配信:小笠原みどり  10月11日、盗聴法に反対する市民連絡会は、かながわ県民センターで「新型コロナと監視社会」というテーマで小笠原みどりさん講演会を行った。

 連絡会は、世界的な新型コロナ・パンデミックのなかで、各国の政府は感染拡大を抑えると称してスマホのアプリなどを利用して感染者接触確認や感染経路を特定し、膨大な個人情報を収集している状況に対して、目的外の使用の危険性、民衆管理の一環としての政策の危険性を批判してきた。あらためてコロナ対策を口実とした監視社会化の加速化に反対し、その役割を担う政府や監視テクノロジー企業に対して統制していくための方向性を探った。

 こういったアプローチからカナダ在住の監視研究家・小笠原みどりさんの講演をオンラインで行った(講演要旨・別掲)。

 なお小笠原さんは、米国家安全保障局による世界監視システムを告発したエドワード・スノーデンに日本人ジャーナリストとして初めてインタビューし、著書に『スノーデン、監視社会の恐怖を語る』『スノーデン・ファイル徹底検証』(共に毎日新聞出版)などがある。

 宮崎俊郎さん(共通番号・カードの廃止をめざす市民連絡会)は、「菅政権になってデジタル化を進め来年デジタル庁をつくると言っている。上から強制的な仕組みを作るということだ。地方自治体のシステムも統一かすると言っているが、個人情報保護条例も含めて否定し、国が統一化していこうとしている。その中にマイナンバー制度を位置づけ、デジタル番号とつなげカードを持たせようとしている。デジタル庁に反対していこう」と訴えた。

 角田富夫さん(共謀罪NO!実行委員会)は、「実行委員会としてデジタル庁反対の取り組みを行っていく。デジタル庁は監視社会の柱になる。準備されているデジタル庁法に反対していこう」とアピールした。 (Y)

■小笠原みどりさん講演要旨

 各国政府は、スマートフォンを使う市民一人一人の生活・個人情報データを監視しコロナ対策を行っている。政策的にコロナ緊急事態を宣言し、その一環として「ビッグデータ」利用に門戸を開いた。つまり、人々の「行動変容」を予測し、掌握することにある。まさに新たな「コロナ資本主義」が作り出されようとしている。ナオミ・クラインが規定したショック・ドクトリンをおおいに利用した。

 これまで政府と企業はビッグデータによって利害を一致させてきた。1990年代からインターネットの普及によりIT企業が台頭、個人情報を利用したターゲット広告で巨大な利益をあげてきた。

 米国政府は、2001年から「対テロ戦争」の下で極秘裏にデジタル通信システムに監視機器を埋め込み、個人情報の大量収集を開始した。人権団体、労働組合、ジャーナリストなどを対象に情報を収集し様々な妨害をしてきた。連動して日本も2013年から特定秘密保護法、共謀罪、盗聴法などを制定し、プライバシー侵害を合法化させ、市民監視を強めてきた。
 
 各国のコロナ対策と称する接触者追跡アプリの危険性は、こうだ。

 ①移動の追跡―GPSによる位置情報から携帯使用者の移動した場所を特定、追跡する。感染可能性を予測し、政府が外出を許可したり、自己隔離を要求したりする(中国、イスラエル)。

 ②隔離の強制―政府によって隔離の必要があると判断された人たちが、実際に自己隔離を実行しているかを位置情報によって見張る。隔離場所から離れると、本人と警察に警告が発信される(台湾、ポーランド)。

 ③接触者の追跡―携帯アプリによって、近距離で一定時間接触した者同士の携帯電話がお互いを暗号化して記録し、後で感染が判明した場合、アプリに感染を入力すると、接触した相手に通知される(シンガポール、イギリス、アメリカ、日本)。

 接触者追跡とは、感染経路を明らかにし、感染拡大を防ぐため、これまで保健所などで専門家が感染者から聞き取りをしてきた。感染者に接触した人々を割り出し、連絡して、検査や自己隔離を促す。長年の新自由主義政策によって日本や欧米各国で保険医療が削減され、人手と資源が不足しているため接触者追跡アプリが急ごしらえされる。 

 日本の接触者追跡アプリは、①プライバシーに「最大配慮」?②ブルートゥース(返信通信機能)③陽性者との接触の可能性を通知、検査の受診などを案内、となっている。だがPCR検査態勢の不十分な状況を前提にしており、いまだに改善されていない。

 そもそも個人の健康情報、身体情報の掌握はプライバシーの侵害であり、人権
被害の危険を繰り返してきた。ハンセン病、水俣病、被曝、精神疾患など、病歴や健康情報をもとに本人や家族が、結婚や就職などで社会的に差別されてきた例は枚挙にいとまがない。

 それだけではない。近代の政治は、個人の身体に優劣をつけ、優生思想によっ
て「生きるべき人間」と「死ぬべき人間」の線引きをしてきた。例えば、ナチスの強制収容所、障害者の不妊強制手術、先住民虐殺などを見れば明らかだ。

 企業のねらいは、健康情報をもとに人々の心身の状況を把握し、利益を最大化
するとともに、リスクを回避しようとすることにある。
 
 あらためてプライバシーの意味をとらえ直す必要がある。3つの観点から捉えよう。

 「プライバシーと自由」とは、通信の秘密、内心の自由、表現の自由、個人の尊厳などを守ること。「プライバシーと平等」とは、人種/民族、性別、年齢、職業、収入、学歴、その他の属性によって差別されることを防ぐこと。「プライバシーと民主主義」とは、人々の個人情報を握った指導層ではなく、人々が政治を決定することを促すこと。

 参考例として「カナダ自由人権協会の接触者追跡アプリに対する声明」がある。声明は、「・意味のある同意を伴っているか ・目的が限定され、正当性があるか ・必要性が証拠とともに認められるか ・有効性はあるのか ・プライバシー侵害の度合いがより少ない他の方法がなく、達成しようとする目的に対して失うものの大きさが見合っているか」について問いただしている。

 これらの観点からの個人情報保護法制が必要だ。一つの柱は、データ収集、移動、保管、修正、消去について透明性のあるルールを。目的外使用した企業への罰則を伴うEUの一般データ保護規則(GDPR)の水準に到達し、さらに、侵害性の高い監視技術やデータ収集自体を禁止(顔認証、非公開情報)し、あらゆるデータ・システムにプライバシー評価を導入することが重要だ。

 さらに個人情報保護の監督システムが必要だ。つまり、現在の日本の個人情報保護委員会は圧倒的に企業よりであり、人権範囲が狭い個人情報でしかない。独立した第三者機関に勧告以上の指導権も必要だ。プライバシーをデジタル時代の自由、平等、民主主義を確保する権利としてとらえ直し、要求する。すでにEUで勝訴が続いている。

 現在のスマフォアプリなどを通したコロナ対策は、人々の「行動変容」ばかりが対策として叫ばれる異様な世界だ。強権政治のパンデミックが同時進行している。ショック・ドクトリンとしてのデジタル庁によって自由、平等、民主主義の破壊を許してはならない。