maxresdefault禁止・制限の全面撤廃を
自分たちのことは自分たちが決める!



69年通知は廃止された

九月一四日、文科省は高校生の郊外での政治活動について、容認することを決め、都道府県教育委員会に通知を出した。一五日の新聞報道では以下のような内容になっている。

「新通知案は、放課後や休日に校外で行う政治活動などについて『生徒が自主的、主体的に判断して行うもの』として容認。生徒の学業に支障が発生するか、生徒間で政治的な対立が生じて学校教育の妨げとなる場合は、禁止も含めて適切に指導すると記述。違法の恐れが高い場合には制限または禁止が必要とした。生徒による公職選挙法違反を防ぐため、高校が同法の重要事項を周知する必要性も指摘した」。

「一方、学校に政治的中立性を求める教育基本法の規定に触れ『(高校生の政治活動などは)無制限に認められるものではなく、必要で合理的な範囲で制約を受ける』と明記。校内では通常、授業などが行われていることを踏まえ、原則的に活動を禁じた」。

「授業では具体的な政治的事象に関する議論を促すものの、公選法により教師は地位を利用した選挙運動が禁じられているとして、特定の政治的立場に立って生徒と接してはならないと強調した」。

「意見が対立するテーマでは多様な見解を生徒に紹介し、異論に耳を傾け合意形成する力を身に着けさせるよう求めた。模擬投票の実施も推奨した。(共同)」(「毎日」、9月15日)一九六九年に文部省(当時)が高校への学生運動波及を受けて出した通知は、学校の内外を問わず政治活動を禁止していた。反動的な六九年の通知は廃止することになった。

主権者として考えるために

こうした学外での高校生の政治活動の「解禁」は次のようなことが重なったからのようだ。

六月一七日に改正公職選挙法が全会一致で可決し、選挙権年齢が一八歳に引き下げられ、来年夏の参議院選挙から実施されることになったこと、また文科省、教育委員会、高校長の間で、SEALDs呼びかけ集会の高校生について、「政治活動の禁止」を適用すべきかどうかが議論になった。政治活動は禁止すべきという意見もあったが、一八歳選挙権との折り合いがつかなくなる、という考え方が大勢を占めたようだ。その結果学外での政治活動の自由を認めることになった(教育ジャーナリスト・小林哲夫)。

八月二日夕方から東京・渋谷で、国会で審議中のいわゆる「安全保障関連法案」=戦争法案に反対する高校生たちがグループ「T­-ns SOWL(ティーンズソウル @teensSowl)」を結成し、高校生の呼びかけによる初めてのデモが行われ、高校生たち一〇〇人(全体で五〇〇〇人)が参加した。

「主催者側によると、若者の団体『SEALDs(シールズ)』による国会前のデモなどに参加した高校生約三〇人が『自分たちでもグループを作り、デモをやろう』とインターネットを通じて呼び掛け、実現に至ったという」(ロイター、8月2日)。

甲府市から参加した高校二年生の女子生徒は「同い年の人が呼びかけていることを知って、自分も動こうと思いました。デモを見た一人一人が考えてほしい」と話していました。また、都内から参加した高校二年生の男子生徒は「強行採決で押し切ろうという考え方が納得できません。少しでも声を上げて、それが力になればと思います」と話していました(NHK、8月2日)。こうした高校生の運動は京都などにも広がっていった。

一八歳選挙権付与が決まった後、都立青山高校校長は次のように生徒に呼びかけた。
「この件については、何度か集会等で触れました。『当時の青高生のとった行為(1969年の青高闘争のことを指す)は決して許されるものではありませんが、その姿勢は見習うべき点もある』と話しました。あまりに今の青高生(高校生と言ってもよいと思いますが)が社会や政治に無関心すぎることに危惧を抱いていたからです」。

……「これまで学校教育では政治教育が禁止されていました。今後は高校での授業等を通じて、生徒に主権者としての意識や資質、能力を身に付けさせる主権者教育を進めていきます。現在、安全保障関連法案をめぐり与党と野党が大きく対立しています。主権者になる皆さんはこの問題をどのように考えますか? 一つの意見だけにとらわれず、様々な意見に耳を傾けることが大切です。そして最後は自分自身で考え判断することになります。今からその心構えと意識をもって、私たちを取り巻く社会(広く世界)をしっかり見る力を付けてほしいと思っています」。(都立青山高校統括校長小山利一、「青高通信」6月30日)

20069年高校生運動と厳しい弾圧

一九六九年前後の学生運動を受けて、全国で高校生が学内民主化、受験体制粉砕、政治活動の自由を求めて闘った。一九六九年、文部省は高校生による政治団体の組織化や文書の掲示・配布、集会開催などの政治活動を「教育に支障があるので制限、禁止する」と通達を出した。

当時高校生(静岡県掛川西高)だった私たちも闘いに立ち上がり、学内での政治表現の自由(生徒による自主的な掲示板の設置)、チラシまき、デモ自由などを求めた。これに対して、学校側は掲示板の撤去、学外でのデモ参加に対して教師を派遣して、生徒を特定し参加しないように親にどう喝を行った。そして、一九六九年六月の静岡県伊東市で開かれたアスパック反対闘争(アジア・太平洋協議会首脳会議)に参加した八人のうち四人が逮捕され、無期限停学の処分がなされた。これが処分撤回闘争として発展し全国的にも注目される闘いとなった。この時、学校側が処分理由として使ったのが文部省による高校生の政治活動の禁止通達であった。

今回の文科省の高校生の政治活動への対応の変更は当然のことであるが、学内での政治活動を認めないという抑圧的なものだ。新しい事態を受けて、文科省は「副教材」「教師指導用テキスト」を配布する。教師へ「政治的中立」の名のもとに、現実に起こっている政治的対立について、政府批判をさせないような政治的締め付けはかえって強化されるだろう。教育現場は「政治的自由」どころか、かえって萎縮するだろう。選挙権という政治行為を一方で許し、一方で政治活動を制限しようとする。政府・文科省の矛盾は高校の教師へ一番重圧がかかり、結局高校生たちを非政治化したり、右翼・自民党政治にからめとようとするだろう。

学内において、政治討論の場を要求しよう。政治活動の自由をかちとろう。高校生たちの強みはツイッターなどによって、学内で政治的抑圧をしようとしてもできないほどの情報を得ることができ、それが横につながって仲間たちを作ることができることだろう。あふれんばかりの笑顔でデモをする高校生たちの姿はさわやかさを持っている。

憲法は集会や言論などの表現の自由を保障している。なぜ高校生の政治活動は制限されるのか。これは明確な憲法違反である。一八歳からの選挙権は一八歳~二〇歳の有権者が二五〇万人増えることになる。これらの青年たちがどのように政治にかかわり投票していくのか、今後の日本の政治動向にも大きな影響を与えるかもしれない。未来を決める高校生を始め青年たちに「自分たちのことは自分たちで決める」、「政治活動の自由を!」。「デモに出よう、デモを行おう」。 

(滝)