配信:平野講演 12月6日、一般社団法人三里塚大地共有運動の会は、文京区民センターで「第3回総会」を開催した。

 総会は山口幸夫代表理事の開会宣言の後、山口さんが議長で議事が進行した。

 総会成立を確認した後理事会の指示に従い、事務局(繁山)が事業報告・決算報告を行った。島田監事が監査報告・監事あいさつした。事務局から事業計画・
予算案・理事選任の提案を行った。採決で1号議案から6号議案までの議案が賛成多数で承認された。

 総会は、一般社団法人三里塚大地共有運動の会結成から三年目を通過し、あらためて三里塚闘争および一坪共有地運動を守りぬいていく取り組みの意義を再確認した。二〇二一年ステージに向けてスクラムの強化を打ち固めた。

 続いて同会場で「12・6 第3回総会・記念集会」が主催:一般社団法人三里塚大地共有運動の会、共催:三里塚芝山連合空港反対同盟(柳川秀夫代表世話人) 、 三里塚空港に反対する連絡会で行われ、40人が参加した。

 山口幸夫さん(代表理事)は、主催者挨拶を行った。

 総会報告後、「三里塚闘争の意味は、科学技術振興の国家方針に対して根本的異議申立を行ったことだ。柳川秀夫さんは、『農的価値』を考えろと提案した。新型コロナウィルスは、全世界で感染し、死者も増え続けている。この背景は、経済成長を求めるグローバルな人間、物質の交流をさかんにする道筋を現代社会が作り上げたからだ。空港が最も大きな役割を果たした。人間、物質のいききがなければ自然体系の中でひっそりと住み続けていた新しいタイプのウィルスが人間社会に出てくることはなかった。便利な交通網は、ウィルスにとって都合がいいものだった。人間は、そのしっぺ返しとして不能な状態になっている」。

 「成田空港が赤字経営に陥っているのは当然なことだ。もう一度、三里塚の農民の闘いはなんであったか。現代社会に対して文明を見直せということを突きつけた闘いであった。12月4日、大阪地裁で大飯原発3号機、4号機設置許可取り消し行政訴訟に原告が勝った。原子力ムラが生き続けることができない時代になった。三里塚大地共有運動の会が新しい時代に向かってより深く、思想、運動を広げていこう」。

 山崎宏さん(横堀地区)は、柳川秀夫さん、加瀬勉さん(多古町/前三里塚大地共有委員会〈Ⅱ〉代表)からのメッセージ(別掲)を紹介した。

 さらに現地状況を報告し、「横堀鉄塔から木の根方面を見ると、空港には全日
空の飛行機が10機位並んでいる。コロナ危機によって運休を余儀なくされ、国際便を羽田空港にシフトせざるをえなかった。国際空港成田の影が薄くなってきている。滑走路がガラガラの状態だ。それにもかかわらず成田空港会社は、第3滑走路建設を推しすすめ、地権者への買収交渉に入っている。横堀地区では、埋蔵文化財発掘調査が行われているが、山林が切り倒されている。第3滑走路建設に向けた前倒し周辺工事だとも言える。資本と国家が一体となった利潤追求、このような社会の有り様を根本的に捉え返し、空港反対を闘っていこう」と発言した。

 主催者が準備した今年3月11日に急逝した石井紀子さんの映像が映し出された。最後の発言となってしまった2020反対同盟旗開き時の石井さんの姿とアピールだ。

 繁山達郎さん(事務局長)は、法人活動報告として①2020年の取り組み②登記変更の進捗状況③21年の登記変更の諸注意などを要請した。

 平野靖識さん(東峰地区/らっきょう工場)は、「三里塚はいま」をテーマに講演した。

 「三里塚物産・らっきょう工場は、三里塚で生産される農産物に加工付加価値をつけて販売し、空港反対農家の経済基盤を強くして闘争に寄与しようと考えた。生産と闘争をむすぶ闘争拠点をめざした。熱田派同盟としてシンポ・円卓(1991年11月~1993年10月)の末席に連なった。シンポの開始前に『今後いかなる状況のもとでも強制的手段は用いない』との確約を引き出した。終結時に国はこれまでの空港づくりの仕方を謝罪、2期用地にかかる収用裁決賛成を全部取り下げた。話し合いで闘争の正義性が確定した。日本の民主主義の歴史に画期的な出来事だった。同盟は2期工事に反対、地球的課題の実験村を提案した。だが国は並行滑走路はどうしても必要であるとして工事を進め、現在は第3滑走路建設を進めている。未決着の状態が続いている。円卓会議の結論のように進んでいない」。

 「空港会社による土地収奪は続いている。成田市天神峰の市東孝雄さんの土地に対して農地法を悪用した詐術的な土地取り上げをねらっている。裁判所が許可すればいつでも畑は取り上げられる状況まで追い込まれた。市東さん側は、執行の請求があってもこれを受理しないことを求める『請求異議訴訟』をおこして、12月17日に高裁判決が出る。東峰地区住民一同は、土地の取り上げを許さない『請求異議控訴事件についての要望書』(11月30日)を高裁に出した。市東さんの土地取り上げがあれば、空港会社の次の標的はらっきょう工場か、一坪共有地かもしれない。円卓会議の合意があるのだから、あらゆる意味で強制力を使ってはならない」。

 連帯発言に移り、つぎのような発言があった。

 沖縄のおかのまめさん(辺野古にカヌーを贈る会)は、辺野古新基地建設をめぐる現地攻防、辺野古にカヌーを贈る会の活動を報告した。会場ではおかのさん制作の絵画作品、パンフレット、「沖縄通信」の配布などが行われた。また、コロナ渦における資本の労働者に対する雇い止め攻撃、それに抗する闘いなどを報告し、支援を訴えた。

 面川春光さん(福島原発刑事訴訟支援団)は、福島原発刑事訴訟が高裁に移っていることを報告。また、福島原発汚染水放流問題を取り上げ、各地で汚染水反対運動の取り組みを訴えた。

 関西から山田謙さん(東大阪・三里塚闘争に連帯する会)は、コロナ渦における諸困難によって関西三里塚闘争に連帯する会、泉州沖に空港をつくらせない住民連絡会、南西諸島への自衛隊配備に反対する大阪の会を代表してアピールした。

 和多田粂夫さん(元管制塔被告団)は、「横堀団結小屋と鉄塔の土地はずっと守り抜こうと思っている。あそこには原勲君などの墓標がある。今後も共に参加していきたい」と決意表明した。

 浅井真由美さんは、石井紀子さん追悼(仮)の準備について報告し、賛同への参加、石井紀子さんとの交流の思い出など語った。

 最後に島田清作監事が閉会あいさつを行い、「砂川基地拡張反対闘争を闘ってきた。1メートルの拡張も許さず、米軍は出ていってしまった。しかし、横田基地に移り強化されている。オスプレイが配備された。自衛隊部隊も配備されている。司令塔として運用され、軍事訓練が頻繁に行われている。横田基地撤去に向けて闘い続け、三里塚闘争、全国の基地反対と連帯しながら運動を続けていきたい」と訴えた。

■12・6第3回総会記念集会へのメッセージ

三里塚芝山連合空港反対同盟代表世話人 柳川秀夫


 コロナウイルス感染拡大の中、本日の総会、記念集会に御参集の皆様ごくろうさまです。

 このような事態は全て人間の行き過ぎた社会活動に起因するものです。

 三里塚に空港問題が発生して54年になりました。巨大開発とその経済成長は人類の存亡が問われるまでに害悪を広めてしまいました。

 根本的反省と新たな社会の在り方(コロナ対応ではない)が求められているものの、為政者はなおも持続の柱を経済の発展として消費の拡大を追い続けています。

 三里塚の空港の拡張もその一環であります。

 そのような情況の下、それらに反対し闘っていきついた所は人類とその社会が持続できることを課題とした新たな闘いであります。

 三里塚に共有地が存続し、その場所が新たな試みの場でもあり、また創造の発信の地になることを願って止みません。

 共有運動も苦難があると思いますが奮闘よろしくお願いします。

      2020.12.6


■成田空港「第3滑走路」反対!廃港に向けて共に闘おう
  加瀬 勉  2020.12.6


三里塚闘争の性格

 国家権力の暴力をもって国家犯罪の積み重ねによって建設された。農民は建設反対同盟を組織、家族ぐるみ、集落ぐるみで全国の広範な人民と共闘して闘ってきた。

 先祖伝来の土地を守る意識には生存権、財産権、居住権、職業選択の自由、健
康で文化的な生活を送る権利、思想、信条、人間の良心を守る自由等の人権擁護の生存基本権を守る闘いであったと思う。

闘争の現段階

 闘争は50年の長きに及び、さらに闘争は継続されている。新たに拡張計画がだされた。空港会社の説明会が終了し、関係住民93%の人が同意したとし発表した。その同意した人たちに、①土地に対する境界を確認すること

②土地に対する所有権の確認をすること

③各戸の土地、家屋に対する立ち入り調査が行われている

④土地、家屋に対する移転の評価価格は明らかにしていない。

 多古町牛尾騒音移転地区のケース―

①集落戸数100戸である。移転希望の人は
52名である。

②三里塚闘争が発生した時代に生まれた人たちが集落の中心になっている。三里塚闘争を知らない人たちである。

③農家は92戸である。20戸が農業経営を兼業で行っている。残り60戸余りは農業の経験を持たない人たちで、学校から他の職業に就いた人たちである。村に経済的生活基盤を持たない人たちである。村をベットタウン化している人たちである。先祖伝来の意識とか、土地、地域に自分の生き方を刻んできた意識はない。

④村に住みながら農業の経験のない人たちの子供たちは、親たちと生活していない。村に住んでいない。就職とともに都市部に住んで結婚し、子供を育てている。村に帰る気はない。

⑤家屋敷、土地を売ってマンションを買い求め、家を新築して独立するために、空港建設による移転はまたとない機会だと思っている。⑥村にいる80才~90才超老人ばかりである。一戸一名の割合で、通院、入院、自宅療養、介護施設の利用をしている人たちである。不安と動揺をしている。この人達の最後は介護施設に、その子たちは都市部の息子夫婦と生活をともにする計画を立てている。

 生産、生活の主体が村には存在していない。

歴史の転換期

 コロナの発生を契機に生活、生産、文化など人間のあらゆる領域で新しい価値観の転換が始まっている。一つだけ例にとるならエネルギー政策も風力、太陽、地熱の利用へ。住宅建設は高いビルディングを立てること、そしてその建物の中の空調をいかに快適にするかが基本であった。そうではなく家を自然の延長として開放してゆく価値観に変わってきた。

 空港建設は膨大な化石エネルギーを消費し、二酸化炭素を拡散させ、騒音地獄の中で人間を密封しようとしている。空港建設は時代の流れに、歴史の流れに人類の生存に敵対するものである。

廃港に向かって

 目の前は困難が山積している。歴史転換期に際しての主体の建設が遅れているからである。コロナの発生によって成田国際線99%が稼働していない。日本の航空会社、世界の航空会社は倒産の状態である。空港がなくても、飛行機がなくても人の交流は、国際的にもできる。自信をもって廃港に向かって闘いを継続してゆこう。