IMG_1255 8月11日、2012平和の灯を!ヤスクニの闇へ キャンドル行動実行委員会は、豊島公会堂で「60年目に考えるサンフランシスコ条約体制とヤスクニの『復権』」の集会とデモを行った。

 行動は、今年がサンフランシスコ条約発効60年の年であり、また、沖縄「復帰」、日中国交正常化、40年目にあたる位置から戦後日本のあり方を規定し、枠組みをつくったサンフランシスコ条約とヤスクニの関係を検証する場として設定した。

 今村嗣夫さん(共同代費用)から主催者あいさつが行われ、憲法改悪勢力の活性化とともにヤスクニ復権策動の警戒と人権否定の自民党憲法草案を批判していくことを訴えた。



サンフランシスコ条約講和体制批判



 第一部はシンポジウム。

 古関彰一さん(獨協大学教授)は、「サンフランシスコ条約とヤスクニ」というテーマから「講和条約の最大の特徴は、戦争を法的に終結する条約であるにもかかわらず、侵略戦争を行ったことに対する謝罪や反省がないことだ。さらに日米安保条約の締結を義務付け、沖縄を本土から分離し、侵略を受けた国々に対する賠償請求権(戦後補償)を反故にした」と批判した。

 その政治性格について「当時の権力者たちは、A級戦犯の赦免請願運動を取り組み、次々と復権させていった。このプロセスは講和条約によって権力あるいは権力に連なる人びとが有利になるような構造の下で戦後を歩み始め、その対極にある弱者、わけてもアジアの人々の視点を忘れて戦後を歩み出してしまった」ことを明らかにした。

 石原昌家さん(沖縄国際大学名誉教授)は、「サンフランシスコ条約とヤスクニ下の沖縄」について①講和条約が発効した一九五二年四月二八日を「屈辱の日」と捉えたこと②天皇制維持のための沖縄戦③戦後の天皇メッセージの犯罪性④米軍沖縄占領と講和条約⑤戦傷病者戦没者遺族等援護法とヤスクニ化された沖縄――から検証した。

 さらに「オスプレイ配備問題で日米安保を具体的に問題視する状況にある。しかし、軍事活動を活発化させている中国との尖閣列島をめぐって『領土ナショナリズム』が台頭しつつある。沖縄の先島への軍備増強化を促進させる役目を担っている。日米最後の地上戦となった沖縄戦で、沖縄住民が軍民一体化した戦闘だったと沖縄戦体験を捏造して、それを利用しているところに大きな特徴がある。日本の国民世論を好戦的軍民一体形成を狙っている」と分析し、この流れに抗するために「沖縄靖国神社合祀取消裁判」の教訓を強調した。

 曾健民さん(台湾社会科学研究会長)は、「サンフランシスコ条約と台湾」についてアプローチし、「講和条約によつて作られた軍事、政治、経済、文化体制が、未だ我々の現実生活を左右し、東アジアの真の平和にとって脅威となっている。それゆえに条約の再認識は東アジア人民が『平和、民主、公義』を追求するにあたって共同事業だ」と報告した。

 李時雨さん(韓国・写真家)は、「サンフランシスコ条約と日米韓軍事同盟」の実態について大量に配備された劣化ウラン弾の追跡、原子力潜水艦、アジアの米軍基地などを映し出しながら「国連体系化の対日平和条約」を批判した。

 高橋哲哉さん(東京大学教授)は、「サンフランシスコ条約と戦後日本の思想状況」について「犠牲のシステム」「核システム」としての日米安保体制を暴き出し、その柱の一つが「原子力平和利用」だったことを歴史的に明らかにした。



池袋一帯に反ヤスクニのシュプレヒコール



 第二部は証言&コンサート。

 イ・インボクさんは、「父は、一九四四年四月二八日、ニューギニア・ヤピック河口で亡くなり、今は靖国に合祀されています。何の権利があって、家族には何も連絡せず勝手に合祀などできるのか」と糾弾した。

 イ・ヒジャさんは、太平洋戦争費が穂医者補償推進協議会・民族問題研究所パンフ「強制動員被害者に聞く、まだ終わってない話」を紹介し、決意表明した。

コンサートは、ソン、ビョンヒさん、ムン、ジンオさんが熱唱し、連帯を打ち固めた。


 集会終了後、デモに移った。在日特権を許さない市民の会、天皇主義右翼の挑発を許さず、反ヤスクニを池袋一帯に響かせた。(Y)