330652【紹介】「治安維持法と共謀罪 今こそ検証したい戦後の大いなる矛盾」

内田 博文 著/岩波新書


 第1章は、治安維持法の制定から弾圧対象の初適用から拡大のプロセスを検証している。加藤高明内閣は、1925年に普通選挙法(満二五歳以上の男子全員に投票権を与える)を制定すると同時に共産主義・社会主義運動等の社会運動を封じ込めるために治安維持法を結社規制法(「国体ヲ変革シ又ハ私有財産制度ヲ否認スルコトヲ目的トシテ結社ヲ組織シ又ハ情ヲ知リテ之ニ加入シタル者ハ十年以下ノ懲役又ハ禁錮ニ処ス」)として制定した。

 しかし、「当局は治安維持法を制定したものの、適用対象をあぐねていた」(内田)。すでに治安警察法による弾圧によって第一次共産党(1924年)は解党していたからだ。警察当局は、治安維持法を初適用しようと京都学連事件(1926年1月15日、大学の社会科学研究会の全国組織を弾圧)に着目し弾圧体制を敷いていった。「1月以来、4カ月にわたって、思想検事の平田勲(東京検事局)の指揮のもとに、各府県警察部特高課を動員して記事報道を差し止めた上で全国の社会科学研究会員の検挙が実施された。……検挙された学生のうち三八名は治安維持法違反、出版法違反および不敬罪で起訴された」。

 以降、治安維持法の適用を拡大させ、特高を先兵に次々と不当逮捕・弾圧を広
げていったが、内田はこのプロセスを総括することによって「共謀罪」(改正組織的犯罪処罰法〈『テロ等準備罪』〉/2017年6月)の初適用、弾圧拡大を警戒していくうえで重要な指摘と問題提起を行っている。

 第1は、政府は「『テロ等準備罪』はマフィア対策だ、あるいはテロ対策だとされているが、現実にはそうなっていない。『真の立法事実』は隠されているといってよい。『裏の立法事実』との間には大きな乖離が見られる。このような立法の場合、事件のでっち上げがなされる可能性は高いということに警戒が必要であろう。罪刑法定主義、なかでも明確性原則はこのでっち上げに対し歯止めの役割を果たすものであるが、『テロ等準備罪』の要件の無限定性はこの歯止めを奪っている」。

 第2は、(『テロ等準備罪』は)「行為者の内心の『目的』が処罰根拠となるこ
とから、事実認定の中心は行為者の主観に置かれることになる。この主観を針小棒大に膨らませ、被疑者・被告人らの事件関係者に対し『暴力団関係者』、「テロリスト」、「社会の敵』といったレッテルを貼ることによってこの主観についても規範的評価が先行する」。外の応援団としてマスメディアを最大限利用する。「報道統制」、情報操作によって共謀罪弾圧は「正当」のキャンペーンを張り、萎縮作用を働かせ被弾圧者に対する支援、連帯の輪の広がりを防ごうとしてくる。

 第3は、「治安維持法の解釈・運用は思想検事が牽引した」が、現在の「検察官司法の下で、『テロ等準備罪』の解釈・運用は捜査官の裁量にもっぱら任されることになる。……この裁量が濫用に陥るのを阻止するシステムを私たちは設けていない」から濫用を防止するシステムを導入することが重要だ。

 第4は、「テロ等準備罪」の適用・運用のために必要な個人情報収集のために通
信傍受法の適用を拡大し、室内会話の盗聴をねらっている。盗聴法改悪をゆるしてはならない。また、GPS(全地球測位システム)捜査の立法化も射程にしている。最高裁は、裁判所の令状を取らずにGPSを使う捜査手法は違法(17年3月)と判断したが、GPS捜査の立法化を行えと指示もしている。プライバシー侵害を合法化する立法化の危険性を暴いていく必要がある。

 第5は、共謀罪による政府による住民監視とともに「一般国民同士がお互いの行
動や思想を監視しあう」ことの恒常化を作りだしていくことの危険性だ。すでに「安全・安心まちづくり条例」が各自治体によって制定されているが、この条例を通して住民相互監視を緻密化のために警察が軸になって町内会自治会末端と日々連絡システムができあがっている。人権とプライバシーの侵害の攻防において一つ一つクローズアップし、社会的な抗議が求められている。

 共謀罪には司法取引制度導入による「自首減免の規定」(実行に着手する前に
自首した者は、その刑を軽減し、又は免除する)がある。スパイ育成・転向強要のために公安政治警察はこれを多いに使ってくるだろう。被疑者の減刑、釈放をエサにしてえん罪でっち上げが多発してしまう恐れがある。この人質司法の人権侵害を糾弾していかなければならない。

 そのうえで内田は、「治安維持法の制定および拡大がそうであったように共謀罪の創設も安保法制や秘密保護法などとの関連において捉える必要がある。今以上に世界中に軍隊を派遣できるようにする時には反対者がもっと広範に出てくるだろう。政府としては、それを徹底的に取り締まる法律が必要になる。その時に共謀罪はその気になればいくらでも使える、そういう風にできている」と集約し、警鐘乱打する。

 安倍政権は、改正組織犯罪処罰法施行後、同法違反での逮捕、起訴件数は現時点で〇件だとする答弁書を決定している(17年11月14日)。また、大垣警察市民監視意見訴訟院内集会(2月16日)で山尾志桜里衆院議員(立憲民主党)が「先の国会の法務委員会で上川陽子法相は、『共謀罪で捜査している事件はゼロである』と答弁した」ことを報告している。つまり、共謀罪を適用した捜査・逮捕はしていないが、公安政治警察の日常業務は続行中であると断言しているのだ。

 治安維持法制定後、検察と警察中枢は、初適用に向けたターゲットをリサーチ
していたように現在の公安検察と公安政治警察は、初適用のターゲットを絞り込んでいるはずだ。警察庁が共謀罪施行を見据えて全国の都道府県警に「同法の捜査は警察本部の指揮で行う」(17年6月23日)と全国通達をしているように、これは初適用のタイミング、効果ある弾圧対象の設定にむけた謀議を繰り返していることの現れだ。

 公安政治警察は違法な住民監視、運動破壊工作を警察法に基づく合法的な業務だと居直り続けている。グローバル派兵国家建設の一環である対テロ治安弾圧体制の強化にむけて2019年の天皇代替わり、大阪G20サミット首脳会議、2020東京五輪を通して構築していこうとしている。その突破口として位置づけているのが共謀罪適用だ。敵の密集した共謀罪初適用に対しては、全国のスクラムによってはねかえしていこう。

(Y)