無題「プロジェクト恐怖」がスコットランド独立を拒否

アラン・ソーネット

http://www.internationalviewpoint.org/spip.php?article3607

 独立スコットランドの提案は住民投票で拒否され、支配エリートたちは集団で大きな安堵の息をついた。それは「ダウニング街」(訳注:ロンドンの官庁街、日本で言う「霞ヶ関」)としめしあわせた「ノー」キャンペーンが組織した恐怖と怒りに基づく敗北である。「反対」票は五五・三%を獲得し、賛成票は四四・七%だった。

 「ウエストミンスター(英国議会)」体制の全体と三つの主要政党(保守党、労働党、自由民主党)は、「独立イエス」に反対して一線に並んだ。それに加えて、実質上メディア、銀行、スーパーマーケットのすべてとロンドン市を付け加えることができる。トライデントミサイル防衛をめぐって軍も討論に参入した。かれらは、この島国で見られたこれまでで最も注目すべき草の根キャンペーンに対して、恐怖、脅しを利用し、そして反動と保守主義に訴えてやっとのことで勝利した。かれらは国際的にも、バラク・オバマからEUの議長までを「反対」の陣営に取り込んだ。

 再登場したゴードン・ブラウン(前首相)に率いられた労働党の政治家たちは、有権者に対してこの脅しを加える点では保守党よりも強力な圧力をかけた。

 一週間ほど前、「独立賛成」キャンペーンへの支持が劇的に上昇し、無分別なパニックが始まった時、「ウエストミンスター」のエリートたちは楽勝を予測していた。かれらは不測の事態について悩むこともなかった。ハモンド(七月まで国防相、現外相)はトライデントの移転についてなぜ臨時出費を行わないのか、と問われて、「独立賛成が勝つ可能性は極めて低いからだ」と答えた。これはたんに「ウエストミンスター」とスコットランドの分岐のあらわれではなく、保守党指導部がこの分岐について侮蔑していたという声明である。



 独立賛成キャンペーンは、その結果に関わらず歓迎され、祝福されるべきである。このキャンペーンは、投票日が近づくにつれてかつてないほど高レベルに達する大規模な全国討論を巻き起こした。それは有権者登録が九七%、投票率が八四・六%という注目すべき数字に表現されている。真の変革が提示された時には人びとはそれに関与し、自分たちの運命をかたちづくる機会を握りしめるという明確なサインである。

 「独立賛成」キャンペーンは粗野な民族主義や反英(イングランド)感情に根ざしたものではなく、政治的民主主義と参加の新しいレベルを伴った「今までとは違ったスコットランド」という考えに根ざしていた。それはスコットランドに住む人がスコットランドを統治すべきであり、長期にわたるイングランドへの依存を終わらせるべきだ、という考えに根ざすものだった。それは、支持投票したわけではなく、実質的にスコットランドでは支持者のいない人びとが自分たちに押し付けた保守党政権を持つべきではないという考えに根ざすものだった。

 それは、学費、とりわけ患者や障がい者への福祉支出金の削減、寝室税、カネ持ちへの課税削減、スコットランドでは支持のない連中によってスコットランドの住民に押し付けられた対外戦争など、保守党の一連の政策に対するスコットランドでの怒りの反映だった。

 「独立賛成」キャンペーンの力は、一六歳、一七歳の若者たちが、住民投票で初めて投票に参加する権利を与えられ、運動や討論に参加した熱気にも示されている。それは、キャンペーンの最後の週で「賛成」陣営がつかみ取った注目すべきエネルギーに示されていた。



 投票結果が出た日の朝、労働党の政治家たちは保守党よりも、この投票で独立の問題がきわめて長期にわたる、あるいは永遠の課題として解決される問題になった、と強調して語った。しかし、独立を支持した批判的大衆はこの運動の中で劇的に増大し、その趨勢は変わりそうもない。スコットランドの人びとは、数カ月かけて独立という考え方を討論し、擁護し、以前よりもこの問題に強く関わるようになった。

 今朝(九月一九日)、とてもいらだち、激昂していたのが労働党の政治家だったのは驚きではない。労働党は、保守党との肩を組んだキャンペーンによって大きなダメージを受けた。独立賛成票が最も多かったのは、労働党の最強の核心的基盤である工業的(あるいは脱工業的)中心地のグラスゴー、ノース・ランカシャー、ウエスト・ダンバートン、ダンディーだった。

 スコットランド労働党は、深刻な分散化をこうむり、二〇一六年に行われる次のホーリールード選挙(訳注:スコットランド議会のこと。エジンバラのホーリールード王宮の名をとってそう名付けられている)で、トラブルになりそうである。この選挙でSNP(スコットランド民族党)は再び多数を取り、労働党に代わってスコットランドにおける主要な中道左派社会民主主義政党になろうとしている。独立に賛成投票した幾万人もの労働党支持者、そうすることで労働党から攻撃を受けた人びとは当然にもSNPにぴったりとついていく。とりわけこの選挙でSNPに多くの票が投じられることは、独立の課題に再点火する最善の道となるだろう。

 「ウエストミンスター(英国議会)」のエリートたちが、自分たちが独立するといういつわりの署名をつけた証書を出したという理由で、ホーリールード(スコットランド議会)に特別の圧力をかけると考えるべきでもない。これは、それに反対しようとしている保守党の一般議員、そしてそれを望まない連合政権の閣僚がすでに疑問を投げかけている問題である。

 キャメロンは、そうすることはウェールズの独立への呼びかけを強めることを知っている。「プライド・カムリ」(ウェールズ民族党)のリーダーであるレアンヌ・ウッド――彼女はスコットランドの独立賛成キャンペーン支援で良い役割りを果たした――は、スコットランドがより多くの権力について論議している時にウェールズが取り残されるようなことはしない、とすでに明らかにしている。

 これは欧州で最も集権化された国であるイギリス全体の、巨大な人口統計学的欠陥という課題をも提起する。それは、北部の都市と北部地域のウエストミンスターと南東部からの疎外という問題を提起するし、また選挙にあたってほとんどの投票が勘定に入らない小選挙区制度の問題をも提起する。

 スコットランドへの約束に関するキャメロンの最初の声明から、彼が肩越しに、英国民族主義であるUKIP(英国独立党)、そして右派の平党員を見とおしていることが明らかである。彼は、スコットランド選出国会議員が英国の問題で投票をしないことに、イングランドの新しい憲法上の合意よりもはるかに多くの関心を持っている。それはナイジェル・フラージュ(英国独立党のリーダーで欧州議会議員)の主張として知られている。

 これは労働党に一つの問題を提起する。それはスコットランドへの誓約が第一にキャメロンではなく、ゴードン・ブラウン(労働党リーダーで前首相)によってなされたことである。キャメロンの現在の主な目的は、この展開過程全体の時計の針を元に戻すことだが、それは簡単ではない。独立賛成キャンペーンは、政治討論で全体として勝利を収めた。独立を支持した一六〇万票の多くは、当然にも政治的関与を続け、「ウエストミンスター」による約束の後退や新しい攻撃に穏やかに対応しないだろう。

 独立賛成キャンペーンの急進化は、当然にもスコットランド政治の新しい急進化に転化する。またそれは、イギリス全体に影響を及ぼすだろう。いっそうの権限移譲、民主主義的改革の要求は不可避である。「ウエストミンスター」はスコットランドで代表を持つ以上に、イングランド北部の都市や北部地域で代表者を持っていない。

 敗北にもかかわらず、以前の状態に事態を戻すことはできない。「いつも通り」は選択に入らないのである。

(2014年9月19日)



▼アラン・ソーネットはイギリスの元自動車工場労働者で第四インターナショナル・ビューロー(書記局)メンバー。「ソーシャリスト・レジスタンス」(第四インターナショナル・イギリス支部)の長きにわたる指導部メンバーでもある。

(「インターナショナル・ビューポイント」二〇一四年九月号サイトより)