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『香港雨傘運動 プロレタリア民主派の政治論評集』

區龍宇 著 / 早野一 編訳 / 三七〇〇円+税
柘植書房新社 / 二〇一五年九月一五日 発行



au01【著者紹介】 區龍宇 香港で活動する労働問題研究者。中国におけるグローバリゼーションの影響について大衆教育を推進するNGO「全球化監察」(グローバリゼーション・モニター)創立メンバーの一人で、二〇〇五年末の香港でのWTO第6回閣僚会議に対するアクションの中で「香港民衆連盟」代表の一人となった。現在、「チャイナ・レイバーネット」と『ワーキングUSA-労働・社会雑誌』の編集委員・『ニュー・ポリティークス』、『ワーキングUSA』などの雑誌に寄稿。



【 目次 】

◇ 本書を読むにあたって

◇ 第一部 雨傘運動の総括と展望


 一 中国共産党と雨傘運動

 二 六つのシナリオと一〇万人のキャスト雨傘運動の内部力学について

 三 雨傘運動の意義と展望


◇ 第二部 オキュパイ・セントラル雨傘の前奏曲(二〇一三年六月~二〇一四年七月)


一 香港社会の地殻変動
・香港のあり方をめぐる右翼と左翼『香港ポリス論』批判
・六月四日、七月一日、そしてX月Y日香港行政長官選挙後の新しい情勢と任務
・これまでの民主主義の理論は時代遅れに新しい民主主義の理論は危機の中に好機を見出す
・サンクト・ペテルブルグの「中国特使」と香港の特務工作
・戦略ゲーム「オキュパイ・セントラルの鎮圧」
・香港の三つの歴史的画期民主化運動の回顧と展望

二 新しい民主化運動青年とプロレタリア
・オキュパイ・セントラルは誰が担うべきなのか
・真のポリス論候補者指名権を巡る論争から
・普普主義プロレタリアと普通選挙
・プロレタリア民主主義の萌芽
・尊厳ある労働と理工大学の過労死

三 オキュパイ・セントラルの決行に向けて
・攻勢的に七月一日のオキュパイを実現しよう 新情勢下の新思考(一)
・青年の創造的イニシアチブの勝利
・三大決戦へ香港人よ、用意はいいか
・研究室と監獄
・新しい民主化運動の不服従の夏


四 香港自決権の防衛と排外主義極右批判
・自決権に対する郝鐵川氏の誤解
・人民ではなく権力者に奉仕する陳弘毅の憲政観と問題だらけの「人民力量」の全人民憲法制定論
・時危くして節を見し、世乱れて良を識る新情勢下の新思考(二)
・『学苑』元編集長の王俊杰氏に答える

◇ 第三部雨傘運動のなかで(二〇一四年九月~一二月)

一 学生ストと新しい世代
・学生ストという素晴らしい授業 フランス一九六八から香港二〇一四へ
・オキュパイ・セントラルからみた二つの民主的価値観
・劉兆佳よ、お楽しみはこれからだ!
【付】全人代の乱暴な結論反対真の普通選挙と民生の改善がともに必要だ 普通選挙を実現する労働団体、市民団体の声明

二 雨傘運動の拡大
・オキュパイ・セントラルの攻略
・なぜ旺角を撤退し金鐘に結集させるべきなのか
【付】旺角街頭での政治談議(白瑞雪)
・雨傘運動と八九年民主化運動似ているところ違うところ
・立法会への襲撃は運動破壊である
・全人民の議論で、大業を共謀しよう
・敗北の中の勝利

三 プロレタリア民主派の雨傘綱領
・香港人の民主共同体の誕生「雨傘運動の共同綱領」の提案
・旺角攻防戦のアップグレードその一
・雨傘運動の自発性と自覚性旺角攻防戦のアップグレードその二
・梁振英と葉國謙反する主張で補充しあう
・二つの「民」主義が雨傘を救う

四 香港民族共同体批判
・香港核心価値論を掲げる香港新民族主義 民主共同体か民族共同体か(その一)
・民主主義はこうして鍛えられた 民主共同体か民族共同体か(その二)

五 中国共産党
・事に必ず至るもの有り、理に固より然るもの有り 中国共産党の本質から全人代決議を論じる
・カモフラージュして登場する闇の勢力に社会運動はいかに対峙すべきか
 【付】ファシスト暴徒による平和的オキュパイへの襲撃を放置する香港政府を強く非難し、金鐘オキュパイに力を結集することを呼びかける
・重惨党を笑う
・まるで「動物農場」のラストシーン 豚と人の見わけがつかない
・田北俊事件と門閥資本主義

◇ 第四部 雨傘運動が終わって(二〇一五年一月~)

・新しい世代の古い路線?
・思想を大いに解放しよう独立を目指さない自決権について
・学生諸君、これは政治闘争である
・「舟に刻みて劍を求む」では香港の自治を守ることもできない
・天安門追悼集会に参加すべし支聯会は改革すべし黔驢は柵に入れておくべき
・立憲体制に介入し、香港人の政治的人格をうちたてよう
・採決直前の爆弾テロ未遂事件?

◇ 解説:雨傘運動の底流─近年における香港の民主化運動  早野一


【 本書を読むにあたって 】

 本書は、二〇一四年九月末から一二月まで、香港の政治経済の中心地や繁華街の大通りを大規模にオキュパイ(占拠)して民主化を求めた「雨傘運動」に関する論評をまとめたものである。著者の區龍宇氏は香港在住の左派活動家で、中国の労働問題やグローバリゼーションをはじめ様々な課題について、複数のウェブメディアを中心に執筆をつづけている。區龍宇氏は一九七一年に香港で盛り上がった釣魚台(尖閣諸島)運動に弱冠十四歳で参加し、その後は左翼組織に参加。一九八四年の中英共同声明によって香港の中国返還が合意され、香港社会でもさまざまな立場からの議論が活発化し、従来からの中国派はもとより、ブルジョア民主派も中国政府の返還に向けた統一戦線にからめとられていく中で、區氏ら少数の独立左派グループはおりしも盛り上がっていた中国国内の民主化運動の展望を背景として、香港の民主的返還と自己決定権を全面に掲げたプロレタリア民主派として、民主化運動に参画していく。

 中国政府による香港返還に向けた統一戦線政策は、一九八九年の民主化運動への弾圧(六・四天安門事件)による香港および国際社会の反発をうけて強硬路線に転換する。これ以降、九七年の返還から昨年まで、天安門事件の追悼集会や香港民主化運動については、民主党などのブルジョア民主派(本文では「主流の汎民主派」と表現されている)の動きだけが取り上げられてきたが、天安門事件以前の歴史と香港返還以降の民主化運動の経過を知る者にとって、それは事実の一面、しかもほとんど重要ではない一面にすぎない。本書に収録した一連の論考によって、香港における民主化運動にとって、それらブルジョア民主派が果たした─正確にいえば、果たすことができなかった─決定的な役割を知ることができるだろう。

 もちろん著者の論考もプロレタリア民主派という立場からのものであり、そのような観点には批判もあるだろう。しかし雨傘運動のような事象を全面的に理解するためには、「極」の側に立つこと、ゆるぎない明確な立場に自らを置くことが必要な場合もある。ある事象の誕生、生存、発展を規定する主な条件を精確に認識することが、事象の分析にとって重要である。雨傘運動の場合は、中国共産党と資本主義という二つがその条件にあたる。そして著者はそれに対する妥協なき闘士として長年香港で活動してきた。一方、これまで香港の民主化運動の中堅を担ってきたとされるブルジョア民主派は、中国共産党と資本主義の二つのあいだで揺れ続けてきた。ブルジョア民主派というフィルターを通して香港民主化運動を理解することは不可能とまではいわないが、事態の把握が極めて不精確とならざるを得ない。今回の雨傘運動において、八〇年代から続く香港民主化を巡る論争から、原則的な立場がほぼ一切ぶれずに変わらなかったのは、中国共産党とプロレタリア民主派だけである。その意味でも、三十年にわたる香港民主化運動のピークの一つとしての雨傘運動を理解するうえで、著者の論考に納得できなくても、それを知っておく必要があるのはいうまでもない。

第一部 「雨傘運動の総括と展望」について

 第一部「雨傘運動の総括と展望」は、雨傘運動終了後の数ヶ月後に執筆された総括的文書を収録した。

 一は、雨傘運動が対峙することになった最大の壁である中国共産党についての分析である。昨年、日本で出版された區龍宇氏の著書『台頭する中国その強靭性と脆弱性』(柘植書房新社)では香港問題に関する論考は収録されていないが、本稿はそれを補うものになっている。『台頭する中国』に収録されている中国共産党に関する論考もあわせてお読みいただきたい。二は、雨傘運動にかかわった六つのアクターに関する論考である。中国共産党という巨人に抗う運動内部の問題を中心に展開されている。三は、当初の要求をほとんど実現することができなかった雨傘運動が提起した課題と今後の展望を示す。

 第二部と第三部は、第一部で記述されたさまざまな事象を、いくつかのテーマに分けて、それぞれのテーマごとに時系列的に収録した。第一部の総括が、雨傘運動から数ヶ月経過した冷静な分析だとすれば、第二部以降は運動の渦中で書かれたものであり、論争的、タイムリー、躍動感に溢れる論考が数多く収録されているのが特徴である。

第二部 「オキュパイ・セントラル雨傘の前奏曲」について

 第二部「オキュパイ・セントラル雨傘の前奏曲」は、二〇一三年初頭に提起されたオキュパイ・セントラル運動における著者の一連の論考収録している。

 「香港のあり方をめぐって」に収録されている冒頭の二論文は二〇一二年に書かれたものであるが、オキュパイ・セントラルおよび翌年の雨傘運動を惹起した状況を理解する手助けとなるだろう。他にも新たな情勢の中で登場した新しい民主化運動の萌芽と香港社会の変容、そして中国共産党の対応などについての論考をまとめて収録した。

 「新しい民主化運動青年とプロレタリア」では、ブルジョア民主派につらなる人脈によって呼びかけられたオキュパイ・セントラル運動に、プロレタリア民主派が積極的にかかわることの重要性を説いた論考を中心に収録した。イギリスの普通選挙運動や戦後日本の反戦平和運動、あるいは植民地解放闘争や一九世紀の欧州におけるブルジョア革命など、プロレタリア民主派を前衛とした労働者階級が、その運動(革命)に層として参加したすることで、より強固で断固とした闘争に発展したという階級闘争の歴史的経験に裏打ちされた論考である。

 「オキュパイ・セントラルの決行に向けて」では、新たに登場した学生を中心とした民主化世代がけん引する運動をプロレタリア民主派として鼓舞する論考を収録している。

 「香港自決権の防衛と排外主義極右批判」では、主権在民の立場から香港の自己決定権を擁護するとともに、「中国」という圧力に対する反発をバネに台頭する排外主義を批判する論考を収録した。排外主義極右の参加を巡る問題は、雨傘運動の内部においても大きな争点の一つとなったことは第一部の総括でも触れられている。この時期の論考の多くは「香港独立媒体」「主場新聞」などのオルタナティブ・ウェブメディアおよび「左翼二一」や「労働民主網」など左派ウェブサイトに掲載された。

第三部 「雨傘運動のなかで」について

 第三部「雨傘運動のなかで」では、雨傘運動の直接のきっかけとなった二〇一四年九月下旬の学生ストから、雨傘運動が終了した一二月までのあいだに書かれた論考や分析を収録した。

 第二部で展開されたプロレタリア民主派の主張や分析が、実際の運動の発展においてどのように有機的に適用されたのかを知ることができるだろう。

 「学生ストと新しい世代」は第二部に収録するほうが分類的には正確なのかもしれないが、分量のバランス、そして雨傘運動の直接の契機となったことなどを踏まえて第三部の冒頭に収録した。オキュパイ・セントラルに向けて高揚する学生ストの雰囲気を伝える一連の論考を通じて、学生らが社会に異議申し立てを行う意義を理解することができるだろう。

 「雨傘運動の拡大」では、巨大かつ長期的な街頭占拠の期間に発生したさまざまな事態に関する分析を収録している。著者は雨傘運動の中心にいたわけではないが、プロレタリア民主派として可能な限りオキュパイの現場での街頭討論会やウェブメディアを通じて主張を行い、また象徴的闘争(九月二七日から二八日にかけてのオキュパイ宣言や一一月三〇日から翌日未明までの機動隊との激しい衝突を伴った行政長官官邸周辺のオキュパイ決行闘争など)にも参加し(もちろん主力は著者よりもずっと若い青年世代であったが)、自らの従来の主張や分析に現実過程を統合し発展させている。

 「香港民族共同体批判」は、運動内部の排外主義右翼のアイデンティティである「香港民族」という概念が香港の自由放任資本主義の価値観と親和的である点を批判し、雨傘運動に表現される新しい運動の目指すべき共同体が「民族」ではなく「民主」を共通概念とすべきであることを主張する二編を収録。

 「中国共産党」では、雨傘運動に対する中国共産党の反応を論じている。第三部に収録した論評の多くは、香港の主流紙「明報」の日曜版コラムに掲載されたもの。

第四部 「雨傘運動が終わって」について

 第四部「雨傘運動が終わって」に収録した論考は、時系列にそっている。第二部と第三部で示された諸問題が雨傘運動後にどのように展開されたのかを、プロレタリア民主派の立場から論じている。

 巻末に収録した「雨傘運動の底流近年における香港の民主化運動」は、第一部から第四部に貫かれるプロレタリア民主派の主張を理解するために書き下ろした。香港基本法、行政長官、議会、選挙制度の基礎知識と、普通選挙権を求める動きを中心としたトピックスから構成されている。研究論文ではないので間違いや漏れなどもあると思われるが、區龍宇氏の論考を読むうえで理解しておくべき内容に焦点をしぼったので、本書で初めて香港の民主化運動に接する読者の方は、まずこちらから読み始めてもいいだろう。必要に応じて各論文の冒頭に訳者の解説をつけた。また本文中の[ ]も読者の理解促進のための訳注である(編者)


【 解説 : 雨傘運動の底流 近年における香港の民主化運動 】

早野一

 雨傘運動は「我要真普選!」(本当の普通選挙を!)を掲げて取り組まれた。「本当の普通選挙」とは、(1)香港行政府のトップである行政長官を選出する選挙に市民誰もが自由に立候補することができ、候補者を直接選挙で選出すること、(2)香港議会(立法会)の職能別選挙枠を廃止し、全議席を直接選挙で選出できるようにすることを指す。なぜ雨傘運動が「本当の普通選挙」を要求したのかを知るには、少なくとも返還前の植民地時代から続く政治制度およびその民主化を求めた動きを理解することが重要だろう。

(略)

雨傘の下に芽生えつつある新しい民主化運動

 香港の雨傘運動は、内部の敵(排外主義極右)と外部の敵(中国政府)という二つの極右という、予想された以上に厳しい局面を経験した。雨傘運動のきっかけとなった学生ストなどを主導した学聯は、排外主義右翼の揺さぶりで加盟組織が次々に脱退するなどの事態に直面した。しかし雨傘運動を通じてプロレタリア民主派という新しい民主化運動のカードルを層として鍛えるまでには至らなかったが、目指すべき方向性を社会的に明示したことは、著者の一連の論考を読むことで理解できるだろう。もう一つの学生組織である学民思潮を率いたリーダーをはじめ、新しい民主化運動のカードルからは基本法を民主的に再制定しなおすべきであるという主張もなされはじめている。雨傘の下で確実に変化の兆しは表れている。

 「五十年不変」の問題は冒頭で述べたところであるが、オルタナティブは香港独立や脱中国化でないことは、著者の論考からも明らかである。返還から五十年後の二〇四七年までに、香港のみならず中国全土の政治と経済の民主化を実現するこそが決定的に重要である。それはひとり香港や中国だけの奮闘ではなく、台湾、日本、沖縄や朝鮮半島の極東や東アジア全体、そして世界規模での政治・経済の民主化と一体の闘争である。

遠からずして起こるべき次の爆発の方向を示す手がかりとして

 第一部の「中国共産党と雨傘運動」の最後で、著者は雨傘運動を「雨傘革命」と名付けることに反対している。訳者も完全にその意見に同意するが、最後に敢えて、一八四八年のドイツ革命の過程を分析したエンゲルスによる論考集『革命と反革命--一八四八年のドイツ』(岩波文庫)の冒頭で、敗北したドイツ革命の総括の試みたこの論評集を執筆する意義を語っている箇所を引用して本稿を終えたい。それは、區氏の一連の論考および分析が、ブルジョアジーが開始して途中で放棄してしまったドイツ革命を最後まで推し進めようとして斃れた唯一の階級である中欧の労働者階級の息吹を伝えたエンゲルスとマルクスの筆跡を彷彿とさせるからでもあるが、過密なスケジュールの中で、日本での出版に合わせて第一部を書下ろした著者の意図をほぼ正確に表現しているからでもある。

 「[ヨーロッパ]大陸の革命党--いな、むしろ革命諸党--が、その戦線のすべての点でこうむった敗北よりもひどい敗北を想像することはできない。だが、それがなんであろう。イギリスの第三階級が、その社会的ならびに政治的支配権をうるためにおこなった闘争は四八年、フランスの第三階級のそれは四〇年にわたる、比類のない闘争の連続ではなかっただろうか。しかもふたたびその位にもどった君主制が、まえよりもいっそう鞏固になったと考えられていたその瞬間ほど、かれら第三階級の勝利が近づいていたことが、あっただろうか。……これを強圧しようとするこころみは、いずれも、ただその要求をますます強烈にし、われわれとしては、もう一度はじめからやりなおすだけのことである。さいわいなことには、激動の第一幕のおわりと第二幕のはじめとのあいだにめぐまれたこの幕合は、おそらく非常に短いものであろうが、ともかくわれわれに対して、きわめて必要な一つの仕事をする余裕をあたえてくれている。その仕事とは、さきの蜂起とその敗北、この両者を必然ならしめた諸原因を研究すること、これである。……われわれは、たしかな事実にもとづいた合理的原因を見いだして、その運動の主要な事件と重要な推移を説明するとともに遠からずして起こるべき次の爆発が、ドイツの民衆にどういう方向を示すかという点について、一つの手がかりをあたえることが、できれば、それで満足しなければならない。」

 本書が、エンゲルスの言うところの読者の満足にかなうものであることを願う。

 二〇一五年八月五日