YF181
青年戦線(YOUTH FRONT)第181号ができました。

  東京電力福島第一原発事故から1年を経過し、3月11日には郡山で県民大集会が行われた。脱原発運動の取り組みの中で諸課題が提起されている。巻頭で「脱原発運動の現状と今後の課題」というテーマでいわき市で活動している齋藤春光さん(いわき自由労組)の問題提起を掲載した。

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脱原発運動の現状と今後の課題 問われていることは具体的だ/脱原発行動/映画紹介 「チャイナシンドローム」/新「日米同盟」NO!/野宿者排除との闘い/反天皇闘争/三里塚反対同盟旗開き 裁判報告/奨学金問題/4.7アジア連帯講座 ベンサイド「21世紀マルクス主義の模索」を読む

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発行日 2012年5月30日


編集発行
日本共産青年同盟「青年戦線」編集委員会
東京都渋谷区初台1-50-4-103 新時代社気付
電話 03-3372-9401
FAX 03-3372-9402

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脱原発運動の現状と今後の課題―問われていることは具体的だ―

 
報告:齋藤春光さん(いわき自由労組)

 東京電力福島第一原発事故から1年を経過し、3月11日には郡山で県民大集会が行われた。脱原発運動の取り組みの中で諸課題が提起されている。いわき市で活動している齋藤春光さんから論議を深化していくために問題提起してもらった。齋藤さんたちが福島県富岡町などを中心にした放射線量測定調査のビデオを放映してから報告が始まった。(編集委員会)

 原発城下町の「引き裂かれ」

 この4月、社民党の人達と一緒に富岡町に放射線量測定調査に入った。これまで月1回、福島の市民運動グループ=脱原発ネットは石丸小四郎さんと東京電力に対して交渉、申し入れを行ってきた。福島の反原発運動は、歴史的に言うと、脱原発派の市民と社民党が取り組んできた。かつての共産党の運動は東京電力に、「原発の安全運転」を求める運動だったが、今は「原発ゼロ」と言っている。反原発ではなかったわけだ。

 社民党の脱原発に関わって来た人たちは、地域で「冷や飯を食ってきた」。つまり、現地は原発城下町だからだ。原発で働く労働者がいて、下請け企業があり、関連企業が存在している。立地町で生活している住民はなんらかの形で原発と関係を持ち働いている。最もわかり易い形は下請け、孫請けとして原発で働くことであり、間接的には、東電の社員等を顧客としている人達だ。こういった中で立地町の原発推進勢力の主力は、東電だ。そして東電労組がある。社民党系労働組合は、労戦統一で連合と一緒になったから、民主党と仲良くやるという思惑だった。民主党の主な労組は電力総連だ。だから立地町の脱原発勢力は社民党にとって厄介者的の存在だった、と思う

 去年の9月、東京の脱原発集会へ行くバスに同乗した共産党の県会議員がバスの中で「共産党は脱原発だった。社民党は、プルサーマルの時に反対しなかった」と言った。確かに共産党は、「原発の安全運転」の立場から、プルサーマルには反対した。社民党は、プルサーマルに反対し平和フォーラムが主催する反対集会を行って来たが、県議会採決については退席しただけだった。連合の顔色をうかがっての対応だった。脱原発だが連合とは仲良くたいしてということだ。脱原発について民主党の顔色をうかがう態度は無くなったがこの思惑は変わっていない。

社民党の人達と一緒に富岡に入り、その時の線量を測ったが、同行した人全員が、余りの線量の高さに(最大50マイクロを記録した所があった)「これではダメだ。絶対に帰れない」と帰還は無理なことを改めて互いに確信しあった。しかし3月の話だが富岡町の町議選に立候補した社民党の人は、「除染と帰還」が方針だった。公然と論争するわけではないが、こういう違いもある。

 


 多くの困難性を前にして

 

脱原発運動に多くの人達が加わっているが、去年の3月の原発事故以降、大きく分けると課題が2つになった。1つは福島原発事故の被害を伝え全国の脱原発運動に寄与することであり、2つ目は起きてしまった事故、放射能から被害と事故の拡大をどう防ぐかということだ。当初は、事故の原因を想定外の津波のせいにしたり、事故の程度を公然と、メルトダウンはしていない等と言い、低く見せようとする発言が相次いだ。現在こうした発言をする原子力ムラの人はごく少数になってはいる。現在頻繁に垂れ流されているのは、除洗による効果を過大に言うこと、放射線の人体への影響を少なく言うことだ。実はこの2つ目が困難な課題として存在している。



 この間、私が感じていることは、福島原発事故の深刻さがまだまだ伝っていないということだ。脱原発運動の今後を考える時、いま炉がどうなっているのかということを抜きに考えられない。炉から放射能の垂れ流しは続いている。廃炉達成までの年数は、当初は30年超と言っていたが、現在は40年超と言い出している。30年超と40年超、どこが違うか。事態の深刻さがぽろぽろと出て、エンドラインがずるずると下がっているのが現状だ。



 そういう中で住民は、どうなっているか。帰還か集団移転かでわれている。福島県商工会議所の元会頭で東邦銀行相談役の瀬谷俊雄氏は、「福島第二原発の再稼働を」と言っていた。要するに、電力料金を安くして、その安い電力で福島復興すれば良いと言っていた。新聞のインタビューでこうした発言をしている。



 県議会は福島第一、第二原発は廃炉だと決議した。だが電力労連出身の民主党系議員は反対せず、退席しただけだ。東京電力は第二原発の廃炉を言っていない。第一原発でも五、六号機の廃炉は言っていない。第一原発の五、六号機、第二原発の再稼働をねらっている。

 


 スピーディーの情報を県が削除したとか言われているが、これはプルサーマルの凍結解除したのが影響していると思う。かつての佐藤栄佐久福島県知事のもとで国の政策に反対し、凍結までやった。その過程で脱原発派の学者などを呼んでシンポジウムもやったりした。報告集まで出して県民に配った。しかし佐藤栄佐久知事が辞任に追い込まれると中川副知事も辞め、現知事はあっさりとプルサーマルの凍結を解除し、解除の経過を取り仕切った企画調整部長は翌年に他県に行った。



 検討会は2~3回やっただけだった。原子力委員会、原子力ムラの学者は、5~6人呼んだが。脱原発派の人は、伴さん(原子力資料情報室)だけ。プルサーマル凍結解除を簡単に決めてしまった。その前でも後でも東電の不祥事は繰り返され、電源喪失事故もあった。



 帰還問題についてだが、お爺さん、お婆さんは、「帰還したい」という気持が先にある。家に帰りたいというが、その町は住めない状態だ。商業施設、ライフラインがない。県外に逃げた夫婦は帰らない。そういうところに誰が帰れるというのか。このように子ども、孫と高齢者が分断され、引き裂かれていく状態が続いている。



 なんかと帰還したという住民の素朴な感情に訴えかけて帰還できるようなことを言う人たちがいる。これは補償金が安くなるから、国と電力業界がこのような流れを強めている。原発災害の切り縮めだ。さらに首長はカネが欲しいし、自分の地位の安定を求めている。原発事故が最初に起きたとき双葉町長は、第二原発を止めたら、町の財源をどうするのかと言っていたほどだ。最近は言わなくなっているが。



 国の中間貯蔵施設建設に対して反対を言っているが、彼らが考えているのは、あいかわらずカネを引き出して娯楽施設を作ったり、人を呼んで、町の再興を考えるというレベルだ。



 警戒区域の大熊町現職町長の渡辺利綱氏は除染した上で帰還を推進する。「住める環境を作るのが大事な仕事だ。 除染を最優先課題に専門家の意見を聞きながら古里に帰るためのロードマップ(行程表)をつくりたい」と主張。町ごと移住を訴える新人候補木幡仁氏と争った選挙があった。渡辺氏が再選されてしまった。木幡さんは、中間貯蔵施設を東電の敷地内に作れと主張した。放射性物質はもともとは東電のものだという主張だった。



 ところが先に二本松市のゴルフ場が東電に対して原発事故による放射性物質の除染と損害賠償を求める仮処分を申し立てたが、裁判では東電は勝っている。東電の主張は、福島第一原発から飛散し、落下した放射性物質(セシウムなど)は東京電力ではなく、土地所有者のものである。「もともと無主物であったと考えるのが実態に即している」という主張だ。つまり、無主物とはだれのものでもないから、検出された放射性物質に責任者がいないというのだ。こんなひどい主張も認められてしまう司法のひどさも影響しているかもしれない。



 司法のひどさは、過日の判断でも繰り返されてきた。2007年の中越地震による柏崎刈羽原発事故の対応は今回の予行演習だったといえる。地震で変電施設で黒煙をあげ燃える火災が起きた。外部電源が一時的に喪失した。柏崎刈羽原発反対同盟は、活断層の存在を指摘し、争ってきた。地震が発生し、事実によって証明されたにもかかわらず最高裁で敗訴した。そして今回の福島原発事故だ。事実で証明されても裁判所は懲りていない。



 日にちがたつにつれて原発の被害が恐ろしく巨大なものだということを示す事実が、ぽろぽろと出てくる。だから最初は、「帰還」といっていた人たちも、今はどこかにサテライトを作れと言っている。だんだん「帰還」の声は小さくなっている。このままでいくと住民の意識は、ばらけるだろう。国は、諦めるのを待っているのではないか。



 だけど実態は複雑だ。若い人達は還らない事を選ぶ人が多い。だけれどもあの原発は、廃炉になるまで40年以上かかる。ということは、40年以上もそこで働く人がいるわけだ。その人たちが住む。原発立地町の隣にそういう町ができる―立地町の近くの広野町はそう言った町として再建が進んでいる。家族がそこに住む。だから単純ではない。仮にそこに住んだとすると、除染は完全にできないから比較的高線量地域に住まざるを得ない人達がいて、その住民の為のサービスが有りそこに従事する労働者(教育、保育介護商業など)とその家族が放射線による健康被害に怯えながらすむことになる。



 共産党は、理屈としては最初に原発の安全運転がある。放射能の被曝線量に関してどこまでが安全かについては、低線量被曝に関して、「でも立証はされていないんでしょ」と言っていた。



 原爆の被曝者援護法の認定でも同じだが、被害の因果関係の立証義務は被害者にある。被害者が因果関係を立証できなくても、全部賠償する法律が必要だ。結局、町の方針が帰還となると、低線量被曝をある程度切り捨てることになる。「ここまでは安全ですよ」となってしまう。因果関係がないからということで切り捨てられる。



 原発で働く労働者の労災認定でも同様の問題がある。福島原発で働いた事のある人が原発労災認定を要求し、現地の労働基準監督署は認定する。しかし、東電は反対の立場から訴訟を起こし国立がん研究所とか、学者などを動員して風土病だとか反論し、そういうことで裁判で負けているケースが大部分だ。さらに原発の場合は、因果関係として認められているのは白血病等少数だけになっている。つまり、影響を小さく切り縮めていくことが狙いだ。今後、こういうケースが増えていくだろう。低線量被曝は、100人いればそれぞれ違う。立証は困難だ。だからこのような課題との闘いとなるだろう。諦めを待つ国の姿勢を許してはならない。



 磐梯町で除染について児玉龍彦さん(東京大学先端科学技術研究センター教授 東京大学アイソトープ総合センター長)の講演を聴く機会があった。この時の話によると除染とは、表土を全部剥いで、庭木を全部切って、屋根を剥がすことだ。山に道路を作り、木を切って、丸裸にする。切りながら低い温度で燃やす。こういうことを30年以上もやり続けるのだ。要するに、全部切って埋めかえないとだめだということなのだ。だが、だんだんこういう意見は小さくなっている。除洗の現実を住民に教えなければだめだ。



 いくら除染しても山から水が流れて、次ぎから次ぎと汚染される。だからいつ諦めるかの根比べだ。山以外でも除染したら、その瓦礫が出るわけだ。それをどこにもっていくのか。その場所も無いわけだ。なし崩し的に被害は拡大していく。



 だからこういうことについて具体的にどうするのかについて出していかなければならないのが脱原発運動の課題としてある。問われていることは、具体的だ。

 


 原発労働者の労働運動―経験と課題

 


 「被曝労働を認めないぞ」と言うが、だけど現実に被曝労働をせざるを得ない労働者が存在している。「被曝労働を許さない」だけで前に進むのかということが、大きな問題として抱えている。少なくとも「労働者の使い捨てを許さない」「できるだけ被曝労働の低減化を図れ」「防護措置を徹底的に行え」、先ず「放射能汚染物の海への流失を止め、放射能の流出を止める」ことを優先するうことを要求すべきだ。緊急性の無い作業による労働者の被曝を許してはならない 不要な作業の峻別を東電に期待することは出来ない。



 さらに福島原発でどういう作業をしているのか。労働安全センターが政府と交渉しているが、東電が出す書類は、作業内容・工程などについて一切書かれていない。東電に任せておいていいのか。



 要するに優先事項は、事故の被害の拡大を防ぎ、放射能漏れを止めることであり、労働者の被曝をなくすことだ。起こってしまったことから、事態を考えなければならない。放射能漏れを止めるには、石棺化するしかないのではないか。時間は長期的にかかる。東電は、廃炉にして跡形もなくしたいと思っているはずだ。原発政策の破綻の証拠として残しておくことは避けたいと思っているはずだ。科学者、技術者の力を借りて対抗的に提起していく必要がある。



 原発の除染は、昔から拭き取るという、きわめて原始的な手法だった。除染と言うと、あたかも科学的に見えるが、実態は原始的だ。保安院が作業員被曝上限線量を5年で100ミリシーベルトから5年で250ミリシーベルトに上げた。原発の敷地内で作業している労働者を緊急時と言うことで高線量に被曝しながら働かせ、それでも設定した線量を超える労働者が続出したために更に引き上げようとする。とんでもないことだ。



 3月10日の「原発いらない地球(いのち)の集い 郡山」の集会を紹介しておこう。 集会は、被曝労働を考えるネットワーク、自治労郡山市職員労働組合、全国一般いわき自由労働組合、全国一般ふくしま連帯ユニオンが共催し、「被曝労働の実態、使い捨てられる下請け労働者、原発労働者の労働運動―経験と課題」と題して行われた。



 司会はふくしま連帯ユニオンの佐藤昌子さん、この講演会をコーディネートしたなすびさん。



 佐藤さんは、原発下請け労働者の組合について「労働組合運動一般ではなく生活の中から立ち上がってきた運動」と紹介した。



 なすびさんは、被曝すると分かっていても生活のために行かざるを得ない労働者を守る運動の必要性を訴えた。さらに、九〇年に福島原発がシュラウド交換をした時「寄せ場」で原発の作業員の募集があり、自分たちは被爆労働をさせない運動をしたが「原発に行くな」だけでは被曝すると分かっていても原発に行かざるを得ない労働者との関係がそこで切れてしまうと考え、それが今日の運動につながっていると話した。



 斉藤征二さんは、原発で働く下請け労働者の労働組合運動について報告した。講演の前に「原発はいま―放射能だけが勲章だ」の上映が行われた。映画は斉藤さんたちが組合を作った当時制作され、原発で働く下請け労働者が安全性を無視した労働環境の下で使い捨てられている実態を鋭く告発した記録映画だ



 征二さんは自分が原発で働くことにした理由、自分たちの組合運動の経験、そして福島原発の現状について、自分が原発で働いた経験に照らして語った。原発で働くことにした理由については、配管は色んな所につながっていてそこに何かを運んでいる姿に魅力を感じ配管工になり、どうせやるなら配管工として一流の所で働きたいと思ったと語った。



 福島原発の現状については原発の建屋に配管が映っていない映像について、原発の建屋は壁で出来ているが、壁を構成しているコンクリートが放射能による影響で配管を支えるサポートのアンカーボルトが効かなくなっている可能性等、原発で働いた経験からテレビ等の映像を見て判断できる危険性について話し、福島原発では緊急事態を口実に作業員の安全性を無視した収束作業が行われていることを指摘した。



 組合を結成する契機となったのは八一年四月に関西電力敦賀原発で発生した事故隠しだった。作業員は配管から漏れた蒸気を、通常作業と同じようにハンマーで叩いて(金属の目を潰して)止めた。原発の補修は運転を継続しながら行うことが至上命題となっているからだ。このことが事故隠しとして摘発された。このような事故は電気事業法により報告が義務付けられているが、関電は報告しなかった。関電は予定していた定期検査のために労働者を集めていたが、検査が事故調査のため延期になり解雇しようとした。この不当な解雇攻撃に怒り、全日本運輸一般労働組合原子力発電所分会を結成した。組合は二〇項目の要求を掲げ闘った。組合は六年余の運動の後なくなってしまった。この経験を労働者達を守るためにいかさなければならない。



 木幡仁さん(前大熊町町会議員)は立地町住民が原発で働く理由について、最初は身分証明書が必要ない等入りやすかったことや他に雇用がなかったこと、事故が発生する前から立地町では生殖機能の障害、白血病や癌等の多発が噂されながら働き続ける理由については、最近血尿が出ているが、事故は自分たちで終息させるしかない、原発が建設される前の情況にかえりたくない、原発がなくなったら働く所がなくなる、等の諸点をあげた。収束作業の要員確保のため被曝線量が上がっても柏崎等へ配置転換され再度福島原発へ戻される現状を報告し、女性の会を作り政府に対して被曝者管理手帳等の支給を要求する運動を盛り上げようと相談していることを報告した。



 そもそも原発労働者の人数、作業内容は不明だ。しかも事故対応作業の中継地であるJビレッジには、何人ぐらいいて、どういうことをやっているのかわからない。原発労働者だから男ばかりだと思っていたが、中には食堂があって、看護士、医師がいる。おそらく女性もいるはずだ。それらの一切が不明だ。以前、高線量だから作業服を着た人と区域を分けていた。低線量区域にいたはずの女性が高線量で被曝した(東電社員)。



 わからないことが一杯ある。こういうところでも具体的だ。東電の隠ぺい体質は、依然として変わっていない。いろんなことを具体的に切り込んでいき、はっきりさせていかないとだめだ。被曝の徹底的な低減と作業と工事の監視が必要だ。



 ところで具体的に働いている労働者はどういう人達なのかと言う事を考えなければならない。反対運動をやっていける人は、百姓等被曝労働をしなくても生計が成り立つ人たちだ。自分でやっていける展望が見える勢力だ。



 荒畑寒村が「谷中村滅亡記」という本の中で言っている。農民にとって土地は恋人と同じだ。苦労して土を作ってきた人間は、土地を奪われることは恋人を失うことと同じだ。親から遺産で貰った土地は、簡単に売ってしまう。愛着がない。貧困に対する恐怖もある。働く所も無くて貧困だから土地を売ってしまう。



 問題は、地域をどうするかということだ。さらに家族をどうするのか。仕事をどうするのか。ここで復興するのか。他の道を考えていくことなのか。廃炉までに40年以上続く問題なのだ。



 被曝労働問題の領域が拡大した。福島に来れば仕事がある。多くの労働者が福島に入っている。除染、土建業、屋根屋の仕事が一杯ある。屋根屋は関西からも来ているという話だ。しかし除染した土は、どこに行っているのかわからない。校庭の端っこに積んでおくとか、国有地に持っていくとか、いつたいどこに持っていくのかをはっきりしないままにやっている。



 清掃工場の問題がある。瓦礫を燃やと、放射能汚染の瓦礫の灰が溜まる。それをどうするのか。灰をかき出す労働者もいる。全部下請けだ。非常に深刻だ。さらに車両を洗浄するJRの労働者、除洗作業従事者、車の整備士の被曝も問題になっている。車のタイヤ、ゴム部品などが汚染されているためだ。被曝している車も多い。おもわぬところに放射能問題が発生している。



 福島原発事故後、放射能汚染実態を調査するために学者たちが県内を走った。こんどはラジエーターのエアフィルターを測定したら線量が高かった。すなわち3・11以降、県内を走っていた車のフィルターには、放射物質が付着し、被曝しているということだ。3・11で各地の水道が断水した。東京などから水道労働者が車で駆けつけた。だから彼らも車も被曝しているはずだ。いわき市は線量が低いといわれているが、3・11以降、風向きもあって高いはずだ。



 完全に除染はできない。じゃどうするのか。現実に則して考えていかなければならないならない。屋内で遊ぶための施設を作るとか、沖縄とか一時期にレクリエーションで行くとか。自治体を巻き込んでやっていく必要がある。実際に市民レベルでは取り組まれている。



 総量規制についての考え方がある。80年代、反公害運動で出てきた。つまり、町全体としてどのように規制するのかという考え方が必要だ。



 いわき市の放射能市民測定室では、アルファ、ベータ線もなんとか測定しようとしている。アルファ線は半減期が長い。ところが東電は「核実験の残りもあり、うちのウランか、あっちのウランかわからない、責任はないよと」言っていたらしい。実際にウランが存在しており、原発開発をやってきたのは国だし、東電も一緒にやってきたのだから責任がある。日本はアメリカの核の傘に入って核実験を容認してきた。国が責任をとるべきだ。



 原発労働者、被曝してしまった人たちへの被曝者援護手帳の配布という考え方がある。18歳未満と言っているが成人だって危ない。野田首相は、健康保険制度の根幹に関わる問題だと言った。治療費は利用する患者が支払え、とする考え方だ。



 だけど東日本一帯の人が被曝している。患者は被害者であり、加害者負担の原則で対応すべきだ。原爆被曝者援護法があるが一部の被害者を切り捨てる結果や、認定されても生活が保障されない等の現状も報告されている。福島だけの問題ではなく、全体の問題として知恵を出し合っていこう。

 


 質疑応答

 


編集委 江東区に1000人ぐらいの避難者がいる。東京では一番多い。高層のマンションで眺めがいいと思われるかもしれないが、避難者たちは農民の方が多く、かえって孤独感、不安感のほうが強い。図書館には福島の新聞が置かれている。放射能の垂れ流しが続いている事故が収束したなどは、インチキだと思っている。だが、だんだんと後景化していくような流れがある。


齋藤 放射能物質の垂れ流しと言った場合、経路は3つある。煙突、海、地下水だ。原発建屋の中で水を循環している。それをやっても水は減らない。地下水が流れ込んでいる。地下は高濃度で、上はさらに濃い状態だ。コンクリートのヒビから水が建屋に流れ込んでいるのに、放射能はヒビから流れ出さない、と考えるのは不自然だ。放射能がヒビを通して建屋からながれだしている。地下水の汚染は深刻だ。原発立地地域の地下水の放射能の濃度は測りようが無い状態だと思う。


編 瓦礫問題について。瓦礫を燃やすこと自体が、ダイオキシンとかの問題もあり論外であり、封じ込めるしかないという意見があった。瓦礫・除染ビジネスがある。野田政権は、全国自治体に瓦礫の受け入れを求めているが、あれもバックにはゼネコンの存在がある。他方で、「迷惑施設」だから反対というレベルの反対じゃないのかという批判もある。討論は、どのようにしていったらいいのか。汚染している瓦礫もあり、まずは動かさないことが原則だ。地元の意見はどうですか。


齋藤 放射性物質は、もともとは東電のものなんだから、東電が一元的に責任を持つべきだ。これが福島で脱原発運動を担っている人達の共通した認識だと思う。ここには幾つかの問題が混在している。私は問題を整理して考える必要があると思う。



第1はガレキをかたづける事。第2は放射能の問題。第3は信頼の問題。そして第4に居住地の放射線量の問題があると思う。 ガレキを早くかたづける事に異論を唱える人はいないと思う。第2の放射能に関しては除線をすれば放射能を完全になくす事が出来る、かのように話されてきたが最近は、低量なら残っても大丈夫ですよ、になってきている。



 残る2つが実は深刻な問題としてあると思う。3番の信頼性の問題について考えると、低線量の被曝は人体への影響が無いとか、元の線量に関係無く除洗は出来るかのように言う人達が増えている。その大部分が原子力研究所の関係者だ。



 また、皆さんよく御存知のように福島医大の副学長に就任した山下某だ。山下はともかくとして、放射線の影響と除洗に関して、この2つの組織の関係者が自治体や自治会、町内会を利用して低線量安全キャンペーンをやっている。除洗に関しても同じだ。ガレキは管理すべきだ。そして放射能を計測しなければならない。付け加えるならば燃やすのではなく、粉にするとか、除染技術を開発していくべきだ。



しかし何れにしても、先程言った信頼性の問題が付いてまわる。つまり誰が管理し安全性について評価するのか?と言う事だ。安全性を評価する組織は新たに立ち上げられなければならないと思うし。そこは原子力村の全てと言うつもりはないが、その影響力は極力排除されなければならないと思う。例えば木村真三さんの様な良心的な学者が主導し住民との信頼関係を築かなければならないと思う。



そして最後の4番目の問題がある。郡山や福島など高線量地域に住まなければならない住民が現に存在する。此等の人達の素朴な感情からすると自分達はもっと高い線量下で生活しなければならないのに、あの人達は何故低い線量なのに、反対するのだろう。と言う感情は存在する。しかしこういった人達も低線量被曝は影響が無いと信じている訳ではない。不安な感情は当然持っている。



 こういう議論を封じ込めているのが、早く復興だという流れだ。そもそも東日本は汚染されている。だから瓦礫は、その現地で処理するしかない。ノルウェー、ドイツでは地下処分している。しかし地震活動期に入った日本では、どこに地下処分ができるというのか。原発立地地に置くしかない。


編 例えば、閉山した銅山に埋めるという話は以前あった。だけど、安全ではないし、みないやがる。現在、原発建屋内の燃料プールに入っており、上のほうにある。福島四号炉だって、いつ崩れるかわからない。燃料プールに入れておけというのも恐いことだ。


齋藤 アメリカが発明した究極の方法は、劣化ウラン弾だ。とんでもない廃棄方法だ。やはり原発サイトに置くしかない。


編 儲けているヤツがいる。東京対福島という単純な図式ではないと思うが。


齋藤 3・11以降、増えているのが「にわか脱原発」「なんちゃって脱原発だ」。脱原発だが、当面は原発を利用し段階的に減らしましょうということだ。いつまでに減らすのかわからないわけだ。使用済み燃料をどうするのかが解決出来ない問題としてある。



 3・11は、住民にとっては鎮魂の日だ。家族が亡くなっている方が多い。嫁ぎ先が近所に有り、実家に年老いた両親が生活している。そんな事情があり、津波の第一波か引いて、両親を助けにいった女性が、その後、行方不明のままだ。遺体は発見されないままだ。こういう人たちは、仮設住宅には一杯いる。津波で小学生たちが高台に避難したが、自分の家、友達の家が流れているのを見ていた。心がものすごく傷ついている。だから浜通りに住んでいた人々にとって3・11は鎮魂の日だ。



 そういう気持をからめ取ろうとする勢力がいる。癒えない現実、帰れない現実が錯綜している。


編 気づいたことの第一は、被曝労働者問題では、ピンはねがかなりやられており、超搾取の実態が隠れたままにあることは問題だろう。第二は、学校の給食で放射線量被曝の問題があって保護者たちの不安はつづいている。逆に心配している人たちが孤立化している状況も生まれている。


齋藤 不安を口に出せる関係がない 話し合える関係が作られていないことの現われだ。


編 食べ物の問題では、東京では福島産は店頭にならんでないし、茨城産でも不安からか売れ残っている。農業県の福島はこれまで地産地消だったとおもうが、現在どうなっているのですか。


齋藤 農業にこだわっている人は、測定器を導入し測している。だが農民ということで一つにくくれない。大規模営農をやっている人は大丈夫だと言う。有機農法をやっている人は、一所懸命、食物の放射能を測定している。ある友人は、「大丈夫だ」と言う人も、「自分の子孫には食わせられない」と言っていた。放射能がない食物はない。地産池消でやるのも無理がある。



 いわきで鎌仲ひとみさんの講演会があった。私も参加し話を聞いた。その時鎌仲さんは、1日の食事の全体を放射能が入っていない物にしようとするのは無理がある。せめて1日1食は、放射能がない食物を食べるようしようと言っていた。私も現状では1番合理的な方法と思っている。一定の基準は必要だが、ゼロにすることはできない。どの程度、何故汚染しているかは、現実に測定するしかない。 


編 そもそも農薬が入っている食品とか、輸入野菜・肉が販売されているスーパーが多い。汚染食物 遺伝子組み換え食品が問題だったが、今は放射能問題だけがクローズアップされてしまっている傾向がある。化学物質入り食品の危険性を指摘する声が小さくなっている。有機農法をやってきた人たちが食の安全をこだわってきたが、放射能汚染で一番被害にあっている厳しい現実もある。
 


齋藤 原発労働者の宿舎をまわり調査を行ってきた。いかに働きかけをしていくかを論議している。いずれにしても交流を深めていきたい。さらに仮設住宅の住民たちの情報・声を結びつけていくことが求められている。


編 給食問題が出たが、当初、子どもに何を食べさせるかというところから脱原発運動にいかないところがある。また、被災地が大変だからで終わってしまい、利権・権力構造、被曝労働問題などに介入しきれていないところがある。岩手の瓦礫を東京都が受け入れた当初、抗議が出たが、石原都知事に「黙れ」と恫喝されて、抗議が沈滞してしまった。



 生産活動が24時間行われており、電気を大量消費し続けている。こういう生産体系と労働のあり方を改善していく必要があると感じた。遺伝子組み換え作物をつくっているモンサント社は、モンサントの種を勝手に育成したら遺伝子特許が侵害されたということで損害賠償を強要するという現実がある。加害者が被害者を訴えて勝つというひどいことだ。東電も似たようなものであり、傲慢な資本を許してはならない。


齋藤 今回、青年戦線編集委員会からの要請により今日の討論会が実現したが、私の力量の問題があり論点は行きつつ戻り整理された問題提起とはならなかった。お詫びしたい。しかし私が現在考えている事は伝わったと思います。これに懲りず今後も宜しくお願いいたします。