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▲1972年4月19日「4・19革命12周年、自衛隊沖縄派兵阻止
釣魚台侵略阻止・入管二法粉砕全都総決起集会」に参加した
1500名の労働者学生



2012年8月15日、香港の保釣行動委員会のメンバーら14人が海上保安庁による再三の妨害をはねのけ、うち5名が釣魚台(尖閣諸島)に上陸し、拘束され、全員が強制送還された。

ここ最近になって「尖閣諸島領海では領土問題は存在しない」と強硬な主張に転じた民主党政権、外務省は、なかば中国政府に黙認された保釣行動委員会の上陸行動によって、「領土問題は存在しない」という虚勢がもろくも崩れ去ったことを内外に明らかにすることになった。

2010年の中国漁船船長の拘留と異なり、今回は拘束後すぐに強制送還を決定、実施した。「公務執行妨害だ」、「傷害未遂の疑いがある」「刑事犯罪ではないか」などと吼え叫ぶ石原や石破など、右翼ポピュリストらの悪ふざけ的挑発を許してはならない。

今回の事件で明らかにされたのは、尖閣近隣の領海は依然として日本帝国主義の厳然たる実効支配の下にあるということであり、また領土問題は存在する、ということであり、また日中両国政府が自制しながら自国の主張とその実効性を示したということである。

中国の台頭に照準をすえた日米帝国主義支配層が今回の事件をどのように総括し、利用するのかは、決定的には今後の沖縄、中国、台湾、日本の民衆の闘争いかんにかかっている。

日本の労働者民衆は、自衛隊の先島配備強化に反対し、米軍基地維持強化とオスプレイ配備に反対する沖縄民衆のたたかいに連帯し、中国、台湾などアジア民衆とのプロレタリア国際主義に根ざした国際連帯の絆を強化しなければならない。

今回の事件について、香港の同志からは次のようなコメントが届いている。

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日中両国人民は、日本政府に対して釣魚台(尖閣諸島:訳注)の占領をやめることを要求すべきだと思います。しかしそれ以上に、日本政府がアメリカ帝国主義と結託して釣魚台を日米安保条約の適用範囲にすることに反対しなければならないと思います。しかし、わたしの考えは、中国国内の大国主義意識をもつ憤慨する青年たち(原文「強国
憤青」、訳注)とは異なります。

わたしは、日本には「二つの日本」があると思っています。つまり帝国主義者の日本と人民の日本です。そして中国にも「二つの中国」があります。支配者(官僚と資産階級)の中国と人民の中国です。それゆえ、日本帝国主義者による覇権的行為に対して中国人民は断固として抵抗しなければなりません。しかし、だからといって日本人民に対して敵対するのではなく、逆に日本人民と連帯し、帝国主義的抑圧者を共同で打倒することで、平和で民主的なアジアを作り出すことができるのです。


しかも、日本帝国主義に抵抗すると同時に、自国支配者に対する闘争を放棄してはなりません。これについては、魯迅が次のように的を射た指摘をしています。

「筆と舌をもって、異民族の奴隷となる苦しみを人々に知らせることは、むろん間違いではない。だが、人々に次のような結論を得させぬよう、十分に注意しなければならない。『やっぱり俺たちのように、自国民の奴隷でいたほうがまだましだな』と。」

この言葉については、私は次のように理解しています。我々は外国からの侵略者の奴隷にもならないが、自国支配者の奴隷にも甘んじるものではなく、外国からの侵略に抵抗しながらも、自国支配者の奴隷状態からの独立自主を勝ち取るために闘わなければならない、と。

今日の中国における最大の問題は「民族の存亡」ではなく内部における抑圧です。今日の中国における切迫した課題は、外敵への抵抗ではなく、国内における変革です。

今日の釣魚台防衛運動は、かつてに比べてほとんど進歩的なものはありません。しかし、この指摘は中国国内左派に対してのものであり、日本の左翼が国際主義を発揮することは非常に重要です。香港や中国の人々が(日本帝国主義による尖閣諸島支配に反対する)日本左翼の見解を少しでも多く知ることが大切です。

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以下に紹介するのは、第四インターナショナル日本支部の機関紙「世界革命」1972年4月1日号に掲載された「釣魚台(尖閣列島)にたいする原則的立場」である。

今日の世界、アジアの階級情勢とは隔世の感があるが、マルクス主義者は国境や領土をどのようにとらえるのか、という原則的立場を表明したものであることから、歴史資料として紹介する。

もう一言付け加えるとすれば、階級情勢の違いのほかに、労働者国家は「国境」を自らの有利なように活用しなければならないという戦術的な提起がやや欠けているといえるだろう。労働生産性が帝国主義諸国のそれを上回るまでは、労働者国家にとっては、国境や関税、あるいはそれらに基づいて帝国主義諸国との間で交わされる協定は一定程度活用すべきだからだ。(H)


「世界革命」1972年4月1日 第267号
釣魚台(尖閣列島)にたいする原則的立場
一切のブルジョア民族主義反対
真のプロレタリア国際主義を貫徹せよ

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釣魚台(尖閣列島)問題にたいしてわれわれは原則的であらねばならない。釣魚台についてのわれわれの態度表明はそれゆえ一点のくもりもなく、妥協の余地なく革命的共産主義の原則が貫徹されねばならず、いっさいのブルジョア民族主義的妥協と和解を拒否するものでなければならない。

第一の原則は領土、領有、帰属、国境などに類する一切のブルジョア的概念をわれわれは拒否する立場に立つということである。

「領土問題」にたいする共産主義者の立場はつねにまず大前提として、領土とか国境とかいうものが歴史的に形成されてきた概念であり何よりも資本主義的帝国主義において排他的に自己の支配を他と区別するために用いられた概念であり、人民にとっては領土とか国境とかいうものは、ただただ収奪と抑圧をうける空間であり、自由に他に移動できないようにブルジョワジーが人民を鎖につないでおくというためのものであって、人民にはまったく必要のないものである。

それゆえ共産主義者は、ブルジョワジーがブルジョア革命によって封建的地方割拠による国内分割を否定して国民の国内自由通行圏を実現したように、国際的地方割拠からプロレタリア世界革命によって世界自由通行を実現するのである。ただしブルジョワジーが彼らの市場を拡大せんがために国内自由通行を実現したのにくらべてプロレタリア世界革命は人間の全的解放の過程として全世界を自由に通行できる単一の世界につくりかえるという本質的相違があるのである。

領土とはブルジョアジー、帝国主義勢力の支配権の空間的実態を表現したにほかならない。社会党は釣魚台を「日本領」であるということによって、日本帝国主義の支配が釣魚台に及ぶことを是認しこれに積極的に加担するのである。彼ら社会民主主義者は釣魚台は日本の領土であるが、これを自民党政府が「悪用」することは認めないのだ、と強弁するであろう。よろしい、社民たちにきこう。「日本帝国主義」以外に世界のどこに「日本」という国があるのか?一般的「日本」などというものはどこにもありはしない。それは社民の幹部のひからびた頭脳のなかに、平和で軍隊ももたず、中国ともアメリカとも朝鮮ともなかよくする「日本」があるのであろう。

しかし釣魚台は社民の幹部諸公の頭のなかに「領有」されているのではない。日本帝国主義=極東帝国主義権力が「領有」するのである。まさに日本帝国主義が釣魚台を「領有」することによって、物理的にこれを軍事的かつ経済的に使用するのである。そうでなければ、日本帝国主義がなぜもかくも必死に釣魚台の略奪をねらっているのかわからないだろう。

社会党は釣魚台が歴史上も、国際法上も日本の領土であるという。彼らは歴史をさかのぼること90年、1881年からときおこしている。まさに1880年代こそ明治天皇制帝国主義国家が領土的に野心をいだき沖縄、朝鮮、台湾と侵略しつつ、旧極東帝国主義を形成せんとした時期ではないか! 釣魚台がそのとき「歴史上」に登場したということは問わず語りに旧日本帝国主義の領土拡大政策として釣魚台が帝国主義侵略の対象としてくり入れられたことを証明しているのである。

つぎに国際法上に照らしても釣魚台が日本領なのだから、国際法に沿ってこの島を平和的に利用せよというのはどうであろうか? これも社民の愚かしい俗物的理論であろう。革命は何よりもブルジョワ国際法の秩序を打倒するものである。

朝鮮を南北ふたつに分け、ベトナムを南北ふたつに分け、沖縄をアメリカ帝国主義の支配下におくことを合法化しているのがブルジョワ国際法にほかならない。彼らはこの国際法にすがろうとしているのである。

かくて社会党は完全に日本帝国主義に屈服したのである。彼らの屈服の端緒は釣魚台が存在し、この島をどこかの国の領土として判断しなければならないのだ、と考えることにあったのである。これがまずブルジョワ意識なのである。ひとたびブルジョワ意識に屈服すると際限なく堕落は進行するのである。

第二の原則はプロレタリア国際主義の立場、われわれにとっては極東帝国主義にたいする革命的敗北主義の立場に立つということである。

われわれには一般的な「日本」などは存在しない。あるのは極東帝国主義としての日本帝国主義である。この日本帝国主義が釣魚台を領有することは日本帝国主義権力の及ぶ範囲が拡大することを意味する。日本帝国主義が釣魚台という自然的、地理的な位地と条件に規定された島を領有しこれを使用するのは何のためなのであろうか? この疑問には三歳の童児でも答えられよう。

極東帝国主義構造を軍事的実態として構築するうえで、釣魚台の領有は日本帝国主義に強固な橋頭堡をあたえるのである。

敵国の超音速機による攻撃にたいして、どれだけ早く、どれだけ自国の軍事的戦略地点から離れたところでキャッチしスクランブルできるのか。いな、より重要なことはどれだけ早く労働者国家の心臓部に攻撃をかけられるのか。そして何よりも沖縄や、南部朝鮮や、台湾において人民の解放闘争にどれだけ早く反革命の軍事的弾圧が展開できるのか、これが極東帝国主義の「神聖」にして「至上」の任務なのである。

軍事技術の開発は時間とのたたかいであって日本帝国主義が支配する陸海空の空間を一インチでもおしひろげようと必死なのである。

このようななかで釣魚台を日本帝国主義が領有することは極東帝国主義の空間を一挙におしひろげることによって、極東人民への反革命軍事敵対を強化させるとともに労働者国家への軍事的敵対を増大させるのである。

われわれは一センチ平方メートルといえども日本帝国主義の領土が拡大することに反対であり、日本帝国主義が領土を失うことに賛成である。日本帝国主義が世界のどこにも自分の領土をもたなくなることに大賛成である。われわれは日本帝国主義が敗北することを願っているのであり、そのために闘っているのである。アジア・極東に寸土といえども彼らにくれてやる領土などはないのである。彼らは地獄に土地をさがすしかないのである。

第三の原則は労働者国家擁護と毛・周派のボナパルティズム官僚体制によるブルジョア民族主義外交反対という立場である。

自国帝国主義に対する革命的敗北主義の立場は労働者国家擁護によって現実化される。われわれは釣魚台を日本の領土であるという日本帝国主義とそれに屈服したものどもと、釣魚台は中国の領土であると主張する中華人民共和国とが相対立するなかでは、無条件に中国を支持するものである。われわれは現実の可能性のなかでいちばんいいのは中国人民が釣魚台を使用することであると考える。

労働者国家が強まることをわれわれは歓迎しこれを支持し防衛するものである。釣魚台に主権を及ばせるとするならば労働者国家の主権を及ばせるべきである。釣魚台が歴史的にどうであったかはまったく問題ではない。それはただいま現在において、革命の利益になるのか、革命の不利益になるのかが問題であって、それがすべての基準であり出発点であらねばならない。

釣魚台の場合、争う余地なく問題は明白である。日本帝国主義が極東帝国主義たらんと釣魚台を領有することがアジア革命にとって有利なのか不利なのか? 不利である。では、労働者国家中国が釣魚台を領有することはアジア革命にとって有利なのか不利なのか? 有利である。それゆえわれわれは釣魚台のうえに労働者国家中国の主権のおよぶことを主張するのである。

釣魚台の中国領有は毛沢東、周恩来らのスターリニスト官僚を強化するゆえに反スタ戦略を掲げてこれに反対する反スタ主義者もいるであろう。こういう連中には日本帝国主義のお先棒をかつがせておくしかないであろう。彼らはアジア革命の勝利に反比例して敗北していく存在にすぎない。

さらにまた、労働者国家擁護の原則からではなく、中核派のように釣魚台が中国領有の領土であることをあれこれの理由といきさつで説明して、だから日帝の釣魚台略奪はアジア侵略であるという論法も決定的に誤っているといわねばならない。

中国固有の領土などというものは世界中どこにもないのである。マルクス主義者はそういうものは認めないのである。労働者国家には本質的な意味で領土というものはないのである。労働者国家は領土をもうけてはならないのである。もし領土的なものがあるとしたらそれはいまだ世界に帝国主義反革命が存在しスキあらば革命を転覆せんと狙っているので、権力を樹立した労働者国家はその革命権力を反革命から防衛するために実態として革命的軍事力による境界線守備を行わなければならないからである。これはブルジョワ的概念としての領土や国境であってはならない。

革命の防衛線であるから革命が勝利すればその線はなくなるのである。そして新しく反革命と対峙する革命防衛線をつくりあげるのである。この防衛線はたまたま歴史的に形成された国境と重なりあっている。だからといって、労働者国家にブルジョワ的な国境を存続させるべきでは断じてない。もし中核派が中国は労働者国家とはいえないから、労働者国家擁護の原則は成立しないのだというのなら、いっそうおかしなことになろう。釣魚台は日帝のものではないのだというために中国領有の領土だと説明するにすぎなくなるのであるから、これはいっそう原則からはなれた議論に転落するのである。

釣魚台は中国の領土であるというべきではない。労働者国家中国が釣魚台をアジア革命の防衛と勝利のためにそこに革命権力を行使することを支持するというべきである。そしてより積極的には極東人民が釣魚台に革命の権力を行使するのだ、というべきである。

スターリニスト=ソ連、中国のボナパルチスト官僚はその外交の本質においてブルジョワ民族主義であり、領土問題においてはいっそう民族主義であり排外主義である。

ソ連、東ヨーロッパ、中国、北部朝鮮、北部ベトナムの労働者国家は地つづきの大陸にありながらスターリニズム的分割の状況におかれ一国二制度に分断されているのである。

西ヨーロッパ帝国主義諸国がECとして相互の国境の障壁を低くして帝国主義の延命をはかろうとしているとき、労働者国家の障壁は高く厚い。まさにこの一国的分割こそがスターリニズムの基盤にほかならない。

それゆえに、領土問題にたいする共産主義的原則の闘いはただたんに帝国主義にむけられるだけではなく、スターリニストにもむけられるのである。

いやしくも反スタを戦略にかかげる中核派が「中国固有の領土」などというのは毛・周派スターリニストを喜ばせるだけであって労働者国家を防衛する原則ではない。

われわれは中国がインド、ソ連と「国境」問題で対立し戦争にまで発展したことを知っている。この「国境」対立については基本的にわれわれは中国を支持するものである。しかしこの対立はあきらかにブルジョワ的民族主義の次元によるものであった。とくに中ソ国境対立が旧中華帝国と旧ツァーリズムとの帝国主義的紛争の要素にひきずられたこと、中ソ双方ともが、領土や国境に対する労働者国家としての原則でなく、ブルジョワ的あるいはそれ以前の歴史的要因に依存しあったことについて徹底的に弾劾しなければならない。

スターリニストの領土問題に関する民族主義的堕落は、救い難く進行しているのである。毛・周派は日本帝国主義のソ連労働者国家に対する北方領土返還要求を支持するといっている。これは毛・周派スターリニストによる公然たる日本帝国主義の援助である。

われわれは北方領土諸島に対する日本帝国主義の領土拡大に絶対反対する。それは釣魚台と同じ原則にたって反対する。それゆえ、釣魚台は中国の領土だが、北方諸島は日本の領土だからソ連から返してもらえという毛・周派スターリニストの論理は日本帝国主義とのブルジョワ民族主義的野合の論理であり、アジア革命への敵対にほかならないのである。

第四の原則はアジア社会主義合衆国の立場に立つことである。

アジアが革命の勝利によって単一の社会主義合衆国となるとき、古代的、中世的、近代帝国主義的ないっさいの領土と国境に関する対立はなくなるであろう。釣魚台はアジア人民のものとなろう。

われわれはそれにいたる過渡的段階においては、釣魚台は労働者国家によって役立てられるべきであると考える。この場合、領有、帰属、管理などの用語にかかずらうことはナンセンスである。労働者国家の権力がこの島に及ぶことをわれわれは支持し、日本帝国主義の権力がこの島に及ぶことにわれわれは反対するのである。労働者国家中国のもとに釣魚台をおくということは、アジア革命による釣魚台の管理というわれわれの基本的方針にいたる現実における過渡的方針である。

四次防の軍事戦略は日本帝国主義の軍事力を極東帝国主義軍事力として構築するところにその本質がある。それゆえ、四次防にたいするわれわれの闘争、自衛隊沖縄派兵を阻止するわれわれの闘争と釣魚台にたいするわれわれの原則はまったく同一の立場に立つものである。

四次防にたいする平和主義的、社民的、スターリニスト的連中の裏切りがゆきつくところは、釣魚台に対するブルジョワ的屈服にほかならず、沖縄への自衛隊派兵阻止闘争の完全なネグレクトであることをここに明確にしておかねばならない。

自衛隊沖縄派兵阻止、四次防粉砕、釣魚台略奪反対という極東帝国主義解体のための闘争は、アジア革命=極東解放革命の立場と戦略においてのみ闘いぬかれるのである。

(以上)

【関連論文】
釣魚諸島(尖閣諸島)は中国領である (かけはし2004.0405)