配信:2.23反天 2月23日、終わりにしよう天皇制!『代替わり』反対ネットワーク(おわてんねっと)は、ニュー新橋ビル・ホールで「おわてんねっと解散討論集会『天皇のいない民主主義を語ろう』」を行った。

 この日は、徳仁が「天皇」を引き継いで初めての誕生日だ。だが宮内庁は2月17日、皇居で天皇賛美のための一般参賀へと民衆を動員しようとしたが、新型コロナウイルスの感染拡大による皇室一家、皇居と周辺の感染阻止を優先して早々と中止を発表した。

 中止に至る流れをみると、明らかに安倍政権は、水面下で宮内庁と謀議し、事前に「一般参賀中止で調整」などとマスコミにリークして、一般参賀中止による他の様々なイベント中止へと波及していくことも想定しながら諸反応をみたうえでの判断だと言える。結局、「令和初の天皇誕生日」として演出しようとしたが、天皇教のインチキ儀式、茶会へとつなげざるをえなかった。

 天皇徳仁は、赤坂御所で事前に準備された記者会見質問に対していくつかの重要な発言を行っている。基本的な姿勢は、明仁前天皇が天皇制と裕仁の戦争犯罪を棚上げにし、アジア・太平洋などの民衆に謝罪することもなく、欺瞞的な「平和主義」天皇像をつくりあげていく手法を踏襲し、「社会の変化や時代の移り変わりに応じた形でそれに対応した務めを考え、行動していくことは大切なことであり、その時代の役割でもあると考えております」と述べ、一連の天皇「代替わり」プロセスにおいて安倍政権との共謀によって演じてきた任務の延長を続けていくことを表明した。

 さらに会見では天皇制強化に向けた男系天皇か、女系天皇かについての態度を示さなかったが、「秋篠宮とは、折りに触れ、いろいろな話をいたしますが、内容について言及することは控えたい」と述べ、皇室内で事前の打ち合わせを重ねていることも明らかにした。

 また徳仁は天皇制の役割として、ナショナリズムを煽る東京五輪の賛美、資本主義システムによる気候変動の覆い隠し、「水の民営化」を後景化させる「水」問題の取り組みなどを「披露」した。

 とりわけ家父長制と差別主義の天皇制の前提のうえで、(「様々な障害を持たれた方々やLGBTといった性的マイノリティーの人々が掲げる問題」について〈記者質問〉)「この世界にはいろいろな方がおられ、そういった多様性に対して、私たちは寛容の心を持って常に思ってきました」と述べ、天皇制の民衆統合装置をあらためて確認し日本帝国主義防衛のために貢献していくことを強調したのである。

 記者会見だけても徳仁の「新たな天皇」像の一端が浮き彫りになってくる。安倍政権との共犯関係を巧妙にレベルアップしていくことを狙った策動をゆるしてはならない。諸動向を掌握し、分析していくことを土台に天皇「代替わり」キャンペーンで作り出した反天皇制運動の到達地平を広げ、強化していこう。

 集会は、おわてんねっとの四人から問題提起が行われた。

 桜井大子さんは、「民主主義的感性を剥奪する天皇制」をテーマに①なぜ日本社会には「民主化運動」と呼ばれる社会運動はないのだろうか ②憲法第七条で規定する「国事行為」をどのように考えるか ③天皇は「元首」か?――と問いかけた。

 そのうえで「『元首』的存在を、われわれは選ぶことができないという事実。これを当たり前とする憲法が、天皇制が、民主主義的感性を一つ剥奪してしまっていると言えないか? 天皇制と民主主義は相入れない。このことを考えるための事例はありすぎるほどある。その一つ一つを丁寧に検証していくことで、天皇制が日本社会の非民主的なありようを真綿に包むようにしてわれわれに押しつけていること、実は民主化運動が起こってもおしくない状況に私たちが生きていることを実感できるはずである」とアプローチした。

 京極紀子さんは、「社会矛盾の隠ぺい:公的行為の問題性から 〈天皇〉象徴天皇制―国事行為の外側、公的行為にこそ意味がある」と設定し、明仁の「公的行為」ならびに「生前退位 『お言葉』」を取り上げ、小倉利丸(批評家)の論点である〈「国事行為以外の部分に天皇の象徴行為を考えている。憲法の外部にあって憲法を超越する役割。文化や伝統に内在する象徴権力の超越性」〉の側面について掘り下げていった。

 つまり、「天皇制は、包摂と排除の性格を持っている。単なる王様ではない。カルト教としての天皇制、伝道者としての天皇、教祖を憲法の一章に据えている。民主主義とは、天皇制をなくして初めてスタートラインに立つということではないか」と述べ、今後の課題として確認した。

 中村利也さんは、「旧植民地出身者にとつての戦後民主主義」というテーマから「戦後、日本政府は台湾人および朝鮮人の参政権を剥奪し、独立までは日本国籍保有者とみなした。しかし、外国人として登録・管理した。治安管理の対象であり、憲法の適用からも除外し、基本的人権を与えなかった。サンフランシスコ講和条約以降、国籍を剥奪した。このような諸策は、植民地支配への反省、清算をしないままの『戦後民主主義』を作り上げていった。同時に、多民族を排除したうえでの戦後国家の延長から移民も認めず、『単一民族国家』観を広げていった」とまとめた。

 さらに、「『旧植民地』と天皇制」の観点から「朝鮮関係の慰霊碑を訪問しない天皇。天皇の韓国『訪問』、『謝罪』をどう見るか?」という課題について日常的な朝鮮人との交流を踏まえたうえでの問いかけについて問題提起した。

 北野誉さんは、「戦後『国体』としてのアメリカ=象徴天皇制」について①戦後冷戦と日本の「復興」②裕仁の安全保障観③自衛隊海外派兵を支えてきた明仁の「平和=戦争」の犯罪性を批判し、「徳仁もその路線を踏襲している。一九年五月に天皇としての最初の国賓接受がトランプであったことから始まる。雅子の『復活』させ、皇室外交を暮れ広げた。つまり、安保の『高度化』を追認し、それにふさわしい天皇像を模索していくだろう。もちろん天皇制、安保のなくなければ本当の民主主義を実現することはできない」と結論づけた。

 最後に「おわてんねっと解散アピール」が提起され、「いよいよ『行為継承者不足』を解消するための『女性・女系』議論が本格するでしょう。『跡継ぎ問題』という天皇制最大のジレンマが大きく前景化する、これからが正念場です。天皇制の永続化をめざした動きには断固としてNO!の声を上げていきましよう」と参加者全体で当面する任務について意志一致した。

(Y)