虹とモンスーン

アジア連帯講座のBLOG

Africa

【声明】アルジェリア人質事件に関するPST声明

pst_algeria02


人質事件に関するPST声明

社会主義労働者党(PST、第四インターナショナル・アルジェリア支部)全国書記局


 一月一〇日、アルジェリアによる異常かつ秘密裏の、許しがたい支持の下に行われたフランス植民地軍によるマリ侵攻から五日後、「片目の男が率いる約三〇人の武装したイスラム主義者」、「血盟団」といわれるもう一つのグループによって、イナメナスのガシトゥイユ・ガス田で人質拘束事件が起こった。それはこの地域におけるフランス帝国主義の目標と、民衆に押し付けられた新たな力関係を、さらに明らかにするものである。


 PST(社会主義労働者党)は、こうした犯罪的行為を非難するにとどまらず、それがフランス帝国主義を利することは明らかだと考える。イナメナスでのイスラム武装集団による行動は、マリへのフランスの軍事介入を正当化し、アルジェリアがいっそうの軍事的関与、とりわけ財政的プランにおける関与を行い、フランスによるこの植民地再征服の試みへの国際的合意を明確にする圧力となるものだ。


 イナメナスの事件は、NATOとフランスが二〇一一年に開始し、大規模な破壊をもたらしたリビアでの植民地主義的作戦と切り離すことはできない。マリでの「サーバル・キャット(アフリカ山猫)作戦」は、フランスが一九八六年にチャドで確立した「チョウゲンボウ(猛禽類の鳥)システム」を強化するものだ。それはブルキナファソとモーリタニアに駐留する強襲作戦ヘリコプターを使ったものである。要するにサヘル地域(サハラ砂漠以南)全体が「アフリカの憲兵」であるフランスの軍靴に踏みつけられるのである。


 マリにおける「イスラム主義の脅威」が現実のものであり、恐るべきものであったとしても、それは何よりも、アフリカと全世界の民衆を借金の山に追いやり、貧困と圧制を運命づける、フランスならびに帝国主義諸国が強制した新自由主義政策の社会的・経済的行き詰まりがもたらしたものである。


 PST(社会主義労働者党)は、イナメナスの人質を救出する軍事作戦への技術的・軍事的考慮やその是非にとどまらず、われわれが目にしているイギリス、日本、アメリカなど帝国主義諸国の耐えがたいまでの干渉や指令が、新自由主義の名の下にわれわれの富を売り払い、われわれの経済を破壊するほどまでに、われわれの国家主権を売りはらうものであることを明らかにするものである。


●マリでの植民地戦争と、それがアルジェリアにもたらした結果を許さない!フランス軍はマリから出ていけ!

●アルジェリアの空域をフランス軍に開放するな!

●マリ国民のすべての構成要素に民主主義的権利、発展の権利を保障する政治的解決を!


アルジェ、二〇一三年一月二〇日


【声明】マリへのフランスの軍事介入阻止! アルジェリア政府の協力反対

2012_12_pst_935008560

声明:マリへのフランスの軍事介入阻止! 
アルジェリア政府の協力反対


社会主義労働者党(PST、第四インターナショナル・アルジェリア支部)全国書記局
二〇一三年一月一七日

 二〇一〇年のコートジボアールへのエピソード的介入(訳注:大統領選の「不正」をめぐって二〇一〇年に起きた第二次コートジボアール内戦への介入)を経た、フランスのマリへの軍事介入は、植民地主義的色あいに貫かれたものであり、なによりも世界的規模の資本主義システムの重大な危機を背景に、中国などの諸国にかじりとられている「アフリカの庭」を取り戻そうというフランスの決意の表現である。

 ブッシュによる、アフガニスタンとイラクでの「テロリスト」という言い訳が、再びオランド仏大統領によって使われている。オランドは、マリ作戦に関して「フランスは何の政治的・経済的目標も持ってはいない」と真顔で語り、なんの自由もないECOWAS(西アフリカ諸国経済共同体)と一緒になった仏軍部隊の派遣は「自由のためだ」と語っているが、それには証人も、はっきりした根拠もない。フランスの「利他的行為」は、一九世紀の「文明化の使命」をはっきりとわれわれに思い起こさせる。そこではアルジェリア民衆は、長い植民地の夜の犠牲となった。

 しかし二〇一四年の大統領選挙に釘付けになっているアルジェリア政府は、結局のところ帝国主義の圧力に屈してしまった。ブーテフリカ大統領はフランスの爆撃機がわれわれの空域を使うことを認め、国境閉鎖を命令した。アルジェリアの立場の受け入れがたい急転換は、わが国の解放と民衆の尊厳のための歴史的闘いと深刻な矛盾を作り出す。われわれがなお独立五〇周年を祝っている時点での、フランスの好戦的な企図と協力するアルジェリア政府の急転換は、国家主権を切り縮め、アルジェリアを植民地征服の邪悪な同盟につなぎとめる政治的転換点を表現するものだ。

 アラブ諸国、そして欧州においても起こった民衆決起と同様に、マリの危機は、一方では帝国主義諸国と機関が強制したリベラリズムが引き起こした経済的・社会的悲惨に、他方ではかれらの利益の保証人として行動する独裁体制に、根拠を持っている。

 マリの民衆は、北部であろうと南部であろうと、爆撃や奴隷状態ではなく、発展、尊厳、繁栄を必要としている。自らの法を押し付けようとする少数のイスラム主義武装ギャングを追放するのは、マリ民衆である。その未来を自由に決めるのは、マリ民衆である。

●マリへのフランスと帝国主義の介入を阻止せよ!
●マリでの植民地戦争反対!
●フランスの爆撃機のためにアルジェリアの空域を開放するな!
●マリ民衆と難民に連帯しよう!
●マリ国民のあらゆる構成員に民主主義的権利と発展を保障する政治的解決を!

(「インターナショナルビューポイント」二〇一三年一月号)


リビア:きわめて重大な疑問 リビアの反乱勢力とは何者か?

リビア:きわめて重大な疑問 リビアの反乱勢力とは何者か?
「デモクラシー・ナウ」がジルベール・アシュカルにインタビュー


dn0824
▲アシュカル(右)にインタビューするエイミー・グットマン

番組映像は
Democracy Now!のサイトでみられます
日本語サマリーは
Democracy Now!日本語版でみられます


 リビアの反乱勢力はムアンマー・カダフィ大佐の住宅地区を確保し、首都トリポリを掌握した。しかしリビアの指導者(カダフィ)の行方は知れず、カダフィは彼の部隊が「勝利か死か」をかけて「総力で攻撃に立ち向かう」と誓った。トリポリからの報道では、数十人の海外のジャーナリストたちが重武装したカダフィ派の兵士に監視されて、離れることができないままでいるリクソスホテルの近辺の地域では、銃声がなお聞こえているとのことである。八月二三日、アラブ連盟は、数カ月前にカダフィ政権から奪った連盟の議席をリビアの反乱勢力に与えることを今週中に考えると述べた。

 今日(八月二四日)英国の国家安全保障協議会は、リビア国民評議会を財政的に支援するためにリビアの資産凍結を解除を討議する会議を行った。「デモクラシー・ナウ」(訳注:米国のパシフィカ・ラジオ・ネットワークの報道番組。企業メディアが取り上げない独立した報道を配信している)のエイミー・グッドマンが、ロンドンの東方・アフリカ研究スクール教授のジルベール・アシュカルと討論した。(「インターナショナル・ビューポイント」編集部)


エイミー・グッドマン(以下AG) ……ここでロンドンの東方・アフリカ研究スクールの教授であるジルベール・アシュカルに加わってもらいましょう。彼には『アラブとホロコースト:アラブ・イスラエル戦争のナラティブ』など多くの著作があります。先週彼はリビアにおけるNATOの役割についての長文のエッセイ(NATO’s “Conspiracy” against the Libyan Revolution――リビア革命に敵対するNATOの「陰謀」)を発表しました。


 アシュカル教授、「デモクラシー・ナウ」にようこそ。現在リビアで何が起きているか話していただけますか。


ジルベール・アシュカル(以下GA) ハロー、エイミー。あなたとお話しできて光栄です。


 いまリビアで何が起きているかについては、あなたが話した通りです。私もあなた以上のニュースを知っているわけではありません。しかし基本的には、反乱勢力がカダフィを捕え、親カダフィ派の都市、あるいは親カダフィ派勢力が支配している都市を鎮圧するまでは、戦闘は継続します。そしてニュースから知るかぎり、かれらは平和的にそれを行うためにカダフィ派の都市の住民と集中的な交渉をしています。私は、反乱派がシルト(訳注:リビア中部のカダフィ派の勢力が強い都市)を支配下においたと彼らのスポークスパースンが語っているのを、さっき聞いたところです。まだはっきりしたことはわかりません。


AG あなたが書いた文章のタイトルは「リビア革命に敵対するNATOの『陰謀』」です。説明していただけませんか。


GA もちろん「陰謀」はカッコつきです。陰謀が存在すると言っている人の文章から引用したからです。しかし重要な点は陰謀ではありません。それは実際にはNATOの介入の当初から展開されてきた公然たる計略です。それが長期的な介入の展望として現れた時点から、この計略はある意味において、カダフィ政権と反乱勢力とのなんらかの合意を取り付けようと試みながら、この情勢、戦争が、結論にまで陥ることのないように構想されていました。つい最近までそうだったのです。


 数週間前、リビアについての青写真を作成するために作られた英国主導のNATOチームは、イラクのようになるという強迫観念がある、と主張していました。イラクに侵攻したとき、ブッシュ政権はサダム・フセインのバース党国家を解体しました。そして通常、西側の情報源では、イラク侵攻が惨劇になってしまった原因の多くを、この最初の行動のせいにしています。したがってNATOの強迫観念とは、リビアで同様の状態になることを避け、カダフィ政権と反乱勢力双方の有力者間の交渉をすることでした。


 数日前まで、たとえば「フィナンシャルタイムズ」の論説は、反乱派はトリポリを攻撃すべきではないと言っていました。その口実は、流血の惨事になるから、ということです。もちろんこうしたことは起こりませんでした。しかしトリポリを攻撃せず、トリポリとの関係を断たないという考え方は、いつでも存在していました。そしてそれをつまずかせ、起こらなくさせたのはカダフィ自身の強情さによるものでした。反乱派にとってカダフィが公的地位にとどまるのを受け入れる余地はなく、カダフィも退陣を受け入れる余地はなかったからです。

AG ジルベール・アシュカルさん。反乱派とはどういう人たちなのですか。


GA 反乱派とはどういう人たちか、ですって? そうですね、これはとてつもなくむずかしい質問です。NATOのサークルの間でさえ、同じ質問が出されるでしょう。事実はと言えば、もちろんのこと私たちは国民評議会については知っていますが、この評議会のすべてのメンバーを知っているわけではないし、トリポリをふくむ残余の地域を代表するために新メンバーが発表されるでしょうから、知識といっても限定されたものでしかありえません。その上にリベラル派、前体制のメンバー、部族やこの国のもともとの構成要素を代表する伝統的な人びとの混合物をここで見出すことになるでしょう。

 

 私たちが本当に判断できるものは、この評議会によって提出された綱領です。私たちが持っている政治的綱領という観点からすれば、国民評議会の綱領は民主主義的移行のための青写真のようなものです。彼らは選挙を組織することを約束しており、それは現実には二つのラウンドからなっています。第一は憲法を起草する制憲議会のためのものであり、そして選挙の第二ラウンドは憲法に基づいて最終的に政府を選ぶものです。彼らはある約束をしているのですが、それについては本当のところ私は懐疑的です。その約束とは、現在の国民評議会、すなわち伝統的国民評議会の全メンバーは、この二つのラウンドの選挙には加わらないというものです。これもどうなるか分かりません。


 国民評議会の現内閣が代表する経済的綱領のレベルでは、リビアの新自由主義的改革を指揮することにおいてカダフィの下ですでに同じ役割を果たしてきた人々が見いだされます。したがってこの点でなんら変わった独自なものを期待できません。つまりこれは社会主義革命ではないということです。この点で、なんらかの幻想を抱いてきた人がいるとは思いません。


 しかし、闘う民衆という点から反乱派のことを考えるならば、日曜日(八月二一日)の夜に、トリポリの以前は「緑の広場」――実際には虐殺者広場なのですが――と呼ばれた場所に集まった巨大な数の蜂起する民衆は完全に不均質な広がりを示しており、こうした人々の圧倒的大多数は、今や武器を携えている者を含めて、それ以前の政治的背景を全く持っていません。つまり、反乱に立ち上がった武器を携えた民衆のほとんどは市民だったのです。彼らは兵士ではありません。こうした人々のほとんどは、四二年間の独裁体制によって真の政治生活を経験しておらず、政治的に表現することがきわめて困難です。私たちは、この国の政治闘争が真にスタートした時に何が起きるかを見守る必要があります。それは、独裁体制が倒された二つの国、チュニジアとエジプトで私たちが見ている政治闘争の進行と同様です。


AG NATOは他でもないこの反乱派(国民評議会)と協働することを、どのようにして選んだのでしょうか。


GA 多くの選択肢があるわけではありません。世界の多くの国が国民評議会を承認し、人々が「しかし評議会は選ばれたわけではない」と言うのを聞いた時にです。実際、どうして選ばれることなどできたでしょうか。これは武装蜂起的情勢なのであり、そのように対処しているのです。彼らはこの国を永続的に統治すると主張しているわけではありません。彼らは当初から、自ら暫定的・過渡的存在であると言ってきました。彼らは、選挙を組織し、退場すると言っています。そして私が先ほど言及したように、すべての国民評議会のメンバーは次の二ラウンドの選挙に立候補しないとさえ述べています。したがってリビアにおいて当面のところ、カダフィに代わるものとしては国民評議会以外にありません。


 政治的にこれからなにが起きるかはまだ分かりません。つまりそれはエジプトで言われていることと同様です。エジプトではムバラクが倒されましたが、誰が権力を取ったのでしょうか。つまり軍隊です。そして実際のところ、いまリビアで起きているのはエジプトで起きたよりもさらにラディカルな体制変革なのです。なぜならエジプトでは、取り除かれた氷山の一角であるムバラクとその一党を別にすれば、基本的に依然として軍部が支配しており、軍隊は一九五〇年代以来政権のバックボーンでした。他方現在のリビアでは、反乱勢力には旧体制の前構成員がいますが、旧体制の構造は、カダフィの軍隊からして私的な民兵や「近衛兵」だったのであり、それは粉々に崩壊しています。いまだ完全に終わったとは言えないまでも、トリポリにおいてそれがいかに崩壊したかは私たちが見てきたところです。


AG 「デモクラシー・ナウ」は昨日、「インスティチュート・フォー・ポリシー・スタディーズ」(政策研究所)のフィリス・ベニスの話を聞きました。彼女は、西側諸国によるリビアの石油支配が、この紛争の決定的要素だと述べました。


フィリス・ベニス それは単に石油へのアクセスにかかわる問題ではありません。それはグローバル市場にかかわる問題です。それがこの問題の一部なのです。それは石油へのコントロールにかかわる事柄なのです。それはこうした契約期間のコントロールにかかわる問題なのです。それはさまざまな時期の産出量、価格のコントロールにかかわる問題です。それは死活的資源のコントロールという問題です。


AG そこで私たちは、さまざまな石油企業――フランスのトタール、米国のマラソン、ヘス、コノコフィリップスなど――について議論しました。石油企業はたくさんあります。そして興味深いのは、リビアの反カダフィ派政権がロイター通信とのインタビューで、中国の企業をふくめてカダフィ政権時代に認められたすべての石油契約を尊重すると述べていることです。アシュカルさん、あなたの意見は?


GA そうですね。NATOの介入において石油が大きな要因であったこと、リビアが石油産出国でなかったらNATOは介入などしなかっただろうことは全く明らかです。それは明白です。さてここでの問題は、あなたがおっしゃったように西側がアクセスしていない一定の領域へのアクセスを実現するということではありません。基本的にあらゆる西側の企業がリビアに入り込んでいました。すべての主要な西側の石油企業は、リビアの政権と契約を結んでいたのです。そして暫定政権である国民評議会は、すべての諸国とのこうした契約を尊重すると語っています。基本的に言って、このレベルにおいてはそれが大きな成果だとは言えません。もちろん、新しい譲歩や契約が行われることになれば、国民評議会が言うように、交渉で特権を得るのは最初から反乱勢力を支持してきた諸国でしょう。


 しかし私は来るべき市場の方がもっと大事だと思います。大規模な破壊があり、多くのインフラの再建の必要があります。そしてもちろん米国、英国、フランスをはじめとする西側の企業は、この市場に大いに関心があるのです。したがってもちろん、NATOの介入の背後には優遇措置、それによる利潤動機があったのであり、基本的にそれ以外のものはありませんでした。


 しかしこうしたことと、今やNATOがリビアを支配しているという確信の間には、とても大きな隔たりがあります。つまりNATOはイラクやアフガニスタンのような諸国に地上軍を送り、イラクでは長期間にわたって大規模な軍を送りこんだのですが、彼らは依然としてこの国を支配しえていないからです。したがってそれなら、NATOや西側諸国はいかにして地上軍を送らず、遠隔操作でリビアを支配するのでしょうか。そして米国のシンクタンクである外交問題評議会のリチャード・ハースのような人物がワシントンに対して地上部隊を送れと語っている、いや叫んでいるのはそのためです。


 しかしこれは最初から反乱勢力によって厳しく拒否されました。反カダフィ派は空の支配を求めました。彼らは空からの保護を求めました。しかし彼らはあらゆる形態の地上軍の介入に対しては初めから頑強に拒否してきました。そして彼らは依然としてこの立場に重きを置いています。彼らはごく最近、NATOがリビアにいかなる基地を建設することも許さない、とする声明さえも発表しています。


 そして私たちは多くのサインを見ることができます。たとえば彼らは、カダフィと彼の息子を国際刑事裁判所に引き渡すことを拒否し、リビア国内で裁くと言っています。したがっていかにワシントンやロンドンやパリが主張しようとも、リビア情勢を動かす彼らの影響力には重大な限界があることをそれは示しています。西側は、カダフィの勢力が存在し、戦争が継続している限り、より限定されたものだとはいえ影響力を持っています。しかしカダフィ派の抵抗が消滅するやいなや、西側が持っている影響力はきわめて削減されることになるでしょう。


AG アシュカルさん、私たちとおつきあいしていただき、ありがとうございました。


▼ジルベール・アシュカルの邦訳書には『野蛮の衝突』(作品社)、『中東の永続的動乱』(柘植書房新社)がある。

(「デモクラシー・ナウ、二〇一一年八月二四日より。「インターナショナルビューポイント」二〇一一年八月号)

続きを読む

罪は帝国主義の側にある-ソマリア人四人の日本送致・起訴を許さない

d(日本政府はこんな小舟の「海賊」を1万キロの彼方へ拉致した)

東京地検は4月1日、先の3月5日にオマーン沖において商船三井のタンカーを襲撃したとして、海賊対処法違反(乗っ取り未遂)でソマリア人(と思われる)三人を起訴、未成年と思われる一人を家裁に送致した。私たちは、法的に処罰する正当性もないままにソマリア人四人を日本に送致し、起訴したことをグローバル派兵の時代における「越境軍事裁判」と「敵国人の捕虜化-懲罰政策」の始まりとして、強く抗議し糾弾する。

そもそも、いかなる裁判も「犯罪行為」の認定とその処罰のみを目的とするものではない、というのが法と刑罰の精神の重要な柱であるはずである。そして、その犯罪行為のみではなく、容疑者-被告人の生い立ち・個人的背景・社会的背景・動機なども総合的に勘案されるなかで、その処罰の量刑と酌量が決定されるべきなのは、論を待たないだろう。

そして、この「海賊」とされる四人のソマリア人たちは、1991年に勃発した内戦によってかつてのソマリア民主共和国が三分割された状態となり(メディアでは「無政府状態」と言われるが三つの勢力がそれぞれ暫定政権や自治・独立を宣言している。いわば「主権が弱い」状態であっても完全な「無政府」ではない)、統一国家による統治が崩壊した状態で、彼らの本名や身元を確認するすべもない。

日本政府は、どこの誰かも確認できない者たちをどうやって裁くというのだろうか。日本から1万キロも離れた場所で生活してきた人々が、なぜ・いかにして「海賊」という行為に及んだのか、その背景や動機をどのように解明するというのだろうか。

この四人の捜査段階において、警察は苦労してソマリ語の通訳を見つけたという。そして、裁判では地裁があらためてソマリ語の通訳を見つけ出さなければならない。国家権力のカネとネットワークで裁判のための通訳を見つけ出すことは何とかできるかもしれない。しかし、被告たちにつけられた弁護士もまた別の通訳を見つけ出さなければならず、それ自体が困難を極める作業になるだろう。

日本政府は公正な裁判を保証できるかも不確定なままに、ソマリア人を拉致し、報復と威嚇のためだけに初めての「越境軍事裁判」を行おうとしているのだ。そして、起訴状から審理・判決に至るまで被告人たちにとっては何が起きているのかほとんど分からない暗黒裁判によって、日本の刑務所に放り込もうとしている。この四人の日本送致と裁判(そして収監)は精神的苦痛を与えることを目的とした一つの拷問だ!

このような人権侵害がまかり通れば、次には「日本企業を襲撃した」あるいは自衛隊が海外で展開する地において「敵対した」と見なされた人々を次々と日本の地に送致して一方的に裁き・収監するということが常態化するだろう。いずれ、日本にもアブグレイヴやグアンタナモのような過酷な捕虜収容所が設立されることにもなりかねないのである。

繰り返して言う。被告人の背景を考慮しない裁判は無効である。欧米や日本のメディアでは「ソマリアの海賊」と言われる人々は、はたして、ただの「物盗り」なのだろうか。1991年の内戦勃発により国家主権と支配が著しく弱体化したソマリア沖では、誰も追及することはできないと主に欧米の船舶による化学物質や核廃棄物の投棄が大規模に行われた。国連の調査でも、ソマリア沖でウラニューム、放射能廃棄物、カドニューム、水銀などの毒性の極めて強い廃棄物が投棄されていることが確認されている。そしてまた、ソマリア沖の海洋生物の生態系が一変してしまうほどの無軌道な乱獲が、世界各地からの漁船によって行われた。

「ソマリアの海賊」とは、このような「欧米グローバル企業-帝国主義の海賊」に対する「海洋自警団」として生み出された人々なのである。そして、そこには、明確な「反帝国主義意識」すら持ち合わせているのである。「海賊」とされるグループの一つは、2010年1月のハイチにおける大震災において「我々はハイチに支援物資を届ける能力がある」として被災者のへの支援を申し出、「ハイチへの人道援助は欧米によって牛耳られてはならない。彼らにはそのようなことをする道義的な権威がないからだ」「彼らこそ、長い間、人類から略奪を繰り返してきた張本人なのである」と語っている。(出典

この「海賊」とされる人々は、はたして「粗暴な物盗り」として裁かれるべき人々なのだろうか、それとも「帝国主義列強に対するレジスタンスの一環」と考えられるべきなのだろうか。少なくとも、日本の裁判所にそれを判定する能力はないだろう。

そして、日本を含む欧米諸国・大国・帝国主義の強盗たちに、ソマリアの人々を裁く資格などない。むしろ裁かれるべきは、言うまでもなくこの帝国主義の強盗たちだ。

ソマリアの歴史は、欧米諸国による植民地化と略奪の歴史だ。19世紀末にはイギリスが北部を、20世紀初頭にはイタリアが南部を「領有」し、第二次大戦において両国はソマリアの権益をめぐって争うことになる。1960年に南北それぞれが独立をはたして1969年にソマリア民主共和国に統一されることになるが、現在のソマリアの分裂状況は、この植民地として分割された残滓であることは疑う余地はない。

そして、1991年の内戦勃発を機に多国籍軍がソマリアに軍事介入し、映画『ブラックホーク・ダウン』に描かれた1993年の「モガディシュの戦闘」(撃墜された米軍ヘリの乗員を救出しようとして18名の米兵が死亡した事件。この救出作戦において15時間で350人から千人以上のソマリア人が虐殺された)の失敗によって、アメリカはソマリアから撤退を余儀なくされた。

しかし、内戦の泥沼化と主権の弱体化による欧米船の無法行為は90年代にはすでに始まっており、それに対抗する戦いも次第に激化していった(なかにはほんとうに粗暴な海賊もいただろう。しかし、それすらも帝国主義の植民地化と略奪政策が生み出したのである)。そして、欧米中心の「国際社会」がソマリア沖を「海賊の巣窟」として強く認識するようになるのは2005年頃である。そうして、ソマリア沖はイラク・アフガニスタンと並ぶ、「国際的な反テロ共同対処地域」として、日本を含む欧米・中国・韓国の軍艦が展開する海域となっていったのである。

この帝国主義の強盗たちに、ソマリアの人々を裁く道義的・倫理的な正当性は一片もありはしない。帝国主義の強盗たちこそ、アフリカを植民地にし、奴隷として連れ去り、分割統治し、武器を与えてアフリカ人同士を争わせる代理戦争を煽り、この21世紀においても飢餓と戦乱をもたらしてきた犯罪者であり、その数々の犯罪こそ時効なき「人道に対する罪」として裁かれなければならない。

 日本政府は四人のソマリア人を即刻解放しろ!
 海賊対処法を廃止しろ!
 海上自衛隊によるジブチの「海賊対処前線基地」化をやめろ!
 自衛隊とすべての外国軍はソマリア沖から出ていけ!
 多国籍企業船舶による不法投棄と乱獲こそ監視・規制しろ!

(F)

リビアで何が起こっているのか―ジルベール・アシュカルとのインタビュー

インターナショナル・ビューポイント オンライン・マガジン: IV434 - March 2011

リビアで何が起こっているのか―ジルベール・アシュカルとのインタビュー
http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article2038

 ジルベール・アシュカルがスティーブン・R・シャロムからインタビューを受けた。このインタビューは3月19日にZネットに掲載された。(IV編集部)



――リビアの反政府勢力とはどのような人びとなのでしょうか。一部の人びとは、反乱勢力の間で王制時代の旗が掲げられていることに言及していますが。



 この旗は王制のシンボルとしてではなく、イタリアからの独立を勝ち取った後に採用されたリビア国家の旗として用いられているのです。決起した勢力が、カダフィが毛沢東と彼の『語録』をまねて『緑の書』とともに押しつけた緑の旗を拒否するために。この旗を使っているのです。三色旗は決して王制への郷愁を示すものではありません。最も共通の解釈では、この三色旗はリビアの三つの歴史的地域を象徴するものです。三日月と星はアルジェリア、チュニジア、トルコ共和国に見られるものと同じシンボルであり、王制のシンボルではありません。

 それでは反政府派とは何者なのでしょうか。反政府勢力の構成は、この地域を揺るがしている他のすべての反乱勢力と同様に、きわめて不均質です。これらすべての同質性を欠いた勢力を統一させているのは独裁の拒否であり、民主主義と人権への熱望です。その上に、多くの異なる展望が存在しています。とりわけリビアでは、人権活動家、民主主義の支持者、知識人、部族的要素、そしてイスラム主義勢力が混在する非常に広範な連合が存在しています。リビアの蜂起において最も傑出した勢力は「2月17日革命青年連合」です。かれらは民主主義的政綱を持っており、法の支配、政治的自由、自由選挙を呼びかけています。リビアの運動は、分裂して反対派勢力に加わった政府機関や軍部隊の一部を含んでいます。そうした部分はチュニジアやエジプトには存在していませんでした。

 したがってリビアの反対派は諸勢力の混合であり、かれらに対してこの地域の他の国の大衆的決起に対するものと異なった態度を取る理由などありません。



――カダフィは進歩的存在なのでしょうか、あるいは以前は進歩的だったのでしょうか。




 カダフィが1969年に政権を取ったのは、第二次世界大戦と1948年の「ナクバ」(イスラエル建国によるパレスチナ人の追放と離散)に続いたアラブ民族主義の波の遅れた表現でした。彼は自分のモデルとして、また自分が示唆を受けた存在と見なしたエジプトの指導者ガマル・アブデル・ナセルを模倣しようとしました。そこで彼は王制を共和制に取り換え、アラブの統一を唱道し、リビア領内の米空軍ホイーラス基地を撤退させ、社会的変革のプログラムを主導しました。

 カダフィの政権はその後、イスラム化した毛沢東主義に示唆を受け、ラディカルな路線に沿って独自の道を進んでいきました。一九七〇年代には国有化が広がり、ほとんどすべてが国有化されました。カダフィは直接民主主義を打ちたてたと主張し、国名を正式に共和国から「大衆国家」(ジャマヒリア)に変更したのです。彼は、直接民主主義を伴った社会主義的ユートピアを実現したものへと国家を転換させたと装いましたが、それにだまされる者はほとんどいませんでした。「革命委員会」は実際には、国家をコントロールする治安部隊とともに支配機構として機能したのです。同時にカダフィは、彼自身の権力の道具として部族主義を新たに活性化させたという点で、とりわけ反動的役割を果たしました。彼の外交政策はますます無鉄砲なものとなり、ほとんどのアラブ人は彼を異常な存在だと見なすようになったのです。

 ソ連邦が危機に陥る中で、カダフィは社会主義的偽装から転身し、西側とのビジネスに経済を開放しました。彼は、毛沢東の「文化大革命」の物まねをした後にゴルバチョフのペレストロイカを物まねし、経済的自由化は政治的自由化を伴ったものだと主張しましたが、その政治的主張は空虚なものでした。米国が「大量破壊兵器の捜索」を口実にイラクを侵略した時、彼は次は自分の番ではないかと心配し、突然驚くべき外交政策の転換を実行して、「ならず者国家」から西側諸国との密接な協力者へと目を見張るような地位向上を勝ち取ったのです。とりわけ彼は、米国と協力して、いわゆる「対テロ戦争」を支援し、イタリアのために、アフリカから欧州に行くことを望む移民を追い返す卑劣な仕事を行いました。

 この三回の変身を通じてカダフィ体制はつねに独裁そのものでした。カダフィが初期において進歩的措置を実行したのだとしても、彼の体制の最終局面では進歩主義や反帝国主義のひとかけらも残ってはいませんでした。その独裁の性格は、彼が抗議行動に対処するやり方に示されています。即座に実力での弾圧を決定するのです。そこには民衆に対して何らかの民主主義的はけ口を提供しようという試みなど存在しませんでした。今や彼は、抗議行動参加者に対して有名な悲喜劇的演説をするに至っています。

 「われわれは、綿密に、家ごとに、小路ごとにお前たちを探し出す。……われわれはお前たちを戸棚の中から見つけだす。われわれは情け容赦はしない」。

 カダフィが、アラブの支配者の中で唯一、独裁者ベンアリを引きずり下ろしたという咎でチュニジア民衆を公然と非難したのは驚くべきことではありません。彼はベンアリをチュニジア民衆が見いだせる最善の支配者と描き出していたのです。

 カダフィは、抗議行動を行っている者たちはアルカイダの麻薬中毒者であり、コーヒーに幻覚剤を注いでいると主張し、脅しと暴力的弾圧に訴えました。蜂起した人びとをアルカイダと非難したのは、西側からの支持を取り付けようとする彼のやり方です。ワシントンやローマから支援の申し出があったとすれば、カダフィは喜んでそれを受け入れたのは確実です。彼は実際に、ともにパーティーを楽しんだ仲で親友であるイタリア首相シルビオ・ベルルスコーニの態度に激しい失望を表明し、他の欧州の「友人たち」も彼を裏切ったと不満を述べたてました。

 この数年間、カダフィは何人もの西側の支配者や体制側の人物と真の友人になっていました。カダフィの「友人」たちは、ドルの大金のために自らを嘲りながらカダフィと抱き合いました。元英首相トニー・ブレアの「第三の道」の際立った理論家であるアンソニー・ギデンズは、2007年にカダフィを訪問して彼の使徒への道を踏み出し、「ガーディアン」紙に、いかにリビアが改革の道を歩み、中東のノルウェーになろうとしているか、と書いたのです。



――3月17日に採択された国連安保理決議1973をどう評価しますか?



 決議それ自体は、反カダフィ決起派の飛行禁止区域を求める要求を考慮する――そしてそれに応えるように見える――形で文章化されています。反政府派はまさしく、外国の軍隊がリビアの領土に配備されないという条件で飛行禁止区域を設定するようはっきりと求めていました。カダフィは航空機、戦車を備えた多くのエリート部隊を持っており、飛行禁止区域の設定は、彼の軍事的有利さの大きな部分を実際に帳消しにする効果を持つでしょう。蜂起勢力の要求はこの安保理決議の文書に反映されており、国連加盟諸国が「外国軍がいかなる形でもリビアの領土を占領することを排しつつ、ベンガジをふくむリビア・アラブ・ジャマヒリヤ内で攻撃の脅威にさらされている市民ならびに市民居住地域を守るために……あらゆる措置を取る」ことを認めています。この決議は「市民の保護のためにリビア・アラブ・ジャマヒリヤの空域に飛行禁止区域」を設置することにしています。

 決議の文面には、帝国主義の目的のためにこの決議を利用することを禁じる十分な保証はありません。あらゆる行動の目標は市民の保護であり、「体制変革」ではないとされているものの、どのような行動がこの目標に合致するか否かを決めるのは、蜂起した勢力ではなく、国連安保理でさえなく、介入する諸国に委ねられています。決議は驚くほど混乱したものです。

しかし、カダフィの軍によるベンガジ攻撃が不可避的に引き起こす虐殺を防止するという緊急性の下では、そして市民の保護という目標を達成するための別の対案がないという条件の下では、誰もそれに反対することはできません。棄権票を理解することはできます。国連安保理常任理事国の五カ国の一部は、かれらの否認、そして/あるいは適切な監視がないという不幸を表明しようとしましたが、差し迫った虐殺への責任が欠如していました。

もちろん西側諸国の対応は、石油への欲望によるものです。西側は紛争の長期化を恐れています。大虐殺が起きたら、かれらはリビアの石油への禁輸をしなければならなくなるでしょう。そして現在のグローバル経済の状況の下で石油価格を高レベルにしておくことは、ひどい逆効果をもたらします。米国をふくむ一部諸国は、気の進まぬ行動をとりました。フランスだけが強力な行動を取ることに強い賛意を示しました。それはフランスが――ドイツ(安保理の投票に棄権)、イギリス、とりわけイタリアと異なり――リビアの石油に大きな利害関係を持っておらず、カダフィ後の政権の下でより多くのシェアを手に入れようと望んでいる事実と結びついています。

私たちすべてが西側諸国の口実とダブルスタンダードについて知っています。たとえば空爆による市民の被害への憂慮なるものは、不法な占領を促進するイスラエルの軍用機によって幾百人もの非戦闘員が殺された二〇〇八~九年のガザには適用されたようには思えません。また米国は、大きな米海軍基地を持つバーレーンで、自らの顧客である体制が、この地域におけるワシントンの別の属国の援助を受けて民衆の決起を暴力的に弾圧した時、それを容認しました。

 それにもかかわらず、もしカダフィが攻撃を続けることを容認されてベンガジを制圧すれば、大虐殺が起きるだろうという事実は残ります。それは住民が本当に危険に陥り、かれらを守る別のもっともらしい対案がないというケースになります。カダフィの軍部隊による攻撃は、数時間、長くとも数日後に迫っています。反帝国主義的原則の名の下に、市民の虐殺を阻止する行動に反対することはできません。同じことですが、われわれがブルジョア国家の軍隊の本質とダブルスタンダードを知っていたとしても、反資本主義原則の名の下に、誰かがレイプの現場に立ち会い、レイプ犯を阻止する別の方策がない場合に軍隊に助けを求めることを非難できないのです。

 つまりわれわれは飛行禁止区域の設定に反対と語ることなく、諸国の遂行する活動を監視し、国連安保理決議が委託した市民の防衛を超えて進むことがないようにするために、抵抗を表明したり十分な監視を支持したりしなければならないのです。TVを見ていると、ベンガジの大衆は決議の一節を歓迎していましたが、私はその中に、アラビア語で「外国の介入反対」と書かれた大きなボードを見ました。この都市の人びとは地上戦部隊の介入を意味する「外国の介入」と防衛的な飛行禁止区域の設定とを区別しています。かれらは外国軍に反対しています。かれらはその危険性に気づき、賢明にも西側諸国に信頼を置いていません。

 したがってまとめて言えば、危険に瀕する住民を守るしっかりした代案がないという状況の下で、反帝国主義的展望から見て、飛行禁止区域に反対できないし、すべきでないと私は考えています。エジプト人たちはリビアの反政府勢力に武器を提供している――それはいいことです――と報じられていますが、それ自身としては、間に合ってベンガジを救い出すことには影響しません。しかし繰り返しますが、西側諸国を行うことに対してきわめて批判的な態度を維持しなければなりません。



――いま何が起ころうとしているのでしょうか。



 いま何が起ころうとしているのかを語るのはむずかしいですね。国連安保理決議は体制変革を呼びかけているわけではありません。それは市民の保護にかかわるものです。カダフィ体制の将来は不確実です。鍵となる中心問題は、トリポリをふくむ西部リビアで民衆決起が再開し、政権側の軍部隊の分解を引き起こすかどうかです。それが起こればカダフィは速やかに追放されるでしょう。しかし体制側が西部への支配を強固に維持できれば、国家は事実上分裂するでしょう。国連安保理決議が、リビアの領土的一体性と国民的統一を主張しているとしてもです。カダフィ政権が国連決議の受諾と休戦を宣言していることから見れば、これはおそらく体制側が選んだことです。そうなればカダフィが西部を支配し、反政府勢力が東部を支配するという、長期的な手詰まり状況になるかもしれません。

そうなれば反政府勢力の側が、エジプトからあるいはエジプトを通じて受け取っている武器を統合して、カダフィの軍を敗北させるようになるためには時間がかかることは明らかです。リビアの地理的特性を考えれば、これは人民戦争ではなく広大な広がりを持った地域を移動する正規軍間の戦争になるでしょう。結果を予測するのが難しいのはそのためです。

 ここで再び肝心な点は、リビアの民主主義的決起の勝利を支持することです。カダフィがこの決起を敗北させれば、現在中東と北アフリカを揺り動かしている革命の波に否定的影響を与える厳しい後退をもたらすでしょう。



▼ジルベール・アシュカルはレバノン出身の国際政治学者。ロンドンの東方・アフリカ研究スクールで教鞭をとる。邦訳書に『野蛮の衝突』(作品社)、『中東の永続的動乱』(つげ書房新社)。

▼(「インターナショナルビューポイント」11年3月号)
記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ