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報告:三里塚芝山連合空港反対同盟2017旗開き&1.15東峰現地行動

配信:旗開き 1月15日、三里塚芝山連合空港反対同盟は、横堀農業研修センターで2017年旗開きを行い、50人が参加した。


 開催あいさつを山崎宏さん(横堀地区/労闘―労活評現闘)から行われ、「昨年は三里塚闘争50年で7月15日、東京で集会を行った。だが政府・空港会社は、大きな攻撃をかけてきている。第3滑走路計画持ち出して、なにがなんでも力づくて、これまでやってきた方針を、欺瞞的にあたかも住民の要望に応えて作るという構図を作り出し、様々な策動を行っている。立ち退き対象になる地区で国交省・千葉県・地方自治体・空港会社が一体となって説明会という形でアリバイ作りを行っている。その中身は、芝山町北部地区にもう一本滑走路を作るというものだ。さらに平行滑走路の北側に延伸する。夜間飛行制限時間を緩和するという」、「今まで騒音時間帯は、午後11時から翌朝六時までの7時間は、飛行機が飛ばない時間だったが、それを大幅に短縮して、今後は4時間にまで緩和したいと言い出している。これがいかに経済効果を生み出すかと宣伝しているが、騒音による住民の立ち退き、騒音被害によって夜眠れなくなる事態に関しては、まったく考慮の範囲に入っていない。こうして住民を追い出して、自らの利潤追求のために欲望を遂げていく。まさに安倍政権の政治的質を同じようなものだ」と批判した。


 柳川秀夫さん(三里塚芝山連合反対同盟/代表世話人)は、「第3滑走路計画問題とともに横堀現闘本部裁判があり、裁判所は不当判決を出し、撤去せよと通知してきた。あくまでも反対なものは反対だという態度を貫き通していきたい。昨年、関西三里塚闘争に連帯する会の刈谷稔さんが亡くなった。あらためて冥福を祈りたい。刈谷さんの遺産カンパをいただいた。ありがとうございます。最後まで三里塚に思いを寄せ、闘う闘魂は引き継いでいくことを再認識した」と発言した。

 さらに「三里塚闘争は問題があるかぎり闘っていきたい。農業をやっいるから天候の変化を認識している。経済オンリーのグローバリゼーション、弱肉強食の社会の大きな現れだ。開発や発展の考え方に対して、反対の対案を出していかなければならない。三里塚は、問答無用の強硬策があいかわらず続いている。民主主義の多数決の論理は、一方的にまかり通っている。強い者はなにをやってもいいんだというものだ。こんなのを民主主義とは言わない。三里塚闘争は民主主義の問題を提起し、これからもちゃんと提起していくことが大事だ。今年も頑張っていきたい」と決意表明した。

 加瀬勉さん(多古町/三里塚大地共有委員会代表)は、冒頭、「本当ならば刈谷君が座っているはずだ。1回も休まず参加し、決意表明をしてくれた。刈谷君を哀悼して『闘いは吾が命なり 一途なる男の生の 誠なりけり』の追悼歌を捧げたい」と歌った。

 「現在、不眠不休の状態で忙しい。権力は、空港の機能拡大として第3滑走路計画を提案しているからだ。多古町にまで入って説明している。1000ヘクタールの面積を必要とし、3500メートルの滑走路を約10年がかりで建設し、50万回の増便を行っていくという計画だ。そのために2000戸の農民の立ち退きが必要となると言っている。昨年11月、多古町町長、国・県・空港会社が説明に来た。真正面と対決した。『怒り心頭に発す 機能拡大絶対反対 夜間飛行緩和絶対反対、第三滑走路建設反対、50万回発着反対、騒音被害反対、立ち退き断固拒否』の反論を行った。『空港と人間の命、どちらが大事か言ってみろ。何人殺してきたんだ』と追及した。防音工事交付金をバラまいているが、木造だから騒音は下がらない。新しい計画でも防音対策をすると言ってカネを積む。しかし騒音被害は下がらない。空港会社と今後、あらゆる分野で鋭く対決せざるをえない」と述べた。

 「厳しく追及したが、騒音対策法などの枠内の回答でしかなく、何一つ責任ある回答はなかった。住民は日常生活、営農活動全体を防音せよと要求するが、敵は財政がないと言うだけだ。住民の怒りは共通したものだ。国はシンポジウム、円卓会議で謝罪し、黒野空港会社元社長は東峰神社神木伐採事件で謝罪し、千葉県は大木よねさん事件で謝罪したくせに、なんで空港機能拡大プランを出してくるんだ。財産権に介入し、人権侵害に対して徹底的に糾弾した。敵はうつむいているだけだ。だけどやつらは絶対にあきらめない。警戒していこう。住民の怒りに対して、新しい大衆運動として組織していきたい。孤軍奮闘だ。敵は三〇年に五〇万回の計画を出してきた。こちらは百年戦争として闘う決意をしたい」と訴えた。


 石井紀子さん(成田市川上)は、「空港会社は第三滑走路計画についていろんなところで住民説明会を行っている。川上でも行い四〇人ぐらいが参加した。四者が来て説明したが、『ご理解いただきたい』と繰り返しただけだ。『住民の生活をどうしてくれるんだ』と予想以上に住民は怒ってました。私は『住民の反対を押し切ってまで作るんでしょうか』と聞いたら、『そんなことはありません。ご理解をいただいてからです』と言ったが、『反対しているかぎりできないんですね』と追及したら黙ってしまった」と紹介した。

 そのうえで「この段階で五〇万回離発着を出し、世界に並ぼうというみっともない姿そのものだ。空港反対派じゃないひとまで反対している。まさに墓穴を掘っている。トランプが米大統領になったように、差別と分断、いわれなき憎しみがひろがらないように気をひきしめていろんなことをやっていかなければと思ってます。政治の荒廃、右傾化を止めていきたい」と発言した。


 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「昨年、横堀現闘本部撤去の不当判決とともに天神峰地区の天神峰地区の市東孝雄さんの畑についても明け渡せの不当判決を出している。さらに第三滑走路計画の東峰・天神峰住民説明会があった。島村家の息子さんたちも反対の声を上げていた。闘いの結果、空港会社は東峰地区に対して滑走路延長はできないと説明せさるをえなかった。東峰地区の拠点を守ってきた成果だ。第三滑走路計画反対の闘いを東峰地区でも行っていきたい」とアピールした。

 後半は 清井礼司弁護士から横堀現闘裁判の報告につづいて支援のあいさつに移った。

15東峰行動 高見圭司さん(スペース21)、渡邊充春さん(関西三里塚闘争に連帯する会 関西三里塚相談会)、根本博さん(泉州沖に空港を作らせない住民連絡会)、山田謙さん(東大阪三里塚闘争に連帯する会)、小山広明さん(三里塚国際大学)、全金田中機械の仲間、釜ヶ崎日雇労働組合、鈴村多賀志さん(田んぼくらぶ)、日米安保条約終了通告を求める会から闘いの報告と年頭の決意表明が行われた。

 1.15東峰現地行動

 旗開き後、三里塚空港に反対する連絡会は、東峰地区に移り、元東峰共同出荷場から開拓道路に向かってデモを行った。成田空港に向けて「飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港『第三滑走路』計画を撤回せよ! 裁判所の強制執行―現闘本部破壊を許すな!反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古・高江の新基地建設反対!」のシュプレヒコールをたたきつけた。

(Y)

報告:12.3横堀現闘本部強制執行抗議緊急行動

配信:緊急行動三里塚 12月3日、三里塚空港に反対する連絡会は、横堀現闘本部強制執行抗議緊急行動を横堀十字路で行った。

 成田国際空港会社が三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人)に対して横堀現闘本部撤去と土地の明け渡しを求めた横堀現闘本部破壊裁判(朽廃建物収去土地明渡請求事件)は、1審(千葉地裁/2015年9月2日)、2審(16年2月3日、東京高裁)、最高裁(16年7月21日)と立て続けに不当判決を言い渡した。

 横堀現闘本部を鉄板で囲ったままの既成事実を前提にして一連の判決は、①成田空港シンポジウム(1991年)、円卓会議(1993年)における「平行滑走路の整備については、あらゆる意味で強制的手段が用いられてはならず、あくまでも話し合いにより解決する」という歴史的事実を排除し、「信義則に反し、権利濫用になるとはいえない」と断定した②空港会社の現闘本部を管理・運営するための通行権をバリケードで妨害した事実を容認した③空港機能拡大に対して空港会社の営利主義を防衛した―などを柱にした不当なものであった。司法権力は空港会社防衛という階級的任務を貫徹するために反動判決をデッチ上げたのである。

 成田空港会社は、このような不当判決に基づき空港機能拡大の一環として横堀現闘本部撤去への建物収去命令申立を千葉地裁に起こした(11月1日)。千葉地裁は、アリバイ的に強制執行に対して意見があれば書面を14日以内に提出せよと言ってきた。つまり、14日以降、いつでも横堀現闘本部破壊のために強制執行を強行するということだ。

 三里塚芝山連合反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、空港会社の主張を追認した不当判決を批判し、横堀現闘本部破壊の強制執行の強行を許さないと抗議の意見書を提出した。三里塚空港に反対する連絡会は、反対同盟に連帯して、緊急行動を取り組んだ。

 抗議行動は、空港用地内を鉄板で囲んでいるため現闘本部に行くことができないが、現闘本部に最も近い位置となる横堀十字路で行った。空港に向けて「横堀現闘本部撤去を許さない!千葉地裁は強制執行をやめろ!第3滑走路建設計画を撤回せよ!夜間飛行制限時間緩和をやめろ!」などの抗議のシュプレヒコールを行った。

 山崎宏さん(労活評現闘/横堀地区)は、「空港会社は、横堀現闘本部を破壊し、裁判によって土地を強奪した。反対同盟と支援が管理していた本部に向けた道路を通行不能にし、鉄板で囲い込み、管理できない状態にし、『朽廃』に追い込んだ。その上で空港の『妨害物』だから撤去せよと要求し、民事訴訟による土地強奪を行った。千葉地裁は、反対運動の歴史を無視して空港会社の主張を全面的に認めた。現地調査、証人尋問の要求さえも却下した。東京高裁は、一回の裁判で結審するという不当な訴訟指揮をした。最高裁は7・17三里塚闘争50周年・東京集会の直後の7月21日に上告棄却の決定を下す政治的判決を行った。司法権力を使った拠点破壊を許さない」とアピール。

 横堀団結小屋維持会は、横堀現闘本部が反対同盟と支援の活動拠点であった歴史をふり返り、空港会社による数々の暴力的通行破壊、鉄板囲い込みの犯罪を糾弾した。

 抗議行動後、横堀大鉄塔に移動し、鉄塔中段から鉄板で囲まれた横堀現闘本部、空港誘導路などを視認し、今後の闘いの方向性を検討した。

(Y)

報告/8.13 2016 平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動

配信/ヤスクニ 8月13日、「2016 平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動―戦争法の時代と東アジア」(主催:実行委員会)が韓国YMCA・スペースYで行われ、350人が参加した。

 キャンドル行動実は、2006年に結成し、「①靖国神社の歴史認識が、再び戦争のできる国へと右旋回する日本の現状と直結している。 ②韓国・台湾・沖縄・日本の遺族に断りもなく合祀していることは許さない。 ③首相の靖国参拝は憲法が定めた政教分離原則に違反する。 これらの点を「ヤスクニの闇」として切り結ぶ共同行動に取り組みます」を確認し、これまで毎年夏に「一人一人がキャンドルの灯をともし、ヤスクニに象徴される日本の闇を照らしながら、 日本・アジア、そして世界の平和実現のために行動」してきた。共同代表は、今村嗣夫、内田雅敏、金城実、東海林勤、菅原龍憲、鈴木伶子、辻子実、徐 勝、新倉修、服部良一、高金素梅、蕭惠美、史亞山、陳政宗、李海学、李錫兌、李熙子さん。

 安倍政権は、11月に陸上自衛隊を南スーダンに国連平和維持活動(PKO)として派兵する。3月に戦争法施行を強行し、交代部隊に「駆け付け警護」と、他国軍と共同で拠点を守る「宿営地の共同防護」の任務を付与し、「人を殺し、殺される」軍隊の構築に向けて派遣準備命令を出し、訓練を開始する。改憲を射程にして沖縄・辺野古新基地と高江ヘリパッド建設反対運動に弾圧し、グローバル戦争の参戦化にむけて日米安保体制のレベルアップに着手している。

 この事態に対して実行委は、「『戦死者』が出る可能性も排除できません。その時に、必ず、「戦死者」の追悼、顕彰を許し、さらに自衛隊の「海外任務」拡大への道を歩ませるか、それとも、自衛隊にそのような任務を強いた責任を追及し、戦争法発動に対する批判世論を形成するのか、が問われてきます」と設定し、戦争賛美の靖国神社の利用を許さず、改憲と戦争反対運動の強化にむけて集会とデモを行った。

 開催あいさつが今村嗣夫さんから行われ、「自衛官や予備自衛官が戦死した場合の処遇はどうするか、ヤスクニに合祀するのか―それは法律で定まっていない。しかし、安倍首相や靖国神社を参拝する国会議員たちは、今後、相当の時間をかけて、これまでの九条の平和主義の精神を立て直し、戦争のできる国の国民にすることにある。平和憲法改正を目指す権力に、とことん抵抗するキャンドル行動を力強く推し進めよう」と訴えた。

 シンポジウム「戦争法の時代と東アジア―『戦死者』とヤスクニ―」では、以下のように報告された。

 高橋哲哉さん(東京大学)は、「安保法制から安保体制へ 安倍政権下の日本で問われること」というテーマから「安保解消の運動は、沖縄の闘いにおんぶするのではなく、本土でこそ勝負して、決着をつけなればならない。日米安保体制は、朝鮮戦争休戦以来、一貫して朝鮮半島有事に向けた軍事同盟であり、東アジアに対する米軍支配のための体制だ。日本の政治と市民運動は、日本国憲法九条を堅持し、歴史問題・領土問題等の懸案を、徹底して平和的な手段で、粘り強い対話と外交を通して解決するよう努力しなければならない」と強調した。

 金敏喆さん(韓国民族問題研究所責任研究員)は、「揺れ動く東北アジア、米日韓国軍事同盟体制」を提起。とりわけ「靖国問題解決のための一つの実践として国際化戦略」について提示し、「人権というキーワードを中心に、国際的な世論をつくる実践を一緒に行っていこう」と呼びかけた。

 新垣毅さん(琉球新報東京支局報道部長)は、「戦争法下の沖縄―踏みにじられる琉球の自己決定権)」というテーマから①沖縄の植民地化と自己決定権②自己決定権と新安保体制③沖縄の論理と東アジアの平和―を報告。

 さらに「自ら東アジアの平和構想と基地返還行動計画を策定し、それに伴う国際機関立地などの軍事基地の跡地利用を提起すれば、日本国のみならず、国際社会から理解を得る『道義』は十分ある。それには、自己決定権の拡大が不可欠だ。辺野古新基地建設阻止は、その第一歩だ」と訴えた。

 被害者証言では、山本博樹さん(日本)、朴南順さん(韓国)、李熙子さん(韓国)から靖国神社や日本政府を厳しく批判した。

 連帯あいさつとして日本軍「慰安婦」問題解決全国行動、戦争をさせない1000人委員会、日本国際ボランティアセンター、沖縄・一坪反戦地主会関東ブロックからアピール。

 コンサートでは、ソン・ビョンヒさん、イ・ジョンヨルさんが熱唱。

 閉会あいさつが徐勝さん(共同代表)から行われ、キャンドル行動の成果と安倍政権を糾弾した。

 集会終了後、参加者はキャンドルを持って靖国神社に向けてデモに移った。九段下交差点で「戦争のための靖国神社反対!憲法改悪反対!」のシュプレヒコールを響かせた。

 天皇主義右翼は、デモ隊の妨害のために体当たりを繰り返してきた。デモ隊は、挑発に乗らず最後まで整然と行われた。

(Y)

報告:6.26三里塚―東峰現地行動

26三里塚デモ 6月26日、三里塚空港に反対する連絡会は、「飛行制限時間緩和を許さない! 成田空港『第3滑走路』計画を撤回せよ! 横堀現闘本部裁判最高裁で勝利判決を! 反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対! TPP反対!」のスローガンを掲げ東峰現地行動を行い、40人が参加した。

 前段集会を旧東峰共同出荷場跡で行い、山崎宏さん(横堀地区/労闘―労活評現闘)が現地状況について次のように報告した。

 「国土交通省、成田国際空港会社は一体となって2030年までに第三滑走路を作るという計画案を出してきた。これまでの空港反対運動の歴史を無視して、空港拡大を推進する計画だ。成田市、芝山町は、地元住民有志という形で第三滑走路の誘致を進める組織ができ、運動を展開している。報道によれば芝山町北側に3500㍍クラスの滑走路を作ろうということが有力視されている。芝山町、多古町、横芝光町などはさらに騒音が拡大する。しかし芝山町は、自分たちの利害をかけて必死になって第三滑走路誘致活動を行っている」。

 「2020年東京オリンピックを通して旅客増加が見込まれると称して夜間の飛行制限時間の緩和への動きが出ている。成田市などの推進派に要望を出させながら、政府・空港会社はこれを梃子に夜間飛行制限時間を緩和しようとしている。現在でも早朝六時から夜一一時までは飛行し、住民の生活はギリギリのところにある。それをさらに制限時間を緩和して、もっと早朝、深夜まで飛行させようと策動している。かつて平行滑走路が作られる時、サッカーワールドカップに向けて旅客増が見込まれるからと滑走路拡大計画を掲げ、平行滑走路運用を強行した。スポーツイベントを利用しながら空港拡大をねらう、同じ手口を繰り返している」。

 「政府は事業認定を取り下げて土地の強制収用ができないが、裁判を通じて農民から土地を奪う、一坪共有地の解消を図ってきている。シンポ・円卓会議で『強制的手段を行わない。住民と話し合って解決する』と確認してきたにもかかわらず、みんな反古にして一方的に権力を行使し空港拡張を行ってきた。このような攻撃を許さず、地元住民と連帯してともに闘っていこう。今後も闘いの地平を譲らず、空港絶対反対、空港拡張を許さない闘いを進めていこう」。

 平野靖識さん(東峰地区/三里塚らっきょう工場)は、三里塚闘争50年を迎え、新たな闘いに向けて決意表明を行った

 「らっきょう工場は、木々に囲まれ、騒音はうるさいが真夏でも涼しい。50年闘い続けると、若かった木々も育った。人が住み続け、土地を守ることがとても大切だ。私は三里塚に空港建設の閣議決定(1966年7月3日)後、支援として参加した。戸村一作委員長を訪問し、4000㍍滑走路計画の北側にあった駒井野に入った。第一次代執行阻止を闘い、取香の小泉よねさん宅の代執行前に別件で逮捕され、拘置房内に連れていかれ、9・16東峰十字路事件を知った。警察の弾圧は現地の若い人たちに繰り返し強行された。この闘いは、長期戦になると実感していった」。

 「彼等は、農業を見直し、1972年あたりから東峰で有機農業を取り組み始めた。国が進める化学肥料を使う大規模農業では土地が痩せ、機械化貧乏が膨らんでいったからだ。このような農業は間違いではないかと反省した。また、沖縄、水俣、三里塚が反権力の砦だったが、チッソが作る農薬で農業を行うことを拒否した。現在、反対同盟は3つに分裂しているが、空港反対闘争をしっかりと闘い続けているのは、近代化農法を拒絶し、有機農法を取り組んだ人たちが、今もなお空港に対して異議申し立てを続けている」。

 「シンポジウム・円卓会議によって国は、力ずくで空港を作っていくやり方に対して民主主義的ではなかったと公に謝罪した。収用裁決申請を全て取り下げた。三里塚物産の土地、島村家の土地、用地内の反対派の土地は強制収用の対象外となった。しかし、その後、ことごとく裏切り、現在、農地法の不当な解釈によって天神峰地区の市東孝雄さんの土地が奪われようとしている。闘いの拠点をしっかりと守りながら、これから先の闘いを続けていきたい。50周年ということで7月17日に東京で集会が行われる。皆さんとともにお会いしたい」。

 田んぼくらぶの仲間から所用で参加できない石井紀子さん(成田市川上)からのメッセージが読み上げられた。

 「7月17日の反対同盟50周年の集会には、私も参加した80年代の若い嫁たちの運動を話したいと思います。86年の東峰裁判判決の前後、青年行動隊の妻たちと支援の女性たちの裁判支援から始まった運動がありました。

 三里塚の女性たちというと婦人行動隊のおばさんたちが浮かぶと思いますが、一時期若い女たちも頑張っていたものです。

 辺田・浅川・中谷津・東・宿・岩山・東峰・三里塚と広範囲に渡る青行の妻たちが自分の夫にかかわることなので皆、立ち上がり、家族会を作って団結したのです。家族会ニュースを発行し、駅頭でビラを撒き、じゃがいもを配り、保釈金の足しにとキムチを漬け、田植えをし果ては日比谷公会堂で集団劇までやりました。この『家族会と支える女たち』の活動をずっと写真に撮ってくれた人がいます。今は映画監督になった島田恵さんです。石井家に住み込んで生活を共にする中で私や他のみんなの飾らない素顔を撮られました。

 ずっと私が持っていましたが、17日に公開しようと思います。みんな若くて一生懸命で輝いていたこの時期の写真をぜひ見に来て下さい。17日に会場でお会いしましょう! 石井紀子」。

 根本博さん(泉州沖に空港を作らせない住民連絡会)は、「空港問題は、国のウソとデマによって進めてきた共通なところがある」と指摘し、「関西空港も需要が伸び、経済も大きくなると言われてきた。結局、需要は伸びず、開港20年にしても1兆円以上の借金が残っている。関西空港ができる前提であった14万回着陸さえカバーできていない。航空需要は、時の経済情勢によって左右され、うなぎ登りで伸びることはない。日本人の需要は、ここ3年で減っている。1兆円の借金を減らすために空港運営権を売却したりなどで覆い隠そうとしている。環境破壊、兵站のための空港の軍事化を許さず空港建設のねらいを暴き出しながら闘っていきたい」と発言した。

 集会後、開拓道路に向けてデモに移った。開拓道路に到着後、B滑走路にむけて「三里塚空港粉砕!農民追い出しを許さないぞ!」のシュプレヒコールを響かせた。

 デモ後、旧東峰共同出荷場跡で交流会を行い、参加者から今後の三里塚闘争の方向性の問題提起、論議などを深めていった。

(Y)

「怒りは限界を超えた」~ 沖縄県民大会(2016年6月19日)フォトレポート

みなさん。

たいへんご無沙汰していました。6.19県民大会の様子を写真でお届けします。

名称は「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾!被害者を追悼し海兵隊の撤退を求める県民大会」。当初の目標は5万人でしたが、参加者は主催者発表によると6万5千人でした。会場となった奥武山陸上競技場のトラックの内側の芝生部分だけでなく、トラックの外側の木陰を中心に人々が密集しました。何年か前の読谷の10万人集会に劣らない迫力でした。沖縄の人々の悲しみ、怒りの意思表示はとどめようなくあふれ出しています。

自民・公明・維新は参加しませんでした。そして自分たちが参加しなかったから、超党派でなく一部の勢力による集会だと理屈をこね、県民大会の意義を低めようとしています。彼らは沖縄の太く大きな民意の黒潮のような流れから脱落したのです。たとえ現在いくつかの議席を県議会に占めていたとしても、今後の県民の自立に向けた歩みの妨害物にしかならないでしょうし、県民の多数から振り向かれなくなるでしょう。


①2016.6.19 県民大会。集会開始は午後2時。正午過ぎからのぼりを持って集まりだしました。
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②2016.6.19 県民大会。どこかの取材陣でしょう。初めから終わりまでクレーンの上で撮影していました。お疲れさま。
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③2016.6.19 県民大会。梅雨もあけて真夏の太陽の光がさんさんと降り注ぐ中、じっと我慢です。追悼の意を表すため何か黒いものを身につけるよう事前に連絡がありました。黒のかりゆし、ズボン、帽子、それから黒い傘も目に付きました。
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④2016.6.19 県民大会。集会は古謝美佐子さんの「童神~天の子守歌」のあと、黙祷。
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⑤2016.6.19 県民大会。この頃には会場はぎっしりです。主催者を代表して、オール沖縄会議の4人の共同代表(稲嶺進名護市長、呉屋守将金秀グループ会長、高里鈴代基地・軍隊を許さない行動する女たちの会代表、シールズ琉球の玉城愛さん)が発言しました。
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⑥2016.6.19 県民大会。トラックの外側の木陰に集まっている人々。
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⑦2016.6.19 県民大会。トラックの外側の木陰に集まっている人々。
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⑧県民大会。トラックの外側の木陰に集まっている人々。若者のメッセージはシールズ琉球の4人が行ないました。
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⑨2016.6.19 県民大会。全員でプラカードを掲げてアピール。「海兵隊は撤退を」
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⑩2016.6.19 県民大会。全員でプラカードを掲げてアピール。「怒りは限界を越えた」
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⑪2016.6.19 県民大会。外側の木陰の人々も並んでアピール。
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⑫2016.6.19 県民大会。年配の人々ともに、子供連れ、家族連れ、若いカップルが多く目に付きました。
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⑬2016.6.19 県民大会。子どもや孫たちに平和で安全な沖縄を伝えたいとの思いなのでしょう。
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⑭2016.6.19 県民大会。琉球新報、沖縄タイムスはさっそく号外を出し配ります。新報、タイムスとも3万部の号外を刷ったそうです。
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⑮2016.6.19 県民大会。テレビ取材の中継車。東京のテレビ局もたくさんいました。取材のヘリコプターは合計5機、上空を飛んでいました。騒音が気になりました。
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⑯2016.6.19 県民大会。各地から大型バスをチャーターして結集しました。集会が終わっても混雑してなかなか全員が戻ってきません。待機中です。
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⑰2016.6.19 県民大会。私たちが乗ったしまぐるみ八重瀬の会のバス。定員54人満席でした。
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なお、県民大会を報道した琉球新報を入手希望の方はご連絡ください。
沖縄の新聞はすごいですよ。一読の価値アリ。

O・Y

沖縄情報(2016年5月15日)

みなさん

沖縄情報を二つお届けします。

その1 5.15平和行進のニュースです。

①5.12 平和行進全国結団式。700人集まりました。山城博治平和運動センター議長が発言しています。
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②5.13キャンプシュワブゲート前テント。座り込み677日。
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③行進に先立ち決起集会。第1ゲートの前で行進出発式をしました。黄色の旗は30人参加した韓国からの訪問団のもの。
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④5.13 発言しているのは韓国訪問団のキム・ヨンハンさん。赤い服と赤のクバ傘は高里鈴代さん
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⑤東コースの行進。山城博治さんも行進。キャンプ・シュワブからキャンプ・ハンセン、嘉手納基地を回ります。
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⑥辺野古集落の国道をゆっくり行進。台湾からの参加者もいます。
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⑦韓国からの代表団は30人が参加。横断幕を手に行進。基地村の女性保護の活動をしている団体や米軍の犯罪をなくそうとしている団体などが参加しました。
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⑧会場の新都心公園は人並みでぎっしりと埋まりました。ここは元は米軍基地(マチナト住宅地区)、その前はシュガーローフに代表される日米の激戦地。復帰後返還され、沖縄の新しい顔として姿を変えました。
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⑨5.15右翼の街頭宣伝車が5~6台。最近右翼の活動が盛んです。体制が危機に陥っている証しなのでしょう。
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⑩チェジュ道のカンジョン村から婦人会会長はあいさつ。カン・ムンシンさん「ともに集い、共に歩き、共に叫ぼう!沖縄の平和!カンジョンの平和!」
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⑪チェジュ道からの参加者も横断幕と共に参加。「軍事基地のない東アジアの平和のため連帯しましょう」
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⑫東、西、南の各代表が壇上に上がり平和行進の総括。暑い中、たいへんお疲れさまでした。
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【沖縄】東村高江現地緊急集会(4月27日)

みなさん、お久しぶりです。


この間の動きを少しまとめてお伝えします。

 

まず、427日、東村高江現地で開かれた緊急集会の様子です。

    7時からの集会は、防衛局のテント・車撤去の恐れがあるということで、緊急に開かれました。
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発言をしているのは、高江ヘリパッド建設反対現地行動連絡会の間島孝彦さん。
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ヘリパッド反対住民の会の伊佐真次さん。逮捕・裁判にもめげず、10年近く闘い続けています。前回の選挙で、東村議会議員に当選しました。
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広島の被爆者、米澤鉄志さんも参加しました。『ぼくは満員電車で原爆を浴びた』の米澤さんは「戦争で地獄を見た広島、長崎、沖縄はつながっている」と、辺野古、高江で連帯を訴えています。
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⑤ 国頭村島ぐるみの人々。この日は北部の国頭、大宜味、東の
3村の島ぐるみが結集しました。
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⑥ 大宜味村島ぐるみの人々。マイクを握っているのは平良啓子さん。沖縄戦で、アメリカの潜水艦の魚雷攻撃に
より沈んだ学童疎開船・対馬丸の生き残り生存者のひとり。証言活動を続けています。
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⑦ ベトナム友好協会の人々もバスツアーで参加しました。
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⑧ 車の隣のトタンの塀の向こうに、ヘリパッド建設予定地の
N1に至る道があります。6月まではノグチゲラなど営巣活動の保護のために重機を使った大掛かりな工事はできませんが、防衛局はその後行動に出てくるでしょう。県道の管理者である県を使って、テントや車の撤去をさせようと画策しています。
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O・Y

 

報告 : 沖縄ツアー(4月8日~10日)キャンプ・シュワブゲート前デモと沖縄戦跡地めぐり

IMG_1062  実体験することの重要性

  新時代社呼びかけで、四月八日~一五日まで、沖縄現地闘争参加ツアーを組み、五人の仲間が参加した。四月八日~一〇日について報告する。

  那覇空港に着くと軍民共用のため航空自衛隊のF15戦闘機など軍用機が目に入った。しょっぱなから「沖縄の現実」が突きつけられた。空港には沖縄のAさん、Bさんが迎えに来てくれた。トヨタのハイブリッド車をレンタル。運転経験があるというので、私が運転することにした。しかし、マニュアル車を月一回運転するのみという私にとって、オートマ車の最新式を運転するということで、インターネットで運転の仕方を調べておいたが不安と緊張でいっぱいだった。

 スーパーイオンで今後の打ち合わせをした。するとCさんが三〇年前に運送の仕事をしていたことが明らかになり、一一日以降は彼が運転することになった。私はすぐにここから彼に運転を交代してもらった。運転技術は私をはるかに上回り上手であった。しかし、彼は最新のハイブリッド車の扱いをまったく分からなかった。

 Bさんから名護行きの高速に乗るように言われて別れたが、カーナビがうまく作動することができず、高速の乗る場所を過ぎて迷ってしまった。交番で入り口を聞き引き返した。この時、すでに雨が降り始め暗くなっていた。何とか入り口を見つけて入ったがそれが名護に向かっているのか確認できなかった。しばらく走って、名護方向と分かり一安心した。それから雨が激しくなった。ワイパーを使おうとしたが手で固定していないと数回動いて止まってしまう。いろいろやってみたが操作が分からない。危ない走行が続いた。ドライブインで車を止めて操作を確認すると下側に動かすことができ連続して動きだした。

 Aさんと合流し、「辺野古の家」についた。「辺野古の家」には先に利用する男女がいた。相変わらず夜は雷も鳴り激しい雨が降り続いた。
 
2日目
 
 朝、コンビニに行き朝食。「辺野古の家」に寄ってキャンプ・シュワブゲート前に行こうとしたが、「辺野古の家」近くまで来ているのに、車でぐるぐる回ってみたが分からない。結局下りて、カラオケ店の店を聞き、すぐ近くであることが分かった。ゲート前から八分くらいの所であるが、この一帯はかつてスナックやバーがたくさんあったようで、今は廃屋になったふるぼけた建物の外にペンキの薄い店名を表わしたローマ字が見える。また、たくさんの空き地が目立つ。新基地をこの地を選んだ理由が分かるようだ。原発立地がそうであったように。

IMG_1064 徒歩でゲート前へ。テントがずらりと並び、旗がなびいていた。キャンプを囲む金網には機動隊の暴力的な弾圧を示す写真や辺野古新基地建設反対のスローガンを書いた横断幕が張ってあった。座り込みは六四三日目だ。朝から雨ということもあり、テントに集まった人数は三〇人ぐらい。九時半過ぎからゲート正門前でシュプレヒコールとデモを繰り返した。

 その後、参加者による集会が行われた。この日の行動のリーダーが「東京から派遣された機動隊は帰った。制限区域内のフロートが一部撤去されている。工事用機械のレンタル料は一日数十万円もかかり、人件費も必要だ。こんな無駄な税金の使われ方はない。和解というなら、工事前にすべて戻せ」と訴えた。うるまの九条の会代表、国公労(平和運動センター)の方、千葉から来た年金者組合の方、北谷からきた元高校教員、茨城の辺野古ブルーのメンバー、稲嶺市政を支える女性の会などがアピールした。そして、東京から私たちから連帯のあいさつをした。

 午後二時から、辺野古総合大学(生きる力を与える、闘いの日に備えて。キャンプ・シュワブゲート前集会場にて。4月5日~4月30日、午後2時から3時まで)が開かれた。今回は「基地と経済」と題して前泊博盛さん(沖縄国際大学教授)が講演し、一二〇人が集まった。前泊さんは琉球新報に勤めた後、大学教員になったというだけあって話がうまい。

 米軍機の事故は、嘉手納基地が四四九件なのに普天間基地は一五件である。嘉手納の方がより危険だ。危険の除去というなら、まず嘉手納基地の閉鎖を行うことだ。基地内にあるプール、野球場、テニスコート、映画館などを民間活用すべきだ。普天間基地の閉鎖と辺野古新基地建設はまったく別の問題で、新たな巨大な基地建設は新たな危険を作り出すものでありえないと断言した。

 前泊さんは嘉手納基地の二本の滑走路のうち一本を民間に開放して軍民共用してはどうかと提案した。それに対して、質疑の中で、嘉手納爆音と闘っている女性が「基地撤去に向けた闘いのひとつとしてそういう要求の仕方もあるかもしれないが、軍用機でも民間機でも爆音は変わらない。基地はいらない」と語った。また、別の男性は嘉手納基地撤去闘争の重要性が分かった。来週金曜日から嘉手納基地撤去のために座り込みをしたいと発言した。

 講演後、沖縄のDさんの案内で嘉手納基地が見える展望台と読谷にあるチビチリガマを見に行った。嘉手納基地は広大であったが戦闘機は一機も見えなかった。 いくつも格納庫が開いていたので飛び立っているものと思われる。夕方五時をまわり小雨も降っていたので暗くなっていた。チビチリガマは目印が小さくて何度も捜すこととなった。三里塚闘争に何回も参加して訴えていた金城実さん(彫刻家)の制作した慰霊のモニュメントがあり、言葉が残されていた。Dさんが経過を説明してくれた。

 「米軍が四月一日に読谷の海岸から上陸を開始した。中国戦線で住民を虐殺した日本軍を知っていた看護師が『米軍に捕まったら強かんなどひどいことをされる』と話した。そこに米軍が攻めてきた。ガマに逃げ込んだ住民は子どもを殺し、自らも命を絶っていった。一四〇人のうち八三人が亡くなった。この事実は三〇数年後になってやっと明らかになった」。なんとむごい話だ。

 夕食の食材は金秀スーパーで買った。金秀は翁長県政を支える有力企業で、利益の一%を辺野古闘争のためにカンパしているという。夕食を取りながら、先客の二人と交流した。原発の話やカヌー隊の攻防の話で盛り上がった。この夜から朝方にかけて猛烈な雨と雷があり、稲妻と雷の落ちる音で不安な夜を過ごした。

3日目

 Aさんに案内してもらい、南部の摩文仁の丘にある平和祈念の公園、資料館、平和の礎に行った。まず駐車場について、目についたのは大きな韓国人慰霊塔公園と書かれた石塔であった。一万人とも言われる強制連行されて犠牲となった韓国人たちを慰霊するものだ。当時の朴正熙大統領によって建てられた。韓国各地から石を持ち寄って、韓国式の大きな円墳が作られた。

IMG_1073 その後、平和資料館の常設館に入り、沖縄戦のビデオや写真、再現したガマを見て回った。すごい迫力で、沖縄戦の姿が浮かび上がり、ガマの再現の前では体がすくんだ。展望台に上ると海や平和の礎が一望できた。平和の礎には沖縄戦で亡くなったすべての人の名前が刻まれていた。かつて平和の火が灯されていた噴水場の敷地には東アジアの地図が示されていた。平和のアジアをめざす願いが込められているという。それから、師範学校の教員・生徒たちが亡くなった健児の碑を見た。

 そして数キロ先の轟の壕に、ヘルメットをつけて入った。一昨日からの雨で、ガマを下りていくと川の水が濁流となり、激しく流れていた。滑って川に落ちれば命が危ないと思われるような所であった。こんな深いガマに八〇〇人から千人もの住民が逃げてきた。食料がなく、赤ちゃんから先に死んでいった。日本兵がガマの入り口に陣取って、住民が逃げないようにしていたという。たまたま一人の住民が川を泳ぎ外に出て、米兵にガマにいるのはほとんどが住民であることを伝え、ウチナーグチで出てくるように呼びかけると住民は安心して、投降して命が助かった。

 今回の沖縄の旅は辺野古基地建設問題と沖縄戦という歴史をこの目で、肌で感じることができる貴重なものであった。案内役をしていただいたAさん、Bさん、Dさんに感謝したい。

(M)

4・6キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前緊急県民抗議集会(沖縄情報2016年4月6日)


たいへんご無沙汰しています。「沖縄情報」をお伝えします。

4月6日の動きです。

①2016.4.6 キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前  米軍の横暴・弾圧を許さない緊急県民抗議集会。緊急の呼び掛けにもかかわらず、数百人の人々が結集した。
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②2016.4.6 キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前  ゲートを封鎖。米軍車両の出入は完全にストップ。
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③2016.4.6 キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前  座り込みの向こう、基地の中に翻る星条旗と日の丸。
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④2016.4.6 キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前  ずらりと並んだ軍警備員。「車が通ります。道を開けてください。歩道に上がってください」と集会の間中、マイクで叫び続けていた。
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⑤2016.4.6 キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前  並んで翻る星条旗と日の丸が現在の基地の島・沖縄を象徴しています。
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⑥2016.4.6 キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前  「米軍は謝罪しろ」。不当な拘束を繰り返す米軍を糾弾!
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⑦2016.4.6 キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前  発言する目取真俊さん。右横は山城博治沖縄平和センター議長。
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⑧2016.4.6 キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前  集会も終わりに近づいた時、機動隊が排除を始める。
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⑨2016.4.6 キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前  ゲート前は大混乱。
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⑩2016.4.6 キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前  この車1台を通すために20分かかった。この車には基地の司令官が乗っていたとのこと。
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⑪2016.4.6 キャンプ・フォスター米軍司令部ゲート前  米軍は後に6~7人並んで監視。抗議行動に対する前面に立つのは県警や民間人ガードマン。
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⑫2016.4.6 普天間上空  住宅の上、変換モードのオスプレイ。プロペラが斜めになっています。「変換は住宅上空では可能な限りしない」との言葉は空約束です。
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⑬2016.4.6 普天間上空  ヘリモードになって、普天間基地へ。
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引き続き、この間の情報をお送りします。

O・Y

報告:2.11反「紀元節」行動

配信:反「紀元節」行動 2月11日、安倍戦争国家と天皇制を問う2・11反「紀元節」行動実行委員会は、神宮前穏田区民会館で集会を行い、100人以上が参加した。

 安倍首相は、2月11日の「建国記念の日」を迎えると称して「環境の変化に適応しつつ、今日の尊い平和と繁栄を守り、素晴らしい伝統を子や孫の世代に引き渡していく大きな責任がある」というメッセージを発し、グローバル派兵国家建設に邁進していくことを再確認した。

 連動して天皇主義の日本会議や神社本庁は、明治神宮会館で「日本の建国を祝う会」を行い、「できるだけ早く政府主催の式典を開催して、国を愛する心を育てるべきだ」と要求し、「5月には三重県の伊勢志摩でサミットが開催され、世界に向けて日本のすばらしい精神性を発信する絶好の機会となる。誇りある国づくりへ向けて一層力を尽くすことを誓う」などと決議し、憲法改悪と軍拡路線を担う先兵として意志一致した。すでに「美しい日本の憲法をつくる国民の会」を作り、憲法改悪にむけた1000万人署名を開始している。草の根で改憲勢力を広げ、参議院選挙に向けた事前運動を行っている。

 安倍政権と右派勢力による改憲、戦争国家作りを補完する天皇制の解体を掲げ、天皇神話と賛美の日として位置づける「建国記念の日」(紀元節)反対行動を取り組んだ。

 集会は実行委の基調提起から始まり、①2・11と右派の動向②天皇のフィリピン訪問と安倍政権③国家の軍事化と社会の軍事化について批判した。

 さらに天皇制は新たな戦死者追悼の装置へと強化され、皇室外交は5月の伊勢志摩サミットにおいても繰り広げることを糾弾し、「天皇は政治利用されるために存在している。政策を円滑に進めるために『非政治的・権威的』存在として機能している。政策を遂行する政権と、政権と一体のものとしてある天皇制にNOの声をあげていこう」と訴えた。

 須永守さん(近現代史研究)は、「戦争国家と天皇の『慰霊』―『戦没者』における受難と貢献」というテーマで問題提起した(別掲)。

 連帯アピールが「日の丸・君が代」の法制化と強制に反対する神奈川の会、福島原発事故緊急会議、「3・1朝鮮独立運動89周年 今こそ日朝正常化を!日韓民衆連帯集会」、 STOP!辺野古埋め立てキャンペーン、有事立法・治安弾圧を許すな!北部集会実行委員会、「3・11天皇出席の震災追悼式典―全国一斉黙祷反対!集会・デモ」実行委から行われた。

 集会終了後、デモに移り、渋谷一帯にわたって「建国記念の日反対!天皇解体!安倍政権打倒!」のシュプレヒコールを響き渡らせた。

 なお警察・機動隊は、デモに対して不当な規制を繰り返した。とりわけデモ最後尾に対して盾を使って押し続けたり、参加者の腕を掴んで妨害した。警察・機動隊のデモ破壊を断固糾弾する。

(Y)


須永守さん(近現代史研究)講演要旨

 「平和を願い、戦争を批判する」天皇像がどのように作られてきたのか。天皇の戦地慰霊の旅がメディアで大きく取り上げられ、イメージが作り上げられてきた。天皇の発言は、あらゆる戦争責任の問題を排除することによって、犠牲者の記憶を継承し、日々を暮らしていきたいというコメントが繰り返されている。

 そこには戦没者遺族の共感(犠牲=受難者)と戦争の上に築かれた平和(犠牲=貢献)という構図を共通して語る。受難と貢献を分離せず、国のために死んだ戦没者の遺志を受け継ごうという国家への貢献の側面を賛美し、同時に、それを批判することは戦死した受難を冒涜するのかという批判に誘導してきた。そのために戦争責任、戦後責任への問いかけが回避されて続けている。「平和の象徴」としての天皇と戦没者遺族運動は相互補完的に形成されてきた。

 戦争犠牲者遺族同盟が結成(1946・6)されたが男性遺族によって分裂に追い込まれ、挫折する。日本遺族厚生連盟(1947・11)が結成され、全国組織化に際して天皇・皇后の拝謁が行われた。戦没者の遺志を受け継ぎ、戦後日本を支えようと意志一致していった。のちに日本遺族会へと受け継がれた。

 占領軍(GHQ)は、戦没者遺族運動の戦没者再評価に対して軍国主義の復活だとして認めなかった。だから遺族会は、国家の犠牲者という受難者を強調した。1952年の独立によってGHQの統制がなくなり、戦没者の再評価運動に転換していく。全国戦没者追悼式(1952・5)で戦没者は戦後日本と平和の礎であると位置づけた。つまり、受難者の状態から貢献者として確認した。天皇は、戦没者への同情、受難への同情、遺族への同情を表明することによって共感する役割を担い、可視化した。この構図がその後の流れを作っていった。

 このように 反戦平和運動の分断・解体は、戦没者遺族運動が担う戦没者の扱いについての問題が密接に関わっている。戦没者の犠牲という論理の中に受難的側面と貢献的側面が存在し、そのことによって批判を避け、戦争を肯定する側面が現れた。

 今日、安倍政権は、積極的平和主義を掲げ、「平和」をキーワードにして改憲・軍国主義へとひた走っている。新たな戦死者、戦没者に対して賞賛していくことが想定できる。「平和の象徴の天皇」、「安倍の暴走の歯止め」と思わせることが天皇制の役割だ。安倍は、戦没者の貢献を積極的に顕彰し、天皇は戦没者や遺族の受難の側面を再確認し、可視化する役割を担っている。戦没者再生産への加担だ。安倍政権と天皇制の相互補完的役割分担の危険性に注意し、批判していこう。

本日の辺野古(2016年1月28日)

沖縄情報をお届けします。

今日のキャンプ・シュワーブゲート前の様子です。

昨日の水曜日は、早朝からの大動員で午前中は機動隊の投入がなく、工事車両の進入もありませんでしたが、座り込みが手薄になった午後3時過ぎから機動隊による強制排除が行なわれました。

今日も午前中は手出しできませんでしたが、午後1時になって機動隊が投入されました。


①防衛局の職員が「ブロックを積まないで下さい。かたずけてください」と叫び続けている。

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②ブロックの上と前に座り込む。

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③午後1時過ぎに機動隊が投入され、座り込みの前に立ちはだかる。

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④強制排除が始まった。

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⑤人を排除した後は、ブロックの移動。排除に要した時間は計25分。

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⑥機動隊が運んだブロックは装甲車の横にきれいに並べられた。

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⑦全員のバケツリレーで再びブロックをゲート前に前よりもさらに高く積み上げる。

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⑧道路の向かい側から見ると、こんな感じ。

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⑨今日は、座り込み開始から571日目。闘いは勝つまで続く。

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今日の強制排除はこの1回のみ。通過したのは、ジャリを半分ほど積んだダンプ2台だけ。彼らがやっていることは、座り込みを排除して工事を進めているということをアピールするためのポーズ。

工事は進んでいない。

O・Y

本日の辺野古(2016年1月14日)

「沖縄情報」をお届けします。
以下、1月14日の辺野古現場の報告です。

①朝6時半、座り込み開始から557日
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②座り込みの前に立ちはだかる警官隊6時55分
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③ゲート前に座り込んだ人々(2016.1.14 6時59分)
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④午前7時、ゲート前の座り込みに警官隊が襲い掛かろうとする。
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⑤座り込みの強制排除が始まった。7時15分頃
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⑥資材車両通過の後、再びゲート前に座り込む。午前8時前
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⑦午前11時前、ジャリをつんだダンプが基地内に進入
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⑧午前11時前、警視庁機動隊に守られ基地に入るトレーラー
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13日(水)は300人結集。警官隊も出動せず車両通過・資材搬入を阻止。

14日(木)は380人結集したが、警視庁機動隊をはじめ警官隊が導入され、1時間近くの激しい攻防ののち、作業員を乗せた車両が進入。11時ごろになって砂利を積んだダンプとトレーラーが、警視庁機動隊に守られ、基地内に入った。

O・Y

報告:12.27 「辺野古に行くな第4機動隊」抗議行動

IMG_1774 暮れも押し詰まった一二月二七日の日曜日、立川自衛隊監視テント村など「砂川祭り実行委員会」の呼びかけで、「辺野古に行くな!第4機動隊!」抗議アクションが行われた。

 沖縄・辺野古の新基地建設反対運動に対して、全国各地から警察・機動隊が派遣され、座り込みへの暴力的排除・弾圧が強行されている。その構図は一八七九年の「琉球処分」にあたって日本への併合の尖兵となった「天皇の軍隊」と似通っていると評されるほどだ。東京・警視庁の第4機動隊も沖縄に派遣され、キャンプシュワブゲート前で沖縄の労働者市民をはじめとする座り込み行動への排除の先頭に立っている。

 派遣された警視庁機動隊は年末に戻ってきたが、年明けにはまた沖縄にローテーション派遣される、ということだ。

 この日の行動は、立川 市の第4機動隊に向けて「沖縄に行くな、弾圧ヤメロ」の抗議の声を届ける行動として呼びかけられた。第4機動隊前に集まった立川、三多摩地区を中心にした労働者、市民は一二〇人。第4機動隊の施設に向けて「辺野古の闘いへの暴力をやめろ」「機動隊は仕事をさぼれ」などのシュプレヒコールと呼びかけ、歌や、スピーチが行われた。マリリン・モンロー、ジミー・ヘンドリクス、エルビス・プレスリーやダグラス・マッカーサーに扮した「米国人四人組」からのあいさつというパフォーマンス、歌での呼びかけなども行われた。

 この訴えは、確実に沖縄に派遣される機動隊員にも届いたはずだ。立川や三多摩の仲間たちは、辺野古現地の闘いにかけつけるとともに、地域住民に対して沖縄の闘いと結びつく創意的な行動をさらに大きく広げていこうとしている。

(K)

本日の辺野古(2016年1月1日)

新年おめでとうございます。


沖縄・辺野古も新年を迎えました。


元旦の日の出に合わせて、一年の闘いの決意を新たにする「初興し」が辺野古の浜で
行なわれ、700人参加しました。

 

1.辺野古の浜で、2016年正月の年初め

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2.40人のかぎやで風

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3.辺野古の海に初日の出

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4.フェンスの向こうの米軍基地のビーチは、水陸両用戦車のタイヤの跡

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5.米海兵隊のフェンスに掲げられた横断幕

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6.日が昇り、浜にあふれかえった参加者、700


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7.浜全体に広がり、全員でラインダンス

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8.山城博治さんが、来年の正月は勝利の祝いをしようと呼びかけ


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今年もまた、沖縄から出来るだけ情報を発して行きたいと思います。

よろしくお願いします。


O・Y 


報告:12.13三里塚―東峰現地行動

13三里塚デモ 12月13日、三里塚空港に反対する連絡会 は、「成田空港『第三滑走路』計画を撤回せよ! 横堀現闘本部裁判勝利! 年間30万回飛行、飛行制限時間緩和を許さない! 反原発―再稼働やめろ! 沖縄・辺野古新基地建設反対! TPP反対!」を掲げて「三里塚―東峰現地行動」を行い、36人が参加した。

 成田国際空港会社は、アジアハブ空港競争に敗北しただけではなく、羽田空港新滑走路供用開始によって国際空港としての地位低下が止まらない状況だ。すでに国交省航空局は、成田空港の役割を「国際線同士の乗り継ぎや格安航空会社(LCC)貨物中心というようになるのではないか」(東京新聞11・16)と位置づけているほどだ。

 空港会社は、劣勢挽回のために必死だ。東京五輪による航空需要拡大をでっち上げながら30万回離発着、空港拡張、安全軽視のLCCの誘致、離着陸制限時間の緩和圧力、「第三滑走路建設計画」キャンペーンを強めている。その現れが11月27日の「成田空港に関する四者協議会」(国、千葉県、成田市など周辺九市町、成田国際空港会社)だ。2030年までに成田に第3滑走路を作るという国土交通省の計画に続いて、空港会社は①B滑走路を北側に1000㍍延伸して3500㍍案②B滑走路南側に第3滑走路3500㍍整備案を提示した。メディアに「第2案が有力」とキャンペーンさせながら、早期に実現したい夜間飛行制限時間(現行では午後11時から午前6時までは飛べない)の緩和を求めるほどだ。

 事前の利権配分の合意ができていなかったため参加者から「(2013年3月に)午後11時台に新たなダイヤを組まないと約束したばかりで、夜間飛行制限緩和の議論自体おかしい」「午後10台以降の増便検討は、騒音下住民を無視していると言わざるをえない」と反発される始末だ。しかも協議会には、森田千葉県知事、夏目誠空港会社社長の欠席で不信を増幅させてしまった。

 このように空港会社は、空港周辺地元による第3滑走路計画要求を担保にして安倍政権に財政出動を迫っていく方針だ。とりわけ成田第3滑走路を目指す有志の会には、石毛博道(元青年行動隊・元反対同盟事務局長)などが事務局となり、周辺商工会が参加し、推進の先兵となっている。しかしこの手法も東京新聞に「成田空港の第三滑走路は、財源確保や事業の枠組みが未定で構想段階」「建設ありきではない姿勢が求められる」と言われるレベルなのだ。国・空港会社・空港推進派による住民追い出し廃村化、農業破壊、騒音の拡大による生活破壊を許さない。第3滑走路建設計画を撤回せよ。

 集会が旧東峰出荷場跡で始まった。

 山崎宏さん(横堀地区/労活評現闘)は、「第3滑走路計画を国が出し、空港会社がそのメリットについて報告した。11月の4者協議会ではB滑走路南側に第3滑走路3500㍍案が有力だという。成田第3滑走路を目指す有志の会は、そのお先棒となっている。第3滑走路計画に対して厳しく批判していこう」とアピールした。

 石井紀子さん(成田市川上)の発言。

 「先ほど皆さんと一緒に東峰共同墓地に行って、大木よねさんのお墓を墓参した。立派な石碑ができてよかった。感無量です。私も東峰の『特別区民』として色々な行事に参加させてもらっている。ここに生きて暮らし、守っていきたい」。

 「安保法制反対で国会に行ったが、あんな戦争法を通してしまった政府はなんなんだろう。国民の平和を守るなどと空々しく言えたものだ。腹が立ってしょうがない。国会には小さい子どもを連れたお母さんたちとか、お年寄りのグループとか、高校生、若者たちが一人一人で集まってきて心強かった」。

 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)の発言。

 「昔の仲間たちが第3滑走路計画のお先棒をかついでいる。地域の生き残りのために空港誘致に動いている。非常に残念な事態だ。これは地域力が衰えていることによって起こっている。三里塚物産は、地域の生産物を加工して販売している。ベテランの農業者が他地域の若者も含めて伝えている。地域力を維持しながら、根拠地にして闘っていきたい」。

 「11月のはじめにNGOのスタディーツアーで沖縄の辺野古、高江に行った。現地の仲間たちも含めてかつて三里塚に行ったことを話してくれたり、いろんな出会いがあった。三里塚に参加した人たちが各地で闘っている。空港半分を諦めさせ、仕事をして暮らしているのは根拠地だとも言われた。今、北原派の市東孝雄さんの土地が奪われようとしている。高裁で不当判決が出て、最高裁で争っている。ぜひ関心を持って、支援していただきたい」。

 根本博さん(泉州沖に空港を作らせない住民連絡会)は、「関西新空港は、いまだに1兆円を超える赤字を抱えている。空港建設に伴ったエアポートシティやゲートウェイに出資した地元自治体は多額な借金で苦しい状況だ。2001年から反空港全国連絡会とし全国の仲間と交流し、赤字の福岡空港、関西新空港、静岡空港の問題点を明らかにしてきた。運営権を民間に売って生き延びようとし、そのしわ寄せが空港で働く労働者に強まっていく。空港が右肩上がりで続くというのは嘘だ。成田空港の第三滑走路は必要ない。生活破壊、軍事利用反対などの視点からもチェックし反対していこう」とアピールした。

 集会終了後、デモに移り、開拓道路前に到着。B滑走路に向けて「三里塚空港粉砕!第3滑走路計画を撤回しろ!」のシュプレヒコールを行った。デモは、旧東峰共同出荷場跡に戻り、交流会に入り、各地の闘いなどを報告した。

(Y)

本日の辺野古(2015年12月18日、19日)

本日の沖縄情報は、先週金、土の現地の様子です。

12月18日(金)は、ゲート前座り込み530日。早朝からの座り込みを強制排除する機動隊は手加減なし。けが人が出てもひるまず闘いつづける。決して屈しないこと。


(1)ゲート前530日

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(2)座り込みの人の手足を持って強制排除する機動隊

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(3)手作りのポスターを持って掲げる人

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12月19日(土)は531日目。台湾からの参加者は早朝6時過ぎからゲート前に。機動隊の排除に抗議しながら、カメラで撮影。台湾人権促進会のメンバーたちは、沖縄の闘いをかならず台湾へも広げてくれることだろう。ゲート前で歓迎のカチャーシー。

(1)ゲート前531日目

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(2)台湾人権促進会の人々がゲート前を訪れ挨拶

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(3)台湾の人びとを歓迎してカチャーシー

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O・Y

本日の辺野古(2015年12月16日)

本日は、今日(12月16日)のゲート前の様子を報告します。

①12.16今日は座り込み528日目。キャンプ・シュワーブゲート前の闘いは、不屈。528日目に。
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②ぎっしりと座り込んだ抗議の人々。資材搬入ゲート、通称旧ゲートに座り込む人人。
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③着いた時にはもう人がいっぱい。私もすみに座り込む。通常、ゲートが開き機動隊の強制排除が始まる7時前になっても機動隊は出てこず、工事車両も姿をみせない。
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④各市町村議員が挨拶。県議団に続いて、西原町、八重瀬町、名護市、那覇市、豊見城市などの議員たちが発言。
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⑤ゲートを通過する米軍車両に抗議。第一ゲート、通称新ゲートで通過する米軍車両に、‘US Marines, get out of Okinawa'
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⑥道路に飛び出して抗議する人も。米軍に対する怒りも徐々に沸騰しつつある。
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⑦第一ゲート前も抗議の人でいっぱい。資材搬入ゲートの座り込みののち、第一ゲートに移動してゲート前で集会。今朝の結集はおよそ300~400人ほど。
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⑧ゲート前のテントはますます拡張。立派なテント長屋に。
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今日も資材の搬入ができませんでした。最近毎週水曜日は大結集で、工事車両の進入を阻止しています。
週1を週2、週3にしていくのが行動面の当面の課題です。

安倍は工事の遅れを挽回しようと、法律を無視し県の許可を得ないで勝手に工事を進めています。
彼は自分のやることが法律なんですね。

O・Y

本日の辺野古(2015年11月20日)

キャンプ・シュワーブゲート前、1120日(金)早朝の様子をお伝えします。


同日朝、北中城の米軍司令部前で500人を集めて抗議行動をしたことも関係して、辺野古への結集は100人足らずでした。


それに対して警察機動隊は最大動員。座り込みの前に、34重に警官が取り囲み、力ずくで排除活動を行ないました。機動隊の腕力は強いとあらためて感じました。


時系列に沿って、ご紹介します。



76分。排除された最前列の人たちから米軍基地フェンスと警察車両の狭い空間に押し込められる。激しいもみ合いと糾弾が続く。

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78分。現場の警官は主に警視庁からの機動隊。荒っぽい。

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720分。座り込みはみんな排除された。排除に20分かかった。小さな成果。ゲート周辺は警官だらけ。

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④ふたたびゲート前に集まり、集会。沖縄県内だけでなく、日本全国からの参加者がいる。今日初めて座り込みに参加した数人が挨拶。神奈川、東京、沖縄の糸満市からもいた。

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OY

11.21 戦争廃止へ新宿駅西口で署名活動

IMG_0578 (1)新宿駅西口 2000万署名
戦争法を廃止せよ

  11月21日午後一時から二時半にかけてJR新宿駅西口で、アジア連帯講座が独自の「戦争法廃止を求める」二〇〇〇万人署名活動を七人で行い三〇筆を集めた。

私たちの横で「生活の党と山本太郎となかまたち」が街頭宣伝活動を行い、自分たちも「戦争法廃止を求めている」と訴え、われわれが署名活動を行っていることに連帯を表明していた。新宿駅西口を通行する人は外国人旅行者と思われる人々が多く通る中で署名活動を始めた。

  署名に応じてくれた人々は年齢の高い層が多かったとはいえ、若者も交じっており、女性や男性など幅広かった。国会行動などにも参加しているだろうと思われ、内容を理解されている人から、通りすがりの新宿区在住の方も複数いた。これから新潟に帰って署名活動を行うという方もいた。こちらからしつこく署名を求めたというよりは、自分たちの方から積極的に署名をしてくれた。戦争法が成立した九月までの熱気がまだ残っているような雰囲気を感じた。

 六カ月間の短期で二〇〇〇万人署名を達成するという集中的な活動が要請されている。アジア連帯講座も月一回の独自行動で署名活動を予定している。参加を。

(M)

報告:11.19私たちはあきらめない!戦争法廃止!安倍内閣退陣!国会正門前集会

配信:国会1 11月19日、戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会は、「私たちはあきらめない!戦争法廃止!安倍内閣退陣!国会正門前集会」を行い、9000人が参加した。

 11月13日のパリ同時多発テロを受けてフィリピンでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議は、「イスラム国」対テロ戦争を意志一致した。その後の日米首脳会談でオバマ米大統領は、「日米同盟は米国の安全保障の基軸となっている。安全保障関連法が9月に成立したことを心から祝意を表したい。地域だけでなく世界における連携をさらに広める協議ができる」と賛美発言をした。

 安倍首相は、米軍の南シナ海「航行の自由作戦」を支持し、自衛隊派兵について「日本の安全保障に与える影響を注視しつつ検討する。辺野古新基地建設が唯一の解決策だ。確固たる決意で進める」と表明した。このように対中国・北朝鮮シフトの米日軍事一体化の強化を再確認した。

 すでに安倍政権は、安保法成立後、2016年2月施行にむけて国連PKO活動で南スーダンに派兵している自衛隊に「駆けつけ警護」の任務を追加し、治安維持活動の一環として「殺す殺される」戦闘に踏み込もうとしている。同時に国内的には2016年伊勢志摩サミット対策と称して全国で対テロ訓練とキャンペーンを行い治安弾圧体制のレベルアップを開始している。

 自民党は、パリ同時多発テロに便乗して話し合うだけで罪となる共謀罪の制定を言い始めた。盗聴法改悪・司法取引・全面可視化否定の刑訴法改悪(参議院継続審議)成立後、共謀罪の早期成立をねらっている。グローバル派兵と戦争挑発、対テロ治安弾圧体制強化を許してはならない。

 9月19日の戦争法「参議院強行採決」の暴挙を許さず、必ず廃止する決意を込めて毎月「19の日」行動の2回目の集会は、「戦争法廃止!安倍政権退陣!戦争止めよう!野党は共闘!」のコールで始まった。

 井上哲士参議院議員(日本共産党)は、「安倍政権は、臨時国会を開くこともなく逃げ回り、沖縄辺野古基地建設に向けて憲法違反・違法を繰り返している。本日、安保法制に反対する諸団体と野党の意見交換会が行われた。自民、公明党政権を打倒しよう」とアピール。

 照屋寛徳衆議院議員(社民党)は、「安倍独裁政権を打倒するために力を合わせていこう。昨日、キャンプ・シュワブゲート前に1200人が結集し、警視庁・沖縄機動隊をはねのけて工事阻止を闘いぬいた。戦争のための辺野古新基地建設に反対していこう」と訴えた。

 福山哲郎参議院議員(民主党)は、「強行採決の悔しさがよみがえっている。反対の闘いは、続いている。この熱気を参議院選挙まで続け、自民・公明党政権を追い込んでいこう」とアピールした。

 伊藤真弁護士(戦争法違憲訴訟)は、「残念ながらパリでテロが起きたしまった。テロは凶悪な犯罪だ。犯罪は司法によって裁かなければならない。2001・9・11同時多発テロ以降、米はテロを戦争の対象としてしまった。戦争は市民の命を奪う。多くの犠牲者を出してしまう。テロとの闘いという名目の戦争であっても、絶対に加担してはならない。どんな戦争にも否定したのが憲法九条だ。武力の行使を認めていない。戦争法によって憲法の根本が破壊された。絶対に許さない。戦争法差止めと違憲による国家賠償請求を行う。戦争法の違憲を司法の場で問いただしていく」と表明した。

 さらに、内田雅敏さん(戦争をさせない1000人委員会)、長尾ゆりさん(憲法共同センター)、山岸良太さん(日弁連憲法問題対策本部本部長代行)、坂本洋子さん(mネット・民法改正情報ネットワーク)、スンダーラム・クマールさん(インド/核軍縮と平和のための連合)、ノーマ・フィールドさん(米シカゴ大学教授)、野平晋作さん(止めよう!辺野古埋め立て 国会包囲実行委員会)、西谷修さん(安全保障関連法に反対する学者の会)から発言が行われた。

 最後に高田健さん (解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会)は、「ネットニュースで『テロとの闘い 緊急事態条項のない日本国憲法の欠陥』と言い出すメディアがいる。テロとの闘いに全面的に参加するために明文改憲をねらっているのが安倍政権だ。私に韓国の第3回李泳禧(リ・ヨンヒ)賞受賞の連絡が入った。韓国の人々が戦争法反対運動との連帯を示してくれたことを喜びたい」と述べ、①戦争法廃止を求める統一署名の取り組み②自衛隊を戦場に送るな!12・19かり講演集会(14時~/北とぴあ・さくらホール〈JR王子駅〉)③1月4日からの通常国会に国会前に集まろう、と行動提起した。

(Y)


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