配信:青年戦線190号表紙青年戦線 第190号(2016.12.26)ができました。


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■青年戦線第190号 2016.12.26 誌面案内

JCYアピール 1P

11.5アジア連帯講座:トロツキーの永久革命論 講師:酒井与七さん 4P

11.19アジア連帯講座:徹底批判!自民党改憲草案 講師:清水雅彦さん 34P

読書案内:『憲法を変えて「戦争のボタン」を押しますか』 清水雅彦 著 45P

加瀬勉さんが怒りの抗議:抗議文 47P

映画案内:『三里塚のイカロス』 56P

映画案内:『チリの闘い』 59P


★日本共産青年同盟(JCY)アピール グローバルな地殻変動に抗して闘う陣形を構築していこう

米国の反差別・排外主義の闘いに連帯を

 アメリカ大統領へのトランプ就任を前にして、自国民保護を全面に押し出す政策への転換か、新自由主義の加速か、予断を許さない情勢が、アメリカを軸にして進行しているといえる。強くいえることは、こういった指導者が生まれるたびに、そして例えばイギリスのEU離脱を決めた国民投票の時のようなキャンペーンが広がるたびに、移民層、難民状態を余儀なくされた人々をはじめ、差別されきたマイノリティーを後景に追いやっているという事実が速度を増して積み重ねられてゆくということだ。すでにトランプ政権の発足を許さないという意思表示はアメリカ国内で始まっている。何より個人の生存を脅かすデマに対して明らかな行動をもって警鐘を鳴らさない限りは、大小のトランプがひたすら生まれ続け、全世界のヘイトスピーカーは様々な形で連携しつづけるのだ。

安倍政権の自衛隊南スーダン派兵糾弾!

 日本においてはどうなのか。橋下に続き小池のようなヘイトスピーカーは地方自治体における改革パフォーマンスの技巧によって、選挙を勝ち抜いているが、自治体の労働組合等を弾圧し、やがてあからさまに民衆の生活条件を切り崩す存在であることは間違いない。

 そして、国政課題に視点を移せば、成立強行1年の「安保関連法」(戦争法)によって駆けつけ警護「任務」を付与された自衛隊の部隊が、事実上内戦状態に陥った南スーダンへ向けて、「平和維持」を口実に出動してしまった。新しい戦死者が生まれ、「英霊」をまつりあげることによって本格的な軍隊の殺りく機能を構築しようとするもくろみが走りだしたのだ。

 一方で株価、為替相場、内閣支持率といった数値の上がり下がりに一喜一憂する安倍政権のさまは、新自由主義推進の忠実なしもべと呼ぶにふさわしく、とても公共の指導者を名乗るに値しないという理解は広まり続けている。私たちは、特定の利権層が戦争状態の可動域を広め、軍隊・警察といった暴力装置の強化をもてこにして、新自由主義に従属する労働者をどこまでも屈服させる悪循環を阻止していくだろう。

 ともすればヘイトスピーチにくみしがちな労働者層にも粘り強く宣伝し、今なおヘイトスピーチの矢面で呻吟する在日朝鮮半島人、沖縄の人々、アイヌの人々、外国人労働者、あるいは女性を含む性的マイノリティーとの連帯を実現することだけが、無数に増殖しようとするプチトランプを駆逐する唯一の方法である。

ギャンブル国家化に向けた野望

 事態は切迫しているが、国会の状態は喜劇的でさえある。12月の国会で超短時間審議で成立が図られているカジノ推進法は、委員会で質問内容に事欠いて議員が般若心経の話をし始めるという体たらくに現れるとおり、自民・公明連立政権の慢心、民進党、維新の会の政権補完勢力化を絶望的に際立たせている。

 500万人に及ぶともいわれるギャンブル依存症者の問題は、サラ金債務、悪質な強盗犯罪の問題と相まって個人の問題ととらえられがちであるが、作家・精神科医の尋木蓬生著の「ギャンブル依存国家・日本」にある通り、実際は推進する国家の問題でしかない。日本におけるギャンブル用電子的ゲーム(パチンコ・スロット)機の設置台数は450万台でアメリカの88万台を引き離し世界一だ。1台当たりの人口28人も、セントマーチン、マカオといったカジノ設置国に伍して世界3位である。

 ただパチンコ業界利権の所管官庁である警察幹部は「パチンコはギャンブルではなく遊技」とうそぶくわけだが、国際的には日本がギャンブル大国であることは隠しようもない。安倍晋三たちの、それこそギャンブルともいえる安直な政権運営が、格差広がる労働者の反撃にもかかわらず継続している。その理由を考えるうえでもカジノ誘致によるギャンブル国家化への取り組みは重要な課題である。

沖縄差別を許さない!辺野古新基地・高江ヘリパッド建設やめろ

 安倍政権の安易さは、対米追随の一辺倒を生み出し、その表れとして沖縄本島北部における暴力的差別的な米軍基地機能のための工事強行の形で極まった。

 辺野古沖での工事強行を一時的に取りやめた日本政府は、7月参院選で島尻環境相に伊波洋一元宜野湾市長が島尻愛子環境相を破って当選した翌日、今度は高江でのヘリパッド建設工事を強行してきた。本土各県から500人に及ぶ機動隊が連日阻止の仲間をごぼう抜きし、自衛隊はヘリで資材を搬送するなどなりふり構わなかった。9月の福岡高裁ではこのために異動してきたような若い裁判長によって、沖縄県の辺野古埋め立て取り消しの違法性が判決として出された。だがその理由の空虚さが改めて沖縄に対する認識の薄さ、劣悪さを見せつけたに過ぎない。琉球処分以来繰り返された露骨な差別構造が沖縄に未曽有の被害をもたらした地上戦の記憶を修正する勢いで持ち込まれているのだ。大阪府警機動隊員による「土人」発言が発覚してなお、大阪府知事、沖縄担当大臣が警察官の言動を擁護するのは、その最たるものだろう。

 多くの仲間が辺野古で資材搬入阻止行動を貫き、高江で基地敷地内の工事現場に肉薄して身体接触がわずかにあったことなどを口実に、非常に深刻な不当刑事弾圧が進行している。普天間オスプレイ搬入阻止なども含め一貫して現場で山城さんはついに起訴され、病の身でいまだに拘留されている。こうしたことは米軍新基地に反対する運動体の意識を分断した面もあるだろうが、今も沖縄には現地と全国の仲間が結集して、危険で反人民的なヘリパッド建設に抵抗の意思を表し続けている。「オール沖縄」の象徴的存在でもあった翁長知事は高江のヘリパッド工事を容認せざるを得ない状態に陥っていることも確かだろう。ただ国家がこのように振るう暴力に大義はない。最後は人民の抵抗の意思が勝つことは明らかだ。

韓国民衆の反パク打倒闘争の前進

 韓国ではパク・クネ大統領の弾劾手続きが可決され、民衆は毎週大統領府の前に繰り出して、腐敗と保身にきゅうきゅうとする大統領に対し、退陣要求を突き付けている。しかしこれは韓国の政治制度の不安定性、財閥経営者など富裕層への怒り、特定個人の突出した腐敗ということもあるだろう。しかしそれだけで巨大な民衆のうねりが誕生するわけではない。パク・クネが組合しめつけの一環として鉄道民営化を図り、教員組合への弾圧を強化しながら国定教科書制定を目指してきたような、反動政策への怒りということが根底にあるのは明らかである。日本でも、大統領不在の政治空白と「北朝鮮」からの攻撃などを心配して見せる前に、韓国の民衆と連帯する具体性が求められている。中国などを含めた東アジアで必要とされるのは民衆の連帯であって、宮古・八重山に多額の自衛隊配備予算を計上して無用の軍事的緊張を高めることではない。中国軍の上陸を想定した配備などは、尖閣諸島などの領土ナショナリズムをあおることでしか、富裕層、官僚にくみする勢力の士気を維持できないことを表している。

ロシア10月革命100周年 国際主義が問われている

 戦争情勢を考えるうえで、憲法9条改悪をにらんだ国会情勢が常に焦点となってきたが、別の観点で憲法の内実をよりなしくずしにするのではないかという動きもあった。

 それは天皇アキヒトが8月に表明した「生前退位」(譲位)の「お気持ち」メッセージである。このメッセージをめぐって、右派の中でも皇室典範の改正の是非、アキヒトが推進してきた国内外訪問行事等「公務」の是非をめぐって分裂している状況でもある。ただ、私たちが強調するのは、天皇家の「お仕事」が天皇家存続以外に目的を持つとすれば、行き着くところは国家と結びついた資本企業の擁護だけである、ということだ。

 アキヒトと皇后ミチコの振る舞いは一見リベラルな装いにもみちているが、天皇家の慰問、儀礼全般に広がる「お仕事」がどう憲法に違反(反民衆的)しているかは点検の必要がある。そして性差別的な世襲制度のはてに、戦争行為の旗頭として再び天皇家が前面に出る可能性を考えたとき、一層天皇制廃止の主張を強めるしかないといえる。こういった主張を規制しようとして警察権力は、右翼ならず者の暴力と結託して挑発行動を繰り返している。

 「大きな政府」による社会保障から福祉カット民営化が一層進み、新自由主義政策がむき出しの攻勢を強めている。労働者に占める非正規の割合が40パーセントを超えるところに達している。アジアだけでなくヨーロッパ、南米などで新自由主義にノーを突きつける運動は、継続されている。問題は、全世界で深まりつつある労働者・市民による地殻変動を、日本において実感として共有できていないところにある。

 日本では特に、社会主義の展望が大衆運動の場では明らかに欠落している。安倍政権と官僚たちの反動性を指摘する行動の重要さもさることながら、ロシア10月革命100周年を数える2017年、人民が各々あぶくのような存在から結びついて巨大な海として少数の資本家層、富裕層を包囲していけるのかが問われている。

          (海田 昇)