s-P7174210 7月17日、三里塚芝山連合空港反対同盟(代表世話人・柳川秀夫)は、文京シビックセンターで「三里塚闘争50年の集い7・17東京集会」を行い、一五五人が参加した。

 1966年7月4日、政府は三里塚農民に事前に知らせず、突然三里塚の地に空港を建設することを閣議決定した。三里塚農民は空港反対同盟を結成し体を張った闘いを展開した。民主主義とは何かという問題を全国に突き付け、多くの労働者・学生・市民が三里塚に駆けつけた。集会は、50年に及ぶ農民・人民の闘いの成果、教訓を確認し、さらに現在の第三滑走路建設計画も含め、今後の方向性に向けて発言が行われた。

 会場には三里塚闘争の歴史をふり返る写真パネル、「天皇への直訴状」など貴重な資料が展示されている。集会冒頭には「抵抗の大地」(1971年強制代執行阻止闘争の記録)が上映された。

 前半の司会は山崎宏さん(横堀地区)。

 柳川秀夫さん(代表世話人)は、「巨大開発で空港がどんどん大きくなっていく。政府がいくら謝ったとしても、この課題は解決できない。世直しという筵旗を掲げて闘ってきたが、それは本質的には革命だ」と主催者あいさつ。

 石井紀子さん(成田市川上・農業)は、東峰十字路事件(1971年9月16日)で地元の青年たちが不当逮捕され、裁判支援のために家族会を結成。家族会の手紙などを紹介しながら、「三里塚の中で、ものすごく華々しく燃えた若い女たちの闘い」を語った。東峰裁判支援コンサート(1985年5月)で三里塚の女性たちを知り、女性たちを撮った島田恵さん(映画監督)も登壇し、『自分の原点は三里塚にあった』と語った。

 平野靖識さん(東峰地区/三里塚らっきょう工場)は、1969年3月の三里塚闘争に参加し、その成果としての「有機農法、農的価値を掲げた地球的課題の実験村」を取り上げた。「第三滑走路計画が問題となっているが、農業基盤が弱くなり、農業後継者がいないなかで反対運動の困難性がある」と指摘した。 

 加瀬勉さん(大地共有委員会[Ⅱ]代表)は、亡くなった反対同盟と支援、獄中闘争を闘いぬいた管制塔占拠の同志に対して「インターナショナル」を歌って敬意を表した。闘争を前進させるために①農民の主体性の確立と民主主義②社会党、共産党、中核派などの「政党公害」の総括③社会変革と結びついた三里塚闘争の発展などを強調した。

 後半の司会は辻和夫さん(田んぼくらぶ)。

 発言は、清井礼司弁護士、鎌田慧さん(ルポライター)、高見圭司さん(スペース21)、関西・三里塚闘争に連帯する会、代島治彦監督、羽田空港増便問題を考える会、中川憲一さん(元管制塔被告団)、田んぼくらぶから行われた。

  閉会あいさつで柳川さんは、今後も「世直しで頑張っていこう」と訴える。最後は、参加者全員の団結ガンバローで締めくくった。

(Y)