1106888364_1_sub1_l 戦前の治安維持法や特高警察を歴史的に分析、研究してきた荻野は、第二次・第三次安倍政権が「戦後レジームからの脱却」を掲げて特定秘密法、戦争法(安保関連法)、共謀罪を制定してきたプロセスが新たな戦時体制への構築に向けて一挙に加速したと総括し、国家の暴力装置というべき治安体制の観点から現代批判を試みている。

 その批判ベクトルは、特高警察によって虐殺された小林多喜二の「戦争が外部に対する暴力的侵略時に、国内に於いては反動的恐怖政治たらざるを得ない」(評論「八月一日に準備せよ!」〈プロレタリア文化〉一九三二年八月)というキー概念だ。つまり、「安倍政権の下で進行する諸施策は全体として新たな戦時体制に収斂する」流れを「構造的かつ全体的な把握をおこない、それぞれの『つながり』具合と全体の『からくり』を見通す」ことが本書の目的だ。

 もちろん「戦前と現代において社会状況が大きく異なる」「安易な類推は避けるべき」だが、「取締り当局における恣意的な運用という点について共通している」と強調する。奥平康弘(憲法学)は、すでに立川反戦ビラ事件の裁判で弁護側証人として出廷し、「治安維持法がなくても、治安維持法に近いような格好の、新しい現代的な何かが出てくるという徴候を示す」と警鐘乱打していた。

戦前と戦後の比較検証

 荻野は、「第一章 戦時体制の形成と確立——どのように日本は戦時体制を作っていったのか」、「第二章 戦時体制の展開と崩壊——どのように治安体制はアジア太平洋戦争を可能としたのか」で戦前治安体制を支えていたのが「法令としては治安維持法であり、機構・機能として特高警察と思想検察」とクローズアップし、セットとして「情報統制や経済統制、『教学錬成』の機構と機能」させながら治安法令の整備、治安警察法、出版法・新聞法、暴力行為に関する法令、改正軍機保護法などを通して強化していったことを当時の膨大な治安判決、特高警察関係資料集成や思想検察文書を通して明らかにする。

 「第三章 戦後治安体制の確立と低調化」では日米安保体制下の治安体制の再
編と強化を浮き彫りにし、「第四章 長い『戦後』から新たな『戦前』へ」においてでは、安保再定義からシーレーン防衛などの分析を通して米軍とともに参戦していく自衛隊、つまり「戦争ができる国づくり」の踏み出しを明らかにする。

 なかでも興味深いのは、防衛庁の「制服組」が極秘に行った「三矢研究」(一九六三年)を取り上げているところだ。この研究は、第二次朝鮮戦争を想定し、国内に国家総動員体制を敷き、「日米統合作戦司令部」を設置して「日米共同作戦」を実施するという図上演習の訓練を行っていた。国会で暴露され、憲法違反、文民統制違反として問題となり防衛庁長官辞任、関係者の処分という事件だった。

新たな戦争性格

 この研究の目的と狙いは、地下水脈として温存され、安倍政権は、改正防衛省設置法(二〇一五年)を制定し、「背広組」と「制服組」が対等となり、「制服組」を中心とする「統合幕僚監部」に統合され、幕僚長は国家安全保障会議(NSC)にも出席することになった。また、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)に基づき設置された「同盟調整メカニズム」によって米軍と自衛隊の実戦化の具体化が押し進められた。

 荻野は、「朝鮮民主主義人民共和国をめぐる軍事的緊張の下、実質的に『同盟調整メカニズム』が機能し、運用されているはずです。五〇年余前に『三矢研究』で計画された『日米統合作戦司令部』の設置と『日米共同作戦』の実施が、もはや現実のものとなり『戦時体制』に準じた状況が生まれています」と指摘する。
 
 さらに新たな戦争の性格として「アジア近隣地域に自衛隊が先頭を切って主体的に出ていくケースは考えにくいでしょうが、集団的自衛権を実際に行使することでアメリカの軍事行動に追随し、その成り行きのなかで戦争に巻き込まれる可能性が高まりつつあります」と集約する。

情勢分析を深めるために

 「第五章 『積極的平和主義』下の治安法制厳重化——新たな戦時体制形成の最終段階へ」においても荻野は、「「一九三〇年代・四〇年代と現代が決定的に異なる」ことに触れ、「かつては大日本帝国が自らの意思と施策によつて一五年戦争を引き起こしたのに対して、現代日本は日米安保条約の下、アメリカに追随し、従属する関係のなかに深く規定されている」。だから「日本が少しでも安保体制の枠組みを越えて能動的に戦争を仕掛けようとすれば、アメリカは即座にそれを阻止し、押し潰すことは明らかです」。

 つまり、「新たな戦時体制の構築をアメリカが容認しているのは、対中国・対朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)をめぐる東アジアの軍事的緊張のなかで、まず日本に軍事的役割を分担させるためです」とあらためて位置づけることによってグローバル派兵国家建設、すなわち「米軍とともに戦争する国」に向かっていることを共謀罪制定と治安対策強化と連動させながら再確認している。

 「基本的人権の制限や民主主義・立憲主義の破壊の進行と、新たな戦時体制の出現は表裏一体の関係」として延命する安倍政権と日本情勢の分析は、荻野が繰り返し批判しているように単純な「戦前回帰」「ファシズム」などの危機アジリ的アプローチがいかに乱暴であるかを証明している。

 ただ、戦前の天皇制と軍隊の連携構造、「天皇の思想検察」、「天皇の特高警察」の役割分担などについて実証的な解明に成功しているが、戦後「象徴天皇制」と自衛隊、警察権力、公安政治警察の役割、日本会議も含めた右翼の任務、現在的な民衆統合装置などと関連づけた分析は弱い。学習を深めるためには補足文献で補強する必要がある。

(Y)