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11月2日、東電前アクション!が、飯田橋しごとセンターで「双葉町の人々の2年7か月を知る11.2集会」を開催した。参加者は60人。

集会ではまず、堀切さとみさんが12年7月に完成させたドキュメンタリー映画『原発の町を追われて~避難民・双葉町の記録』を上映。堀切さんはアマチュアとして、3.11以前から祝島の原発建設反対運動を撮影していたりしたが、自宅近くの加須に双葉町の人々が集団避難してきたことから、その様子をカメラに収めることにしたいう。

映画は原発事故直後の雪の中で避難する車の渋滞から、最初の集団避難先であるさいたまスーパーアリーナ、そして埼玉県加須市の旧騎西高校跡で生活する双葉町の人々の姿を映し出す。「家を失った。自殺したくなる気分だ」、「生まれたところで死にたい。でも出来ないだろう」、「アリーナでの生活は惨めだった。ボランティアの人が来るが上から見下ろされているようで、何とも言えない屈辱だった」などの切実な訴えが続く。

上映のあと、堀切さとみさんと前双葉町町長の井戸川克隆さんとのトーク。双葉町の事故から現在までの状況について、それぞれの思いを語った。

井戸川さんは「私は、事故前から原発の危険について考えていた。だからこそ、集団避難を実現させることができた。しかし、最終的には町議会に理解されなかった。私が県知事なら県民を避難させる。県は放射能の海に県民を置いている。アウシュヴィッツとどれだけ違うと言えるのか。ゼオトライト(一定の放射性物質除去効果があるとされる鉱石)を撒いて稲作なんてさせない。牛肉や米の安全宣言など出しているがダメだ。『風評被害』ではなく実害なんだ。県のやっていることは歴史に残る愚行だ」と自らの体験から、現在の県行政を批判した。

また、政府の避難者に対する施策について「旧騎西高校も閉鎖が決められ、避難民に対する『分散作戦』が始まっている。避難暮しをしていると人間が小さくなる。文句も言わなくなる。国にとっては都合がいい。『復興災害公営住宅』をあっちこっちに作るという考えもあるようだが、失敗するだろうし、さらに分散されることになる」と批判して「必要なのは『仮の町』だ。『仮の町』を作るのに何兆円もかからない。立派な前例が作れるようにしたい。」と語った。

井戸川さんは政府に対して「現在、政府が前に出てきて東電を出さない・逃がすやり方をしている。そんなやり方だから福島で中間貯蔵施設を作ると言われても話にならない。汚染水問題はいろいろ言われるが、収束現場は今がマックス・ベスト、いっぱいいっぱいの状態だ。政府が出てきたところで何もできないだろう」と語った。 

堀切さんは「遠くに避難させたチェルノブイリと福島は逆のやり方をして住民に戻ることばかり言っている。条件は決まっているのだから、住民に選択させるやり方がおかしい。国は『ご自由に』というやり方だ」と国を批判。そして旧加須高校の閉鎖について「今では『加須が第二の故郷でいい』と言う人が結構いる。旧騎西高校は現在90人が生活している。お年寄りが多いが、いい共同体に見える。旧騎西高校なら周囲に人がいるが、アパートの借り上げでは一人暮らしになり、老人は『私は孤独死するしかない』と言っている。これは原発事故や立地地域の問題というだけでなく、高齢化社会などの私たちの問題につながる」と訴えた。

そして、堀切さんは「双葉町の人々を『かわいそうな避難民』と考えるのではなく、自分ならどうするかを考えてほしい。当事者意識から始めるしかない。政府は、これだけの事故を起こして再稼働や原発輸出など、許されるものではない。」とした。

最後に井戸川さんは、自民党がこれまでの「避難者を全員帰還させる」という政府方針を「帰還断念」に変更させる検討に入ったことについて「唐突で受け入れられるわけがない。政府・自民党には被ばく量年間1msvを守りなさい、被害者を政府の会議に出席させなさい、と言いたい。『帰還断念』など決めるのは住民でなければならない。それが民主主義だ。私たちは政府にも自民党にも頼んでいない。当事者に語らせろ」と語った。そして、「除染に関して、国は指針で『国民の責務』などと記している。今回の事故に、たとえば沖縄の人に責任があるのか。こんなことを許してはいけない。東電前会長の勝俣は悠々としているだろう。私は、こういう不条理に怒り続けているのだ。」と締めくくった。

司会が「福島とつながる運動を首都圏で模索し続けよう。そのための知る努力から始めることを自分たち自身位置づけていきたい」とまとめて、集会を終えた。

(F)