【解説】現在の梁振英行政長官は、2013年3月に、親中派の経済人などが多数を占める800名の選挙委員会によって選出された。中国政府は2017年に予定されている行政長官選挙では「一人一票の普通選挙を実施する」と約束していたが、ふたを開けてみると一人一票には違いないが、候補者は親中派が多数を占める選挙委員会の過半数の推薦を得た者2~3名に限定する、というシロモノだった。

これは早くから指摘されていたことであり、先駆社をふくむ香港のラディカル派は、香港返還以前からこの問題を指摘しており、前回の行政長官選挙(2012年)際にも警告を発してきた。中国共産党の支配的影響下にある選挙委員会の欺瞞性を告発し、選挙権・被選挙権ともに民主的な選挙制度の実現を訴えてきた。

一方、主流民主派は、香港返還以前も以後も、選挙委員会の枠組みは維持しつつ、立候補条件の緩和という要求を掲げ続けてきたが、真の民主的選挙の実現にはなんら力を発揮することができていない。

以下は、前回の行政長官選挙が行われた2012年3月25日に書かれた先駆社の林致良同志による論考である。2年以上前の論考だが、現在の状況を理解するための参考にしてほしい。

なお2012年当時すでにいくつかの論評を翻訳・紹介している。
行政長官選挙結果に対する声明(2012年3月)
真の普通選挙実施で中国による統治を一掃しよう(2012年7月)


末尾に【訳者による解説】として1997年香港返還後の行政長官選挙の経過をつけた。(H)


=====


梁振英の当選によせて(2012年3月)

林 致良

原文


これほどでたらめで、醜悪で、けがれにけがれた小集団による特区行政長官選挙という醜いお芝居はついに千秋楽を迎えた。梁振英は過半数の選挙委員の支持を得て行政長官に就任した。[1200票の過半数689票]

今回の行政長官選挙は、これまでと同じように基本法の制度下における非民主的選挙制度の産物であり、平等な政治的権利を香港人に享受させず、少数の特権者とブルジョアジーが大多数の人民に対して赤裸々な専制を確保する専制上の産物である。そうであるがゆえに、人民は選挙の結果に拘束されずに、この特権階級の支配に反対し続ける権利を持っているのである。


● 党人以上の党人

自分は共産党員ではないと天に誓って宣言したこの「党人」は、過去20数年のあいだほとんどの香港人から歓迎されず、逆に不安がられてきた政客であり、近年になってイメージチェンジを行い、民意を理解する勤勉な政治家というイメージを作り上げてきただけにすぎない。もし彼が本当に党員でなかったとしても、70年代末にはすでに北京の権力中枢の目にかなって、緊密な関係を維持してきた経歴には変わりがなく、今後も忠実に北京の権力中枢の意志に沿って働くに過ぎない。官僚と大資本家の特権を香港民衆が揺るがすことは許さず、香港で真の民主政治を実現することも許さないだろう。

彼は唐英年[候補者の一人]以上に「ボス」たちに忠実であり、北京の意向を汲むことにも長け、中国共産党の官僚資本家の利益への奉仕と香港ブルジョアジーの利益への奉仕の間においては、意識的に前者の利益を貫徹するであろう(もちろん両方のブルジョア階級の間には矛盾がないとは言えないが、全国人民を搾取するという点においては共同の利益を有しており、根本的な矛盾があるわけではない。両者の間の分岐は二次的な問題と言える)。


● 彼は誰のために考え誰のために働くのか

この「党人」は表面上はそれぞれの利益集団から距離をとり、選挙の当初は庶民の友を演出していたが、その骨格はまごうことなき中国共産党官僚と大資本家の忠実なしもべである。

それは、彼が今後も「にわか庶民派」をつづけ、細微な民衆生活の改善によって有権者の支持を得ることで、富豪独裁の長期的な安定を実現する可能性を排除するものではない。しかし、不動産資本など独占資本の根本利益および北京官僚の権威に抵触する事項については、かれは決して容易には譲歩しないだろうし、彼自身も自らの主人が誰なのかをはっきりとわかっている。最近の報道では、彼がその任期中に国家安全法の制定に尽力するだろうと言われているが、それは根拠のないことではないだろう。労働者民衆は彼の任期である今後五年のあいだ巨大な挑戦に直面することになるだろう。


● 基本法では真の普通選挙は永遠に実現しない

今回の行政長官選挙が最後の制限選挙であり、2017年には普通選挙が実施されると考える人もいる。

いや、喜ぶのは早すぎる!

基本法第45条の第2項は次のように定めている。「行政長官の選出方法は、香港特別行政区の実情および順を追って漸進するという原則に基ついて規定し、最終的目標は広範な代表性をもつ指名委員会が民主的手続きを踏んで指名したのちに普通選挙で選出されることである」。非常に長い文章であり、「最終目標」だけを見ても長くてわかりづらい。しかしそこで表現されている中心的考えは「指名委員会が……指名したのちに普通選挙で選出」するということである。

普通選挙―――これは民主主義政治制度といえる。しかしその前に「指名委員会が指名したのちに」という制限を加えることで、まったく別なものになってしまうのである。上等のスープでも、たった一杯の臭い油を入れるだけで、もう口にすることもできなくなってしまうのである。選ぶのは君たちが選びなさい、ただし選択肢はこちらが提示する、ということだ。つまり、結局はいつまでたっても選挙の自由を享受できないということである。香港人は「指名委員会」によってふるいにかけられた「腐ったリンゴ」から自由に選ぶことができるに過ぎないのだ。

かつて中国共産党によって一方的に制定された基本法のこの条項は、あらかじめ香港人に着けられた緊箍児[孫悟空の頭に着けられている金の輪]であり、それによって香港人を飼いならそうとするものだ。

普通選挙で選出された権力機関によって、基本法を民主的に制定しなおし、指名委員会などの悪法規定を削除してはじめて、名実ともに民主的自治といえるのだ。

何俊仁[候補者の一人]のような主流民主派は、立候補あるいは指名条件の緩和を求めるだけであり、極度に穏健で軟弱な要求でしかない。それは主流民主派が民主主義政治を実現するという断固とした決意を喪失していることをあらためて表現するものである。


● 社会経済の制度の全面的改革が必要

プロレタリア大衆がこの運命を変えようとするならば、自分自身の力にのみ依拠した長期的な闘争が必要で、しかも闘争目標は普通選挙の実現のみに限定してはならないだろう。2017年に一人一票による被選挙権を含む自由な選挙が実施されたとしても、ブルジョアジーによる民生資源の独占状況が変わらないままであれば、民衆の生活には本当の変化が訪れることはないだろう。このような社会経済領域における不平等は、名目上の政治的平等を見た目はいいが役に立たないモノにしてしまうだろう。そして多党制民主政治をブルジョアジーの支配に陥れるだろう。英米が最たる例である。そこでは民主主義普通選挙が実施されて久しいが、共和党であれ民主党であれ、あるいは保守党であれ労働党であれ、いずれも「小さな政府、大きな市場」という新自由主義の反民衆的政策を実施し、労働者大衆はいぜんとしてブルジョアジーに搾取される賃奴隷のままなのだ。

それゆえ、民主主義普通選挙および労働時間規制などの改良的措置は何としても必要ではあり、それらは民衆の利益に完全に合致してはいるが、人民の闘争目標はそれだけに限定するべきではない。当初から資本主義の搾取と国家的抑圧の廃止という遠大な目標を確立すべきであり、政治と社会経済の領域において人民が主人公となる社会の実現によって、道は切り開かれるのである。そのために、社会的解放を目標とするプロレタリア大衆の左翼政党の建設によって、ブルジョア選挙政治を迎え撃ち、政治経済の民主化に向けた決定的な勢力となるよう大衆を導かなければならない。

2012年3月25日

=============

【訳者による解説】

香港は1997年7月1日にイギリスから中国に返還された。イギリス植民地時代の行政のトップはイギリス女王が任命した香港総督であったが、返還後の初代行政長官は中国政府が組織した香港人から構成される選挙委員会によって選出された。

最初の選挙は、返還前年の96年に中国政府が組織した選挙委員会400人から50人(12.5%)以上の推薦を得た候補者3名によって争われた。投票権を持つのは400名の選挙委員である。96年11月15日に行われた選挙で、董建華が320票を獲得して初代行政長官に就任した。任期は5年。

2002年3月24日に行われた第二回選挙は、選挙委員会が800人に拡大されたが、現職の董建華行政長官以外には候補者となる条件(選挙委員100人=12.5%以上の推薦)をクリアできず、董一人が候補者として762票を獲得して行政長官に再任された。

しかし董は2003年に中国政府の意向を受けて治安条例を制定しようとしたが、香港民衆の巨大な反対を受ける。その後も民衆の批判にさらされ続け任期満了から2年も前倒しの2005年3月に辞職した。同年6月の補選では3名が立候補を宣言したが、民主党党首を含む2名は途中で離脱を表明し、行政長官代行の曽蔭権が無投票で返還後二代目の行政長官に選出された。

2007年の第三回香港特別区行政長官選挙では、800人の選挙委員から100人(12.5%)以上の支持を得ることが候補者になれる条件とされ2名が候補者としてノミネートされ、800人の選挙委員による投票で、曽蔭権が649票を得票して行政長官に再選された(対抗馬の梁家傑は123票)。

2012年の第四回行政長官選挙では1200人に増加した選挙委員の150人(12.5%)以上の支持を得ることが候補者になれる条件とされ民主派1名を含む3名が候補者としてノミネートされ、梁振英(689票)、唐英年(285票)、何俊仁(76票)で、梁振英が行政長官に選ばれた。

2017年に予定されている第五回行政長官選挙では、1200人の選挙委員(親中派が圧倒的過半数を占めると予想される)の過半数の支持を得た2ないし3人を候補者としてノミネートし、そこから香港の全有権者が一人一票で行政長官を選出する。

つまり普通選挙といっても、親中派の意向に沿った2~3人の候補者のなかから一人を選ぶという「偽りの普通選挙」である。現在オキュパイ・セントラル運動に参加する香港の人々はこのような「偽りの普通選挙」ではなく、有権者の1%の支持を得るだけで立候補できるように条件を変更するよう要求している。