最高裁判決写真公安政治警察-司法権力が一体となった弾圧をはねのけよう



 12月7日、最高裁第2小法廷(千葉勝美裁判長)は、堀越明男さん(元社会保険庁職員)が自宅近くで「しんぶん赤旗」号外などのビラを配っていたことを警視庁公安政治警察が国家公務員法違反(政治的行為の制限)だとでっち上げ不当逮捕を強行した事件(2004年3月3日)について二審無罪判決(10年3月29日)を支持して無罪判決を出した。しかし、元厚生労働省職員の宇治橋眞一さん世田谷国公法弾圧事件(05年9月10日)に対しては、「管理職的職員」を根拠にして休日の「しんぶん赤旗」号外配布を国公法違反だと決めつけ罰金10万円の2審不当判決(10年5月13日)を支持した。

 堀越さん無罪は、当然だ。司法権力の反動化を許さず、公安解体、脱原発をはじめ民衆運動の前進のために勝利判決は、重要な「武器」であり、共有財産としておおいに使っていきたい。世田谷国公法弾圧事件の不当判決は、執行猶予をつけず、実質的量刑を重くして公務員の政治活動への規制強化の延長にある政治的判決だ。最高裁は、民衆運動に敵対しながら国家権力機構を強権的に維持・統制していく意図を世田谷国公法弾圧事件に対して指し示したのである。不当判決に対して厳しく糾弾していかなければならない。

 公安政治警察は、自衛隊のイラン戦争参戦下、04年~05年にかけて戦争ができる国家作りの一環である戦時治安弾圧体制の強化のために市民運動から共産党までも対象にした弾圧シフトを敷いた。連動して最高裁は立川反戦ビラ入れ最高裁不当判決(08年4月11日)をはじめ葛飾ビラ弾圧事件(09年11月30日)、板橋高校卒業式事件(11年7月7日)に対して立て続けに反動判決を出し、その定着化をねらってきた。

 しかし、堀越国公法弾圧事件は、社会保険庁バッシングキャンペーンに乗じて公安がそのターゲットとして堀越さんを設定し、人権侵害に満ちた違法捜査、でっち上げ逮捕が明白であるがゆえに最高裁は無罪判決を出さざるをえなかった。ところが最高裁は国家権力防衛の任務として審理を深めるための弁論を開かず、憲法判断する大法定審理(15人の裁判官で構成)も無視してしまった。2人の被告に対して7日に判決を言い渡すだけを通告してきただけだった。つまり、国公法による公務員の政治的活動の禁止を合憲とした1974年の猿払事件の最高裁判例を踏襲しながら、2人の国公法弾圧事件に対して「政治的行為の制限」の憲法判断を避け、判例の「修正」によって延命しようとする対応でしかない。12・7最高裁判決の政治的意図、公安政治警察解体に向けて、あらためて分析していく必要がある。



憲法判断を避けた最高裁



 判決は、国公法(政治的行為の制限)を合憲と押し出しつつ、「猿払事件は組織的な活動だった点など今回と事案が異なる」としたうえで「表現の自由は民主主義を基礎付ける重要な権利で、政治活動の禁止は必要やむを得ない限度にとどめるべきだ」「政治的中立性を損なう恐れが実質的にある場合」は、処罰するとした。その判断基準が「①管理職的地位の有無②職務内容や権限における裁量の有無③勤務時間内に行われたか④国や職場の施設を利用したか⑤公務員の地位を利用したか⑥公務員により組織される団体の活動として行ったか⑦公務員の行為と直接認識されるような状況だったか⑧行政の中立的運営と相反するような目的や内容があったか―などを総合的に考慮すべきだ」などと言っている。

 また、政治的行為について「政治的中立性を損なう恐れが観念的なものにとどまらず現実的に起こりえるとして実質的に認められるものを指す」と定義したが、ならばどのような影響が発生するのかなど具体的に指し示すことをしないのだ。いずれも手前勝手な主観的な裁量が可能なものでしかない。だから堀越さんは「管理職的な地位になく、職務の内容や権限に裁量の余地はなかった」から無罪と認定し、宇治橋さんは「多数の職員を指揮し、影響を及ぼしかねない地位にあった」「業務や組織運営に影響を与える可能性があった」から有罪だというのだ。

 こんな不当な判断に対して宇治橋さんは、「明確な基準が示されず、どんな人がどんな行為をしたら犯罪になるのかわからない。『管理職的』というだけで、私を有罪にしたことは許されない」(朝日新聞12・8)と糾弾した。堀越さんも「同じ行為で差が付くのは問題。両事件とも無罪にすべきだった」と批判した。



 世田谷国公法弾圧事件裁判の一審判決(08年9月19日)は、検察側の主張をほぼ全面的に取り入れ、憲法で保障された思想・表現の自由を否定し、日本共産党憎しに満ちた性格に貫かれていた。共産党号外配布が衆院選投票日前日だったことを取り上げて「特定政党のための直接かつ積極的な支援行為」と認定し、「衆院選前日に相当枚数を配っており、公務員の政治的中立性に強く抵触する」とした。そのうえで「公務員の政治的行為を一定の限度で禁止することは、憲法上許容される」と断言して、「政党の機関紙配布は法が制限する『政治的行為』の中でも政治的偏向の強い類型に属し、自由に放任すれば行政の中立的運営に対する国民の信頼が損なわれる」と暴論を展開した。休日に職場と関係のない地域でのビラ配布行為が、どのように「行政の中立的運営」が損なわれるということを明らかにすることもできないにもかかわらずだ。



 今回の最高裁判決は、「一般職員の堀越」と「管理職の宇治橋」と表面的に分断してバランスをとるようなポーズを見せつつ、本音のところは世田谷国公法弾圧事件裁判一審判決にあることは間違いない。猿払事件最高裁判決を「下級裁判所としては同判決を尊重すべき立場」などと強調していたほどだ。

 堀越国公法弾圧裁判の一審判決(06年6月29日)でも猿払事件の最高裁判例を踏襲して「指導的判決として今も機能している」から「公務員の表現の自由を制約することにはなるが、合理的でやむを得ない範囲にとどまる」などと違憲性を真っ向から否定した。



 だが2審では堀越さんと弁護団は、国公法弾圧の違憲性を全面的に争うとともに、国際自由権規約19条(表現の自由)、ILO〈国際労働機関〉151号(公務員は他の労働者と同様に、結社の自由の正常な行使に不可欠な市民的及び政治的権利を有する)、アメリカが公務員の政治活動を禁止していたハッチ法を改正し、原則自由とした流れに逆行することを立証していった。

 この裁判闘争方針によって高裁を猿払事件の最高裁判決に踏み込むまで追いこんでいった。判決は言う。当時は「冷戦中で不安定な社会情勢にあり、公務員の影響力を強く考える傾向にあった」と指摘し、「民主主義や情報社会が進んだ現在は国民の意識も大きく変わった」として、一般公務員の刑事処罰には「より慎重な検討が必要」であると明記せざるをえなかった。さらに「付言」では「さまざまな分野でグローバル化が進む中で、世界標準という視点からもあらためてこの問題は考えられるべきだろう。公務員制度の改革が論議され、他方、公務員に対する争議権付与の問題についても政治上の課題とされている中、公務員の政治的行為も、さまざまな視点から刑事罰の対象とすることの当否、範囲などを含め、再検討され、整理されるべき時代が到来しているように思われる」と言明していた。

 だから最高裁は、堀越国公法高裁判決でこのようなあたりまえの判断を放任することができず、「一般職員の堀越」無罪と「管理職の宇治橋」有罪という歯止めを設定したのである。多数派裁判官による強引な宇治橋不当判決だったことを須藤正彦裁判官の「ビラ配布と職務への影響を結びつけることができない。規制の範囲や手段の見直しが必要」という反対意見によって明らかではないか。



公安政治警察解体!



 今回の最高裁判決について最高検の長谷川充弘公判部長は、「それぞれの事案に応じて最高裁の判断が示されたもので、真摯に受けとめます」とコメント(朝日新聞/12.8)しているが、継続して国公法弾圧を行っていくという宣言である。

 民衆運動弾圧の実行部隊を指揮する警視庁幹部は、「方針があって狙い撃ちしたわけではない。認知したから立件しただけで、取り締まりは不偏不党でやっている」とどう喝し、堀越国公法弾圧に対する謝罪も反省もまったくない。これが権力の実態なのだ。

 公安は、堀越さんを不当逮捕するためにのべ171人も動員し、複数台の車両を使って29日間にわたる長期尾行、ビデオ撮影などの人権侵害、違法捜査を繰り返した。関連して共産党千代田地区委員会など六カ所の家宅捜索を強行した。地裁判決ではこのビデオ盗撮について「公道など行動が人目にさらされる場所にとどめられている」、「公道での撮影はプライバシー権がある程度放棄されている」などと不当解釈をでっち上げ「そのほかはすべて適法」だとして公安警察の違法捜査を防衛しぬく立場を追認していたほどだ。



 宇治橋国公法弾圧裁判の一審では、警視庁公安部公安総務課の寺田守孝警部が証人として出廷している。事件時、世田谷署に派遣され、事件捜査の指揮をとり、同署に「捜査本部」を設置していたことを証言した。寺田警部は国公法弾圧堀越事件で活躍しており、強引な違法捜査の手法を世田谷事件でも再現したのであった。

 だが地裁判決は、「公務員の政治的中立性と強く抵触するものであったことなどを総合すると、被告人の本件犯行は、この種の事犯の中では、相応の捜査価値、起訴価値をゆうするものであったということができる。訴追裁量権の逸脱があったと評価することはできない」と切り捨て、「日本共産党に対する差別的な取り扱いに基づくとはいえない」と防衛するのだ。さらに「本件捜査が、警視庁公安総務課が主体となって行われたとの弁護人の指摘を考慮しても、この結論は左右されない」などと言い張っていた。

 いずれも共産党をターゲットにした公安警察の明白な政治弾圧だったのであり、司法権力がバックアップしている構造を浮き彫りにした。



 応援団は、これだけではない。最高裁判決に対して産経新聞(12・8)は、「最高裁判決は禍根を残す」という見出しで、(国公法は)「公のために奉仕するという公務員の義務は、地位や身分、時刻を問わず、管理職か否かも関係ないといのが法の趣旨のはずだ。結果的に政治活動をなし崩し的に許しかねず」と強調し、「前回衆院選で日教組傘下の北海道教職員組合は民主党候補の陣営を組織ぐるみで応援した」事案や自治労組合員の選挙運動を取り上げながら公務員の政治活動に対して弾圧せよと主張している。総選挙、都知事選の真っ只中での政治的どう喝だ。



 最高裁判決を通した国公法による公務員の政治的活動禁止、規制強化を許してはならない。堀越国公法勝利判決をバネに追撃していこう。公安警察は、人権無視・プライバシーの否定、政治活動の制限のためのいやがらせ弾圧、盗撮・盗聴などの不法行為を拡大している。全国の民衆運動への敵対、活動家たちに対する微罪弾圧を繰り返している。情報収集のための不当逮捕・家宅捜索の強行を厳しく社会的に糾弾していかなければならない。公安政治警察を解体しよう!

(Y)