虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

Korea

【香港】核兵器ヤクザらの恫喝――朝鮮の核実験から語る

20170907hk

朝鮮の核実験について、香港の左派ウェブサイト無國界社運 Borderless movementが短い論評を掲載したので翻訳して掲載する。原文はこちらから。


核兵器ヤクザらの恫喝――朝鮮の核実験から語る


本立

93日、アモイのBRICSサミット開催直前、朝鮮がさらなる核実験を行い、政府メディアの中央通信社は水素爆弾の実験を行ったと発表した。

 

その日おそく、中国の新華社は「断固反対するとともに強く非難する」としたが、中国国内ではインターネット上の報道や議論は「調和」(政府による規制・削除を揶揄した用語:訳注)されてしまった。

 

核兵器は破滅的な武器であり、多大な破壊威力と後世につづく放射能被害をもたらすものであり、それは民衆に大きな被害をもたらすことは、広島と長崎の生々しい苦痛によっても明らかである。それゆえに核兵器は通常兵器以上に禁止されなければならないのである。

 

核実験は、核兵器の製造にとって不可欠であるだけでなく、それ自体が環境と生態系に問題をもたらす。ゆえに民衆はすべての核実験に反対しなければならない。だがおかしなことに、中国の国家核安全局は、中朝国境からわずか100キロほどしか離れていない今回の核実験が中国の環境と市民に影響はなかったと発表している。

 

朝鮮の政権は、スターリニズムのもっとも醜悪な生ける化石であり、人類にとってまったく同情する余地のない体制である。だが左翼を自称する一部の愚か者たちは、朝鮮を防衛せよと騒ぎ立て、核爆弾は帝国主義に抵抗する「人民爆弾」であるとさえ主張しており、ほんどまともな考えとはいえない。

 

だが、われわれは朝鮮の核兵器を批判するが、ではそれほど「邪悪」ではないとみられる国家の核兵器については批判しなくてもいいのだろうか?

 

BRICS5か国のうち、ロシア、中国、インドの3カ国が核兵器を保有している(南アフリカもかつては保有していたが、90年代初頭にアパルトヘイトを廃止したのち黒人政権が核兵器を保有することを恐れて廃棄した)。古くからの帝国主義であるイギリス、フランス、アメリカも核兵器を保有し、なかでもアメリカは唯一、核兵器を実戦で使用した。

 

これらの国家は朝鮮の核実験を批判しているが、その主張は「地域の戦略的均衡を破壊する」といったたぐいのものである。これは言外に「わしら親分同士がたがいに事を構えることで『均衡』を保っているんだから、おまえのようなチンピラが親分にたてつくために『ハジキ』なんかを持つんじゃない」という意味が込められている。

 

だがいったい誰がこれらの親分連中らの持つハジキが暴発しないと保障できるのか? 核爆弾の発射ボタンはすべて支配者の手に握られている。いわゆる「民主国家」でも核爆弾のボタンを押すかどうかを住民投票で決めたりはしないだろう――もちろん仮にそうなれば私はこれら諸国の民衆は反対に票を投じることを信じてはいるが。

 

それゆえ核兵器というシロモノはすべて廃棄するしかないのだ!

 

真の左翼にあっては、朝鮮の核実験だけを批判するのではなく、核兵器を研究開発し、製造し、保有し、武装するすべての政権を批判しなければならない。平和を愛する世界の人々は、一切の核兵器の廃絶を目標とする社会運動のために引き続き前進しなければならない。核大国の武器庫を完全にからっぽにしてしまわなければ、朝鮮だけでなく、さらに多くの国々においてダモクレスの剣が鍛えられかねない。

 

【雑誌紹介】『リムジンガン』―北朝鮮内部からの通信

リムジンガン雑誌紹介
責任発行人:石丸次郎、アジアプレス・インターナショナル出版部、2500円+税

『リムジンガン』―北朝鮮内部からの通信(2015年4月第7号)

 北朝鮮の民衆の姿や政治・軍事体制がどのようになっているのかを、北朝鮮の人々が自ら取材して発信している雑誌が『リムジンガン』である。北朝鮮を理解する上で極めて重要な情報源である。

 アジアプレスの石丸次郎さんは、『リムジンガン』がどのように作られているか明らかにしている。

 「北朝鮮は世界でもっとも閉鎖的で、確かな情報入手が極めて困難な国のひとつである」。そこで、「北朝鮮に暮らす人々自身が取材に当たることが絶対に不可欠であり」、…「二〇〇二年から民衆のジャーナリズム活動を支え、協働する活動を行ってきた」。…「情報統制に風穴をあけ、自由な言論社会の到来を準備
し、抑圧下に暮らす人々に開かれた社会の扉を開くための一歩となると確信している」。…「北朝鮮人自身の手によって民族の長い苦難の時代を記録することを、支援しようとする営みである」。

 どのように取材しているのか。①北朝鮮国内で『リムジンガン』の記者や協力者が直接取材したもの。その多くはビデオ撮影か、録音機によって記録されたもの。携帯電話での取材もある。②アジアプレスの取材チームが朝中国境に赴いて、北朝鮮から一時的に越境してきた「リムジンガン」記者、協力者たちに会って行うインタビュー。③朝中国境で、北朝鮮から出国して来た人たちや脱北難民への取材。④『リムジンガン』編集部の脱北者のスタッフが、自身の北朝鮮体験を綴ったもの、取材と情報を整理して書いた原稿。

 記者たちの安全問題について。取材やビデオテープやメモリカードを搬出する行為は、北朝鮮政権にとって「反国家犯罪」「スパイ行為」とみられるだろう。何よりも取材者の安全を最優先すること、本人の意志によって行動し、それをサポートすること。…あえて危険の中に飛び込んでいく『リムジンガン』の記者たちの行動力の源となっているのは「世界に知らせたい」「少しでも朝鮮をよくしたい」という意志である。

 『リムジンガン』は二〇〇八年春に創刊された。今日まで七号出されている。バックナンバーの特集1の見出しを紹介する。創刊号「06年ミサイル・核騒動 北の民衆はどう見たのか」、第2号「北朝鮮不動産取引の怪」(2008年)、第3号「金正日『異変発生』後の北朝鮮」(2009年)、第4号「デノミで混乱する北朝鮮」(2010年)、第5号「民衆は『正恩大将』をどう見たか」、第6号「金正日急死と世襲後継民衆はどう見たか」2014年。

 最新号の第7号の目次を紹介しよう。

特集 揺れた金正恩の3年 張成沢粛清の理由
●現場録音 人民統制の要「生活総和」とは何か

●農業担当幹部 秘密インタビュー「農民は奪われるために働く」
国営メディアの記者生活 顛末記
映像取材ルポ 麻痺続く国営交通 隆盛の‘民間交通’
貧しいのにスポーツ「強国」の謎に迫る
連載 市場経済「労働市場と自由労働者の出現」/政治検問所の実態/集団職場放棄発生/連続猟奇殺人ほか

 「特集 揺れた金正恩の3年 張成沢粛清の理由」の中で、「北の民衆は粛清をどう見たか」では、張成沢の粛清に続き、関係者たちが次々に粛清された様子が報告されている。「金正恩三年への民衆の評価」では、張成沢が処刑後、「政府は治安とあらゆる人民生活は良くなると言ったが、変わることなく、そのまま貧困に喘いでいる」と報告している。

 「張成沢粛清の理由を考える」では石丸さんが次のように解説している。

 北朝鮮の最大の外貨獲得源は、石炭や鉄鉱石など天然資源の中国への輸出である。それは一一年~一四年の期間、輸出額のおよそ七割を占めるが、党や軍、警察機関、有力者などが傘下に貿易会社を作って中国企業と取引してきた。その配分は「ワク」と呼ばれ金正日が決めてきた。

 この資源輸出利権を巡っては、二〇〇〇年代から、主に軍系の会社と張成沢系の会社が争ってきた。先軍政治下で特権的に振舞ってきた軍系の会社に後塵を拝していたのだが、金正日死亡で「ワク」の配分は一変することになる。この「ワク」の仕切りを金正日が張成沢に託したか、張成沢が力で奪取した可能性だ。

 北朝鮮の軍隊は部隊装備の補充・更新や、兵士たちの消耗品を国家からまともに供給されなくなって久しく、九〇年代から「自体解決」(自力解決)を求めてきた。石炭輸出利権は、幹部たちの懐を潤わせるだけではなく、それらの財源にもなっており、軍部の張成沢に対する反発は相当に激しかったはずだ。

 「補佐、後見役としていた張成沢は若い金正恩を操ろうと画策したが軍部との抗争に敗れた」との分析だ。

 樋上徹夫同志は張成沢粛清について、「一九九〇年代中盤の飢餓的状態の現出によって、国家統制が崩れて、『市場経済』が蔓延し新興層が現れた。それを代表する張成沢系と軍部との対立である」と分析した。以下紹介する。

 「粛清に至る深層と真相」 北朝鮮当局は自己の政治指導の安定性や確固さを表現するときの常套句の一つとして「元老政治」という用語を好んできた。影の実力者、影の参謀の存在を暗示する用語だ。中国経済事情に精通した張成沢とその系列下の諸機関や成長してきた北朝鮮の新興層に警戒感を募らせてきた労働党組織指導部と軍の元老層(既得権層)が計画的に張成沢とその副官たちを見せしめ的に粛清したのだろう。大掛かりな演出下での粛清劇はその首謀者たちが北朝鮮当局の統制すら無力化しかねないまでに成長してきた新興層をどれほど恐れているかを明らかにした。

 ちなみに北朝鮮の影の執権層が主導したこの粛清劇の渦中にあって、『白頭山の血統』などと煽てられて指導者を演じきるのに余念のない金正恩第一書記はただの傍観者にすぎなかったと推察する。(「張成沢はなぜ粛清されたのか?」〈かけはし〉2014年1月20日付『北朝鮮はどこへ』〈新時代社パンフレット〉所収)

 二〇一三年一二月、張成沢の粛清後も、五月一三日に韓国の情報機関、国家情報院は玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力相がロシア訪問から帰国直後、四月三〇日に反逆罪で粛清されたと国会委員会で報告した。金正恩が権力についてから側近や軍部幹部の七〇人程が粛清されたという情報も流れている。

 核実験やミサイル発射などで、中国との関係が冷え込む中で、ロシアにシフトしようとしていると推測される状況で起こった今回の粛清劇だ。中国との関係改善に向けたシグナルであったかもしれない。一〇月一〇日の建軍七〇周年軍事パレードには中国の劉雲山(序列ナンバー5の政治局常務委員)が参加し、関係改善をアピールした。

 そして、二〇一二年七月には、金正日総書記時代からの朝鮮人民軍の有力者だった李英鎬軍総参謀長が解任された。軍部最上層部のたび重なる解任や粛清は金正日による一元的な軍部の掌握をそのまま引き継ぐことではなく、新たに金正恩系とも言うべき権力構造をつくらざるをえない対立の現れととれる。金一族・特権的軍部独裁体制は安定とはほど遠い姿が浮かび上がってくる。
 
 一〇月一〇日の朝鮮労働党創建七〇周年の軍事パレードが大々的に行われた。その取材が西側メディアにも許された。一〇月一〇日夕方のテレ朝のニュースで取材した記者がピョンヤンの様子を次のように伝えていた。

 「タクシーがたくさん走っている。今まで見たことがない渋滞が起きている。地下鉄の駅改札はタッチパネルだ。乗客は携帯電話も使っている。ピョンヤンで二六〇万台の携帯電話が普及している。街中もビルの建設が進んでいる。この間、毎年一%台の経済成長をとげている北朝鮮が実感できた」というものだった。

 果たしてそうなのかと疑問に思っていたら、『リムジンガン』は次のように報告している。

 国家が責任を持つべき電気、水道、鉄道などの社会インフラの麻痺が広がっている。特に電気は、一四年昨秋以降、「一秒も来ない日が珍しくない」「国中が停電みたいなものだ」という不満の声が北朝鮮各地の取材協力者たちから届いている。電気の優先供給があるはずの平壌の大同江区域に住む取材協力者は「一三年末までよく来ていた電気も、一四年三月から一日三―四時間程度しか来ない、水道が出るのも一日一回だけ」と電話で伝えて来た。

 鉄道は、正常運行なら二日で行ける行程に二週間かかることも珍しくない。

 平壌を訪れた外国人記者や観光客の中には、高層ビルや遊園地の絶叫マシーン、タクシーの台数が多いこと、携帯電話を使う人の姿などを目撃して「経済は上向きだ」などと無邪気に評する人が少なくない。それはごく限られた設えられた場所の、それも演出された舞台を見た印象に過ぎない。北朝鮮内部から伝わって来るのは、総じて「正恩時代になって徐々に悪くなった」という評価である。

 今回は張成沢粛清という政治的事件を紹介したがそれ以外に北朝鮮の庶民の姿が生生しく描かれている報告が満載である。ぜひ「イムジンガン」を読んでいただきたい。一九九〇年代半ばの飢餓時代には数十万人の脱北者が中国へ押し寄せた。今は、ヤミ経済(市場経済)によって危機は一定乗り切ったが依然として厳しい状況は続いている。北朝鮮の民衆は生きるために極度の抑圧体制であっても、それをすり抜けて様々な方法を編み出したくましく生き抜いている。

 一割にも満たない金一族・軍部・官僚支配層の超強権的独裁と民衆との対立、矛盾はこの独裁体制がある限り解消しないし、極度に緊張した状況が続くであろう。北朝鮮の真の姿を知り、北朝鮮民衆とどのように連帯していくのか、それが問われている。

(滝)

北朝鮮「人工衛星」打ち上げ問題をどう見るか

0,,15830398_401,00 迷走する北朝鮮、戦闘態勢の自衛隊
 
 二月二九日、米国と朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)両国は、北朝鮮が寧変でのウラン濃縮活動、核実験、長距離ミサイル発射を一時停止して、寧辺の核施設に国際原子力機関(IAEA)要員を受け入れるとともに、米国は北朝鮮への食糧支援を行うと表明した。さらに三月七日、八日の両日、米国が北朝鮮に栄養補助食品など二四万トンを提供する方法をめぐって、米朝両政府代表による協議が北京で行われ、合意に達した。三月一二日には、ニューヨークに滞在中の北朝鮮の核問題をめぐる六者協議における北朝鮮側首席代表の李容浩(リヨンホ)外務次官が、ウラン濃縮活動の一時停止に伴ってIAEA代表の受け入れが近いうちに行われる、と言明した。

 こうした動きは、北朝鮮の金正恩新体制が「米朝協議」を進めながら、深刻極まる食糧事情を改善し、「強盛大国の大門を開く」年と位置づけられた二〇一二年の最大イベントである四月一三日の最高人民会議、四月一五日の「金日成生誕一〇〇年式典」、そして朝鮮労働者党一四回大会を経て、自らを打ち固めるための基盤づくりと目されていた。国際的にも孤立を深め、国内的にもどん詰まりの飢餓状況からの脱却を、米朝協議を通じて図ろうとする外交と考えられたのである。



 しかし、三月一六日、朝鮮中央通信が四月一二日から一六日の間に「人工衛星を搭載したロケットを打ち上げる」と発表したことで一転して緊張が高まった。朝鮮中央通信によれば、それは、地球観測衛星「光明星3号」を運搬ロケット「銀河3号」に搭載し、北朝鮮西部の「西海衛星発射場」から南方に向けて打ち上げるもので、「平和的な宇宙利用」である、と強調している。北朝鮮が国際海事機関(IMO)に事前通報した情報によればロケットの一段目は韓国西方沖、二弾目はフィリピン東方沖に落下する予定となっている。

 日米韓政府は、この北朝鮮による「衛星」発射予告を批判し、北朝鮮への圧力を共同で行使することを確認した。韓国政府は「二〇〇九年の国連安保理事会決議では、北朝鮮の弾道ミサイル技術を使ったすべての発射が禁じられている」と指摘し、今回の行為は「明確な安保理決議違反」と非難した。米国政府も「重大な挑発」と北朝鮮に抗議し、米朝協議で確認した食糧支援準備を中断した。中国やロシアもまた、北朝鮮に「人工衛星ロケット」発射の中止を促すための外交的圧力をかけている。ソウルで三月末に開催された「核サミット」は、北朝鮮の「ロケット発射」を阻止するための外交的舞台になった。

 こうした国際的反発は、当然、北朝鮮にとっては織り込み済みである。北朝鮮は「平和的な宇宙利用の権利を否定し、自主権を侵害する卑劣な行為」と海外からの圧力を非難する一方で、「人工衛星」を海外の専門家や記者にも公開すると述べ、IAEAに対して監視員の派遣を改めて要請している。

 米韓両国は、こうした中で、韓国東部の浦項で、「北朝鮮有事」を想定した、一九八九年の米韓合同軍事演習以来最大規模の合同上陸訓練を三月二九日から開始した。そして野田政権は米韓両国と歩調を合わせながら、二〇〇九年の北朝鮮ロケット発射時と同様に、三月三〇日に安全保障会議を開催し、「弾道ミサイル破壊措置命令」を発動した。この命令によって、防衛省をイージス艦を沖縄周辺の東シナ海に二隻、日本海に一隻、そして地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)を首都圏三カ所(朝霞、市ヶ谷、習志野)と沖縄本島の二カ所(那覇市、南城市)と宮古島、石垣島に配備した。さらに石垣、宮古、与那国島には陸上自衛隊の救援部隊を派遣した。

 この弾道ミサイル防衛体制は米軍横田基地内に置かれた「日米共同調整所」を通じて、日米共同の作戦として展開されることになる。まさに実戦体制が敷かれているのである。沖縄へのPAC3配備、石垣、宮古、与那国への陸自部隊の投入は、新防衛大綱で示された米軍のアジア・太平洋戦略の一環としての自衛隊の南西重視戦略の格好の実験場となっている。



 米朝協議を通じて「ウラン濃縮」・核実験の一時停止、IAEA復帰に応じる一方で、各国からの非難と孤立化を招くことを十二分に承知した上で「人工衛星発射」=ミサイル実験に踏み切ろうとする北朝鮮・金正恩体制の姿勢を、どのように捉えるべきだろうか。

北朝鮮は一方で、金正日体制が招き寄せた国際的孤立化と経済的・社会的危機からの脱出の糸口を手繰り寄せなければならない。他方で、金正恩継承体制の確立のためには、金日成・金正日・金正恩三代体制の「正統性」を根拠づけなければならない。

四月の「人工衛星発射」は、金正日が死去する直前の昨年一二月一五日に北朝鮮の当局者によって米国側に伝達されていたことであり、金総書記の「遺訓」を「一寸の譲歩も一寸の抜かりもなく徹底的に貫徹する」と宣言している金正恩にとっては、やめるわけにはいかなったのだとも報じられている(毎日新聞、三月二四日夕刊)。金正恩が父・正日の遺志を実行できなかったのだとすれば、彼の「継承体制」の正統性が危機に瀕するからである。

かりに北朝鮮の体制が「ゆるやかな方向転換」を求めようとしても、「三代継承」体制の正統化の枠組みに縛られた金正恩体制は、内部から転換することはきわめて困難である。こうして強力な指導力を欠いたまま、支離滅裂で混乱した政策が今日の北朝鮮を支配することになる。「ハンドルとブレーキが故障したまま、坂を駆け下りる車」という韓国・柳佑益(リュウイク)統一相の北朝鮮への評価(朝日新聞、三月三一日)は、おそらく正しいだろう。しかしそれとともに、公式の発表の裏側にある、北朝鮮側の「政策転換」へのサインも見すごすべきではない。

われわれは、民衆の苦しみと飢餓をよそに、ただ特権的支配層の残虐きわまる独裁支配体制を維持しようとするためだけに行われる「人工衛星」発射という膨大な浪費を厳しく批判しなければならない。

そして同時に北朝鮮の民衆と真に連帯しようとするためには、こうしたロケット発射を絶好の口実にして「北朝鮮の脅威」を煽り、米日・米韓の軍事的同盟体制の実戦化に踏み込もうとする動きにきっぱりと反対することが必要である。

朝鮮半島の緊張緩和と東アジアの平和の実現は、日本帝国主義の朝鮮半島の侵略・植民地支配の真の清算に基づく日朝国交交渉の再開のための闘いによってこそなしとげられるのだ。

(四月一日、K)

光州民衆蜂起31年 : 韓国民主労総の声明

1980年、全斗煥率いるクーデター軍による戒厳令体制に抗して、光州では民衆蜂起によって一時行政区域全体を解放し、血の弾圧を加えられてから31年に際しての闘う労働組合のナショナルセンター:民主労総の声明。





声明 No,6,547

5.18光州(クァンジュ)抗争31周年を迎えて- 2012年、権力を5.18虐殺勢力から国民へ
http://nodong.org/612433

イ・ミョンバク政権4年目とともに迎える5.18光州(クァンジュ)抗争31周年は格別だ。 その日光州の街頭と市民らの胸に響いて広がった民主主義と解放の熱望は相変らず進行形であり、イ・ミョンバク政権の下で一層切実だ。いつの間にか31年という歳月が流れたが、"5. 18光州"は私たちの歴史の消されない傷であり栄光だ。その日以後、私たちの社会は民主主義の回復と変革のために激しい時代を生きた。そして光州から燃え上がった抵抗の火花はついに87年民主化の野火として復活した。しかし民衆の抗争は完全な勝利をおさめることができなかった。欺瞞的な6.29宣言で軍部独裁は生き長らえたし、その権力集団の主流派であるハンナラ党政権は相変らずこの地の権力を独占している。

これら反動保守勢力の執拗な蠢動の中にまだ5.18光州虐殺の真実は徹底的に糾明されなかったし、虐殺勢力の親分は29万ウォンで国民にいやがらせをして、10億を越える血税で警護されながら豪華な生活を享受している。これらの権力を継承しているイ・ミョンバクは執権中ただの一度も5.18光州抗争記念式に参加しなかったし、ハンナラ党代表であったアン・サンスという者は卑劣にも5.18烈士墓地参拝の過程で烈士墓地の上席を侵す不敬も厭わなかった。さらに国家アイデンティティ回復国民協議会などという極右保守団体などは光州虐殺が北の蛮行という天人共怒する歪曲を日常的に行ったし、彼らにイ・ミョンバク政権は毎年3千万ウォンを越える国民の血税を使って支援している。

31年前、5.18において最も残忍で悪らつな本性を表わした国家暴力はまだ‘法と秩序’という美名の下で公然と暴政を行っている。そのように"5.18光州"は国家暴力の再発見だったが、民主主義と変革、祖国解放の熱望とその主人公らを再発見した歴史でもある。独裁の銃刀の前に命を投げ出して民主主義を守ろうと思った市民軍は平凡な市民らであったし労働者であった。これら民衆は軍部の銃刀に対抗して、たとえ短い期間ではあるが崇高な民衆共同体の希望を歴史の中に刻印したし抵抗と抗争の価値を呼び覚ました。そして私たちの民衆は5.18精神を継承して不当な権力と戦ってきたし、労働者はその先頭で新しい社会に対する夢を引っ張ってきた。

それでもまだ権力は国民の中に戻らなかった。軍部独裁勢力が銃刀で簒奪したその権力は、また財閥の市場独裁が簒奪してしまった。だから絶対多数の国民の人生と日常の労働は相変らず大変疲弊して、両極化と勝者一人占めの無限競争は全社会を葛藤と不幸の阿修羅にしている。より一層みじめなのは権力簒奪の典型だった独裁者パク・チョンヒのムチをあたかも経済発展の成果で称賛して、その娘を有力な大統領選候補に注目している現実だ。パク・クネはただ一度も独裁の遺産を反省しなかった独裁の後えいであるゆえ、2012年という政治の激変期に私たちは、独裁勢力に対抗した大胆な挑戦と抗争に出るだろう。5.18光州抗争31周年をむかえる今日、私たちは今もって虐殺権力が闊歩するということを目撃して、新たに反省と決意を新たにする。光州から始めた民主主義と変革、祖国解放と労働解放の夢は相変らず時代の希望であり指向であることを確認する。

その道を民主労総は弛みない意志と犠牲で民衆と共に歩むだろう。


2011.5.18.

【韓国チャムセサン】死刑廃止国は増加し、死刑執行の減少

韓国の社会運動情報サイト:チャムセサンから翻訳
http://www.newscham.net/news/view.php?board=news&nid=60840

アムネスティ・インターナショナルの発表で、"韓国でも死刑制度の廃止を早急に決断しなければ"

キムドヨン記者2011.03.28 05:34

dj(画像は金大中に死刑判決を下した軍事法廷 1980年)

2010年の全世界の死刑執行件数は、前年度に比べ減少した一方、死刑廃止国は増加するなど、国際的な死刑廃止の動きが持続的に現れている。

アムネスティ・インターナショナルは28日、『年次死刑の現状レポート:2010死刑と死刑執行』を発表し、"過去10年の間、死刑廃止の流れの発展によって、死刑を行う国々がますます孤立している"と主張した。

アムネスティ・インターナショナルの発表によると、死刑制度の運営に関連して機密性を維持している中国を除いて、正式に記録された全死刑執行件数は、2009年の最低の714件から2010年の最低の527件に減少した。

また、昨年2月、ガボン共和国ですべての犯罪に対する死刑制度が廃止されたことで、2011年3月16日現在、すべての犯罪に対する死刑廃止国は、昨年より一カ国増の96カ国で、1991年(48カ国)から着実に増加していることが分かった。

アムネスティ・インターナショナルは、引き続き、現在の一般的な犯罪への死刑廃止国は9カ国、事実上の死刑廃止国は34カ国で、まだ死刑制度を存置している58カ国のうち、2010年、実際に死刑を執行した国は半分以下の23カ国だけだったと伝えた。

アムネスティ・インターナショナルのシェティ事務総長は「死刑執行は減少したが、相変らず多くの国家が重犯罪を除いては死刑の使用を禁止している国際法に違反して、麻薬関連犯罪、経済犯罪、同意の下に結ばれる成人間の性関係(訳注-同性愛を含む)、神聖冒涜などの罪目に死刑を宣告してきた」として、「世界的な死刑反対の動きに逆らって死刑制度を組織的に使う少数の国家は、昨年処刑された数千人の生命に対する責任がある」と指摘した。

一方、今年、死刑執行停止14年を迎え、事実上の死刑廃止国に分類されている韓国の場合、2010年12月31日現在確定死刑囚は61人で、昨年2月、憲法裁判所は5対4の裁決で死刑制度を合憲と宣言した。(訳注-2010年2月25日に韓国の憲法裁判所が死刑制度を裁判官9人中,合憲意見が5人,違憲意見が4人で「合憲」と判断したこと)

キムフイジン:アムネスティ韓国支部事務局長は「今年で死刑執行停止14年を迎えた韓国社会では死刑制度の存廃について、今岐路に立っている」とし「現在、国会で三つの死刑廃止法案が準備されており、昨年10月には六つの政党の代表的な議員らが、世界の死刑廃止デー記念式を開催し、国会議員の共同宣言を発表するなど、国会内で死刑制度の廃止にかなりのコンセンサスが形成されている。 国会の速やかな決断が必要だ」と主張した。

2010年の一年間の合計67カ国で少なくとも2,024人が新たに死刑を宣告され、現在地球上には少なくとも17,833人以上の死刑囚が存在する。


【アムネスティ・インターナショナル日本】
2010年の死刑~過去10年の進展により、死刑存置国はさらに孤立
http://www.amnesty.or.jp/modules/news/article.php?storyid=940

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