haiyan7(写真は東部ビサヤ地区)

ハイエン/ヨランダ後のフィリピンと「再建の政治」



リチャード・ソリス



 フィリピンの災害から四〇日という、公的で伝統的な服喪期間(二〇一三年一一月八日から一二月一八日まで)が終わったところだ。それは、愛する人びとの喪失を苦痛に満ちて受け入れ、人びとの感情的・心理的傷をいやす期間であるべきだ。それはまた、かれらに残された家屋と暮らしの何を再建するのかを、自ら見つめる時間でもあるべきだ。

 しかしこのつながりの中で、人びとは次の問いを発せざるをえない。再建、あるいは回復すべき何ものがあるのか、と。それは、災害以前の時期に戻ることを意味するのか、と。次の事実を思い返すべきだ。超大型台風ヨランダ/ハイエン(STYH)が最大の猛威をふるった東サマールとレイテ、あるいは東部ビサヤ(訳注:ビサヤ地方はフィリピン北部のルソン島と南部のミンダナオ島の間の諸島を指す)は、この国で三番目に貧しい地域なのだ。四二〇万人の人口の約半数は、低収入のコプラ(ココヤシの実を乾燥させたものでヤシ油の原料)労働者と漁民である。地域経済として、持続可能な枠組みは全くと言っていいほど欠如しており、鉱山や木材伐採といった、超大型台風の惨劇への自然のバリアーとなるエコシステムの脆弱性を直接に引き起こす自然破壊的産業によって、政治が操縦されてきた。

 こうした状況は、住民全体に慢性的貧困をもたらした。例えば東部ビサヤの事例は、貧困がますます悪化する状況をくっきりと描き出している。二〇〇九年には住民の四七%が貧困ライン以下で生活していた。二〇一二年にはそれは六〇%に急上昇した。この地域(東部ビサヤ)は、全国で収入の格差が最も大きく、勤労住民の上位三〇%が底辺の三〇%の住民の八倍の収入を得ている。

 東部ビサヤの住民の悪化する貧困状況(この国の他の地域と同様に)のため、幾百万人の人びとが自然災害(あるいは人工的災害)から自らを守る力や、災害後に損害を埋め合わせる手段を奪われている。

 超大型台風ヨランダ/ハイエン(STYH)によって最もひどい被害を受けた人びとの九〇%近くが貧しい住民であり、死者の四〇%がこうした最悪の災害から自らを救うことができない六〇歳以上の人びとだったということを知っても驚くにはあたらない。

 こうした状況は、STYHに直撃された地域の住民にとって災害前からの条件だった。ヨランダから生きのびた人びとは、かれらの生活の再建・再構築について語るとき、こうしたありかたに戻ることを望まないだろう。それは過去の過ちの再建であるべきではない。



生活の再建と過去の是正



 ベニグノ・「プノイ」・アキノ大統領(プノイはベニグノ・アキノの愛称)と彼の政府は、ヨランダによる被害総額を一二〇億ドル、再建と復興に必要な総額は一三〇〇億ドルと見積もっている。プノイは、二日前のヨランダ被害からの再建支援国際援助機関(RAY)会合の席上で、そのように言及した。プノイ政権は再建・復興活動の異なった局面についても定義した。この六カ月が決定的に重要であり、短期的には一年、中期的には四年がめどとなる。

 二〇一三年一二月二四日は、タクロバン(レイテ島の中心都市)の仮設住宅の入れ替えの期限であり、この時までにエネルギー庁長官(ペティラ長官はサマール島出身)の約束では、都市部と他の市街地中心部の電力は一〇〇%復旧することになっている。プノイ政権と地域のエリート階層は、採掘産業と開発の枠組みに突き動かされてきた政治は不可侵であり、したがって再建・復興期間中に電力が復旧されることを明らかにしているのだ。

 こうした中でヨランダの被災者たちは、この荒廃状況から生き延びるだけの生活を送っており、国内・国外のNGO機関・組織や食料配給に日々依存している」。政府からの食料パッケージは、最終的には対象とされる受領者に届いているのだが、全くというわけではないにしても、かなりの腐敗段階に入っている。

 被災地域で人身売買の被害者が出ているという証言がある。そこでは、若い女性が売春行為に引き込まれている。フィリピン人海外出稼ぎ労働者(OFWs)となる候補者を求める非合法のリクルーターたちがうろついている。そこで彼らは、OFWsとなるヨランダの生き残りたちを搾取してカネもうけをすることができるのだ。

 復興・再建計画は、過去のあやまちを繰り返すべきではない。それは採掘・伐採活動と事業の完全な停止から始めるべきである。一〇年以上前(二〇〇一年)にオルモック市(レイテ島西海岸にある都市)で大災害が起きた。せきを切ったような洪水で五千人以上が亡くなった。悪評判をかきたてる採活動の禁止に言及した当初の反応を別にすれば、その災害は意図的に忘れ去られた。政治的・経済的エリートたちが、伐採・採掘事業の背後にいたことは誰もが知っていることだ。

 再建という考え方は実際には過去のあやまちを「再建」するものだということが、はっきりと示されている。ヨランダのような最悪の災害に人びとがさらされ、より傷を受けやすくなるような条件が作りだされるだろう。

 経済的・社会的不平等が根本的に問題とされるべきであり、貧しい人びとや、そのコミュニティーが自然災害や人工の災害に対してきわめて弱いものになってしまうような抑圧的メカニズムを作り出すシステムは解体されるべきだ、という枠組みの中に、再建は位置づけられるべきだ。

 再建はたんにシェルターや橋といったインフラを建設することではない。それは民主主義的ガバナンス(自己統治)と民衆の主体的力量の向上(エンパワーメント)であるべきだ。したがってそれはまず何よりも、気候変動への弾力性がある住居の建築であれ、長期的な生計プログラムであれ、あるいは沿岸地域のマングローブの再生であれ、再建を実施するあらゆる段階において自己自身を再建するための基本的権利を尊重することである。こうしたすべての局面で、災害から生き残った人びとがまず最前線に立つべきだ。それは、かれらが自分たちの生活とコミュニティーを再建するのだという単純な理由によるものである。

 人びとは、発展のための施設を伴ったかれら自身の組織を通じて、戦略的計画を主導し、災害への脆弱性を長期的に削減するプログラムを実施し、災害後の時期の補償プロセスのためのメカニズムを打ち立てるべきである。

 しかしそうした活動には、解放的メカニズム、農民のための真の土地改革、漁民の漁獲権の擁護が必要となる。言い換えれば、さまざまなプログラムを採用する前にシステムを変革するような多くのことを成し遂げるべきである。気候変動による災害に対する貧しい人びとの、とてつもないほどの無力さを生み出す構造を除去しなければ、被害を最小限にとどめることはできない。

 これは住民の多数が、台風や洪水の破滅的影響を回避するための長い、曲がりくねった道である。しかしこの温暖化した世界に近道はない。



何が必要か?



 先に述べたように、超大型台風ヨランダで最大の被害を受けた東部ビサヤは、この国で三番目に貧しい地域でもある。この地域をモンスター的台風が襲う前には、四二〇万人の人口の五〇%以上が貧困レベル以下で生活していた。この地域の慢性的な貧困は、貧困線以下の人口が二〇〇九年の四七%から、二〇一二年には六〇%になったことに現わされており、さらに今年、とりわけヨランダ襲来以後は、想像を絶するレベルとなっている。

 経済的周縁化状況の悪化と、住民の多くが政治から疎外されていることにより、この地域は暴動・反乱の豊饒な基盤になっていった。フィリピン共産党(CPP――いわゆるシソン派)とその武装組織である新人民軍(NPA)への徴募はきわめてたやすいことだった。この地域を支配する経済的・政治的エリートたちのあからさまな腐敗に不満をつのらせ、絶望的になっていた民衆は、CPP―NPAの接触を受けてかれらの隊列への参加を促された時、考え直す必要などなかったのである。

 したがって東部ビサヤ、とりわけサマール島が、活動家たちの発展のレベルとNPA組織の規模において、CPPの軍事部隊が最も前進した地域としてよく知られてきたのは驚くようなことではない。NPAの最初の大部隊が、この地域で組織されたことを記憶しておくべきである。そして、NPAの急速な拡大によって、この地域がかれらの武装ゲリラ戦術の攻勢を強化する試験的地域になったことも知られてきた。この地域の自然資源、人的資源は、こうした実験を促すことになった。

CPPが率いる武装闘争の強化がもたらした結果は、この地域の貧しい人びとの多くにとってさらに重荷を背負わせることになった。四〇年以上に及ぶこうしたタイプの革命運動が、民衆にとって積極的成果をもたらさなかったこと、民衆の生活の悲惨さをやわらげるものとはならなかったことは明らかになっている。

さらに、市民社会組織の発展とオープンな大衆運動との間には、とりわけ町や都市センターにおいて大きなギャップが存在してきたことに容易に気づくことができる。民衆生活のさまざまな側面で意味のある改革を推し進めるオープンな大衆運動の発展は、民衆の大衆的組織・機関の発展とからみあったものである。明らかに、ここでの民衆の選択は闘争の武装的形態に限定されている。この地域における(他の地域と同様に)CPP―NPAの力点は武装闘争の発展と強化であり、それは農村から都市を包囲する政治路線を持った持久的人民戦争のために活動する毛沢東主義的戦略路線の適用である。

真の土地改革と漁業権の擁護のための、農民と漁民それぞれの権利の防衛は無視されてきた。このような無視は政治的エンパワーメントにとって直接の影響をもたらし、援助は、少数の政治的エリートと貧しい民衆の多数との間の力の配置に変化を作り出している。こうしたあからさまな無視こそ、ヨランダのような超大型台風に対してと同様に、過去の災害に対しても基盤的民衆が「自らを守る/損害を埋め合わせる」準備ができなかったことの、決定的理由だったのである。

したがって救援チームがヨランダの犠牲者や生存者の間に入ろうとした時、まったく組織化されていない民衆や生存者を相手にすることになったのは、なにも驚くべきことではない。この地域と住民の間での、CPP/NPAの存在と影響力のトレードマークだった「オリエンタル・メディスン(東洋医学)」の活動さえも、明らかに存在しなかった。

建設と復興の段階で、ヨランダからの生存者がかれら自身の立ち直りの効果的推進者となるために、自己組織化を助けるべきだということは、きわめて重要である。被災地で活動する民衆組織がないことは活動を困難なものにするだろうが、否定的経験の重荷が少ない中で組織化を開始するために複雑な問題は少なくてすむのだ。

生き残った被災者の組織の建設と強化は、感情面・物質面でのダメージからの復活・再建という課題を直視して取り組む上で、最初になされるべきことである。それは、われわれが過去の誤りを繰り返さないための保障でもある。

民衆組織の建設と強化という方針は、具体的な民主主義的要求を実現する民衆の大衆的運動の発展を支援するものであるべきだ。このプロセスは、明らかに気候変動や、つねに民衆に降りかかる災害に対する日々の闘争の中で、民衆のエンパワーメントの強化に資するものとなるだろう。土地を手に入れるための農民の公然たる大衆運動の積極的成果は、地球温暖化の否定的諸結果を緩和するために、自分たちの耕地で有機農法を利用する仲間たちの隊伍を強化していることである。さらに自らをエリートたちの政治的疎外から解放するために、かれら(農民)の権力をも作り出していることである。つまりかれらの経済的活動は政治的解放をもたらし、したがって、かれらは災害にも、災害後の補償プロセスにも、よりいっそうの準備をすることができるのである。

 その中で、災害地域においてCPP/NPAのような左翼が従ってきたパラダイムとその転換の可能性について、深刻に考えなければならない。社会を再建・再構築する中で、気候変動の破滅的影響の激化という文脈を要因として取り込むべきである。この段階で、数十年の経験で立証されたように、戦略としての長期人民戦争(PPW)は、貧しい人びとの多くにとって、気候変動による災害への度合いを少なくさせるかといえば、そんなことは絶対にない。こうした戦略の適切性についての真剣な再考がなされるべきである。そうでなければ、どのような立派な人が主張しているかにかかわりなく革命的目標を追求するこうした戦略的方針は、実際のところはわれわれが奉仕を誓う民衆にさらなる重荷と困難を加えることになるのだ。さらに、気候変動の現実に直面した政府の枠組、そして現存の搾取と抑圧のシステムを永続化させる至高の利害について考察しなければならない。

 この点で、気候変動の結果に直面する上での最善かつ効果的な方法は、システム変革と右翼と左翼双方の既存パラダイムを大きく方向づけ直すために活動することである。



 二〇一三年一二月一九日。



 ▼リチャード・ソリスはミンダナオをベースにした政治アナリスト。彼はIIREマニラの常任研究員である。

(ESSF[国境なき欧州連帯]のサイトより)