおう本人の同意を得なければいけないみたいなことを有識者懇談会で論議している。



●日本再興戦略と国家戦略特区



 産業競争力会議の国家戦略特区ワーキンググループ(座長・八田達夫大阪大学招聘教授)は、日本再興戦略で盛り込めなかった雇用規制をめぐる問題を突破するために雇用特区を持ちだし(9月20日)、特例諸措置を設けることを提言した。

 「有期雇用」については、すでに労働契約法18条が4月1日に施行されている。五年有期で働いたら無期転換権を付与することになっている。しかしまだ誰一人、その法律の恩恵に預かった人はいない。五年たっていないからだ。しかしこの労働者の権利をもう一度なくしたいというのがねらいだ。

 第2は「解雇ルール」について。契約締結時に解雇の要件・手続きを契約条項について「特区で定めるガイドライン適合する契約条項に基づく解雇は有効となる」とした。契約締結時に契約条項を拒否できる労働者はほとんどいないだろう。

 例えば、3回遅刻したら解雇という約束をして雇った場合、解雇できるというのだ。さらに特約条項で企業に都合がいい条件を付して雇用して、その条件が発生したら解雇できることにしてしまう。例えば、企業の業績が停滞したら解雇する。契約が打ち切られる。そういうようなことができるようにするということだ。特区内は解雇自由になってしまう。

 第3が「労働時間」の問題だ。

 一定の要件を満たす(年収など)労働者が希望する場合、労働時間・休日・深夜労働の規制をはずして、労働条件を定めることを認めるというのだ。

 「雇用特区」設定について、さすがに厚生労働大臣は、憲法・労働法との関係から特例措置導入は無理と抵抗した。竹中、八田は、厚労省の省利益を代弁する大臣だとして、特区戦略会議に入れておくからいけないんだと言った。結果として、特区戦略会議をやる場合、担当大臣は外すことになった。

 憲法で認められた法の下の平等を無視してある特定の地域には、労働時間を八時間働いても、10時間働いても、同じ扱いでいいようなことを、36協定を結ばなければ残業ができないという労基法法規をごまかして労使で勝手にできるというのは、いくらなんでもできませんというのが当然だ。

 だが安倍は、これを制して、具体的提案の提示を厚生労働大臣に求めた。竹中は、大臣に向かって「できないことをやるのが特区なんだ」と言った。憲法違反をやれと言ったに等しい。

 さらに10月8日、ワーキンググループは最終決定(雇用条件の明確化、有期雇用の特例)を出したが、朝日新聞が「解雇特区」と報道した。八田と竹中は、朝日新聞に乗り込んで「誤報だ」と抗議し、「われわれは、この特区で働きやすい労働条件を守るための制度を作ろうと思っている」などと言った。



特区構想とは



 ワーキンググループの特区構想は、東京圏、名古屋圏、近畿圏を設定し、圏内に本社を置くところが対象となる。また東京に本社があり、特区の適用が受ければ、系列の全国工場が全部適応される。東京圏、名古屋圏、近畿圏は、日本の大企業はほとんど入っている。これは特区という名を借りた労働分野の規制の岩盤に穴を開けるということだ。

 ところが財界から文句が出た。3つの経済圏に入らないところにある企業は、まったく別の条件でやらなければならない。ひどいじゃないかと財界で文句が出た。

 最終的に特区内では、雇用条件の明確化と有期雇用の特例の二つに絞られた。雇用条件の明確化とは、「雇用労働相談センター(仮称)」を特区内に設置して、企業に「雇用ガイドライン」を適用して、個別の相談について対応すると言っている。しかし、この中身は、日本の解雇裁判の判例を資料にして、それを免れるために対応することだ。雇用条件について相談窓口を作り、解雇自由特区を作りたかったが、とりあえずこれでやらざるをえなくなった。

 有期雇用の特例では、5年の期間を取っ払って、有期雇用18条の適用を除外させたかったが、5年の有期の期間を10年に伸ばせと提言している。これは特区じゃなくて全国対象であり、労政審で検討せよと言っている。要するに今年4月1日に施行された法律を、また一からの有期規制の見なおしをやれというのだ。

 日本再興戦略で決めた労働分野の規制改革、特区でねらったものはかなり削った。だけれども特区のほうで切り縮められたから、いいかというとそうはいかない。もうすでに4項目は、どんどん進めている。



●反撃の視点



 労働の規制緩和は、派遣法、有期法、限定正社員などパックになって押しかかっている。つまり、職場の無法化地帯をねらっている。ブラック企業がどんどん増えていくことだ。

 この攻撃に反撃していくためには、個別労働法改悪の問題だけではなく、トータルで跳ね返していかなければならない。労働分野だけではなく安倍政権がやろうとしていることに対して反撃していくことだ。

 例えば、JAL争議の集会では、争議と憲法改悪反対の闘いを結び付けないと勝てないと強調していた。労働法制だけではなく特定秘密保護法、憲法改悪、集団的自衛権、原発、沖縄などの問題など安倍政権と全面対決する行動の中に労働分野の規制緩和を許さない闘いを行っていくことが求められている。

 職場の闘う勢力として物分かりが悪い、異議申立てができる、必要な時に実力行使ができる、そういう職場の力を、労働組合をどのように作るか。全体の政治状況の中で労働法制の改悪反対闘争と結びつけて、政治闘争を闘っていくことだ。この二つがないと喧嘩にならない。

 全労協は、今後、対労政審闘争に取り組み、広範な戦線づくり、共同闘争を追求していく。すでに労働法制プロジェクトを設置し様々な取組みを展開している。さらに安倍政権の雇用破壊に反対する共同アクションにも参加している。

 労働は商品ではない、人間らしい労働と生活の確立!直接雇用原則、安定雇用原則、均等待遇原則を主張していこう。非正規雇用の規制こそ必要だ。入り口規制を!均等待遇の確立を実現しよう。
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