旺角(モンコック)街頭での政治談議

白瑞雪

2014年10月9日


原文

10月5日の日曜日の夜には、多くの人々が、警察はオキュパイ運動への弾圧に乗り出すのではないか、と不安になっていた。翌日からは公務員は通常出勤になるがオキュパイ運動はそれを妨害してはならない、と警察が警告していたからだ。その後、今週に入ってからも、参加者は減少したとはいえ、抗議行動は続いている。先週の連休(10月1日の国慶節をはさみ前後が連休になった:訳注)とは違い、今週は平日が続く。にもかかわらず、参加者の決意は固い。学生連合会は今週末の金曜日に香港政府と対話を行うと発表したが、政府の側は、対話に臨む立場は香港基本法と全人代決議を基本とすることを明らかにしている。愛国勢力(親中派)と裏社会はオキュパイ運動への攻撃を継続しているが、その規模は先週の金曜日にくらべて大きく減少している。

旺角の街頭ではあちらこちらで自発的な議論の輪ができている。昨晩、私もある議論のグループに参加した。参加者の多くは、現在の情勢からどのように目標を達成することができるのかに関心があった。特筆すべきは、議論の輪を囲んで討論に参加していた市民は、学生ではなく、いろいろな世代にまたがる一般の労働者であったということだ。もちろん社会運動の活動家も参加はしていた。このような街頭政治談議はそもそも活動家たちが呼びかけたものである。従来、中下層の労働者たちは政治に対して関心を明らかにすることはなかったが、近年は変化が見られ始めている。それは若い世代から始まっている。議論の輪は、始まりのときは少人数なのだが、すぐに周囲の人々を巻き込んで大きな輪になる。道行く人々も立ち止まって発言を求める。

私が議論の輪に加わったときは、旺角と銅鑼湾のオキュパイ陣地を維持すべきかどうかについて話し合われていた。ある人は、オキュパイ銅鑼湾の参加人数の減少は顕著だが、旺角では陣地を防衛しようとする熱意ある人々がまだたくさんいると発言。またあるひとは、オキュパイ旺角の運動は川の流れのようで、参加者が(オキュパイ運動の中心である)金鐘地区へ流れても、また新しい人たちが旺角にやってくるのでオキュパイが継続できていると発言。別な人は、長期間のオキュパイで旺角の個人経営の商店の売り上げに影響が出ているのではないか、と問題提起。このとき、通りすがりの人が立ち止まって批判を始めた。抗議行動によって交通が寸断され不便をもたらしていると言う。

この運動が一ヶ月あるいは二ヶ月も持ちこたえることができるのか、という問いを発した参加者の発言をきっかけに、参加者の議論は、この運動がどのくらい持ちこたえることができるのか、撤退はいつか、などに集中した。どのような条件ならばオキュパイを終了することになるのかについての議論は白熱した。ある市民は、目標と原則は簡単に変更してはならないが、戦術的には柔軟であってもいいのではないか、と発言。彼の意見では、みんなの目標は真の普通選挙の実現だが、それだけでなく政治経済制度の変革も追及すべきであり、梁振英が辞任して別な行政長官が就任すればいいというものではない。

また別な参加者は、今回の運動で香港無料テレビの許認可問題[香港政府が新規参入を認めず2013年に10万人規模の抗議行動に発展した:訳注]を思い起こしたという。数万人の人々がこの問題で街頭デモに参加したが、その後は闘争が継続しなかったという。彼は、もし運動が目的を達成せずに撤退してしまったら、市民の声を圧殺する政府のやり方を逆に応援することにつながってしまうと言う。その意見に賛成する参加者からは、真の普通選挙を実現するまで街頭にとどまり続けるべきだと発言。反対する意見も出た。運動は戦争と同じであり、段階的な勝利を目指すべきだという。現在の運動は拡大しているのか、それとも縮小しているのか、どの街頭をオキュパイするのかという戦術が運動自体の終了を意味するものでない、という視点を提供した発言者もいた。

立場の異なる意見が交わされはしたが、今後どのような状況になったとしても原則を放棄することはないし、市民が立候補できる真の普通選挙の実現そこが大切な目標である、というコンセンサスは確認できたのではないかと思う。

討論では次のような質問も出された。学生連合会や学民思潮はどの程度オキュパイ参加者全体を代表しているのか、と。参加者の一人はつぎのように発言した。両団体は学生の代表組織であり、われわれを代表するものではないが、それでもわれわれは両団体を支持すべきだ、なぜなら学生団体はわれわれと政府とのあいだの媒介だからだ。学生連合会は政府との対話のあとは、われわれの前に登場して状況を説明することが大切だ。別な参加者は次のように述べた。学生連合会は運動参加者に対して何をすべきかを提示する権力はない。また他の参加者は、もし政府との対話で成果がなければ、学生団体はオキュパイ参加者からの信頼を失うだろうと発言。討論の参加者たちは、学生団体が運動全体からの代表権を獲得すべきかどうかについても議論が行われた。どのような方法でそれが可能かについては誰も明確な答えがないにもかかわらず。

政府との対話の問題では意見が噴出した。発言者の一人は、対話は象徴的なものでしかなく、なんら成果がないということが最大の成果になるだろうと発言。政府の権謀術数を警戒する発言もあった。別な発言者は、政府が譲歩するよりも、学生側が譲歩することになるのではないかという悲観的観測を述べた。運動は始まったばかりであり、今の段階で対話による実質的な成果がなくてもそれほど気にはならないという発言もあった。

主流民主派に対する批判も討論の話題になった。ある女性は、立法会の議員の多くは、主流民主派をふくめて、民意を反映していないと発言。デモ隊に対する催涙弾による弾圧の際も、主流民主派はただ傍観するだけで何もしなかった。「こんな人たちにこれからも投票しないといけないの?」と問うた。別な人は、主流民主派はこれまでも庶民の意見を聞いてこなかったと発言。また別な参加者は、運動の敗北は重要なことでない、なぜなら種がまかれたからだ、というある主流民主派の発言を批判した。中国では89年の民主化運動が弾圧されてから25年が経つが、出てきた芽はまったく別物ではないか、今回の運動でも多くの人々が犠牲を払って今があるにもかかわらず、主流民主派はわれわれに対して「もう家に帰りなさい」などという権利がどこにある、と批判を続けた。

オキュパイ運動への敵対者からの発言もあった。香港人はコメから飲料水から、一切を中国大陸に依存しているんだから、中国政府に反対するのはおかしいと発言。さらにオキュパイ運動が社会に亀裂をもたらしたとも批判した。それに対して、経験ある社会運動の活動家が反論した。香港人が食べているコメは共産党が作ったものではなく農民たちが生産したものであり、工業製品は労働者たちが生産したものだ。水は自然の賜物だが、共産党政権によってひどく汚染されているではないか。

この活動家はさらにこう付け加えた。社会の亀裂については無理やり作り出された亀裂とそうではない亀裂を分けて考える必要がある。大陸から香港に移住してきた新移民と香港人との間の亀裂(新移民に対する差別)は人工的に作り出されたものであり、それは撤廃すべきである。だが権力エリートと庶民の間にある亀裂は客観的に存在するものであり、多くの庶民がますますそのような亀裂を認識することは、決して悪いことではない。貧富の格差に代表されるそのような亀裂を認識することで、人々が問題の根源と、その解決のために立ちあがる必要があることを理解するからだ。