127 一月二四日午前、枝野経産相は閣議後の記者会見で、昨年九月一一日の経産省包囲行動以後、経産省前の敷地に設置された脱原発「テントひろば」のテントの撤去と退去を求める、と発言した。それを受けて同日午後経産省厚生企画室長名で「平成二四年一月二七日までに当省敷地からの退去・テントや持ち込み品の撤去」を求める命令の文書が提示された。

 経産省前テントひろばは、すでにすでに四カ月以上にわたって原発推進政策の元締めである経産省前で、脱・反原発の思いを抱く多くの人びとの出会い・交流・討論の場として実に重要な役割を果たしてきた。一〇月二七日からの「原発いらない福島の女たち」の座り込み、それに続く「全国の女たち」の座り込みは、「テントひろば」が霞が関のど真ん中に設置された市民たちの民主主義的な公共空間として発展していく契機となった。

 海外のメディアや活動家たちもこのテントからの市民たちの「脱原発」の意思表示に注目し、年末・年始にもひっきりなしに取材・訪問が続いた。テントひろばでは連日のように数々の企画が催された。女たちのテントを含めてテントの数も三つに増えた。

 これまでも経産省前テントには右翼の威嚇・挑発、警察の監視と妨害、経産省当局からの「退去要請」などがなされていたが、テント前に集った人びとは丁重に討論を求め、「脱原発」への転換、再稼働の断念などが行われないかぎり「自主的」撤去はしないことを繰り返し表明してきたのである。枝野の「撤去要請」、経産省からの「退去命令」に対して、テント前ひろばの人びとは、自主的撤去をしないことを改めて確認し、「強制撤去」をすることのないように経産省側に要求した。



 一月二七日、「退去通告」期限の午後五時に合わせて午後四時からテント前での緊急集会が呼びかけられた。午後一時からは弁護士会館で記者会見も行われた。すでに昼過ぎから多くの人びとが続々と集まり始め、集会の終わる午後六時には経産省前は八〇〇人を超える結集となった。

 集会ではテント広場の渕上太郎さん、女たちの座り込みの呼びかけ人の椎名千恵子さんのアピールの後、福島の女たち、全国の女たち、弁護団、双葉町から避難している女性、浪江町の被災牧場主、六ヶ所村の女性、ジャーナリストの志葉玲さん、たんぽぽ舎の柳田真さん、福島原発事故緊急会議の木村雅夫さん、東電前アクションの栗原学さんと園良太さん、東京オキュパイ運動、反原発民衆法廷の矢野さん、市民法廷の高橋さん、元国労闘争団の佐久間さん、同じく闘争団で国会前マラソンを続けてきた中野さん、中学生の若い仲間などが続々と発言した。

 テント前は夜遅くまで熱気に満ちた交流が続き、経産省側はついに姿を現すこともなかった。

 大震災・津波・原発災害から一年の三月一一日を迎えて、政府・電力資本などの財界は、危機感をつのらせている。四月末にはついに稼働原発がゼロになってしまうのだ。「再稼働阻止」を軸に、被災者の生活・雇用・権利を守り、国と東電による無条件の損害賠償を求めて全力を上げよう。経産省前テントひろばを守りぬこう。(K)

集会全容

↑■福島・浪江町の酪農家の訴え(01:41:00頃)