26反天皇 6月26日、8・15反「靖国」行動(準備会)は、「天皇の沖縄訪問反対!沖縄戦・『対馬丸』事件の責任を問う 6・26集会」を行った。

 


天皇・皇后は、6月26~27日、学童疎開船「対馬丸」が米潜水艦に撃沈されてから70年、対馬丸記念館開館10周年記念に視察と慰霊と称して沖縄を訪問する。そもそも沖縄戦は、「国体護持(天皇制護持)」のため米軍の「本土」上陸を遅らせるために住民を巻き込んだ「捨石作戦」だった。

 

その一環として日本軍は、住民、学童の疎開を強要したが、それは日本軍の食糧確保と戦闘のじゃまだというのが理由だった。戦後、日本政府は対馬丸犠牲者(乗客約1800人〈学童800人〉中、約1500人〈学童741人〉死亡)が軍の命令であったことから「戦闘参加者」として「慰霊・顕彰」し、靖国神社に合祀した。「戦傷病者戦没者遺族等援護法」も適用した。

 

実行委は、天皇訪沖に対して「慰霊よりも謝罪を」アピールを出し、皇位継承した明仁天皇が沖縄戦を強要した昭和(裕仁)天皇の戦争責任、沖縄人民の土地を米軍基地に提供した責任などについて謝罪することを要求した。さらに天皇訪沖が安倍政権の「集団的自衛権」行使の強行にみられるように日米同盟の強化と東アジア戦争体制に向けた流れを促進し、その一環である辺野古新基地建設など米軍・自衛隊基地建設を加速させ、反基地闘争への敵対と反ヤマト(日本)意識の解体にあることを批判している。

 

集会は、天皇の沖縄訪問反対の論理を深めるために石原昌家さん(沖縄国際大学名誉教授)を迎え、「学童疎開船対馬丸と靖国神社『合祀』」をテーマにして問題提起した(別掲)。

 

最後に主催者から集会アピール、天皇来沖反対!アクションからのメッセージの紹介。討論集会「安倍戦争国家の『追悼』を許さない! 八・15反『靖国』行動に向けて」(7月21日(月・休)/13時15分会場/笹塚区民会館〈京王新線「笹塚駅」徒歩8分〉)の参加を呼びかけた。(Y)



石原昌家さんの講演要旨/「学童疎開船対馬丸と靖国神社『合祀』」



サイパン島に展開していた日本軍第三一軍が陥落後、日本政府は、一九四四年七月七日、海が戦場化している軍事情報を隠して台湾、九州へ南西諸島から一〇万人の住民の疎開計画を促進した。国策による学童疎開は、学童疎開引率教師たちも、住民が安全に保護されるものと信じ込み、学童疎開の推進役を担った。

 

一九四四年八月二二日、対馬丸撃沈。日本軍は、生存者、遺族に対して「軍事機密の漏洩防止」のために箝口令・口止めを強要した。すでに軍は、「軍官民共生共死の一体化」という県民指導方針を立て「軍事機密漏洩防止」を強化していた。「防諜に厳に注意すべし」という全軍への訓示をくり返し、兵士はもとより住民に対しても「敵に投降するものは銃殺する」という達しを出し、それを実行した。軍人同様に軍事機密を知る住民は、軍人同様に死ぬことを前提にしていた。

 

「軍官民共生共死の一体化」とは、極秘に県民を共死するように仕向けていったのである。戦闘前は、軍民一体で陣地を構築しながら、住民は軍事機密を熟知しているという認識だ。戦闘中になると住民を壕から追い出し、軍事機密の保護のために住民をスパイ視し、虐殺、死に追い込んでいった。

 

ところが戦後日本政府は、日本軍の「機密保持」のために住民「自ら命を絶つような形」に仕向けられ、軍に命を絶たされた住民の死を、「住民自らが命を絶った」と、「集団自決(殉国死)」という表現を用いて沖縄戦の真実をねつ造していったのである。

 


「軍人恩給法」が日本の軍国主義の温床になっているという理由で連合軍に停止され、それに代わって制定されたのが「戦傷病者戦没者遺族等援護法」だ。日本政府は、「援護法」を沖縄に適用拡大することによって、旧日本軍と自らの戦争責任を国民・住民に転嫁した。

 

「対馬丸遭難学童遺族会」は、政府に対して①対馬丸遭難学童に対して戦闘参加犠牲者に準ずる処遇をしていただきたい②対馬丸の船体を引き上げ遺骨を故郷の山に葬らせていただきたい③靖国神社に合祀していただきたいと求めていった。一九六二年に遺族への見舞金支給。学童死没者を一九六六年に靖国神社へ合祀。一九七二年に対馬丸学童死没者全員に勲八等勲記勲章が授与される。

 

「援護法」の適用を受けようとする住民は、「軍の命令」により「集団自決(殉国死)」した、と書かざるを得ないのである。いわば「国と雇用類似の関係」が生じる「軍命令」と「集団自決(殉国死)」という「軍事行動」によって「戦闘参加者」の身分を取得するのは、セットになっているのである。

 


要するに死に追い込まれた住民が、「準軍属」としていわば「軍人扱い」され、その遺族は年金というおカネを支給する「援護法」の適用を受けることによって、政府にまんまと、絡めとられてしまっている。そのことにまだ「気づかない」か「判断停止しているのが、沖縄の現状である。

 

「沖縄靖国神社合祀取消訴訟」(二〇〇八年三月提訴)は、沖縄戦の真実をねつ造する法律として機能している「援護法」が直接、裁判の争点になっていった。沖縄住民に対する旧日本軍の犯罪行為と政府の戦争責任が問われることになった。日本政府による沖縄戦のねつ造のプロセスが明るみになっていく。

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