テント集会怒りの封じ込めと被曝の
放置を許さない道さぐる



本音を隠さず語り合った企画

 九月三〇日、日比谷図書館文化館コンベンションホールで「福島原発事故から学ぶ―脱原発のうねりの中で 福島・首都圏の集い―」が経産省前テントひろば主催でテントひろば一周年記念企画として行われた。

 主催者あいさつの後、上原公子さん(脱原発をめざす首長会議・事務局長)がコーディネーターを行い、福島の様々な立場の方からと反原発自治体議員・市民連盟の布施哲也さんが問題提起を行った。

 上原さんが「福島原発事故後、問題は何ら解決していない。福島を自らの問題として問わなければならない。日本の西と東では受け止め方がかなり違う。福島で発信できない人、いろんな立場の人が複雑にあり、発信がうまくいっていない状況がある。今日は本音を語ってもらいたい」と発言をうながした。

「お墓に避難」と自死した

 福島から報告が行われた。

 佐藤幸子さん(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)が発言。

 「一年前の普段の生活に戻りたい。学校も行政も何もなかったように動きつつある。しかし、空間線量も減っていない。川俣町に住んでいたが避難してマンションに住んでいる。マンションの方が安全だ。しかし、外にホットスポットがある。浪江町では地上一㍍の所で一八・八mSvの所もある。子どもを避難させたい。内部被曝を防ぐために、西日本から食材を取り寄せている。本当は福島のものを食べさせたいのに食べさせられない。コメは放射能が一割ではなく一%、夏野菜はセシウムが入らない、ゼロでないと食べさせたくない」。

 「お母さんたちは疲れている。ここにいても大丈夫だよ、そういうふうに変わってきている。自分の子どもを山形に一年避難させたが、元の学校に戻りたいというので川俣の中学に戻した。川俣町は一八歳未満の子どもに積算線量計を持たせている。一年間で一mSv以下といっているのに、一・九mSvあっても生活させることが異常だ。避難できない人もできた人もいろんな考えがあるので支持する」。

 安斎徹さん(飯舘村住人、伊達市に避難)。

 「飯舘村は今でも四mSv超えている。家の中で五~六mSvの所もある。避難した人の三割が仮設住宅、七割が借り上げ住宅にいる。つながりがなくバラバラにされている。居住困難地区、制限地区、警戒地区と三分割された。除染して二〇一五年に帰村させる、と村は言っている。普通の土地四〇〇㎡で六億円、水田三反歩に一〇〇〇万円の除染費がかかっているが、半分しか減らず、数カ月で元に戻ってしまう」。

 「事故直後なにも知らずに大量の被曝をした。線量計で計ったら鳴りっぱなし。五月一杯まで子どもたちも避難しなかった。それでも村長は放射能が恐くない人。教育委員会が呼びかけ一二〇〇人が動員させられ、杉浦ら学者を連れてきて、洗濯物、食べ物大丈夫と、講演会をやった。五月末に全村避難にしなさいとなった。私は六月二六日に避難した。六月二〇日に髪の毛がばっさり抜けた。その時、この世の終わりだと思った」。

 「『津波では大勢亡くなっているのに、原発で死んだ人いますか』と言われた。とんでもない話だ。原発事故後、五人が自死している。『お墓に避難します』という遺書を残した人もいる」。

 渡辺ミヨ子さん(田村市の借り上げ住宅住人)。

 「二〇km~三〇km圏内に住んでいたので、三月一二日、宮城県に逃げた。そこも電気、水道が出なかったのでたいへんだった。一カ月後に田村市の避難場所に移り、今は借り上げ住宅に住んでいる。四月六日に、早くも学校が始まった。住民の命を守るために埼玉まで逃げた双葉町長の決断はよかった。いま福島県はおきざりにされているようだ」と報告した後、本が好きという渡辺さんは宇宙飛行士が書いた『地球は母なる星』の一節を読み上げ、尖閣問題でもめているが戦争は嫌だ、奪い合うのはおろかなことだと語った。

東電、国と闘い原発廃炉へ

 特別参加の井戸川克隆さん(双葉町町長)がさまざまな角度から発言した。

 「テントひろばに顔を出さないといけないと思っていた。活動に感謝している。放射能は闘う相手ではなく、闘ってはいけない。事故直後、県外に町民を逃がした。町民の家系の継承が大事だと思ったからだ。原発に対して事故前まで安心教育をしてしまった。それは加害だと思っている。情報を後出しにされ、ウソをつかれる。避難指示は政府しか出せない。今後子どもたちが安心して過ごせるために時間を費やしたい」。

 「当分帰らない。それで良いと思う。これ程危険な所に住まわせるのは加害者だ。命の大切を判断基準にして、遠くに避難したのは間違いではなかった。国は反論してきている。一〇〇mSvから二〇mSvの低い方をとったのだ。それを正当化する人たちがいる。その人たちにあなた方が住みなさいと言っているがまったく無責任で住もうとしない。これからが闘いだ。事故後東電はベント作業をして空気中に放射能を撒き散らしたので、双葉町に高い線量が残っている。加害者は東電であり人災だ」。

 浪江町の避難地区で牧場をやっている吉沢正巳さん(希望の牧場代表)。

 「事故後も現地に留まった。浪江の町民九〇〇〇人、猛烈な被曝をした。三三〇頭の牛がいる。牛の出荷を断れた。このままでは牧場の意味がない。三月一八日、東電に出向いて『なぜ逃げるんだ、制御できないのか』と抗議した。そして一週間かけて、農水省、原子力安全委員会、首相官邸に行き『枝野に会わせろ』と要求した」。

 「三月二三日から、夏まで地獄だった。牛がつながれて餓死していく。ウジがたかり、ミイラ化していった。六月末に線量計を持ち、計ったら一五~六mSvあった。七〇軒の農家がつぶされ、一五〇〇頭の牛が餓死し、一〇〇〇頭の牛が殺処分された。一〇〇頭の牛を今も飼っているが国は処分しろと圧力をかけてくる。牛は証人だ。記録して生き残させる。殺してはいけない」。

 「県議会で福島原発廃炉の決議がされてもむなしい。チェルノブイリになってしまった。死の町、絶望の町だ。生きる意味がない、死んでしまいたい。墓は倒れ、住職は避難している。原発から六㎞の所にある。牛は逃げなかった。人生をかけて、放射能、東電、国と闘い原発をなくす。浪江に留まり、がんばりたい」。

 椎名千恵子さん(原発いらない福島の女たち)が「商工会会長が『福島第一原発の1~4号機は廃炉にし、あとは動かそう』と発言している。絶望を組織化させられている。去年の秋から、女たちは怒っている。テントに入り行動をやってきた。体をもって闘っていくしかない。かんしょ踊りをやった。アメリカやパリ、ドイツにも闘いは知られるようになっている」と報告した。

疲れにつけ込む封じ込め圧力も

 柳原敏夫さん(ふくしま集団疎開裁判の会)が一審で敗訴し、現在仙台高裁にかかっていると裁判の報告をした。布施哲也さん(反原発地方自治体市民連盟)の発言の後、再度福島からの発言が行われた。何人かの発言を紹介する。

 佐藤さん。「一番困っているのは現地の人が避難してしまって、活動できる人が少なくなってしまっていることだ。対応が遅いと怒られるが、みんな疲れてしまっている。助成金は復興事業だと出るがボランティア活動には出ない。カンパもボランティアの人件費として使えない悩みがある。海外援助だとそうしたことがないので、海外へ支援を訴えている」。

 安斎さん。「旧自民党政権が五四基の原発を作ったのに自民党総裁選では知らんぷりだ。東電、自民党、経団連、文科省は人間ではない。東電からは仮払金の一〇五万円がでただけ。三〇人が賠償の裁判を起こしている。都民にもっと声をあげてほしい。飯舘村に来て現地を見て欲しい」。

 渡辺さん。「二〇km圏内は固定資産税なし、三〇km圏内は半分。こんなひどい話はない。文句を言う人が疎外されている。田村の野菜だけは学校給食に使わないと言われた。放射能ゼロの野菜を作り食べさせない。東電への賠償相手にされなかった」。

 井戸川さん。「宣伝合戦がある。言動を封じ込める流れがある。被害は終わった、今は復興だ。ほとんどの首長がそうだ。避難区域の見直しで損害が出る人には差額を町が負担する。加害責任を町がやることになるという批判もあるが。国は地方に肩代わりをさせようとする。今は放射能から逃げるしかない。隠蔽が恐い。セシウム濃度はシーベルトではなく、ベクレルに直さないとあいまいになる。トリチウムの話が出ていないがやっかいなものだ」。

 「賠償問題について。中間指針を作って封じ込めに入っている。①加害者のシナリオに納得しないと払わない②前例をつくるのを恐れている。それでなんとか安くあげようとしている。除染について。議員立法で特措法をつくった。この法律には関係事業者に東電の名前は消え、協力しなければならない。国民は努めなければならないと義務になっている。二本松のゴルフ場が放射能でゴルフが開催できなかった損賠訴訟で、放射能は東電のものではないとして、敗訴とした。チッソ裁判ではチッソの責任が認められた。恐ろしいことが法曹界で起きている。ダメはダメと声を大にしたい。国とは片手で握手して、片手で闘っている。本当の電力需要予測をだせば原発がいらないことが明らかになる」。

効果の上がらない除染作業

 この後、会場から意見・質問が行われた。①原水禁・原水協の対立ではなく、全国的統一センターのようなものが必要ではないか。②除染作業がスーパーゼネコンのもうけ先になっているのではないか。③飯舘村村長選が一〇月二一日にあるが対応は。④被曝労働問題について行政はどう対応しているのか。

 井戸川さん。「双葉町は除染ではなく除去でないとやらせない。田村市の例だと日当八〇〇〇円。被曝する。除染した物は集めれば集める程高レベルになる。除染は大量の水を使い流すだけ。建物をそのままではだめだ。下流域どうするのか、被曝問題をどうするのか。行政としてはかかわっていないが、職場を守るために体を犠牲にしている。被曝させるな、生涯補償をしろ」。

 渡辺さん。「仕事がないので、除染作業したいという人がいる。日当は一万円。除染では一%しか減らない。川内村では五cm土をはがして、きれいに除染している。そこを天皇が見学するという」。

 安斎さん。「国にものを言わないからカネが出ると言われている。対抗馬を立てるのはなかなか難しい。来年村議会選挙があるのでここが勝負か。飯舘村は山林が七五%だ。除染費用として三二二〇億円が下りている。村役場はていねいな除染をしたが山林が多いので三日で元に戻ってしまった。一七〇〇戸を村外に移転させて欲しいという要望がある。これにかかる費用は除染費用の半額ですむ」。

 吉沢さん。「牛を殺さないために、募金を集めている。牛は増えているがこれをコントロールするのが難しい。地元の農家の生計がなりたたなくなっているため、首吊り自殺をする人もいる。東電職員並みに生活できる補償をしろ。農作物の転換を模索している。仕事をしなくては生きていけない」。

 福島原発原告団・関東から、全国訴訟への参加の訴えがあり、最後にテントひろばの仲間がテントひろば運動の重要性について語り締めくくった。   

(M)