配信:はんてん 2月11日、文京シビックセンターで「『代替わり』に露出した『天皇神話』を撃つ!2・11反『紀元節』行動」が行われ、140人が参加した。

 「建国記念の日」(紀元節)は、1967年、自民党政権が戦前の天皇神話である「紀元節」(初代神武天皇の即位)を天皇賛美としてデッチあげた「祝日」だ。
だが、2005年から社会的批判によって政府式典は中止のままだ。憲法九条改悪をめざす安倍政権と日本会議、神社本庁など天皇主義右翼は、グローバル派兵国家建設の一環として天皇制統合装置の強化に向けて政府式典の復活をねらっている。

昨年の天皇「代替わり」キャンペーンとインチキ儀式の強行をバネに、かつ東京五輪を利用しながら天皇制賛美とナショナリズムへとからめとり、改憲攻撃への踏み込みに向けて憲法審査会での強引な審議へと加速させようとしている。

 安倍首相は、例年通りにメッセージを公表し、「令和初の建国記念日」を確認し、「伝統を守りながら困難な課題に果敢に挑み、乗り越えていく」などとあらためて憲法九条改悪に突進していくことを強調した。  連動して日本の建国を祝う会(神社本庁)ら天皇主義右翼は、明治神宮周辺で「建国記念の日奉祝パレード」、「奉祝式典」(自民党、日本維新の会などの国会議員も参加)を行い、「憲法改正を始めとした真の祖国再生に向かう、新たな時代となることを心より祈り念じる」などと意志一致している。また、「自民党の選挙公約には、政府で建国記念の日を祝う式典を開催するという一項があった。残念ながらその約束は未だ果たされていない」と批判し、政府主催の式典実施を強く求めた。

 安倍政権を支え、日本会議「機関紙」の産経新聞(2・11)は、「連綿と続く歴史祝いたい」というタイトルで「建国記念の日ができたのは、戦後20年以上もたつてである。いまだにこの日に反対する声がある。いいかげんにしたらどうか。これは国として健全ではない」「政府は式典を主催し、堂々と祝うべきである」などと危機感丸出しで叫んでいる。

 この一連の天皇主義右翼らの「いらだち」は、憲法改悪反対運動の反撃に直面し、すでにボディーブローに到達していることを示している。安倍政権と日本会議の野望を許さず、天皇「代替わり」反対闘争の成果を打ち固め、安倍政権打倒!天皇制解体に向けた陣形を強化、拡大していこう。

 集会は、実行委の基調報告から始まり、冒頭、「わたしたちは、自身『神』とつながり、またそのことを通して、国家の神聖性を文字通り『象徴』として体現する天皇という存在が、象徴天皇制のもとで明確に生きていることを、確認せざるを得なかった。われわれは、この『代替わり』に露出した『天皇神話』を撃つという視点から、今年の2・11反『紀元節』行動に取り組む」と宣言した。

 そして、①「紀元節」と右派をめぐる状況②「女性天皇」も「女系天皇」もNO! 天皇制はいらない③安保、軍事、沖縄米軍基地、「積極的平和主義」、戦争の時代の「平和」天皇④徳仁の天皇制との対決を!⑤今年も展開される天皇パフォーマンス――を提起した。

 とりわけ四月の中国の習近平国家主席が国賓としての来日について言及し、「中国との経済関係を重視せざるを得ない日本政府・財界は、領土問題や戦争責任問題で声高に反中を叫ぶ右派勢力を押さえるために天皇を利用するのであろう。一方の習近平にすれば、国内にくすぶる戦後補償(個別補償)要求の声を、天皇から『お詫び』あるいは『反省』に類する言葉を引き出すことによって押さえようとする意図があるのかもしれない。また米中経済戦争の渦中で、日中関係を正常に近い形で維持したいという思惑もあるだろう。いずれにせよ天皇(利用)の政治が展開される」と分析した。

 そのうえで「天皇制を廃止して、真の意味の私たちの主権を確立して、その主体において、侵略戦争・植民地支配に対する謝罪・反省の表明と、被害に対する補償を行うことでしか、中国等被害国に対する責任は果たしようがないのである。(この立場は、この原則に固執して、現実的な「解決」の一切をかたくなに拒絶することではもちろんない」)と結論づけ、今後の総路線構築に向けてアプローチした。

 小倉利丸(批評家)さんは、「天皇制 文化・伝統のレイシズム」をテーマに講演した。

 小倉さんは、明仁の生前退位表明を取り上げ、「憲法では象徴天皇の国事行為は、内閣が責任をもって助言して行われる国事行為であるはずだ。しかし、明仁はそのようなものとして天皇の象徴的行為を考えていない。憲法の枠に縛られた国事行為の外にも、天皇が主体となる象徴的行為があることを明言した。……少なくとも、晩年の彼は天皇の象徴的行為の憲法超越性を自覚していたのではないか」と批判した。

 1990~2000年代、反グローバリゼーション運動に参加してきた小倉さんの経験から「冷戦後、左翼は衰退し、多くの人たちは社会主義を言わなくなった。その代わりにオルタナティブと言い出し、『もうひとつの世界は可能だ』をスローガン化した。『もうひとつの世界』の何かは不明だった。だからヨーロッパの若者の一部は、新しいイスラムを見出しIS(イスラム国)に向かった。もう一つは極右にむかった。例えば、『ドイツのための選択肢』がある。新自由主義とグローバリゼーション反対は、右翼も言い出し、伝統的なコミュニティーを守ろうとしている。左翼が将来像を出せないなかで民衆は、伝統主義的解決、権威主義へと向かった。『移民・難民は自分の家に帰れ』と排外主義とレイシズムを強めていった」現状をスケッチした。

 日本に引きつけながら天皇、皇室が繰り返す「伝統」「文化」の言説がレイシズムを支える大衆意識の基層を構成してきたことを明らかにし、「天皇制の構造は、見掛けと違って日本に固有とはいえない側面がある。神話や伝統への回帰を武器にするレイシズムと闘う世界の運動と日本の反天皇制運動とが共通の課題を見出すことは難しくなくなっている。むしろ連帯の可能性が拡がっている。このことは、伝統主義と闘う左翼の運動にとって大きな希望だと思う」と強調した。

 参加諸団体から連帯アピールが行われ、デモに移った。神保町一帯にわたって、「『紀元節』反対!天皇制はいらない!安倍政権を倒そう!」のシュプレヒコールを響かせた。

          (Y)