配信:立川反天デモ

 4月29日、終りにしよう天皇制!『代替わり』反対ネットワーク(おわてんねっと)と立川自衛隊監視テント村の共催で「反『昭和の日』立川デモ」(緑町公園)が行われ、150人が参加した。

 「4月29日」を支配権力は、植民地支配責任・侵略戦争責任をとることなく死んだ天皇裕仁の誕生日を「昭和の日」(2007年制定)として賛美しデッチ上げた。すでに4月23日、天皇・皇后は、天皇制の強化・延命に向けて裕仁が埋葬されている武蔵陵墓地(八王子市)で「代替わり」儀式の一つである「昭和天皇山陵に親謁の儀」(退位することの報告)と称して参拝している。連動して天皇「代替わり」賛美キャンペーンの一環として昭和天皇記念館では天皇賛美イベント・無料開園日を開始している。

 おわてんねっとは、天皇「代替わり」攻撃に抗して反天ウィークとして位置づけ①憲法に違反して「代替わり」の道筋を作った明仁②米国主導の戦争に同調しつづけた明仁③侵略・植民地支配責任を取れなかった天皇制④「女性は生む機械」をつづける万世一系⑤メーデーの日を簒奪する新天皇即位⑥神格性を保持しつづける象徴天皇制を柱に抗議。反天ウィークの第三弾の取り組みの立川デモは、緑町公園を出発点にして昭和天皇記念公園包囲、立川駅一帯にわたって「『紀元節』反対!天皇『代替わり』を祝わないぞ!ヒロヒトの侵略責任を忘れない!昭和天皇記念館(立川)を閉館へ!」をアピールした。

 前段集会は、井上森さんの主催者あいさつから始まり、「政府は4月29日を昭和の日、30日を明仁天皇の退位の日、5月1日を天皇徳仁の即位の日として天皇三代を讃える日として設定した。私たちは4月29日を天皇制の戦争責任を忘れない日として闘っていきたい。明仁天皇は、即位した日から一貫して天皇制と戦争、軍隊の関係を切り離すイメージ操作を行ってきた。政府は、1989年4月29日、裕仁の誕生日を『みどりの日』として讃え、その制定式典を昭和記念公園で行った。明仁と美智子が来て戦争のイメージを脱色して緑や環境のイメージを付与する第一歩が立川から始まった。宮内庁によって歴史の偽造も数々と繰り返された。昭和天皇在位五〇年として昭和記念公園を作り、2005年に昭和記念館を開園した。立川は天皇賛美施設が密集するなかで天皇制の戦争責任を忘れないことを訴え続けていこう」とアピール。

 谷口和憲さん(「戦争と性」著者)は、「『戦争と性 』(第33号)は『特集象徴天皇制について考える タブーなき議論に向けて』をテーマにしている。昭和天皇が亡くなり、代替わりした時、色々な催しが中止させられたり、自粛ムードが強制された。違和感を持ち、天皇制反対デモに参加した。今回は、前回ほどの反対の取り組みが少ない。やはり天皇制問題についてタブー視してはいけないという思いから『戦争と性』を発行した。裕仁天皇より明仁天皇に対してダイレクトに戦争責任を問われにくい傾向がある。だが『日の丸・君が代』問題が天皇制と結びついていると不起立した教員から教えられ、本格的に天皇制について考えるようになった。象徴天皇制についてアンケートを集め、それをまとめた。ぜひ議論を深めていこう」と発言。

 遠藤良子さん(DV被害女性支援「くにたちファーム/国立市)は、「1987年、昭和天皇が死んだ日に国立では『日の丸』の弔旗反対の取り組みを行った。『国旗・国歌』法制定後、2000年、国立では一斉に『日の丸』が掲げられた。子ども達の抗議によって『日の丸』が降ろされるところもあった。産経新聞がそのことを報道し、右翼が集まり、徘徊しだした。しかし、私たちはネットワークを作って運動を続けてきた。

 さらに生活困窮、女性、子どもたちを支える活動をしている。一人一人の話を聞いてきて、やはり天皇制は差別と分断のうえにたった融和主義イデオロギーで人々を支配する装置だとつくづく思う。天皇制による戸籍制度、婚姻制度の仕組みが人々の心を蝕んでいる。日本の家族の見本であるみたいな天皇家の神話がなくならないかぎり民衆の生活がよくなるとは思えない」と遠藤さんは強調した。

 さらに国立住民、梁・永山聡子さん(大学非常勤講師、アジア女性資料センター)、岩下雅裕さん(立川自衛隊監視テント村)から天皇制批判と今後の闘いの方向性の問題提起があった。

 集会終了後、デモに移り昭和天皇記念公園を包囲し、立川駅一帯に渡って「 天皇いらない!いますぐ辞めろ!終わりにしよう天皇制!」のシュプレヒコールを響かせた。

(Y)