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▲売春の一斉摘発に反発して「東莞がんばれ!」の
 パネル掲げてデモする女性たち

 
全人代の13人の副議長のひとりで中華全国婦女聯合会主席の瀋躍躍は、6日午後に全人代会場の人民大会堂で開かれた3・8国際女性日の記念式典の講演の中でこう述べている。


「中華民族の偉大な復興という中国の夢は、多数の女性を含む13億の中国人民の共同の夢です。多くの姉妹たちがさらに重要な責任を担い、個人の夢を中国の夢に自覚的に重ね合わせ、中華女性の優良な伝統と時代的精神を大いに発揚し、社会主義の核心的価値観を実践し、積極的に改革に身を投じ、自らの職責に足場を置くことで、中国の夢に貢献する知恵と力を実際の行動で発揮することを願っています。」


この愛国主義と伝統主義にまみれた講演に女性独自の視点を見出すことは困難である。

開催中の全人大の代表リスト2987人中、女性は699人(23.4%)。婦女聯合会のウェブサイトでは、189カ国の国会における女性議員の割合を報じている。中国は61位で、韓国の91位、インドの111位、日本の127位を上回っている。選出のされ方の問題はおくとして他のアジア諸国よりもジェンダーバランスには配慮されているといえるかもしれない。


一方、労働者と農民の代表は合計401人(13.4%)と依然として低い水準にとどまっているが、うち農民工は31人で、前任(2008~2012)の3人からは大幅に増加している。前任の3人のうち一人は公務員として、もうひとりは党の代表として今回の全人代代表にも再選出されている。もうひとりの朱雪芹さんだけが今期も農民工として全人代代表に選出されている。朱雪芹さんは上海の日系アパレル企業の社員として日本で3年間研修し、現在は上海の同社で販売主管の役職および労組委員長の肩書きを持つ。いわゆる「出稼ぎ労働者」というイメージとはややかけ離れているといってもいいかもしれない。


2010年5月のホンダストライキの際に、わずか19歳で労働者代表として会社との交渉団に加わり、全国の労働者に向けて「私たちの闘争は、単にこの工場の労働者1800人の利益のためだけではありません。私たちはこの国全体の労働者の権益にも関心を持っているのです。私たちは労働者による権利のための闘争の良好な事例を打ち立てたいと願っています。」という感動的なアピールを発した李暁娟さんも農民工。彼女はその後ホンダを辞めて広東総工会が設立している幹部学校に編入している。将来は組合か労働NGOで力を発揮したいという。彼女のような80年代、90年代生まれの農民工はとくに「新生代農民工」と呼ばれ、いずれは農村に戻るかつてのような「出稼ぎ農民」ではなく、その街で労働、生活、文化、消費、恋愛などの社会生活を送る市民的権利の意識も高いのが特徴だ。


農村から深センに仕事を求めてやって来たうら若き女性たちが主人公のテレビドラマ「打工妹」(出稼ぎ娘)が90年代初めの中国で一世を風靡したことからも分かるように、農民工と呼ばれる労働者の多くは女性である。93年に深センのおもちゃ工場の火災で犠牲になった87人の農民工も女性たちだった。


昨年夏に広州のNGOが行ったセクハラ調査では134人の女性労働者のうち69.7%が何かしらの性的いやがらせを受けた経験があると答えている。対応として「がまんする」が43.5%、「仕事を辞める」が15.2%に達し、「労働組合や政府系女性団体や警察に訴える」はなんと0%だった。


職場でのセクハラについては、2008年に日系企業の広州森六塑件有限公司の日本人管理職によるセクハラ事件がある。被害者の女性は卑劣なセクハラを受けたうえに会社を解雇された。不当な扱いに対する正当な賠償を求めた裁判は被害女性が勝訴判決をかちとったが、低すぎる慰謝料(賃金一か月分)や加害者である日本人管理者と会社の責任はなんら問われないものであったことなど、多くの課題を残す判決であった。


職場の労働組合は被害者女性の側に立つのではなく、無断欠勤したから解雇されたなどという会社側の立場を擁護したことも問題として挙げられる。対応に当たったのは組合の副委員長で社内に設置されている女性委員会の委員もつとめているが、社内の役職としては総務部の副部長であったことから、生産効率や経営方針を重視する総工会の立場という、中国労働者階級をとりまく古くて新しい問題が、女性の課題においても重要な問題であることがうかがい知れる。この裁判についてはこちらのサイトが詳しく報じている。貴重な情報であり極めて参考になる。


(参考)広州でのセクハラ勝訴判決をめぐって
http://genchi.blog52.fc2.com/blog-entry-295.html



婦女聯合会のウェブサイトでは3・8国際女性日を記念した記事が配信されている。そのひとつに「7割の女性労働者が仕事に満足を感じている」という見出しの記事があった。総工会女性職工委員会が最近まとめた「女性職工の権利擁護状況の調査報告」の内容を紹介したものだ。記事には回答者数がないが、女性の労働に関する様々な調査項目と回答が紹介されている。もちろん基調はタイトルにあるとおり。しかしちょっと見ただけでも「70.7%の女性労働者が賃金は最低賃金を上回っていると回答。」「50.9%が失業するのではないかと心配と回答」というように、どうみても満足しているとは思えない調査結果が示されている。3割もの女性が最低賃金を下回っているのに7割が満足してる? これが「社会主義の核心的価値観の実践」のなのだろうか。


全人代開催の一ヶ月ほど前の2月9日、「世界の工場」の心臓部の一つであり、それにともない性産業も空前の繁栄を見せていた広東省東莞市で大掛かりな買売春摘発が行われた。摘発には中央テレビのカメラも同行し、その様子は全国に放映された。習近平指導部が推進する反腐敗キャンペーンや社会主義核心的価値観の確立の実践のひとつだろう。その後広東省全土で摘発が行われ200箇所以上のサウナなど娯楽施設を営業停止にし、1000人以上が逮捕された。その後の報道では、裏社会による薬物売買や性産業の経営者らが地元の派出所に定期的に付け届けをしていたことなども報じられており、極めて深刻な状況にあることは違いない。


しかしここで伝えたいことは、摘発された女性の多くが農民や労働者の娘達であること(その後の報道に登場する風俗嬢は、弟二人の学費のために2009年に農村から東完に出稼ぎに来た農民工で毎月1500元の賃金だけでは足りずに風俗産業に入った)、蔓延する性産業が極めてシステム化された資本主義的な搾取構造にあること、そして農民と労働者の娘達(ときには息子達も)が、資本主義的搾取、犯罪社会、官憲支配、家父長制の迷路から抜け出すことができず、身も心も搾取されているということだ。


90年代から全国で推進された国有企業民営化とそれに抗する労組委員長の物語を悲劇的に綴った曹征路の短編小説「那兒」(『当代』2004年第5期掲載)は、冒頭でレイオフされた国有企業の女性労働者が街娼となって登場するシーンがある。国有企業をレイオフされた女性たちは、商品経済が勢いを増す改革開放中国において、みずからの労働力商品だけでなく、性的尊厳や身体の自由、そして時には生命の安全すらも売り渡す必要にせまられた。それは巨大な社会的後退のなかでおこなわれた。


「巨大な社会的後退は、とりわけ女性労働者により深刻な打撃をもたらした。1987年には国営部門における最初の景気後退の際、解雇者の64%が女性であった。リストラ政策に合わせて、女性は家庭に戻れ、家庭こそが女性の職場だ、という政府の大々的な宣伝が付随した。出産と育児は女性の生産能力を奪うので雇用されるべきではない、と社会的エリートは主張した。これは女性労働者の雇用からの締め出しを導いただけでなく、若年の女性、あるいは大学を卒業したての女性も同じような状況に直面した。運良く就職できたとしても、往々にして男性よりも賃金は低かった。すでに1988年の時点の調査によると、都市と農村の女性の賃金は男性の84%にとどまっており、1990年には77.5%、2000年には70.1%にまで落ち込んだ。かつての工場地帯であり、その後、大規模な企業改革によって不景気になっていた東北地区では、失業した女性労働者の多くが性産業に従事して生活費を稼ぐことになった。競争の激しさから、毎回の性交渉の報酬はわずか50元であった。2002年10月、福建省龍岩市鋼鉄廠を解雇された200名の女性労働者は『レイオフされるには若すぎる、娼婦になるには老け過ぎた』という横断幕をもってデモをしている。」
---《China's Rise: Strength and Fragility》, AU LoongYu, 2013より


冒頭に紹介した3・8国際女性日の記念式典で、瀋躍躍・婦女聯合会会長は、過去5年の活動を振り返り、次のように語っている。


「多くの中国女性が自強自立、進取の気性に富み、積極的に国家の経済社会建設に参加し、『天の半分を支える』という役割を十分に発揮したことで、中国の女性政策は新たな進歩を獲得しました。」


中国では「女性は天の半分を支える」と言われる。つまり、女性は天地=この社会をひっくり返す巨大な力を有しているということだ。


福島とすべての被災地の女性たちに想いを馳せつつ
3・8国際女性の日に


2014年3月8日 (H)


【参考】
エンゲルス
・イギリスの婦人労働者の状態(1877年11月8日)
・アウグスト・ベーベルへの手紙(1892年12月22日


エンゲルス
イギリスの婦人労働者の状態


ロンドン発(本紙通信)
11月8日


(略)


娼家を廃止するためにこれまでヨーロッパの全都市を旅行したという特異なレディー、バトラー女史によって設立され、拡大された売春婦撲滅協会は、なんら実際的な効果を収めるにいたっていません。


売春婦一掃のために現在おこなわれているこれらすべての無益な努力の大きな誤りは、疫病の根源に到達しようとしないことにあります。疫病は主として経済問題であり、道徳問題はそこに源を発しているのです。そして矯正のために、行政的工夫や警察の抑圧や法律の条項の改変や、あるいはセンチメンタルな声明の発表に頼っているあいだは、疫病は、その発生源があいかわらず閉ざされていないために、存在しつづけるでしょう。


所有と労働との現在の経済的無秩序に公然と干渉し、そしてそれを、だれにもけっして生産手段が欠けることのないように、また保証された生産的な労働が、ついには、かくも待望された正義と道徳の土台となるように秩序づけることができるのでなければなりません。


1877年11月8日に執筆
雑誌『ラ・プレーベ』1877年11月11日付に掲載


(大月書店『マルクス=エンゲルス全集 38巻』収録)


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エンゲルスからアウグスト・ベーベル(在ベルリン)へ

ロンドン、1892年12月22日


(略)


売春が完全に廃止できないかぎり、僕の考えでは、あらゆる除外法規から女の子たちを完全に解放することがわれわれのなにをおいてもやらなければならないところだ。ここイギリスではこれが少なくともほぼ実現しており、「風紀警察」、取締り、検診はない、しかし警察の力はいまだになお大きすぎる、これは売春宿をやるのは法的に禁止されており、また女の子が住んでいて客を迎えるような家はどんな家も売春宿扱いされかねないからだ。


しかしこれが適用されるのは例外的なことなのだが、それでも女の子たちは警察官のひどい脅迫にいつもさらされている。このように、屈辱的な警察の取締りから比較的自由であるがゆえに、女の子たちは全体としては自立的な、自尊心のある性格を失わずにいることができており、これは大陸ではほとんどありえないところだ。彼女たちは自分たちの境遇をまぬがれられない不幸、どうせそういうめぐり合わせになったからにはあきらめなければならない不幸とみなしてはいるが、しかしそれ以外は彼女たちの性格と自尊心がそのためにどうしようもなく変ってしまうとはかぎらず、またもしその商売から足を洗う機会があれば、彼女たちはこれを利用し、たいていは成功している。


マンチェスターでは、そういう女の子たちといっしょに暮らしている若い連中――ブルジョアや手代――がどっさりいて、法律上、結婚の手続きをして、すくなくともブルジョア同士の場合と同じ位に仲良くやっている者も多かった。酒びたりになってしまったような女もときにはいたにはいたが、これとて、この国では飲むのが得意なブルジョア女どもといっこうに選ぶところはなかった。こうして結婚した女が、ほかの町へ引っ越して「古い知人」と出会う心配がなくなると、まともなブルジョアの世界や郷士――こちらの田舎貴族――のあいだに迎え入れられて、だれも彼女たちがけしからぬなどと思う者はいなかったものだ。


僕の考えでは、この対象を扱うさいにはとりわけ、現在の社会体制のいけにえとなっている女たち自身の利益を心にとめ、彼女たちが貧窮化するのをできるだけ守る――大陸全土でじっさいにおこなわれているように、法律と警察のひどい仕打ちで彼女たちがまさに堕落するほかなくなるようなことは少なくとも避けることだ。こちらでもいくつかの駐屯都市でやはりそんな試みがある、取締りと検診を始めたが、これは長続きしなかった。社会純潔派の連中がやったうちで唯一のよいことといえば、これに対する反対宣伝だけだ。


検診というのはまったくくだらん話だ。こちらでこれを始めたところでは、梅毒と淋病がふえた。きっと警察医の器具が性病の伝染に大いに役立ったにちがいないよ、消毒するなどという手間暇はまずかけなかったことだろうからね。女の子たちが性病にかんする講習を無料で受けられるようにすべきだ、そうすればたいていの女はきっと自分で気をつけるようになることだろう。


ブラシュコが医師による取締りにかんする論文を送ってよこしたが、彼もこれがまったくもって無価値であることを認めざるをえなくなっている、もし彼が自分自身の前提から一貫した論理で話を進めたらならば、彼は売春を完全に自由にし、女の子たちを搾取から守ってやることを結論にしなければならないところなのだが、これはドイツではまったく空想的なところらしい。


(以下略)


(大月書店『マルクス=エンゲルス全集 補巻4』収録)