『トークバック 沈黙を破る女たち』 坂上香 監督作品

ドキュメンタリー映画/2013年/日本/日本語字幕付/119分
東京・渋谷【シアター】イメージフォーラムにて4月25日まで上映



公式サイト


「talk backとは、言い返す、口答えするというネガティブな意味で使われることが多い。しかし、本映画では、沈黙を強いられてきた女性たちが『声を上げること』や、人々と『呼応しあう』というポジティブな意味で使っている。」


映画『トークバック 沈黙を破る女たち』のパンフレットにある説明だ。この映画は、サンフランシスコを拠点とするローデッサ・ジョーンズ率いるアマチュア劇団「メデア・プロジェクト:囚われの女たちの劇場」の新作「愛の道化師たちと踊る」の上演とその過程を描いたドキュメント。


この新作「愛の道化師たちと踊る」は、元受刑者とHIV陽性者らが、これまで明らかにしてこなかった自らの経歴や病歴をモチーフにしたパフォーマンス演劇。出演者のほとんどが女性である。ドラッグや犯罪、レイプやDVの被害など深刻な経歴の元受刑者もいれば、比較的恵まれた環境においてもHIVに感染した女性など、さまざまな経歴をもつ女性たちが作り上げるパフォーマンスは、記憶の奥深くに刻み込まれた魂の声であったり、加害者に対する怒りであったり、奴隷出身の祖母らへの尊敬の祈りであったり。それらをひとつの作品につくりあげ、尊厳と力を回復するローデッサらのシスターフッドに衝撃と感銘を受ける。


劇団名の「メデア」とはギリシャ悲劇の「王女メデア」からとられているという。夫への復讐のために自らの娘を殺害するメデアと、深刻な性暴力や虐待の循環の犠牲者となった女性受刑者らを重ねあわせ、更生プログラムの一環として行われる刑務所での演劇ワークショップから始まったプロジェクト。


「HIV女性プログラム」のディレクターであり、ゲイであることをカミングアウトしている医師エドワード・マティンガーが、このメデア・プロジェクトに着目し、コラボレーションを持ちかけたという。医学の進歩によりHIVで死ぬことはほとんどなくなったが、自らの担当したHIV陽性者が、HIVではなく深刻なノイローゼによる自殺や薬物依存による死、夫を含む他者による殺害で亡くなる女性たちを一人でも減らしたいという思いからだ。


劇場でのパフォーマンスには、身振り手振り、気迫のこもったセリフなど、観客に伝わる表現方法が必要だ。自らの過酷な経歴をさらけ出すことの困難さは、この舞台稽古のシーンに加え、出演者らへのインタビューなどによって重層的に描かれている。パフォーマンスやインタビューで語られる女性たちの被害の深刻さは、アメリカ的特長はあるだろうが(祖母が奴隷だった、エスニックグループ内の犯罪社会など)、おそらく日本や世界中の女性たちにも共通のものだろう。女性の体と心に刻まれた深い傷を、表現という方法を通して回復させる方法は、日本軍「慰安婦」とされた女性たちの絵画による表現を想起させる。


作品に登場する女性たちを取り巻く暴力という現実をあらためて認識させられたとともに、手法は異なるのかもしれないが、尊厳回復のひとつの手法としての「トークバック」は、今はなきラディカル・フェミニストのアンドレア・ドヴォーキンの『ドヴォーキン自伝』を読んだときの感覚を思い起こした。「わたしは、姉妹たちにどうしても触れたい。わたしに痛みを取り除く力があればいいのに」(『ドヴォーキン自伝』)。カサンドラ、デボラ、マルレネ、フィーフィー、アンジー、ソニア、メアリー、そしてローデッサら『トークバック』に登場する姉妹たちはドヴォーキンのこの願いが届いているように見える。だがさらに多くの姉妹たちが、いまもなお暴力と抑圧のなかで命と尊厳を踏みにじられている。


トークバックという手法は映像の中だけでなく、この映画作品を作り上げる過程においてもすばらしいシスターフッドを発揮したトークバック的手法がとられた。詳しくは劇場で販売されているパンフレットに掲載されている坂上香監督の解説をぜひ読んでほしい。


東京・渋谷の【シアター】イメージフォーラムで4月25日まで、モーニング(10時45分)、レイトショー(20時50分)で上映されている。ひとりでもおおくの姉妹兄弟に観てもらいたい。


2014年4月14日 (H)